「脳幹網様体賦活系」の版間の差分

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 19世紀末より、意識の神経基盤を[[大脳半球]]に求める説と、それに対して上部脳幹や[[間脳]]尾部の重要性を主張する反論とが存在していた。しかし、覚醒と睡眠の神経基盤に関する重要な知見をもたらしたのは、[[wikipedia:ja:第一次大戦前後|第一次大戦前後]]に流行した[[嗜眠性脳炎]]患者に関する[[wikipedia:Constantin von Economo|Constantin von Economo]]の研究である。彼の報告によれば、覚醒の困難な大半の患者と、逆に睡眠の困難な少数の患者において、それぞれ異なる脳内部位に病変が見られた。その結果から彼は、覚醒の中枢は脳幹上部から[[中脳水道]]と[[第三脳室]]後部までの[[灰白質]]に、睡眠の中枢は[[視床下部]]吻側部に位置していると推測した。
 19世紀末より、意識の神経基盤を[[大脳半球]]に求める説と、それに対して上部脳幹や[[間脳]]尾部の重要性を主張する反論とが存在していた。しかし、覚醒と睡眠の神経基盤に関する重要な知見をもたらしたのは、[[wikipedia:ja:第一次大戦前後|第一次大戦前後]]に流行した[[嗜眠性脳炎]]患者に関する[[wikipedia:Constantin von Economo|Constantin von Economo]]の研究である。彼の報告によれば、覚醒の困難な大半の患者と、逆に睡眠の困難な少数の患者において、それぞれ異なる脳内部位に病変が見られた。その結果から彼は、覚醒の中枢は脳幹上部から[[中脳水道]]と[[第三脳室]]後部までの[[灰白質]]に、睡眠の中枢は[[視床下部]]吻側部に位置していると推測した。


 1929年、スイスの精神科医[[wikipedia:ja:ハンス・ベルガー|Hans Berger]]が[[脳波]]検査を発明すると、動物実験では[[大脳皮質]]の脱同期化を覚醒の指標として、覚醒および睡眠の神経システムが研究されるようになった。当初は[[感覚]]入力が覚醒をもたらし、感覚の遮断が睡眠をもたらすと考えられていたが、第二次大戦後にMoruzziとMagounの研究によってこれが否定された。彼らは、[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]の脳に選択的な損傷を加えたり、電気的に刺激したりすることによって、感覚伝導路ではなく網様体([[中脳傍正中網様体中心部]])が、大脳皮質に対する覚醒作用の主要な中継路であるということを示した<ref><pubmed>18421835</pubmed></ref>。ここから、1949年に上行性網様体賦活系の概念が生まれたが、この段階では、経路の起点となる部位については不明であった。その後、脳幹のさまざまなレベルで離断を行ったところ、[[橋]]の上部(吻側)のレベルでの離断によって脳波は[[徐波]]化し、行動上は無反応となった。この結果より、覚醒には橋吻側から[[中脳]]尾部にかけての構造([[中脳橋被蓋]])が、不可欠であると考えられた。
 1929年、スイスの精神科医[[wikipedia:ja:ハンス・ベルガー|Hans Berger]]が[[脳波]]検査を発明すると、動物実験では[[大脳皮質]]の脱同期化を覚醒の指標として、覚醒および睡眠の神経システムが研究されるようになった。当初は[[感覚]]入力が覚醒をもたらし、感覚の遮断が睡眠をもたらすと考えられていたが、第二次大戦後にMoruzziとMagounの研究によってこれが否定された。彼らは、[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]の脳に選択的な損傷を加えたり、電気的に刺激したりすることによって、感覚伝導路ではなく網様体([[中脳傍正中網様体中心部]];図中の①)が、大脳皮質に対する覚醒作用の主要な中継路であるということを示した<ref><pubmed>18421835</pubmed></ref>。ここから、1949年に上行性網様体賦活系の概念が生まれたが、この段階では、経路の起点となる部位については不明であった。その後、脳幹のさまざまなレベルで離断を行ったところ、[[橋]]の上部(吻側)のレベルでの離断によって脳波は[[徐波]]化し、行動上は無反応となった。この結果より、覚醒には橋吻側から[[中脳]]尾部にかけての構造([[中脳橋被蓋]])が、不可欠であると考えられた。
 
 
[[ファイル:Reticular formation.jpg|center|thumb|750px|'''図 脳幹網様体賦活系の概観'''<br>A. 脳の正中矢状断面図.B. 上丘を通る中脳横断面.C. 下丘を通る中脳・橋横断面.D. 橋上部横断面.図A中の破線b, c, dはそれぞれ図B, C, Dのレベルに相当する.<br>図中の部位:1 中脳傍正中網様体,2 脚橋被蓋核,3 背外側被蓋核,4 視床(核群),5 青斑核,6 背側縫線核,7 正中縫線核群,8 視床下部外側野.赤丸はノルアドレナリン作動性ニューロン群,青丸はアセチルコリン作動性ニューロン群,緑はセロトニン作動性ニューロン群.]]
 


==構成要素の複雑化==
==構成要素の複雑化==
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===アセチルコリン系===
===アセチルコリン系===


 [[脚橋被蓋核]]および[[背外側被蓋核]][[アセチルコリン|コリン]]作動性ニューロンは、中脳の傍正中網様体を通って[[視床]]中継核、[[非特殊核]]、[[視床網様核|網様核]]に投射しており、覚醒時と[[REM睡眠]]時に最大頻度の活動を示す。
 [[脚橋被蓋核]](図中②)および[[背外側被蓋核]](図中③)の[[アセチルコリン|コリン]]作動性ニューロンは、中脳の傍正中網様体を通って[[視床]]中継核、[[非特殊核]]、[[視床網様核|網様核]](図中④)に投射しており、覚醒時と[[REM睡眠]]時に最大頻度の活動を示す。


 [[視床網様核]]は他の視床核群を包み込むように広がっている[[GABA]]作動性ニューロンの集団であり、視床中継核に[[抑制性]]の投射を送っている。上記の[[コリン]]作動性入力は、覚醒時とREM睡眠時には視床網様核の抑制性ニューロンを過分極させて活動を抑制しており、この状態では視床中継核のニューロンは求心性入力に応じて発火して信号を伝達し、脳波は脱同期パターンを示す。[[Non-REM睡眠]]に入ると、コリン作動性入力による抑制が減弱するために視床網様核ニューロンの活動は亢進し、視床中継核に[[GABA作動性]]の入力を与える。その結果、視床中継核のニューロンは[[過分極]]され、同期化して[[群発放電モード]]に移行し、[[脳波]]上では[[徐波]]が観察されることになる。
 [[視床網様核]]は他の視床核群を包み込むように広がっている[[GABA]]作動性ニューロンの集団であり、視床中継核に[[抑制性]]の投射を送っている。上記の[[コリン]]作動性入力は、覚醒時とREM睡眠時には視床網様核の抑制性ニューロンを過分極させて活動を抑制しており、この状態では視床中継核のニューロンは求心性入力に応じて発火して信号を伝達し、脳波は脱同期パターンを示す。[[Non-REM睡眠]]に入ると、コリン作動性入力による抑制が減弱するために視床網様核ニューロンの活動は亢進し、視床中継核に[[GABA作動性]]の入力を与える。その結果、視床中継核のニューロンは[[過分極]]され、同期化して[[群発放電モード]]に移行し、[[脳波]]上では[[徐波]]が観察されることになる。
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===モノアミン系===
===モノアミン系===


 [[青斑核]][[ノルアドレナリン]]作動性ニューロン、および[[背側]]および[[正中縫線核]][[セロトニン]]作動性ニューロンは、中脳の[[傍正中網様体]]と視床下部外側野を通り、大脳皮質に広汎に投射している。これらの[[モノアミン]]作動性ニューロンの活動は、覚醒時に最も活発で、徐波睡眠中は徐々に減少し、REM睡眠中にはほぼ停止する。
 [[青斑核]](図中⑤)の[[ノルアドレナリン]]作動性ニューロン、および[[背側]](図中⑥)および[[正中縫線核]](図中⑦)の[[セロトニン]]作動性ニューロンは、中脳の[[傍正中網様体]](図中①)と視床下部外側野(図中⑧)を通り、大脳皮質に広汎に投射している。これらの[[モノアミン]]作動性ニューロンの活動は、覚醒時に最も活発で、徐波睡眠中は徐々に減少し、REM睡眠中にはほぼ停止する。


 20世紀後半には、これら中脳橋被蓋のコリン作動性およびモノアミン作動性ニューロンが、覚醒および睡眠の状態の調節に大きな役割を果たすと考えられるようになった。
 20世紀後半には、これら中脳橋被蓋のコリン作動性およびモノアミン作動性ニューロンが、覚醒および睡眠の状態の調節に大きな役割を果たすと考えられるようになった。
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 また、これらのニューロンが視床下部外側野を通過する際には、その部位に位置する複数のニューロン群の活動に影響し、これらが大脳皮質に広汎に投射して、上行性覚醒系の投射を増強する。20世紀の終わりになると、[[ヒスタミン]]作動性ニューロンに加え、[[オレキシン]]、[[メラニン凝集ホルモン]]といった[[神経ペプチド|ペプチド]]を含有するニューロンがこの部位に分布して、覚醒の調整に関与していることも明らかにされた。
 また、これらのニューロンが視床下部外側野を通過する際には、その部位に位置する複数のニューロン群の活動に影響し、これらが大脳皮質に広汎に投射して、上行性覚醒系の投射を増強する。20世紀の終わりになると、[[ヒスタミン]]作動性ニューロンに加え、[[オレキシン]]、[[メラニン凝集ホルモン]]といった[[神経ペプチド|ペプチド]]を含有するニューロンがこの部位に分布して、覚醒の調整に関与していることも明らかにされた。
[[ファイル:Reticular formation.jpg|center|'''脳幹網様体賦活系の概観'''|750px]]


==その後の展開==
==その後の展開==
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