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Masanoritachikawa (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
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そして今、寺崎らが2008年に開発した機能性タンパク質の標的絶対定量法(Quantitative Targeted Absolute Proteomics (QTAP)<ref name="ref2"><pubmed> 18219561 </pubmed></ref> <ref name="ref7"><pubmed> 21560129 </pubmed></ref>によって、BBBに発現するトランスポーターの定量アトラスが、マウス<ref name="ref2" /> <ref name="ref4"><pubmed> 22401960 </pubmed></ref>、サル<ref name="ref5"><pubmed> 21254069 </pubmed></ref>、ヒト<ref name="ref6"><pubmed> 21291474 </pubmed></ref>で完成し、これらの定量情報を基にBBBのヒトと動物との種差が解明された。さらに、BBBにおけるトランスポーターの発現量と''in vitro''で計測可能な単分子活性を基にしたBBB物質輸送の再構築法<ref name="ref8"><pubmed> 21828264 </pubmed></ref>の開発が進んでおり、ヒトBBBにおける薬物を含めた物質輸送の予測系の基盤技術が構築されつつある。 | そして今、寺崎らが2008年に開発した機能性タンパク質の標的絶対定量法(Quantitative Targeted Absolute Proteomics (QTAP)<ref name="ref2"><pubmed> 18219561 </pubmed></ref> <ref name="ref7"><pubmed> 21560129 </pubmed></ref>によって、BBBに発現するトランスポーターの定量アトラスが、マウス<ref name="ref2" /> <ref name="ref4"><pubmed> 22401960 </pubmed></ref>、サル<ref name="ref5"><pubmed> 21254069 </pubmed></ref>、ヒト<ref name="ref6"><pubmed> 21291474 </pubmed></ref>で完成し、これらの定量情報を基にBBBのヒトと動物との種差が解明された。さらに、BBBにおけるトランスポーターの発現量と''in vitro''で計測可能な単分子活性を基にしたBBB物質輸送の再構築法<ref name="ref8"><pubmed> 21828264 </pubmed></ref>の開発が進んでおり、ヒトBBBにおける薬物を含めた物質輸送の予測系の基盤技術が構築されつつある。 | ||
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== 構造と役割 == | == 構造と役割 == | ||
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トランスポーターは、大きく2つのファミリーに分類される。1つは、[[ATP-binding cassette transporter|ATP-binding cassette (ABC) transporter]]ファミリーで、ATPの加水分解エネルギーを直接利用して、主に細胞内から細胞外への輸送を担う。 もう1つは、[[solute carrier ファミリー|solute carrier (SLC)ファミリー]]で、エネルギーを消費しないで濃度勾配に従って下り坂輸送を行う[[促進拡散]]や、無機イオンや有機イオンの濃度勾配を利用して、濃度勾配に逆らった基質輸送を行う[[2次性能動輸送]]に関与する。受容体は[[トランスサイトーシス]]によって、リガンドを輸送する機能を有している。これらのトランスポーターや受容体が協同的に働くことによって、循環血液から脳への供給方向及び、脳から循環血液への排出方向の物質のベクトル輸送を厳密に制御している。 | トランスポーターは、大きく2つのファミリーに分類される。1つは、[[ATP-binding cassette transporter|ATP-binding cassette (ABC) transporter]]ファミリーで、ATPの加水分解エネルギーを直接利用して、主に細胞内から細胞外への輸送を担う。 もう1つは、[[solute carrier ファミリー|solute carrier (SLC)ファミリー]]で、エネルギーを消費しないで濃度勾配に従って下り坂輸送を行う[[促進拡散]]や、無機イオンや有機イオンの濃度勾配を利用して、濃度勾配に逆らった基質輸送を行う[[2次性能動輸送]]に関与する。受容体は[[トランスサイトーシス]]によって、リガンドを輸送する機能を有している。これらのトランスポーターや受容体が協同的に働くことによって、循環血液から脳への供給方向及び、脳から循環血液への排出方向の物質のベクトル輸送を厳密に制御している。 | ||
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== 内因性物質の輸送システム == | == 内因性物質の輸送システム == | ||
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BBB供給輸送系の最も重要な役割の一つは、[[Image:tachikawa_fig3a.jpg|thumb|1000px|'''図3a.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における内因性物質輸送システム(循環血液から脳への供給輸送)'''<br>]]エネルギー源となる[[wikipedia:ja:グルコース|グルコース]]や[[wikipedia:ja:乳酸|乳酸]]及びタンパク質や神経伝達物質の原料となる[[wikipedia:ja:アミノ酸|アミノ酸]]の循環血液から脳への供給である。[[グルコーストランスポーター 1]] ([[GLUT1]]/[[SLC2A1]])は、促進拡散型のトランスポーターで、脳毛細血管内皮細胞の両側の細胞膜に局在し、循環血液中から脳方向へのグルコースの供給輸送を担う。この他、[[モノカルボン酸トランスポーター]] ([[MCT1]]/[[SLC16A1]]) は、乳酸などの[[wikipedia:ja:ケトン体|ケトン体]]エネルギー源の供給に関与し、[[L型アミノ酸トランスポーター]]([[LAT1]]/[[SLC7A5]])は、[[4F2抗原重鎖]] ([[4F2hc]], [[CD98]]/[[SLC3A2]])とヘテロダイマーを形成して、主に[[wikipedia:ja:チロシン|チロシン]]や[[wikipedia:ja:フェニルアラニン|フェニルアラニン]]などの大型の中性アミノ酸を脳内に供給する役割を果たす。この他に、エネルギー貯蔵物質[[wikipedia:ja:クレアチン|クレアチン]]、浸透圧調節物質[[wikipedia:ja:タウリン|タウリン]]の輸送系などが知られている。インスリン受容体やトランスフェリン受容体は、受容体介在型トランスサイトーシス経路として、ぞれぞれインスリンやトランスフェリンを、循環血液から脳へ供給する役割を担う。近年では、これらの受容体介在型トランスサイトーシス経路を利用して、抗ヒト受容体モノクローナル抗体とタンパク質医薬品とのキメラタンパク質を脳へ効率的にデリバリーする研究が行われている<ref><pubmed> 22929442 </pubmed></ref>。 | BBB供給輸送系の最も重要な役割の一つは、[[Image:tachikawa_fig3a.jpg|thumb|1000px|'''図3a.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における内因性物質輸送システム(循環血液から脳への供給輸送)'''<br>]]エネルギー源となる[[wikipedia:ja:グルコース|グルコース]]や[[wikipedia:ja:乳酸|乳酸]]及びタンパク質や神経伝達物質の原料となる[[wikipedia:ja:アミノ酸|アミノ酸]]の循環血液から脳への供給である。[[グルコーストランスポーター 1]] ([[GLUT1]]/[[SLC2A1]])は、促進拡散型のトランスポーターで、脳毛細血管内皮細胞の両側の細胞膜に局在し、循環血液中から脳方向へのグルコースの供給輸送を担う。この他、[[モノカルボン酸トランスポーター]] ([[MCT1]]/[[SLC16A1]]) は、乳酸などの[[wikipedia:ja:ケトン体|ケトン体]]エネルギー源の供給に関与し、[[L型アミノ酸トランスポーター]]([[LAT1]]/[[SLC7A5]])は、[[4F2抗原重鎖]] ([[4F2hc]], [[CD98]]/[[SLC3A2]])とヘテロダイマーを形成して、主に[[wikipedia:ja:チロシン|チロシン]]や[[wikipedia:ja:フェニルアラニン|フェニルアラニン]]などの大型の中性アミノ酸を脳内に供給する役割を果たす。この他に、エネルギー貯蔵物質[[wikipedia:ja:クレアチン|クレアチン]]、浸透圧調節物質[[wikipedia:ja:タウリン|タウリン]]の輸送系などが知られている。インスリン受容体やトランスフェリン受容体は、受容体介在型トランスサイトーシス経路として、ぞれぞれインスリンやトランスフェリンを、循環血液から脳へ供給する役割を担う。近年では、これらの受容体介在型トランスサイトーシス経路を利用して、抗ヒト受容体モノクローナル抗体とタンパク質医薬品とのキメラタンパク質を脳へ効率的にデリバリーする研究が行われている<ref><pubmed> 22929442 </pubmed></ref>。 | ||
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===排出輸送系=== | ===排出輸送系=== | ||
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== 薬物の輸送システム == | == 薬物の輸送システム == | ||
[[Image:tachikawa_fig3d.jpg|thumb|1000px|'''図3d.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における薬物輸送システム'''<br>]] | |||
図3(d)に、BBBにおける薬物の輸送システムをまとめた<ref name="ref1" /> <ref name="ref3" />。 | |||
脂質二重膜で構成される細胞膜は、脂溶性の物質はBBBを透過しやすいとされる。しかし、脳毛細血管内皮細胞の血液側膜に局在するP-糖タンパクやBCRPは広範な基質認識性を示す。これらの基質となる物質は、内皮細胞内に侵入した際に速やかに細胞外へ排出輸送されるため、循環血液から脳への移行性が著しく制限される。中枢作用薬の開発段階においてP-糖タンパクやBCRPの基質となるか否かは脳移行性を予測する重要な指標となる。 | 脂質二重膜で構成される細胞膜は、脂溶性の物質はBBBを透過しやすいとされる。しかし、脳毛細血管内皮細胞の血液側膜に局在するP-糖タンパクやBCRPは広範な基質認識性を示す。これらの基質となる物質は、内皮細胞内に侵入した際に速やかに細胞外へ排出輸送されるため、循環血液から脳への移行性が著しく制限される。中枢作用薬の開発段階においてP-糖タンパクやBCRPの基質となるか否かは脳移行性を予測する重要な指標となる。 | ||
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== 実験手法 == | == 実験手法 == | ||
表1に、BBB研究で用いられる実験手法をまとめた。BBBにおける輸送システムを解明する研究は、functional genomicsを背景に、多様な実験手法が開発されたことで飛躍的に進んだ。主な研究手法は、以下の様に大別される。詳細は、総説<ref>'''寺崎哲也、大槻純男、上家潤一'''<br>3. 薬効組織(脳、腫瘍)への輸送特性の評価 1) 血液脳関門の透過性の評価 7:170-177 遺伝子医学MOOK 最新創薬学2007, <br>''メディカル ドゥ'':2007</ref>を参照されたい。 | 表1に、BBB研究で用いられる実験手法をまとめた。BBBにおける輸送システムを解明する研究は、functional genomicsを背景に、多様な実験手法が開発されたことで飛躍的に進んだ。主な研究手法は、以下の様に大別される。詳細は、総説<ref>'''寺崎哲也、大槻純男、上家潤一'''<br>3. 薬効組織(脳、腫瘍)への輸送特性の評価 1) 血液脳関門の透過性の評価 7:170-177 遺伝子医学MOOK 最新創薬学2007, <br>''メディカル ドゥ'':2007</ref>を参照されたい。 | ||
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#主にげっ歯類で開発された''in vivo''解析系を用いて、循環血液から脳方向及び脳から循環血液方向の物質輸送を速度論的に解析する方法。 | #主にげっ歯類で開発された''in vivo''解析系を用いて、循環血液から脳方向及び脳から循環血液方向の物質輸送を速度論的に解析する方法。 | ||
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#RT-PCR法や''in situ ''hybridization法を用いたmRNAレベルか、抗体を用いたウエスタンブロット法及び免疫染色法を用いたタンパク質レベルでの発現局在解析。 | #RT-PCR法や''in situ ''hybridization法を用いたmRNAレベルか、抗体を用いたウエスタンブロット法及び免疫染色法を用いたタンパク質レベルでの発現局在解析。 | ||
#[[QTAP]]の手法を用いて、BBBトランスポーターの定量的アトラスを作成。絶対定量値と単分子活性を基に、ヒト''in vivo'' BBBにおける物質透過速度を予測する方法 (後述)。 | #[[QTAP]]の手法を用いて、BBBトランスポーターの定量的アトラスを作成。絶対定量値と単分子活性を基に、ヒト''in vivo'' BBBにおける物質透過速度を予測する方法 (後述)。 | ||
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{| cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" | {| cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" | ||
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=== 乳癌耐性タンパク質=== | === 乳癌耐性タンパク質=== | ||
これまでのげっ歯類を用いた研究から、BBBの薬物トランスポーターの中で、P-糖タンパクが輸送機能及び発現量ともに最大であることが示されてきた。しかし、ヒトの脳毛細血管では、乳癌耐性タンパク質(BCRP)のタンパク質発現量がP-糖タンパクに比べてやや大きいことが示された(図4)<ref name="ref6" /> | これまでのげっ歯類を用いた研究から、BBBの薬物トランスポーターの中で、P-糖タンパクが輸送機能及び発現量ともに最大であることが示されてきた。しかし、ヒトの脳毛細血管では、乳癌耐性タンパク質(BCRP)のタンパク質発現量がP-糖タンパクに比べてやや大きいことが示された(図4)<ref name="ref6" />。従って、げっ歯類に比べて、ヒトのBBBでは薬物排出へのBCRPの寄与が大きいことが推察される。 | ||
=== 有機アニオントランスポーター群 === | === 有機アニオントランスポーター群 === | ||
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== トランスポーターの輸送活性の再構築法 == | == トランスポーターの輸送活性の再構築法 == | ||
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理論的に、全てのトランスポーターに適用可能であり、有用な解析手法として期待されている。 トランスポーターの輸送活性は、トランスポーター1分子あたりの輸送活性と分子数(タンパク質発現量, mol)の積に分解できる(図5)。従って、トランスポーター1分子あたりの輸送活性を''in vitro''実験によって測定し、ヒト死後脳から単離した脳毛細血管におけるトランスポーターのタンパク質発現量と統合することによって、''in vivo''のヒトBBBにおける輸送活性を再構築できる。この考え方を実証するために、マウスP-糖タンパク発現細胞単層膜で測定したP-糖タンパクの輸送活性をそのP-糖タンパク発現量で除することによってP-糖タンパク1分子あたりの輸送活性を算出した。これをマウス脳毛細血管におけるP-糖タンパク発現量と統合することによって、BBBのP-糖タンパク輸送活性を再構築した。その結果、異なる輸送活性を示す全11基質について再構築された輸送活性は実測値と良好に一致した(図5)<ref name="ref8" /> 。このように、''in vivo''のBBBにおける輸送活性を再構築できることが実験的に証明されている。この再構築の考え方をヒトに適用し、ヒトのトランスポーターの発現培養細胞における1分子輸送活性およびヒト脳毛細血管における発現量を測定することによって、ヒトBBBにおける種々のトランスポーターの輸送活性を解析できるようになると考えられている。 | 理論的に、全てのトランスポーターに適用可能であり、有用な解析手法として期待されている。 トランスポーターの輸送活性は、トランスポーター1分子あたりの輸送活性と分子数(タンパク質発現量, mol)の積に分解できる(図5)。従って、トランスポーター1分子あたりの輸送活性を''in vitro''実験によって測定し、ヒト死後脳から単離した脳毛細血管におけるトランスポーターのタンパク質発現量と統合することによって、''in vivo''のヒトBBBにおける輸送活性を再構築できる。この考え方を実証するために、マウスP-糖タンパク発現細胞単層膜で測定したP-糖タンパクの輸送活性をそのP-糖タンパク発現量で除することによってP-糖タンパク1分子あたりの輸送活性を算出した。これをマウス脳毛細血管におけるP-糖タンパク発現量と統合することによって、BBBのP-糖タンパク輸送活性を再構築した。その結果、異なる輸送活性を示す全11基質について再構築された輸送活性は実測値と良好に一致した(図5)<ref name="ref8" /> 。このように、''in vivo''のBBBにおける輸送活性を再構築できることが実験的に証明されている。この再構築の考え方をヒトに適用し、ヒトのトランスポーターの発現培養細胞における1分子輸送活性およびヒト脳毛細血管における発現量を測定することによって、ヒトBBBにおける種々のトランスポーターの輸送活性を解析できるようになると考えられている。 | ||
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==関連項目== | ==関連項目== |
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