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ロドプシンについて初めて報告があったのは1876〜77年頃である。ドイツの[[wikipedia:Franz Christian Boll|Franz Boll]] (1849-1879)、続いて[[wikipedia:ja:ウィルヘルム・キューネ|Friedrich Wilhelm (通称Willy) Kühne]](1837−1900)がカエル網膜の桿体視細胞の外節にある赤い物質の感光性を報告した。 Kühneはこの色を“Sehpurpur”と呼び(英:Visual Purple, 日:視紅)その基となる化学物質をRhodopsinと名付けた。初期の視物質研究では視物質のことをVisual Purpleと呼んでいたが、しだいにRhodopsinが多く使われるようになり現在ではRhodopsinというのが一般的である。 | ロドプシンについて初めて報告があったのは1876〜77年頃である。ドイツの[[wikipedia:Franz Christian Boll|Franz Boll]] (1849-1879)、続いて[[wikipedia:ja:ウィルヘルム・キューネ|Friedrich Wilhelm (通称Willy) Kühne]](1837−1900)がカエル網膜の桿体視細胞の外節にある赤い物質の感光性を報告した。 Kühneはこの色を“Sehpurpur”と呼び(英:Visual Purple, 日:視紅)その基となる化学物質をRhodopsinと名付けた。初期の視物質研究では視物質のことをVisual Purpleと呼んでいたが、しだいにRhodopsinが多く使われるようになり現在ではRhodopsinというのが一般的である。 | ||
ウシロドプシンの一次配列は1982年に決定され<ref><pubmed> 6759163 </pubmed></ref>、その翌年にはクローニングされている<ref><pubmed> 6194890 </pubmed></ref>。そして2000年にはX線結晶解析により3次元立体構造モデルが提出された<ref><pubmed> 10926528 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11972040 </pubmed></ref>。また、現在ではさまざまな中間状態や活性状態<ref><pubmed> 21389988 </pubmed></ref> | ウシロドプシンの一次配列は1982年に決定され<ref><pubmed> 6759163 </pubmed></ref>、その翌年にはクローニングされている<ref><pubmed> 6194890 </pubmed></ref>。そして2000年にはX線結晶解析により3次元立体構造モデルが提出された<ref><pubmed> 10926528 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11972040 </pubmed></ref>。また、現在ではさまざまな中間状態や活性状態<ref><pubmed> 21389988 </pubmed></ref>、変異体などの立体構造も発表されている。(多くの研究がウシロドプシンで行われているためロドプシンのアミノ酸番号はウシロドプシンに準ずるのが慣例となっている。) | ||
1986年に[[GTP結合蛋白質共役型受容体]](GTP-binding protein coupled receptor, GPCR)の一つ[[βアドレナリン受容体]]の一次配列が決定されるとすでに解析されていたロドプシンの配列そしてその配列から予想される7回膜貫通構造が非常に似ていることが発見された。その後も次々に様々なGPCRの配列が決定され、これらは一大タンパク質ファミリーを形成することが明らかになった。一次構造の決定、クローニング、結晶構造決定などについては、種々のGPCRの中ではロドプシンで最初に行われた。ウシロドプシンのように大量の試料を比較的簡単に調製できるGPCRは珍しく、また内在性のリガンドを持つロドプシンは他のGPCRに較べて非常に安定でそのためロドプシンの研究は他の受容体よりも先に進んだ。こうしてロドプシンはGPCR研究のトップランナーとして研究されてきた経歴があり、GPCRファミリー1の代表的な受容体とされている。 | 1986年に[[GTP結合蛋白質共役型受容体]](GTP-binding protein coupled receptor, GPCR)の一つ[[βアドレナリン受容体]]の一次配列が決定されるとすでに解析されていたロドプシンの配列そしてその配列から予想される7回膜貫通構造が非常に似ていることが発見された。その後も次々に様々なGPCRの配列が決定され、これらは一大タンパク質ファミリーを形成することが明らかになった。一次構造の決定、クローニング、結晶構造決定などについては、種々のGPCRの中ではロドプシンで最初に行われた。ウシロドプシンのように大量の試料を比較的簡単に調製できるGPCRは珍しく、また内在性のリガンドを持つロドプシンは他のGPCRに較べて非常に安定でそのためロドプシンの研究は他の受容体よりも先に進んだ。こうしてロドプシンはGPCR研究のトップランナーとして研究されてきた経歴があり、GPCRファミリー1の代表的な受容体とされている。 | ||
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===網膜における光受容=== | ===網膜における光受容=== | ||
[[Image:Mammal eye.png|thumb|right|400px|'''図1:ほ乳類の眼'''<br />眼に入った光は、[[角膜]]、[[レンズ]]、[[ガラス体]]を通過し、視細胞に受容される。[[網膜]]中の視細胞は光が入射する方向と反対側にあり、そのため、光は視細胞に達するまでに[[神経節細胞]]や[[双極細胞]]などが含まれる神経層を通過することになる。 形態的に異なる2種類の視細胞、桿体(Rod)と錐体(Cone)があり、それぞれ、暗所、明所での視覚を分担している。 | [[Image:Mammal eye.png|thumb|right|400px|'''図1:ほ乳類の眼'''<br />眼に入った光は、[[角膜]]、[[レンズ]]、[[ガラス体]]を通過し、視細胞に受容される。[[網膜]]中の視細胞は光が入射する方向と反対側にあり、そのため、光は視細胞に達するまでに[[神経節細胞]]や[[双極細胞]]などが含まれる神経層を通過することになる。 形態的に異なる2種類の視細胞、桿体(Rod)と錐体(Cone)があり、それぞれ、暗所、明所での視覚を分担している。 また、錐体には複数のサブタイプがあり、それぞれ、赤、緑、青の光を吸収しやすい視物質が含まれており、色識別を可能にしている。桿体にはロドプシンが大量に含まれる円盤膜がパンケーキ状に重なっている。]] | ||
[[wikipedia:JA:脊椎動物|脊椎動物]]の眼には2種類の視細胞、桿体と[[錐体]]が存在し、それぞれ、[[暗所視]]、[[明所視]]を司る。両視細胞には光を受容するために特別に分化したタンパク質(光受容タンパク質)が含まれ、それらを視物質と呼ぶ<ref>'''Dowling J'''<br>The Retina: An approachable part of the brain<br>''The Belknap Press of Harvard Univ. Press'':1987</ref><ref name><pubmed> 9893707 </pubmed></ref>。桿体に含まれる視物質(桿体視物質)をロドプシンと呼び、ロドプシンは視物質の代表として多くの研究に利用されている。錐体には複数のサブタイプがあり、それぞれに波長感受性の異なる錐体視物質が含まれている。ヒトの錐体には、赤、緑、青に感受性の高い3種類の錐体視物質がそれぞれ含まれている。そして、これら錐体の応答が統合されることにより、色覚が生じる<ref><pubmed> 1385866 </pubmed></ref>。 | [[wikipedia:JA:脊椎動物|脊椎動物]]の眼には2種類の視細胞、桿体と[[錐体]]が存在し、それぞれ、[[暗所視]]、[[明所視]]を司る。両視細胞には光を受容するために特別に分化したタンパク質(光受容タンパク質)が含まれ、それらを視物質と呼ぶ<ref>'''Dowling J'''<br>The Retina: An approachable part of the brain<br>''The Belknap Press of Harvard Univ. Press'':1987</ref><ref name><pubmed> 9893707 </pubmed></ref>。桿体に含まれる視物質(桿体視物質)をロドプシンと呼び、ロドプシンは視物質の代表として多くの研究に利用されている。錐体には複数のサブタイプがあり、それぞれに波長感受性の異なる錐体視物質が含まれている。ヒトの錐体には、赤、緑、青に感受性の高い3種類の錐体視物質がそれぞれ含まれている。そして、これら錐体の応答が統合されることにより、色覚が生じる<ref><pubmed> 1385866 </pubmed></ref>。 | ||
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レチナールは有機溶媒中では380 nm付近に吸収極大を示すが、オプシン中のリシン残基とプロトン化したシッフ塩基を形成すると、500 nm付近に吸収極大がシフトする。有機溶媒中のプロトン化シッフ塩基は約440 nmに吸収極大を示す。そこで、440 nmからタンパク質の作用によって変化する差分を「オプシンシフト(Opsin shift)」と呼ぶ(図4a)。 このように、ロドプシンの吸収極大はプロトン化したレチナールシッフ塩基の吸収極大がまわりのアミノ酸残基によって調節されたものである<ref>''K Nakanishi, V Baloghair, M Arnaboli, K Tsujimoto, and B Honig'''<br>An External Point-Charge Model for Bacteriorhodopsin to Account for Its Purple Color<br>''J Am Chem Soc'':1980</ref>。多くの動物のロドプシンは500nm付近に吸収極大を示すが、深海など極端な光環境下で生息する生物はそれぞれの光環境に適した吸収極大を示す。 (この段落と「 シッフ塩基プロトン・対イオン」の段落は一部重複致しますので、整理を御願い出来ればと存じます。) | レチナールは有機溶媒中では380 nm付近に吸収極大を示すが、オプシン中のリシン残基とプロトン化したシッフ塩基を形成すると、500 nm付近に吸収極大がシフトする。有機溶媒中のプロトン化シッフ塩基は約440 nmに吸収極大を示す。そこで、440 nmからタンパク質の作用によって変化する差分を「オプシンシフト(Opsin shift)」と呼ぶ(図4a)。 このように、ロドプシンの吸収極大はプロトン化したレチナールシッフ塩基の吸収極大がまわりのアミノ酸残基によって調節されたものである<ref>''K Nakanishi, V Baloghair, M Arnaboli, K Tsujimoto, and B Honig'''<br>An External Point-Charge Model for Bacteriorhodopsin to Account for Its Purple Color<br>''J Am Chem Soc'':1980</ref>。多くの動物のロドプシンは500nm付近に吸収極大を示すが、深海など極端な光環境下で生息する生物はそれぞれの光環境に適した吸収極大を示す。 (この段落と「 シッフ塩基プロトン・対イオン」の段落は一部重複致しますので、整理を御願い出来ればと存じます。) | ||
オプシンシフト以外にもロドプシンはレチナールの種類を変えることによって吸収スペクトルを変えることができる。多くの脊椎動物は通常ビタミンA1(retinal)を用いるが、[[wikipedia:JA:魚類|魚類]]、[[wikipedia:JA:両生類|両生類]]や[[wikipedia:JA:爬虫類|爬虫類]]のなかには[[wikipedia:JA:A2 retinal|A2 retinal]] (3,4-dehydroretinal) | オプシンシフト以外にもロドプシンはレチナールの種類を変えることによって吸収スペクトルを変えることができる。多くの脊椎動物は通常ビタミンA1(retinal)を用いるが、[[wikipedia:JA:魚類|魚類]]、[[wikipedia:JA:両生類|両生類]]や[[wikipedia:JA:爬虫類|爬虫類]]のなかには[[wikipedia:JA:A2 retinal|A2 retinal]] (3,4-dehydroretinal) を用いるものもいる。 共役二重結合系が長いのでA2レチナールはA1に比べてより長波長に吸収を持つ(図4b)。従ってA1/A2の視物質は同じタンパク質でもそれぞれ違う色をもつ。Opsin+A1 retinalの視物質がRhodopsin(rhod=紅)と呼ばれるのに対してOpsin+A2 retinalはPorphyropsin(porphyr=紫)と呼ばれる。カエル幼生([[wikipedia:JA:オタマジャクシ|オタマジャクシ]])のオプシンがA2レチナールを発色団とし、成体(カエル)になるとA1レチナールを発色団とする事が知られている。つまり、オタマジャクシは、濁った淡水でより透過に優れた長波長の光を利用するためにA2レチナールを利用していると考えられる。また、魚類(特に淡水魚)などは2種類のレチナールを持ち、季節変動などの環境要因によってA1/A2レチナールを使い分けていると考えられている。 無脊椎動物の視物質ではA1, A2 retinalの他にA3([[wikipedia:JA:3-hydroxyretina|3-hydroxyretina]])やA4([[wikipedia:JA:4-hydroxyretinal|4-hydroxyretinal]]) retinalが用いられる(図4c)。 | ||
[[Image:Rhodopsin spectrum and retinal.png|thumb|right|300px|'''図4:ロドプシンの吸収スペクトル'''<br>'''a:'''[[wikipedia:JA:有機溶媒|有機溶媒]]中のRetinalは380nmに吸収極大(λmax)を示すが、アミノ基を持つ化合物(例えば[[wikipedia:JA:プロピルアミン|プロピルアミン]])とシッフ塩基を形成してプロトン化されると、λmaxが440nmまでシフトする。さらにロドプシン中ではまわりのアミノ酸残基との相互作用によって、λmaxが約500 nmまでシフトする。この440nmからの差分をオプシンシフトと呼ぶ。ロドプシンの吸収スペクトルは可視部の吸収(αバンド)の他に、紫外領域に小さな吸収(βバンド)、280nm付近にタンパク質の[[wikipedia:JA:芳香族|芳香族]]アミノ酸残基に由来する吸収(γバンド)を示すのが特徴である(αバンド、βバンド、γバンドを図中に示して頂けば幸いです)。<br />'''b:'''ロドプシンにはA1、A2の2種類のレチナールが知られている。A2レチナールより構成するものを特にポルフィロプシンとよび、A1レチナールよりも共役二重結合系が長いのでより長波長の光を吸収することができる。<br />'''c:'''無脊椎動物の視物質にはA1、A2レチナールの他にA3やA4レチナールを用いるものもある。]] | [[Image:Rhodopsin spectrum and retinal.png|thumb|right|300px|'''図4:ロドプシンの吸収スペクトル'''<br>'''a:'''[[wikipedia:JA:有機溶媒|有機溶媒]]中のRetinalは380nmに吸収極大(λmax)を示すが、アミノ基を持つ化合物(例えば[[wikipedia:JA:プロピルアミン|プロピルアミン]])とシッフ塩基を形成してプロトン化されると、λmaxが440nmまでシフトする。さらにロドプシン中ではまわりのアミノ酸残基との相互作用によって、λmaxが約500 nmまでシフトする。この440nmからの差分をオプシンシフトと呼ぶ。ロドプシンの吸収スペクトルは可視部の吸収(αバンド)の他に、紫外領域に小さな吸収(βバンド)、280nm付近にタンパク質の[[wikipedia:JA:芳香族|芳香族]]アミノ酸残基に由来する吸収(γバンド)を示すのが特徴である(αバンド、βバンド、γバンドを図中に示して頂けば幸いです)。<br />'''b:'''ロドプシンにはA1、A2の2種類のレチナールが知られている。A2レチナールより構成するものを特にポルフィロプシンとよび、A1レチナールよりも共役二重結合系が長いのでより長波長の光を吸収することができる。<br />'''c:'''無脊椎動物の視物質にはA1、A2レチナールの他にA3やA4レチナールを用いるものもある。]] |
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