「社交不安症」の版間の差分

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英: social anxiety disorder  独:soziale Phobien, soziale Angststörungen 仏:phobie soziale, anxiété sociale
英: social anxiety disorder  独:soziale Phobien, soziale Angststörungen 仏:phobie soziale, anxiété sociale


同義語:[[社交不安障害]]、社会恐怖(social phobia)
同義語:[[社交不安障害]]、[[社会恐怖]](social phobia)


{{box|text= 社交不安症は、自分が他人から低く評価されるのではないかという[[恐怖]]を示す病態である。他の重篤な[[精神障害]]を併発しやすく、そうなると社会的障害度が高くなる。近年、有効性の高い薬物療法と精神療法が出現したが、治療を受ける人は少ない。本邦で従来から[[対人恐怖]]([[Anthrophobia]])と呼ばれていた病態の一部はこの概念に含まれる。扁桃体の過活動および、扁桃体と前頭眼窩皮質または後帯状回皮質/前楔部との連絡性の低下などが病態に関連している可能性が指摘されている。治療としては選択的セロトニン再取り込み阻害薬や暴露療法などの行動療法が用いられている。}}
{{box|text= 社交不安症は、自分が他人から低く評価されるのではないかという[[恐怖]]を示す病態である。他の重篤な[[精神障害]]を併発しやすく、そうなると社会的障害度が高くなる。近年、有効性の高い薬物療法と精神療法が出現したが、治療を受ける人は少ない。本邦で従来から[[対人恐怖]]([[Anthrophobia]])と呼ばれていた病態の一部はこの概念に含まれる。[[扁桃体]]の過活動および、扁桃体と[[前頭眼窩皮質]]または[[後帯状回皮質]]/[[前楔部]]との連絡性の低下などが病態に関連している可能性が指摘されている。治療としては[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]や[[暴露療法]]などの[[行動療法]]が用いられている。}}


==社交不安症とは==
==社交不安症とは==
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'''H.'''その恐怖、不安、もしくは回避は、物質使用(例:[[薬物乱用]]、服薬)または他の医学的状況の生理学的効果によるものではない。
'''H.'''その恐怖、不安、もしくは回避は、物質使用(例:[[薬物乱用]]、服薬)または他の医学的状況の生理学的効果によるものではない。
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'''I.'''その恐怖、不安、もしくは回避は、他の精神障害、例えば、パニック症、[[自閉症]]スペクトラム、醜形恐怖症、の症状により説明することはできない。
'''I.'''その恐怖、不安、もしくは回避は、他の精神障害、例えば、[[パニック症]]、[[自閉症スペクトラム]]、[[醜形恐怖症]]、の症状により説明することはできない。
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'''J.'''他の医学的状況(例:[[パーキンソン病]]、[[wikipedia:肥満|肥満]]、[[wikipedia:火傷|火傷]]や[[wikipedia:外傷|外傷]]により容姿が損なわれている状態)が存在している場合、この恐怖、不安、もしくは回避は、明らかにそれらとは関連がないか過剰である。
'''J.'''他の医学的状況(例:[[パーキンソン病]]、[[wikipedia:肥満|肥満]]、[[wikipedia:火傷|火傷]]や[[wikipedia:外傷|外傷]]により容姿が損なわれている状態)が存在している場合、この恐怖、不安、もしくは回避は、明らかにそれらとは関連がないか過剰である。
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=== 鑑別診断 ===
=== 鑑別診断 ===
 [[パニック症]]でも人前でパニック発作に対する予期不安と当惑で社交を回避することがある。しかし、パニック症の恐怖の本質は身体的生命の喪失であり、社交不安症のそれは社会的生命の喪失である。[[広場恐怖]]は人前で気分が悪くなったときすぐ逃げだせないかまたは助けを求めることが出来ない不安・恐怖のために社交状況を恐れ回避する。[[自閉症スペクトラム]]ではコミュニケーションや対人的相互反応の質的障害により人間関係が円滑に進まない点で社交不安症とは異なる。[[醜形恐怖症]]は自分の容貌の想像上の欠陥にこだわり対人関係が障害された状況である。従来日本で言われていた対人恐怖は社交不安症の病態以外に、[[自己臭恐怖]]、[[自己視線恐怖]]や[[身体醜形恐怖]]などの自分の身体的状況が他人に不快感・緊張感を引き起こすと確信し、他人を回避する状況も含まれる。しかし、DSM-5ではこれらの状態は[[妄想性障害]]または醜形恐怖症と診断される。[[統合失調症]]も社会恐怖を持ち、人付き合いを好まないことがあるが、社交不安症には統合失調症のような精神病症状([[幻覚]]・[[妄想]])はない。うつ病でも社交を恐れ嫌う場合があるが、[[うつ病]]が[[寛解]]すれば消失する。
 [[パニック症]]でも人前でパニック発作に対する予期不安と当惑で社交を回避することがある。しかし、パニック症の恐怖の本質は身体的生命の喪失であり、社交不安症のそれは社会的生命の喪失である。[[広場恐怖]]は人前で気分が悪くなったときすぐ逃げだせないかまたは助けを求めることが出来ない不安・恐怖のために社交状況を恐れ回避する。
 
 自閉症スペクトラムではコミュニケーションや対人的相互反応の質的障害により人間関係が円滑に進まない点で社交不安症とは異なる。
 
 醜形恐怖症は自分の容貌の想像上の欠陥にこだわり対人関係が障害された状況である。従来日本で言われていた対人恐怖は社交不安症の病態以外に、[[自己臭恐怖]]、[[自己視線恐怖]]や[[身体醜形恐怖]]などの自分の身体的状況が他人に不快感・緊張感を引き起こすと確信し、他人を回避する状況も含まれる。しかし、DSM-5ではこれらの状態は[[妄想性障害]]または醜形恐怖症と診断される。
 
 [[統合失調症]]も社会恐怖を持ち、人付き合いを好まないことがあるが、社交不安症には統合失調症のような精神病症状([[幻覚]]・[[妄想]])はない。うつ病でも社交を恐れ嫌う場合があるが、[[うつ病]]が[[寛解]]すれば消失する。


== 病因・病態生理 ==
== 病因・病態生理 ==
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===遺伝子研究===
===遺伝子研究===
 16番遺伝子[[ノルアドレナリン・トランスポータ]]の近位部との[[wikipedia:連鎖|連鎖]]が社交不安症で示唆された<ref><pubmed>14702251</pubmed></ref>。その他の遺伝子研究はすべて社交不安症そのものとではなく、社交不安症と関連する表現型との関連を示している(表2)。
 16番遺伝子[[ノルアドレナリン・トランスポーター]]の近位部との[[wikipedia:連鎖|連鎖]]が社交不安症で示唆された<ref><pubmed>14702251</pubmed></ref>。その他の遺伝子研究はすべて社交不安症そのものとではなく、社交不安症と関連する表現型との関連を示している(表2)。


{| class="wikitable"  
{| class="wikitable"  
|+表2. 社交不安症の表現型の連鎖研究(文献は編集部で著者名と年号を手がかりに入れましたのでご確認下さい)
|+表2. 社交不安症の表現型の連鎖研究
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|'''表現型'''||'''遺伝子'''||'''参考文献'''
|'''表現型'''||'''遺伝子'''||'''参考文献'''
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|外向性の低さ||[[β1アドレナリン受容体|β<sub>1</sub>アドレナリン受容体]]([[ADRB1]])や[[カテコール-O-メチル基転移酵素|カテコール-''O''-メチル基転移酵素]](COMT)の塩基多型||<ref><pubmed>15312808</pubmed></ref>
|外向性の低さ||[[β1アドレナリン受容体|β<sub>1</sub>アドレナリン受容体]]([[ADRB1]])や[[カテコール-O-メチル基転移酵素|カテコール-''O''-メチル基転移酵素]]([[COMT]])の塩基多型||<ref><pubmed>15312808</pubmed></ref>
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|[[扁桃体]]の高活性||[[セロトニン・トランスポーター]]S対立遺伝子||<ref><pubmed>15158011</pubmed></ref> <ref><pubmed>19052197</pubmed></ref> <ref><pubmed>19125211</pubmed></ref> <ref><pubmed>19121357</pubmed></ref>
|[[扁桃体]]の高活性||[[セロトニン・トランスポーター]]S対立遺伝子||<ref><pubmed>15158011</pubmed></ref> <ref><pubmed>19052197</pubmed></ref> <ref><pubmed>19125211</pubmed></ref> <ref><pubmed>19121357</pubmed></ref>
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|小児の[[行動抑制]]や内向性格および[[扁桃体]]/[[島]]の過活性||[[Gタンパク質シグナル伝達調節因子2]] ([[RGS2]])||<ref><pubmed>18316676</pubmed></ref>
|小児の[[行動抑制]]や内向性格および[[扁桃体]]/[[島]]の過活性||[[Gタンパク質シグナル伝達調節因子2]] ([[RGS2]])||<ref><pubmed>18316676</pubmed></ref>
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|行動抑制||[[コルチコトロピン放出ホルモン]]||(Steinら、2005)。<ref><pubmed> 16870185 </pubmed></ref>?
|行動抑制||[[コルチコトロピン放出ホルモン]]||<ref><pubmed> 16870185 </pubmed></ref>
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|神経質||[[グルタミン酸脱炭酸酵素1]](GAD1)||(Hettemaら、2008)。<ref><pubmed> 16718280 </pubmed></ref>?
|神経質||[[グルタミン酸脱炭酸酵素1]]([[GAD1]])||<ref><pubmed> 16718280 </pubmed></ref>
|}
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===画像研究===
===画像研究===
 [[プロトンMRS]]で[[前帯状回]]の[[グルタミン酸]]増加が見られる。[[PET]]による脳血流研究で、スピーチによる扁桃体の血流増加が過剰という所見が見られるが、これは薬物療法で改善する。PETによる受容体研究で、[[線条体]][[ドパミン受容体]]および[[トランスポーター]]結合の減少および、扁桃体、前帯状回、[[島皮質]]における[[セロトニン1A受容体]]結合の減少が報告されている。[[fMRI]]研究では、不快表情提示により扁桃体または前帯状回の過活性、線条体の活動性低下、公衆の前でのスピーチ時の[[前頭眼窩皮質]]の活性低下、不快表情刺激による扁桃体活性と前頭眼窩皮質および[[後帯状回皮質]]/[[前楔部]]との結合性低下などが報告されている<ref name=ref5><pubmed>21356318</pubmed></ref>。
 [[プロトンMRS]]で[[前帯状回]]の[[グルタミン酸]]増加が見られる。[[PET]]による脳血流研究で、スピーチによる扁桃体の血流増加が過剰という所見が見られるが、これは薬物療法で改善する。PETによる受容体研究で、[[線条体]][[ドーパミン受容体]]および[[トランスポーター]]結合の減少および、扁桃体、前帯状回、[[島皮質]]における[[セロトニン1A受容体]]結合の減少が報告されている。[[fMRI]]研究では、不快表情提示により扁桃体または前帯状回の過活性、[[線条体]]の活動性低下、公衆の前でのスピーチ時の[[前頭眼窩皮質]]の活性低下、不快表情刺激による扁桃体活性と前頭眼窩皮質および後帯状回皮質/前楔部との結合性低下などが報告されている<ref name=ref5><pubmed>21356318</pubmed></ref>。


 社交不安症において病態生理の中心的役割を果たし過活性を示す扁桃体と、人間関係、道徳、社会活動および[[情動]]の評価と扁桃体制御に関係する前頭眼窩皮質および身体感覚も含めた自己参照機能に関係する後帯状回皮質/前楔部との連絡性が弱まっている所見は社交不安症の発症機構仮説を提唱している。最近の[[拡散テンソル画像]]研究や[[安静時fMRI]]研究により扁桃体以外にも[[大脳皮質]]全体の広範な神経ネットワークが社交不安症の発症と関係していることが明らかにされつつある<ref name=ref6><pubmed>23239106</pubmed></ref>。
 社交不安症において病態生理の中心的役割を果たし過活性を示す扁桃体と、人間関係、道徳、社会活動および[[情動]]の評価と扁桃体制御に関係する前頭眼窩皮質および身体感覚も含めた自己参照機能に関係する後帯状回皮質/前楔部との連絡性が弱まっている所見は社交不安症の発症機構仮説を提唱している。最近の[[拡散テンソル画像]]研究や[[安静時fMRI]]研究により扁桃体以外にも[[大脳皮質]]全体の広範な神経ネットワークが社交不安症の発症と関係していることが明らかにされつつある<ref name=ref6><pubmed>23239106</pubmed></ref>。

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