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(ページの作成:「<div align="right"> <font size="+1">[http://researchmap.jp/read0195501 桑原 厚和]</font><br> ''静岡県立大学''<br> DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015...」) |
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==腸管神経系の構造== | ==腸管神経系の構造== | ||
腸管神経系は食道から肛門に及ぶ消化管と膵臓、胆嚢や胆道系の壁内に存在し、[[神経節]]と神経節間を結ぶ神経線維、および粘膜上皮や小動脈などの効果器へ投射する神経線維から成り立っている(図1)。[[ヒト]]の腸管神経系に存在する神経細胞の数は4億から6億に達し<ref name=ref1 | [[image:腸管神経系1.png|thumb|350px|'''図1.消化管に分布する腸管神経節'''<br>筋層間神経叢(赤)は食道上部から内肛門括約筋に至る消化管全域に分布する。<br>粘膜下神経叢は主の小腸と大腸に分布する。<br>孤立神経節は胃や食道の粘膜下と消化管全域の粘膜下に存在する<ref name=ref1><pubmed></pubmed></ref>より引用]] | ||
[[image:腸管神経系2.png|thumb|350px|'''図2.小腸壁に存在する神経叢'''<br>(メルボルン大学 J.B Furness教授の好意により掲載)<br>A: 消化管壁の模式図<br>B:横断図]] | |||
腸管神経系は食道から肛門に及ぶ消化管と膵臓、胆嚢や胆道系の壁内に存在し、[[神経節]]と神経節間を結ぶ神経線維、および粘膜上皮や小動脈などの効果器へ投射する神経線維から成り立っている(図1)。[[ヒト]]の腸管神経系に存在する神経細胞の数は4億から6億に達し<ref name=ref1 />、他のどの末梢器官に存在する神経細胞の数より多く、脊髄に存在する神経細胞の総数に匹敵する。 | |||
腸管神経節には神経細胞と[[グリア細胞]]が存在し、多くの点で中枢神経系の構造に類似している。しかしながら、腸管神経節には[[結合組織]]性の要素は存在せず、中枢神経系でみられる[[血液脳関門]]のような構造も存在しない<ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref>。 | 腸管神経節には神経細胞と[[グリア細胞]]が存在し、多くの点で中枢神経系の構造に類似している。しかしながら、腸管神経節には[[結合組織]]性の要素は存在せず、中枢神経系でみられる[[血液脳関門]]のような構造も存在しない<ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref>。 | ||
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===筋層間神経叢=== | ===筋層間神経叢=== | ||
[[image:腸管神経系3.png|thumb|350px|'''図3.筋層間神経叢(写真)'''<br>モルモット遠位結腸縦走筋‐筋層間神経叢のホールマウント標本を蛍光免疫染色した。<br>A: 神経性NO 合成酵素(NOS)に対する特異的抗体を一次抗体とした。図中の白線は 500 μm を意味する。<br>B: NOS (緑)と NPY (赤)の二重染色。NOS 陽性神経の細胞体と神経線維、NPY 陽性の神経膨隆部がみられる。図中の白線は 100 μm を意味する。 | |||
<ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref>より引用]] | |||
筋層間神経叢は輪走筋と縦走筋にはさまれて存在する(図2、3)<ref name=ref3 />。この神経叢は消化管壁内で環状の神経ネットワークを構築すると共に、食道から肛門までの消化管全長にわたる長軸方向にも連続したネットワークを構築している。 | |||
筋層間神経叢の機能は解剖学的位置から類推されるように、主に消化管運動の制御に関与するが、粘膜下神経叢を介して粘膜上皮の機能である電解質や水の輸送などにも関与している。 | 筋層間神経叢の機能は解剖学的位置から類推されるように、主に消化管運動の制御に関与するが、粘膜下神経叢を介して粘膜上皮の機能である電解質や水の輸送などにも関与している。 | ||
===粘膜下神経叢=== | ===粘膜下神経叢=== | ||
[[image:腸管神経系4.png|thumb|350px|'''図4.モルモット遠位大腸の粘膜下神経叢'''<br>緑:NOS; 赤:NK1受容体<br><ref name=ref3 />より引用]] | |||
粘膜下神経叢は粘膜下組織に存在し、筋層間神経叢と同様に、消化管壁に環状および長軸方向に網の目構造を形成して広がる(図2、4)。しかし、その存在様式は、消化管の部位により筋層間神経叢とは異なる。すなわち、粘膜下神経叢の神経節は小腸と大腸にのみ認められ、食道や胃では観察されない(図1)<ref name=ref1 />。一般的に、胃ではごく少数の神経節が粘膜下で観察されるが、神経節や神経節間を連絡する神経線維束は筋層間神経叢に比較して小さい<ref name=ref3 />。 | 粘膜下神経叢は粘膜下組織に存在し、筋層間神経叢と同様に、消化管壁に環状および長軸方向に網の目構造を形成して広がる(図2、4)。しかし、その存在様式は、消化管の部位により筋層間神経叢とは異なる。すなわち、粘膜下神経叢の神経節は小腸と大腸にのみ認められ、食道や胃では観察されない(図1)<ref name=ref1 />。一般的に、胃ではごく少数の神経節が粘膜下で観察されるが、神経節や神経節間を連絡する神経線維束は筋層間神経叢に比較して小さい<ref name=ref3 />。 | ||
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==腸管神経系を構成する細胞の分類== | ==腸管神経系を構成する細胞の分類== | ||
[[image:腸管神経系5.png|thumb|350px|'''図5.S および AH 神経細胞の活動電位'''<br>モルモット小腸筋層間神経叢の神経細胞にガラス微小電極を刺入し、1 nA、200 msの脱分極性の電流パルスを加えた時に発生する活動電位を示したものである。<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>より引用改変]] | |||
腸管神経系を構成する神経細胞は、形態的・細胞生理学的特徴と神経に含まれる化学物質や神経の走行経路などの組み合わせにより約20種類に分類される(表1)<ref name=ref1 />。また、腸管神経系には中枢神経系のそれと類似したグリア細胞も存在する。 | 腸管神経系を構成する神経細胞は、形態的・細胞生理学的特徴と神経に含まれる化学物質や神経の走行経路などの組み合わせにより約20種類に分類される(表1)<ref name=ref1 />。また、腸管神経系には中枢神経系のそれと類似したグリア細胞も存在する。 | ||
腸管神経系は、神経細胞に含まれる化学物質や放出される伝達物質などにより、内在性求心性神経(intrinsic primary afferent neuron; IPAN<ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>)、介在神経及び運動神経の3種類を同定することができる。興奮性運動神経細胞に含まれる伝達物質はacetylcholine(ACh)やsubstance P(SP)を代表とするタキキニン類、抑制性運動神経に含まれるものはnitric oxide(NO)、vasoactive intestinal polypeptide(VIP)やATPがある。加えて、電気生理学的特性からS(Synaptic)型とAH(After hyperpolarization)型の2つの型に分類される(図5)<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref7 | 腸管神経系は、神経細胞に含まれる化学物質や放出される伝達物質などにより、内在性求心性神経(intrinsic primary afferent neuron; IPAN<ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>)、介在神経及び運動神経の3種類を同定することができる。興奮性運動神経細胞に含まれる伝達物質はacetylcholine(ACh)やsubstance P(SP)を代表とするタキキニン類、抑制性運動神経に含まれるものはnitric oxide(NO)、vasoactive intestinal polypeptide(VIP)やATPがある。加えて、電気生理学的特性からS(Synaptic)型とAH(After hyperpolarization)型の2つの型に分類される(図5)<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref7 />。 | ||
===内在性一次求心性神経=== | ===内在性一次求心性神経=== | ||
内在性求心性神経はDogiel II型神経に分類され、消化管の機械的・化学的刺激を感知する感覚神経と考えられている。この神経の細胞体は円形あるいは卵円形(13-47 μm)で、筋層間神経叢及び粘膜下神経叢にある神経細胞の約10-15%を占める<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>。この型の細胞は3~ | [[image:腸管神経系6.png|thumb|350px|'''図6.腸管神経細胞の形態学的分類'''<br><ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>から引用改変]] | ||
内在性求心性神経はDogiel II型神経に分類され、消化管の機械的・化学的刺激を感知する感覚神経と考えられている。この神経の細胞体は円形あるいは卵円形(13-47 μm)で、筋層間神経叢及び粘膜下神経叢にある神経細胞の約10-15%を占める<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>。この型の細胞は3~10本の樹状突起と1本の軸索を有していると報告されたが、現在では形態的・機能的研究からすべての突起は軸索であると考えられている<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref>(図6)。筋層間神経叢からの内在性一次求心性神経線維は粘膜下神経叢へも側枝を伸ばし、粘膜下神経叢に存在する内在性一次求心性神経と共に粘膜にも投射する。内在性一次求心性神経は後根神経節に存在する外来性一次求心性神経(extrinsic primary afferent neuron)と特性が似ており、SPやcalcitonin gene-related peptide(CGRP)を神経伝達物質とする。また、感覚神経としてばかりでなく、侵害受容器としても機能する<ref name=ref4 />。 | |||
Digiel II型神経は電気生理学的分類におけるAH神経細胞とほぼ一致するので、AH/Type II神経細胞と呼ばれることが多い。AH | Digiel II型神経は電気生理学的分類におけるAH神経細胞とほぼ一致するので、AH/Type II神経細胞と呼ばれることが多い。AH 神経細胞の“AH”は、後過分極 after-hyperpolarizing の頭文字であり、活動電位の発生後に数秒から数十秒にわたって続く、[[遅い後過分極]]が見られるのが特徴である(図5 AH)。通常、AH神経細胞の活動電位は脱分極刺激に反応して75-110 mVという大きな活動電位を1つしか発生しない<ref name=ref7 />。また、この神経細胞には速い[[興奮性シナプス]]後電位fast excitatory synaptic potential(fast EPSP)は発生せず、細胞体から記録される活動電位は、TTX-感受性のNa+チャネルと非感受性の[[Ca2+チャネル]]を介した内向き電流からなるため、細胞体の活動電位はTTX存在下でも[[CA2|Ca2]]+電流のみで充分発生させることができる。これに対し、軸索から記録される活動電位はTTXにより遮断されるので、TTX感受性のNa+チャネルは軸索での伝導に関与することが考えられる。 | ||
内在性一次求心性神経は内在性一次求心性神経同士、介在神経および運動神経とも[[シナプス]]を形成し、腸管神経系内で反射弓を構成している。そのため、消化管の運動や血流および電解質輸送などの調節は、外来神経の関与がなくても腸管神経系の局所反射により制御することができる。すなわち、局所反射は、消化管内に存在する化学物質や消化管壁の伸展あるいは粘膜への機械的刺激などによる内在性一次求心性神経の興奮により誘発される。 | 内在性一次求心性神経は内在性一次求心性神経同士、介在神経および運動神経とも[[シナプス]]を形成し、腸管神経系内で反射弓を構成している。そのため、消化管の運動や血流および電解質輸送などの調節は、外来神経の関与がなくても腸管神経系の局所反射により制御することができる。すなわち、局所反射は、消化管内に存在する化学物質や消化管壁の伸展あるいは粘膜への機械的刺激などによる内在性一次求心性神経の興奮により誘発される。 | ||
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===介在神経=== | ===介在神経=== | ||
筋層間神経叢の中で介在神経は口側および肛門側に鎖状にシナプスを作りながら伸びている<ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref13 | 筋層間神経叢の中で介在神経は口側および肛門側に鎖状にシナプスを作りながら伸びている<ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref13 />。介在神経も介在神経同士、内在性一次求心性神経や運動神経ともシナプス結合を有している。モルモット小腸では、3種類の下行性介在神経(ACh/NOS, ACh/5-HT及びACh/SOM)<ref name=ref1 />と1種類の上行性介在神経が認められる。モルモット回腸の粘膜下神経叢には、筋層間神経叢に向かって1本の軸索を出すVIP陽性神経が少数存在するが、粘膜や小血管へ側枝を伸ばさないため、両神経叢を結ぶ介在神経と考えられる<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref>。 | ||
===運動神経=== | ===運動神経=== |