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<font size="+1">林 華子、[http://researchmap.jp/read0118149/?lang=japanese 米村 重信]</font><br> | <font size="+1">林 華子、[http://researchmap.jp/read0118149/?lang=japanese 米村 重信]</font><br> | ||
'' | ''理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 電子顕微鏡解析室''<br> | ||
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2012年11月28日 原稿完成日:2013年xx月XX日<br> | DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2012年11月28日 原稿完成日:2013年xx月XX日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/Bito/?lang=japanese 尾藤晴彦](東京大学大学院医学系研究科 神経生化学分野)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/Bito/?lang=japanese 尾藤晴彦](東京大学大学院医学系研究科 神経生化学分野)<br> | ||
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{{box|text= | {{box|text= | ||
カテニンは、[[細胞間接着]]の必須因子である[[接着分子]][[カドヘリン]]の中の[[クラシックカドヘリン]] | カテニンは、[[細胞間接着]]の必須因子である[[接着分子]][[カドヘリン]]の中の[[クラシックカドヘリン]]と複合体(カドヘリン・カテニン複合体)を形成するタンパク質の総称である<ref name=ref1><pubmed> 2788574 </pubmed></ref>(図1)。カドヘリン・カテニン複合体中のカテニンのうち、α–カテニンは[[細胞骨格]]との連結、β–カテニンはカドヘリンとα–カテニンとの結合を担っており、どちらもカドヘリンによる細胞接着に必須である。p120–カテニンはエンドサイトーシスを介してカドヘリンの発現量の調節を行っている<ref name=ref2><pubmed> 20164302 </pubmed></ref>。細胞接着とは別の働きとして、β–カテニンは[[Wnt]]/β–カテニンシグナルにおいて重要な役割を果たし、[[wikipedia:ja:遺伝子発現|遺伝子発現]]調節を行う。α–カテニンも増殖のシグナルを調節する因子として研究が進んでいる(図2)。カテニンは脳の形態形成、神経細胞の伸長、[[シナプス形成]]などにも重要な働きをしている<ref name=ref3><pubmed> 19401831 </pubmed></ref>(図3)。 | ||
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[[ファイル:fig2hh.jpg|right|thumb|400x228px|'''図2.カテニン分子群の主な機能''']] | [[ファイル:fig2hh.jpg|right|thumb|400x228px|'''図2.カテニン分子群の主な機能''']] | ||
カテニンの主要な種類には、α–カテニン([[ヒト]]では分子量102 KDa)、β–カテニン(88KDa)、γ–カテニン/プラコグロビン (80 KDa)、 p120–カテニン(104 KDa)、神経に特異的に発現するδ– | カテニンの主要な種類には、α–カテニン([[ヒト]]では分子量102 KDa)、β–カテニン(88KDa)、γ–カテニン/プラコグロビン (80 KDa)、 p120–カテニン(104 KDa)、神経に特異的に発現するδ–カテニンがある。カテニンはカドヘリンの細胞質領域と結合してカドヘリン・カテニン複合体を作るが、カテニンが結合しうるカドヘリンはE–, N–, VE–カドヘリン等のクラッシックカドヘリンのみである。 | ||
===α–カテニン=== | ===α–カテニン=== | ||
α–カテニンはβ–カテニンと[[アクチン]]線維とに結合する。カドヘリン接着活性は、α– | α–カテニンはβ–カテニンと[[アクチン]]線維とに結合する。カドヘリン接着活性は、α–カテニンによって支えられており、その役割はカドヘリン・カテニン複合体とアクチン線維との結合であると考えられている<ref name=ref4><pubmed> 1638632 </pubmed></ref>。α–カテニンが発現していなければ、カドヘリンが発現していても、接着分子としてのカドヘリンは実質的に機能しない。 | ||
組織全般にはαE–カテニンが発現し、神経系にはαN–カテニン特異的に発現している。発生中の中枢神経系では、[[神経前駆細胞]]にはαE–カテニンが発現しているが、それが神経細胞に[[分化]]するとαE–カテニンの発現は見られなくなり、αN–カテニンが発現するようになる<ref name=ref5><pubmed> 16543460 </pubmed></ref>。 | 組織全般にはαE–カテニンが発現し、神経系にはαN–カテニン特異的に発現している。発生中の中枢神経系では、[[神経前駆細胞]]にはαE–カテニンが発現しているが、それが神経細胞に[[分化]]するとαE–カテニンの発現は見られなくなり、αN–カテニンが発現するようになる<ref name=ref5><pubmed> 16543460 </pubmed></ref>。 | ||
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α–カテニンはβ–カテニンとはN末端で結合し、C末端ではアクチン線維と結合する。このC末端のアクチン線維結合領域の重要性は、[[ショウジョウバエ]]の形態形成<ref name=ref6><pubmed> 23417122 </pubmed></ref>や[[マウス]]の発生<ref name=ref7><pubmed> 9023354 </pubmed></ref>において示されている。α–カテニンは[[ビンキュリン]]、[[エプリン]]、[[ZO–1]]、[[αアクチニン]]などのアクチン結合タンパク質とも結合するので、それらの結合を介して間接的にアクチン線維を連結している可能性もある<ref name=ref8><pubmed> 22084304 </pubmed></ref>。 | α–カテニンはβ–カテニンとはN末端で結合し、C末端ではアクチン線維と結合する。このC末端のアクチン線維結合領域の重要性は、[[ショウジョウバエ]]の形態形成<ref name=ref6><pubmed> 23417122 </pubmed></ref>や[[マウス]]の発生<ref name=ref7><pubmed> 9023354 </pubmed></ref>において示されている。α–カテニンは[[ビンキュリン]]、[[エプリン]]、[[ZO–1]]、[[αアクチニン]]などのアクチン結合タンパク質とも結合するので、それらの結合を介して間接的にアクチン線維を連結している可能性もある<ref name=ref8><pubmed> 22084304 </pubmed></ref>。 | ||
さらに、α– | さらに、α–カテニンは、アドヘレンス・ジャンクションにおいて細胞間の張力を感知・伝達する分子であることが示され、動的なアドへレンス・ジャンクション形成に重要であると考えられる<ref name=ref9><pubmed> 20453849 </pubmed></ref>。 | ||
また、αE–カテニンは、細胞間接着の機能とは別に、[[細胞増殖]] | また、αE–カテニンは、細胞間接着の機能とは別に、[[細胞増殖]]を負に制御することが知られている。細胞増殖の接触阻止に対する調節に重要な[[Hippo]][[シグナル伝達]]においては、転写制御を通じて増殖を抑制する<ref><pubmed> 22075429 </pubmed></ref>。後述するように神経系では、αN–カテニンが神経回路形成を担うシナプス形成や安定性に必要である。[[大脳皮質]]における細胞増殖、神経突起の伸長の制御を行っているという報告もある<ref><pubmed> 22535893 </pubmed></ref>。 | ||
===β–カテニン、γ– | ===β–カテニン、γ–カテニン=== | ||
β– | β–カテニンにはカドヘリン・カテニン複合体中のメンバーとしての細胞接着への必須な役割と、Wnt/β–カテニンシグナルの[[転写制御因子]]としての役割とがある。γ–カテニンはプラコグロビンとも呼ばれ、β–カテニンと高い相同性(76%以上の相同性)をもつ。 | ||
細胞間接着におけるβ–カテニンの役割は、カドヘリンとα–カテニンとの連結にある<ref name=ref12><pubmed> 22617422 </pubmed></ref>。β– | 細胞間接着におけるβ–カテニンの役割は、カドヘリンとα–カテニンとの連結にある<ref name=ref12><pubmed> 22617422 </pubmed></ref>。β–カテニンのN末端とC末端を除いた大部分は[[アルマジロ反復配列]]であり、ほぼその全体にカドヘリンの細胞質領域の細胞膜より遠い部分が結合する。α–カテニンとは、そのアルマジロ反復配列のもっともN末よりの部分で結合する<ref><pubmed> 15112230 </pubmed></ref>。F9細胞ではβ–カテニンをノックアウトしてもプラコグロビンの発現が増加し、カドヘリンによる細胞接着能は維持されるが、プラコグロビンもあわせてノックアウトするとその接着能は失われることが示されている<ref><pubmed> 16357441 </pubmed></ref>。しかし、カドヘリンが発現していない細胞に、カドヘリンとα–カテニンとを融合したタンパク質を発現させれば、β–カテニンが存在しなくてもカドヘリンの機能は発揮される<ref><pubmed> 7929566 </pubmed></ref>。 | ||
ショウジョウバエの[[アルマジロ]]遺伝子は胚の体節形成に異常を示す変異体のスクリーニングから発見されWntシグナル伝達系の転写制御因子として核内においても機能することが知られていた。のちに[[哺乳類]]のカドヘリン・カテニン複合体中のβ–カテニンがアルマジロ遺伝子のオーソログであることが判明し、[[脊椎動物]]のβ–カテニンにも発生における遺伝子発現において重要な役割があることがわかった。Wntシグナルがない状態では、細胞質のβ–カテニン(カドヘリン・カテニン複合体中のものとは別である)は[[GSK3]]βによりリン酸化され、それを標的とした[[ユビキチン化]]により、[[プロテアソーム]]によるタンパク質分解をうけることで、その量が低く保たれている。WntシグナルがやってくればGSK3βによる[[リン酸化]]が抑制され、β–カテニンは核内へ移行し、[[TCF]]/[[LEF]]と複合体を形成し、[[細胞周期]]関連因子や[[体軸]]決定因子などの標的遺伝子を活性化する<ref name=ref12><pubmed> 22617422 </pubmed></ref>。これは、ウニの発生を初めとし無脊椎動物、脊椎動物両方において報告されている<ref name=ref12><pubmed> 22617422 </pubmed></ref>。神経系においても、シナプス形成と[[可塑性]]や[[神経幹細胞]]の未分化状態の維持など多岐にわたる寄与が報告されている<ref name=ref16>'''Elkouby, Y. M., Frank, D. '''<br>Wnt/beta-Catenin Signaling in Vertebrate Posterior Neural Development<br>''Developmental Biology (San Rafael (CA))'':2010</ref> <ref name=ref17><pubmed> 23377854 </pubmed></ref>。 | |||
===δ–カテニン=== | ===δ–カテニン=== | ||
====p120–カテニン==== | ====p120–カテニン==== | ||
p120–カテニンはそのアルマジロ反復配列で、カドヘリンの細胞膜に近接した細胞質領域と結合する。もともとは、強く[[チロシンリン酸化]]をうける分子として同定された<ref name=ref18><pubmed> 2469003 </pubmed></ref>。p120– | p120–カテニンはそのアルマジロ反復配列で、カドヘリンの細胞膜に近接した細胞質領域と結合する。もともとは、強く[[チロシンリン酸化]]をうける分子として同定された<ref name=ref18><pubmed> 2469003 </pubmed></ref>。p120–カテニンは、カドヘリンとの結合を介してカドヘリンの[[エンドサイトーシス]]を抑制し、細胞膜上のカドヘリン量を維持する。チロシンリン酸化はp120–カテニンのカドヘリンとの結合解除に寄与する。このカドヘリンのp120–カテニン結合領域内には、そのエンドサイトーシスシグナルが存在し、カドヘリンにp120–カテニンが結合することによって、そのシグナルがマスクされ、その結果としてカドヘリンは細胞内に取り込まれないようになっているという機構が近年示されている<ref name=ref19><pubmed> 20371349 </pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed> 23071156 </pubmed></ref>。カドヘリンの接着活性がない[[wikipedia:ja:大腸癌|大腸癌]]由来の[[細胞株]]を用いた解析からは、p120–カテニンはカドヘリンと結合することで接着活性を抑制する結合因子であることが示された<ref name=ref21><pubmed> 10225956 </pubmed></ref>。カドヘリンの発現量の低下は[[wikipedia:ja:悪性腫瘍|悪性腫瘍]]組織でみられる特徴の一つあるが<ref name=ref22><pubmed> 10647931 </pubmed></ref>、そのような腫瘍組織のいくつかの種類では、p120–カテニンが細胞膜に局在できないことによってカドヘリンのエンドサイトーシスが亢進されると解釈される<ref name=ref23><pubmed> 12492499 </pubmed></ref>。また、p120–カテニンは細胞膜直下のアクチン線維動態も制御している。p120–カテニンはアクチン細胞骨格動態の主要な制御因子である[[低分子量Gタンパク質]][[RhoA]]と結合し、RhoAの活性化を抑制し、一方で[[糸状仮足]]や[[葉状仮足]]の発達につながる膜直下のアクチン細胞骨格の再編成に必要な他の低分子量Gタンパク質[[Rac]]や[[Cdc42]]を活性化することで、細胞接着形成の初期段階においてアクチン細胞骨格の再編成を促進すると考えられている<ref name=ref24><pubmed> 17194753 </pubmed></ref>。細胞質におけるRhoAとの結合はp120–カテニンのリン酸化に依存している<ref name=ref24><pubmed>17194753</pubmed></ref>が、先に述べたように、p120–カテニンのリン酸化の増加がカドヘリンの接着活性の低下に働くことを考えあわせると、p120–カテニンのリン酸化の制御は細胞接着と細胞運動の適切な均衡をとるという機構の一つになると考えられる。ラット[[海馬]]由来の培養神経細胞においても、上述したp120–カテニンのRhoA、Rac、そしてCdc42の活性制御を介してアクチン細胞骨格動態を活性化させ、[[神経樹状突起]]伸長の促進やシナプス可塑性の適切な制御に寄与している<ref name=ref25><pubmed> 17936606 </pubmed></ref>。 | ||
p120–カテニンは、[[PLEKHA7]]タンパク質、そして[[微小管]]マイナス端に局在する[[Nezha]]タンパク質を介して[[アドへレンス・ジャンクション]]への微小管を繫ぎとめることが示されている<ref name=ref26><pubmed> 19041755 </pubmed></ref>。また、[[アフリカツメガエル]]胚では、p120–カテニンが核内で転写抑制因子[[Kaiso]]と結合し、脊椎動物の形態形成に必須なWnt/[[PCPシグナル伝達系]](Wnt/β–カテニンシグナル伝達系とは違うWntシグナル)の[[xWnt11]]の遺伝子発現を活性化することが示された<ref name=ref27><pubmed> 15543138 </pubmed></ref>。しかし、p120–カテニンの核移行の分子機構(核移行の生理的な場合のトリガーの同定やp120–カテニンのリン酸化との関連など)やxWnt11以外の標的の遺伝子群についてはわかっていない点が多い<ref name=ref28><pubmed> 22583808 </pubmed></ref>。situ | |||
====神経系特異的な発現を示すδ–カテニン==== | ====神経系特異的な発現を示すδ–カテニン==== | ||
δ–カテニンは、神経系特異的な発現が特徴で、δ–カテニンの局在は、樹状突起のシナプスに強く観察され、樹状突起の形態変化に寄与する。マウスの脳組織における免疫沈降実験から、δ– | δ–カテニンは、神経系特異的な発現が特徴で、δ–カテニンの局在は、樹状突起のシナプスに強く観察され、樹状突起の形態変化に寄与する。マウスの脳組織における免疫沈降実験から、δ–カテニンは[[N–カドヘリン]]とβ–カテニンと結合することが確認され、シナプスにおいてカドヘリン・カテニン複合体の一員として機能することが予想される<ref name=ref29><pubmed> 9971746 </pubmed></ref>。また、ラット神経組織の初代培養細胞では、δ–カテニンはGSK3β、β–カテニンと複合体を形成し、β–カテニンの分解を促進させる機能も有する<ref name=ref30><pubmed> 20623542 </pubmed></ref>。もともと、δ–カテニンは[[家族性アルツハイマー病]]の原因遺伝子である[[プレセニリン1]]の相互作用因子の解析から同定された<ref name=ref31><pubmed> 9172160 </pubmed></ref>。染色体上のδ–カテニン遺伝子座を含む領域の欠損は、精神発達遅滞を起こすヒト遺伝病の一つであるネコ鳴き症候群患者に多くみられ、その後のδ–カテニンの[[ノックアウトマウス]]の解析から、δ–カテニンはその症候群でみられる精神発達遅滞との関連が示唆された。そのノックアウトマウスでは、[[視覚]]からの刺激に対する[[視覚野]]の応答に障害がみられ、海馬の[[短期増強]]と[[長期増強]]の異常を示す。このノックアウトマウスの発生期のシナプス形成には異常はみられず、生存可能であるが、10週齢になると、大脳皮質のシナプスの密度の減少やシナプスの維持の欠落が見られるようになる。その分子機構はまだ不明であるが、δ–カテニンは、シナプスの[[スパイン]]構造の維持で機能することで、正常な[[認知機能]]やそれに繋がりうる[[精神発達]]に寄与すると示唆されている<ref name=ref32><pubmed> 19403811 </pubmed></ref> 。 | ||
{| class="wikitable" style="text-align:center" style="width:100%" | {| class="wikitable" style="text-align:center" style="width:100%" | ||
|+ | |+ カテニン分子群の遺伝子とタンパク質の基本情報 | ||
| タイプ || サブタイプ || ヒトにおける遺伝子名 || colspan="2" | | | タイプ || サブタイプ || ヒトにおける遺伝子名 || colspan="2" |データベース上での遺伝子、タンパク質情報 || タンパク質立体構造([[Protein Data Bank Europe]]より) | ||
|- | |- | ||
| rowspan="9" | '''α–カテニン''' | | rowspan="9" | '''α–カテニン''' | ||
140行目: | 141行目: | ||
===神経発生=== | ===神経発生=== | ||
神経発生時には、[[神経管]]の[[脳室]] | 神経発生時には、[[神経管]]の[[脳室]]側で未分化細胞が分裂し、表層方向へと移動し、適材適所に細胞が多種のニューロンへと分化し、その種類ごとに住みわけるように脳室面から表層方向に層構造を形成する。ニューロンはネットワークを形成し、神経活動を伝達する。αN–カテニンの欠損マウスでは[[小脳]]や[[海馬]]において層構造の形成がうまくいかない<ref name=ref33><pubmed> 12089526 </pubmed></ref>。[[ゼブラフィッシュ]]の[[中脳]]では、Wnt/β–カテニンシグナル伝達系が中脳[[視蓋]]のサイズの制御に寄与していることが示されている。LEFによる[[wikipedia:ja:転写|転写]]が活性化すると、中脳領域での神経前駆細胞の増殖が促進する。その転写活性の制御が神経前駆細胞の増殖制御を介して中脳視蓋の大きさに影響をもたらすのではないかと考えられている<ref name=ref34><pubmed> 22373574 </pubmed></ref>。成体の海馬にも、神経幹細胞が存在しており、自己複製する一方で、神経細胞などへ分化することで新たな神経細胞となる。Wnt/β–カテニンシグナル伝達系は、海馬では神経幹細胞が[[神経前駆細胞]]へと分化するために必須であることがマウスや[[ラット]]を用いた解析から示されている<ref name=ref35><pubmed> 19701198 </pubmed></ref>。海馬の神経幹細胞では、幹細胞から神経細胞への分化を決定する遺伝子の発現を制御するDNA配列があり、転写因子[[Sox2]]がそのDNA配列を認識することによりその下流にある遺伝子発現が抑制され、未分化のままを維持できる。しかし、隣接する[[アストロサイト]]細胞で産生されたWntにより幹細胞のWnt/β–カテニンシグナル伝達系が活性化すると、β–カテニンが核へ移行し、TCF/LEFとの複合体として、Sox2の認識配列とオーバーラップした領域に結合するようになる。その結果として、その下流の遺伝子発現が活性化され、神経前駆細胞へと分化が誘導される。 | ||
===成長円錐の伸長=== | ===成長円錐の伸長=== | ||
[[成長円錐]] | [[成長円錐]]の伸長には、その先端でのアクチン分子の重合の力が利用されている。アクチンの重合が有効に成長円錐の伸長に使われるためには、形成されたアクチン線維が細胞外基質と間接的に連結し、基質に対して動かない必要がある。基質に結合する接着分子とアクチン線維との結合を担う分子をクラッチ分子と呼ぶが(実際にはアクチン線維と接着分子とを強固に結合するのではなく、結合解離を繰り返してアクチン線維は後方へ動くが、そのスピードがアクチン重合よりも遅ければ、成長円錐は伸長できる)、αN–カテニンは[[クラッチ分子]]として働くという報告がある。カドヘリン・カテニン複合体とアクチン線維との連結の適切な調節は成長円錐の伸長にも重要である<ref name=ref36><pubmed> 18524892 </pubmed></ref>。 | ||
===シナプス形成と可塑性=== | ===シナプス形成と可塑性=== | ||
シナプスは、神経回路内の情報伝達の場である。樹状突起表面にはスパインという突起構造が無数にあり、スパイン上ではシナプスが形成されている。シナプスを介した情報伝達に伴ってスパインの形態変化が見られ、それはシナプス形成やシナプス可塑性に関わると考えられている。スパインを形づくる主要な細胞骨格はアクチン線維であり、そこでのアクチン動態はスパインの運動性や形態を動的に変化させ、複数のアクチン結合タンパク質によってそのアクチン動態が制御されている。α–カテニンはスパインの安定化に働いている。αN–カテニン欠損マウスから得られた海馬の神経培養細胞では、N–カドヘリンやβ–カテニンは他のスパインマーカーとともにスパインに局在するが、スパインの形態やその時間変化に異常がみられ、安定的なシナプス構造が維持できない。一方で、αN–カテニンの過剰発現によって、樹状突起上のスパインの数の増加、さらにはスパインのターンオーバーが低下する。これらには、αN–カテニンのN末とC末の領域が必要であり、ここでもN–カドヘリン・β–カテニン・αN–カテニン、そしてアクチン線維が一連に繋がることが必須であることが示唆されている。 | |||
スパインのシナプス周辺領域では、N–カドヘリン・カテニン複合体による接着構造が形成され、シナプスの安定化に寄与していると考えられる。樹状突起と軸索とがシナプスを形成する際、スパインはもともと動的な糸状仮足様の構造をとっているが、[[軸索]]からの[[活動電位]]が伝わり、[[シナプス後膜]]が興奮性の活動電位を示すようになると、マッシュルーム型の構造へと変化し、安定化する。逆に、[[ナトリウムチャネル]]をブロックすることで、興奮性の活動電位を阻害すると、スパインは安定的な構造から動的な糸状仮足のような構造へと変化する。それと同時に、シナプスからαN–カテニンが消失する。αN–カテニンの過剰発現により、このナトリウムチャネル阻害依存的なスパインの形態変化が緩和される<ref name=ref37><pubmed> 12123610 </pubmed></ref><ref name=ref38><pubmed> 14622577 </pubmed></ref><ref name=ref39><pubmed> 15034585 </pubmed></ref>。このように神経活動によってシナプス接合部においてカドヘリン・カテニン、そして細胞骨格の連結が制御を受け、その結果としてシナプス構造やその安定性の変化、そしてシナプス伝達の制御に寄与しているという考えが提唱されている<ref name=ref40><pubmed> 15817378 </pubmed></ref>。変異型β–カテニンを発現させたマウスの海馬から分離した神経培養細胞では、活性化された[[シナプス前膜]]直下に集積している[[シナプス小胞]]の数の維持にβ–カテニンが重要であることが示された。ここでは、α–カテニンとの結合領域は必要ないので、β–カテニンが細胞接着構造を制御することだけに寄与しているのではないと考えられる<ref name=ref38><pubmed> 14622577 </pubmed></ref>。加えて、[[細胞接着]]やWnt/β–カテニンシグナル伝達経路とは別に、β–カテニンの新たなシグナル伝達経路が神経情報伝達において利用されていることが、[[神経初代培養細胞]]の解析から明らかになった。[[NMDA型グルタミン受容体]]が活性化すると、Wntとは関係なく、β–カテニンが切断され、その後はWnt/β–カテニンシグナル伝達経路と同様に核で機能する<ref name=ref41><pubmed> 17270735 </pubmed></ref>。p120–カテニンによる[[RhoA]]活性の抑制は、樹状突起上のスパインの密度の維持に寄与する<ref name=ref42><pubmed> 16815331 </pubmed></ref>。一方で、N–カドヘリンとp120–カテニンとの複合体の構造解析によって明らかになった両者の結合に重要なアミノ酸残基についての点変異体を発現させた海馬の神経培養細胞では、p120–カテニンがN–カドヘリンと結合できず、スパインの密度やスパインの幅が減少する<ref name=ref19 />。δ–カテニンはスパインのサイズや数、形態の維持に必要である<ref name=ref32 />。 | |||
===大脳皮質のサイズ制御=== | ===大脳皮質のサイズ制御=== | ||
中枢神経系の幹/前駆細胞特異的にαE– | 中枢神経系の幹/前駆細胞特異的にαE–カテニンを欠失させると、細胞間接着が形成できず、さらに細胞極性がなくなる。加えて、細胞数の増加、細胞周期の短縮、[[アポトーシス]]の減少がみられ、最終的な大脳皮質の厚みや大きさが増す。このノックアウト細胞では、大脳皮質の発生過程において細胞増殖を促進する[[ヘッジホッグ]]シグナル伝達経路が強く活性化している。以上より、ノックアウト細胞では、細胞接着の崩壊により細胞密度を物理的に感知できなくなり、細胞は低密度であると感じ続け、ヘッジホックシグナル伝達の活性化を介して細胞増殖を促進し、細胞数の増加そして大脳皮質の過形成へとつながると解釈される。正常な場合は、αE–カテニンは発生過程における細胞増殖に関わるシグナル伝達と細胞間接着の制御とをうまく連動させることで、発生時期の大脳皮質の大きさを調節していると示唆される。これは、αE––カテニンの接着構造の制御自体だけでなく、複数のシグナル伝達系を仲介するという新たな機能であると議論されている<ref name=ref5 />。 | ||
==関連項目== | ==関連項目== |