16,040
回編集
Masanoritachikawa (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
(→歴史) |
||
6行目: | 6行目: | ||
</div> | </div> | ||
英語名:[[Blood-Brain Barrier|Blood-brain barrier]] 独:Blut-Hirn-Schranke 仏:barrière hémato-encéphalique | |||
英略称:[[BBB]] | |||
同義語:脳毛細血管、脳血管関門 | 同義語:脳毛細血管、脳血管関門 | ||
17行目: | 17行目: | ||
== 歴史 == | == 歴史 == | ||
細菌学者[[wikipedia:Paul Ehrlich|Paul Ehrlich]]は当時流行り始めた生体染色色素に興味を持ち、生きた[[wikipedia:ja:ウサギ|ウサギ]]の血管内に色素を注射したところ、多くの臓器の組織染色に成功したが、中枢神経だけが染色できないことに気付いた。1885年に、この結果を「脳組織は染色色素を吸着する化学成分が欠乏している」と解釈した論文を発表した<ref>'''Ehrlich P.'''<br>Das Sauerstoff-Bedurfnis des Organismus: eine | 細菌学者[[wikipedia:Paul Ehrlich|Paul Ehrlich]]は当時流行り始めた生体染色色素に興味を持ち、生きた[[wikipedia:ja:ウサギ|ウサギ]]の血管内に色素を注射したところ、多くの臓器の組織染色に成功したが、中枢神経だけが染色できないことに気付いた。1885年に、この結果を「脳組織は染色色素を吸着する化学成分が欠乏している」と解釈した論文を発表した<ref>'''Ehrlich P.'''<br>Das Sauerstoff-Bedurfnis des Organismus: eine farbenanalytische Studie<br>''Berlin: Hirschward'':1885 | ||
[[ファイル:Ehrlich 1885-sauerstoff.pdf|サムネイル|PDF]] | |||
</ref>。 | |||
その後、弟子の[[wikipedia:de:Edwin Goldman|Edwin Goldman]]が、[[wikipedia:Trypan_blue|トリパンブルー]] | その後、弟子の[[wikipedia:de:Edwin Goldman|Edwin Goldman]]が、[[wikipedia:Trypan_blue|トリパンブルー]](酸性色素)を[[脳室]]内に投与したところ、中枢神経は染まるが他の末梢臓器は染まらないことを見出した。Goldmanは、この結果を「中枢組織は染色し難い性質を持つという解釈は誤りで、脳は血管との間に色素を[[隔離]]する特性を有している」と解釈し、1913年に” Blut-Gehirn-Schranke”仮説を提唱した<ref>'''Goldman E.E.'''<br>Vitalfarbung am Zentralnervensystem<br>''Berlin: Eimer'':1993</ref>。この史実に基づき、「血液脳関門([[Blood-Brain Barrier]], BBB)の概念の提唱者はPaul Ehrlichである」と多くの教科書に書かれている。 | ||
一方、[[wikipedia:Humphrey Ridley|Humphrey Ridley]]は、Ehrlichの実験から190年も遡った1695年に著書"The Anatomy of the Brain"<ref>'''Ridley H.'''<br>The Anatomy of the Brain<br>''London: Printers to the Royal Society'':1695</ref>を発表し、その中で「[[wikipedia:ja:水銀|水銀]]を血液内に投与すると、神経組織へ移行せずに血管内に留まっている。その原因は脳血管の密着性が、他の血管と大きく異なるからである。」と述べている。この歴史的発見を無視する訳にはいかない。「血液脳関門の最初の発見は、1695年、英国人の生理学者Humphrey Ridleyである」<ref><pubmed> 21349150 </pubmed></ref>という説に教科書を訂正する必要がある。 | 一方、[[wikipedia:Humphrey Ridley|Humphrey Ridley]]は、Ehrlichの実験から190年も遡った1695年に著書"The Anatomy of the Brain"<ref>'''Ridley H.'''<br>The Anatomy of the Brain<br>''London: Printers to the Royal Society'':1695</ref>を発表し、その中で「[[wikipedia:ja:水銀|水銀]]を血液内に投与すると、神経組織へ移行せずに血管内に留まっている。その原因は脳血管の密着性が、他の血管と大きく異なるからである。」と述べている。この歴史的発見を無視する訳にはいかない。「血液脳関門の最初の発見は、1695年、英国人の生理学者Humphrey Ridleyである」<ref><pubmed> 21349150 </pubmed></ref>という説に教科書を訂正する必要がある。 | ||
このように320年前に英国で始まった血液脳関門の研究は、当初、「血液と脳を隔てる単なる物理的障壁」と考えられてきた。 しかし近年では、分子生物学や、''in vitro'' | このように320年前に英国で始まった血液脳関門の研究は、当初、「血液と脳を隔てる単なる物理的障壁」と考えられてきた。 しかし近年では、分子生物学や、''in vitro''モデル[[細胞株]]の樹立など細胞生物的な手法の導入によって、BBBの機能は分子レベルでの解明が飛躍的に進んでいる。 | ||
現在では、BBBは脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給し、逆に脳内で産生された不要物質を血中に排出する「動的インターフェース」であるという新たな概念へと塗り替えられている<ref name="ref1"><pubmed> 17619998 </pubmed></ref>。このBBBの機能は、薬という異物の脳移行を制限することから、中枢作用薬の開発成功率を大幅に下げる一因と位置づけられている。特に、[[wikipedia:ja:がん細胞|がん細胞]]において[[wikipedia:ja:Multiple drug resistance#Neoplastic_resistance|抗がん剤耐性因子]]として同定された[[P-糖タンパク]]([[P-glycoprotein]]/[[P-gp]]/[[ABCB1]]/[[MDR1]]/[[mdr1a]])が、「脳血管内皮細胞でエネルギーを消費して薬物を排出するポンプとして働いていること」を見出し、それまでの「400Daの分子篩説」<ref><pubmed> 7392035 </pubmed></ref>あるいは「600Daの分子篩説」<ref><pubmed> 7765071 </pubmed></ref>に対して「能動的排出輸送担体説」<ref><pubmed> 1357522 </pubmed></ref>を提唱したことは、血液脳関門研究の歴史において重要な意義がある。その後、P-糖タンパク[[遺伝子欠損マウス]]を用いた研究によって<ref><pubmed> 7910522 </pubmed></ref>その排出輸送機能の生理的な重要性や薬物動態における重要性が明らかになった。 | 現在では、BBBは脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給し、逆に脳内で産生された不要物質を血中に排出する「動的インターフェース」であるという新たな概念へと塗り替えられている<ref name="ref1"><pubmed> 17619998 </pubmed></ref>。このBBBの機能は、薬という異物の脳移行を制限することから、中枢作用薬の開発成功率を大幅に下げる一因と位置づけられている。特に、[[wikipedia:ja:がん細胞|がん細胞]]において[[wikipedia:ja:Multiple drug resistance#Neoplastic_resistance|抗がん剤耐性因子]]として同定された[[P-糖タンパク]]([[P-glycoprotein]]/[[P-gp]]/[[ABCB1]]/[[MDR1]]/[[mdr1a]])が、「脳血管内皮細胞でエネルギーを消費して薬物を排出するポンプとして働いていること」を見出し、それまでの「400Daの分子篩説」<ref><pubmed> 7392035 </pubmed></ref>あるいは「600Daの分子篩説」<ref><pubmed> 7765071 </pubmed></ref>に対して「能動的排出輸送担体説」<ref><pubmed> 1357522 </pubmed></ref>を提唱したことは、血液脳関門研究の歴史において重要な意義がある。その後、P-糖タンパク[[遺伝子欠損マウス]]を用いた研究によって<ref><pubmed> 7910522 </pubmed></ref>その排出輸送機能の生理的な重要性や薬物動態における重要性が明らかになった。 | ||
29行目: | 31行目: | ||
その後、P-糖タンパク以外に[[乳癌耐性タンパク質]]([[Breast Cancer Resistance Protein]], [[BCRP]]/[[ABCG2]]/[[MXR]]/[[ABCP]])<ref><pubmed> 15805252 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 12438926 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 15255930 </pubmed></ref> <ref name="ref112"><pubmed>16181433</pubmed></ref>や[[Multidrug Resistance-associated Protein 4]] ([[MRP4]]/[[ABCC4]])<ref><pubmed> 15218051 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 19029202 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 20194529 </pubmed></ref>が、薬物や内因性物質などの排出ポンプとして重要な働きを担っていることが明らかになった。その他にもBBBに発現して物質輸送を担う多様なトランスポーターや受容体の分子レベルでの同定が進み、脳機能を支援・防御する動的インターフェースの一躍を担っていることが明らかにされ<ref name="ref1" />、BBBの受容体を標的とした薬物送達システムの開発も進んだ<ref><pubmed> 22929442 </pubmed></ref>。 | その後、P-糖タンパク以外に[[乳癌耐性タンパク質]]([[Breast Cancer Resistance Protein]], [[BCRP]]/[[ABCG2]]/[[MXR]]/[[ABCP]])<ref><pubmed> 15805252 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 12438926 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 15255930 </pubmed></ref> <ref name="ref112"><pubmed>16181433</pubmed></ref>や[[Multidrug Resistance-associated Protein 4]] ([[MRP4]]/[[ABCC4]])<ref><pubmed> 15218051 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 19029202 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 20194529 </pubmed></ref>が、薬物や内因性物質などの排出ポンプとして重要な働きを担っていることが明らかになった。その他にもBBBに発現して物質輸送を担う多様なトランスポーターや受容体の分子レベルでの同定が進み、脳機能を支援・防御する動的インターフェースの一躍を担っていることが明らかにされ<ref name="ref1" />、BBBの受容体を標的とした薬物送達システムの開発も進んだ<ref><pubmed> 22929442 </pubmed></ref>。 | ||
そして今、寺崎らが2008年に開発した機能性タンパク質の標的絶対定量法(Quantitative Targeted Absolute Proteomics (QTAP)<ref name="ref2"><pubmed> 18219561 </pubmed></ref> <ref name="ref7"><pubmed> 21560129 </pubmed></ref>によって、BBBに発現するトランスポーターの定量アトラスが、マウス<ref name="ref2" /> <ref name="ref4"><pubmed> 22401960 </pubmed></ref>、サル<ref name="ref5"><pubmed> 21254069 </pubmed></ref>、ヒト<ref name="ref6"><pubmed> 21291474 </pubmed></ref> | そして今、寺崎らが2008年に開発した機能性タンパク質の標的絶対定量法(Quantitative Targeted Absolute Proteomics (QTAP)<ref name="ref2"><pubmed> 18219561 </pubmed></ref> <ref name="ref7"><pubmed> 21560129 </pubmed></ref>によって、BBBに発現するトランスポーターの定量アトラスが、マウス<ref name="ref2" /> <ref name="ref4"><pubmed> 22401960 </pubmed></ref>、サル<ref name="ref5"><pubmed> 21254069 </pubmed></ref>、ヒト<ref name="ref6"><pubmed> 21291474 </pubmed></ref>で完成し、これらの定量情報を基にBBBの[[ヒト]]と動物との種差が解明された。さらに、BBBにおけるトランスポーターの発現量と''in vitro''で計測可能な単分子活性を基にしたBBB物質輸送の再構築法<ref name="ref8"><pubmed> 21828264 </pubmed></ref>の開発が進んでおり、ヒトBBBにおける薬物を含めた物質輸送の予測系の基盤技術が構築されつつある。 | ||
== 構造と役割 == | == 構造と役割 == | ||
35行目: | 37行目: | ||
[[Image:tachikawa_fig2.jpg|thumb|500px|'''図2.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における物質輸送システム'''<br>SLCトランスポーター, Solute carrierファミリートランスポーター ; ABCトランスポーター, ATP-binding cassetteトランスポーター]] | [[Image:tachikawa_fig2.jpg|thumb|500px|'''図2.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における物質輸送システム'''<br>SLCトランスポーター, Solute carrierファミリートランスポーター ; ABCトランスポーター, ATP-binding cassetteトランスポーター]] | ||
脳は、高度な神経活動のため[[シナプス]]周辺の環境が、BBBによって厳密に制御されている。BBBの解剖学的実体は脳毛細血管であり、内皮細胞同士が密着結合(tight junction)で連結している (図1)。密着結合構成タンパク質には、[[クローディン]]、[[オクルディン]]などが知られている。一部の内皮細胞には、[[周皮細胞]](pericyte)が接着し、その大部分を[[星状膠細胞]]の足突起が覆っている (図1)。このようなBBBの構造的特徴によって、血液構成成分や投与薬物の、内皮細胞間隙を介した非特異的な中枢神経への侵入や、脳内産生物質の流出を阻止している。 | |||
ただし例外として、脳室周囲器官と呼ばれる、[[終板血管器官]]、[[脳弓下器官]]、[[交連下器官]]、[[視床下部]][[正中隆起]]、[[松果体]]、[[下垂体後葉]]、[[最終野]]などの領域では、毛細血管内皮細胞が密着結合で連結していないため、末梢血管と同様に血液とこれらの組織間の物質の移動は比較的自由である。これは、Goldmanがトリパンブルーを血管内に投与した実験において、一部の脳内部位が染色された要因であった可能性が高い。 | ただし例外として、脳室周囲器官と呼ばれる、[[終板血管器官]]、[[脳弓下器官]]、[[交連下器官]]、[[視床下部]][[正中隆起]]、[[松果体]]、[[下垂体後葉]]、[[最終野]]などの領域では、毛細血管内皮細胞が密着結合で連結していないため、末梢血管と同様に血液とこれらの組織間の物質の移動は比較的自由である。これは、Goldmanがトリパンブルーを血管内に投与した実験において、一部の脳内部位が染色された要因であった可能性が高い。 | ||
43行目: | 45行目: | ||
血液と脳実質細胞間液の物質交換は、様々な輸送システムによって制御されている (図2)。この輸送系の分子的実体は、多様なトランスポーターや受容体、及びその複合体であり、脳毛細血管内皮細胞の脳血液側と脳側の細胞膜に極性をもって発現する。トランスポーターは、脳血液側と脳側の細胞膜のどちらか一方又は、両方の細胞膜に局在し、細胞外から細胞内、又は細胞内から細胞外へ、特定の基質を輸送する能力を有している。 | 血液と脳実質細胞間液の物質交換は、様々な輸送システムによって制御されている (図2)。この輸送系の分子的実体は、多様なトランスポーターや受容体、及びその複合体であり、脳毛細血管内皮細胞の脳血液側と脳側の細胞膜に極性をもって発現する。トランスポーターは、脳血液側と脳側の細胞膜のどちらか一方又は、両方の細胞膜に局在し、細胞外から細胞内、又は細胞内から細胞外へ、特定の基質を輸送する能力を有している。 | ||
トランスポーターは、大きく2つのファミリーに分類される。1つは、[[ATP-binding cassette transporter|ATP-binding cassette (ABC) transporter]] | トランスポーターは、大きく2つのファミリーに分類される。1つは、[[ATP-binding cassette transporter|ATP-binding cassette (ABC) transporter]]ファミリーで、[[ATP]]の加水分解エネルギーを直接利用して、主に細胞内から細胞外への輸送を担う。 もう1つは、[[solute carrier ファミリー|solute carrier (SLC)ファミリー]]で、エネルギーを消費しないで濃度勾配に従って下り坂輸送を行う[[促進拡散]]や、無機[[イオン]]や有機イオンの濃度勾配を利用して、濃度勾配に逆らった基質輸送を行う[[2次性能動輸送]]に関与する。受容体は[[トランスサイトーシス]]によって、リガンドを輸送する機能を有している。これらのトランスポーターや受容体が協同的に働くことによって、循環血液から脳への供給方向及び、脳から循環血液への排出方向の物質のベクトル輸送を厳密に制御している。 | ||
== 内因性物質の輸送システム == | == 内因性物質の輸送システム == | ||
図3- | 図3-5に、主に[[げっ歯類]]で明らかにされているBBBにおける内因性物質の輸送システムをまとめた<ref name="ref1" /> <ref name="ref3"><pubmed> 23399670 </pubmed></ref>。 | ||
===供給輸送系=== | ===供給輸送系=== | ||
62行目: | 64行目: | ||
[[Image:tachikawa_fig3c.jpg|thumb|right|800px|'''図5.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における内因性ペプチド・タンパク質輸送系''']] | [[Image:tachikawa_fig3c.jpg|thumb|right|800px|'''図5.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)における内因性ペプチド・タンパク質輸送系''']] | ||
このほかにBBBには、脳内の[[免疫]]グロブリンIgGや心房性ナトリウム利尿ペプチドを、循環血液方向へトランスサイトーシスによって排出輸送する輸送機構として、それぞれneonatal Fc receptor (FcRn)<ref><pubmed> 11240028 </pubmed></ref>及びnatriuretic peptide receptor (Npr-C))<ref><pubmed> 20628403 </pubmed></ref>が役割を果たしていることが知られている(図5)。さらに、BBBには、[[アルツハイマー病]]で脳内に蓄積する[[β-アミロイド]](1-40)の排出輸送系が存在する<ref><pubmed> 17908238 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 16926058 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 20367755 </pubmed></ref>。この分子的実体には、P-糖タンパク<ref><pubmed> 16239972 </pubmed></ref>、BCRP<ref><pubmed> 19403814 </pubmed></ref>、[[lipoprotein receptor related protein-1]]([[LRP-1]]) <ref><pubmed> 11120756 </pubmed></ref>など諸説あるが、現時点で結論が出ていない。 | |||
== 薬物の輸送システム == | == 薬物の輸送システム == | ||
79行目: | 81行目: | ||
#単離脳毛細血管や''in vitro'' BBBモデルとして脳毛細血管内皮細胞株を樹立して、詳細な輸送特性(基質の親和性、駆動力、基質選択性)を解析し、トランスポーターを同定する方法。既知のトランスポーターの特性と一致しない場合は、遺伝子クローニングを行う方法。 | #単離脳毛細血管や''in vitro'' BBBモデルとして脳毛細血管内皮細胞株を樹立して、詳細な輸送特性(基質の親和性、駆動力、基質選択性)を解析し、トランスポーターを同定する方法。既知のトランスポーターの特性と一致しない場合は、遺伝子クローニングを行う方法。 | ||
#トランスポーター発現系を用いて、''in vivo''解析系や''in vitro''解析で得られた輸送特性と一致することを実証する方法。新たなトランスポーター輸送機能の解明のために、新規基質をスクリーニングする方法。 | #トランスポーター発現系を用いて、''in vivo''解析系や''in vitro''解析で得られた輸送特性と一致することを実証する方法。新たなトランスポーター輸送機能の解明のために、新規基質をスクリーニングする方法。 | ||
#RT-PCR法や''in situ '' | #RT-PCR法や''in situ ''hybridization法を用いた[[mRNA]]レベルか、抗体を用いたウエスタンブロット法及び[[免疫染色]]法を用いたタンパク質レベルでの発現局在解析。 | ||
#[[QTAP]]の手法を用いて、BBBトランスポーターの定量的アトラスを作成。絶対定量値と単分子活性を基に、ヒト''in vivo'' BBBにおける物質透過速度を予測する方法 (後述)。 | #[[QTAP]]の手法を用いて、BBBトランスポーターの定量的アトラスを作成。絶対定量値と単分子活性を基に、ヒト''in vivo'' BBBにおける物質透過速度を予測する方法 (後述)。 | ||
108行目: | 110行目: | ||
|- | |- | ||
| [[脳微小透析法]]<br>(Brain microdialysis法)<ref name="ref103"><pubmed>1681528</pubmed></ref> | | [[脳微小透析法]]<br>(Brain microdialysis法)<ref name="ref103"><pubmed>1681528</pubmed></ref> | ||
| げっ歯類<br> | | げっ歯類<br>[[霊長類]]にも応用可能 | ||
| 循環血液から脳方向/脳から循環血液方向のinflux及びefflux輸送速度を解析、脳細胞間隙中のタンパク非結合形濃度の算出が可能 | | 循環血液から脳方向/脳から循環血液方向のinflux及びefflux輸送速度を解析、脳細胞間隙中のタンパク非結合形濃度の算出が可能 | ||
|- | |- | ||
141行目: | 143行目: | ||
| 細胞ロット間の差を最小限にでき、輸送特性の詳細な解析が可能 | | 細胞ロット間の差を最小限にでき、輸送特性の詳細な解析が可能 | ||
|- | |- | ||
| | | 多能性幹細胞からの[[分化]]誘導細胞<ref name="ref110"><pubmed>22729031</pubmed></ref> | ||
| ヒト | | ヒト | ||
| [[アストロサイト]]との共培養によって、強固な密着結合が形成可能であり、経細胞輸送解析に有用 | | [[アストロサイト]]との共培養によって、強固な密着結合が形成可能であり、経細胞輸送解析に有用 | ||
172行目: | 174行目: | ||
[[Image:Tachikawa fig 4.jpg|thumb|350px|'''図7.血液脳関門における輸送担体のタンパク質発現量の種差'''<br>A. ヒトBBBとddyマウスBBBにおけるタンパク質発現量の比較。B. ヒトBBBとカニクイザルBBBにおけるタンパク質発現量の比較。タンパク質発現量は、mean ±S.D.でプロットした。赤字, 薬物トランスポーター; 青, 内因性物質のトランスポーター; 緑, その他。 <ref name="ref2" /> <ref name="ref5" /> <ref name="ref6"/> <ref name="ref7"/>のデータを基に作成)]] | [[Image:Tachikawa fig 4.jpg|thumb|350px|'''図7.血液脳関門における輸送担体のタンパク質発現量の種差'''<br>A. ヒトBBBとddyマウスBBBにおけるタンパク質発現量の比較。B. ヒトBBBとカニクイザルBBBにおけるタンパク質発現量の比較。タンパク質発現量は、mean ±S.D.でプロットした。赤字, 薬物トランスポーター; 青, 内因性物質のトランスポーター; 緑, その他。 <ref name="ref2" /> <ref name="ref5" /> <ref name="ref6"/> <ref name="ref7"/>のデータを基に作成)]] | ||
PET, SPECTおよびMRIなどのイメージング技術を利用することによって、ヒトのBBBにおける物質の透過速度やトランスポーターの輸送活性が測定され、ヒトと実験動物の間の違いが定量的に解析されている。合成可能なリガンド数が少ないこと、特定のトランスポーターだけに輸送される物質がほとんどないことから、現在、一部の化合物やトランスポーターを対象とした解析に限られている。一方、寺崎らが開発した「機能性分子のタンパク質絶対定量法(Quantitative Targeted Absolute Proteomics (QTAP) | PET, SPECTおよびMRIなどのイメージング技術を利用することによって、ヒトのBBBにおける物質の透過速度やトランスポーターの輸送活性が測定され、ヒトと実験動物の間の違いが定量的に解析されている。合成可能なリガンド数が少ないこと、特定のトランスポーターだけに輸送される物質がほとんどないことから、現在、一部の化合物やトランスポーターを対象とした解析に限られている。一方、寺崎らが開発した「機能性分子のタンパク質絶対定量法(Quantitative Targeted Absolute Proteomics (QTAP)」によって、ヒト、[[サル]]、[[マウス]]のBBBにおける複数のトランスポーターのタンパク質発現量が解明された(図7)<ref name="ref2" /> <ref name="ref4" /> <ref name="ref5" /> <ref name="ref6" />。これら2つの手法によって、ヒト血液脳関門研究およびヒト-動物間の種差研究は、発現の有無、BBBを透過する・しないなどといった定性的解析から、発現量(mol)、透過速度、輸送速度およびその差などに基づく定量的解析へと大きく舵を切りつつある。 | ||
===P-糖タンパク=== | ===P-糖タンパク=== | ||
184行目: | 186行目: | ||
=== 有機アニオントランスポーター群 === | === 有機アニオントランスポーター群 === | ||
MRP4、[[OAT3]]、[[OATP1A2]]、[[OATP2B1]]および[[oatp1a4]]など、脳毛細血管内皮細胞に発現することが報告されている有機アニオントランスポーターについて、輸送活性の種差はまだ明かとなっていないが、タンパク質発現量の種差の程度が解明されている(図7)<ref name="ref6" /> | MRP4、[[OAT3]]、[[OATP1A2]]、[[OATP2B1]]および[[oatp1a4]]など、脳毛細血管内皮細胞に発現することが報告されている有機アニオントランスポーターについて、輸送活性の種差はまだ明かとなっていないが、タンパク質発現量の種差の程度が解明されている(図7)<ref name="ref6" />。ヒト脳毛細血管におけるMRP4の発現量は、[[カニクイザル]]と比べて有意な差はないが、マウスに比べて有意に8.15倍小さい。ヒトのOAT3の発現量は、マウスの5.66倍以下である。さらに、ヒトのOATP1A2およびOATP2B1の発現量は、マウスのoatp1a4の発現量に比べて、それぞれ3.04倍以下および6.26倍以下である。従って、マウスに比べて、ヒトではMRP4、OAT3、OATP1A2およびOATP2B1を介した有機アニオン性物質の輸送は制限されていることが示唆されている。 | ||
=== グルコース輸送 === | === グルコース輸送 === | ||
201行目: | 203行目: | ||
理論的に、全てのトランスポーターに適用可能であり、有用な解析手法として期待されている。 トランスポーターの輸送活性は、トランスポーター1分子あたりの輸送活性と分子数(タンパク質発現量, mol)の積に分解できる(図8)。従って、トランスポーター1分子あたりの輸送活性を''in vitro''実験によって測定し、ヒト死後脳から単離した脳毛細血管におけるトランスポーターのタンパク質発現量と統合することによって、''in vivo''のヒトBBBにおける輸送活性を再構築できる。この考え方を実証するために、マウスP-糖タンパク発現細胞単層膜で測定したP-糖タンパクの輸送活性をそのP-糖タンパク発現量で除することによってP-糖タンパク1分子あたりの輸送活性を算出した。これをマウス脳毛細血管におけるP-糖タンパク発現量と統合することによって、BBBのP-糖タンパク輸送活性を再構築した。その結果、異なる輸送活性を示す全11基質について再構築された輸送活性は実測値と良好に一致した(図8)<ref name="ref8" /> 。 | 理論的に、全てのトランスポーターに適用可能であり、有用な解析手法として期待されている。 トランスポーターの輸送活性は、トランスポーター1分子あたりの輸送活性と分子数(タンパク質発現量, mol)の積に分解できる(図8)。従って、トランスポーター1分子あたりの輸送活性を''in vitro''実験によって測定し、ヒト死後脳から単離した脳毛細血管におけるトランスポーターのタンパク質発現量と統合することによって、''in vivo''のヒトBBBにおける輸送活性を再構築できる。この考え方を実証するために、マウスP-糖タンパク発現細胞単層膜で測定したP-糖タンパクの輸送活性をそのP-糖タンパク発現量で除することによってP-糖タンパク1分子あたりの輸送活性を算出した。これをマウス脳毛細血管におけるP-糖タンパク発現量と統合することによって、BBBのP-糖タンパク輸送活性を再構築した。その結果、異なる輸送活性を示す全11基質について再構築された輸送活性は実測値と良好に一致した(図8)<ref name="ref8" /> 。 | ||
このように、''in vivo'' | このように、''in vivo''のBBBにおける輸送活性を再構築できることが実験的に証明されている。この再構築の考え方をヒトに適用し、ヒトのトランスポーターの発現[[培養細胞]]における1分子輸送活性およびヒト脳毛細血管における発現量を測定することによって、ヒトBBBにおける種々のトランスポーターの輸送活性を解析できるようになると考えられている。 | ||
==関連項目== | ==関連項目== |