「行動嗜癖」の版間の差分

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===報酬回路不全症候群===
===報酬回路不全症候群===
 物質依存症と同様に、行動嗜癖においても、報酬系回路が慢性持続的に活性化され続けると馴化が生じ、鈍化が進行する。つまり、報酬系回路の機能は徐々に低下し、より報酬を感じにくく、快感が得られにくくなる。この状態は「報酬回路不全症候群」と呼ばれる<ref name=ref21><pubmed></pubmed></ref>[21]。こうなると、あらゆることに対し興味や関心が薄れ、するとますます、依存している物質乱用や行動嗜癖を繰り返し続ける行動様式に陥ってしまう。
 物質依存症と同様に、行動嗜癖においても、報酬系回路が慢性持続的に活性化され続けると馴化が生じ、鈍化が進行する。つまり、報酬系回路の機能は徐々に低下し、より報酬を感じにくく、快感が得られにくくなる。この状態は「報酬回路不全症候群」と呼ばれる<ref name=ref21><pubmed>19014506</pubmed></ref>。こうなると、あらゆることに対し興味や関心が薄れ、するとますます、依存している物質乱用や行動嗜癖を繰り返し続ける行動様式に陥ってしまう。


 報酬回路不全の仮説は、辺縁系における[[D2受容体]]密度の減少に関連している。物質依存者では、線条体における[[D2]]受容体結合能の低下が報告されている<ref name=ref22><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed></pubmed></ref>[22][23][24]。D2受容体密度が減少した状態では、快の感覚を感じにくく不快であり、ドパミンレベルを正常な状態にするために、物質や嗜癖行動などのドパミンが多く放出するような強い刺激を欲する。しかし一方で、依存の形成において、嗜癖に伴うドパミンレベルの急上昇の反復が報酬系を感作し、物質や嗜癖行動などの快の刺激の誘因となる動機に対し、過感受性が生じることを示唆する知見も多い。
 報酬回路不全の仮説は、辺縁系における[[D2受容体]]密度の減少に関連している。物質依存者では、線条体における[[D2]]受容体結合能の低下が報告されている<ref name=ref22><pubmed>22015315</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>9126741</pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed>11729018</pubmed></ref>。D2受容体密度が減少した状態では、快の感覚を感じにくく不快であり、ドパミンレベルを正常な状態にするために、物質や嗜癖行動などのドパミンが多く放出するような強い刺激を欲する。しかし一方で、依存の形成において、嗜癖に伴うドパミンレベルの急上昇の反復が報酬系を感作し、物質や嗜癖行動などの快の刺激の誘因となる動機に対し、過感受性が生じることを示唆する知見も多い。


 そもそも、D2受容体密度の減少が嗜癖や依存に先行するか後行するかは、まだ結論が出ていない。病的ギャンブリング者、病的過食者、インターネット嗜癖者の線条体におけるD2受容体密度の低下が示唆されている。遺伝子研究では、Taq1A遺伝子多型のA1対立遺伝子が、線条体におけるD2受容体減少に関連することが報告されており、PET(positron emission tomography)では、ドパミン輸送体や受容体などの、機能的ダウンレギュレーションが傍証されうる。嗜癖や依存により生じる脳の状態が、報酬回路不全によるドパミン低活性状態か、感作によるドパミン過感受性の状態かについて、今後の研究が期待される。
 そもそも、D2受容体密度の減少が嗜癖や依存に先行するか後行するかは、まだ結論が出ていない。病的ギャンブリング者、病的過食者、インターネット嗜癖者の線条体におけるD2受容体密度の低下が示唆されている。遺伝子研究では、Taq1A遺伝子多型のA1対立遺伝子が、線条体におけるD2受容体減少に関連することが報告されており、PET(positron emission tomography)では、ドパミン輸送体や受容体などの、機能的ダウンレギュレーションが傍証されうる。嗜癖や依存により生じる脳の状態が、報酬回路不全によるドパミン低活性状態か、感作によるドパミン過感受性の状態かについて、今後の研究が期待される。
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== 併存精神障害 ==
== 併存精神障害 ==


 嗜癖や依存をもつ者は、他にも様々な精神障害を併存することが多いといわれる<ref name=ref25><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref28><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed></pubmed></ref>[25][26][27][28][29][30]
 嗜癖や依存をもつ者は、他にも様々な精神障害を併存することが多いといわれる<ref name=ref25><pubmed>18257941</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed>15889941</pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed>18052565</pubmed></ref> <ref name=ref28>'''Black DW'''<br>Epidemiology and phenomenology of compulsive buying disorder. <br>In: (eds.) Gtant, J. and Potenza, M. Oxford Handbook of Impulse Control Disorders, <br>''Oxford University Press'', New York, 2011, 196-208</ref> <ref name=ref29><pubmed>8063088</pubmed></ref> <ref name=ref30>田中克俊(分担研究者)<br>いわゆるギャンブル依存症の実態と地域ケアの促進<br>
まず行動嗜癖に先行して、大うつ病、[[双極性感情障害]]、統合失調症、[[不安障害]]、物質依存症、[[摂食障害]]などが存在していることがある。また、反社会性、強迫性、回避性、境界性など、各種パーソナリティ障害、[[広汎性発達障害]]、[[精神遅滞]]、認知症、器質的問題などで衝動制御が困難な状態の併存が見られることがある。さらに、嗜癖行動により、二次的に、抑うつや不安症状が出現することもある。
厚生労働科学研究費補助金(障害保健福祉総合研究事業)平成19~21年度総合分担研究報告書: 2010.</ref>。
 
 まず行動嗜癖に先行して、大うつ病、[[双極性感情障害]]、統合失調症、[[不安障害]]、物質依存症、[[摂食障害]]などが存在していることがある。また、反社会性、強迫性、回避性、境界性など、各種パーソナリティ障害、[[広汎性発達障害]]、[[精神遅滞]]、認知症、器質的問題などで衝動制御が困難な状態の併存が見られることがある。さらに、嗜癖行動により、二次的に、抑うつや不安症状が出現することもある。


== 治療 ==
== 治療 ==
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 現在のところ、行動嗜癖に対して認可された治療薬はなく、薬物療法は精神療法や[[行動療法]]と併用されることが多いが、様々な試行がなされている。
 現在のところ、行動嗜癖に対して認可された治療薬はなく、薬物療法は精神療法や[[行動療法]]と併用されることが多いが、様々な試行がなされている。


 上述したように、報酬系回路における依存形成や衝動統制に、ドパミンとオピオイド神経系が関与していることに注目した薬物療法が行われることがある。nalmefeneやnaltrexoneといった国内未採用のオピオイド拮抗薬の病的ギャンブリングなどに対する有効性が報告されている<ref name=ref31><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref33><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref34><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref35><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref36><pubmed></pubmed></ref>[31][32][33][34][35][36]。また、topiramateは、中脳辺縁系のドパミン機能を調節すると考えられており、行動嗜癖に対する有効性が報告されている<ref name=ref37><pubmed></pubmed></ref>[37]
 上述したように、報酬系回路における依存形成や衝動統制に、ドパミンとオピオイド神経系が関与していることに注目した薬物療法が行われることがある。nalmefeneやnaltrexoneといった国内未採用のオピオイド拮抗薬の病的ギャンブリングなどに対する有効性が報告されている<ref name=ref31><pubmed>23503545</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>22426027</pubmed></ref> <ref name=ref33><pubmed>21150845</pubmed></ref> <ref name=ref34><pubmed>18384246</pubmed></ref> <ref name=ref35><pubmed>20884959</pubmed></ref> <ref name=ref36><pubmed>16449486</pubmed></ref>。また、topiramateは、中脳辺縁系のドパミン機能を調節すると考えられており、行動嗜癖に対する有効性が報告されている<ref name=ref37>'''J Horley, D Bowlby'''<br>Theory, research, and intervention with arsonists<br>''Aggression and Violent Behavior'': 2011, 16(3);241–249</ref>。


 セロトニンレベルの低下が、嗜癖の強化に関わる中脳辺縁系に対する抑制作用の低下を惹起するため、セロトニンレベルの低下を改善させる[[SSRI]]([[Selective serotonin reuptake inhibitors|Selective Serotonin Reuptake Inhibitors]])は、行動嗜癖に対する効果が期待されうる。
 セロトニンレベルの低下が、嗜癖の強化に関わる中脳辺縁系に対する抑制作用の低下を惹起するため、セロトニンレベルの低下を改善させる[[SSRI]]([[Selective serotonin reuptake inhibitors|Selective Serotonin Reuptake Inhibitors]])は、行動嗜癖に対する効果が期待されうる。
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 現在国内では、アルコール・薬物依存症専門医療機関や精神保健福祉センターのなかには、物質依存症に対する治療プログラムを修正して、行動嗜癖に対する個人もしくは集団による[[認知行動療法]]を試みている施設もあるが、現状では、ごく一部の施設における「試行的」な実践の域を出ない。他には、自助グループにおける「いい放し、聞き放し」のミーティング、あるいは、日記によるセルフモニタリングなどを利用した自助プログラムの取り組みが行われている。
 現在国内では、アルコール・薬物依存症専門医療機関や精神保健福祉センターのなかには、物質依存症に対する治療プログラムを修正して、行動嗜癖に対する個人もしくは集団による[[認知行動療法]]を試みている施設もあるが、現状では、ごく一部の施設における「試行的」な実践の域を出ない。他には、自助グループにおける「いい放し、聞き放し」のミーティング、あるいは、日記によるセルフモニタリングなどを利用した自助プログラムの取り組みが行われている。


 心理的負荷や[[ストレス]]によって衝動・強迫行為が加速していくことは、病的ギャンブリングなどにおいて知られており<ref name=ref38><pubmed></pubmed></ref>[38]、認知行動療法では、行動嗜癖につながりやすい出来事や気分を同定・認識し、そのような出来事や気分が出現した際、問題となる行動を起こす前に、より適応的に対処する行動に置き換える訓練などが行われる。
 心理的負荷や[[ストレス]]によって衝動・強迫行為が加速していくことは、病的ギャンブリングなどにおいて知られており<ref name=ref38>'''Blaszcsynski, A'''<br>Overcoming Compulsive Gambling.<br>''Robinson Pub'', London, 2010</ref>、認知行動療法では、行動嗜癖につながりやすい出来事や気分を同定・認識し、そのような出来事や気分が出現した際、問題となる行動を起こす前に、より適応的に対処する行動に置き換える訓練などが行われる。


 また、国内には、アルコール依存症におけるA.A.(Alcoholics Anonymous)の12ステッププログラムを援用した自助グループが活動している。病的ギャンブリングについてはG.A.(Gamblers Anonymous)が、[[摂食]]障害についてはO.A.(Overeaters Anonymous)やNABA(日本アノレキシア・ブリミア協会)が、窃盗癖についてはK.A.(Kleptomaniacs Anonymous)が、そして買い物依存についてはD.A.(Debtors Anonymous)が活動をしている。回復者が運営している民間リハビリ施設としては、病的ギャンブリングに関してはワンデーポートが存在するが、他の嗜癖行動については、こうした民間の支援資源はきわめて乏しい実情にある。
 また、国内には、アルコール依存症におけるA.A.(Alcoholics Anonymous)の12ステッププログラムを援用した自助グループが活動している。病的ギャンブリングについてはG.A.(Gamblers Anonymous)が、[[摂食]]障害についてはO.A.(Overeaters Anonymous)やNABA(日本アノレキシア・ブリミア協会)が、窃盗癖についてはK.A.(Kleptomaniacs Anonymous)が、そして買い物依存についてはD.A.(Debtors Anonymous)が活動をしている。回復者が運営している民間リハビリ施設としては、病的ギャンブリングに関してはワンデーポートが存在するが、他の嗜癖行動については、こうした民間の支援資源はきわめて乏しい実情にある。


 切迫した併存精神障害が存在する場合は、精神科医療機関での治療が優先される。行動嗜癖により二次的に生じたうつ症状や自殺企図が見られた場合<ref name=ref39><pubmed></pubmed></ref>[39]、精神科医療施設や救急医療施設での対応が急務とされる。併存する精神障害によっては、地域社会資源の活用も検討される。
 切迫した併存精神障害が存在する場合は、精神科医療機関での治療が優先される。行動嗜癖により二次的に生じたうつ症状や自殺企図が見られた場合<ref name=ref39>'''田辺等'''<br>ギャンブル依存症(病的ギャンブリング)と自殺<br>''精神科治療学'': 2010, 25;223-229</ref>、精神科医療施設や救急医療施設での対応が急務とされる。併存する精神障害によっては、地域社会資源の活用も検討される。


 行動嗜癖の問題が顕在化する場所としては、精神科や救急医療現場などの医療機関、行政司法機関、債務問題相談機関(消費者センター、多重債務支援団体、司法書士団体、弁護士団体、法テラス)、などが挙げられる。ギャンブル、窃盗、放火、性犯罪などについては、触法行為で顕在化することもある。
 行動嗜癖の問題が顕在化する場所としては、精神科や救急医療現場などの医療機関、行政司法機関、債務問題相談機関(消費者センター、多重債務支援団体、司法書士団体、弁護士団体、法テラス)、などが挙げられる。ギャンブル、窃盗、放火、性犯罪などについては、触法行為で顕在化することもある。

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