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<font size="+1">[http://researchmap.jp/ | <font size="+1">[http://researchmap.jp/read0113019 西澤 正豊]</font><br> | ||
''新潟大学 | ''新潟大学 脳研究所 ''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年1月30日 原稿完成日:2016年月日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br> | ||
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遺伝性SCDの原因遺伝子の同定が進み、分子病態が解明されつつある現状から、SCDを病理学的な概念である「変性症」に限定せず、運動失調(ataxia)を呈する疾患群として捉えようとする立場や、分子病態に基づいて分類し直そうとする試みがある。 | 遺伝性SCDの原因遺伝子の同定が進み、分子病態が解明されつつある現状から、SCDを病理学的な概念である「変性症」に限定せず、運動失調(ataxia)を呈する疾患群として捉えようとする立場や、分子病態に基づいて分類し直そうとする試みがある。 | ||
==多系統萎縮症== | ==多系統萎縮症== | ||
===概念=== | ===概念=== | ||
多系統萎縮症(Multiple system atrophy : MSA)の多系統変性は、小脳系、大脳基底核系、自律神経系の3系統を中心とし、錐体路にも及ぶ。小脳系の系統変性を主体とする病型は、従来、オリーブ橋小脳萎縮症(olivopontoserebellar atrophy:OPCA)、大脳基底核系では線条体黒質変性症(striatonigral degeneration:SND)、自律神経系ではShy-Drager症候群(Shy-Drager syndrome:SDS)と呼ばれてきた。 | 多系統萎縮症(Multiple system atrophy : MSA)の多系統変性は、小脳系、大脳基底核系、自律神経系の3系統を中心とし、錐体路にも及ぶ。小脳系の系統変性を主体とする病型は、従来、オリーブ橋小脳萎縮症(olivopontoserebellar atrophy:OPCA)、大脳基底核系では線条体黒質変性症(striatonigral degeneration:SND)、自律神経系ではShy-Drager症候群(Shy-Drager syndrome:SDS)と呼ばれてきた。 | ||
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SCDとMSAは厚生労働省の指定難病制度の対象疾患であり、さらに介護保健法における「特定疾病」に指定されている。制度上SDSを拡大してMSAとして独立させたために、SCDにはCCAと遺伝性SCDが残された形となっている。また、MSA-Pはパーキンソン病と診断されている場合が少なからずあり、難病対策制度上の分類には、再度整理が必要である。 | SCDとMSAは厚生労働省の指定難病制度の対象疾患であり、さらに介護保健法における「特定疾病」に指定されている。制度上SDSを拡大してMSAとして独立させたために、SCDにはCCAと遺伝性SCDが残された形となっている。また、MSA-Pはパーキンソン病と診断されている場合が少なからずあり、難病対策制度上の分類には、再度整理が必要である。 | ||
==皮質性小脳萎縮症== | ==皮質性小脳萎縮症== | ||
===概念=== | ===概念=== | ||
SCDの中では最も高齢で発症し、小脳性運動失調のみが緩徐に進行する孤発性の一群を皮質性小脳萎縮症 Cortical cerebellar atrophy(CCA)と呼んでいる。しかし、CCAは単一疾患ではなく、一見家族歴を欠いていても、遺伝子診断により後述するSCA6やSCA31と確定される例があり、またアルコール性などの二次性小脳変性症も含まれる。純粋小脳型を呈する変性疾患としてのCCAは、実際には非常に少ないと考えられる。 | |||
===症候=== | ===症候=== | ||
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===治療=== | ===治療=== | ||
根治的な治療法は確立されていないが、小脳の機能維持を目的として、四肢末梢への錘負荷や[[バランス]]訓練などのリハビリテーションが広く行われてきた。小脳が正常に保たれている脳血管障害に対する機能回復訓練とは異なり、運動学習の首座と考えられる小脳に進行性の変性が起きている小脳変性症の場合にも、繰り返し学習による可塑性(use- dependent | 根治的な治療法は確立されていないが、小脳の機能維持を目的として、四肢末梢への錘負荷や[[バランス]]訓練などのリハビリテーションが広く行われてきた。小脳が正常に保たれている脳血管障害に対する機能回復訓練とは異なり、運動学習の首座と考えられる小脳に進行性の変性が起きている小脳変性症の場合にも、繰り返し学習による可塑性(use- dependent plasticity)が獲得されるか否かは明らかでなかった。そこで、厚生労働省の運動失調症調査研究班で筆者らは、短期集中リハビリが小脳性運動失調の進行抑制に有効であるかを検証する臨床治験を、CCAと遺伝性純粋小脳型失調症(SCA6とSCA31)を対象として実施し、1日各1時間の理学療法と作業療法を1ヶ月間継続すると、小脳性運動失調は改善し、その効果は最大6ヶ月続くことが実証された。この効果は既存の薬物治療効果を上回っており、小脳機能維持を目的としたリハビリテーション体制を整備することが今後の課題である。 | ||
==遺伝性脊髄小脳変性症== | ==遺伝性脊髄小脳変性症== | ||
=== | ===常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症=== | ||
====概念==== | ====概念==== | ||
遺伝性SCDの9割以上を占める常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症 Autosomal dominant SCD (ADSCD)は、その約9割まで原因遺伝子が同定された。原因遺伝子座が同定されたADSCDは、脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxia:SCA)の何番というように、病名を機械的に決める方式が広く採用されている。The Human Genome Organization(HUGO)には現在SCA41まで登録されており、このうちSCA9、16、22は欠番である。一方、わが国で頻度が高いDRPLA(dentatorubral pallidoluysian atrophy:歯状核赤核淡蒼球[[ルイ体]]萎縮症)は、SCAとしては登録されていない。 | |||
わが国ではMachado-Joseph病(MJD:別名SCA3)の頻度が最も高く、全体の約4分の1を占める。SCA6、DRPLA、SCA31がこれに次ぐ。これらの頻度には地域差があり、東日本ではMJD、西日本ではSCA6が多い。 | わが国ではMachado-Joseph病(MJD:別名SCA3)の頻度が最も高く、全体の約4分の1を占める。SCA6、DRPLA、SCA31がこれに次ぐ。これらの頻度には地域差があり、東日本ではMJD、西日本ではSCA6が多い。 | ||
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わが国で頻度の高い病型を中心とし、その他の病型は表2に一括した。 | わが国で頻度の高い病型を中心とし、その他の病型は表2に一括した。 | ||
#Machado-Joseph病 MJD(SCA3)<br> MJDは当初、ポルトガル領アゾレス諸島から北米に移民した子孫の間に見出された疾患であり、その後、欧州で記載されたSCA3でも同一のCAGリピート伸長が確認されている。臨床的にはRosenbergにより、若年発症で錐体路症状と、ジストニアなどの錐体外路症状が目立つ1型、成年発症で痙性失調症と眼振を呈する2型、高齢発症で筋萎縮や末梢神経障害などの末梢性病変を伴う3型、パーキンソニズムを伴うまれな4型に分けられている。Ataxin3遺伝子に存在するCAGリピートの伸長は1型で最も長く、3型では短い。顔面筋の線維束性収縮やミオキミア、びっくり眼などはMJDによくみられる。 | |||
#SCA6<br> 50歳前後で発症し、小脳性運動失調症状のみを呈する純粋小脳型ADSCDであり、P/Q型電位依存性Caチャネルα1サブユニット遺伝子のC末端に位置するCAGリピートの軽度の伸長による。同遺伝子の点変異は、反復発作性運動失調症2型(episodic ataxia type 2: EA2)と家族性片麻痺性片[[頭痛]]の原因でもある。 | |||
#SCA31<br> ADSCDでは最も高齢の60歳前後で発症する純粋小脳型ADSCDであるが、遺伝子診断によらずにSCA6と鑑別することは困難である。わが国では長野県、静岡県、鹿児島県で特に多い。第16[[染色体]]長腕のBEANとTK2遺伝子に共通するイントロンに挿入されたTGGAAという5塩基リピートが著明に伸長しており、転写産物によるRNA fociが形成されていることから、これと相互作用する核タンパク質の機能変化が想定される。 | |||
#DRPLA<br> わが国に多いADSCDで、発症年齢により臨床症状が異なる。atrophin 1遺伝子に存在するCAGリピートが長い場合は若年発症となり、進行性ミオクローヌスてんかんの臨床像を示す。伸長の程度が軽い場合には成人発症となり、認知機能障害や不随意運動などを呈する。ポリグルタミン病では最も著明な表現促進現象がみられ、リピート伸長の程度により、発症年齢や臨床像、重症度が規定される。小脳歯状核とその遠心路、淡蒼球[[視床下核]]系に変性と萎縮を認めるだけでなく、大脳白質にも広範な変性像が認められる。 | |||
#毛細血管拡張運動失調症(ataxia telangiectasia:AT;Louis-Bar症候群)<br> 幼児期に小脳性運動失調と[[皮膚]]や眼球結膜の毛細血管拡張症で発症する。IgAが低下し、[[免疫不全]]のために感染症を起こしやすく、また高率に悪性リンパ腫などの悪性腫瘍を合併する。ATの責任遺伝子ATMは2本鎖[[DNA]]の損傷修復に関与するタンパク質をコードする。神経症状として眼球運動失行を認め、以下に述べるaprataxinやsenataxinの欠損症と病態、臨床症候は類似している。 | |||
===[[常染色体劣性遺伝]]性SCD=== | |||
===[[常染色体劣性遺伝]]性SCD=== | |||
====概念==== | ====概念==== | ||
早期から緩徐進行性の小脳性運動失調を呈し、両親がいとこ婚である場合には、常染色体劣性遺伝性SCD autosomal recessive SCD(ARSCD)が疑われる。SCAと同じく、HUGOではSCARとして順番に番号がふられており、現在SCAR20まで登録されている(表3)。ARSCDでは純粋小脳型は少なく、末梢神経障害、眼球運動失行(ocular motor apraxia:OMA)などの多彩な症候を合併することが多い。 | |||
====各論==== | ====各論==== | ||
#Friedreich運動失調症 Friedreich ataxia(FRDA)<br> 欧米では最も頻度が高い遺伝性SCDである。FRDAの90%以上は、原因遺伝子frataxinのイントロンに存在するGAAリピートの著明な異常伸長のホモ接合体であり、数%は異常伸長と点変異の複合ヘテロ接合体である。しかし、欧米のFRDAには強い創始者効果が認められるため、わが国ではGAAリピートの異常伸長によるFRDAは確認されていない。原因遺伝子産物は、ミトコンドリアTCAサイクルを構成するaconitaseなどの鉄-硫黄タンパク質の機能維持に関与するので、FRDAの病態はfrataxinの機能喪失によるミトコンドリアの機能障害と想定される。<br> FRDAの主な症候は、後索の変性による[[深部感覚]]障害、錐体路症状、凹足、脊柱側弯症などである。小脳の萎縮は軽度であり、また心筋障害、糖尿病を合併する。 | |||
#アプラタキシンaprataxin欠損症<br> わが国では、OMAと低アルブミン血症という特異な症候を伴い、FRDAに類似した臨床像を呈する早発性失調症(early onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia/ ataxia-ocular motor apraxia type 1:EAOH/AOA1)が見出され、原因遺伝子としてaprataxinが同定された。GAAリピートの異常伸長を伴う欧米型のFRDAはわが国には存在しないと考えられるので、これまでわが国でFRDAとして報告されてきた症例は本症と考えられ、本症はわが国のARSCDの約3分の2を占めている。原因遺伝子産物のaprataxinは核小体に局在するタンパク質であり、1本鎖DNAの損傷修復機構への関与が想定される。<br> OMAでは[[衝動性]]眼球運動(saccade)の開始が著明に障害される。主に小児期に認められるため、本症は小児科領域でAOA1として記載されてきた。OMAは10代後半には次第に目立たなくなり、代わって眼球運動障害が進行してくる。また低アルブミン血症は30歳前後から明らかになる。 | |||
#セナタキシンsenataxin欠損症<br> Ataxia-ocular motor apraxiaには、AOA1に類似した臨床症状を呈しながら、アルブミンは低下せず、α-fetoproteinの高値を伴うAOA2がある。原因遺伝子senataxinの変異による。わが国からも報告があり、血中CK、γ-グロブリンも高値となる。 | |||
#サクシンsacsin欠損症<br> わが国のARSCDでは、アプラタキシン欠損症に次いで、シャルルボア・サグネイ型劣性遺伝性痙性失調症(autosomal recessive spastic ataxia of Charlevoix-Saguenay:ARSACS;サクシン欠損症)が多い。ARSACSは当初カナダのQuebec州から報告されたが、その後世界各地で見出されている。ケベックの症例は網膜[[有髄線維]]の増加を伴う痙性失調症を特徴とするが、わが国では網膜有髄線維を欠く例、痙縮を欠く例も報告されている。 | |||
#ビタミンE欠乏症<br> α-tocopherol transfer proteinの欠損によるビタミンE欠乏症では、進行性の小脳性運動失調が認められ、しばしば網膜色素変性を伴う。ビタミンEの大量投与により症状の改善が期待できるので、運動失調症の鑑別上重要である。 | |||
===遺伝性痙性対麻痺=== | ===遺伝性痙性対麻痺=== | ||
====概念==== | ====概念==== | ||
わが国の難治性疾患克服研究事業では、遺伝性痙性対麻痺(Hereditary spastic paraplegia:HSP;spastic gait:SPG)が従来からSCDに含まれており、SCD全体の約4%を占めている。AD、[[AR]]、X染色体連鎖劣性の各遺伝形式をとるが、ADが多い。HSPもSPGの何番というように、病名を順番に機械的に決める方式が広く採用されており、その数は50を超えている(表4)。わが国では、ADでspastinの変異によるSPG4が最も多い。 | |||
====症候==== | ====症候==== |