「衝動制御障害」の版間の差分

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== 病態 ==
== 病態 ==
=== 衝動制御と脳部位 ===
=== 衝動制御と脳部位 ===
 衝動の制御について、脳部位との関係を考える上で外傷性脳損傷の有名な症例がある。もともと真面目な性格であったGageは、作業中の事故で鉄の棒が上顎部から頭蓋部へ貫通した。彼の運動機能と感覚機能は障害を残さずに回復したものの、事故後に人格変化をきたし、無責任で衝動的にふるまうようになった。のちに、彼の頭蓋骨をもとに正常MRI画像とあわせて検討した結果、おもな損傷部位は[[前頭前野眼窩部]]や前部帯状回であったことが報告された<ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>。現在の脳研究では、[[前頭前野]]眼窩部は[[扁桃体]]の活動を抑制し、情動を引き起こす神経回路を制御することがわかっている<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref>。
 衝動の制御について、脳部位との関係を考える上で外傷性脳損傷の有名な症例がある。もともと真面目な性格であったGageは、作業中の事故で鉄の棒が上顎部から頭蓋部へ貫通した。彼の運動機能と感覚機能は障害を残さずに回復したものの、事故後に人格変化をきたし、無責任で衝動的にふるまうようになった。のちに、彼の頭蓋骨をもとに正常MRI画像とあわせて検討した結果、おもな損傷部位は[[前頭前野眼窩部]]や前部帯状回であったことが報告された<ref name=ref4><pubmed>8178168</pubmed></ref>。現在の脳研究では、[[前頭前野]]眼窩部は[[扁桃体]]の活動を抑制し、情動を引き起こす神経回路を制御することがわかっている<ref name=ref5>'''加藤隆、加藤元一郎'''<br>衝動性の神経心理学<br>''分子精神医学'' 9(4): 311 -315、2009</ref> <ref name=ref6>'''横山正宗、鈴木映二'''<br>衝動の神経生物学<br>''臨床精神医学'' 34(2): 203 -211、2005</ref>。


=== 衝動制御とセロトニン神経伝達 ===
=== 衝動制御とセロトニン神経伝達 ===
 [[セロトニン]]は衝動性をコントロールする代表的な神経伝達物質であり、[[セロトニン神経]]伝達が低下すると衝動性が亢進すると考えられている。衝動的な暴力行為を認める男性においてセロトニンの代謝産物である5-ハイドロキシインドール酢酸([[5-HIAA]])が尿中で低値であるほか、パーソナリティ障害や殺人者では衝動性が高いほど[[脳脊髄液]]中5-HIAA濃度が低いことが報告されている<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>。動物実験では、神経毒によってセロトニン神経の働きを弱められた[[ラット]]には衝動的な選択行動が増え、逆にセロトニン神経伝達が増強されるセロトニントランスポーターノックアウト[[マウス]]では衝動的選択が減ると報告されている<ref name=ref8 />。
 [[セロトニン]]は衝動性をコントロールする代表的な神経伝達物質であり、[[セロトニン神経]]伝達が低下すると衝動性が亢進すると考えられている。衝動的な暴力行為を認める男性においてセロトニンの代謝産物である5-ハイドロキシインドール酢酸([[5-HIAA]])が尿中で低値であるほか、パーソナリティ障害や殺人者では衝動性が高いほど[[脳脊髄液]]中5-HIAA濃度が低いことが報告されている<ref name=ref8>'''切目栄司、白川治'''<br>衝動性の神経生物学<br>''分子精神医学'' 9(4): 306 -310、2009</ref>。動物実験では、神経毒によってセロトニン神経の働きを弱められた[[ラット]]には衝動的な選択行動が増え、逆にセロトニン神経伝達が増強されるセロトニントランスポーターノックアウト[[マウス]]では衝動的選択が減ると報告されている<ref name=ref8 />。


=== 衝動制御障害の生物学的知見 ===
=== 衝動制御障害の生物学的知見 ===
 近代の脳科学の発展にともない、衝動性について数多くの生物学的知見がもたらされてきた一方で(脳科学辞典「衝動性」参照)、衝動制御障害のカテゴリーに含まれる各疾患についての報告は限られているが、間欠性爆発性障害やギャンブル障害については、いくつか再現性の高い知見が得られている。
 近代の脳科学の発展にともない、衝動性について数多くの生物学的知見がもたらされてきた一方で(脳科学辞典「衝動性」参照)、衝動制御障害のカテゴリーに含まれる各疾患についての報告は限られているが、間欠性爆発性障害やギャンブル障害については、いくつか再現性の高い知見が得られている。


 ポジトロン断層法(positron emission tomography: PET)を用いた研究により、間欠性爆発性障害は健常群に比べ、前部帯状回におけるセロトニントランスポーターが減少していること、セロトニン遊離促進薬であるフェンフルラミンを投与すると[[前頭葉]]における脳代謝が低下することが報告されている<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>。末梢血においても、血小板のセロトニントランスポーターが減少していることや、プロラクチン[[分泌]]量を指標とした試験でフェンフルラミン投与による反応が低下していることが報告されており、間欠性爆発性障害ではセロトニン神経伝達の機能が低下していることが推測される<ref name=ref7 />。また課題による賦活をみた脳機能画像研究では、同疾患は健常群に比べ、怒りの表情を提示された際の前頭前野眼窩部の賦活が乏しい一方で、扁桃体の賦活が強いことがfunctional MRIを用いた研究で報告されている<ref name=ref7 />。こういった間欠性爆発性障害にみられる所見は、セロトニン神経伝達の低下や前頭前野眼窩部の障害といった衝動性を亢進させる所見に類似していることから、間欠性爆発性障害は生物学的にも衝動性との関連が深いと推測される。
 ポジトロン断層法(positron emission tomography: PET)を用いた研究により、間欠性爆発性障害は健常群に比べ、前部帯状回におけるセロトニントランスポーターが減少していること、セロトニン遊離促進薬であるフェンフルラミンを投与すると[[前頭葉]]における脳代謝が低下することが報告されている<ref name=ref7><pubmed>22535310</pubmed></ref>。末梢血においても、血小板のセロトニントランスポーターが減少していることや、プロラクチン[[分泌]]量を指標とした試験でフェンフルラミン投与による反応が低下していることが報告されており、間欠性爆発性障害ではセロトニン神経伝達の機能が低下していることが推測される<ref name=ref7 />。また課題による賦活をみた脳機能画像研究では、同疾患は健常群に比べ、怒りの表情を提示された際の前頭前野眼窩部の賦活が乏しい一方で、扁桃体の賦活が強いことがfunctional MRIを用いた研究で報告されている<ref name=ref7 />。こういった間欠性爆発性障害にみられる所見は、セロトニン神経伝達の低下や前頭前野眼窩部の障害といった衝動性を亢進させる所見に類似していることから、間欠性爆発性障害は生物学的にも衝動性との関連が深いと推測される。


 ギャンブル障害の患者では、脊[[髄液]]中における[[ノルエピネフリン]]の代謝物の増加および尿中のノル[[エピネフリン]]の増加<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>、脳脊髄液におけるセロトニン代謝物の減少<ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref>、腹側線条体を中心とするドパミン系ニューロンの機能異常<ref name=ref10 /> <ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref>など、幅広い神経伝達系での異常が報告されている。これらの異常はそれぞれ、[[ノルアドレナリン]]系は興奮に、セロトニン系は衝動制御に、ドパミン系は報酬に関わると考えられている<ref name=ref10 />。ただし、ギャンブル障害はDSM-5では「物質関連障害および嗜癖性障害群」のカテゴリーに編入され、治療面においてもアルコール[[依存症]]の治療薬をギャンブル障害に用いる試みが海外でおこなわれているなど<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref>、より嗜癖性障害としての色彩を強めている。
 ギャンブル障害の患者では、脊[[髄液]]中における[[ノルエピネフリン]]の代謝物の増加および尿中のノル[[エピネフリン]]の増加<ref name=ref9><pubmed>2451490</pubmed></ref>、脳脊髄液におけるセロトニン代謝物の減少<ref name=ref10><pubmed>23541597</pubmed></ref>、腹側線条体を中心とするドパミン系ニューロンの機能異常<ref name=ref10 /> <ref name=ref11><pubmed>24723865</pubmed></ref>など、幅広い神経伝達系での異常が報告されている。これらの異常はそれぞれ、[[ノルアドレナリン]]系は興奮に、セロトニン系は衝動制御に、ドパミン系は報酬に関わると考えられている<ref name=ref10 />。ただし、ギャンブル障害はDSM-5では「物質関連障害および嗜癖性障害群」のカテゴリーに編入され、治療面においてもアルコール[[依存症]]の治療薬をギャンブル障害に用いる試みが海外でおこなわれているなど<ref name=ref12><pubmed>16449466</pubmed></ref>、より嗜癖性障害としての色彩を強めている。


== 治療  ==
== 治療  ==
 衝動制御障害とは、その診断カテゴリーの輪郭さえいまだ不明瞭なものであり、治療法が確立しているとはいえない。衝動行為そのものが個人と環境との相互作用の中でおこなわれることから、その双方への働きかけが必要とされ、それぞれの疾患や症状、状況に応じた個々の対応を要する。間欠性爆発性障害、放火症、窃盗症といった衝動制御障害の治療をおこなうには、まずは患者が自身の問題に気づくことが大切である。自身の行動特性を変えることができるのは自分自身であることを理解し、疾患によってもたらされた自らの問題に正面から向き合ってはじめて治療ははじまる。その際に湧き起こる自責や後悔の念が理解され、支持され、必要に応じた環境調整がおこなわれることが重要であり<ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>、その構築された治療関係のなかで薬物療法が効果をもたらす。[[気分安定薬]]である[[リチウム]]や[[非定型抗精神病薬]]である[[クロザピン]]は、衝動性の治療に有効であるとされている<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>。
 衝動制御障害とは、その診断カテゴリーの輪郭さえいまだ不明瞭なものであり、治療法が確立しているとはいえない。衝動行為そのものが個人と環境との相互作用の中でおこなわれることから、その双方への働きかけが必要とされ、それぞれの疾患や症状、状況に応じた個々の対応を要する。間欠性爆発性障害、放火症、窃盗症といった衝動制御障害の治療をおこなうには、まずは患者が自身の問題に気づくことが大切である。自身の行動特性を変えることができるのは自分自身であることを理解し、疾患によってもたらされた自らの問題に正面から向き合ってはじめて治療ははじまる。その際に湧き起こる自責や後悔の念が理解され、支持され、必要に応じた環境調整がおこなわれることが重要であり<ref name=ref13>'''山田 了士''',br>間歇性爆発性障害<br>''精神科治療学'' 27(6): 699-705、2012</ref>、その構築された治療関係のなかで薬物療法が効果をもたらす。[[気分安定薬]]である[[リチウム]]や[[非定型抗精神病薬]]である[[クロザピン]]は、衝動性の治療に有効であるとされている<ref name=ref14><pubmed>18834309</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>14965852</pubmed></ref>。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==

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