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担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | ||
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{{box|text= テタヌス毒素とは、土壌中に棲息する[[ | {{box|text= テタヌス毒素とは、土壌中に棲息する[[wj:グラム陽性型|グラム陽性型]][[嫌気性細菌]]である[[wj:クロストリジウム属|クロストリジウム属]]の([[wj:破傷風菌|破傷風菌]])''Clostridium tetani''によって産出される世界最強のタンパク質毒素の1つである。 同属には([[wj:ボツリヌス菌|ボツリヌス菌]])''Clostridium botulinum''が産出する[[ボツリヌス毒素]]があり、これらは共に分子量約50 kDaの軽鎖と100 kDaの重鎖の2本のポリペプチド鎖から構成される。テタヌス毒素の生体への毒素の作用機序としては、まず重鎖が神経細胞の膜にある[[ガングリオシド]]に結合し、続いてテタヌス毒素分子の細胞内への侵入を起こす。侵入後、[[wj:亜鉛|亜鉛]]依存的なタンパク質分解活性をもつ軽鎖が、[[神経伝達物質]]の[[エキソサイトーシス]]を担う[[SNARE]]タンパク質の1つである[[VAMP]]を分解することで神経伝達物質の放出が抑制される。その結果、[[テタヌス]]([[tetanus]])と呼ばれる[[痙攣]]性[[麻痺]]が引き起こされる。 }} | ||
{{Infobox protein family | {{Infobox protein family | ||
| Symbol = | | Symbol = | ||
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==テタヌス毒素とは== | ==テタヌス毒素とは== | ||
テタヌス(Tetanus)という用語は、それによって起きる強直(麻痺)を”tetanus”として定義した[[wj:ヒポクラテス|ヒポクラテス]]により、最初に医学用語に記された<ref>'''Ornella Rossetto and Cesare Montecucco'''<br>Handbook of Experimental Pharmacology 184,129-170<br>''Springer'':2008</ref>。そのテタヌス([[ | テタヌス(Tetanus)という用語は、それによって起きる強直(麻痺)を”tetanus”として定義した[[wj:ヒポクラテス|ヒポクラテス]]により、最初に医学用語に記された<ref>'''Ornella Rossetto and Cesare Montecucco'''<br>Handbook of Experimental Pharmacology 184,129-170<br>''Springer'':2008</ref>。そのテタヌス([[wj:破傷風|破傷風]])の原因であるテタヌス毒素 は、嫌気性細菌である(破傷風菌)(''Clostridium tetani '')により分子量150 kDaの不活性型の単純タンパク質として産出される。 | ||
テタヌス毒素の[[半数致死量]](LD<sub>50</sub>)は、[[マウス]]の[[末梢神経]]へ投与した場合、1 kgあたり0.4 ngから1 ngの間である<ref><pubmed>6806598</pubmed></ref>。テタヌス(破傷風)の発症は、破傷風菌]の[[wj:胞子|胞子]]が、傷口から体内に侵入することにより感染が起こる。最初の感染から発症まで数日から4週間と幅があるがこれは、 | テタヌス毒素の[[半数致死量]](LD<sub>50</sub>)は、[[マウス]]の[[末梢神経]]へ投与した場合、1 kgあたり0.4 ngから1 ngの間である<ref><pubmed>6806598</pubmed></ref>。テタヌス(破傷風)の発症は、破傷風菌]の[[wj:胞子|胞子]]が、傷口から体内に侵入することにより感染が起こる。最初の感染から発症まで数日から4週間と幅があるがこれは、 | ||
#[[ | #[[wj:胞子|胞子]]の出芽 | ||
#毒素の産出と放出 | #毒素の産出と放出 | ||
#[[脊髄]]内の標的細胞への毒素の結合と輸送 | #[[脊髄]]内の標的細胞への毒素の結合と輸送 | ||
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==症状== | ==症状== | ||
通常、開口障害、[[嚥下障害]]そして項部硬直などの症状により始まる。麻痺は時間経過に伴い、胴体、腹部そして脚の筋肉へと下部へと広がっていく(図1)。しばしば致命的となり、全身倦怠、呼吸器系や[[ | 通常、開口障害、[[嚥下障害]]そして項部硬直などの症状により始まる。麻痺は時間経過に伴い、胴体、腹部そして脚の筋肉へと下部へと広がっていく(図1)。しばしば致命的となり、全身倦怠、呼吸器系や[[wj:心不全|心不全]]の後、死に到る。致死率は近年の医学の進歩により減少しているが、高齢者の患者の場合では依然として高い。([[wj:ホルムアルデヒド|ホルムアルデヒド]]で処理する事で[[wj:ワクチン|ワクチン]]化した毒素により、先進国からはほとんど消失したが、[[wj:ワクチン|ワクチン]]接種が進んでいない国々では依然として年間数十万人もの人々が亡くなっている。 | ||
==構造== | ==構造== | ||
テタヌス毒素の[[ | テタヌス毒素の[[wj:遺伝子|遺伝子]]は、破傷風菌において75 kbの[[wj:プラスミド|プラスミド]]上にコードされている<ref><pubmed> 3536478 </pubmed></ref>。合成された1本のポリペプチド鎖(1315アミノ酸)は不活性であるが、[[wj:トリプシン|トリプシン]]様のタンパク質分解酵素により457番目のAlaから461番目のAspまでの間で限定分解を受け、N末端側の分子量50 kDaの軽鎖(449アミノ酸)とC末端側の分子量100 kDaの重鎖(857アミノ酸)となり活性型となる。両鎖は、1つの[[wj:ジスルフィド結合|ジスルフィド結合]]と非共有結合により繋がっている。 | ||
構造名称については、破傷風菌と同属である(ボツリヌス菌)が産出するボツリヌス毒素で提唱された名称と、第8回国際破傷風会議(1987)で採択された名称とがある。前者の場合、軽鎖を(L)、重鎖を(H)とする。また重鎖(H)は、そのN末端側の50 kDaの[[ | 構造名称については、破傷風菌と同属である(ボツリヌス菌)が産出するボツリヌス毒素で提唱された名称と、第8回国際破傷風会議(1987)で採択された名称とがある。前者の場合、軽鎖を(L)、重鎖を(H)とする。また重鎖(H)は、そのN末端側の50 kDaの[[wj:αヘリックス|αヘリックス]]ドメインを(H<sub>N</sub>)、そのC末端側(865-1315)にある50 kDaを(H<sub>C</sub>)とし、さらにH<sub>C</sub>には分子量25 kDaのH<sub>C</sub>NとH<sub>C</sub>Cのサブドメインに分けられる(図2)。一方後者の場合、テタヌス毒素を[[wj:パパイン|パパイン]]処理するとC末端側50 kDaのペプチド断片とN末端側100 kDaのペプチド断片に分離されたことから、重鎖のC末端側50 kDaをFragment C (Frg C)、N末端側50 kDaをFragment B (Frg B)、さらに軽鎖をFragment A (Frg A) と呼称している。 | ||
各ドメインにはそれぞれ異なる機能があり、N末端側のLドメインは金属タンパク質分解活性をもち、H<sub>N</sub>ドメインは膜移行に、そしてH<sub>C</sub>ドメインは結合に、それぞれ関与している。 | 各ドメインにはそれぞれ異なる機能があり、N末端側のLドメインは金属タンパク質分解活性をもち、H<sub>N</sub>ドメインは膜移行に、そしてH<sub>C</sub>ドメインは結合に、それぞれ関与している。 | ||
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===軽鎖=== | ===軽鎖=== | ||
ボツリヌス毒素の軽鎖と同様に、テタヌス毒素の軽鎖(Lドメイン)は、[[ | ボツリヌス毒素の軽鎖と同様に、テタヌス毒素の軽鎖(Lドメイン)は、[[wj:亜鉛|亜鉛]]依存的な[[wj:金属プロテアーゼ|金属プロテアーゼ]]として作用し毒性を引き起こす。B型ボツリヌス毒素と同様に[[シナプス小胞]]の膜蛋[[白質]]のv-SNAREであるSynaptobrevin-2/vesicle-associated membrane protein (VAMP)のGln(76)とPhe(77)の間の限定分解を行う(図3)。その結果、[[シナプス]]小胞と[[シナプス前膜]]とのドッキングが阻害され、[[抑制性]]神経伝達物質である[[GABA]]やGlycineなどの放出が抑制される。これがテタヌス毒素による[[シナプス前]]抑制の分子機構である<ref><pubmed> 1331807 </pubmed></ref>。ただし、アイソフォームの中には、テタヌス毒素に切断されないものもある(図4)<ref><pubmed> 10865130 </pubmed></ref>。 | ||
テタヌス毒素の軽鎖は二量体を形成する(図5)。活性部位は基質となるタンパク質が近づきやすい溝の内部に位置し、[[ | テタヌス毒素の軽鎖は二量体を形成する(図5)。活性部位は基質となるタンパク質が近づきやすい溝の内部に位置し、[[wj:亜鉛|亜鉛]]に結合するモチーフであるHExxH(233-237)が中央部となるように正に荷電した[[wj:亜鉛|亜鉛]]と[[wj:配位結合|配位結合]]する(図6)。つまり、[[wj:亜鉛|亜鉛]]は2つのHisのイミダゾ-ル環(His(232)とHis(236))、そしてGlu(270)などのアミノ酸、さらにGlu(233)と強固な水素結合を形成する求核性の水分子、といった4つと相互作用している。特にこのモチーフ内にある[[グルタミン酸]]は、それに結合している水分子が直接的にタンパク質の加水分解反応に関与するため特に重要である<ref name=ref15895988 ><pubmed> 15895988 </pubmed></ref><ref name=ref15904688><pubmed> 15904688 </pubmed></ref>。 | ||
===重鎖=== | ===重鎖=== | ||
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H<sub>C</sub>ドメインには、さらに2つのサブドメイン構造のH<sub>C</sub>NとH<sub>C</sub>Cから構成される。 | H<sub>C</sub>ドメインには、さらに2つのサブドメイン構造のH<sub>C</sub>NとH<sub>C</sub>Cから構成される。 | ||
H<sub>C</sub>Nサブドメインはいくつかの炭水化物結合タンパク質(マメ科植物の[[ | H<sub>C</sub>Nサブドメインはいくつかの炭水化物結合タンパク質(マメ科植物の[[wj:レクチン|レクチン]]等)と似たようなjelly-rollモチーフ内にβストランド構造を含む。H<sub>C</sub>Nのアミノ酸配列は、クロストリジウム属の中でも高度に保存されている。 | ||
H<sub>C</sub>CサブドメインはIL-1やFGFといったタンパク質の認識と結合に関与する[[ | H<sub>C</sub>CサブドメインはIL-1やFGFといったタンパク質の認識と結合に関与する[[wj:βシート|βシート]]が3つパックされたβ-trefoilという3つ葉状の構造を形成している。この配列はクロストリジウム属の中でも非常に保存性が低い。HCCサブドメインにはポリシアロガングリオシド([[GD1b]]と[[GT1b]])のオリゴ糖の部分に対して2つの結合部位があり、結合する部位(1281-1314)の中でもHis(1293)が関与する<ref name=ref10722735><pubmed> 10722735 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11418600 </pubmed></ref>。 | ||
==作用機序== | ==作用機序== | ||
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===トランスサイトーシス=== | ===トランスサイトーシス=== | ||
シナプスの[[細胞膜]]を通過し[[シナプス前膜]]を通りさらに上位のニューロンへと運搬される。そこで標的タンパク質であるVAMPの分解することで[[抑制性シナプス]]を遮断し、痙性麻痺を引き起こす。ついで[[興奮性シナプス]]も遮断し、筋は拘縮した状態となる。ちなみにこれは筋の弛緩を発生させるボツリヌス毒素の作用と逆となる。[[BDNF]]や[[GDNF]]などの[[神経栄養因子]]と比較すると、運搬速度や[[ | シナプスの[[細胞膜]]を通過し[[シナプス前膜]]を通りさらに上位のニューロンへと運搬される。そこで標的タンパク質であるVAMPの分解することで[[抑制性シナプス]]を遮断し、痙性麻痺を引き起こす。ついで[[興奮性シナプス]]も遮断し、筋は拘縮した状態となる。ちなみにこれは筋の弛緩を発生させるボツリヌス毒素の作用と逆となる。[[BDNF]]や[[GDNF]]などの[[神経栄養因子]]と比較すると、運搬速度や[[wj:樹状突起|樹状突起]]への集積速度は同じ(1 μm/sec)であるが、シナプスを越えて次のシナプス前部への移行はHcの方がほぼ倍の速度で行われる。 | ||
==治療== | ==治療== | ||
予防には[wj: | 予防には[[wj:不活化ワクチン|不活化ワクチン]](沈降破傷風トキソイド)を用いるほか、土壌などで汚染された創傷はよく洗浄する事が肝心である。感染を起こした場合は、[[wj:抗生物質|抗生物質]][[wj:メトロニダゾール|メトロニダゾール]]、[[wj:ペニシリン| ペニシリン]]、[[wj:テトラサイクリン|テトラサイクリン]]の投与を行う。毒素の中和には抗破傷風[[免疫グロブリン]]を用いるが、中枢神経にいったん取り込まれた毒素に対しての効き目は弱い。創傷のデブリードマンやあるいは不可避である場合は切断を行う。 | ||
患者は静かな暗所に置き、なるべく刺激を与えないようにする。呼吸管理の元、筋弛緩薬を用いる事もある。 | 患者は静かな暗所に置き、なるべく刺激を与えないようにする。呼吸管理の元、筋弛緩薬を用いる事もある。 | ||
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*[[抑制性神経細胞]] | *[[抑制性神経細胞]] | ||
*[[シナプトブレビン]] | *[[シナプトブレビン]] | ||
*[[逆行性輸送]] | |||
==参考文献 == | ==参考文献 == | ||
<references /> | <references /> |