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パラフィリアとは[[wikipedia:ja:性嗜好|性嗜好]]に偏りがある状態である。[[露出障害]](Exhibitionistic Disorder)、[[フェティシズム障害]](Fetishistic Disorder)、[[窃触障害]](Frotteuristic Disorder)、[[小児性愛障害]](Pedophilic Disorder)、[[性的マゾヒズム障害]](Sexual Masochism Disorder)、[[性的サディズム障害]](Sexual Sadism Disorder)、[[異性装障害]](Transvestic Disorder)、[[窃視障害]](Voyeuristic Disorder)などがある。 | パラフィリアとは[[wikipedia:ja:性嗜好|性嗜好]]に偏りがある状態である。[[露出障害]](Exhibitionistic Disorder)、[[フェティシズム障害]](Fetishistic Disorder)、[[窃触障害]](Frotteuristic Disorder)、[[小児性愛障害]](Pedophilic Disorder)、[[性的マゾヒズム障害]](Sexual Masochism Disorder)、[[性的サディズム障害]](Sexual Sadism Disorder)、[[異性装障害]](Transvestic Disorder)、[[窃視障害]](Voyeuristic Disorder)などがある。 | ||
人間の[[性行動]]の何をもって正常とし、何をもって異常とするかは、明確に二分できるものではなく、文化的、歴史的状況によりさまざまな議論が起こりうる。性嗜好の偏りは秘密にされやすく、疫学を知るのは困難である。性犯罪につながるパラフィリアには[[認知行動療法]]に基づくグループ療法が行われる。パラフィリアの心理的要因を理解する概念として[[求愛障害]](Courtship Disorder)がある。 | |||
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人間の[[性行動]]の何をもって正常とし、何をもって異常とするかは、明確に二分できるものではなくさまざまな議論が起こりうる。これまでの議論の概略を示す<ref name=ref1 /> <ref name=ref2>'''針間克己'''<br>性的異常行動<br>''臨床精神医学'' 30(7): 739 -743 2001 アークメディア</ref>。 | 人間の[[性行動]]の何をもって正常とし、何をもって異常とするかは、明確に二分できるものではなくさまざまな議論が起こりうる。これまでの議論の概略を示す<ref name=ref1 /> <ref name=ref2>'''針間克己'''<br>性的異常行動<br>''臨床精神医学'' 30(7): 739 -743 2001 アークメディア</ref>。 | ||
a. [[wikipedia:ja:生殖|生殖]]に結びつかない性行動を異常とする | '''a. [[wikipedia:ja:生殖|生殖]]に結びつかない性行動を異常とする''' | ||
この考え方は、生殖に結びつく性行動、すなわち[[wikipedia:ja:膣|膣]]と[[wikipedia:ja:ペニス|ペニス]]の結合のみを正常とする考え方である。 | この考え方は、生殖に結びつく性行動、すなわち[[wikipedia:ja:膣|膣]]と[[wikipedia:ja:ペニス|ペニス]]の結合のみを正常とする考え方である。 | ||
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しかし、第二次大戦後の性科学の進展により、文化によっては生殖に結びつかない性行動が異常とみなされないことや、米国人の性行動の実際が多様であることなどが明らかにされていった。また、[[wikipedia:ja:同性愛|同性愛]]をめぐる議論の高まりも加わり、生殖に結びつかないことのみをもって、異常とする考えはすたれていくこととなった。 | しかし、第二次大戦後の性科学の進展により、文化によっては生殖に結びつかない性行動が異常とみなされないことや、米国人の性行動の実際が多様であることなどが明らかにされていった。また、[[wikipedia:ja:同性愛|同性愛]]をめぐる議論の高まりも加わり、生殖に結びつかないことのみをもって、異常とする考えはすたれていくこととなった。 | ||
b. 本人に苦痛、障害があることで疾患とする | '''b. 本人に苦痛、障害があることで疾患とする''' | ||
1970年代から80年代の同性愛をめぐる議論の中で、本人が苦痛、障害を持っていることで、異常すなわち精神疾患とみなすという考えが生まれた。 | 1970年代から80年代の同性愛をめぐる議論の中で、本人が苦痛、障害を持っていることで、異常すなわち精神疾患とみなすという考えが生まれた。 | ||
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しかし、この診断基準は同性愛をめぐる議論と同様に、「本人が苦悩するのは、周りが異常だとレッテル張りをすることへの自然な反応ではないか」という疑問を招いた。また、同時に「性犯罪者の中には、何の苦悩も障害も抱いていないものもいるが、そういうものは除外されるのか」という批判もまた起こった。 | しかし、この診断基準は同性愛をめぐる議論と同様に、「本人が苦悩するのは、周りが異常だとレッテル張りをすることへの自然な反応ではないか」という疑問を招いた。また、同時に「性犯罪者の中には、何の苦悩も障害も抱いていないものもいるが、そういうものは除外されるのか」という批判もまた起こった。 | ||
c. 犯罪行為をもって精神疾患とする | '''c. 犯罪行為をもって精神疾患とする''' | ||
2000年に出されたDSM-IV-TRすなわちDSM-IVの改訂版において、パラフィリアのいくつかの診断基準が変更された。具体的には、小児性愛、窃視症、露出症、盗触症においては、基準Bが | 2000年に出されたDSM-IV-TRすなわちDSM-IVの改訂版において、パラフィリアのいくつかの診断基準が変更された。具体的には、小児性愛、窃視症、露出症、盗触症においては、基準Bが | ||
基準B:その人が性的衝動を行動に移している、またはその性的衝動や空想のために、著しい苦痛または対人関係上の困難が生じている。 | '''基準B:その人が性的衝動を行動に移している、またはその性的衝動や空想のために、著しい苦痛または対人関係上の困難が生じている。''' | ||
と変更された。また、性的サディズムでも、同意していない人に対して性的衝動を行動に移せば基準Bを満たすこととなった。 | と変更された。また、性的サディズムでも、同意していない人に対して性的衝動を行動に移せば基準Bを満たすこととなった。 | ||
つまり、小児性愛、窃視症、露出症、窃触症、性的サディズム(同意してない相手に対して)では行動に移せば、それぞれ精神疾患として診断が下される。一方で、[[フェティシズム]]、[[性的マゾヒズム]]、[[服装倒錯的フェティシズム]]などでは、たとえ行動に移しても、本人に苦悩や障害がない限りは精神疾患とはみなされない。この基準はDSM-5にも引き継がれている。 | |||
このことは、小児性愛、窃視症、露出症、窃触症、性的サディズムでは行動化がすなわち性犯罪になるのに対し、フェティシズム、性的マゾヒズム、服装倒錯的フェティシズムでは行動化しても、性犯罪にはならないという理由もあるからである。 | |||
以上、多様な性行動の何をもって精神疾患とするか、ということについての議論の概略を示した。パラフィリア概念は現在もなお、揺れ動きつづけているものといえよう。 | 以上、多様な性行動の何をもって精神疾患とするか、ということについての議論の概略を示した。パラフィリア概念は現在もなお、揺れ動きつづけているものといえよう。 | ||
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===露出障害=== | ===露出障害=== | ||
露出障害とは、見知らぬ人に自分の[[wikipedia:ja:性器|性器]]を露出することに強い性嗜好を有する障害である<ref name=ref3>'''針間克己'''<br>露出症<br>'' | 露出障害とは、見知らぬ人に自分の[[wikipedia:ja:性器|性器]]を露出することに強い性嗜好を有する障害である<ref name=ref3>'''針間克己'''<br>露出症<br>''別冊日本臨床領域別症候群シリーズ[[NO|No]].39 精神医学症候群'' 288-290 2003 日本臨床社</ref>。 | ||
露出行為の最中、露出を計画しているとき、露出を想像しているとき、露出行為後に思い出しているときなどに[[wikipedia:ja:マスターベーション|マスターベーション]]を行う。通常は、露出行為を行う相手に対して、それ以上の性的関係は求めない。露出行為の相手が驚いたりショックを受けたりすることや、相手から笑われたり怒られたりすることも、性的興奮の刺激材料となる。露出が犯罪行為であるとの自覚はあるが、逮捕の危険性も逆にスリル感として、性的興奮の刺激材料になる。 | 露出行為の最中、露出を計画しているとき、露出を想像しているとき、露出行為後に思い出しているときなどに[[wikipedia:ja:マスターベーション|マスターベーション]]を行う。通常は、露出行為を行う相手に対して、それ以上の性的関係は求めない。露出行為の相手が驚いたりショックを受けたりすることや、相手から笑われたり怒られたりすることも、性的興奮の刺激材料となる。露出が犯罪行為であるとの自覚はあるが、逮捕の危険性も逆にスリル感として、性的興奮の刺激材料になる。 | ||
87行目: | 87行目: | ||
また、近年ではインターネットの痴漢関連のサイトを読み、性的に興奮したり、他の窃触行為のやり方を覚えたり、自己の空想や経験を掲示板に書き込むものもいる。あるいは、インターネットの掲示板や出会い系サイトで知り合った女性と同意の上で痴漢行為を行うものや、知り合った男性複数が集団となり痴漢行為を行う場合もある。(なお、男性が女性になりすまして痴漢行為を求める書き込みをインターネットに行い、それに基づいて行為が行われたという事件で、逮捕者が出ている<ref name=ref1 /> <ref name=ref10>「痴漢して」書き込み国税職員を逮捕<br>''読売新聞'' 2013年7月9日</ref>。 | また、近年ではインターネットの痴漢関連のサイトを読み、性的に興奮したり、他の窃触行為のやり方を覚えたり、自己の空想や経験を掲示板に書き込むものもいる。あるいは、インターネットの掲示板や出会い系サイトで知り合った女性と同意の上で痴漢行為を行うものや、知り合った男性複数が集団となり痴漢行為を行う場合もある。(なお、男性が女性になりすまして痴漢行為を求める書き込みをインターネットに行い、それに基づいて行為が行われたという事件で、逮捕者が出ている<ref name=ref1 /> <ref name=ref10>「痴漢して」書き込み国税職員を逮捕<br>''読売新聞'' 2013年7月9日</ref>。 | ||
窃触障害が他のパラフィリア障害を伴うことは、外国の文献では高い率で認められる。しかし、これは日本では異なると筆者は考える。電車内痴漢行為を主訴とするものの場合は、他の[[性倒錯]]障害を伴うことは少ないという印象を持つ。いいかえるならば、日本では他のパラフィリア障害は伴わず、もっぱら電車内痴漢行為のみを行うものがいるということである。 | |||
===小児性愛障害=== | ===小児性愛障害=== | ||
104行目: | 104行目: | ||
マゾヒズム的性衝動が自分ひとりで行動化される場合は、自分を縛ったり、自分に針を刺したり、自分に電気ショックを与えたりする。相手と一緒に行われる場合には、拘束、目隠し、叩かれる、むちで打たれる、殴られる、切られる、電気ショック、針を突き刺される、尿をかけられる、四つんばいになり犬として扱われる、などがある。強制的に異性の服を着させられたり、幼児のように扱われたりして、辱められる場合もある。 | マゾヒズム的性衝動が自分ひとりで行動化される場合は、自分を縛ったり、自分に針を刺したり、自分に電気ショックを与えたりする。相手と一緒に行われる場合には、拘束、目隠し、叩かれる、むちで打たれる、殴られる、切られる、電気ショック、針を突き刺される、尿をかけられる、四つんばいになり犬として扱われる、などがある。強制的に異性の服を着させられたり、幼児のように扱われたりして、辱められる場合もある。 | ||
性的サディズムの中で危険なものとして、[[窒息性愛症]](Asphyxiophilia)というものがある。これは首をしめたり、首をつったり、のどに詰め物をしたりなどして、脳を低酸素状態にすることで性的な興奮を得るものである。 | |||
===性的サディズム障害=== | ===性的サディズム障害=== | ||
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パラフィリアの治療は、治療目的によって異なる。 | パラフィリアの治療は、治療目的によって異なる。 | ||
犯罪につながるものではないが、夫婦関係の悪化や、自己評価の低下がみられる場合には[[精神療法]]主体となる。この場合、性嗜好の偏りそのものは必ずしも治療目的とはならない場合もある。 | |||
犯罪につながらない場合でも、本人が望む場合には性嗜好の偏りが治療目的となる。[[薬物療法]]としては、[[強迫]]や[[不安]]がパラフィリアの背景にある場合には、[[選択的セロトニン再取り込み阻害剤]] ([[SSRI]])や[[抗不安剤]]が用いられることもある。性欲の抑制を目的に、海外では[[抗アンドロゲン剤]]が用いられるが、我が国では保険適用上は使用が困難である。 | |||
性犯罪につながるパラフィリアに対しては認知[[行動療法]]に基づくグループ療法が行われる。我が国では、性犯罪者に対しての再犯防止治療として、法務省が平成18年より「性犯罪者処遇プログラム」を実施している<ref name=ref7>'''橋本 牧子'''<br>刑事施設における性犯罪者処遇プログラムについて<br>''犯罪と非行'' (149), 46-60, 2006-09 日立みらい財団</ref>。概略は8人程度のグループを作り、1回100分程度のグループ治療を継続的に行い、共感性の欠如、認知の歪みといった性犯罪者の特徴を改善し、再犯予防の計画を立てていくといったものである。 | |||
==疫学== | ==疫学== | ||
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求愛障害とは、Freundら<ref name=ref9>'''Freund, K'''<br>Courtship disorders. Handbook of sexual assault: Issues, theories, and treatment of the offender<br>195-207, Plenum Press, New York, 1990</ref>により提唱されている概念で、人間の性的活動をfinding phase、 affiliative phase、tactile phase、copulatory phaseの4段階に分け、この4段階から、過度に逸脱したものが、パラフィリアのいくつかに該当すると考える。 | 求愛障害とは、Freundら<ref name=ref9>'''Freund, K'''<br>Courtship disorders. Handbook of sexual assault: Issues, theories, and treatment of the offender<br>195-207, Plenum Press, New York, 1990</ref>により提唱されている概念で、人間の性的活動をfinding phase、 affiliative phase、tactile phase、copulatory phaseの4段階に分け、この4段階から、過度に逸脱したものが、パラフィリアのいくつかに該当すると考える。 | ||
Finding phaseとは、性的パートナーを探し出す段階である。一般的には、この段階では自分の好みのパートナーを探し出す活動が行われる。この段階が過度に突出し歪んだものが、窃視症になると考えられる。 | |||
Affiliative phaseとは、性的パートナーと親しくなる段階である。一般的にはこの段階では、見つめたり、微笑んだり、話しかけたりすることで仲良くなろうとつとめる。この段階が過度に突出し歪んだものが、露出症やわいせつ電話になると考える。 | |||
Tactile phaseとは、性的パートナーと触れ合う段階である。一般的にはこの段階では性交に至る前の身体的ふれあいが行われる。この段階が過度に突出し歪んだものが、窃触症や性的暴行になると考える。 | |||
Copulatory phaseとは性交が行われる段階である。この段階が過度に突出し、歪んだものがレイプなどになると考える。 | |||
このように、求愛障害では、本来の性的活動の流れに沿わず、4段階の1段階だけが突出し、そこに強い性的興奮が伴う。本来の流れに沿っていないため、見知らぬ仲から、親しい関係になり性交というプロセスにはならず、見知らぬままの相手に性的興奮を持つことになる。 | このように、求愛障害では、本来の性的活動の流れに沿わず、4段階の1段階だけが突出し、そこに強い性的興奮が伴う。本来の流れに沿っていないため、見知らぬ仲から、親しい関係になり性交というプロセスにはならず、見知らぬままの相手に性的興奮を持つことになる。 |