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[[image:記憶痕跡1.jpg|thumb|350px|'''図1.セルアセンブリ仮説に基づく記憶痕跡の概要'''<br>記憶がセルアセンブリとして符号化されて脳内に蓄えられる様子を表す。学習時に活動したニューロン(オレンジ)の間のシナプスではLTPが起こり、ニューロン活動が収まった通常時でも伝達効率が増強されている。そのため、なんらかのきっかけでこれらのニューロンの一部が活動すると、強いシナプス伝達で連絡されたニューロンセット(オレンジ)が同時に活動する。これが、記憶の想起である。]] | [[image:記憶痕跡1.jpg|thumb|350px|'''図1.セルアセンブリ仮説に基づく記憶痕跡の概要'''<br>記憶がセルアセンブリとして符号化されて脳内に蓄えられる様子を表す。学習時に活動したニューロン(オレンジ)の間のシナプスではLTPが起こり、ニューロン活動が収まった通常時でも伝達効率が増強されている。そのため、なんらかのきっかけでこれらのニューロンの一部が活動すると、強いシナプス伝達で連絡されたニューロンセット(オレンジ)が同時に活動する。これが、記憶の想起である。]] | ||
[[image:記憶痕跡2.jpg|thumb|350px|'''図2.Lashleyにより示された大脳皮質を除去した割合と迷路達成率の相関図'''<br> | [[image:記憶痕跡2.jpg|thumb|350px|'''図2.Lashleyにより示された大脳皮質を除去した割合と迷路達成率の相関図'''<br>大脳皮質を除去した割合が高いほど迷路を抜け出す困難さが増加する。<ref name=ref2>'''Lashley K.'''<br> In search of the engram. <br>Society of Experimental Biology Symposium 4:454–82. (1950) </ref>より引用・改変。]] | ||
[[image:記憶痕跡3.jpg|thumb|350px|'''図3.記憶痕跡の実体を探るための実験系'''<br>A、TetTagマウスはc-fosプロモーター制御下でtTA(テトラサイクリン制御性トランス活性化因子)を発現するトランスジーンとTetO(テトラサイクリン依存性オペレーター)制御下で、tTA*(ドキシサイクリン非感受性tTA)とレポーター遺伝子であるTau-LacZを発現するトランスジーンを持つダブルトランスジェニックマウスである。tTAはドキシサイクリン存在下ではTetO(テトラサイクリン応答配列)に結合することができない。しかし、ドキシサイクリン非存在下ではtTAはTetOに結合し、tTA*とtau-LacZの発現誘導が可能となる。また、tTA*はドキシサイクリン非感受性であるため、一度発現されればtTA*とtau-LacZを恒常的に発現させることができ、刺激に応答して活性化されたニューロンをtau-LacZの発現を指標に可視化することが可能である。<br> | [[image:記憶痕跡3.jpg|thumb|350px|'''図3.記憶痕跡の実体を探るための実験系'''<br>A、TetTagマウスはc-fosプロモーター制御下でtTA(テトラサイクリン制御性トランス活性化因子)を発現するトランスジーンとTetO(テトラサイクリン依存性オペレーター)制御下で、tTA*(ドキシサイクリン非感受性tTA)とレポーター遺伝子であるTau-LacZを発現するトランスジーンを持つダブルトランスジェニックマウスである。tTAはドキシサイクリン存在下ではTetO(テトラサイクリン応答配列)に結合することができない。しかし、ドキシサイクリン非存在下ではtTAはTetOに結合し、tTA*とtau-LacZの発現誘導が可能となる。また、tTA*はドキシサイクリン非感受性であるため、一度発現されればtTA*とtau-LacZを恒常的に発現させることができ、刺激に応答して活性化されたニューロンをtau-LacZの発現を指標に可視化することが可能である。<br> | ||
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==記憶痕跡とは== | ==記憶痕跡とは== | ||
記憶痕跡とは、20世紀初頭にドイツの生物学者Richard Semonにより唱えられた言葉である。Donald Hebbの[[細胞集成体]]([[セルアセンブリ]]、cell assembly)仮説によると、[[記憶]]は脳内にある特定のニューロン集団(セルアセンブリ)として符号化されて蓄えられる(アンサンブル・コーディング、ensemble coding)と想定している<ref name=ref1>'''Hebb DO'''<br>The Organization of Behavior<br>''John Wiley & Sons Inc'' (1949)<br>本書は1966年以来絶版になっていたが、2002年にLawrence Erlbaumから再刊された(現在は、Taylor & Francisから刊行されている)。最近、邦訳が出た。<br>'''D.O.ヘッブ'''<br>行動の機構<br>''岩波文庫''、2011年</ref> | 記憶痕跡とは、20世紀初頭にドイツの生物学者Richard Semonにより唱えられた言葉である。Donald Hebbの[[細胞集成体]]([[セルアセンブリ]]、cell assembly)仮説によると、[[記憶]]は脳内にある特定のニューロン集団(セルアセンブリ)として符号化されて蓄えられる(アンサンブル・コーディング、ensemble coding)と想定している<ref name=ref1>'''Hebb DO'''<br>The Organization of Behavior<br>''John Wiley & Sons Inc'' (1949)<br>本書は1966年以来絶版になっていたが、2002年にLawrence Erlbaumから再刊された(現在は、Taylor & Francisから刊行されている)。最近、邦訳が出た。<br>'''D.O.ヘッブ'''<br>行動の機構<br>''岩波文庫''、2011年</ref>。すなわち、学習時に活性化した特定のニューロンのセットという形で脳のなかに残った物理的な痕跡が「記憶痕跡」であると提唱した(図1)。現在ではこの仮説が大枠で正しいことが明らかとなっている。すなわち、学習時に同期活動をしたニューロン間のシナプス伝達は増強するため、これらのニューロン同士は強いシナプス結合で結ばれる(後述の[[記憶痕跡#シナプス可塑性と記憶痕跡]]を参照)。何らかのきっかけでこのニューロン集団に属する一部のニューロンが活動すると、強いシナプス結合で結ばれたニューロン集団全体が活動し、その結果として記憶が想起される。特定の細胞集団から形成されるニューロンネットワークが「記憶痕跡」の物理的な実体である。また、シナプスにおいて生じるシナプス可塑的な変化は、シナプスレベルの記憶痕跡であると言うこともできる。 | ||
==シナプス可塑性と記憶痕跡== | ==シナプス可塑性と記憶痕跡== |