9,444
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
8行目: | 8行目: | ||
英語名:gender identity disorder | 英語名:gender identity disorder | ||
性同一性障害とは、ジェンダー・アイデンティティと身体的性別と一致しないために苦痛や障害を引き起こしている疾患である。2013年に米国精神医学会によって作成された[[DSM-5]] | 同義語:gender dysphoria | ||
性同一性障害とは、ジェンダー・アイデンティティと身体的性別と一致しないために苦痛や障害を引き起こしている疾患である。2013年に米国精神医学会によって作成された[[DSM-5]]ではgender identity disorderに代わりgender dysphoria([[性別違和]])が病名として用いられ、その基本概念も「経験した/表現した性別と、指定された性別との著明な不一致」と変更がみられる。 | |||
== 基本用語 == | == 基本用語 == | ||
性同一性障害に関する用語は、医療従事者だけでなく当事者の間でも広く用いられている。 | 性同一性障害に関する用語は、医療従事者だけでなく当事者の間でも広く用いられている。 | ||
* | *GID(ジーアイデー):gender identity disorder、性同一性障害の略語。 | ||
*MTF(エムティーエフ):male to female、男性から女性へ性別変更する/したい/したもの。 | *MTF(エムティーエフ):male to female、男性から女性へ性別変更する/したい/したもの。 | ||
*FTM(エフティーエム):female to male、女性から男性へ性別変更する/したい/したもの。 | *FTM(エフティーエム):female to male、女性から男性へ性別変更する/したい/したもの。 | ||
22行目: | 24行目: | ||
== 診断基準 == | == 診断基準 == | ||
本稿では、性同一性障害ではなく、DSM- | 本稿では、性同一性障害ではなく、DSM-5におけるgender dysphoriaの診断基準を記す。 | ||
なお、正式な日本語訳は、未発表のため、筆者による試訳である。 | なお、正式な日本語訳は、未発表のため、筆者による試訳である。 | ||
41行目: | 43行目: | ||
B. その状態は、臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害と関連している。 | B. その状態は、臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害と関連している。 | ||
該当すれば特定せよ: | 該当すれば特定せよ:<br> | ||
性[[分化]] | 性[[分化]]疾患を伴う(例えば、[[wikipedia:ja:|先天性副腎過形成]]などの[[wikipedia:ja:|副腎性器症候群]]やアンドロゲン不応症候群) | ||
コード番号の方法:性別違和と[[wikipedia:ja:|性分化疾患]]の双方のコード番号をつけよ。 | |||
該当すれば特定せよ: | 該当すれば特定せよ:<br> | ||
性別移行後:その人は望みの性別でのフルタイムでの生活に移行し(法的な性別変更をする場合としない場合がある)、少なくともひとつは反対の性別への医学的治療、すなわち、反対の性別への定期的なホルモン治療ないし、望みの性別へと適合する手術(例えば出生時男性における[[wikipedia:ja:|陰茎]]切除、[[wikipedia:ja:|造腟]]、出生時女性における[[wikipedia:ja:|乳房]]切除術や陰茎形成術など)を受けている。 | |||
== 臨床的特徴および現状 == | == 臨床的特徴および現状 == | ||
===患者数=== | ===患者数=== | ||
有病率の資料になりうる疫学的研究は乏しいが、患者数を推定する上で、参考となりうる信頼できるデータとしては、[[wikipedia:ja:|最高裁判所]]の発表する性別の[[wikipedia:ja:|戸籍]]変更をした者の数値がある。2004年に施行された性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下、特例法と記す)によって、2012年年末までに3584名が変更している。筆者の臨床経験などから、およそ、受診者の15~20%のものが、性別適合手術を行い、戸籍変更をすると推測される。そこから逆算すると、これまでのところ、2万人程度のものが、性同一性障害を主訴に、医療機関を受診したと思われる。この数は今後も増加していくものと思われる。 | |||
===経過=== | ===経過=== | ||
MTFの性同一性障害者の経過を考えるには、二種類の亜型への分類が有用である。第一の亜型は一次性と呼ばれるもので、小児期または青年期前期に発症し、青年期後期または成人期に受診する。第二の亜型は二次性と呼ばれるもので、発症が比較的遅く、[[異性装症]]に引き続くことが多いといわれる。発症が遅いものでは、婚姻例を有したり、子供がいる者もいる。筆者のクリニック受診者の統計<ref name=ref1>'''石丸径一郎、針間克己'''<br>性同一性障害患者の性行動<br>''日本性科学雑誌''27(1), 25〜33, 2009</ref>では、18.9%が婚姻歴があり、12.6%に子供がいた。 | |||
FTMの性同一性障害者は、比較的均質な群といわれ、小児期または青年期前期に発症し、青年期後期または成人期に受診する。筆者のクリニック受診者の統計では、3.1%が婚姻歴があり、1.4%に子供がいた。 | FTMの性同一性障害者は、比較的均質な群といわれ、小児期または青年期前期に発症し、青年期後期または成人期に受診する。筆者のクリニック受診者の統計では、3.1%が婚姻歴があり、1.4%に子供がいた。 | ||
65行目: | 68行目: | ||
FTMでは女性に魅力を感じるものが大多数である。筆者のクリニック受診者の統計では、男性に魅力を感じるものが1.7%、女性に魅力を感じるものが90.8%、両性に魅力を感じるものが4.4%、どちらにも魅力を感じないものが2.4%、不明なものが0.7%であった。 | FTMでは女性に魅力を感じるものが大多数である。筆者のクリニック受診者の統計では、男性に魅力を感じるものが1.7%、女性に魅力を感じるものが90.8%、両性に魅力を感じるものが4.4%、どちらにも魅力を感じないものが2.4%、不明なものが0.7%であった。 | ||
=== | ===実生活経験=== | ||
[[実生活経験]](real life experience、RLE)とは、望みの性別で職業生活や学校生活などの社会生活を送ることをいう。RLEを行い、社会生活で適応することは、[[ホルモン療法]]や[[手術療法]]といった治療を行う前に欠かせないことである。 | |||
筆者のクリニック受診者の初診時の統計<ref name=ref2>'''針間克己'''<br>精神科外来受診者における性同一性障害者のRLEと臨床的特徴.GID(性同一性障害)<br>学会雑誌2(1),42~43,2009</ref>ではMTFでは41.0%がRLEあり、すなわち女性として職業生活や学校生活を送っており、FTMでは50.9% がRLEあり、すなわち男性として職業生活や学校生活を送っていた。 | 筆者のクリニック受診者の初診時の統計<ref name=ref2>'''針間克己'''<br>精神科外来受診者における性同一性障害者のRLEと臨床的特徴.GID(性同一性障害)<br>学会雑誌2(1),42~43,2009</ref>ではMTFでは41.0%がRLEあり、すなわち女性として職業生活や学校生活を送っており、FTMでは50.9% がRLEあり、すなわち男性として職業生活や学校生活を送っていた。 | ||
===自殺関連事象=== | ===自殺関連事象=== | ||
性同一性障害者においては、典型的な性役割とは異なる行動をとることや同性への性指向を持つことによるいじめ、社会や家族からの孤立感、思春期に日々変化していく身体への違和、失恋により性同一性障害であるという現実をつきつけられること、世間の抱く性同一性障害者に対する偏見や誤ったイメージを自らも持つ「内在化したトランスフォビア」、「死ねば、来世では望みの性別に生まれ変われるのでは」という願望、生きている実感の欠落・無価値感、身体治療への障害、将来への絶望感など、を要因として[[自殺念慮]]を抱いたり、自殺未遂を行うことがある。 | |||
筆者のクリニック受診者の統計<ref name=ref3>'''針間克己、石丸径一郎'''<br>性同一性障害と自殺<br>''精神科治療学''25(2),247~251,2010</ref>では自殺念慮は62.0%、自殺企図は10. | 筆者のクリニック受診者の統計<ref name=ref3>'''針間克己、石丸径一郎'''<br>性同一性障害と自殺<br>''精神科治療学''25(2),247~251,2010</ref>では自殺念慮は62.0%、自殺企図は10.8%、[[自傷行為]]は16.1%、過量服薬は7.9%にその経験があった。 | ||
== 生物学的原因 == | == 生物学的原因 == | ||
性同一性障害は、身体的性別とは反対のジェンダー・アイデンティティを持つため、そのジェンダー・アイデンティティ形成には、何らかの生物学的異常が基盤にあるのではないかと推測され研究がおこなわれてきた。その中で1995年Zhouら<ref name=ref4><pubmed>7477289</pubmed></ref> | 性同一性障害は、身体的性別とは反対のジェンダー・アイデンティティを持つため、そのジェンダー・アイデンティティ形成には、何らかの生物学的異常が基盤にあるのではないかと推測され研究がおこなわれてきた。その中で1995年Zhouら<ref name=ref4><pubmed>7477289</pubmed></ref>が、MTFの死後脳を調査し[[分界条床核]]の体積について報告した。分界条床核は性行動に関係が深いとされる神経細胞群であり、男性のものは、女性のものに対して優位に大きい。研究は男性、女性、同性愛男性、MTFの分界条床核の体積を測定し、比較したものだが、MTFでは男性より優位に小さく、女性とほぼ等しいものであった。 | ||
[[性ホルモン]]に関しては、特定の性ホルモンの過剰や欠如といった量的異常はこれまでに明確には示されはいないが、近年、性ホルモンに関する遺伝子の研究がなされている。すなわち、遺伝子配列の塩基ポリモルフィズム(SNP)に着眼しての研究である。Hareら<ref name=ref5><pubmed>18962445</pubmed></ref>によれば、MTFでは、対照群の男性と比較して、[[アンドロゲン受容体]]遺伝子における塩基ポリモルフィズムが長いことが示された。塩基ポリモルフィズムの長さは、アンドロゲン受容体の感受性に関連していると考えられるため、この研究において、男性性同一性障害者ではアンドロゲンへの感受性が低い可能性が示唆された。 | [[性ホルモン]]に関しては、特定の性ホルモンの過剰や欠如といった量的異常はこれまでに明確には示されはいないが、近年、性ホルモンに関する遺伝子の研究がなされている。すなわち、遺伝子配列の塩基ポリモルフィズム(SNP)に着眼しての研究である。Hareら<ref name=ref5><pubmed>18962445</pubmed></ref>によれば、MTFでは、対照群の男性と比較して、[[アンドロゲン受容体]]遺伝子における塩基ポリモルフィズムが長いことが示された。塩基ポリモルフィズムの長さは、アンドロゲン受容体の感受性に関連していると考えられるため、この研究において、男性性同一性障害者ではアンドロゲンへの感受性が低い可能性が示唆された。 |