「補足運動野」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0092785 松坂 義哉]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0092785 松坂 義哉]</font><br>
''東北大学 大学院医学系研究科 医科学専攻 生体機能学講座 生体システム生理学分野''<br>
''東北大学 大学院医学系研究科 医科学専攻 生体機能学講座 生体システム生理学分野''<br>
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2012年4月26日 原稿完成日:2013年月日<br>
DOI <selfdoi /> 原稿受付日:2012年4月26日 原稿完成日:2015年7月5日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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 補足運動野(supplementary motor area, SMA)とは[[大脳皮質]][[前頭葉]]のうち[[wikipedia:Korbinian Brodmann|Brodmann]][[ブロードマンの脳地図|脳地図]]の[[6野]]内側部を占める[[皮質運動領野]]である。[[wikipedia:JA:Wilder Penfield|Penfield]]とWelchによって初めてその存在が報告され、それまでに知られていた[[一次運動野]]に対して、もう一つの補足的な皮質運動領野であるという意味を込めて命名された。しかしその後の研究によって補足運動野は運動制御において一次運動野とは異なる固有の役割(例、自発的な運動の開始、異なる複数の運動を特定の順序に従って実行する、両手の協調動作など)を果たしていることが明らかにされている。なお、当初補足運動野は6野内側部全体を占めていると考えられていたが、現在では補足運動野は6野内側部後方を占める一方、6野内側部前方部は[[前補足運動野]]として区別される(図1)。このため、補足運動野は前補足運動野との区別を強調する意図でcaudal SMA, SMA properなどと呼ばれることもある。  
 補足運動野(supplementary motor area, SMA)とは[[大脳皮質]][[前頭葉]]のうち[[wikipedia:Korbinian Brodmann|Brodmann]][[ブロードマンの脳地図|脳地図]]の[[6野]]内側部を占める[[皮質運動領野]]である。[[wikipedia:JA:Wilder Penfield|Penfield]]とWelchによって初めてその存在が報告され、それまでに知られていた[[一次運動野]]に対して、もう一つの補足的な皮質運動領野であるという意味を込めて命名された。しかしその後の研究によって補足運動野は運動制御において一次運動野とは異なる固有の役割(例、自発的な運動の開始、異なる複数の運動を特定の順序に従って実行する、両手の協調動作など)を果たしていることが明らかにされている。なお、当初補足運動野は6野内側部全体を占めていると考えられていたが、現在では補足運動野は6野内側部後方を占める一方、6野内側部前方部は[[前補足運動野]]として区別される。このため、補足運動野は前補足運動野との区別を強調する意図でcaudal SMA, SMA properなどと呼ばれることもある。  
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== 歴史的背景  ==
[[Image:M1 SMA pre-SMA.jpg|thumb|right|275px|'''図1.サル(左)及びヒト(右)における一次運動野、補足運動野、前補足運動野の位置関係'''<br>CA-CP: 前交連及び後交連を通る平面。VCA: 前交連を通りCA-CP面に垂直な直線。]]
 補足運動野は20世紀中盤にカナダの脳外科医[[Wilder Penfield]]及びKeasley Welchによって発見・命名された<ref name="Penfield1951"><pubmed> 14867993 </pubmed></ref>。大脳皮質に於いては[[中心溝]]に接する[[前頭皮質]]([[中心前回]])に運動を支配する領域(一次運動野)が存在する事が古くから知られていたが、Penfieldらは[[中心前回]]の更に前方、Brodmannの6野内側部に電気刺激によって運動が誘発される領域があることを見出した。この領域における誘発運動には[[体部位再現]]が存在する。つまり刺激部位によって前方から後方にかけて刺激側とは反対側の顔、上肢、体幹、下肢の順に異なる体部位の運動が誘発され、かつこの体部位再現は一次運動野のもの(外側から内側にかけて顔、上肢、体幹、下肢)とは位置的にも別個のものである。更に、[[ヒト]]や[[サル]]において一次運動野を切除した後でも補足運動野の電気刺激によって運動を惹起できることから<ref name="Penfield1951"/>、補足運動野は一次運動野とは独立した皮質運動領野として確立された。


[[Image:M1 SMA pre-SMA.jpg|thumb|right|275px|図1.サル(左)及びヒト()における一次運動野、補足運動野、前補足運動野の位置関係。CA-CP: 前交連及び後交連を通る平面。VCA: 前交連を通りCA-CP面に垂直な直線。]]
 後の研究によって、補足運動野の位置する6野内側部には前後各一つずつの運動関連領野が存在することが判明し、そのうち従来から知られていた補足運動野の性質(体部位再現の存在、電気刺激による運動の誘発、[[脊髄]]への投射経路の存在など)は6野内側部後方の領域に当てはまる事が判明したため、現在では6野内側前方部を[[前補足運動野]]、後方を元来の意味での補足運動野として区別する(図1)。以下、本項目ではこの新しい定義による補足運動野を取り扱う。


== 歴史的背景 ==
== 解剖・生理学的所見 ==


 補足運動野は20世紀中盤にカナダの脳外科医[[Wilder Penfield]]及びKeasley Welchによって発見・命名された<ref name="Penfield1951"><pubmed> 14867993 </pubmed></ref>。大脳皮質に於いては[[中心溝]]に接する[[前頭皮質]]([[中心前回]])に運動を支配する領域(一次運動野)が存在する事が古くから知られていたが、Penfieldらは[[中心前回]]の更に前方、Brodmannの6野内側部に電気刺激によって運動が誘発される領域があることを見出した。この領域における誘発運動には[[体部位再現]]が存在する。つまり刺激部位によって前方から後方にかけて刺激側とは反対側の顔、上肢、体幹、下肢の順に異なる体部位の運動が誘発され、かつこの体部位再現は一次運動野のもの(外側から内側にかけて顔、上肢、体幹、下肢)とは位置的にも別個のものである。更に、ヒトやサルにおいて一次運動野を切除した後でも補足運動野の電気刺激によって運動を惹起できることから<ref name="Penfield1951"/>、補足運動野は一次運動野とは独立した皮質運動領野として確立された。
 補足運動野はBrodmann6野内側部後方に位置する<ref>'''C Vogt. O Vogt'''<br>Allgemeinere Ergebnisse unserer Hirnforschung<br>Journal für Psychologie und Neurologie: 1919, 25:277-462</ref><ref><pubmed>1757597</pubmed></ref>


 後の研究によって、補足運動野の位置する6野内側部には前後各一つずつの運動関連領野が存在することが判明し、そのうち従来から知られていた補足運動野の性質(体部位再現の存在、電気刺激による運動の誘発、[[脊髄]]への投射経路の存在など)は6野内側部後方の領域に当てはまる事が判明したため、現在では6野内側前方部を前補足運動野、後方を元来の意味での補足運動野として区別する。以下、本項目ではこの新しい定義による補足運動野を取り扱う。
 補足運動野は運動系中枢との密な線維連絡を持ち、一次運動野、背側及び腹側[[運動前野]]、[[帯状皮質運動野]]と双方向性に結合する<ref name="Luppino1993"><pubmed>7507940</pubmed></ref>ほか、[[脳幹]][[運動神経核]]や[[wikipedia:ja:脊髄|脊髄]]へ直接投射する<ref><pubmed>1705965</pubmed></ref><ref><pubmed>7696600</pubmed></ref>。ただし、補足運動野から脊髄への投射は脊髄[[灰白質]]の中間層(Rexed分類の第7層)に大部分が終始し、[[wikipedia:ja:脊髄|脊髄]][[運動ニューロン]]の細胞体が存在する第9層への入力は比較的乏しい<ref><pubmed>8815929</pubmed></ref>。
 
== 解剖・生理学的所見  ==


 補足運動野はBrodmann6野内側部後方に位置する<ref>'''C Vogt. O Vogt'''<br>Allgemeinere Ergebnisse unserer Hirnforschung<br>Journal für Psychologie und Neurologie: 1919, 25:277-462</ref><ref><pubmed>1757597</pubmed></ref>。補足運動野は運動系中枢との密な線維連絡を持ち、一次運動野、背側及び腹側[[運動前野]]、[[帯状皮質運動野]]と双方向性に結合する<ref name="Luppino1993"><pubmed>7507940</pubmed></ref>ほか、[[脳幹]][[運動神経核]]や[[wikipedia:ja:脊髄|脊髄]]へ直接投射する<ref><pubmed>1705965</pubmed></ref><ref><pubmed>7696600</pubmed></ref>。ただし、補足運動野から脊髄への投射は脊髄[[灰白質]]の中間層(Rexed分類の第7層)に大部分が終始し、[[wikipedia:ja:脊髄|脊髄]][[運動ニューロン]]の細胞体が存在する第9層への入力は比較的乏しい<ref><pubmed>8815929</pubmed></ref>。頭頂葉との関係では、[[二次体性感覚野]]やBrodmannの[[5野]]からの入力を受ける<ref name="Luppino1993" />。一方で[[前頭前野]]、[[前頭眼窩野]]とは直接の線維連絡を持たない<ref name="Luppino1993" />。また補足運動野は[[視床]][[外側腹側核吻側部]](VLo核)を介して[[大脳基底核]]からの入力を受け取る一方、[[小脳核]]からの入力は乏しい<ref name="Schell1984"><pubmed>6199485</pubmed></ref><ref><pubmed>8841922</pubmed></ref><ref><pubmed>9924930</pubmed></ref><ref name="Sakai2002"><pubmed>12088388</pubmed></ref>。対照的に一次運動野や運動前野は小脳からの入力が優勢である<ref name="Schell1984" /><ref name="Sakai2002" /><ref><pubmed>9193166</pubmed></ref>。  
 頭頂葉との関係では、[[二次体性感覚野]]やBrodmannの[[5野]]からの入力を受ける<ref name="Luppino1993" />。一方で[[前頭前野]]、[[前頭眼窩野]]とは直接の線維連絡を持たない<ref name="Luppino1993" />。また補足運動野は[[視床]][[外側腹側核吻側部]](VLo核)を介して[[大脳基底核]]からの入力を受け取る一方、[[小脳核]]からの入力は乏しい<ref name="Schell1984"><pubmed>6199485</pubmed></ref><ref><pubmed>8841922</pubmed></ref><ref><pubmed>9924930</pubmed></ref><ref name="Sakai2002"><pubmed>12088388</pubmed></ref>。対照的に一次運動野や運動前野は小脳からの入力が優勢である<ref name="Schell1984" /><ref name="Sakai2002" /><ref><pubmed>9193166</pubmed></ref>。  


 前述のように補足運動野には電気刺激による誘発運動や体性感覚応答の[[受容野]]によって定義される体部位再現があり、前方より顔、上肢、体幹、下肢の領域が認められる<ref><pubmed>7067775</pubmed></ref><ref><pubmed>1941101</pubmed></ref><ref><pubmed>1757598</pubmed></ref>。一方で[[視覚]]刺激に対する応答性は乏しく、この点で前補足運動野とは区別される。
 前述のように補足運動野には電気刺激による誘発運動や体性感覚応答の[[受容野]]によって定義される体部位再現があり、前方より顔、上肢、体幹、下肢の領域が認められる<ref><pubmed>7067775</pubmed></ref><ref><pubmed>1941101</pubmed></ref><ref><pubmed>1757598</pubmed></ref>。一方で[[視覚]]刺激に対する応答性は乏しく、この点で前補足運動野とは区別される。
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=== 順序動作の制御  ===
=== 順序動作の制御  ===


 複数の動作を適切な順序で実行すること(例.カップ麺の蓋を開けて"から"湯を注ぐなど)は日常生活を営む上で重要な役割を持つが、ヒトの補足運動野の損傷は一連の動作を順序立てて実行することが困難になる運動障害を引き起こす。その一方で個別の要素的運動を実行する限り目立った障害を示さない<ref><pubmed>591992</pubmed></ref>。ヒトの健常者に於いては順序動作の実行に伴って補足運動野の脳血流が増加すること<ref><pubmed>7351547</pubmed></ref>、複数の動作を個別に行うよりも一連の動作として行う時に補足運動野上から記録される運動準備電位(Bereitschaftspotentia)が増強すること<ref><pubmed>4094721</pubmed></ref>が指摘されている。動物実験でも補足運動野、前補足運動野には動作の順序に選択的な活動を示すニューロンが数多く存在すること、[[GABA受容体|GABA<sub>A</sub>受容体]][[作動薬]]である[[ムシモール]]をこれらの領域に注入し、神経細胞活動を抑制すると順序動作の実行が障害されるなどヒトで得られた知見を支持する結果が得られている<ref><pubmed>11520914</pubmed></ref>。<br>  
 複数の動作を適切な順序で実行すること(例.カップ麺の蓋を開けて"から"湯を注ぐなど)は日常生活を営む上で重要な役割を持つが、ヒトの補足運動野の損傷は一連の動作を順序立てて実行することが困難になる運動障害を引き起こす。その一方で個別の要素的運動を実行する限り目立った障害を示さない<ref><pubmed>591992</pubmed></ref>。ヒトの健常者に於いては順序動作の実行に伴って補足運動野の脳血流が増加すること<ref><pubmed>7351547</pubmed></ref>、複数の動作を個別に行うよりも一連の動作として行う時に補足運動野上から記録される運動準備電位(Bereitschaftspotential)が増強すること<ref><pubmed>4094721</pubmed></ref>が指摘されている。動物実験でも補足運動野、前補足運動野には動作の順序に選択的な活動を示すニューロンが数多く存在すること、[[GABA受容体|GABA<sub>A</sub>受容体]][[作動薬]]である[[ムシモール]]をこれらの領域に注入し、神経細胞活動を抑制すると順序動作の実行が障害されるなどヒトで得られた知見を支持する結果が得られている<ref><pubmed>11520914</pubmed></ref>。<br>  


=== 両手の協調運動  ===
=== 両手の協調運動  ===

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