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== サブスタンスPとは ==
== サブスタンスPとは ==
 サブスタンスPとはウマの脳および腸管に存在し、血圧を下降させ、平滑筋を収縮させる物質として、1931年にvon EulerとGaddumによって見出され、1971年に単離された11個のアミノ酸からなる[[神経ペプチド]]である。SPは一次求心性ニューロンの一部に含まれ、脊髄後角で刺激に応じて[[神経終末]]の[[シナプス小胞]]から放出され、脊髄ニューロンで時間経過の遅い脱分極をひきおこす。
 サブスタンスPとは[[wikipedia:ja:ウマ|ウマ]]の脳および[[wikipedia:ja:腸管|腸管]]に存在し、[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]を下降させ、[[[wikipedia:ja:平滑筋|平滑筋]]を収縮させる物質として、1931年に[[wikipedia:ja:ウルフ・スファンテ・フォン・オイラー|von Euler]]と[[wikipedia:John Gaddum|Gaddum]]によって見出され、1971年に単離された11個のアミノ酸からなる神経ペプチドである。サブスタンスPは[[一次求心性ニューロン]]の一部に含まれ、[[脊髄後角]]で刺激に応じて[[神経終末]]の[[シナプス小胞]]から放出され、[[脊髄]]ニューロンで時間経過の[[遅い脱分極]]をひきおこす。


== ファミリー ==
== ファミリー ==
 SPはタキキニンファミリーに属している。同じファミリーには、ニューロキニンA neurokinin A (NKA)、ニューロキニンB neurokinin B (NKB)、ヘモキニン-1 hemokinin-1 (HK-1)が含まれ、そのC末端に共通のアミノ酸配列、-Phe-X-Gly-Leu-Met-NH2を持っている。SP、NKA、NKBは[[哺乳類]]でアミノ酸全配列が共通であるが、HK-1は[[ヒト]]と[[マウス]]/ラット間で配列に違いがある。(表1)。ヒトでは、Tac 1遺伝子から選択的スプライシングによって、α, β, γ, δ Tac1 [[mRNA]][[スプライスバリアント]]が生成され、それぞれのmRNAからSPが[[翻訳]]される。NKAもTac 1遺伝子に由来するが、β, γ Tac1 mRNAから翻訳される。NKBはTac3遺伝子、HK-1、endokinin AおよびBは Tac4遺伝子にコードされている<ref name=ref3><pubmed>24382888</pubmed></ref>。(表1)
 サブスタンスPは[[タキキニン]]ファミリーに属している。同じファミリーには、[[ニューロキニンA]]([[neurokinin A]]; [[NKA]])、[[ニューロキニンB]]([[neurokinin B]]; [[NKB]])、[[ヘモキニン-1]]([[hemokinin-1]]; [[HK-1]])が含まれ、そのC末端に共通のアミノ酸配列、-Phe-X-Gly-Leu-Met-NH2を持っている。サブスタンスP、ニューロキニンA、ニューロキニンBは[[哺乳類]]でアミノ酸全配列が共通であるが、HK-1は[[ヒト]]と[[マウス]]/ラット間で配列に違いがある。(表1)。ヒトでは、[[Tac 1]]遺伝子から選択的スプライシングによって、α, β, γ, δ Tac1 [[mRNA]][[スプライスバリアント]]が生成され、それぞれのmRNAからサブスタンスPが[[翻訳]]される。ニューロキニンAもTac 1遺伝子に由来するが、β, γ Tac1 mRNAから翻訳される。ニューロキニンBはTac3遺伝子、HK-1、エンドキニンAおよびBは Tac4遺伝子にコードされている<ref name=ref3><pubmed>24382888</pubmed></ref>。(表1)


 SP、NKA、NKBのC末端のそれぞれ6、7、8個以上のアミノ酸を含むペプチドは、受容体に対し、原ペプチドとほぼ同等の活性を示すが、N末端フラグメントやC末端のアミド基を除いたSP free acidは活性がない<ref name=ref1 />。
 サブスタンスP、ニューロキニンA、ニューロキニンBのC末端のそれぞれ6、7、8個以上のアミノ酸を含むペプチドは、受容体に対し、原ペプチドとほぼ同等の活性を示すが、N末端フラグメントやC末端の[[wikipedia:ja:アミド基|アミド基]]を除いたサブスタンスP free acidは活性がない<ref name=ref1 />。


{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
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| align="center" style="background:#f0f0f0;"|'''mRNAスプライスバリアント'''
| align="center" style="background:#f0f0f0;"|'''mRNAスプライスバリアント'''
|-
|-
| Substance P ||Arg-Pro-Lys-Pro-Gln-Gln-Phe-Phe-Gly-Leu-Met-NH2 ||Tac1 ||α, β, g, δ Tac1
| サブスタンスP ||Arg-Pro-Lys-Pro-Gln-Gln-Phe-Phe-Gly-Leu-Met-NH<sub>2</sub> ||Tac1 ||α、β、γ、δ Tac1
|-
|-
| Neurokinin A ||His-Lys-Thr-Asp-Ser-Phe-Val-Gly-Leu-Met-NH2||Tac1  ||β, g Tac1
| ニューロキニンA ||His-Lys-Thr-Asp-Ser-Phe-Val-Gly-Leu-Met-NH2||Tac1  ||β、γ Tac1
|-
|-
| Neurokinin B ||Asp-Met-His-Asp-Phe-Phe-Val-Gly-Leu-Met-NH2||Tac3||α, β Tac3
| ニューロキニンB ||Asp-Met-His-Asp-Phe-Phe-Val-Gly-Leu-Met-NH2||Tac3||α、β Tac3
|-
|-
| マウスhemokinin-1||Arg-Ser-Arg-Thr-Arg-Gln-Phe-Tyr-Gly-Leu-Met-NH2 ||Tac4||Tac4
| マウスヘモキニン-1||Arg-Ser-Arg-Thr-Arg-Gln-Phe-Tyr-Gly-Leu-Met-NH2 ||Tac4||Tac4
|-
|-
| ヒトhemokinin-1 ||Thr-Gly-Lys-Ala-Ser-Gln-Phe-Phe- Gly-Leu-Met-NH2 ||Tac4||α Tac4
| ヒトヘモキニン-1 ||Thr-Gly-Lys-Ala-Ser-Gln-Phe-Phe- Gly-Leu-Met-NH2 ||Tac4||α Tac4
|-
|-
| ヒトEndokinin A and B||–Gly-Lys-Ala-Ser-Gln-Phe-Phe- Gly-Leu-Met-NH2||Tac4||α Tac4 (Endokinin A)
| ヒトエンドキニンA and B||–Gly-Lys-Ala-Ser-Gln-Phe-Phe- Gly-Leu-Met-NH2||Tac4||α Tac4 (Endokinin A)
|-
|-
| ||||||β, g, δ Tac4 (Endokinin B)
| ||||||β、γ、δ Tac4 (Endokinin B)
|}
|}


注)ヒトEndokinin AとBはそれぞれ全長47、41アミノ酸の内、C末端の10アミノ酸のみ示している。赤字は共通配列。
注)ヒトエンドキニンAとBはそれぞれ全長47、41アミノ酸の内、C末端の10アミノ酸のみ示している。赤字は共通配列。


== 受容体 ==
== 受容体 ==
 哺乳類のタキキニン受容体はGタンパク質共役型受容体で、NK1, NK2, NK3の3種類があり、それぞれSP、NKA、NKBが高い親和性を持っている<ref name=ref4><pubmed>1851606</pubmed></ref>。NK1受容体の細胞内情報伝達経路は当初考えられていた以上に多岐に亘っている<ref name=ref3 />。Protein kinase C、protein kinase A、phospholipase A2の活性化だけでなく、[[Rho]]-ROCK経路を介したmyosin light chain kinaseのリン酸化や[[epidermal growth factor]] receptor (EGFR)のトランス活性化を介した[[mitogen-activated protein kinase]]の活性化も報告されている<ref name=ref5><pubmed>10846186</pubmed></ref>。HK-1はSPと同様にNK1受容体に対して親和性が高く、SPとほぼ同等のKiを示している<ref name=ref6><pubmed>12383518</pubmed></ref>。HK-1に固有の高親和性受容体は見いだされていない。
 哺乳類の[[タキキニン受容体]]は[[Gタンパク質共役型受容体]]で、[[NK1]]、[[NK2]]、[[NK3]]の3種類があり、それぞれSP、ニューロキニンA、ニューロキニンBが高い親和性を持っている<ref name=ref4><pubmed>1851606</pubmed></ref>。NK1受容体の[[細胞内情報伝達]]経路は当初考えられていた以上に多岐に亘っている<ref name=ref3 />。[[Protein kinase C]]、[[protein kinase A]]、[[phospholipase A2]]の活性化だけでなく、[[Rho]]-[[ROCK]]経路を介した[[myosin light chain kinase]]の[[リン酸化]]や[[epidermal growth factor receptor]] ([[EGFR]])の[[トランス活性化]]を介した[[mitogen-activated protein kinase]]の活性化も報告されている<ref name=ref5><pubmed>10846186</pubmed></ref>。HK-1はサブスタンスPと同様にNK1受容体に対して[[親和性]]が高く、サブスタンスPとほぼ同等の[[Ki]]を示している<ref name=ref6><pubmed>12383518</pubmed></ref>。HK-1に固有の高親和性受容体は見いだされていない。


== 発現 ==
== 発現 ==
 タキキニンの神経系における発現分布に関しては、SPとNKAは中枢神経系および末梢神経系の神経細胞に、NKBは脊髄および大脳を含む中枢神経系細胞に発現している。タキキニンは従来神経細胞由来と考えられてきたが、現在は神経細胞だけでなく、末梢の非神経細胞にも発現していることが分かっている。例えば、SPは血管内皮細胞や種々の[[免疫]]細胞、線維芽細胞、NKBは胎盤組織<ref name=ref3 />、HK-1は心、肺、[[骨格筋]]、[[皮膚]]などの末梢組織に主に分布している<ref name=ref6 /> <ref name=ref7><pubmed>12716968</pubmed></ref>。HK-1はマウスpre-B細胞の成熟に対し自己[[分泌]]分子として働く他、T細胞の成熟や女性生殖器機能にも関与している<ref name=ref8><pubmed>14723970</pubmed></ref>。
 タキキニンの神経系における発現分布に関しては、サブスタンスPとニューロキニンAは[[中枢神経系]]および[[末梢神経系]]の神経細胞に、ニューロキニンBは脊髄および[[大脳]]を含む中枢神経系細胞に発現している。タキキニンは従来神経細胞由来と考えられてきたが、現在は神経細胞だけでなく、末梢の非神経細胞にも発現していることが分かっている。例えば、サブスタンスPは[[wikipedia:ja:血管内皮細胞|血管内皮細胞]]や種々の[[wikipedia:ja:免疫細胞|免疫細胞]]、[[wikipedia:ja:線維芽細胞|線維芽細胞]]、ニューロキニンBは[[wikipedia:ja:胎盤組織|胎盤組織]]<ref name=ref3 />、HK-1は[[心]]、[[肺]]、[[骨格筋]]、[[皮膚]]などの末梢組織に主に分布している<ref name=ref6 /> <ref name=ref7><pubmed>12716968</pubmed></ref>。HK-1はマウス[[wikipedia:ja:pre-B細胞|pre-B細胞]]の成熟に対し自己[[分泌]]分子として働く他、[[wikipedia:ja:T細胞|T細胞]]の成熟や女性[[wikipedia:ja:生殖器|生殖器]]機能にも関与している<ref name=ref8><pubmed>14723970</pubmed></ref>。


 タキキニン受容体の組織分布に関しては、NK1受容体は中枢神経系([[視床下部]]、[[嗅球]]、線条体、脊髄など)と末梢組織(膀胱、唾液腺、腸管など)、NK2受容体は末梢組織(膀胱、輸精管、腸管など)、NK3受容体は中枢神経系(視床下部、[[大脳皮質]]、脊髄など)に分布している<ref name=ref9><pubmed>7814667</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>8788251</pubmed></ref>。
 タキキニン受容体の組織分布に関しては、NK1受容体は中枢神経系([[視床下部]]、[[嗅球]]、線条体、脊髄など)と末梢組織(膀胱、唾液腺、腸管など)、NK2受容体は末梢組織(膀胱、輸精管、腸管など)、NK3受容体は中枢神経系(視床下部、[[大脳皮質]]、脊髄など)に分布している<ref name=ref9><pubmed>7814667</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>8788251</pubmed></ref>。


== 機能 ==
== 機能 ==
 ニューロンにおいて、様々なチャネルの修飾機構が報告されている。[[前脳]]基底野細胞では、Gq/11およびPLCβ-1を細胞内情報伝達系として、SPは内向き整流性[[K+チャネル]]を抑制し、脱分極をおこす<ref name=ref11><pubmed>    8890327</pubmed></ref>。[[ラット]][[上頸神経節]]細胞では、SPが電位非依存性にN型[[Ca2+チャネル]]を抑制するが<ref name=ref12><pubmed>19858358</pubmed></ref>、チャネルを構成するCaVβサブユニットの種類によっては、SPがN電流を増強する報告もある<ref name=ref13><pubmed>7678964</pubmed></ref>。ラット舌下運動神経およびラット延髄pre-Bőtzinger complex吸気ニューロンでは、SP は[[two-pore domainカリウムチャネル]]1つであるTASK-1を抑制する<ref name=ref14><pubmed>10719894</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>20335463</pubmed></ref> <ref name=ref16><pubmed>19321769</pubmed></ref>。TASK-1を介したリーク電流は、これらのニューロンにおいて静止膜電位の形成やリズムの制御に関わっている。Von EulerとGaddumが見出したSPによる血圧下降作用は、血管内皮細胞のNK1受容体刺激を介して産生された[[一酸化窒素]]によって、細動脈平滑筋が弛緩したと考えられている<ref name=ref17><pubmed>    2479442</pubmed></ref>。
 ニューロンにおいて、様々なチャネルの修飾機構が報告されている。[[前脳基底野]]細胞では、[[Gq/11]]および[[PLCβ-1]]を細胞内情報伝達系として、サブスタンスPは[[内向き整流性K+チャネル]]を抑制し、脱分極をおこす<ref name=ref11><pubmed>    8890327</pubmed></ref>。[[ラット]][[上頸神経節細胞]]では、サブスタンスPが電位非依存性に[[N型Ca2+チャネル]]を抑制するが<ref name=ref12><pubmed>19858358</pubmed></ref>、チャネルを構成する[[CaVβサブユニット]]の種類によっては、サブスタンスPが[[N電流]]を増強する報告もある<ref name=ref13><pubmed>7678964</pubmed></ref>。ラット[[舌下運動神経]]およびラット[[延髄]][[pre-Bőtzinger complex]][[吸気ニューロン]]では、サブスタンスPは[[two-pore domainカリウムチャネル]]1つである[[TASK-1]]を抑制する<ref name=ref14><pubmed>10719894</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>20335463</pubmed></ref> <ref name=ref16><pubmed>19321769</pubmed></ref>。TASK-1を介した[[リーク電流]]は、これらのニューロンにおいて[[静止膜電位]]の形成やリズムの制御に関わっている。Von EulerとGaddumが見出したサブスタンスPによる血圧下降作用は、血管内皮細胞のNK1受容体刺激を介して産生された[[一酸化窒素]]によって、細動脈平滑筋が弛緩したと考えられている<ref name=ref17><pubmed>    2479442</pubmed></ref>。


==不活化機構==
==不活化機構==
 [[neprilysin]] (EC 3.4.24.11: enkephalinase)、aminopeptidase N (EC 3.4.11.2)やpeptidyl dipeptidase A (EC 3.4.15.1: angiotensin converting enzyme)など複数の酵素で分解されて不活性化される<ref name=ref1><pubmed>7682720</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>7529113</pubmed></ref>。
 [[neprilysin]] (EC 3.4.24.11: [[enkephalinase]])、[[aminopeptidase N]] (EC 3.4.11.2)や[[peptidyl dipeptidase]] A (EC 3.4.15.1: [[angiotensin converting enzyme]])など複数の酵素で分解されて不活性化される<ref name=ref1><pubmed>7682720</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>7529113</pubmed></ref>。


== 疾患との関連 ==
== 疾患との関連 ==
=== 疼痛 ===
=== 疼痛 ===
 SPは侵害刺激を伝える一次求心性ニューロンの一部に含まれ、SP陽性細胞は後根神経細胞の約30%を占める<ref name=ref18><pubmed>9581756</pubmed></ref>。SP陽性細胞の約80%にTRPV1受容体が発現している<ref name=ref19><pubmed>10103088</pubmed></ref>。神経成長因子(NGF)を過剰発現させた[[トランスジェニックマウス]]では脊髄後角でSPの発現が増加し、[[痛覚]]過敏hyperalgesiaを示す<ref name=ref20><pubmed>10199622</pubmed></ref>。NK1とNK2受容体は一次求心性ニューロンと脊髄後角ニューロンに発現している。従って、神経刺激等によって一次求心性神経末端で放出されたSPは、後角ニューロンに作用するだけでなく、自己あるいは傍分泌様式で、一次求心性ニューロンにNK1受容体と共発現しているTRPV1を活性化させ、痛覚過敏に関与する<ref name=ref21><pubmed>17978048</pubmed></ref>。NK1受容体遺伝子ホモ欠失マウスでは、通常の痛覚反応はあるが、強い侵害刺激に対する反応が減弱している<ref name=ref22><pubmed>9537323</pubmed></ref>。神経障害によって、通常では[[触覚]]を伝達する[[Aβ]]線維においてSPが発現してくることから<ref name=ref23><pubmed>21872992</pubmed></ref>、この変化も神経障害性[[疼痛]]の発症機序の一部に関与していると考えられる。脊髄後角のNK1発現ニューロンは高次脳部位へ投射し、脳幹の下行性経路を介して脊髄の[[興奮性]]を制御する<ref name=ref24><pubmed>12402039</pubmed></ref>。一方、[[青斑核]]を起始とする下行性[[ノルアドレナリン]]含有神経は痛覚抑制系として作用しているが、青斑核細胞はNK1受容体を発現しており、SPの青斑核への局所投与は一過性の鎮痛をおこす<ref name=ref25><pubmed>22188400</pubmed></ref>。現在のところ、鎮痛薬として臨床応用されているタキキニン受容体[[拮抗薬]]はない。
 サブスタンスPは侵害刺激を伝える一次求心性ニューロンの一部に含まれ、サブスタンスP陽性細胞は後根神経細胞の約30%を占める<ref name=ref18><pubmed>9581756</pubmed></ref>。サブスタンスP陽性細胞の約80%にTRPV1受容体が発現している<ref name=ref19><pubmed>10103088</pubmed></ref>。神経成長因子(NGF)を過剰発現させた[[トランスジェニックマウス]]では脊髄後角でサブスタンスPの発現が増加し、[[痛覚]]過敏hyperalgesiaを示す<ref name=ref20><pubmed>10199622</pubmed></ref>。NK1とNK2受容体は一次求心性ニューロンと脊髄後角ニューロンに発現している。従って、神経刺激等によって一次求心性神経末端で放出されたサブスタンスPは、後角ニューロンに作用するだけでなく、自己あるいは傍分泌様式で、一次求心性ニューロンにNK1受容体と共発現しているTRPV1を活性化させ、痛覚過敏に関与する<ref name=ref21><pubmed>17978048</pubmed></ref>。NK1受容体遺伝子ホモ欠失マウスでは、通常の痛覚反応はあるが、強い侵害刺激に対する反応が減弱している<ref name=ref22><pubmed>9537323</pubmed></ref>。神経障害によって、通常では[[触覚]]を伝達する[[Aβ]]線維においてサブスタンスPが発現してくることから<ref name=ref23><pubmed>21872992</pubmed></ref>、この変化も神経障害性[[疼痛]]の発症機序の一部に関与していると考えられる。脊髄後角のNK1発現ニューロンは高次脳部位へ投射し、脳幹の下行性経路を介して脊髄の[[興奮性]]を制御する<ref name=ref24><pubmed>12402039</pubmed></ref>。一方、[[青斑核]]を起始とする下行性[[ノルアドレナリン]]含有神経は痛覚抑制系として作用しているが、青斑核細胞はNK1受容体を発現しており、サブスタンスPの青斑核への局所投与は一過性の鎮痛をおこす<ref name=ref25><pubmed>22188400</pubmed></ref>。現在のところ、鎮痛薬として臨床応用されているタキキニン受容体[[拮抗薬]]はない。


=== 神経原性炎症 ===
=== 神経原性炎症 ===
 SPおよびNKAは[[三叉神経節]]、[[後根神経節]]や[[迷走神経]][[節状神経節]]などの一次[[知覚]]ニューロンの一部に含まれており、これらのニューロンの末梢側および中枢側神経終末から放出される。一次求心性神経における活動電位の逆行性伝導や末梢側終末に発現するTRPV1の活性化などに伴って、末梢側神経終末から放出されたSPやNKAは、細動脈の拡張、血漿成分の血管外漏出、顆粒球の浸潤などを含む、神経原性炎症を惹起すると考えられている<ref name=ref3 /> <ref name=ref26><pubmed>22837035</pubmed></ref>。Tac-1欠損マウスでは、神経原性炎症が抑制される<ref name=ref27><pubmed>9537322</pubmed></ref>。好中球、マクロファージ、樹状細胞およびTリンパ球では、SPおよびNK1受容体に発現していることが報告されており、SP刺激によってサイトカイン、ケモカインなどの炎症を促進する物質が放出され、炎症反応が起きると考えられている。
 サブスタンスPおよびニューロキニンAは[[三叉神経節]]、[[後根神経節]]や[[迷走神経]][[節状神経節]]などの一次[[知覚]]ニューロンの一部に含まれており、これらのニューロンの末梢側および中枢側神経終末から放出される。一次求心性神経における活動電位の逆行性伝導や末梢側終末に発現するTRPV1の活性化などに伴って、末梢側神経終末から放出されたサブスタンスPやニューロキニンAは、細動脈の拡張、血漿成分の血管外漏出、顆粒球の浸潤などを含む、神経原性炎症を惹起すると考えられている<ref name=ref3 /> <ref name=ref26><pubmed>22837035</pubmed></ref>。Tac-1欠損マウスでは、神経原性炎症が抑制される<ref name=ref27><pubmed>9537322</pubmed></ref>。好中球、マクロファージ、樹状細胞およびTリンパ球では、サブスタンスPおよびNK1受容体に発現していることが報告されており、サブスタンスP刺激によってサイトカイン、ケモカインなどの炎症を促進する物質が放出され、炎症反応が起きると考えられている。


=== 化学療法誘発性嘔気・嘔吐 ===
=== 化学療法誘発性嘔気・嘔吐 ===
 脳幹部にある孤束核は迷走神経の求心性入力および他の脳部位からの入力を受けて情報を統合し、嘔吐反射の遠心路に関連する部位に出力している。NK1受容体は孤束核に分布しており、SPは孤束核ニューロンの自発発火を増強するが、この効果はNK1受容体拮抗薬で抑制される<ref name=ref28><pubmed>10214984</pubmed></ref>。孤束核は、制吐薬としてのNK1受容体拮抗薬の主な標的と考えられている<ref name=ref29><pubmed>19454547</pubmed></ref>。中枢作用に加えて、腸管の迷走神経終末に分布する末梢のNK1受容体も治療効果に関与していると考えられている<ref name=ref29 />。Cisplatin等の抗がん薬による治療において、嘔気嘔吐を抑制するために、[[セロトニン]]5-HT3受容体拮抗薬と[[ステロイド]]を組み合わせた治療法に比べ、非ペプチド性経口NK1受容体拮抗薬aprepitantを加えた3薬併用療法の優位性が認められ<ref name=ref30><pubmed>14746859</pubmed></ref>、現在臨床応用されている。
 脳幹部にある孤束核は迷走神経の求心性入力および他の脳部位からの入力を受けて情報を統合し、嘔吐反射の遠心路に関連する部位に出力している。NK1受容体は孤束核に分布しており、サブスタンスPは孤束核ニューロンの自発発火を増強するが、この効果はNK1受容体拮抗薬で抑制される<ref name=ref28><pubmed>10214984</pubmed></ref>。孤束核は、制吐薬としてのNK1受容体拮抗薬の主な標的と考えられている<ref name=ref29><pubmed>19454547</pubmed></ref>。中枢作用に加えて、腸管の迷走神経終末に分布する末梢のNK1受容体も治療効果に関与していると考えられている<ref name=ref29 />。Cisplatin等の抗がん薬による治療において、嘔気嘔吐を抑制するために、[[セロトニン]]5-HT3受容体拮抗薬と[[ステロイド]]を組み合わせた治療法に比べ、非ペプチド性経口NK1受容体拮抗薬aprepitantを加えた3薬併用療法の優位性が認められ<ref name=ref30><pubmed>14746859</pubmed></ref>、現在臨床応用されている。


=== 精神疾患 ===
=== 精神疾患 ===
 上位中枢神経系において[[情動]]や不安恐怖反応に関与すると考えられている中隔野、[[海馬]]、[[扁桃体]]、視床下部、あるいは[[中脳]][[中心灰白質]]にNK1とNK3受容体が豊富に存在している<ref name=ref9 /> <ref name=ref10 />。ラットに拘束[[ストレス]]をかけたり、高架台に乗せると、扁桃体内側核のSP放出が上昇し、同部位へNK1受容体拮抗薬を微量投与すると、不安関連行動が減弱する<ref name=ref31><pubmed>15024126</pubmed></ref>。新生仔に母仔分離ストレスを与えると扁桃体前部基底外側核においてNK1受容体の細胞内取り込み(internalization)がおきることから、内因性SP放出の増加が示唆されている<ref name=ref32><pubmed>9733503</pubmed></ref>。一方、[[抗不安薬]]をラットに投与すると海馬と中脳中心[[灰白質]]においてSPの合成が減少する<ref name=ref33><pubmed>7518054</pubmed></ref>。NK1受容体遺伝子ホモ欠失マウスでは、[[高架式十字迷路]]試験において、不安関連行動および血清[[コルチゾール]]上昇の減少が観察され、伴って[[背側縫線核]]セロトニンニューロンの発火頻度が増加する<ref name=ref34><pubmed>11172050</pubmed></ref>。居住者-侵入者試験では攻撃性が減少する<ref name=ref22 />。不安及びうつ症状に対するNK1拮抗薬の臨床応用に関しては、まだ上市されている薬物はない。
 上位中枢神経系において[[情動]]や不安恐怖反応に関与すると考えられている中隔野、[[海馬]]、[[扁桃体]]、視床下部、あるいは[[中脳]][[中心灰白質]]にNK1とNK3受容体が豊富に存在している<ref name=ref9 /> <ref name=ref10 />。ラットに拘束[[ストレス]]をかけたり、高架台に乗せると、扁桃体内側核のサブスタンスP放出が上昇し、同部位へNK1受容体拮抗薬を微量投与すると、不安関連行動が減弱する<ref name=ref31><pubmed>15024126</pubmed></ref>。新生仔に母仔分離ストレスを与えると扁桃体前部基底外側核においてNK1受容体の細胞内取り込み(internalization)がおきることから、内因性サブスタンスP放出の増加が示唆されている<ref name=ref32><pubmed>9733503</pubmed></ref>。一方、[[抗不安薬]]をラットに投与すると海馬と中脳中心[[灰白質]]においてサブスタンスPの合成が減少する<ref name=ref33><pubmed>7518054</pubmed></ref>。NK1受容体遺伝子ホモ欠失マウスでは、[[高架式十字迷路]]試験において、不安関連行動および血清[[コルチゾール]]上昇の減少が観察され、伴って[[背側縫線核]]セロトニンニューロンの発火頻度が増加する<ref name=ref34><pubmed>11172050</pubmed></ref>。居住者-侵入者試験では攻撃性が減少する<ref name=ref22 />。不安及びうつ症状に対するNK1拮抗薬の臨床応用に関しては、まだ上市されている薬物はない。


 SP-NK1神経系は薬物依存や報酬系にも関わっている。オピオイドの報酬効果に関しては、条件付け場所嗜好性試験において、NK1受容体遺伝子ホモ欠失マウスではmorphineによる場所嗜好性の獲得が抑制され、離脱症状の一部も減少する<ref name=ref35><pubmed>10821273</pubmed></ref>。Cocaineや食物の嗜好性は影響を受けないという<ref name=ref35 />。ラットにおけるheroinの自己投与や消費の動機付けがNK1受容体拮抗薬で抑制される<ref name=ref36><pubmed>    23303056</pubmed></ref>。またheroinの投与で[[前頭前野]]と側坐核でNK1が増加が見られている<ref name=ref36 />。アルコールに関しては、NK1受容体遺伝子ホモ欠失マウスでは自発的アルコール摂取の増加が抑制され、アルコール[[依存症]]患者ではNK1受容体拮抗薬の投与でアルコールに対する欲求が改善している<ref name=ref37><pubmed>    18276852</pubmed></ref>。健常者を対象にした機能的磁気共鳴撮像法による研究では、報酬予測時の側坐核の脳活動(BOLD信号)が、NK1受容体拮抗薬の単回投与によりプラセボと比較して有意に減少することが報告されている<ref name=ref38><pubmed>23406545</pubmed></ref>。
 サブスタンスP-NK1神経系は薬物依存や報酬系にも関わっている。オピオイドの報酬効果に関しては、条件付け場所嗜好性試験において、NK1受容体遺伝子ホモ欠失マウスではmorphineによる場所嗜好性の獲得が抑制され、離脱症状の一部も減少する<ref name=ref35><pubmed>10821273</pubmed></ref>。Cocaineや食物の嗜好性は影響を受けないという<ref name=ref35 />。ラットにおけるheroinの自己投与や消費の動機付けがNK1受容体拮抗薬で抑制される<ref name=ref36><pubmed>    23303056</pubmed></ref>。またheroinの投与で[[前頭前野]]と側坐核でNK1が増加が見られている<ref name=ref36 />。アルコールに関しては、NK1受容体遺伝子ホモ欠失マウスでは自発的アルコール摂取の増加が抑制され、アルコール[[依存症]]患者ではNK1受容体拮抗薬の投与でアルコールに対する欲求が改善している<ref name=ref37><pubmed>    18276852</pubmed></ref>。健常者を対象にした機能的磁気共鳴撮像法による研究では、報酬予測時の側坐核の脳活動(BOLD信号)が、NK1受容体拮抗薬の単回投与によりプラセボと比較して有意に減少することが報告されている<ref name=ref38><pubmed>23406545</pubmed></ref>。


=== 性腺機能不全症 ===
=== 性腺機能不全症 ===
 NKBおよびNK3の遺伝子変異(機能欠損)による家族性低ゴナドトロピン性性腺機能不全症が報告されている<ref name=ref39><pubmed>19079066</pubmed></ref>。漏斗・[[弓状核]]細胞にあるkisspeptin含有ニューロンは、正中隆起のGnRH含有ニューロンを直接神経支配し、GnRHのパルス状の放出に関与している。このkisspeptinを含有する漏斗・弓状核細胞の一群では、NKBおよびダイノルフィンを含有し、NK3受容体も発現している。NKBは自己あるいは傍分泌によってkisspeptin分泌を刺激しているので、NKBあるいはNK3の機能欠損によって、kisspeptin含有ニューロンの機能不全とそれに起因する正中隆起細胞からのGnRH分泌障害が起きると考えられている<ref name=ref40><pubmed>24615662</pubmed></ref>。
 ニューロキニンBおよびNK3の遺伝子変異(機能欠損)による家族性低ゴナドトロピン性性腺機能不全症が報告されている<ref name=ref39><pubmed>19079066</pubmed></ref>。漏斗・[[弓状核]]細胞にあるkisspeptin含有ニューロンは、正中隆起のGnRH含有ニューロンを直接神経支配し、GnRHのパルス状の放出に関与している。このkisspeptinを含有する漏斗・弓状核細胞の一群では、ニューロキニンBおよびダイノルフィンを含有し、NK3受容体も発現している。ニューロキニンBは自己あるいは傍分泌によってkisspeptin分泌を刺激しているので、ニューロキニンBあるいはNK3の機能欠損によって、kisspeptin含有ニューロンの機能不全とそれに起因する正中隆起細胞からのGnRH分泌障害が起きると考えられている<ref name=ref40><pubmed>24615662</pubmed></ref>。
   
   
== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references / >
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