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<font size="+1">[http://www.fuanclinic.com/policy/ 貝谷 久宣]</font><br>
<font size="+1">[http://www.fuanclinic.com/policy/ 貝谷 久宣]</font><br>
''医療法人和楽会 [[パニック障害]]研究センター''<br>
''医療法人和楽会 パニック障害研究センター''<br>
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2014年2月21日 原稿完成日:2014年月日<br>
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2014年2月21日 原稿完成日:2014年月日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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== 診断 ==
== 診断 ==
 自分の身体的または技術的、知能的、精神的能力が他人から否定的な評価を受けることに対する恐怖症である。表1に[[DSM-5]](2013) [1]の診断基準を示す。   
 自分の身体的または技術的、知能的、精神的能力が他人から否定的な評価を受けることに対する恐怖症である。表1に[[DSM-5]](2013) <ref name=ref1>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. <br>Fifth Edition American Psychiatric Publishing, Washington DC, London, England 2013</ref>の診断基準を示す。   


 臨床場面で問題となるのは、これらの患者の訴えを深刻な苦悩ととらえず、また年余にわたる社会機能障害を引き起こす重大な[[精神疾患]]と考えない診察者が多いことである [2] (Stein & Stein、2008)。また、 “内気(shyness)”は健常者の性格であり、内気がすべて社交不安症に発展するわけではないし、社交不安症の前駆状態として必ずしも内気が存在するわけでもない。
 臨床場面で問題となるのは、これらの患者の訴えを深刻な苦悩ととらえず、また年余にわたる社会機能障害を引き起こす重大な[[精神疾患]]と考えない診察者が多いことである<ref name=ref2><pubmed>18374843</pubmed></ref>。また、“内気(shyness)”は健常者の性格であり、内気がすべて社交不安症に発展するわけではないし、社交不安症の前駆状態として必ずしも内気が存在するわけでもない。


 社交不安症の重症度を検討する尺度[3]として、治療者による評価尺度ではLiebowitz Social Anxiety Scale日本語版(朝倉ら、2002)、自記式評価尺度ではBrief Social Phobia Scale(Davidsonら、1991)を参考にして身体症状も評価できるように作成された東大式社会[[不安障害]]尺度[4] (貝谷ら、2004)がある。その他の自記式評価尺度としてFear of Negative Evaluationの日本語版(石川ら、1992)がある。
 社交不安症の重症度を検討する尺度<ref name=ref3>'''横山知加・貝谷久宣'''<br>精神科臨床評価-特定の精神障害に関連したもの11.不安障害 2)社会不安障害<br>''臨床精神医学'' 増刊号,262-266,2004.</ref>として、治療者による評価尺度ではLiebowitz Social Anxiety Scale日本語版(朝倉ら、2002)、自記式評価尺度ではBrief Social Phobia Scale(Davidsonら、1991)を参考にして身体症状も評価できるように作成された東大式社会[[不安障害]]尺度<ref name=ref4>'''貝谷久宣・金井嘉宏・熊野宏明・坂野雄二・久保木富房'''<br>東大式社会不安尺度の開発と信頼性・妥当性の検討<br>''心身医学'', 44(4),279-287,2004.</ref>がある。その他の自記式評価尺度としてFear of Negative Evaluationの日本語版(石川ら、1992)がある。


鑑別診断:パニック障害でも人前でパニック発作に対する予期不安と当惑で社交を回避することがある。しかし、パニック障害の恐怖の本質は身体的生命の喪失であり、社交不安症のそれは社会的生命の喪失である。広場恐怖は人前で気分が悪くなったときすぐ逃げだせないかまたは助けを求めることが出来ない不安・恐怖のために社交状況を恐れ回避する。[[自閉症]]スペクトラムではコミュニケーションや対人的相互反応の質的障害により人間関係が円滑に進まない点で社交不安症とは異なる。醜形恐怖症は自分の容貌の想像上の欠陥にこだわり対人関係が障害された状況である。従来日本で言われていた対人恐怖は社交不安症の病態以外に、自己臭恐怖、自己[[視線]]恐怖や身体醜形恐怖などの自分の身体的状況が他人に不快感・緊張感を引き起こすと確信し、他人を回避する状況も含まれる。しかし、DSM-5ではこれらの状態は[[妄想]]性障害または醜形恐怖症と診断される。統合失調症も社会恐怖を持ち、人付き合いを好まないことがあるが、社交不安症には統合失調症のような精神病症状(幻覚・妄想)はない。うつ病でも社交を恐れ嫌う場合があるが、うつ病が[[寛解]]すれば消失する。
鑑別診断:パニック障害でも人前でパニック発作に対する予期不安と当惑で社交を回避することがある。しかし、パニック障害の恐怖の本質は身体的生命の喪失であり、社交不安症のそれは社会的生命の喪失である。広場恐怖は人前で気分が悪くなったときすぐ逃げだせないかまたは助けを求めることが出来ない不安・恐怖のために社交状況を恐れ回避する。[[自閉症]]スペクトラムではコミュニケーションや対人的相互反応の質的障害により人間関係が円滑に進まない点で社交不安症とは異なる。醜形恐怖症は自分の容貌の想像上の欠陥にこだわり対人関係が障害された状況である。従来日本で言われていた対人恐怖は社交不安症の病態以外に、自己臭恐怖、自己[[視線]]恐怖や身体醜形恐怖などの自分の身体的状況が他人に不快感・緊張感を引き起こすと確信し、他人を回避する状況も含まれる。しかし、DSM-5ではこれらの状態は[[妄想]]性障害または醜形恐怖症と診断される。統合失調症も社会恐怖を持ち、人付き合いを好まないことがあるが、社交不安症には統合失調症のような精神病症状(幻覚・妄想)はない。うつ病でも社交を恐れ嫌う場合があるが、うつ病が[[寛解]]すれば消失する。
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 (家族研究)社交不安症の第1度親族の発症率は健常対照群のそれよりも高く、また二卵性双生児より一卵性双生児のほうが発症一致率は高いので、社交不安症は家族性の傾向がある疾患と考えられている。
 (家族研究)社交不安症の第1度親族の発症率は健常対照群のそれよりも高く、また二卵性双生児より一卵性双生児のほうが発症一致率は高いので、社交不安症は家族性の傾向がある疾患と考えられている。


 (遺伝子研究)16番遺伝子ノルエピネフィリン・トランスポータの近位部との連鎖が社交不安症で示唆された(Gelernterら、2004)。その他の遺伝子研究はすべて社交不安症そのものとではなく、社交不安症の表現型との関連を示している。外向性の低さ:ベーター1アドレノ受容体(ADRB1)(Steinら、2004)やカテコールOメチールトランスフェレース(COMT)の塩基多型。[[扁桃体]]の高活性:[[セロトニン]]・トランスポーターS対立遺伝子(Furmark ら、2004、 2008、 2009; Lauら、2009)。小児の行動抑制や内向性格および扁桃体/島の過活性:RGS2遺伝子(Smollerら2008)。行動抑制:コルチコトロピン放出ホルモン遺伝子(Steinら、2005)。神経質:[[グルタミン酸]]脱炭酸酵素1(GAD1)遺伝子(Hettemaら、2008)。
 (遺伝子研究)16番遺伝子ノルエピネフィリン・トランスポータの近位部との連鎖が社交不安症で示唆された(Gelernterら、2004)。その他の遺伝子研究はすべて社交不安症そのものとではなく、社交不安症の表現型との関連を示している。外向性の低さ:ベーター1アドレノ受容体(ADRB1)(Steinら、2004)やカテコールOメチールトランスフェレース(COMT)の塩基多型。[[扁桃体]]の高活性:[[セロトニン]]・トランスポーターS対立遺伝子(Furmark ら、2004、 2008、 2009; Lauら、2009)。小児の行動抑制や内向性格および扁桃体/島の過活性:RGS2遺伝子(Smollerら2008)。行動抑制:コルチコトロピン放出ホルモン遺伝子(Steinら、2005)。神経質:[[グルタミン酸]]脱炭酸酵素1(GAD1)遺伝子(Hettemaら、2008)。


 (画像研究)。プロトンMRSで前帯状回のグルタミン酸増加。PET血流研究でスピーチによる扁桃体の血流増加過剰、これは薬物療法で改善。PET受容体研究で線条体ドパミン受容体およびトランスポーター結合の減少;扁桃体、前帯状回、[[島皮質]]におけるセロトニン1A受容体結合の減少。fMRI研究で不快表情提示により扁桃体または前帯状回の過活性;線条体の活動性低下;公衆でのスピーチ時の[[前頭眼窩皮質]]の活性低下;不快表情刺激による扁桃体活性と前頭眼窩皮質および後帯状回皮質/前楔部との結合性低下[5](Hahnら、2011)。
 (画像研究)。プロトンMRSで前帯状回のグルタミン酸増加。PET血流研究でスピーチによる扁桃体の血流増加過剰、これは薬物療法で改善。PET受容体研究で線条体ドパミン受容体およびトランスポーター結合の減少;扁桃体、前帯状回、[[島皮質]]におけるセロトニン1A受容体結合の減少。fMRI研究で不快表情提示により扁桃体または前帯状回の過活性;線条体の活動性低下;公衆でのスピーチ時の[[前頭眼窩皮質]]の活性低下;不快表情刺激による扁桃体活性と前頭眼窩皮質および後帯状回皮質/前楔部との結合性低下<ref name=ref5><pubmed>21356318</pubmed></ref>。


 社交不安症において病態生理の中心的役割を果たし過活性を示す扁桃体と、人間関係、道徳、社会活動および[[情動]]の評価と扁桃体制御に関係する前頭眼窩皮質および身体感覚も含めた自己参照機能に関係する後帯状回皮質/前楔部との連絡性が弱まっている所見は社交不安症の発症機構仮説を提唱している。最近の拡散テンソル画像研究や安静時fMRI研究により扁桃体以外にも[[大脳皮質]]全体の広範な神経ネットワークが社交不安症の発症と関係していることが明らかにされつつある[6](Foucheら,2013)。
 社交不安症において病態生理の中心的役割を果たし過活性を示す扁桃体と、人間関係、道徳、社会活動および[[情動]]の評価と扁桃体制御に関係する前頭眼窩皮質および身体感覚も含めた自己参照機能に関係する後帯状回皮質/前楔部との連絡性が弱まっている所見は社交不安症の発症機構仮説を提唱している。最近の拡散テンソル画像研究や安静時fMRI研究により扁桃体以外にも[[大脳皮質]]全体の広範な神経ネットワークが社交不安症の発症と関係していることが明らかにされつつある<ref name=ref6><pubmed>23239106</pubmed></ref>。


== 治療 ==
== 治療 ==
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==疫学 ==
==疫学 ==
 世界精神保健(WMH)日本調査2002-2006(最終データ4134名)[7] における社交不安症の重みづけ後の12ヶ月有病率は0.7で、生涯有病率は1.4であった。この生涯有病率は米国(6.8)や欧州(7.7)に比べ著しく低い。また同じ調査で、社交不安症がその後の大うつ病障害発症に及ぼすハザード比は7.2と顕著に高い。米国のアルコール症とその関連疾患の疫学調査[8]では社交不安症は男性より女性に多く(約1.5倍)、平均発症年齢は15.1歳、平均罹病期間16.3年で、80%以上は治療を受けず、初診時平均年齢は27.2歳であった。コモルビデティは脳科学辞典不安障害の項 図4を参照。その他の注目すべき合併しやすい精神障害は、[[双極性障害]]I型、回避性人格障害及び依存性人格障害であった。また、平均7つの恐怖対象状況があり、多くはパーフォーマンス場面であった。欧米では社交不安症は不登校の大きな原因とされている。
 世界精神保健(WMH)日本調査2002-2006(最終データ4134名)<ref name=ref7>'''川上憲人'''<br>平成18年度厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)こころの健康についての疫学調査に関する研究</ref>における社交不安症の重みづけ後の12ヶ月有病率は0.7で、生涯有病率は1.4であった。この生涯有病率は米国(6.8)や欧州(7.7)に比べ著しく低い。また同じ調査で、社交不安症がその後の大うつ病障害発症に及ぼすハザード比は7.2と顕著に高い。米国のアルコール症とその関連疾患の疫学調査<ref name=ref8><pubmed>16420070</pubmed></ref>では社交不安症は男性より女性に多く(約1.5倍)、平均発症年齢は15.1歳、平均罹病期間16.3年で、80%以上は治療を受けず、初診時平均年齢は27.2歳であった。コモルビデティは脳科学辞典不安障害の項 図4を参照。その他の注目すべき合併しやすい精神障害は、[[双極性障害]]I型、回避性人格障害及び依存性人格障害であった。また、平均7つの恐怖対象状況があり、多くはパーフォーマンス場面であった。欧米では社交不安症は不登校の大きな原因とされている。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
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参考図書
== 参考図書 ==
(1) 樋口輝彦・久保木富房・不安抑うつ臨床研究会(編)「社会不安障害」 日本評論社 東京 2002
 
(2) 貝谷久宣 「対人恐怖 社会不安障害 (講談社健康ライブラリー) 」講談社,東京.2002
#'''樋口輝彦・久保木富房'''<br>不安抑うつ臨床研究会(編)「社会不安障害」<br>''日本評論社'' 東京 2002
(3) 貝谷久宣(編著),樋口輝彦(監修)「社交不安障害」 (新現代精神医学文庫)  新興医学出版社,東京.2010 
#'''貝谷久宣'''<br>対人恐怖 社会不安障害 (講談社健康ライブラリー) <br>''講談社'' 東京 2002
#'''貝谷久宣(編著),樋口輝彦(監修)'''<br>社交不安障害 (新現代精神医学文庫)<br>''新興医学出版社'' 東京 2010 

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