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[[ファイル:Kudo Fig8.png|thumb|right|350px|'''図8.オリゴデンドロサイトの形態'''<br>髄鞘を形成した状態(A)としていない状態(B)(共にガラクトセレブロシド(O1)抗体による免疫染色)。A: 池中一裕先生提供、B: 馬場広子先生提供]] | [[ファイル:Kudo Fig8.png|thumb|right|350px|'''図8.オリゴデンドロサイトの形態'''<br>髄鞘を形成した状態(A)としていない状態(B)(共にガラクトセレブロシド(O1)抗体による免疫染色)。A: 池中一裕先生提供、B: 馬場広子先生提供]] | ||
名前はアストログリアに比べて突起が少ないことに基づいている(図8)。日本語では「[[希突起神経膠細胞]] | 名前はアストログリアに比べて突起が少ないことに基づいている(図8)。日本語では「[[希突起神経膠細胞]]」と訳されている。この細胞は前述のようにカハールの弟子である、リオ・オルテガによって発見された(1928)、オルテガはこれらの細胞を第三の脳細胞として発表する。実は彼が第三の脳細胞と分類した中には後述のミクログリア(microglia)も含まれていた。この発表は師であるカハールには受け入れられず、リオ・オルテガは破門の憂き目にあう。 | ||
中枢神経系におけるオリゴデンドロサイトの特徴的な形態は、突起が神経軸索に巻き付いて[[ミエリン髄鞘]]を作っている様子である。成熟脳に分布するすべてのオリゴデンドロサイトが髄鞘を作っているわけではない。図8Bに示すように、見かけは単に突起を伸ばした細胞の形をとっているものも多い。 | 中枢神経系におけるオリゴデンドロサイトの特徴的な形態は、突起が神経軸索に巻き付いて[[ミエリン髄鞘]]を作っている様子である。成熟脳に分布するすべてのオリゴデンドロサイトが髄鞘を作っているわけではない。図8Bに示すように、見かけは単に突起を伸ばした細胞の形をとっているものも多い。 | ||
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リオ・オルテガはオリゴデントロサイトの突起の数や、細胞体の形態、分布する部位などからI型からⅣ型の四種に分類している。しかし、四種に分類されたオリゴデンドロサイトの基本的な機能には大きな差はないようである。 | リオ・オルテガはオリゴデントロサイトの突起の数や、細胞体の形態、分布する部位などからI型からⅣ型の四種に分類している。しかし、四種に分類されたオリゴデンドロサイトの基本的な機能には大きな差はないようである。 | ||
末梢神経の軸索に巻き付き、ミエリン髄鞘を作る[[シュワン細胞]]([[ | 末梢神経の軸索に巻き付き、ミエリン髄鞘を作る[[シュワン細胞]]([[Schwann cell]])([[乏突起膠細胞]])(編集コメント:乏突起膠細胞は中枢のオリドデンドロサイトの事かと思います。ご確認ください)もオリゴデンドロサイトと同種の細胞である。 | ||
成熟中枢神経系にはオリゴデンドロサイトの性質を備えながらミエリン髄鞘を作らない細胞も多く見出される。それらの中には[[オリゴデントロサイト前駆細胞]](olygodendrocyte progenitor cells :OPC)に分類される細胞があるが、さらに、[[コンドロイチン硫酸プロテオグリカン]](NG2 condroitin sulfate proteoglycan)を発現する細胞が見出される。この細胞は成熟細胞でもオリゴデントロサイトと区別ができない。[[NG2]]または[[ポリデンドロサイト]] | 成熟中枢神経系にはオリゴデンドロサイトの性質を備えながらミエリン髄鞘を作らない細胞も多く見出される。それらの中には[[オリゴデントロサイト前駆細胞]](olygodendrocyte progenitor cells :OPC)に分類される細胞があるが、さらに、[[コンドロイチン硫酸プロテオグリカン]](NG2 condroitin sulfate proteoglycan)を発現する細胞が見出される。この細胞は成熟細胞でもオリゴデントロサイトと区別ができない。[[NG2]]または[[ポリデンドロサイト]](polydendrocyte)と呼ばれるこの細胞もミエリン鞘形成に至るものとミエリン鞘を形成しない種類がある。この細胞は白質にも灰白質にも分布しており、時にはアストロサイトのような形態をとっていることもある。しかし、アストロサイトのマーカータンパク質であるグリア線維性酸性タンパク質は発現しない<ref><pubmed>19096367</pubmed></ref>。 | ||
重要な事実はこの細胞が中枢損傷部位に集まり、[[グリア瘢痕]]、[[グリオーシス]]を作ることである。このような性質からこの細胞はsynantocyte(synant :ギリシャ語で:接触することを意味する言葉)と命名されたこともあるが、その後、この名前はあまり流布していない<ref><pubmed>14501223</pubmed></ref>。 | 重要な事実はこの細胞が中枢損傷部位に集まり、[[グリア瘢痕]]、[[グリオーシス]]を作ることである。このような性質からこの細胞はsynantocyte(synant :ギリシャ語で:接触することを意味する言葉)と命名されたこともあるが、その後、この名前はあまり流布していない<ref><pubmed>14501223</pubmed></ref>。 | ||
ニューロンにも似た性質を持っており、この細胞の存在は脳内に分布する多様な機能性細胞の系譜が同じであることを如実に語っている。 | |||
====マーカー分子==== | ====マーカー分子==== | ||
オリゴデンドロサイトのマーカー分子は多様である。ミエリン髄鞘に特異的なタンパク質、[[ | オリゴデンドロサイトのマーカー分子は多様である。ミエリン髄鞘に特異的なタンパク質、[[プロテオリピッドタンパク質]]([[proteolipid protein]]:[[PLP]])や[[ミエリン塩基性タンパク質]]([[myelin basic protein]]:[[MBP]])は髄鞘のマーカーとして使われる。その他、特殊な糖脂質、例えば[[ガラクトセレブロシド]]([[Galactocerebroside]])や[[スルファチド]]([[sulfatide]])([[3-O-硫酸化ガラクトシルセラミド]])が分布しているので、これがよいマーカー分子になる。前者についてモノクローン抗体O1が、後者についてはモノクローン抗体O4が検出のために利用できる(図8A、B)。同じくミエリン髄鞘に豊富に存在する酵素類、環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ(?)[[cyclic nucleotide phosphatase]]([[CNPase]])(編集コメント:脱リン酸化酵素ではなく、ホスホジエステラーゼではないでしょうか?)などもよいマーカーとなる。 | ||
====ヒト脳における分布量==== | ====ヒト脳における分布量==== | ||
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[[ファイル:Kudo Fig11.png|thumb|right|350px|'''図11.有髄神経におけるNa<sup>+</sup>チャンネルとK<sup>+</sup>チャンネルの分布'''<br>'''A''': ランビエ-絞輪とその周辺におけるNa<sup>+</sup>チャンネルとK<sup>+</sup>チャンネルの分布をそれぞれの抗体を用いて染色した画像。'''B''': ランビエー絞輪周辺の模式図]] | [[ファイル:Kudo Fig11.png|thumb|right|350px|'''図11.有髄神経におけるNa<sup>+</sup>チャンネルとK<sup>+</sup>チャンネルの分布'''<br>'''A''': ランビエ-絞輪とその周辺におけるNa<sup>+</sup>チャンネルとK<sup>+</sup>チャンネルの分布をそれぞれの抗体を用いて染色した画像。'''B''': ランビエー絞輪周辺の模式図]] | ||
オリゴデンドロサイトの重要な役割は神経軸索に絶縁テープのように巻き付き、[[活動電位]]伝導効率を上げることである。この巻き付いた部分は[[ミエリン髄鞘]]とよばれ、250~1000 μmほどの幅を持っている。髄鞘を持つ神経線維は[[有髄神経線維]]と呼ばれ、髄鞘を持たない神経線維は[[無髄神経線維]]と呼ばれる。中枢神経系では一つのオリゴデンドログリアが、少ない場合は1から2本、多い場合は30本ほどの神経軸索に突起を伸ばしてミエリン髄鞘を作っている。神経信号は髄鞘と髄鞘の間、[[ランビエー絞輪]]と呼ばれる部分を跳躍するように伝わっていく([[跳躍伝導]])(図8)。中枢神経系の神経線維はほとんど有髄神経である(編集コメント:Schaffer側枝など短い軸索は無髄繊維ではないでしょうか?「ほとんど」と言ってよいのかご確認ください。)この種の髄鞘のおかげで、神経軸索上を伝導する信号の速度は新幹線に優るとも劣らないものになる(秒速100 m、時速360 km)。無髄神経線維(例えば[[自律神経]]の[[節後線維]])での伝導速度は秒速1 m程度、時速3.6 kmだから、ゆっくりと歩く程度である(図9)。無髄神経線維で速度を高めるには神経線維の直径を大きくして、局所電位の大きさを高める必要があり、[[軟体動物]]の[[ヤリイカ]]では速やかに動かす必要のある筋肉への神経線維は直径1 mmほどもある。我々の脳内の配線はこのように太い神経線維では不可能である。 | |||
図10Aは有髄神経線維をちょうどオリゴデンドロサイトの突起が神経軸索に届いた位置で、横断した電子顕微鏡像である。薄く紙のように広がった先端が四重に巻き付いており、一重分を注意深く見ると、二枚の膜からなっているのが分かる。一方、図10Bは有髄神経をランビエー絞輪で縦方向に切ったものである。幾重にも巻いたオリゴデンドロサイトの突起部位が、ランビエー絞輪を挟んで、存在している([[パラノード]]:[[paranode]])。実際に、[[免疫組織化学]]的に、[[活動電位]]の発現に必要な、[[電位依存性Na+チャンネル|電位依存性Na<sup>+</sup>チャンネル]]はランビエー絞輪に局在している。一方、[[電位依存性K+チャンネル|電位依存性K<sup>+</sup>チャンネル]]([[Kv1.1]] 、[[Kv1.2]])はパラノードの先、[[ジャクスタパラノード]](Juxta paranode)に局在していることが示されている(図11)。 | |||
====太くなる神経線維が脳の可塑性に関与する==== | ====太くなる神経線維が脳の可塑性に関与する==== | ||
音楽家やスポーツ選手など通常の人より訓練を積んだヒトとの脳を[[核磁気共鳴画像]]([[MRI]])で解析する試みが盛んに行われている。訓練や学習による脳の発達の手がかりを得ようとするものである<ref><pubmed>21403182</pubmed></ref>。これらの研究対象は当初、神経細胞やそのシナプス層、すなわち灰白質に置かれていた。しかし、その途上で、驚くべきことに白質、すなわち神経線維の集まりの部分に明らかな発達があることが見出された。場合によっては灰白質よりも明瞭な差があることが発見された<ref><pubmed>16282593</pubmed></ref>。最初の発見は音楽家の脳の[[脳梁]]の拡大であった。脳梁は有髄線維の束である。学習や訓練がその厚みが増すという事実は何を意味しているのだろうか。神経線維の数が増えている可能性もあるが、それより、一本一本の神経線維の太さが増している可能性が高いと考えられている。とは言え、神経軸索そのもののサイズが太くなるとは考えらにくい。とすると、軸索を覆う髄鞘部分が増大する。すなわち、神経軸索を包む髄鞘の巻数が増えたと考えるのが妥当だ。巻数が増えて、絶縁の程度が高くなると、伝導速度が増す可能性は高い。実際に最近ではMRIで水分子の[[wj:拡散|拡散]]運動を画像化し、その拡散の方向依存性が解析されている。ミエリン化が進むと神経線維に沿った水の拡散の方向性(部分異方性:fractional anisotropy:FA)が高まることが明らかにされ、これを指標として、髄鞘形成のダイナミズムが詳しく調べられている。その結果、[[wj:ジャグリング|ジャグリング]]の練習、試験勉強、楽器の訓練などによってその能力が高められと、脳梁ばかりではなく[[大脳皮質]]や[[海馬]] | 音楽家やスポーツ選手など通常の人より訓練を積んだヒトとの脳を[[核磁気共鳴画像]]([[MRI]])で解析する試みが盛んに行われている。訓練や学習による脳の発達の手がかりを得ようとするものである<ref><pubmed>21403182</pubmed></ref>。これらの研究対象は当初、神経細胞やそのシナプス層、すなわち灰白質に置かれていた。しかし、その途上で、驚くべきことに白質、すなわち神経線維の集まりの部分に明らかな発達があることが見出された。場合によっては灰白質よりも明瞭な差があることが発見された<ref><pubmed>16282593</pubmed></ref>。最初の発見は音楽家の脳の[[脳梁]]の拡大であった。脳梁は有髄線維の束である。学習や訓練がその厚みが増すという事実は何を意味しているのだろうか。神経線維の数が増えている可能性もあるが、それより、一本一本の神経線維の太さが増している可能性が高いと考えられている。とは言え、神経軸索そのもののサイズが太くなるとは考えらにくい。とすると、軸索を覆う髄鞘部分が増大する。すなわち、神経軸索を包む髄鞘の巻数が増えたと考えるのが妥当だ。巻数が増えて、絶縁の程度が高くなると、伝導速度が増す可能性は高い。実際に最近ではMRIで水分子の[[wj:拡散|拡散]]運動を画像化し、その拡散の方向依存性が解析されている。ミエリン化が進むと神経線維に沿った水の拡散の方向性(部分異方性:fractional anisotropy:FA)が高まることが明らかにされ、これを指標として、髄鞘形成のダイナミズムが詳しく調べられている。その結果、[[wj:ジャグリング|ジャグリング]]の練習、試験勉強、楽器の訓練などによってその能力が高められと、脳梁ばかりではなく[[大脳皮質]]や[[海馬]]の白質のミエリン化(編集コメント:白質は既にミエリン化されている部分ですので、白質の拡大などが適当ではないでしょうか)が促進されていることが明らかにされた<ref><pubmed>19820707</pubmed></ref>。これは可塑性が決してシナプスだけの現象ではないことを意味し、これまでに積み上げられてきた可塑性のメカニズムに関する理解を根本から変える必要を迫る事実である。 | ||
====髄鞘のダイナミズム==== | ====髄鞘のダイナミズム==== | ||
上述のようにオリゴデンドロサイトは単に神経線維の上に巻き付いているだけはなく、神経の活動に応じて積極的にそのミエリン髄鞘を発達させる。そのメカニズムが末梢有髄神経で示されている。末梢神経軸索に発生する活動電位が髄鞘を作るシュワン細胞の増殖や分化に影響を及ぼす。すなわち、神経軸索の活動がATPを介してシュワン細胞のP<sub>2</sub>受容体を活性化して細胞内カルシウム濃度を上昇させ、その結果、シュワン細胞のCa<sup>2+</sup>レベルが上昇する。細胞内で上昇したCa<sup>2+</sup>が軸索における未熟なシュワン細胞を髄鞘形成に導くというものである。この反応はさらに隣接するシュワン細胞に伝達されて、軸索全体にその効果が及ぶという。<ref><pubmed>10731149</pubmed></ref>。 | |||
さらに、神経軸索がグルタミン酸を遊離し、それが髄鞘に分布するグルタミン酸受容体(NMDA受容体やG-タンパク質共役型受容体)の活性を介して、髄鞘内Ca<sup>2+</sup>濃度の上昇を引き起こすことが明らかにされている。このCa<sup>2+</sup>上昇は髄鞘と神経軸索の結合部に発現する[[Fyn]] | さらに、神経軸索がグルタミン酸を遊離し、それが髄鞘に分布するグルタミン酸受容体(NMDA受容体やG-タンパク質共役型受容体)の活性を介して、髄鞘内Ca<sup>2+</sup>濃度の上昇を引き起こすことが明らかにされている。このCa<sup>2+</sup>上昇は髄鞘と神経軸索の結合部に発現する[[Fyn]]キナーゼを活性化し、ミエリン塩基性タンパク質の産生を高める<ref><pubmed>21817014</pubmed></ref>。これは髄鞘の強化が活動依存性に促進されることを強く支持する発見である。同時に、オリゴデンドロサイトが発現しているATPやアデノシンに対する受容体を介した細胞内Ca<sup>2+</sup>の上昇も同じ機構で髄鞘の強化に寄与している可能性を支持する。 | ||
このような神経活動依存性のミエリン髄鞘形成は脳内の神経回路の成熟過程においても活発に引き起こされている可能性が高い。 | このような神経活動依存性のミエリン髄鞘形成は脳内の神経回路の成熟過程においても活発に引き起こされている可能性が高い。 |