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テタヌス(Tetanus)という用語は、それによって起きる強直(麻痺)を”tetanus”として定義した[[wj:ヒポクラテス|ヒポクラテス]]により、最初に医学用語に記された<ref>'''Ornella Rossetto and Cesare Montecucco'''<br>Handbook of Experimental Pharmacology 184,129-170<br>''Springer'':2008</ref>。そのテタヌス([[wikipedia:ja:破傷風|破傷風]])の原因であるテタヌス毒素 は、嫌気性細菌である(破傷風菌)(''Clostridium tetani '')により分子量150 kDaの不活性型の単純タンパク質として産出される。 | テタヌス(Tetanus)という用語は、それによって起きる強直(麻痺)を”tetanus”として定義した[[wj:ヒポクラテス|ヒポクラテス]]により、最初に医学用語に記された<ref>'''Ornella Rossetto and Cesare Montecucco'''<br>Handbook of Experimental Pharmacology 184,129-170<br>''Springer'':2008</ref>。そのテタヌス([[wikipedia:ja:破傷風|破傷風]])の原因であるテタヌス毒素 は、嫌気性細菌である(破傷風菌)(''Clostridium tetani '')により分子量150 kDaの不活性型の単純タンパク質として産出される。 | ||
テタヌス毒素の[[半数致死量]][[wikipedia:ja:半数致死量|半数致死量]](LD<sub>50</sub>)は、[[マウス]]の[[末梢神経]]へ投与した場合、1 kgあたり0.4 ngから1 ngの間である<ref><pubmed>6806598</pubmed></ref>。テタヌス(破傷風)の発症は、破傷風菌]の[[wj:胞子|胞子]]が、傷口から体内に侵入することにより感染が起こる。最初の感染から発症まで数日から4週間と幅があるがこれは、 | |||
#[[wikipedia:ja:胞子|胞子]]の出芽 | #[[wikipedia:ja:胞子|胞子]]の出芽 | ||
#毒素の産出と放出 | #毒素の産出と放出 | ||
#[[wikipedia:ja:脊椎|脊椎]]内の標的細胞への毒素の結合と輸送 | #[[wikipedia:ja:脊椎|脊椎]]内の標的細胞への毒素の結合と輸送 | ||
に必要な時間に相当するためである。 | |||
感染の結果、[[中枢神経系]]の[[シナプス終末]]から神経伝達物質の放出の阻害を行い、[[痙性対麻痺]]を引き起こす。 | |||
==症状== | |||
通常、開口障害、[[嚥下障害]]そして項部硬直などの症状により始まる。麻痺は時間経過に伴い、胴体、腹部そして脚の筋肉へと下部へと広がっていく。しばしば致命的となり、全身倦怠、呼吸器系や[[wikipedia:ja:心不全|心不全]]の後、死に到る。致死率は近年の医学の進歩により減少しているが、高齢者の患者の場合では依然として高い。([[wikipedia:ja:ホルムアルデヒド|ホルムアルデヒド]]で処理する事で[[wikipedia:ja:ワクチン|ワクチン]]化した毒素により、先進国からはほとんど消失したが、[[wikipedia:ja:ワクチン|ワクチン]]接種が進んでいない国々では依然として年間数十万人もの人々が亡くなっている。 | |||
==構造== | ==構造== | ||
[[ファイル:Structure of tetanus toxin.png|thumb|400px|'''図1. テタヌス毒素の構造'''<br>L:軽鎖(50 kd)<br>H:重鎖 (100 kd)<br>S-S: ジスルフィド結合<br>H<small>N</small>:重鎖N末端領域。軽鎖の細胞内移行に関与する。<br>H<small>C</small>:重鎖C末端領域。神経細胞特異的な結合に関与する。H<small>C</small>はさらに25 kdずつのH<small>C</small>NとH<small>C</small>Cに分けられる。]] | [[ファイル:Structure of tetanus toxin.png|thumb|400px|'''図1. テタヌス毒素の構造'''<br>L:軽鎖(50 kd)<br>H:重鎖 (100 kd)<br>S-S: ジスルフィド結合<br>H<small>N</small>:重鎖N末端領域。軽鎖の細胞内移行に関与する。<br>H<small>C</small>:重鎖C末端領域。神経細胞特異的な結合に関与する。H<small>C</small>はさらに25 kdずつのH<small>C</small>NとH<small>C</small>Cに分けられる。]] | ||
[[Image:yoshikatsuaikawa_fig_2.jpg|thumb|400px]] [[Image:yoshikatsuaikawa_fig_3.jpg|thumb|400px]] | [[Image:yoshikatsuaikawa_fig_2.jpg|thumb|400px]] [[Image:yoshikatsuaikawa_fig_3.jpg|thumb|400px]] | ||
テタヌス毒素の[[wikipedia:ja:遺伝子|遺伝子]]は、破傷風菌において75 kbの[[wikipedia:ja:プラスミド|プラスミド]]上にコードされている<ref><pubmed> 3536478 </pubmed></ref>。合成された1本のポリペプチド鎖(1315アミノ酸)は不活性であるが、[[wikipedia:ja:トリプシン|トリプシン]]様のタンパク質分解酵素により457番目のAlaから461番目のAspまでの間で限定分解を受け、N末端側の分子量50 kDaの軽鎖(449アミノ酸)とC末端側の分子量100 kDaの重鎖(857アミノ酸)となり活性型となる。両鎖は、1つの[[wikipedia:ja:ジスルフィド結合|ジスルフィド結合]]と非共有結合により繋がっている。 | |||
構造名称については、破傷風菌と同属である(ボツリヌス菌)が産出するボツリヌス毒素で提唱された名称と、第8回国際破傷風会議(1987)で採択された名称とがある。前者の場合、軽鎖を(L)、重鎖を(H)とする。また重鎖(H)は、そのN末端側の50 kDaの[[wikipedia:ja:αヘリックス|αヘリックス]]ドメインを(H<sub>N</sub>)、そのC末端側(865-1315)にある50 kDaを(H<sub>C</sub>)とし、さらにH<sub>C</sub>には分子量25 kDaのH<sub>C</sub>NとH<sub>C</sub>Cのサブドメインに分けられる(図1)。一方後者の場合、テタヌス毒素を[[wikipedia:ja:パパイン|パパイン]]処理するとC末端側50 kDaのペプチド断片とN末端側100 kDaのペプチド断片に分離されたことから、重鎖のC末端側50 kDaをFragment C (Frg C)、N末端側50 kDaをFragment B (Frg B)、さらに軽鎖をFragment A (Frg A) と呼称している。 | |||
各ドメインにはそれぞれ異なる機能があり、N末端側のLドメインは金属タンパク質分解活性をもち、H<sub>N</sub>ドメインは膜移行に、そしてH<sub>C</sub>ドメインは結合に、それぞれ関与している。 | |||
テタヌス毒素と各血清型のボツリヌス毒素との遺伝子レベルでの比較では、全体の相同性が~35%と低い。 | |||
==軽鎖== | ===軽鎖=== | ||
ボツリヌス毒素の軽鎖(L)と同様に、テタヌス毒素の軽鎖は、[[wikipedia:ja:亜鉛|亜鉛]]依存的な[[wj:金属プロテアーゼ|金属プロテアーゼ]]として作用し毒性を引き起こす。B型ボツリヌス毒素と同様に[[シナプス小胞]]の膜蛋[[白質]]のv-SNAREであるSynaptobrevin-2/vesicle-associated membrane protein (VAMP)のGln(76)とPhe(77)の間の限定分解を行う(図2)。その結果、[[シナプス]]小胞と[[シナプス前膜]]とのドッキングが阻害され、[[抑制性]]神経伝達物質である[[GABA]]やGlycineなどの放出が抑制される。これがテタヌス毒素による[[シナプス前]]抑制の分子機構である<ref><pubmed> 1331807 </pubmed></ref>。ただし、アイソフォームの中には、テタヌス毒素に切断されないものもある(図3)<ref><pubmed> 10865130 </pubmed></ref>。テタヌス毒素の軽鎖(L)の触媒ドメインの二量体構造とその活性部位について右枠内に示す。テタヌス毒素の軽鎖(L)の活性部位は、基質となるタンパク質が近づきやすい溝の内部に位置し、[[wikipedia:ja:亜鉛|亜鉛]]に結合するモチーフであるHExxH(233-237)が中央部となるように正に荷電した[[wikipedia:ja:亜鉛|亜鉛]]と[[wikipedia:ja:配位結合|配位結合]]する。つまり、[[wikipedia:ja:亜鉛|亜鉛]]は2つのHisのイミダゾ-ル環(His(232)とHis(236))、そしてGlu(270)などのアミノ酸、さらにGlu(233)と強固な水素結合を形成する求核性の水分子、といった4つと相互作用している。特にこのモチーフ内にあるグルタミン酸は、それに結合している水分子が直接的にタンパク質の加水分解反応に関与するため特に重要である<ref><pubmed> 15895988 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15904688 </pubmed></ref>。 | |||
==重鎖== | ==重鎖== | ||
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==作用機序== | ==作用機序== | ||
テタヌス毒素は[[神経筋接合部]]から[[神経終末]]膜を介して神経内に取り込まれる。テタヌス毒素は[[逆行性輸送]]され、[[wikipedia:ja:脊椎|脊椎]]前角に到達し、[[細胞膜]]を通過し[[wikipedia:ja:シナプス|シナプス]]前膜を通りさらに上位の中枢へと運搬される。そこで抑制性[[wikipedia:ja:シナプス|シナプス]]を遮断し、痙性麻痺を引き起こす。ついで[[興奮性]][[wikipedia:ja:シナプス|シナプス]]も遮断し、筋は拘縮した状態となる。ちなみにこれは筋の弛緩を発生させる[[wikipedia:ja:ボツリヌストキシン|ボツリヌストキシン]]の作用と逆となる。テタヌス毒素は、神経細胞に対して、 | |||
#毒素の結合 | #毒素の結合 | ||
#毒素の[[wikipedia:ja:エンドサイトーシス|エンドサイトーシス]] | #毒素の[[wikipedia:ja:エンドサイトーシス|エンドサイトーシス]] | ||
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といった4段階を介して作用する(図4)<ref><pubmed> 13678859 </pubmed></ref>。 | といった4段階を介して作用する(図4)<ref><pubmed> 13678859 </pubmed></ref>。 | ||
現在もなおテタヌス毒素の受容体については不明であるが、テタヌス毒素のHcCドメインには、2つのガングリオシド結合部位がこれまでに同定され、ポリシアロ[[wikipedia:ja:ガングリオシド|ガングリオシド]]分子と糖タンパク質にそれぞれ結合することが考えられている。実際にテタヌス毒素は[[wikipedia:ja:GPI|GPI]]-アンカー型糖タンパク質と[[wikipedia:ja:脂質ラフト|脂質ラフト]] | 現在もなおテタヌス毒素の受容体については不明であるが、テタヌス毒素のHcCドメインには、2つのガングリオシド結合部位がこれまでに同定され、ポリシアロ[[wikipedia:ja:ガングリオシド|ガングリオシド]]分子と糖タンパク質にそれぞれ結合することが考えられている。実際にテタヌス毒素は[[wikipedia:ja:GPI|GPI]]-アンカー型糖タンパク質と[[wikipedia:ja:脂質ラフト|脂質ラフト]]に結合する。図4に示したように、運動神経終末での[[形質膜]]上に発現する受容体を介した[[wikipedia:ja:エンドサイトーシス|エンドサイトーシス]]により取り込まれる[[wikipedia:ja:ボツリヌストキシン|ボツリヌストキシン]]とは異なり、テタヌス毒素は[[wikipedia:ja:脂質ラフト|脂質ラフト]]や[[wikipedia:ja:ガングリオシド|ガングリオシド]]であるGD1bを含む脂質タンパク質受容体複合体に結合する[[wikipedia:ja:クラスリン|クラスリン]]依存的なエンドサイトーシスにより内部に入る。[[wikipedia:ja:クラスリン|クラスリン]]被覆小胞によりいったん取り込まれたテタヌス毒素は、神経中枢の神経細胞体へ逆行性に運ばれ、さらに[[wikipedia:ja:シナプス|シナプス]]を越えて高次神経細胞の[[wikipedia:ja:シナプス|シナプス]]前部に到達する過程(Transcytosis)にHcが関与している。標識されたHcは取り込まれた後も中性を保ったコンパートメントで細胞体へと逆行性に運搬され、運動神経の[[wikipedia:ja:樹状突起|樹状突起]]に集積される。BDNFや[[GDNF]]などの[[wikipedia:ja:神経栄養因子|神経栄養因子]]と比較すると、運搬速度や[[wikipedia:ja:樹状突起|樹状突起]]への集積速度は同じ(1 μm/sec)であるが、[[wikipedia:ja:シナプス|シナプス]]を越えて次の[[wikipedia:ja:シナプス|シナプス]]前部への移行はHcの方がほぼ倍の速度で行われることが明らかにされた。[[Image:図4.jpg|thumb|300px]] | ||
==関連項目 == | ==関連項目 == |