「電気けいれん療法」の版間の差分

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【2】ECTの適応と禁忌
【2】ECTの適応と禁忌
①ECTの適応  
①ECTの適応  
ECTは主にうつ病、そううつ病、統合失調症に用いられる。躁状態にも有効であるが、特に気分障害では、うつ状態に著効することが多い。統合失調症では緊張病型には著効することが多く、精神運動興奮状態を伴う場合も興奮が改善・軽減することが多いが、慢性的な幻覚妄想や陰性症状および認知機能低下には効果が乏しいことが多い。精神疾患には広く適応を持つが、すぐれた臨床効果と臨床的実用性は主に気分障害のうつ状態にある。
実際にはECTは薬物治療抵抗例や、副作用のために十分な薬物療法ができない症状遷延例に用いられることが多いが、症状が著しく重篤で早期に症状改善が必須な場合等にも当初からECTの施行も視野に治療を検討される場合も存在する。以下に一次選択治療としてECTが適応になりうる例を挙げる。
○ECTが一次的治療選択となりうる場合
○ECTが一次的治療選択となりうる場合
   精神症状の型(緊張病状態など)
   精神症状の型(緊張病状態など)
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ECTの作用機序についての検討は多くなされているが(44,45,46)、現在までECTの作用機序は明らかにされていない。
ECTの作用機序についての検討は多くなされているが(44,45,46)、現在までECTの作用機序は明らかにされていない。
抗うつ効果との関連から、神経伝達物質やその受容体への影響や細胞内情報伝達系に与える影響が注目されたが、最近では脳内の神経栄養因子の作用を増強する可能性が指摘されている(10, 29)。以前より間脳や脳幹網様体賦活系を中心とする脳幹部に対する作用と治療効果の関連も多く示されている(10,29)。
抗うつ効果との関連から、神経伝達物質やその受容体への影響や細胞内情報伝達系に与える影響が注目されたが、最近では脳内の神経栄養因子の作用を増強する可能性が指摘されている(10, 29)。以前より間脳や脳幹網様体賦活系を中心とする脳幹部に対する作用と治療効果の関連も多く示されている(10,29)。
3. ECTの作用機序
ECTの効果発現にかかわる物質として、コルチゾールや、副腎皮質刺激ホルモン、コルチコトロピン放出因子、甲状腺刺激ホルモン、プロラクチン、オキシトシン、バソプレッシン、dehycroepiandrosterone sulfate、そして最近ではtumor necrosis factor αが報告されている21)。しかしながら、これらがどのように作用して治療に有効なのかはいまだ明らかになっていない。
最近、ECTの神経保護作用が注目されている。神経細胞の可塑性、再生、維持に重要とされる神経栄養因子であるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)への関心が高い22)。Maranoらは、ECTによるBDNFの増加を確認し、BDNF増加とHAM-D総得点減少が相関すると報告した21)。BDNFはセロトニンの発現を増加させる可能性があるので23)、セロトニンを介する機序が示唆される。またPereraらは、霊長類を用いた研究で、ECTにより海馬での神経新生が促進されたことを確認した24)。
 gamma-aminobutyric acid(GABA)はうつ状態で減少していると報告されている神経伝達物質であるが、magnetic resonance spectoscopy(MRS)を用いた研究で、ECTにてGABAが増加することが示されている。ECTの施行を繰り返すとけいれん時間の減少やけいれん閾値の上昇がみられ、脳内におけるGABAの増加が関係していると考えられている25)。
 以上のようにECTの作用機序を研究することは、うつ病の病態の解明につながる可能性もあり重要である。


【4】ECTの副作用
【4】ECTの副作用
 
アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association; APA)によると、ECT導入に際しての絶対的禁忌はないが、患者の精神症状が深刻でECTが最も安全な治療であると判断される場合に適応となる相対的禁忌を定義している(表2)(APA, 2001)。
【4】ECT治療の実際
ECTによる死亡は5~8万治療回数に1回であると推測される(Shiwach, 2001, APA, 2001, Levin, 1997)。また、ECTの副作用で問題となるものに認知機能障害がある。エピソード記憶と意味記憶では、意味記憶が、時間的に遠隔記憶より近時記憶が障害されやすい(Lisanby, 2000)。施行間隔の延長する継続、維持ECTでは、1年間の施行で認知障害を起こさなかったとしている(Rami, 2004)。また、記憶障害はECT中の低酸素と関係があり、ECT刺激前の十分な酸素化を行うことで予防できる(Devanand, 1994)。
 
ECTのメカニズムについては、明確になっていない。1990年代よりPET、SPECT、MRIなどの脳機能画像検査を使ったECT研究が見られるようになった。CTとMRIによるECTの反復施行による前向き研究では、構造変化は示されなかった(Devanand, 1994)。
 
 
【5】ECTと薬物療法 維持療法を踏まえて
 
 
【6】ECTの麻酔薬
 
 
【7】TMS、磁気けいれん療法
 
 
 
 




【2】 双極性障害に対するECTの適応
双極性障害には、うつ病エピソードと躁病または軽躁病エピソードがある。ECTはうつ病と躁病の両者に効果を示すことからbimodalな治療と考えられており、それぞれのエピソードに応じて適応を選びECTを行うことで、入院期間の短縮をはかり、薬物療法による副作用を避けることができる。
(1)うつ病エピソードに対する効果と適応
メタアナリシスによりうつ病においてはプラセボ、三環系抗うつ剤、MAO阻害薬のいずれと比較しても、ECTが最も有効であることが示されている(11)。うつ病の約70~80%に効果がある。
双極性うつ病においても単極性うつ病同様にECTは有効な治療法であると考えられている (8,12)。単極性うつ病と双極性うつ病に対する効果を比較すると、ECTは同等に効果があるとする報告(13,14,15)、単極性うつ病により効果があるとする報告(16)、精神病像を伴うものでは双極性うつ病がより早く改善するという報告(17)等があり一致をみていないものの、Daly JJらはこれらの研究の問題点を指摘した上で、228人の患者(単極性162人双極性66人)をダブルブラインドで比較して最終的な反応率・寛解率は同等であり、双極性うつ病患者は反応が早くより少ない治療回数で済むという報告をしている (18)。
精神病像を伴ううつ病ではECTの反応性が良いことが示されている(19,20, 21,22)。現在のうつ病エピソードの期間が長いほど(23,24,25,26)、十分な薬物療法に抵抗性であるほどECTの反応性が悪いことが示されている(26)。人格障害を伴う大うつ病は治療反応性に乏しく、再燃率が高いことが報告されている(27)。
またECTは薬物療法と比べて即効性があり、希死念慮の強い場合は第一選択となることが多い。抗うつ剤の副作用が生じ薬物療法の継続が困難な場合は、ECTの適応となる。
【治療アルゴリズムでの位置づけ】
1998年発表されたリチウム維持療法中の双極性うつ病の日本版治療アルゴリズムでは、リチウム増量、カルバマゼピン追加、抗うつ剤追加等が無効あるいは副作用が強い場合にECTが考慮される(28,29)。しかし全国19施設のアンケートによる実態調査ではECTは3回目の治療で3%に選択されるにすぎなかった (30,31)。
(2)躁病エピソードあるいは軽躁病エピソードに対する効果と適応
比較対照研究はほとんどないものの、ECTの抗躁効果はほぼ確立しており、Mckherjeeらは過去50年間にECTを施行された約600例の急性躁病患者の転機を調査し、約80%が著明改善または完全寛解したことを示している(32)。抗躁効果を示すためには両側性で6~10回の治療回数が必要で、薬物に抵抗を示す例に対する即効性が特徴とする報告がある(32,33)。また躁うつ混合状態に対する有効性も報告されている(34)。英米両国では躁病患者の2~3%にECTが施行されている。問題点としては、患者本人からの同意を得にくいこと(35)、覚醒状態で手術室に搬送することが困難であることが挙げられる。発達障害、頭部外傷、HIV感染等の器質疾患の鑑別に注意する。
【治療アルゴリズムでの位置づけ】
1998年発表された急性躁病の日本版治療アルゴリズムでは、リチウム、カルバマゼピン、抗精神病薬が無効あるいは副作用が強い場合は考慮される(28,29)。しかし全国19施設のアンケートによる実態調査ではECTは躁病エピソードの2回目治療で0.6%、3回目治療で5%が選択しているにすぎなかった(30,31)。
(3)一時選択治療としてのECTの適応
ECTは薬物治療抵抗例や、副作用のために十分な薬物療法ができない例に用いることが多いが、最初からECTを用いた方が良い場合も少なくない。以下に一次選択治療としてECTが適応になりうる例を挙げる(36を改変)。
  
【3】 ECTの禁忌および副作用
(2)ECTの死亡例
ECTの死亡率は低く、治療回数50,000回に1回程度と推測されている(38)。これは全身麻酔の危険率にほぼ相当し、抗うつ剤服用中の死亡率より少ない。主な死因はけいれん直後や回復期の心血管系合併症と考えられている(39,40)。わが国では1998年にも、非修正型ECT後の嘔吐に基づく窒息による死亡例の報告があり、ECT前管理の重要性が指摘されている(41)。
ECTの死亡率は低く、治療回数50,000回に1回程度と推測されている(38)。これは全身麻酔の危険率にほぼ相当し、抗うつ剤服用中の死亡率より少ない。主な死因はけいれん直後や回復期の心血管系合併症と考えられている(39,40)。わが国では1998年にも、非修正型ECT後の嘔吐に基づく窒息による死亡例の報告があり、ECT前管理の重要性が指摘されている(41)。


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認知の副作用を増強するリスクとして、サイン波(>パルス波)、刺激強度が強い(>弱い)、両側性通電(>片側性)、治療回数が多い(>少ない)、治療間隔が短い(>長い)、患者年齢が高齢(>非高齢)、既存の認知障害、が挙げられる(37)。
認知の副作用を増強するリスクとして、サイン波(>パルス波)、刺激強度が強い(>弱い)、両側性通電(>片側性)、治療回数が多い(>少ない)、治療間隔が短い(>長い)、患者年齢が高齢(>非高齢)、既存の認知障害、が挙げられる(37)。
重篤な認知障害が出現した時は、電極配置を両側性から片側性への変更、治療間隔をあける、刺激強度を下げる、認知障害に関与している併用薬を見直す等の対策をしてみる(36)。うつ病そのものによる認知障害はECTによるうつ症状の改善とともに回復するため、鑑別しなければならない。
重篤な認知障害が出現した時は、電極配置を両側性から片側性への変更、治療間隔をあける、刺激強度を下げる、認知障害に関与している併用薬を見直す等の対策をしてみる(36)。うつ病そのものによる認知障害はECTによるうつ症状の改善とともに回復するため、鑑別しなければならない。
【心血管性合併症】
【心血管性合併症】
ECT通電直後の数秒間は脳幹部刺激により副交感神経が優位になり徐脈・洞停止・血圧低下などが一過性に起こるが、発作が生じると交感神経が優位となり頻脈・高血圧が起こり、間代期が終了するまで持続する(10)。副交感神経反応抑制には抗コリン薬の術前投与が有効である。高血圧に対しては朝の降圧剤を服用し、必要に応じてジルチアゼム・ニカルジピン等をECT直前か直後に静注する。虚血性心疾患のある患者では注意が必要である(37,40)。
ECT通電直後の数秒間は脳幹部刺激により副交感神経が優位になり徐脈・洞停止・血圧低下などが一過性に起こるが、発作が生じると交感神経が優位となり頻脈・高血圧が起こり、間代期が終了するまで持続する(10)。副交感神経反応抑制には抗コリン薬の術前投与が有効である。高血圧に対しては朝の降圧剤を服用し、必要に応じてジルチアゼム・ニカルジピン等をECT直前か直後に静注する。虚血性心疾患のある患者では注意が必要である(37,40)。
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脳損傷:ECTにより非可逆的な脳損傷を起こすという、神経生理学的な証拠はない(43)。
脳損傷:ECTにより非可逆的な脳損傷を起こすという、神経生理学的な証拠はない(43)。


【4】 ECTの作用機序


【5】 ECTの同意
 
【5】ECT治療の実際
ECTの同意
説明すべき重要な点には、①ECTの適応、②現在の状態に対するECTの有効性、③ECTの手順、④一般的な副作用、⑤稀な副作用、⑥生命への危険性、⑦代替治療の可能性、⑧同意撤回の自由、がある(10,36,37,47)。基本的には手術同意と同様に文書を用いて、本人と保護者に説明し、両者から署名による同意を得る。医療保護入院や措置入院のように本人に同意能力がない場合は、保護者に説明して同意を得ることになるが、病状の回復とともに同意能力が回復した場合には、本人にも十分な説明をすることが望ましい。以下に国立精神神経センター武蔵病院で用いられている同意書を挙げておく。
説明すべき重要な点には、①ECTの適応、②現在の状態に対するECTの有効性、③ECTの手順、④一般的な副作用、⑤稀な副作用、⑥生命への危険性、⑦代替治療の可能性、⑧同意撤回の自由、がある(10,36,37,47)。基本的には手術同意と同様に文書を用いて、本人と保護者に説明し、両者から署名による同意を得る。医療保護入院や措置入院のように本人に同意能力がない場合は、保護者に説明して同意を得ることになるが、病状の回復とともに同意能力が回復した場合には、本人にも十分な説明をすることが望ましい。以下に国立精神神経センター武蔵病院で用いられている同意書を挙げておく。


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□ 終了2時間後に飲水、問題なければ食事をとらせる
□ 終了2時間後に飲水、問題なければ食事をとらせる


【5】ECTと薬物療法 維持療法を踏まえて
【6】ECTの麻酔薬
【6】ECTの課題
【7】TMS、磁気けいれん療法
(36を改変)。
  
【3】 ECTの禁忌および副作用
【4】 ECTの作用機序
【5】
【7】 ECT後の維持療法
【7】 ECT後の維持療法
双極性障害は反復傾向が強く、ECTで病状の改善が得られた後も、積極的に病相反復の予防に努めなければならない。ECTで改善したうつ病の1年以内の最燃率は30~60%と報告されている(48)。再燃を予測するリスク因子として、ECT後のデキサメサゾン抑制試験の非抑制やECT前の薬物治療抵抗性を挙げる報告がある(48)。
双極性障害は反復傾向が強く、ECTで病状の改善が得られた後も、積極的に病相反復の予防に努めなければならない。ECTで改善したうつ病の1年以内の最燃率は30~60%と報告されている(48)。再燃を予測するリスク因子として、ECT後のデキサメサゾン抑制試験の非抑制やECT前の薬物治療抵抗性を挙げる報告がある(48)。
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3. ECTの作用機序
ECTの効果発現にかかわる物質として、コルチゾールや、副腎皮質刺激ホルモン、コルチコトロピン放出因子、甲状腺刺激ホルモン、プロラクチン、オキシトシン、バソプレッシン、dehycroepiandrosterone sulfate、そして最近ではtumor necrosis factor αが報告されている21)。しかしながら、これらがどのように作用して治療に有効なのかはいまだ明らかになっていない。
最近、ECTの神経保護作用が注目されている。神経細胞の可塑性、再生、維持に重要とされる神経栄養因子であるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)への関心が高い22)。Maranoらは、ECTによるBDNFの増加を確認し、BDNF増加とHAM-D総得点減少が相関すると報告した21)。BDNFはセロトニンの発現を増加させる可能性があるので23)、セロトニンを介する機序が示唆される。またPereraらは、霊長類を用いた研究で、ECTにより海馬での神経新生が促進されたことを確認した24)。
 gamma-aminobutyric acid(GABA)はうつ状態で減少していると報告されている神経伝達物質であるが、magnetic resonance spectoscopy(MRS)を用いた研究で、ECTにてGABAが増加することが示されている。ECTの施行を繰り返すとけいれん時間の減少やけいれん閾値の上昇がみられ、脳内におけるGABAの増加が関係していると考えられている25)。
 以上のようにECTの作用機序を研究することは、うつ病の病態の解明につながる可能性もあり重要である。




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