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担当編集委員:[http://researchmap.jp/ichirofujita 藤田 一郎](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br></div> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/ichirofujita 藤田 一郎](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br></div> | ||
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フェロモンは、(1)同種の他の個体から分泌される、(2)特定の受容器で受容される、(3)その情報は脳神経系で処理される、(4)神経系あるいは内分泌系を介して行動や生理機能に特有の反応を引き起こす、化学物質のことである。フェロモンはその作用から、リリーサー(releaser)フェロモンとプライマー(primer)フェロモンに分類される。 | |||
フェロモンの研究は昆虫を代表とする無脊椎動物の分野で大変に進んでおり、すばらしい成果をあげている。集合フェロモン、女王フェロモン、警報フェロモン、道しるべフェロモン等多くが同定されている。一方、脊椎動物では研究が遅れている。その中で、プライマーフェロモン効果について、ブルース効果や雄効果のメカニズムが明らかになりつつある。ヒトのフェロモンについては特にわからないことが多いが、寄宿舎効果と呼ばれる、月経周期が同調するプライマーフェロモン効果の研究が進んでいる。 | |||
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[[image:フェロモン1.png|thumb|300px|'''図1.ボンビコールの分子構造(上)とカイコガの幼虫(中)および成虫(下)''']] | [[image:フェロモン1.png|thumb|300px|'''図1.ボンビコールの分子構造(上)とカイコガの幼虫(中)および成虫(下)''']] | ||
==フェロモンとは== | ==フェロモンとは== | ||
フェロモンを[[wj:化学物質|化学物質]]として最初に同定したのは、ドイツの化学者[[wj:アドルフ・ブーテナント|ブーテナント]]である。1957年に、[[wj:カイコガ|カイコガ]]の雌が雄を引きつける物質の[[w:Bombykol|ボンビコール]]([[w:Bombykol|bombykol]])である。[[wj:カイコ|カイコ]]の学名の''Bombyx mori'' | フェロモンを[[wj:化学物質|化学物質]]として最初に同定したのは、ドイツの化学者[[wj:アドルフ・ブーテナント|ブーテナント]]である。1957年に、[[wj:カイコガ|カイコガ]]の雌が雄を引きつける物質の[[w:Bombykol|ボンビコール]]([[w:Bombykol|bombykol]])である。[[wj:カイコ|カイコ]]の学名の''Bombyx mori''にちなんで名付けられた(図1)。 | ||
その後、いくつかの[[昆虫]] | その後、いくつかの[[昆虫]](チャバネゴキブリ、イエバエ、マダラチョウなど)の性誘因物質が発見された。1963年に、このような性質を持つ物質を、[[wj:ギリシャ語|ギリシャ語]]のpherein(運ぶ)とhormon(興奮させる)からpheromone(フェロモン)と命名され、フェロモンは、「[[動物]]個体から放出され、同種他個体に『特有な反応』を引き起こす化学物質」と定義された<ref name=ref1><pubmed>13622694</pubmed></ref>。 | ||
“特有な反応を引き起こす”という定義の内容から、フェロモンは二つのタイプに分けられる。 | “特有な反応を引き起こす”という定義の内容から、フェロモンは二つのタイプに分けられる。 | ||
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[[wj:キクイムシ|キクイムシ]]により樹木が枯れることが知られている。一匹のキクイムシが飛来しそこが満足の行く場所だと続々と仲間が飛来する。この招集にフェロモンが使われている。このような、仲間を招集する役割を有するものを集合フェロモンと呼ぶ。カリフォルニアのキクイムシの集合フェロモンは[[w:(S)-Ipsdienol|イプセノール]]、[[w:(S)-Ipsdienol|イプスジエノール]]、[[w:Verbenol |ベルベノール]]の3種が主成分である。 | [[wj:キクイムシ|キクイムシ]]により樹木が枯れることが知られている。一匹のキクイムシが飛来しそこが満足の行く場所だと続々と仲間が飛来する。この招集にフェロモンが使われている。このような、仲間を招集する役割を有するものを集合フェロモンと呼ぶ。カリフォルニアのキクイムシの集合フェロモンは[[w:(S)-Ipsdienol|イプセノール]]、[[w:(S)-Ipsdienol|イプスジエノール]]、[[w:Verbenol |ベルベノール]]の3種が主成分である。 | ||
===女王フェロモン=== | ===女王フェロモン=== | ||
[[wj:ミツバチ|ミツバチ]]のコロニーでは、[[wj:女王蜂|女王]]がフェロモンを放出しワーカー([[wj:働き蜂|働き蜂]])がこれを巣全体に行き渡らせる働きをしている。女王フェロモンはワーカーに作用し、巣作り、養育、採餌、食物貯蔵、さらには女王の養育の効果を及ぼす。また、女王フェロモンは新しい女王の出現を抑制している。女王フェロモンの主成分は[[wj: | [[wj:ミツバチ|ミツバチ]]のコロニーでは、[[wj:女王蜂|女王]]がフェロモンを放出しワーカー([[wj:働き蜂|働き蜂]])がこれを巣全体に行き渡らせる働きをしている。女王フェロモンはワーカーに作用し、巣作り、養育、採餌、食物貯蔵、さらには女王の養育の効果を及ぼす。また、女王フェロモンは新しい女王の出現を抑制している。女王フェロモンの主成分は[[wj:オキソデセン酸|オキソデセン酸]]である。 | ||
===警報フェロモン=== | ===警報フェロモン=== | ||
見張り役のミツバチが危険を感じると針の収まっている袋を開き、針を突出させて警報フェロモンを出し、巣の中の仲間に助けを求める。フェロモンを受容した他のハチは一斉に攻撃態勢に入る。このように、仲間に危険を知らせるフェロモンを警報フェロモンと呼ぶ。ミツバチの警報フェロモンの主成分は[[wj:酢酸イソアミル|酢酸イソペンチル]]である。 | 見張り役のミツバチが危険を感じると針の収まっている袋を開き、針を突出させて警報フェロモンを出し、巣の中の仲間に助けを求める。フェロモンを受容した他のハチは一斉に攻撃態勢に入る。このように、仲間に危険を知らせるフェロモンを警報フェロモンと呼ぶ。ミツバチの警報フェロモンの主成分は[[wj:酢酸イソアミル|酢酸イソペンチル]]である。 | ||
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地球上には様々な[[哺乳類]]が生活しているが、その大半は[[wj:ネズミ|ネズミ]]や[[wj:タヌキ|タヌキ]]のような[[wj:夜行性|夜行性]]であり、そのため[[視覚]]よりは[[嗅覚]]が重要な役割を果たすものが多い。図2に、代表的な哺乳類のフェロモンとして報告されている物質のいくつかを示す。 | 地球上には様々な[[哺乳類]]が生活しているが、その大半は[[wj:ネズミ|ネズミ]]や[[wj:タヌキ|タヌキ]]のような[[wj:夜行性|夜行性]]であり、そのため[[視覚]]よりは[[嗅覚]]が重要な役割を果たすものが多い。図2に、代表的な哺乳類のフェロモンとして報告されている物質のいくつかを示す。 | ||
* [[w:(Z)-7-dodecen-1-yl acetate|ドデシニルアセテート]]はゾウの雌から放出され雄の[[wj:アジアゾウ|ゾウ]] | * [[w:(Z)-7-dodecen-1-yl acetate|ドデシニルアセテート]]はゾウの雌から放出され雄の[[wj:アジアゾウ|ゾウ]]にフレーメンを誘起する<ref name=ref2><pubmed>9279465</pubmed></ref>。フレーメンとは[[wj:ウマ|ウマ]]や[[wj:ヒツジ|ヒツジ]]の雄が雌の[[wj:尿|尿]]や[[wj:外陰部|外陰部]]の匂いをかいだあと頭を上げ[[wj:上唇|上唇]]をめくりあげ、目をむいてしばらく陶酔に浸るようにじっとその姿勢を保ち続ける行動が有名である。ゾウでは長い鼻を高々と上げるポーズをとる。ドデシニルアセテートはウマ、ヒツジには効果がない。 | ||
* [[w:4-ethyloctanal|エチルオクタナール]]は[[wj:シバヤギ|シバヤギ]]の雄効果(詳細は後述)を引き起こす。[[wj:東京大学|東京大学]]農学部の森らにより報告された<ref name=ref3><pubmed>24583018</pubmed></ref>。脳内の[[視床下部]]に作用し、[[性腺刺激ホルモン放出ホルモン]]([[gonadotropin releasing hormone]], [[GnRH]])の[[分泌]]さらには[[下垂体]]からの[[黄体ホルモン]]の分泌を制御し、排卵を誘起する。 | * [[w:4-ethyloctanal|エチルオクタナール]]は[[wj:シバヤギ|シバヤギ]]の雄効果(詳細は後述)を引き起こす。[[wj:東京大学|東京大学]]農学部の森らにより報告された<ref name=ref3><pubmed>24583018</pubmed></ref>。脳内の[[視床下部]]に作用し、[[性腺刺激ホルモン放出ホルモン]]([[gonadotropin releasing hormone]], [[GnRH]])の[[分泌]]さらには[[下垂体]]からの[[黄体ホルモン]]の分泌を制御し、排卵を誘起する。 | ||
* [[wj:アンドロステノン|アンドロステノン]]は[[wj:ブタ|ブタ]]のフェロモンである。雄ブタの[[顎下腺]]から、発情期の雌が交尾姿勢をとるように誘引する効果を指標に見つけられた<ref name=ref4><pubmed>7716200</pubmed></ref>。このフェロモンは合成され「ボアメイト」という名前のスプレーとして市販されており、ブタの[[wj:人工授精|人工授精]]の際に利用されて繁殖率の向上に役立っている。実用化されたことから有名になった。 | * [[wj:アンドロステノン|アンドロステノン]]は[[wj:ブタ|ブタ]]のフェロモンである。雄ブタの[[顎下腺]]から、発情期の雌が交尾姿勢をとるように誘引する効果を指標に見つけられた<ref name=ref4><pubmed>7716200</pubmed></ref>。このフェロモンは合成され「ボアメイト」という名前のスプレーとして市販されており、ブタの[[wj:人工授精|人工授精]]の際に利用されて繁殖率の向上に役立っている。実用化されたことから有名になった。 | ||
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* [[w:2-sec-Butyl-4,5-dihydrothiazole|ブチルジヒドロチアゾール]]、[[w:3,4-dehydro-exo-brevicomin|デヒドロブレビコミン]]は、[[マウス]]のフェロモンである<ref name=ref6><pubmed>3856883</pubmed></ref>。攻撃フェロモンとして知られている。詳細は[[フェロモン#攻撃フェロモン|攻撃フェロモン]]で述べる。 | * [[w:2-sec-Butyl-4,5-dihydrothiazole|ブチルジヒドロチアゾール]]、[[w:3,4-dehydro-exo-brevicomin|デヒドロブレビコミン]]は、[[マウス]]のフェロモンである<ref name=ref6><pubmed>3856883</pubmed></ref>。攻撃フェロモンとして知られている。詳細は[[フェロモン#攻撃フェロモン|攻撃フェロモン]]で述べる。 | ||
他に、雄マウスの[[涙腺]]から雌を誘因するフェロモンが、東京大学農学部の東原らにより報告された<ref name=ref7><pubmed>20596023</pubmed></ref>。[[ESP1]] | 他に、雄マウスの[[涙腺]]から雌を誘因するフェロモンが、東京大学農学部の東原らにより報告された<ref name=ref7><pubmed>20596023</pubmed></ref>。[[ESP1]]と命名されたタンパク質である。ESP1に特異的[[フェロモン受容体]]がクローニングされ、分子構造が明らかになっている。 | ||
==哺乳類のフェロモン行動== | ==哺乳類のフェロモン行動== | ||
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リリーサーフェロモンによる効果については、哺乳類ではあまり研究は進んでいない。しかし、フレーメンやなわばり行動と関連したマーキング([[イヌ]]などが電柱や垣根等に尿を振りかける行動)など、フェロモンに関わる行動は専門家のみならず一般の人たちにもなじみ深いものが多い。 | リリーサーフェロモンによる効果については、哺乳類ではあまり研究は進んでいない。しかし、フレーメンやなわばり行動と関連したマーキング([[イヌ]]などが電柱や垣根等に尿を振りかける行動)など、フェロモンに関わる行動は専門家のみならず一般の人たちにもなじみ深いものが多い。 | ||
====なわばり行動==== | ====なわばり行動==== | ||
動物において自己の[[wj:なわばり|なわばり]] | 動物において自己の[[wj:なわばり|なわばり]]を保持することは、餌・食物を確保するだけでなく生殖にとっても重要な意味を持ち、系統の維持に大切な役割を有する。イギリスの野生下に生息するハツカネズミのなわばりは20-30平方メートル程度と言われている。[[wj:ドブネズミ|ドブネズミ]]では200平方メートルに及ぶようである。 | ||
野生環境では,隣り合ったなわばりをもつ動物が隣のなわばりに入ると,その居住者から激しい攻撃を受け,侵入者はあわてて自分のなわばりに戻る。いったん自分のなわばり内に戻ると自信を取り戻し,追いかけてきた隣のなわばりの居住者に対して今度は攻撃をしかける。これら行動の発現は明らかになわばり依存性である。なわばりを維持するために必要とされる個体標識に関する成分としては尿や[[wj:糞|糞]]に含まれる匂い物質と言われている。マウスはなわばりの境界を示すため尿を利用してマーキング行動をおこなう。また、尿には[[主要尿タンパク質]]([[Major Urinary Protein]], [[MUP]])の存在が報告されており,野生環境のマウスでは,このタンパク質の構成成分の違いを根拠になわばりを主張しているといわれている。MUPはタンパク質の複合体で,個体毎に複合体の発現量やそのバランスは違っている。おそらく、個体識別にはこれらたんぱく質複合体の量の相違を指標にしていると思われる。 | 野生環境では,隣り合ったなわばりをもつ動物が隣のなわばりに入ると,その居住者から激しい攻撃を受け,侵入者はあわてて自分のなわばりに戻る。いったん自分のなわばり内に戻ると自信を取り戻し,追いかけてきた隣のなわばりの居住者に対して今度は攻撃をしかける。これら行動の発現は明らかになわばり依存性である。なわばりを維持するために必要とされる個体標識に関する成分としては尿や[[wj:糞|糞]]に含まれる匂い物質と言われている。マウスはなわばりの境界を示すため尿を利用してマーキング行動をおこなう。また、尿には[[主要尿タンパク質]]([[Major Urinary Protein]], [[MUP]])の存在が報告されており,野生環境のマウスでは,このタンパク質の構成成分の違いを根拠になわばりを主張しているといわれている。MUPはタンパク質の複合体で,個体毎に複合体の発現量やそのバランスは違っている。おそらく、個体識別にはこれらたんぱく質複合体の量の相違を指標にしていると思われる。 | ||
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====ブルース効果==== | ====ブルース効果==== | ||
雌のマウスは交尾後、当然のことであるが、交尾相手の雄のフェロモンに曝されても正常に妊娠が維持され出産する。しかしながら交尾相手と異なる雄のフェロモンを曝露されると、妊娠の成立が阻止される事が、1959年[[w:Hilda Margaret Bruce|ブルース]]によって見いだされた<ref name=ref9><pubmed>13805128</pubmed></ref>。雌マウスは、交尾後[[w:着床|着床]]までの間(およそ4-5日)に、交尾相手と異なる雄のフェロモンに曝露されると、脳内の内分泌系の中枢である視床下部の[[正中隆起]]から[[ドーパミン]]が正中隆起と下垂体を連絡する血管の[[下垂体門脈|門脈]]に放出される。さらに、ドーパミンは下垂体に作用して、それが下垂体からの分泌されるホルモンである[[プロラクチン]]の分泌を抑制する。この結果、本来[[プロゲステロン]]の[[卵巣]]からの分泌を促進するプロラクチンが作用しないため、卵巣からのプロゲステロンの分泌も抑制され、着床が阻害され妊娠が不成立に終わってしまうのである。このメカニズムはフェロモンが内分泌系に影響を与えるプライマー効果の典型である。 | 雌のマウスは交尾後、当然のことであるが、交尾相手の雄のフェロモンに曝されても正常に妊娠が維持され出産する。しかしながら交尾相手と異なる雄のフェロモンを曝露されると、妊娠の成立が阻止される事が、1959年[[w:Hilda Margaret Bruce|ブルース]]によって見いだされた<ref name=ref9><pubmed>13805128</pubmed></ref>。雌マウスは、交尾後[[w:着床|着床]]までの間(およそ4-5日)に、交尾相手と異なる雄のフェロモンに曝露されると、脳内の内分泌系の中枢である視床下部の[[正中隆起]]から[[ドーパミン]]が正中隆起と下垂体を連絡する血管の[[下垂体門脈|門脈]]に放出される。さらに、ドーパミンは下垂体に作用して、それが下垂体からの分泌されるホルモンである[[プロラクチン]]の分泌を抑制する。この結果、本来[[プロゲステロン]]の[[卵巣]]からの分泌を促進するプロラクチンが作用しないため、卵巣からのプロゲステロンの分泌も抑制され、着床が阻害され妊娠が不成立に終わってしまうのである。このメカニズムはフェロモンが内分泌系に影響を与えるプライマー効果の典型である。 | ||
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ヒトのフェロモン候補にあげられているもう一つの物質がアンドロステノンである。アンドロステノンを散布した椅子に好んで座る頻度を計測した結果、女性では有意の増加を示し、男性では逆に減少したという。この実験は、カーク・スミスとブースにより報告された<ref name=ref11>'''Kirk-Smith MD, Booth DA'''<br>Effect of androstenon on choice of location in others presence. <br>In: Olfaction and Taste VII. pp 390-400. (1980) </ref>。この実験はいくつかの点において問題が指摘されている。座った回数は述べられているが、被検者の人数が不明なので、観察期間中に同じ被検者が繰り返し座っているかどうか不明である。また、散布した椅子以外で実験が行われていない。他の椅子でも同様の実験を繰り返す必要がある。さらに、アンドロステノンをふりかけるのは診察時間前である。観察は1日行うため、時間の経過とともに濃度に変化が生ずるし、診察室内の環境も変化するなどである。たしかに、診察室が混んでいる時は、混雑度がデータに影響することを、著者自身が指摘している。実験方法を工夫して同様の実験が出来ると、興味ある結果が得られると思うが実際に行うのは難しい。 | ヒトのフェロモン候補にあげられているもう一つの物質がアンドロステノンである。アンドロステノンを散布した椅子に好んで座る頻度を計測した結果、女性では有意の増加を示し、男性では逆に減少したという。この実験は、カーク・スミスとブースにより報告された<ref name=ref11>'''Kirk-Smith MD, Booth DA'''<br>Effect of androstenon on choice of location in others presence. <br>In: Olfaction and Taste VII. pp 390-400. (1980) </ref>。この実験はいくつかの点において問題が指摘されている。座った回数は述べられているが、被検者の人数が不明なので、観察期間中に同じ被検者が繰り返し座っているかどうか不明である。また、散布した椅子以外で実験が行われていない。他の椅子でも同様の実験を繰り返す必要がある。さらに、アンドロステノンをふりかけるのは診察時間前である。観察は1日行うため、時間の経過とともに濃度に変化が生ずるし、診察室内の環境も変化するなどである。たしかに、診察室が混んでいる時は、混雑度がデータに影響することを、著者自身が指摘している。実験方法を工夫して同様の実験が出来ると、興味ある結果が得られると思うが実際に行うのは難しい。 | ||
[[wj:鼻腔|鼻腔]]にアンドロステノンを散布すると鼻腔の[[wj:粘膜|粘膜]]から吸収されて、内分泌バランスなどに影響を与えるという報告もある。アンドロステノンは[[ステロイド]] | [[wj:鼻腔|鼻腔]]にアンドロステノンを散布すると鼻腔の[[wj:粘膜|粘膜]]から吸収されて、内分泌バランスなどに影響を与えるという報告もある。アンドロステノンは[[ステロイド]]ホルモンである。従って、感覚系を経由しないで、皮膚などから直接体内の血液循環に乗って、様々な生理機能に影響を及ぼす可能性がある。この点については慎重に扱う必要がある。ステロイド物質は、その作用がホルモン作用なのかフェロモン作用なのか見極めが難しい例が多々ある。先に述べた、PDDも同様である。この物質を鋤鼻器に吹き付けたと述べているが、鼻腔内の粘膜から直接取り込まれる可能性はおおいにある。 | ||
さらに、怪しげな物質がコプリンとよばれているものである。1970年代の初め、女性の[[wj:膣|膣]]の分泌物に存在する低分子の[[wj:脂肪酸|脂肪酸]](C2からC6)の合成混合物が男性の性的効果を高めるとされて話題になった。フランスで香水の成分としても用いられた。しかし、その後の研究で、効果については疑問視されている。 | さらに、怪しげな物質がコプリンとよばれているものである。1970年代の初め、女性の[[wj:膣|膣]]の分泌物に存在する低分子の[[wj:脂肪酸|脂肪酸]](C2からC6)の合成混合物が男性の性的効果を高めるとされて話題になった。フランスで香水の成分としても用いられた。しかし、その後の研究で、効果については疑問視されている。 |