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<font size="+1">[http://researchmap.jp/kazutakaikeda 池田 和隆]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/kazutakaikeda 池田 和隆]</font><br>
''公益財団法人 東京都医学総合研究所 精神行動医学分野 依存性薬物プロジェクト ''<br>
''公益財団法人 東京都医学総合研究所 精神行動医学分野 依存性薬物プロジェクト ''<br>
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2012年4月2日 原稿完成日:2012年5月2日<br>
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2012年4月2日 原稿完成日:2012年5月2日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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==依存症とは==
==依存症とは==


 精神に作用する[[wikipedia:JA:化学物質|化学物質]]の摂取や、ある種の快感や高揚感を伴う行為を繰り返し行った結果、それらの刺激を求める耐えがたい欲求が生じ、その刺激を追い求める行為が優勢となり、その刺激がないと不快な精神的・身体的症状を生じる、精神的・身体的・行動的状態のことである。依存症は、(1)物質依存、(2)行為・過程依存、(3)ある特定の人物に依存する関係依存、に大別される。物質依存には、[[wikipedia:JA:薬物依存症|薬物依存]]、[[wikipedia:JA:ニコチン依存症|ニコチン依存]]、食物依存などがある。行為・過程依存には、[[wikipedia:JA:買い物依存症|買い物依存]]、[[wikipedia:JA:ギャンブル依存症|ギャンブル依存]]、[[wikipedia:JA:性依存症|セックス依存]]、最近では、携帯電話・ゲーム機、インターネット、テレビゲームへの依存などがある。関係依存には、共依存(人に必要とされることに依存)などがある。
 精神に作用する[[wikipedia:JA:化学物質|化学物質]]の摂取や、ある種の快感や高揚感を伴う行為を繰り返し行った結果、それらの刺激を求める耐えがたい欲求が生じ、その刺激を追い求める行為が優勢となり、その刺激がないと不快な精神的・身体的症状を生じる、精神的・身体的・行動的状態のことである。依存症は次のように分類される。
#物質依存<br>[[wikipedia:JA:薬物依存症|薬物依存]]、[[wikipedia:JA:ニコチン依存症|ニコチン依存]]、食物依存など。
#行為・過程依存<br>[[wikipedia:JA:買い物依存症|買い物依存]]、[[wikipedia:JA:ギャンブル依存症|ギャンブル依存]]、[[wikipedia:JA:性依存症|セックス依存]]、最近では、携帯電話・ゲーム機、インターネット、テレビゲームへの依存など。
#関係依存<br>ある特定の人物に必要とされることに依存。


 特に物質依存は依存性物質を心身に重大な障害や苦痛を引き起こすほどに使用し、それらの物質に対する耐性や離脱などの問題が生じている精神疾患であり、深刻な社会問題となっている。依存性物質には違法薬物のみでなく[[wikipedia:JA:アルコール|アルコール]]など私たちの日常生活に身近な物質も含まれる。依存性物質の種類としては、中枢神経系抑制薬(アルコール、[[モルヒネ]]、[[睡眠薬]]など)、中枢神経系興奮薬([[メタンフェタミン]]などの[[覚せい剤]]、[[コカイン]]など)あるいは精神異常発現薬([[大麻]]、[[LSD]] など)などがあり、薬理作用の異なる種々の物質が依存を誘発する。  
 特に物質依存は依存性物質を心身に重大な障害や苦痛を引き起こすほどに使用し、それらの物質に対する耐性や離脱などの問題が生じている精神疾患であり、深刻な社会問題となっている。依存性物質には違法薬物のみでなく[[wikipedia:JA:アルコール|アルコール]]など私たちの日常生活に身近な物質も含まれる。依存性物質の種類としては、中枢神経系抑制薬(アルコール、[[モルヒネ]]、[[睡眠薬]]など)、中枢神経系興奮薬([[メタンフェタミン]]などの[[覚せい剤]]、[[コカイン]]など)あるいは精神異常発現薬([[大麻]]、[[LSD]] など)などがあり、薬理作用の異なる種々の物質が依存を誘発する。


== 診断基準  ==
== 診断基準  ==
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=== DSM-IV  ===
=== DSM-IV  ===


 DSM-IVの診断基準においては物質関連障害が物質使用障害と物質誘発性障害から構成され、物質使用障害は物質依存と物質乱用から構成される。物質依存は臨床的に重大な障害や苦痛を引き起こす物質使用の不適応的な様式で、以下の3つ(またはそれ以上)が、同じ12ヶ月の期間内のどこかで起こることによって示される。
 [[DSM-IV]]の診断基準においては物質関連障害が物質使用障害と物質誘発性障害から構成され、物質使用障害は物質依存と物質乱用から構成される。物質依存は臨床的に重大な障害や苦痛を引き起こす物質使用の不適応的な様式で、以下の3つ(またはそれ以上)が、同じ12ヶ月の期間内のどこかで起こることによって示される。


#耐性、以下のいずれかによって定義されるもの:<br>A. 酩酊または希望の効果を得るために、著しく増大した量の物質が必要<br>B. 物質の同じ量の持続使用により、著しく効果が減弱  
#耐性、以下のいずれかによって定義されるもの:<br>A. 酩酊または希望の効果を得るために、著しく増大した量の物質が必要<br>B. 物質の同じ量の持続使用により、著しく効果が減弱  
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== 疫学  ==
== 疫学  ==


 平成20年の[[wikipedia:JA:厚生労働省|厚生労働省]]の患者調査によると[[アルコール依存症]]の推計患者数は13100人(総患者数44000人)とされているが、一方で日本の一般人口1億2000万人における調査では約80万人がアルコール依存症であるとされており<ref>'''尾崎米厚、松下幸生、白坂知信、廣 尚典、樋口 進'''<br>わが国の成人飲酒行動およびアルコール症に関する全国調査<br>''日本アルコール・薬物医学会雑'':2005, 40(5), 455–70</ref>、治療を受けていないアルコール依存症罹患者が多く存在するという点においても大きな問題があると言える。平成19年の[[wikipedia:JA:警察庁|警察庁]]、厚生労働省、[[wikipedia:JA:海上保安庁|海上保安庁]]の調査によると、国内の薬物事犯検挙人数は、覚せい剤12211名、麻薬・向精神薬が542名、[[アヘン]]が47名、大麻が2375名と報告されている。  
 平成20年の[[wikipedia:JA:厚生労働省|厚生労働省]]の患者調査によると[[アルコール依存症]]の推計患者数は13100人(総患者数44000人)とされているが、一方で日本の一般人口1億2000万人における調査では約80万人がアルコール依存症であるとされており<ref>'''尾崎米厚、松下幸生、白坂知信、廣 尚典、樋口 進'''<br>わが国の成人飲酒行動およびアルコール症に関する全国調査<br>''日本アルコール・薬物医学会雑'':2005, 40(5), 455–70</ref>、治療を受けていないアルコール依存症罹患者が多く存在するという点においても大きな問題があると言える。平成19年の[[wikipedia:JA:警察庁|警察庁]]、厚生労働省、[[wikipedia:JA:海上保安庁|海上保安庁]]の調査によると、国内の薬物事犯検挙人数は、覚せい剤12211名、[[麻薬]]・向精神薬が542名、[[アヘン]]が47名、大麻が2375名と報告されている。  


== 依存症の脳内メカニズム  ==
== 依存症の脳内メカニズム  ==
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=== 依存性物質と報酬系  ===
=== 依存性物質と報酬系  ===


 依存性物質は[[シナプス伝達]]に影響を与える特異的な標的、たとえば[[モノアミントランスポーター]]、[[オピオイド受容体]]、[[カンナビノイド受容体]]、[[セロトニン#.E3.82.BB.E3.83.AD.E3.83.88.E3.83.8B.E3.83.B3.E5.8F.97.E5.AE.B9.E4.BD.93|セロトニン受容体]]、[[NMDA型グルタミン酸受容体]]、[[GABA受容体]]、[[ニコチン性アセチルコリン受容体]]、[[アデノシン受容体]]などに作用する(図1)。これらの作用が次の標的分子へ作用するといった連鎖の結果、最終的に快情動([[報酬]]効果)を発現させる。依存性薬物が共通に作用する部位として[[腹側被蓋野]]の[[ドーパミン神経細胞]]から[[辺縁系]]、特に側坐核に投射する神経回路がある<ref><pubmed>9768834</pubmed></ref><ref><pubmed>11252991</pubmed></ref><ref><pubmed>15102958</pubmed></ref>。快情動を伴う体験をするときに、中脳の腹側被蓋野から前脳の側坐核へむかってのびているドーパミン神経細胞がドーパミンを放出し、ドーパミンを受け取った側坐核のニューロンで反応が起きることによって快情動が生じる。通常ドーパミン神経細胞は[[抑制性ニューロン]]によって働きが抑えられているが、依存性物質が抑制性ニューロンの働きを抑えることなどによって、ドーパミン神経細胞からドーパミンが大量に放出される。依存症では、その快情動の再体験を求めて依存性物質の使用と快情動の体験が繰り返されることで、依存性物質の使用が強化される。
 依存性物質は[[シナプス伝達]]に影響を与える特異的な標的、たとえば[[モノアミントランスポーター]]、[[オピオイド受容体]]、[[カンナビノイド受容体]]、[[セロトニン#.E3.82.BB.E3.83.AD.E3.83.88.E3.83.8B.E3.83.B3.E5.8F.97.E5.AE.B9.E4.BD.93|セロトニン受容体]]、[[NMDA型グルタミン酸受容体]]、[[GABA受容体]]、[[ニコチン性アセチルコリン受容体]]、[[アデノシン受容体]]などに作用する(図1)。これらの作用が次の標的分子へ作用するといった連鎖の結果、最終的に快情動([[報酬]]効果)を発現させる。依存性薬物が共通に作用する部位として[[腹側被蓋野]]の[[ドーパミン神経細胞]]から[[辺縁系]]、特に側坐核に投射する神経回路がある<ref><pubmed>9768834</pubmed></ref><ref><pubmed>11252991</pubmed></ref><ref><pubmed>15102958</pubmed></ref>。快情動を伴う体験をするときに、中脳の腹側被蓋野から[[前脳]]の側坐核へむかってのびているドーパミン神経細胞がドーパミンを放出し、ドーパミンを受け取った側坐核のニューロンで反応が起きることによって快情動が生じる。通常ドーパミン神経細胞は[[抑制性ニューロン]]によって働きが抑えられているが、依存性物質が[[抑制性]]ニューロンの働きを抑えることなどによって、ドーパミン神経細胞からドーパミンが大量に放出される。依存症では、その快情動の再体験を求めて依存性物質の使用と快情動の体験が繰り返されることで、依存性物質の使用が強化される。


 また、側坐核にはモルヒネや[[ヘロイン]]などの麻薬の受容体が存在することから、依存性物質の報酬効果にはドーパミン系に加えてオピオイド系も重要である<ref><pubmed>1346804</pubmed></ref>。オピオイド受容体以外にも依存性物質の標的分子は側坐核や腹側被蓋野に投射する神経細胞に多数存在する。  
 また、側坐核にはモルヒネや[[ヘロイン]]などの麻薬の受容体が存在することから、依存性物質の報酬効果にはドーパミン系に加えてオピオイド系も重要である<ref><pubmed>1346804</pubmed></ref>。オピオイド受容体以外にも依存性物質の標的分子は側坐核や腹側被蓋野に投射する神経細胞に多数存在する。  
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=== 依存症におけるGIRKチャネルと報酬系の関連  ===
=== 依存症におけるGIRKチャネルと報酬系の関連  ===


  GIRKチャネルは依存性物質のシグナル伝達において重要な役割を果たしている。様々な[[Gタンパク質共役型受容体|G<sub>i/o</sub>タンパク質共役型受容体]]に[[神経伝達物質]]が作用することによって[[GTP結合タンパク質|G<sub>i/o</sub>タンパク質]]が活性化され、Gタンパク質αサブユニットから遊離したGタンパク質βγサブユニットがGIRKチャネルを直接開口する<ref><pubmed>10997585</pubmed></ref><ref><pubmed>17168757</pubmed></ref>。また、エタノールはGIRKチャネルを直接開口することも見出されている<ref name="ref8"><pubmed>10570486</pubmed></ref><ref><pubmed>10570485</pubmed></ref>。GIRKチャネルの開口によって[[細胞膜]]は[[過分極]]化し、神経細胞の興奮性を調節する。[[wikipedia:JA:哺乳類|哺乳類]]において4つのGIRKチャネルサブユニットが知られている<ref><pubmed>8355805</pubmed></ref><ref><pubmed>7877685</pubmed></ref><ref><pubmed>7499385</pubmed></ref>。GIRK2サブユニットに1つのアミノ酸変異([[wikipedia:JA:カリウム|カリウム]]イオンだけでなく[[wikipedia:JA:ナトリウム|ナトリウム]]イオンも透過させ、Gタンパク質制御も消失している)を持つウィーバーミュータントマウスでは、[[小脳顆粒細胞]]や[[黒質]]ドーパミン神経細胞、[[橋核]]神経細胞における[[神経細胞死]]が生じており、モルヒネおよびエタノールによる鎮痛が減弱している<ref name="ref8" /><ref><pubmed>12354627</pubmed></ref>。したがって、GIRKチャネルがモルヒネやエタノールの鎮痛効果において決定的な役割を果たすと考えられる。さらに、GIRKチャネル欠損マウスでは、コカインの自己投与が消失することも示されている<ref><pubmed>12637950</pubmed></ref>。また、開腹手術の患者を対象にした研究では、GIRK2サブユニットのA1032G多型がA/Aタイプの場合、脳内のGIRK2サブユニットの[[wikipedia:JA:mRNA|mRNA]]mRNA量が減少することによって、GIRKサブユニットタンパク質量も減少して、オピオイド感受性が低下するために、術後の疼痛に対して必要なオピオイド投与回数が増加している可能性が示唆されている<ref><pubmed>19756153</pubmed></ref>。
  [[GIRK]]チャネルは依存性物質のシグナル伝達において重要な役割を果たしている。様々な[[Gタンパク質共役型受容体|G<sub>i/o</sub>タンパク質共役型受容体]]に[[神経伝達物質]]が作用することによって[[GTP結合タンパク質|G<sub>i/o</sub>タンパク質]]が活性化され、Gタンパク質αサブユニットから遊離したGタンパク質βγサブユニットがGIRKチャネルを直接開口する<ref><pubmed>10997585</pubmed></ref><ref><pubmed>17168757</pubmed></ref>。また、エタノールはGIRKチャネルを直接開口することも見出されている<ref name="ref8"><pubmed>10570486</pubmed></ref><ref><pubmed>10570485</pubmed></ref>。GIRKチャネルの開口によって[[細胞膜]]は[[過分極]]化し、神経細胞の興奮性を調節する。[[wikipedia:JA:哺乳類|哺乳類]]において4つのGIRKチャネルサブユニットが知られている<ref><pubmed>8355805</pubmed></ref><ref><pubmed>7877685</pubmed></ref><ref><pubmed>7499385</pubmed></ref>。GIRK2サブユニットに1つのアミノ酸変異([[wikipedia:JA:カリウム|カリウム]]イオンだけでなく[[wikipedia:JA:ナトリウム|ナトリウム]]イオンも透過させ、Gタンパク質制御も消失している)を持つウィーバーミュータントマウスでは、[[小脳顆粒細胞]]や[[黒質]]ドーパミン神経細胞、[[橋核]]神経細胞における[[神経細胞死]]が生じており、モルヒネおよびエタノールによる鎮痛が減弱している<ref name="ref8" /><ref><pubmed>12354627</pubmed></ref>。したがって、GIRKチャネルがモルヒネやエタノールの鎮痛効果において決定的な役割を果たすと考えられる。さらに、GIRKチャネル欠損マウスでは、コカインの自己投与が消失することも示されている<ref><pubmed>12637950</pubmed></ref>。また、開腹手術の患者を対象にした研究では、GIRK2サブユニットのA1032G多型がA/Aタイプの場合、脳内のGIRK2サブユニットの[[wikipedia:JA:mRNA|mRNA]]mRNA量が減少することによって、GIRKサブユニットタンパク質量も減少して、オピオイド感受性が低下するために、術後の疼痛に対して必要なオピオイド投与回数が増加している可能性が示唆されている<ref><pubmed>19756153</pubmed></ref>。


=== 各依存性物質の脳神経画像研究  ===
=== 各依存性物質の脳神経画像研究  ===


 [[ポジトロンCT]](positron emission tomography: PET)を用いた脳画像研究の発展に伴い、ヒト脳内の[[受容体]]、[[トランスポーター]]などを定量評価することが可能になり、依存症の病態が解明されつつある<ref>'''橋本謙二(著)、福居顯二(編)'''<br>III章 物質依存の神経生物学的基盤 物質依存の神経画像(脳とこころのプライマリケア(8)依存)<br>''株式会社シナジー''、2011</ref>。近年の依存症の脳神経画像研究の成果を以下に示す。
 [[ポジトロンCT]](positron emission tomography: PET)を用いた脳画像研究の発展に伴い、[[ヒト]]脳内の[[受容体]]、[[トランスポーター]]などを定量評価することが可能になり、依存症の病態が解明されつつある<ref>'''橋本謙二(著)、福居顯二(編)'''<br>III章 物質依存の神経生物学的基盤 物質依存の神経画像(脳とこころのプライマリケア(8)依存)<br>''株式会社シナジー''、2011</ref>。近年の依存症の[[脳神経]]画像研究の成果を以下に示す。


==== アルコール  ====
==== アルコール  ====
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==== 覚せい剤  ====
==== 覚せい剤  ====


 覚せい剤は主に脳内ドーパミン神経終末に作用し、シナプス間隙におけるドーパミン量を増加させることによって薬理作用を出現させる。覚せい剤の使用は長期にわたり脳内ドーパミン神経終末に障害を及ぼすことが脳神経画像研究から明らかになっている。たとえば、覚せい剤乱用者では、大脳基底核におけるドーパミンD<sub>2</sub>受容体が減少しており、ドーパミンD<sub>2</sub>受容体と[[眼窩前頭皮質]]における局所糖代謝率が関連して<ref><pubmed>11729018</pubmed></ref>、薬物依存症患者の線条体におけるドーパミンD<sub>2</sub>・D<sub>3</sub>受容体利用率が健常者より低下しており、この低下が患者の衝動性と負の相関関係にあることが報告されている<ref><pubmed>19940168</pubmed></ref>  
 覚せい剤は主に脳内ドーパミン[[神経終末]]に作用し、[[シナプス]]間隙におけるドーパミン量を増加させることによって薬理作用を出現させる。覚せい剤の使用は長期にわたり脳内ドーパミン神経終末に障害を及ぼすことが脳神経画像研究から明らかになっている。たとえば、覚せい剤乱用者では、大脳基底核におけるドーパミンD<sub>2</sub>受容体が減少しており、ドーパミンD<sub>2</sub>受容体と[[眼窩前頭皮質]]における局所糖代謝率が関連して<ref><pubmed>11729018</pubmed></ref>、薬物依存症患者の線条体におけるドーパミンD<sub>2</sub>・D<sub>3</sub>受容体利用率が健常者より低下しており、この低下が患者の衝動性と負の相関関係にあることが報告されている<ref><pubmed>19940168</pubmed></ref>  


 また、覚せい剤はセロトニン神経系にも作用する。PET研究により、覚せい剤使用経験者の脳内[[セロトニン#.E3.82.BB.E3.83.AD.E3.83.88.E3.83.8B.E3.83.B3.E3.83.88.E3.83.A9.E3.83.B3.E3.82.B9.E3.83.9D.E3.83.BC.E3.82.BF.E3.83.BC|セロトニントランスポーター]](5-hydroxytryptamine transporter: 5-HTT)の密度が健常者よりも低下していること、その低下が彼らの攻撃性の強さと相関していることが報告されている<ref><pubmed>16389202</pubmed></ref>。  
 また、覚せい剤は[[セロトニン神経系]]にも作用する。PET研究により、覚せい剤使用経験者の脳内[[セロトニン#.E3.82.BB.E3.83.AD.E3.83.88.E3.83.8B.E3.83.B3.E3.83.88.E3.83.A9.E3.83.B3.E3.82.B9.E3.83.9D.E3.83.BC.E3.82.BF.E3.83.BC|セロトニントランスポーター]](5-hydroxytryptamine transporter: 5-HTT)の密度が健常者よりも低下していること、その低下が彼らの攻撃性の強さと相関していることが報告されている<ref><pubmed>16389202</pubmed></ref>。  


 また断薬後も数年の間は脳内活性型[[ミクログリア]]の密度が健常者よりも上昇しており、このことが神経障害の継続に関連している可能性も示されている<ref><pubmed>18509037</pubmed></ref>。  
 また断薬後も数年の間は脳内活性型[[ミクログリア]]の密度が健常者よりも上昇しており、このことが神経障害の継続に関連している可能性も示されている<ref><pubmed>18509037</pubmed></ref>。  
85行目: 88行目:
==== 合成麻薬MDMA  ====
==== 合成麻薬MDMA  ====


 脳画像研究では、[[メチレンジオキシメタンフェタミン]](MDMA)を使用した者において脳の多くの領域で5-HTTの減少が認められ、断薬によってその減少は回復すると報告されている<ref><pubmed>16847678</pubmed></ref>。
 脳画像研究では、[[メチレンジオキシメタンフェタミン]]([[MDMA]])を使用した者において脳の多くの領域で5-HTTの減少が認められ、断薬によってその減少は回復すると報告されている<ref><pubmed>16847678</pubmed></ref>。


==== ニコチン  ====
==== ニコチン  ====
101行目: 104行目:
==== ギャンブル  ====
==== ギャンブル  ====


 ギャンブル依存ではセロトニンの機能異常、尿中、血中、[[髄液]]中の[[ノルアドレナリン]]代謝産物レベルが上昇していることや[[αアドレナリン受容体]][[拮抗薬]]に対する[[成長ホルモン]]反応が増大していることからノルアドレナリン機能異常、髄液中のドーパミンレベルの低下およびドーパミン代謝産物レベルの上昇が見られることからドーパミンの代謝回転の上昇が報告されている<ref><pubmed>12635538</pubmed></ref>。  
 ギャンブル依存では[[セロトニン]]の機能異常、尿中、血中、[[髄液]]中の[[ノルアドレナリン]]代謝産物レベルが上昇していることや[[αアドレナリン受容体]][[拮抗薬]]に対する[[成長ホルモン]]反応が増大していることからノル[[アドレナリン]]機能異常、髄液中のドーパミンレベルの低下およびドーパミン代謝産物レベルの上昇が見られることからドーパミンの代謝回転の上昇が報告されている<ref><pubmed>12635538</pubmed></ref>。  


 ギャンブルに関する刺激と感情(悲しみ、幸福感)に関する刺激を提示してfMRIによる脳神経画像をギャンブル依存者と健常人を比較すると、ギャンブル依存の人は情動・モチベーションに反応が生じる際の脳活動と情動やモチベーションの自己報告との相関の強さがより顕著であり、ギャンブルへの衝動性の主観的評価と[[内側前頭前野皮質]]の活動との負の相関、[[中側頭回]]および[[側頭極]]の活動との正の相関を示した<ref><pubmed>21811809</pubmed></ref>。  
 ギャンブルに関する刺激と感情(悲しみ、幸福感)に関する刺激を提示してfMRIによる脳神経画像をギャンブル依存者と健常人を比較すると、ギャンブル依存の人は情動・モチベーションに反応が生じる際の脳活動と情動やモチベーションの自己報告との相関の強さがより顕著であり、ギャンブルへの衝動性の主観的評価と[[内側前頭前野皮質]]の活動との負の相関、[[中側頭回]]および[[側頭極]]の活動との正の相関を示した<ref><pubmed>21811809</pubmed></ref>。  
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==== ベンゾジアゼピン系薬物  ====
==== ベンゾジアゼピン系薬物  ====


 [[GABA|γ-アミノ酪酸]](γ-aminobutyric acid: GABA)受容体を活性化する[[ベンゾジアゼピン]]系薬物の場合、急性期解毒に対しては拮抗薬が用いられ、離脱期には主として長期作用型のベンゾジアゼピン系薬物が用いられる<ref>'''鈴木勇一、井澤志名野、村崎光邦(著)、和田 清(編)'''<br>ベンゾジアゼピン系薬物の臨床用量依存について(精神医学レビュー34、薬物依存)<br>''ライフ・サイエンス''、2000;74–79</ref>。  
 [[GABA|γ-アミノ酪酸]](γ-aminobutyric acid: [[GABA]])受容体を活性化する[[ベンゾジアゼピン]]系薬物の場合、急性期解毒に対しては拮抗薬が用いられ、離脱期には主として長期作用型のベンゾジアゼピン系薬物が用いられる<ref>'''鈴木勇一、井澤志名野、村崎光邦(著)、和田 清(編)'''<br>ベンゾジアゼピン系薬物の臨床用量依存について(精神医学レビュー34、薬物依存)<br>''ライフ・サイエンス''、2000;74–79</ref>。  


==== オピオイド  ====
==== オピオイド  ====
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==== 大麻  ====
==== 大麻  ====


 特異的な薬物療法はなく、急性期の精神病症状は薬物治療なしで経過観察が基本であるが、強い[[恐怖感]]、[[wikipedia:JA:発汗|発汗]]、[[wikipedia:JA:動悸|動悸]]などの顕著な[[自律神経症状]]が認められる場合は、ジアゼパムなどの穏和精神安定薬を投与する。[[誇大妄想]]などの[[幻覚]]・[[妄想]]や[[躁性]]の興奮を伴うときはハロペリドールなどの抗精神病薬を投与する。精神病症状が遷延化する場合は抗精神病薬の少量長期(1年以上)投与が有効である。  
 特異的な薬物療法はなく、急性期の精神病症状は薬物治療なしで経過観察が基本であるが、強い[[恐怖感]]、[[wikipedia:JA:発汗|発汗]]、[[wikipedia:JA:動悸|動悸]]などの顕著な[[自律神経症状]]が認められる場合は、[[ジアゼパム]]などの穏和精神安定薬を投与する。[[誇大妄想]]などの[[幻覚]]・[[妄想]]や[[躁性]]の興奮を伴うときはハロペリドールなどの抗精神病薬を投与する。精神病症状が遷延化する場合は抗精神病薬の少量長期(1年以上)投与が有効である。  


==== ギャンブル  ====
==== ギャンブル  ====


 ギャンブルなど、物質以外への依存については薬物療法が確立していない。海外では[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]](selective serotonin reuptake inhibitor: SSRI)の使用報告が多い。[[イミプラミン]]、[[リチウム]]、[[バルプロ酸]]などの併用も報告されている。  
 ギャンブルなど、物質以外への依存については薬物療法が確立していない。海外では[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]([[selective serotonin reuptake inhibitor]]: [[SSRI]])の使用報告が多い。[[イミプラミン]]、[[リチウム]]、[[バルプロ酸]]などの併用も報告されている。  


=== 心理社会的治療  ===
=== 心理社会的治療  ===
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==== 認知行動療法  ====
==== 認知行動療法  ====


 行動・情緒・認知的な問題を治療の標的として、学習理論をはじめとする行動科学の諸理論や行動変容の諸技法を用いて、不適応な反応を軽減するとともに、適応的な反応を学習させていく治療法である。[[認知行動療法]]は依存性物質の種類を超えて有効性のエビデンスが最も多く提示されている<ref>'''森田展彰(著)、福居顯二(編)'''<br>VIII章 予防と治療 認知行動療法(脳とこころのプライマリケア(8)依存)<br>''株式会社シナジー''、2011</ref>。依存症に対する認知行動療法の主な手法は以下のとおりである。
 行動・情緒・認知的な問題を治療の標的として、学習理論をはじめとする行動科学の諸理論や行動変容の諸技法を用いて、不適応な反応を軽減するとともに、適応的な反応を学習させていく治療法である。[[認知行動療法]]は依存性物質の種類を超えて有効性のエビデンスが最も多く提示されている<ref>'''森田展彰(著)、福居顯二(編)'''<br>VIII章 予防と治療 認知行動療法(脳とこころのプライマリケア(8)依存)<br>''株式会社シナジー''、2011</ref>。依存症に対する認知[[行動療法]]の主な手法は以下のとおりである。


#再発防止法<br> Marlattら<ref>'''GA Marlatt, JR Gordon'''<br>Relapse prevention: Maintenance Strategies in the Treatment of Addictive Behaviors. <br>''Guilford Press, London'', 1985</ref>がBanduraの社会的学習理論をもとに、物質依存者がいったん物質使用から離れた後に、再発する過程を防ぐことに焦点を当てた認知行動療法として開発した。薬物使用につながる認知行動パターンを「きっかけ・危険な状況→認知・対処スキル→行動→結果」という枠組みで明確化し、「行動」を変えるための方法を検討する技法である。  
#再発防止法<br> Marlattら<ref>'''GA Marlatt, JR Gordon'''<br>Relapse prevention: Maintenance Strategies in the Treatment of Addictive Behaviors. <br>''Guilford Press, London'', 1985</ref>がBanduraの社会的学習理論をもとに、物質依存者がいったん物質使用から離れた後に、再発する過程を防ぐことに焦点を当てた認知行動療法として開発した。薬物使用につながる認知行動パターンを「きっかけ・危険な状況→認知・対処スキル→行動→結果」という枠組みで明確化し、「行動」を変えるための方法を検討する技法である。  
#認知療法<br> [[うつ病]]などに用いられてきた認知療法モデルを依存症にあてはめて、非機能的な認知の同定と認知の修正を中心とする技法である<ref>'''AT Beck, FD Wright, CF Newman, BS Liese'''<br>Cognitive Therapy of Substance Abuse.<br>''Guilford Press, London'', 1993</ref>。  
#[[認知療法]]<br> [[うつ病]]などに用いられてきた認知療法モデルを依存症にあてはめて、非機能的な認知の同定と認知の修正を中心とする技法である<ref>'''AT Beck, FD Wright, CF Newman, BS Liese'''<br>Cognitive Therapy of Substance Abuse.<br>''Guilford Press, London'', 1993</ref>。  
#動機づけ面接<br> 「底つき」(依存症に対して自分が無力で、自分の力ではどうにもならない状況となっていることを認めている状態)を待たず、依存症者それぞれの動機づけのレベルに合わせ、共感的な対話を通じて動機を強化し、行動変容を促す技法である<ref>'''GJ Connors, DM Donovan, CC DiClemente'''<br>Substance Abuse Treatment and the Stages of Change: Selecting and Planning Interventions.<br>''Guilford Press, New York'', 2001</ref><ref>'''WR Miller, SP Rollnick'''<br>Motivational Interviewing. Preparing People for Change, 2nd ed<br>''Guilford Press, New York'', 2002</ref>。  
#動機づけ面接<br> 「底つき」(依存症に対して自分が無力で、自分の力ではどうにもならない状況となっていることを認めている状態)を待たず、依存症者それぞれの動機づけのレベルに合わせ、共感的な対話を通じて動機を強化し、行動変容を促す技法である<ref>'''GJ Connors, DM Donovan, CC DiClemente'''<br>Substance Abuse Treatment and the Stages of Change: Selecting and Planning Interventions.<br>''Guilford Press, New York'', 2001</ref><ref>'''WR Miller, SP Rollnick'''<br>Motivational Interviewing. Preparing People for Change, 2nd ed<br>''Guilford Press, New York'', 2002</ref>。  
#随伴性マネージメント<br>[[オペラント条件付け]](ある環境下における行動がもたらす結果に基づいて、行動が再強化され、維持されること)の手法を用いて、薬物を再使用すれば罰則を受けることおよび断薬や治療遵守ができていれば[[報酬]]を得られることを明確に示す枠づけをおこない、行動変容を促す方法である。  
#随伴性マネージメント<br>[[オペラント条件付け]](ある環境下における行動がもたらす結果に基づいて、行動が再強化され、維持されること)の手法を用いて、薬物を再使用すれば罰則を受けることおよび断薬や治療遵守ができていれば[[報酬]]を得られることを明確に示す枠づけをおこない、行動変容を促す方法である。  

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