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(ページの作成:「<div align="right"> <font size="+1">兼本 浩祐</font><br> ''愛知医大精神科学講座''<br> DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年4月5日 原稿完成...」) |
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== 頻度 == | == 頻度 == | ||
一般的経験としては、若年者に多く、8割近い人が時々感ずるとされている<ref name=ref1 ><pubmed> 12695735 </pubmed></ref>。1 疾病の中では側頭葉てんかんとしての症状があまりにも有名であり、いわゆる上腹部不快感に次いで2番目に頻度の高い前兆であるが、てんかん全体からみるとその頻度は数%程度にすぎない<ref name=ref1 ></ref><ref name=ref2 ><pubmed> 20494621 </pubmed></ref>。12 てんかんによる既知感と非てんかん性の既知感は性質の違いがあるとの報告もある<ref name=ref2 ></ref>。2 | |||
== 歴史 == | == 歴史 == | ||
既知感の最も古い記載の1つは紀元前1世紀に書かれたOvidiusの『変身物語』の中の菜食主義を擁護する論説の中でPythagorasが語った言葉に遡るとされる<ref name=ref3 >'''Funkhouser, A. T.'''<br>A historical review of déjà vu. <br>''Parapsychological Journal of South Africa'', 4, 11-24, 1983.</ref>3。Pythagorasは輪廻転生を信じており、アルゴスの神殿で飾ってあった盾を見て、トロイ戦争の時に別人だった自分が使っていた盾だと感じ、これを魂の不死の証明だと主張している。既知感についてのこのPythagorasの説はその後数百年にわかり流布していたようであり、聖Augustinusは4世紀に『三位一体論』の中で、夢の中で何か体験して同じことを今体験しているたと思い込んでしまい、時にその混乱が日中にも及んでしまうことがあるが、この錯覚と同じ錯覚をPythagorasは体験したに過ぎないと反論している。 | |||
近年しばしば引用されるのは1850年のCharles Dickensによって書かれた『デヴィット・カッパーフィールド』の次の節である。 | 近年しばしば引用されるのは1850年のCharles Dickensによって書かれた『デヴィット・カッパーフィールド』の次の節である。 | ||
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== てんかんとの関係 == | == てんかんとの関係 == | ||
てんかん、分けても側頭葉てんかんと既知感の関係を最初に本格的に問題としたのが、John Hughlings Jacksonであることに異を唱える人はいまい。Jacksonの業績を理解するためには、当時、てんかん発作というのはけいれんを伴う大発作のことだと認識されていたことを思い起しておく必要がある。”Des Acce`s Incomplets d’Epilepsie” | てんかん、分けても側頭葉てんかんと既知感の関係を最初に本格的に問題としたのが、John Hughlings Jacksonであることに異を唱える人はいまい。Jacksonの業績を理解するためには、当時、てんかん発作というのはけいれんを伴う大発作のことだと認識されていたことを思い起しておく必要がある。”Des Acce`s Incomplets d’Epilepsie” という著作でHerpinがJacksonとは独立に意識が変容するだけでけいれんしないエピソ-ドの後にけいれんが起こる場合があることに着目し、前兆や意識消失発作もてんかんの部分症状かもしれないと考えたのは、Jacksonの直前の時代であった<ref name=ref5 >'''Herpin,Th.'''<br>Des Acces Incomplets d'Epilepsie.<br> ''Bailliere'', Paris, 1867 </ref>。5 Jacksonは、Quaerensという偽名を用いて自身が体験した既知感とてんかん発作との関連を漠然と示唆した内科医の手記とZというやはり医師の受け持ち患者の体験の問診から、この二人の既知感がてんかん発作の前兆であることを確信し、これを[[想起]] “reminiscence” と名付けた<ref name=ref6 >'''Jackson, J.H.'''<br> On right and left-sided spasm at the onset of epileptic paroxysms, and on crude sensation warnings, and elaborate mental states. <br>'''Brain''' 3,192-206, 1880/81</ref><ref name=ref7 >'''Jackson, J.H.'''<br>On a partilcular variety of epilepsy (‘intellectual aura'), one case with symptoms of organic brain disease.<br>'''Brain''' 11, 179-207, 1888</ref><ref name=ref8 >'''Jackson,J.H., Stewart,P.'''<br>Epileptic attacks with a warning of a crude sensation of smell and with the intellectual aura (dreamy state) in a patient who had symptoms pointing to gross organic disease of right temoro-sphenoidal lobe.<br> ''Brain'' 22,534-549, 1899</ref>。6-8 | ||
Jacksonの後で既知感について強い興味をもって論じているのは多数の大脳の刺激実験を行ったPenfieldであるが、Penfieldは既知感に関連する症状を解釈現象と体験現象に分け、解釈現象は錯覚であるが、体験現象は幻覚であるとして区別した<ref name=ref13 >'''Penfield,W., Jasper,H.'''<br>Epilepsy and functional anatomy of the human brain<br>''Little-Brown'', Boston, 1954 </ref><ref name=ref14 ><pubmed> 14090522 </pubmed></ref>。13-14 通常の既知感は現在起こっている事態に対する感覚が変化するだけなので解釈現象であるが、側頭葉てんかんでは過去の光景が実際に想起されることがあり、この点は一般的な既知感とは異なる。ただし側頭葉てんかんでの想起はいわゆる[[覚醒剤]]などの後遺症のフラッシュバックなどとは異なり典型的な場合には、後からどんな場面が体験されたのか思い出せないことが多いのとしばしば懐かしさを惹起される点が大きく異なる<ref name=ref12 >'''兼本浩祐, 馬屋原健, 山田広和 河合逸雄.'''<br>Dysmnestic seizure (記憶障害発作)を訴えた72例のてんかん患者の臨床的検討-自律神経性前兆との比較を中心として-<br>''てんかん研究'' 11: 101-109, 1993</ref>。12 | |||
Gloorは、解釈現象は単純に体験現象のより不全型ではないかという説を既知感に関して主張している<ref name=ref4 ><pubmed> 2276040 </pubmed></ref>。4 | |||
てんかん性の既知感は、実際には広範な現象を含んでおり、よく見慣れた場所や人を一度も見たことがないと感ずる未知感 “jamais vu”、さらにこれから起こることが全て分かってしまうという予知感なども密接な繋がりがある。未知感は他の[[精神疾患]]における離人感と言葉として表現すると似ているように聞こえるが、「夢の中に入っていくような」と表現されることもあり、今まで一度も体験したことがないような新奇性にその特徴がある。これは既知感にも当てはまり、それまで体験したことがないような親近感の変容 “illusion of familiarity” がその真骨頂である。こうした特徴を踏まえ、Jacksonは、意識変容も含めて既知感とそれに関連するてんかんの症状を “dreamy state” 「夢様状態」と名付けた。Penfield | てんかん性の既知感は、実際には広範な現象を含んでおり、よく見慣れた場所や人を一度も見たことがないと感ずる未知感 “jamais vu”、さらにこれから起こることが全て分かってしまうという予知感なども密接な繋がりがある。未知感は他の[[精神疾患]]における離人感と言葉として表現すると似ているように聞こえるが、「夢の中に入っていくような」と表現されることもあり、今まで一度も体験したことがないような新奇性にその特徴がある。これは既知感にも当てはまり、それまで体験したことがないような親近感の変容 “illusion of familiarity” がその真骨頂である。こうした特徴を踏まえ、Jacksonは、意識変容も含めて既知感とそれに関連するてんかんの症状を “dreamy state” 「夢様状態」と名付けた。Penfield に由来することの述語はJanzによって側頭葉てんかんを特徴づける体験として強調されている<ref name=ref9 >'''Janz, D.'''<br>Die Epilepsien.<br>''Thieme''. Stuttgart, 1969</ref>。9 | ||
健常人の既知感は、こうした未知感との密接な繋がりは認められない。Jacksonが上腹部不快感などの “crude sensation” と対比して “intellectual aura” | 健常人の既知感は、こうした未知感との密接な繋がりは認められない。Jacksonが上腹部不快感などの “crude sensation” と対比して “intellectual aura” と呼んだ既知感などの前兆は他の前兆と重なって起こった場合には相対的に後に出現することが多く<ref name=ref10 ><pubmed> 2468740 </pubmed></ref>、10 また発症年齢は相対的に高いことが多い<ref name=ref11 >'''Kanemoto K., Mayahara K., Kawai I.'''<br> The age at onset of epilepsy and aura-sensations: Understanding aura-sensations from the developmental point of view.<br>''J Epilepsy'' 7:171-177, 1994</ref>。11 | ||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
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