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== 歴史と概念の変遷== | == 歴史と概念の変遷== | ||
現在でも使われる | 現在でも使われる dyslexia という用語は、1887年に眼科医[[w:Rudolf Berlin|Rudolf Berlin]]によって用いられた。身体発達・精神発達に大きな問題がないのに単語の読み書きが著しく障害されている児童を意味した。 | ||
Learning | Learning disability の用語が用いられるようになったのは1960年代に入ってからである。当時は[[微細脳機能障害]]([[Minimal Brain Dysfunction]], MBD)という用語で、[[注意欠如・多動性障害]]や学習障害などの児童がまとめられた概念が使用されていた。現代でいう学習障害に近い概念が公になったのは1980年代に入ってからである。[[wj:アメリカ精神医学会|アメリカ精神医学会]]は[[DSM-III]]で[[Academic Skill Disorders]]、[[DSM-IV]]では [[Learning Disorders]]、[[DSM-5]] では[[Specific Learning Disorders]] と呼んでいる。[[wj:WHO|WHO]] は、CD-10で[[Specific developmental disorders of scholastic skills]] と呼んでいる。 | ||
== 症状 == | == 症状 == | ||
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このほかにも、正しい音で発音できない(「おとうさん」を「おとうたん」、「おとうしゃん」など)、たどたどしく話せない、言葉につまってしまう、「てにをは」を使わずに話す、図形を模写できない、見取り図から形を理解できない、展開図を理解できないなど、さまざまな症状が認めることがある。 | このほかにも、正しい音で発音できない(「おとうさん」を「おとうたん」、「おとうしゃん」など)、たどたどしく話せない、言葉につまってしまう、「てにをは」を使わずに話す、図形を模写できない、見取り図から形を理解できない、展開図を理解できないなど、さまざまな症状が認めることがある。 | ||
以上にあげた症状は、以下に述べる学習障害の定義によっては学習障害の症状と認めないものも含んでいる。他の障害(例えば、[[ | 以上にあげた症状は、以下に述べる学習障害の定義によっては学習障害の症状と認めないものも含んでいる。他の障害(例えば、[[注意欠陥・多動性障害]])でもよく認められる症状であるものも含んでいる。すなわち、症状の解釈の誤認が起こりやすい。例えば、知能検査によって全般的な知的水準が正常であることが確認されるまで、[[知的障害]]の症状と誤認されることもあり得る。 | ||
症状は欧米と日本とで異なる側面がある。なぜなら、日本語は[[wj:音節文字|音節文字]](ひらがな・カタカナ)・[[wj:表語文字|表語文字]](漢字)・[[wj:表意文字|表意文字]](数字・絵文字)からなるが、[[wj:インド・ヨーロッパ語族|インド・ヨーロッパ語族]]の[[言語]]は音素文字(アルファベット)と表意文字(数字・絵文字)からなるからである。 | |||
アルファベットでは、文字と発音とは必ずしも一致しない。例えば、earth [ˈɚːθ] はカタカナ書きではアースであるが、語末のthを取り去った ear [íɚ]はイアとなる。このような現象は音節文字(ひらがな・カタカナ)での表記が可能な日本語ではあり得ない。 | アルファベットでは、文字と発音とは必ずしも一致しない。例えば、earth [ˈɚːθ] はカタカナ書きではアースであるが、語末のthを取り去った ear [íɚ]はイアとなる。このような現象は音節文字(ひらがな・カタカナ)での表記が可能な日本語ではあり得ない。 | ||
このように読み書きに関する障害では、言語によって症状や頻度が異なることが知られている。アルファベット圏より、音節文字がある日本のほうが少ないとされている。また、[[fMRI]] を使用した観察結果では、アルファベット圏と漢字圏では文字を認識できない原因となっている脳の障害部位が異なるという報告もあり、欧米と日本では障害そのもののあり方が異なるという指摘もある。 | |||
== 定義・分類 == | == 定義・分類 == | ||
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* 算数障害 | * 算数障害 | ||
のように、「読字・書字・算数」の高次機能が発達に伴って障害されている状況と規定されている('''表1''')。発達性読み書き障害、特異的[[発達障害]]といった用語も同様と考えて良い。 | |||
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|+ | |+表1. 限局性学習症/学習障害 | ||
|- | |- | ||
|A. 学習や学習技能の使用に困難があり,その困難を対象とした介入が提供されているにもかかわらず,以下の症状の少なくとも1つが存在し,少なくとも6か月間持続していることで明らかになる: | |A. 学習や学習技能の使用に困難があり,その困難を対象とした介入が提供されているにもかかわらず,以下の症状の少なくとも1つが存在し,少なくとも6か月間持続していることで明らかになる: | ||
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=== 神経心理的立場における分類 === | === 神経心理的立場における分類 === | ||
神経心理的立場における分類として、森永の分類があげられる('''表2''')。 | |||
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|+表2. 森永の分類 | |+表2. 森永の分類 | ||
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|} | |} | ||
この分類は[[知能検査]]結果と連動して良く用いられていた。[[WISC-R]]([[Wechsler Intelligence Scale for Children-Revised]])[[WISC-III]]([[Wechsler Intelligence Scale for Children-third edition]])において、結果を[[言語性IQ]](Verbal IQ, VIQ)と[[動作性IQ]](Performance IQ, PIQ)とに分けて算出し、IQ値で13以上の差を有意な差として、LDの可能性が高いと判断できた。 | |||
=== 教育的立場 === | === 教育的立場 === | ||
教育的立場(文部科学省)における学習障害の定義は次の通り。 | 教育的立場(文部科学省)における学習障害の定義は次の通り。 | ||
学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。学習障害は、その原因として、[[中枢神経系]]に何らかの機能障害があると推定されるが、[[視覚]]障害、[[聴覚]]障害、[[知的障害]]、[[情緒障害]]などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない。 | |||
以上の定義・分類の背景を下表にまとめた('''表3''')4)。これらは相反するものではなく、目指すべき方向が異なっていると解釈するのが妥当であるが、実際に症例に介入する際にはどの立場でどのような意味で用いられているかを確認することが望ましい。 | |||
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== 疫学 == | == 疫学 == | ||
国内における最も大規模な調査は平成24年に[[wj:文部科学省|文部科学省]]によって行われた調査である。通常学級に在籍する児童・生徒53,882人を対象として、学習面で著しい困難を示す(学習障害)頻度は4.5%であった。 | |||
領域別では、「聞く」又は「話す」に著しい困難を示す頻度は1.7%(95%信頼区間1.5~1.8%)、「読む」又は「書く」に著しい困難を示す頻度は2.4%(同2.3~2.6%)「計算する」又は「推論する」に著しい困難を示す頻度は2.3%(同2.1~2.5%)である。 | 領域別では、「聞く」又は「話す」に著しい困難を示す頻度は1.7%(95%信頼区間1.5~1.8%)、「読む」又は「書く」に著しい困難を示す頻度は2.4%(同2.3~2.6%)「計算する」又は「推論する」に著しい困難を示す頻度は2.3%(同2.1~2.5%)である。 | ||
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学習障害の病因はよくわかっていない。 | 学習障害の病因はよくわかっていない。 | ||
その一方で、近年の[[fMRI]] を用いた研究の[[ | その一方で、近年の[[fMRI]] を用いた研究の[[メタ解析]]では、一般的に[[言語野]]が存在する左半球の異常を指摘されている。また遺伝的要因や胎児期・[[wj:周産期|周産期]]の環境要因([[アルコール]]や[[覚醒剤]]曝露、[[低酸素]]、[[wj:未熟児|未熟児]]出生など)、出生後の外傷、[[wj:重金属|重金属]]汚染も関係しているとされる。 | ||
定型発達児に比較して、[[発達性協調運動障害]]、[[注意欠陥・多動性障害]]、[[反抗挑戦性障害]]、[[強迫性障害]]、[[不安障害]]などの合併が多いとされている。 | 定型発達児に比較して、[[発達性協調運動障害]]、[[注意欠陥・多動性障害]]、[[反抗挑戦性障害]]、[[強迫性障害]]、[[不安障害]]などの合併が多いとされている。 | ||
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治療的介入は、客観的な証拠に基づいて作成された個別教育計画(Individualized Education Program, IEP)によって教育的介入がなされる。客観的な証拠として、Wechsler 系の知能検査や各種の神経心理検査が用いられる。 | 治療的介入は、客観的な証拠に基づいて作成された個別教育計画(Individualized Education Program, IEP)によって教育的介入がなされる。客観的な証拠として、Wechsler 系の知能検査や各種の神経心理検査が用いられる。 | ||
教育的介入の手法は、必ずしも薬物療法のように統計学的な裏付けがなされているわけではない。この背景には、学習障害が必ずしも均一の集団ではないため、統計学的な結果が得られにくいことも考え得る。実際、アルファベット圏におけるdyslexiaは、音素の読み取り・再構成が主たる障害と考え得られる比較的均一な集団であり、単語レベルの音韻指導が有用であり、[[オプトメトリックス]]に代表される[[視力]]訓練が無効であり受講しないように提言している。 | |||
教育的介入にあたっては、 | 教育的介入にあたっては、 | ||
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#苦手なところを迂回して学習を進める支援 | #苦手なところを迂回して学習を進める支援 | ||
とに大別できる。前者の例としては、dyslexia の治療に用いられる音素の読み取り・再構成の訓練があげられる。日本においても[[発達性読み書き障害]]に対して、同様の手法が開発されている。後者の例としては、dyslexiaにおいては読み取る能力に問題があっても聞きとる能力には問題がないので、読み聞かせがよい支援となり得る。 | |||
文部科学省は平成19年度より[[wj:特別支援教育|特別支援教育]]を開始した。特別支援教育の開始にあたって[[wj:学校教育法|学校教育法]]の改訂がなされ、学習障害の子どもも特別支援教育の対象となった。校長の責務を明確化し、[[wj;特別支援コーディネータ|特別支援コーディネータ]]の配置をすすめている。また、[[wj:特別支援学校|特別支援学校]]に地域支援の役割分担を求めている。また、[[wj:日本LD学会|日本LD学会]]は[[特別支援教育士]]の資格を提唱している。 | |||
学習障害に対して有用な薬物療法は知られていない。注意欠陥・多動性障害などの合併障害に対して薬物療法が行われている。 | 学習障害に対して有用な薬物療法は知られていない。注意欠陥・多動性障害などの合併障害に対して薬物療法が行われている。 |