「血液脳関門」の版間の差分

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 その後、弟子の[[wikipedia:de:Edwin Goldman|Edwin Goldman]]が、[[wikipedia:Trypan_blue|トリパンブルー]](酸性色素)を脳室内に投与したところ、中枢神経は染まるが他の末梢臓器は染まらないことを見出した。Goldmanは、この結果を「中枢組織は染色し難い性質を持つという解釈は誤りで、脳は血管との間に色素を隔離する特性を有している」と解釈し、1913年に” Blut-Gehirn-Schranke”仮説を提唱した<ref>'''Goldman E.E.'''<br>Vitalfarbung am Zentralnervensystem<br>''Berlin: Eimer'':1993</ref>。この史実に基づき、「血液脳関門(Blood-Brain Barrier, BBB)の概念の提唱者はPaul Ehrlichである」と多くの教科書に書かれている。
 その後、弟子の[[wikipedia:de:Edwin Goldman|Edwin Goldman]]が、[[wikipedia:Trypan_blue|トリパンブルー]](酸性色素)を脳室内に投与したところ、中枢神経は染まるが他の末梢臓器は染まらないことを見出した。Goldmanは、この結果を「中枢組織は染色し難い性質を持つという解釈は誤りで、脳は血管との間に色素を隔離する特性を有している」と解釈し、1913年に” Blut-Gehirn-Schranke”仮説を提唱した<ref>'''Goldman E.E.'''<br>Vitalfarbung am Zentralnervensystem<br>''Berlin: Eimer'':1993</ref>。この史実に基づき、「血液脳関門(Blood-Brain Barrier, BBB)の概念の提唱者はPaul Ehrlichである」と多くの教科書に書かれている。
[[Image:Tachikawa fig 1.jpg|thumb|350px|'''図1.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)の解剖学的実体''']]
 
 一方、[[wikipedia:Humphrey Ridley|Humphrey Ridley]]は、Ehrlichの実験から190年も遡った1695年に著書"The Anatomy of the Brain"<ref>'''Ridley H.'''<br>The Anatomy of the Brain<br>''London: Printers to the Royal Society'':1695</ref>を発表し、その中で「[[wikipedia:ja:水銀|水銀]]を血液内に投与すると、神経組織へ移行せずに血管内に留まっている。その原因は脳血管の密着性が、他の血管と大きく異なるからである。」と述べている。この歴史的発見を無視する訳にはいかない。「血液脳関門の最初の発見は、1695年、英国人の生理学者Humphrey Ridleyである」<ref><pubmed> 21349150 </pubmed></ref>という説に教科書を訂正する必要がある。
 一方、[[wikipedia:Humphrey Ridley|Humphrey Ridley]]は、Ehrlichの実験から190年も遡った1695年に著書"The Anatomy of the Brain"<ref>'''Ridley H.'''<br>The Anatomy of the Brain<br>''London: Printers to the Royal Society'':1695</ref>を発表し、その中で「[[wikipedia:ja:水銀|水銀]]を血液内に投与すると、神経組織へ移行せずに血管内に留まっている。その原因は脳血管の密着性が、他の血管と大きく異なるからである。」と述べている。この歴史的発見を無視する訳にはいかない。「血液脳関門の最初の発見は、1695年、英国人の生理学者Humphrey Ridleyである」<ref><pubmed> 21349150 </pubmed></ref>という説に教科書を訂正する必要がある。


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== 構造と役割  ==
== 構造と役割  ==
 
[[Image:Tachikawa fig 1.jpg|thumb|350px|'''図1.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)の解剖学的実体''']]
[[Image:tachikawa_fig2.jpg|thumb|500px|'''図2.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における物質輸送システム'''<br>SLCトランスポーター, Solute carrierファミリートランスポーター ; ABCトランスポーター, ATP-binding cassetteトランスポーター]]  
[[Image:tachikawa_fig2.jpg|thumb|500px|'''図2.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における物質輸送システム'''<br>SLCトランスポーター, Solute carrierファミリートランスポーター ; ABCトランスポーター, ATP-binding cassetteトランスポーター]]  


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===排出輸送系===
===排出輸送系===
[[Image:tachikawa_fig3b.jpg|thumb|800px|'''図4.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における内因性物質輸送システム(脳から循環血液への排出輸送)'''<br>]]
[[Image:tachikawa_fig3b.jpg|thumb|800px|'''図4.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における内因性物質輸送システム(脳から循環血液への排出輸送)'''<br>]]
 
[[Image:tachikawa_fig3c.jpg|thumb|right|800px|'''図5.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における内因性ペプチド・タンパク質輸送系'''<br>]]<br />
 BBB排出輸送系の主要な役割は、脳内で産生される神経伝達物質、メディエーターや代謝物の循環血液中へのくみ出しであり、SLCファミリーである神経伝達物質トランスポーター、[[アミノ酸トランスポーター]]、[[有機アニオントランスポーター]]や、[[ABCトランスポーター]]ファミリーである[[MRP4]]などがそれぞれ関与している。これらの輸送系は、脳細胞間隙中の神経伝達物質の第二のクリアランス機構や、脳内不要物質の脳内蓄積を防止する機構として、機能している。このほかにBBBには、脳内の免疫グロブリンIgGや心房性ナトリウム利尿ペプチドを、循環血液方向へトランスサイトーシスによって排出輸送する輸送機構として、それぞれneonatal Fc receptor (FcRn)<ref><pubmed> 11240028 </pubmed></ref>及びnatriuretic peptide receptor (Npr-C))<ref><pubmed> 20628403 </pubmed></ref>が役割を果たしていることが知られている。さらに、BBBには、[[アルツハイマー病]]で脳内に蓄積する[[&beta;-アミロイド]](1-40)の排出輸送系が存在する<ref><pubmed> 17908238 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 16926058 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 20367755 </pubmed></ref>。この分子的実体には、P-糖タンパク<ref><pubmed> 16239972 </pubmed></ref>、BCRP<ref><pubmed> 19403814 </pubmed></ref>、[[lipoprotein receptor related protein-1]]([[LRP-1]]) <ref><pubmed> 11120756 </pubmed></ref>など諸説あるが、現時点で結論が出ていない。
 BBB排出輸送系の主要な役割は、脳内で産生される神経伝達物質、メディエーターや代謝物の循環血液中へのくみ出しであり、SLCファミリーである神経伝達物質トランスポーター、[[アミノ酸トランスポーター]]、[[有機アニオントランスポーター]]や、[[ABCトランスポーター]]ファミリーである[[MRP4]]などがそれぞれ関与している。これらの輸送系は、脳細胞間隙中の神経伝達物質の第二のクリアランス機構や、脳内不要物質の脳内蓄積を防止する機構として、機能している。このほかにBBBには、脳内の免疫グロブリンIgGや心房性ナトリウム利尿ペプチドを、循環血液方向へトランスサイトーシスによって排出輸送する輸送機構として、それぞれneonatal Fc receptor (FcRn)<ref><pubmed> 11240028 </pubmed></ref>及びnatriuretic peptide receptor (Npr-C))<ref><pubmed> 20628403 </pubmed></ref>が役割を果たしていることが知られている。さらに、BBBには、[[アルツハイマー病]]で脳内に蓄積する[[&beta;-アミロイド]](1-40)の排出輸送系が存在する<ref><pubmed> 17908238 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 16926058 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 20367755 </pubmed></ref>。この分子的実体には、P-糖タンパク<ref><pubmed> 16239972 </pubmed></ref>、BCRP<ref><pubmed> 19403814 </pubmed></ref>、[[lipoprotein receptor related protein-1]]([[LRP-1]]) <ref><pubmed> 11120756 </pubmed></ref>など諸説あるが、現時点で結論が出ていない。
[[Image:tachikawa_fig3c.jpg|thumb|right|800px|'''図5.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における内因性ペプチド・タンパク質輸送系'''<br>]]<br />
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== 薬物の輸送システム  ==
== 薬物の輸送システム  ==
[[Image:tachikawa_fig3d.jpg|thumb|800px|'''図3d.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における薬物輸送システム'''<br>]]
[[Image:tachikawa_fig3d.jpg|thumb|800px|'''図6.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における薬物輸送システム'''<br>]]
 図3(d)に、主にげっ歯類で明らかにされているBBBにおける薬物の輸送システムをまとめた<ref name="ref1" /> <ref name="ref3" />。
 図6に、主にげっ歯類で明らかにされているBBBにおける薬物の輸送システムをまとめた<ref name="ref1" /> <ref name="ref3" />。


 脂質二重膜で構成される細胞膜は、脂溶性の物質はBBBを透過しやすいとされる。しかし、脳毛細血管内皮細胞の血液側膜に局在するP-糖タンパクやBCRPは広範な基質認識性を示す。これらの基質となる物質は、内皮細胞内に侵入した際に速やかに細胞外へ排出輸送されるため、循環血液から脳への移行性が著しく制限される。中枢作用薬の開発段階においてP-糖タンパクやBCRPの基質となるか否かは脳移行性を予測する重要な指標となる。
 脂質二重膜で構成される細胞膜は、脂溶性の物質はBBBを透過しやすいとされる。しかし、脳毛細血管内皮細胞の血液側膜に局在するP-糖タンパクやBCRPは広範な基質認識性を示す。これらの基質となる物質は、内皮細胞内に侵入した際に速やかに細胞外へ排出輸送されるため、循環血液から脳への移行性が著しく制限される。中枢作用薬の開発段階においてP-糖タンパクやBCRPの基質となるか否かは脳移行性を予測する重要な指標となる。
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== 動物種差  ==
== 動物種差  ==


[[Image:Tachikawa fig 4.jpg|thumb|350px|'''図4.血液脳関門における輸送担体のタンパク質発現量の種差'''<br>A. ヒトBBBとddyマウスBBBにおけるタンパク質発現量の比較。B. ヒトBBBとカニクイザルBBBにおけるタンパク質発現量の比較。タンパク質発現量は、mean ±S.D.でプロットした。赤字, 薬物トランスポーター; 青, 内因性物質のトランスポーター; 緑, その他。 <ref name="ref2" /> <ref name="ref5" /> <ref name="ref6"/> <ref name="ref7"/>のデータを基に作成)]]  
[[Image:Tachikawa fig 4.jpg|thumb|350px|'''図7.血液脳関門における輸送担体のタンパク質発現量の種差'''<br>A. ヒトBBBとddyマウスBBBにおけるタンパク質発現量の比較。B. ヒトBBBとカニクイザルBBBにおけるタンパク質発現量の比較。タンパク質発現量は、mean ±S.D.でプロットした。赤字, 薬物トランスポーター; 青, 内因性物質のトランスポーター; 緑, その他。 <ref name="ref2" /> <ref name="ref5" /> <ref name="ref6"/> <ref name="ref7"/>のデータを基に作成)]]  


 PET, SPECTおよびMRIなどのイメージング技術を利用することによって、ヒトのBBBにおける物質の透過速度やトランスポーターの輸送活性が測定され、ヒトと実験動物の間の違いが定量的に解析されている。合成可能なリガンド数が少ないこと、特定のトランスポーターだけに輸送される物質がほとんどないことから、現在、一部の化合物やトランスポーターを対象とした解析に限られている。一方、寺崎らが開発した「機能性分子のタンパク質絶対定量法(Quantitative Targeted Absolute Proteomics (QTAP)」によって、ヒト、サル、マウスのBBBにおける複数のトランスポーターのタンパク質発現量が解明された(図4)<ref name="ref2" /> <ref name="ref4" /> <ref name="ref5" /> <ref name="ref6" />。これら2つの手法によって、ヒト血液脳関門研究およびヒト-動物間の種差研究は、発現の有無、BBBを透過する・しないなどといった定性的解析から、発現量(mol)、透過速度、輸送速度およびその差などに基づく定量的解析へと大きく舵を切りつつある。  
 PET, SPECTおよびMRIなどのイメージング技術を利用することによって、ヒトのBBBにおける物質の透過速度やトランスポーターの輸送活性が測定され、ヒトと実験動物の間の違いが定量的に解析されている。合成可能なリガンド数が少ないこと、特定のトランスポーターだけに輸送される物質がほとんどないことから、現在、一部の化合物やトランスポーターを対象とした解析に限られている。一方、寺崎らが開発した「機能性分子のタンパク質絶対定量法(Quantitative Targeted Absolute Proteomics (QTAP)」によって、ヒト、サル、マウスのBBBにおける複数のトランスポーターのタンパク質発現量が解明された(図7)<ref name="ref2" /> <ref name="ref4" /> <ref name="ref5" /> <ref name="ref6" />。これら2つの手法によって、ヒト血液脳関門研究およびヒト-動物間の種差研究は、発現の有無、BBBを透過する・しないなどといった定性的解析から、発現量(mol)、透過速度、輸送速度およびその差などに基づく定量的解析へと大きく舵を切りつつある。  


===P-糖タンパク===
===P-糖タンパク===


 Syvänenらは、P-糖タンパクの基質である[<sup>11</sup>C]GR205171と[<sup>18</sup>F]Altanserinの脳への移行性(脳対血漿中薬物濃度比、Kp brain)は、齧歯類と比較してヒトではそれぞれ4.5倍および8.6倍大きいことを報告している<ref><pubmed> 19047468 </pubmed></ref>。従って、ヒトBBBにおけるP-糖タンパクの薬物排出機能は齧歯類と比較して小さいことが示唆されている。ヒトの脳毛細血管におけるP-糖タンパクのタンパク質発現量はマウスに比べて2.33倍小さいことから(図4)<ref name="ref6" />、ヒトではP-糖タンパクの発現量の低下に伴ってP-糖タンパクの排出機能が低下していることが示唆される。一方、[[wikipedia:ja:カニクイザル|カニクイザル]]のP-糖タンパクのタンパク質発現量はヒトと有意な差はなかった。  
 Syvänenらは、P-糖タンパクの基質である[<sup>11</sup>C]GR205171と[<sup>18</sup>F]Altanserinの脳への移行性(脳対血漿中薬物濃度比、Kp brain)は、齧歯類と比較してヒトではそれぞれ4.5倍および8.6倍大きいことを報告している<ref><pubmed> 19047468 </pubmed></ref>。従って、ヒトBBBにおけるP-糖タンパクの薬物排出機能は齧歯類と比較して小さいことが示唆されている。ヒトの脳毛細血管におけるP-糖タンパクのタンパク質発現量はマウスに比べて2.33倍小さいことから(図7)<ref name="ref6" />、ヒトではP-糖タンパクの発現量の低下に伴ってP-糖タンパクの排出機能が低下していることが示唆される。一方、[[wikipedia:ja:カニクイザル|カニクイザル]]のP-糖タンパクのタンパク質発現量はヒトと有意な差はなかった。  


=== 乳癌耐性タンパク質===
=== 乳癌耐性タンパク質===


 これまでのげっ歯類を用いた研究から、BBBの薬物トランスポーターの中で、P-糖タンパクが輸送機能及び発現量ともに最大であることが示されてきた。しかし、ヒトの脳毛細血管では、乳癌耐性タンパク質(BCRP)のタンパク質発現量がP-糖タンパクに比べてやや大きいことが示された(図4)<ref name="ref6" />。従って、げっ歯類に比べて、ヒトのBBBでは薬物排出へのBCRPの寄与が大きいことが推察される。  
 これまでのげっ歯類を用いた研究から、BBBの薬物トランスポーターの中で、P-糖タンパクが輸送機能及び発現量ともに最大であることが示されてきた。しかし、ヒトの脳毛細血管では、乳癌耐性タンパク質(BCRP)のタンパク質発現量がP-糖タンパクに比べてやや大きいことが示された(図7)<ref name="ref6" />。従って、げっ歯類に比べて、ヒトのBBBでは薬物排出へのBCRPの寄与が大きいことが推察される。  


=== 有機アニオントランスポーター群  ===
=== 有機アニオントランスポーター群  ===


 MRP4、[[OAT3]]、[[OATP1A2]]、[[OATP2B1]]および[[oatp1a4]]など、脳毛細血管内皮細胞に発現することが報告されている有機アニオントランスポーターについて、輸送活性の種差はまだ明かとなっていないが、タンパク質発現量の種差の程度が解明されている(図4)<ref name="ref6" />。ヒト脳毛細血管におけるMRP4の発現量は、カニクイザルと比べて有意な差はないが、マウスに比べて有意に8.15倍小さい。ヒトのOAT3の発現量は、マウスの5.66倍以下である。さらに、ヒトのOATP1A2およびOATP2B1の発現量は、マウスのoatp1a4の発現量に比べて、それぞれ3.04倍以下および6.26倍以下である。従って、マウスに比べて、ヒトではMRP4、OAT3、OATP1A2およびOATP2B1を介した有機アニオン性物質の輸送は制限されていることが示唆されている。  
 MRP4、[[OAT3]]、[[OATP1A2]]、[[OATP2B1]]および[[oatp1a4]]など、脳毛細血管内皮細胞に発現することが報告されている有機アニオントランスポーターについて、輸送活性の種差はまだ明かとなっていないが、タンパク質発現量の種差の程度が解明されている(図7)<ref name="ref6" />。ヒト脳毛細血管におけるMRP4の発現量は、カニクイザルと比べて有意な差はないが、マウスに比べて有意に8.15倍小さい。ヒトのOAT3の発現量は、マウスの5.66倍以下である。さらに、ヒトのOATP1A2およびOATP2B1の発現量は、マウスのoatp1a4の発現量に比べて、それぞれ3.04倍以下および6.26倍以下である。従って、マウスに比べて、ヒトではMRP4、OAT3、OATP1A2およびOATP2B1を介した有機アニオン性物質の輸送は制限されていることが示唆されている。  


=== グルコース輸送  ===
=== グルコース輸送  ===


 ヒトにおいてBBBを介した脳へのグルコース供給速度の最大値は0.4–2.0 μmol/min/g brainであり、げっ歯類(1.42 μmol/min/g brain)と同程度であることが報告されている<ref><pubmed> 8621747 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 6361813 </pubmed></ref>。この報告に一致して、脳へのグルコース供給を担う[[GLUT1]]のタンパク質発現量に顕著な種差はない(図4))<ref name="ref6" /> BBBにおいて、GLUT1に加えてGLUT3の発現も認められている。タンパク質発現量に顕著な種差があるが、GLUT1に比べて絶対量が極めて小さいため(図4)、その種差はBBBにおけるグルコース供給速度に影響しないと考えられる。  
 ヒトにおいてBBBを介した脳へのグルコース供給速度の最大値は0.4–2.0 μmol/min/g brainであり、げっ歯類(1.42 μmol/min/g brain)と同程度であることが報告されている<ref><pubmed> 8621747 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 6361813 </pubmed></ref>。この報告に一致して、脳へのグルコース供給を担う[[GLUT1]]のタンパク質発現量に顕著な種差はない(図7))<ref name="ref6" /> BBBにおいて、GLUT1に加えてGLUT3の発現も認められている。タンパク質発現量に顕著な種差があるが、GLUT1に比べて絶対量が極めて小さいため(図7)、その種差はBBBにおけるグルコース供給速度に影響しないと考えられる。  


=== アミノ酸輸送  ===
=== アミノ酸輸送  ===


 ヒト脳毛細血管におけるLAT1および4f2hcのタンパク質発現量はともに、マウスに比べて5倍小さい(図4)。L-[1-<sup>11</sup>C][[ロイシン]]とthree-compartment modelを用いたPET解析によって、ヒトの脳内のタンパク質合成速度(0.345-0.614 nmol/min/g)は、げっ歯類(3.38 nmol/min/g)に比べて顕著に小さいことが報告されている<ref><pubmed> 2786885 </pubmed></ref>。脳内タンパク質合成は、脳内のアミノ酸濃度によって影響され、アミノ酸濃度はBBBを介したアミノ酸供給速度に依存している<ref><pubmed> 833603 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 7929 </pubmed></ref>。従って、ヒトBBBではLAT1および4f2hcの発現量の低下に伴って、アミノ酸供給速度がげっ歯類に比べて小さいことが示唆される。
 ヒト脳毛細血管におけるLAT1および4f2hcのタンパク質発現量はともに、マウスに比べて5倍小さい(図7)。L-[1-<sup>11</sup>C][[ロイシン]]とthree-compartment modelを用いたPET解析によって、ヒトの脳内のタンパク質合成速度(0.345-0.614 nmol/min/g)は、げっ歯類(3.38 nmol/min/g)に比べて顕著に小さいことが報告されている<ref><pubmed> 2786885 </pubmed></ref>。脳内タンパク質合成は、脳内のアミノ酸濃度によって影響され、アミノ酸濃度はBBBを介したアミノ酸供給速度に依存している<ref><pubmed> 833603 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 7929 </pubmed></ref>。従って、ヒトBBBではLAT1および4f2hcの発現量の低下に伴って、アミノ酸供給速度がげっ歯類に比べて小さいことが示唆される。


== トランスポーターの輸送活性の再構築法  ==
== トランスポーターの輸送活性の再構築法  ==
[[Image:Tachikawa fig 5.jpg|thumb|600px|'''図5.血液脳関門におけるトランスポーターの輸送活性の再構築'''<br>Kp brain ratioは、P-糖タンパク遺伝子欠損マウスにおける脳対血漿中薬物濃度比(Kp brain)を野生型マウスのKp brainで除した値として定義され、in vivoのBBBのmdr1a輸送活性を表す。<ref name="ref8"/>のデータを基に作成)]]
[[Image:Tachikawa fig 5.jpg|thumb|600px|'''図8.血液脳関門におけるトランスポーターの輸送活性の再構築'''<br>Kp brain ratioは、P-糖タンパク遺伝子欠損マウスにおける脳対血漿中薬物濃度比(Kp brain)を野生型マウスのKp brainで除した値として定義され、in vivoのBBBのmdr1a輸送活性を表す。<ref name="ref8"/>のデータを基に作成)]]


 トランスポーターの輸送活性を構成する個々の要素(分子数、1分子あたりの輸送活性)を''in vitro''実験等で解明し、それらのデータを統合することによって''in vivo''のトランスポーターの輸送活性を解析する手法である。イメージング技術と異なり、ヒトにプローブ化合物を投与することなく、ヒトBBBにおけるトランスポーターの輸送活性を解析することが理論的に可能であり、現在、この実現を目指している。
 トランスポーターの輸送活性を構成する個々の要素(分子数、1分子あたりの輸送活性)を''in vitro''実験等で解明し、それらのデータを統合することによって''in vivo''のトランスポーターの輸送活性を解析する手法である。イメージング技術と異なり、ヒトにプローブ化合物を投与することなく、ヒトBBBにおけるトランスポーターの輸送活性を解析することが理論的に可能であり、現在、この実現を目指している。


 理論的に、全てのトランスポーターに適用可能であり、有用な解析手法として期待されている。 トランスポーターの輸送活性は、トランスポーター1分子あたりの輸送活性と分子数(タンパク質発現量, mol)の積に分解できる(図5)。従って、トランスポーター1分子あたりの輸送活性を''in vitro''実験によって測定し、ヒト死後脳から単離した脳毛細血管におけるトランスポーターのタンパク質発現量と統合することによって、''in vivo''のヒトBBBにおける輸送活性を再構築できる。この考え方を実証するために、マウスP-糖タンパク発現細胞単層膜で測定したP-糖タンパクの輸送活性をそのP-糖タンパク発現量で除することによってP-糖タンパク1分子あたりの輸送活性を算出した。これをマウス脳毛細血管におけるP-糖タンパク発現量と統合することによって、BBBのP-糖タンパク輸送活性を再構築した。その結果、異なる輸送活性を示す全11基質について再構築された輸送活性は実測値と良好に一致した(図5)<ref name="ref8" /> 。このように、''in vivo''のBBBにおける輸送活性を再構築できることが実験的に証明されている。この再構築の考え方をヒトに適用し、ヒトのトランスポーターの発現培養細胞における1分子輸送活性およびヒト脳毛細血管における発現量を測定することによって、ヒトBBBにおける種々のトランスポーターの輸送活性を解析できるようになると考えられている。  
 理論的に、全てのトランスポーターに適用可能であり、有用な解析手法として期待されている。 トランスポーターの輸送活性は、トランスポーター1分子あたりの輸送活性と分子数(タンパク質発現量, mol)の積に分解できる(図8)。従って、トランスポーター1分子あたりの輸送活性を''in vitro''実験によって測定し、ヒト死後脳から単離した脳毛細血管におけるトランスポーターのタンパク質発現量と統合することによって、''in vivo''のヒトBBBにおける輸送活性を再構築できる。この考え方を実証するために、マウスP-糖タンパク発現細胞単層膜で測定したP-糖タンパクの輸送活性をそのP-糖タンパク発現量で除することによってP-糖タンパク1分子あたりの輸送活性を算出した。これをマウス脳毛細血管におけるP-糖タンパク発現量と統合することによって、BBBのP-糖タンパク輸送活性を再構築した。その結果、異なる輸送活性を示す全11基質について再構築された輸送活性は実測値と良好に一致した(図8)<ref name="ref8" /> 。このように、''in vivo''のBBBにおける輸送活性を再構築できることが実験的に証明されている。この再構築の考え方をヒトに適用し、ヒトのトランスポーターの発現培養細胞における1分子輸送活性およびヒト脳毛細血管における発現量を測定することによって、ヒトBBBにおける種々のトランスポーターの輸送活性を解析できるようになると考えられている。  


==関連項目==
==関連項目==

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