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英:tetanus toxin、英語略:TeNT、独:Wundstarrkrampf 仏:toxine tétanique | |||
同義語: tetanus neurotoxin、tetanospasmin | |||
{{box|text= テタヌス毒素とは、土壌中に棲息する[[wikipedia:ja:グラム陽性型|グラム陽性型]][[嫌気性細菌]]である[[wikipedia:ja:クロストリジウム属|クロストリジウム属]]の([[wikipedia:ja:破傷風菌|破傷風菌]])''Clostridium tetani''によって産出される世界最強のタンパク質毒素の1つである。 同属には([[wikipedia:ja:ボツリヌス菌|ボツリヌス菌]])''Clostridium botulinum''が産出する[[ボツリヌス毒素]]があり、これらは共に分子量約50 kDaの軽鎖と100 kDaの重鎖の2本のポリペプチド鎖から構成される。テタヌス毒素の生体への毒素の作用機序としては、まず重鎖が神経細胞の膜にある[[ガングリオシド]]に結合し、続いてテタヌス毒素分子の細胞内への侵入を起こす。侵入後、[[wikipedia:ja:亜鉛|亜鉛]]依存的なタンパク質分解活性をもつ軽鎖が、[[神経伝達物質]]の[[エキソサイトーシス]]を担う[[SNARE]]タンパク質の1つである[[VAMP]]を分解することで神経伝達物質の放出が抑制される。その結果、[[テタヌス]]([[tetanus]])と呼ばれる[[痙攣]]性[[麻痺]]が引き起こされる。 }} | |||
{{Infobox protein family | {{Infobox protein family | ||
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}} | }} | ||
[[ファイル:Opisthotonus in a patient suffering from tetanus - Painting by Sir Charles Bell - 1809.jpg|thumb|300px|'''図5. 破傷風による痙性対麻痺'''<br>1809年[[wj:チャールズ・ベル|チャールズ・ベル]]作。Wikipediaより。]] | |||
[[ファイル:Structure of tetanus toxin.png|thumb|300px|'''図2. テタヌス毒素の構造'''<br>L:軽鎖(50 kd)<br>H:重鎖 (100 kd)<br>S-S: ジスルフィド結合<br>H<small>N</small>:重鎖N末端領域。軽鎖の細胞内移行に関与する。<br>H<small>C</small>:重鎖C末端領域。神経細胞特異的な結合に関与する。H<small>C</small>はさらに25 kdずつのH<small>C</small>NとH<small>C</small>Cに分けられる。]] | |||
[[Image:yoshikatsuaikawa_fig_2.jpg|thumb|300px|'''図3. クロストリジウム属毒素の基質一覧'''<br>クロストリジウム属毒素であるテタヌス毒素とボツリヌス毒素について示してある]] | |||
[[Image:yoshikatsuaikawa_fig_3.jpg|thumb|300px|'''図4. シナプトブレビンアイソフォーム内での基質特異性'''<br>]] | |||
[[ファイル:Tetanus toxin dimer.png|thumb|300px|'''図5. テタヌス毒素の結晶構造'''<br>二量体を形成している]] | |||
[[ファイル:Tetanus toxin catalytic core.png|thumb|300px|'''図6. テタヌス毒素活性中心の構造'''<br>]] | |||
==テタヌス毒素とは== | ==テタヌス毒素とは== | ||
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==構造== | ==構造== | ||
テタヌス毒素の[[wikipedia:ja:遺伝子|遺伝子]]は、破傷風菌において75 kbの[[wikipedia:ja:プラスミド|プラスミド]]上にコードされている<ref><pubmed> 3536478 </pubmed></ref>。合成された1本のポリペプチド鎖(1315アミノ酸)は不活性であるが、[[wikipedia:ja:トリプシン|トリプシン]]様のタンパク質分解酵素により457番目のAlaから461番目のAspまでの間で限定分解を受け、N末端側の分子量50 kDaの軽鎖(449アミノ酸)とC末端側の分子量100 kDaの重鎖(857アミノ酸)となり活性型となる。両鎖は、1つの[[wikipedia:ja:ジスルフィド結合|ジスルフィド結合]]と非共有結合により繋がっている。 | テタヌス毒素の[[wikipedia:ja:遺伝子|遺伝子]]は、破傷風菌において75 kbの[[wikipedia:ja:プラスミド|プラスミド]]上にコードされている<ref><pubmed> 3536478 </pubmed></ref>。合成された1本のポリペプチド鎖(1315アミノ酸)は不活性であるが、[[wikipedia:ja:トリプシン|トリプシン]]様のタンパク質分解酵素により457番目のAlaから461番目のAspまでの間で限定分解を受け、N末端側の分子量50 kDaの軽鎖(449アミノ酸)とC末端側の分子量100 kDaの重鎖(857アミノ酸)となり活性型となる。両鎖は、1つの[[wikipedia:ja:ジスルフィド結合|ジスルフィド結合]]と非共有結合により繋がっている。 | ||
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===軽鎖=== | ===軽鎖=== | ||
ボツリヌス毒素の軽鎖(L)と同様に、テタヌス毒素の軽鎖は、[[wikipedia:ja:亜鉛|亜鉛]]依存的な[[wj:金属プロテアーゼ|金属プロテアーゼ]]として作用し毒性を引き起こす。B型ボツリヌス毒素と同様に[[シナプス小胞]]の膜蛋[[白質]]のv-SNAREであるSynaptobrevin-2/vesicle-associated membrane protein (VAMP)のGln(76)とPhe(77)の間の限定分解を行う(図2)。その結果、[[シナプス]]小胞と[[シナプス前膜]]とのドッキングが阻害され、[[抑制性]]神経伝達物質である[[GABA]]やGlycineなどの放出が抑制される。これがテタヌス毒素による[[シナプス前]]抑制の分子機構である<ref><pubmed> 1331807 </pubmed></ref>。ただし、アイソフォームの中には、テタヌス毒素に切断されないものもある(図3)<ref><pubmed> 10865130 </pubmed></ref> | ボツリヌス毒素の軽鎖(L)と同様に、テタヌス毒素の軽鎖は、[[wikipedia:ja:亜鉛|亜鉛]]依存的な[[wj:金属プロテアーゼ|金属プロテアーゼ]]として作用し毒性を引き起こす。B型ボツリヌス毒素と同様に[[シナプス小胞]]の膜蛋[[白質]]のv-SNAREであるSynaptobrevin-2/vesicle-associated membrane protein (VAMP)のGln(76)とPhe(77)の間の限定分解を行う(図2)。その結果、[[シナプス]]小胞と[[シナプス前膜]]とのドッキングが阻害され、[[抑制性]]神経伝達物質である[[GABA]]やGlycineなどの放出が抑制される。これがテタヌス毒素による[[シナプス前]]抑制の分子機構である<ref><pubmed> 1331807 </pubmed></ref>。ただし、アイソフォームの中には、テタヌス毒素に切断されないものもある(図3)<ref><pubmed> 10865130 </pubmed></ref>。 | ||
テタヌス毒素の軽鎖(L)の触媒ドメインの二量体構造とその活性部位について右枠内に示す。テタヌス毒素の軽鎖(L)の活性部位は、基質となるタンパク質が近づきやすい溝の内部に位置し、[[wikipedia:ja:亜鉛|亜鉛]]に結合するモチーフであるHExxH(233-237)が中央部となるように正に荷電した[[wikipedia:ja:亜鉛|亜鉛]]と[[wikipedia:ja:配位結合|配位結合]]する。つまり、[[wikipedia:ja:亜鉛|亜鉛]]は2つのHisのイミダゾ-ル環(His(232)とHis(236))、そしてGlu(270)などのアミノ酸、さらにGlu(233)と強固な水素結合を形成する求核性の水分子、といった4つと相互作用している。特にこのモチーフ内にあるグルタミン酸は、それに結合している水分子が直接的にタンパク質の加水分解反応に関与するため特に重要である<ref><pubmed> 15895988 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15904688 </pubmed></ref>。 | |||
==重鎖== | ==重鎖== |