16,040
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
11行目: | 11行目: | ||
同義語:プロテインI 、III | 同義語:プロテインI 、III | ||
{{box|text= シナプシンは、神経系に広く分布する非膜貫通型の[[シナプス小胞]]結合タンパク質で、[[神経終末]]に局在している。系統発生学的に1つの共通遺伝子から派生した遺伝子ファミリーを構成し、[[哺乳類]]では3つの遺伝子から成るシナプシンI、II、IIIが存在する。中でも、シナプシンIとIIは、複数の[[プロテインキナーゼ]]、[[ホスファターゼ]]によって刺激依存的に[[リン酸化]]・[[脱リン酸化]]を受け、その結果、シナプス小胞や[[細胞骨格]]タンパク質への結合状態が変化することから、リン酸化によってシナプス小胞の局在を制御するタンパク質として、注目を集めてきた。近年、[[ノックアウトマウス]] | {{box|text= シナプシンは、神経系に広く分布する非膜貫通型の[[シナプス小胞]]結合タンパク質で、[[神経終末]]に局在している。系統発生学的に1つの共通遺伝子から派生した遺伝子ファミリーを構成し、[[哺乳類]]では3つの遺伝子から成るシナプシンI、II、IIIが存在する。中でも、シナプシンIとIIは、複数の[[プロテインキナーゼ]]、[[ホスファターゼ]]によって刺激依存的に[[リン酸化]]・[[脱リン酸化]]を受け、その結果、シナプス小胞や[[細胞骨格]]タンパク質への結合状態が変化することから、リン酸化によってシナプス小胞の局在を制御するタンパク質として、注目を集めてきた。近年、[[ノックアウトマウス]]の解析等から、シナプシンI、IIは、[[シナプス前部]]においてシナプス小胞の予備のプールを維持・安定化するために不可欠の分子であり、連続刺激の際にシナプス小胞を動員し、シナプス抑圧を制限する上で、重要な役割を果たすことがわかってきた。}} | ||
== シナプシンとは == | == シナプシンとは == | ||
シナプシンは、1970年代に[[wikipedia:ja:ポール・グリーンガード|Paul Greengard]]教授らのグループが、[[ラット]]脳のシナプス膜画分で[[cAMP依存性プロテインキナーゼ]] | シナプシンは、1970年代に[[wikipedia:ja:ポール・グリーンガード|Paul Greengard]]教授らのグループが、[[ラット]]脳のシナプス膜画分で[[cAMP依存性プロテインキナーゼ]]([[プロテインキナーゼA]]、[[PKA]])によってリン酸化される主要なタンパク質のひとつとして発見した<ref name=ref1>'''D Gitler, G J Augustine'''<br>Synapsins and regulation of the reserve pool.<br>Encyclopedia of Neuroscience, Academic Press: 2009, 709-717</ref> <ref name=ref2><pubmed> 20438797 </pubmed ></ref>。これらのリン酸化タンパク質は、プロテインI、プロテインIIと命名され、さらに、プロテインIIIが見いだされた。このうち、プロテインIとIIIは脳に特異的に発現し、シナプス膜画分、特にシナプス小胞画分に多く存在することから、シナプシンI、IIと改名された。一方、プロテインIIは脳以外にも広く分布し、PKAの調節サブユニットであることが判明した。 | ||
生化学的なタンパク質精製の結果、シナプシンIは86kDaと80kDaの2つのアイソフォーム(IaとIb)から、シナプシンIIは74kDaと55kDaの2つのアイソフォーム(IIaとIIb)からなることがわかった。また、[[シナプトソーム]]を用いて、脱分極刺激など細胞内へのCa<sup>2+</sup> | 生化学的なタンパク質精製の結果、シナプシンIは86kDaと80kDaの2つのアイソフォーム(IaとIb)から、シナプシンIIは74kDaと55kDaの2つのアイソフォーム(IIaとIIb)からなることがわかった。また、[[シナプトソーム]]を用いて、脱分極刺激など細胞内へのCa<sup>2+</sup>流入を起こすような刺激や、[[ドーパミン]]、[[セロトニン]]、[[ノルアドレナリン]]など細胞内の[[cAMP]]を上昇させるような刺激を与えると、シナプシンI、IIのリン酸化が増大することがわかった。これらリン酸化が、シナプシンのシナプス小胞や細胞骨格タンパク質への結合を劇的に低下させることから、「シナプシンとそのリン酸化によるシナプス小胞の局在の調節」というモデルが提唱された<ref name=ref3><pubmed> 8430330 </pubmed ></ref> <ref name=ref4><pubmed> 10212475 </pubmed ></ref>。 | ||
神経終末におけるシナプス小胞は、[[形質膜]]から離れたところに存在する予備のプールと、刺激が到達した際に直ちに放出可能な形質膜直下のプールを含むリサイクルプールとに大別され、予備のプールが80-90%と大部分を占める。上述の古典的モデルでは、特に、[[Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII|Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII]]([[CaMKII]])によるシナプシンIのリン酸化が、予備のプールから放出可能なプールへのシナプス小胞の移行を促進しているのではないか、と提唱された。 | 神経終末におけるシナプス小胞は、[[形質膜]]から離れたところに存在する予備のプールと、刺激が到達した際に直ちに放出可能な形質膜直下のプールを含むリサイクルプールとに大別され、予備のプールが80-90%と大部分を占める。上述の古典的モデルでは、特に、[[Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII|Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII]]([[CaMKII]])によるシナプシンIのリン酸化が、予備のプールから放出可能なプールへのシナプス小胞の移行を促進しているのではないか、と提唱された。 | ||
33行目: | 33行目: | ||
各アイソフォームはドメイン構造を示し、アミノ末端側には共通のドメインA、B、Cが存在する。このうち、ドメインAとCはよく保存されており、ドメインBは変動が多い。カルボキシル末端側は、アイソフォーム毎に異なるドメインD〜Jの組み合わせとなっており、このうち、ドメインEをカルボキシル末端に持つものは、aアイソフォームと呼ばれる(シナプシンIa、IIa、IIIa)。 | 各アイソフォームはドメイン構造を示し、アミノ末端側には共通のドメインA、B、Cが存在する。このうち、ドメインAとCはよく保存されており、ドメインBは変動が多い。カルボキシル末端側は、アイソフォーム毎に異なるドメインD〜Jの組み合わせとなっており、このうち、ドメインEをカルボキシル末端に持つものは、aアイソフォームと呼ばれる(シナプシンIa、IIa、IIIa)。 | ||
*ドメインAは、すべてのシナプシンに共通するよく保存されたアミノ末端の短い領域で、シナプス小胞膜の[[リン脂質]]と直接結合する。また、PKAとCaMKIによってリン酸化される部位(site 1;ラットシナプシンIではSer-9)を含む(図2)。このリン酸化部位は、各アイソフォームに共通して存在し、シナプス小胞への結合を可逆的に調節している。 | |||
*ドメインBは、比較的小さなアミノ酸が多く、アイソフォーム間で変動があり、ドメインAとCを繋ぐリンカー部分と考えられている。シナプシンIでは、ここに[[ERK]]-[[MAPキナーゼ]](ERK1/2- MAPK)によってリン酸化される2カ所の部位(site 4,Ser-62;site 5,Ser-67)が存在する(図2)。 | |||
*ドメインCは、大変よく保存された長い領域で、[[アクチン]]、[[スペクトリン]]、[[チュブリン]]、[[ニューロフィラメント]]といった細胞骨格タンパク質やシナプス小胞のリン脂質と結合する部分、さらに、シナプシン同士がホモ二量体、あるいはヘテロ二量体を形成するための結合領域を含んでいる。このドメインはATPとも結合し、その結晶構造の解析から、ATPを利用する何らかの酵素機能を持つ可能性が推定されているが、精製したシナプシンI、IIは、いずれもATPを分解しない。 | |||
*ドメインDは、シナプシンIに特徴的で、CaMKIIによってリン酸化される2カ所の部位(site 2,Ser-566;site 3,Ser-603)を含む(図2)。さらに、ERK1/2- MAPKと[[サイクリン依存性キナーゼ]]([[cdk1]]/[[cdk5|5]])によってリン酸化される部位(site 6;Ser-549)とそれに隣接したcdk1/5によってリン酸化される部位(site7;Ser-551)が存在する。このドメインは、[[SH3領域]]を含むタンパク質と結合する領域やCaMKII、[[rab3]]と結合する領域も含んでいる。 | |||
*ドメインEは、カルボキシル末端に存在し、シナプシンIa、IIa、IIIaに共通かつ、よく保存されており、シナプシンが[[シナプス前終末]]にターゲッティングされるための、重要な要素のひとつと考えられている。また、シナプス小胞の動態に影響を及ぼす領域とも考えられている。 | |||
*ドメインFとIは、bアイソフォームのカルボキシル末端を占めるが、その機能はよくわかっていない。 | |||
== リン酸化とその影響 == | == リン酸化とその影響 == | ||
61行目: | 61行目: | ||
== 組織・細胞内局在 == | == 組織・細胞内局在 == | ||
シナプシンは、[[中枢神経系]]・[[末梢神経系]]に広く分布するが、非神経組織にはほとんど発現していない。シナプシンI、IIは、神経終末に局在し、シナプス小胞に結合しているが、形質膜直下のシナプス小胞よりも、むしろ膜から離れたところにある予備のプールのシナプス小胞に局在している。またその一部は、シナプス小胞から遊離した状態でも存在している。さらにシナプス小胞の中では、[[グルタミン酸]]、[[GABA]]、ドーパミン・セロトニン・ノルアドレナリン、[[アセチルコリン]]といった古典的な神経伝達物質を含む小さなシナプス小胞(small synaptic | シナプシンは、[[中枢神経系]]・[[末梢神経系]]に広く分布するが、非神経組織にはほとんど発現していない。シナプシンI、IIは、神経終末に局在し、シナプス小胞に結合しているが、形質膜直下のシナプス小胞よりも、むしろ膜から離れたところにある予備のプールのシナプス小胞に局在している。またその一部は、シナプス小胞から遊離した状態でも存在している。さらにシナプス小胞の中では、[[グルタミン酸]]、[[GABA]]、ドーパミン・セロトニン・ノルアドレナリン、[[アセチルコリン]]といった古典的な神経伝達物質を含む小さなシナプス小胞(small synaptic vesicle)の細胞質側の表面に付着しているが、神経ペプチドを含む有芯顆粒(large dense-core synaptic vesicle)には存在しない。また、シナプシンは、[[感覚器官]]の[[リボンシナプス]]を除いて、ほとんどのシナプスに存在し、アイソフォーム毎に異なる分布を示す。シナプシンIIは興奮性グルタミン酸作動性シナプスに、シナプシンIは抑制性GABA作動性シナプスに比較的多い<ref name=ref4 /> <ref name=ref1 /> <ref name=ref5 /> <ref name=ref2 />。 | ||
一方、シナプシンIIIは[[細胞体]]に主に発現し、[[成長円錐]]にも発現するが、神経終末には局在しない。シナプシンIIIの一部のアイソフォームは非神経組織にも発現している。 | 一方、シナプシンIIIは[[細胞体]]に主に発現し、[[成長円錐]]にも発現するが、神経終末には局在しない。シナプシンIIIの一部のアイソフォームは非神経組織にも発現している。 | ||
83行目: | 83行目: | ||
従来、脱分極刺激により、シナプシンの大部分がシナプス小胞から離れることが、[[カエル]]の神経筋シナプスやラットのシナプトソーム等で観察されていた<ref name=ref3 /> <ref name=ref4 />。さらに、蛍光ラベルしたシナプシンIaを海馬培養神経細胞に発現させた実験系でも、連続刺激によってシナプシンIがシナプス部から拡散するのが観察されている<ref name=ref8><pubmed> 11685225 </pubmed ></ref>。このシナプシンIの拡散のスピードは、CaMKII(site 2/3)あるいはPKA(site 1)によるリン酸化部位を非リン酸化型に変異させると遅くなり、またこのとき、シナプス小胞の[[開口放出]]のスピードも遅くなった。逆に、シナプシンI/II DKOの海馬培養神経細胞では、連続刺激によるシナプス小胞の開口放出が速くなっており、これらに非リン酸化型のシナプシンIaを発現させると、放出のスピードが遅くなった。これらの結果から、シナプシンは連続刺激の際のシナプス小胞の動態を抑制する調節因子として働き、その機能はリン酸化によってさらに調節されているものと考えられる。 | 従来、脱分極刺激により、シナプシンの大部分がシナプス小胞から離れることが、[[カエル]]の神経筋シナプスやラットのシナプトソーム等で観察されていた<ref name=ref3 /> <ref name=ref4 />。さらに、蛍光ラベルしたシナプシンIaを海馬培養神経細胞に発現させた実験系でも、連続刺激によってシナプシンIがシナプス部から拡散するのが観察されている<ref name=ref8><pubmed> 11685225 </pubmed ></ref>。このシナプシンIの拡散のスピードは、CaMKII(site 2/3)あるいはPKA(site 1)によるリン酸化部位を非リン酸化型に変異させると遅くなり、またこのとき、シナプス小胞の[[開口放出]]のスピードも遅くなった。逆に、シナプシンI/II DKOの海馬培養神経細胞では、連続刺激によるシナプス小胞の開口放出が速くなっており、これらに非リン酸化型のシナプシンIaを発現させると、放出のスピードが遅くなった。これらの結果から、シナプシンは連続刺激の際のシナプス小胞の動態を抑制する調節因子として働き、その機能はリン酸化によってさらに調節されているものと考えられる。 | ||
Site 1、site 2/3以外にも、ERK1/2-MAPK・カルシニューリンによるsite 4/5、6のリン酸化・脱リン酸化がシナプス小胞の動態を調節するとされるなど、実際の生体内では、複数のプロテインキナーゼ・ホスファターゼが、複雑に絡み合って制御を行っていると考えられる。 | |||
=== アイソフォーム毎の役割の違い === | === アイソフォーム毎の役割の違い === |