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(ページの作成:「<div align="right"> <font size="+1">大神田 麻子</font><br> ''追手門学院大学''<br> <font size="+1">[http://researchmap.jp/read0095222 板倉 昭二]</font><b...」)
 
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 心の理論とは、他者の心を類推し、理解する能力である。心の理論という呼び方は、1978年に発表されたPremackとWoodruffによる論文”Does the chimpanzee have a theory of mind?”において初めて用いられ<ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>、それ以後、特に発達心理学において、乳幼児を対象にさまざまな研究が行われるようになった。[[ヒト]]およびヒト以外の[[動物]]が心の理論を持っているかどうかについては、主に誤信念課題(false belief task)によって調べられる。
 心の理論とは、他者の心を類推し、理解する能力である。心の理論という呼び方は、1978年に発表されたPremackとWoodruffによる論文”Does the chimpanzee have a theory of mind?”において初めて用いられ<ref name=ref15>'''Premack, D., & Woodruff, G.'''<br>Does the chimpanzee have a theory of mind?<br>''Behavioral and Brain Sciences'', 1, 512-526. 1978</ref>、それ以後、特に発達心理学において、乳幼児を対象にさまざまな研究が行われるようになった。[[ヒト]]およびヒト以外の[[動物]]が心の理論を持っているかどうかについては、主に誤信念課題(false belief task)によって調べられる。


==標準誤信念課題==
==標準誤信念課題==
 標準誤信念課題には、主に位置移動課題<ref name=ref1><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref18><pubmed></pubmed></ref>と内容変化課題<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref18 />がある。これらの課題は3~6歳ごろの子どもに与えられ、他者の信念についての質問に正答することができた場合に、心の理論を持っていると結論される。一般的に4歳後半から5歳の子どもはこれらの課題に通過することができるが、3歳頃の子どもは自分の知っている事実に基づき答えてしまい、課題に通過することができない<ref name=ref17><pubmed></pubmed></ref>。また、標準誤信念理解の通過年齢はさまざまな文化圏で共通であるが<ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref>、日本の子どもの場合はその通過年齢が遅いことも指摘されている<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref17 />。この問題点については後の項目でさらに説明する。
 標準誤信念課題には、主に位置移動課題<ref name=ref1><pubmed>2934210</pubmed></ref> <ref name=ref18><pubmed>6681741</pubmed></ref>と内容変化課題<ref name=ref5><pubmed>3342716</pubmed></ref> <ref name=ref18 />がある。これらの課題は3~6歳ごろの子どもに与えられ、他者の信念についての質問に正答することができた場合に、心の理論を持っていると結論される。一般的に4歳後半から5歳の子どもはこれらの課題に通過することができるが、3歳頃の子どもは自分の知っている事実に基づき答えてしまい、課題に通過することができない<ref name=ref17><pubmed>11405571</pubmed></ref>。また、標準誤信念理解の通過年齢はさまざまな文化圏で共通であるが<ref name=ref4><pubmed>15869697</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>18331141</pubmed></ref>、日本の子どもの場合はその通過年齢が遅いことも指摘されている<ref name=ref12>'''Naito, M., & Koyama, K.'''<br>The development of false-belief understanding in Japanese children: Delay and difference?<br>''International Journal of Behavioral Development'', 30, 290–304. 2006</ref> <ref name=ref17 />。この問題点については後の項目でさらに説明する。


===サリー・アン課題===
===サリー・アン課題===
 位置移動課題の代表として挙げられるのがサリー・アン課題<ref name=ref1 />である。この課題は、紙芝居形式で呈示されることが多いが、目の前で実験者が登場人物を演じる場合もある<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>。登場人物は二人おり、状況設定は、ある部屋の中にバスケットと箱(あるいは色の異なる箱や形や色が異なる家具や入れ物)が置かれているというものである。なお、登場人物の名前はサリーとアンに限らず、課題を実施する国に合わせるなど、変更されることもある。
 位置移動課題の代表として挙げられるのがサリー・アン課題<ref name=ref1 />である。この課題は、紙芝居形式で呈示されることが多いが、目の前で実験者が登場人物を演じる場合もある<ref name=ref7><pubmed>1643814</pubmed></ref>。登場人物は二人おり、状況設定は、ある部屋の中にバスケットと箱(あるいは色の異なる箱や形や色が異なる家具や入れ物)が置かれているというものである。なお、登場人物の名前はサリーとアンに限らず、課題を実施する国に合わせるなど、変更されることもある。


 サリーとアンは最初、同じ部屋にいる。部屋にはサリーのバスケットとアンの箱が置かれている。サリーがビー玉をバスケットに入れる。そしてサリーは部屋の外に出ていき、その間にアンがビー玉を自分の箱に移動する。最後にサリーが部屋に戻ってきて、ビー玉を取り出そうとする。そして、子どもに「サリーがどこを探すと思うか(信念質問)」、「ビー玉は今どこにあるか(現実質問)」および「最初にビー玉はどこにあったか(記憶質問)」を聞く。3歳児の多くは前者の問に箱と答えるが、4~5歳児はバスケットと答える。これは3歳児にとっては、自分が見て知った現実(ビー玉は今、アンの箱にあるという現実)と、サリーの信念(ビー玉はバスケットに入れておいたというサリーにとっての現実)が異なることを理解するのが難しいために起こる。また、3歳児は現実質問と記憶質問には正しく答えられる。同様の課題に、登場人物がマキシと母親、マキシが戸棚にチョコレートを隠すマキシ課題もある<ref name=ref18 />。
 サリーとアンは最初、同じ部屋にいる。部屋にはサリーのバスケットとアンの箱が置かれている。サリーがビー玉をバスケットに入れる。そしてサリーは部屋の外に出ていき、その間にアンがビー玉を自分の箱に移動する。最後にサリーが部屋に戻ってきて、ビー玉を取り出そうとする。そして、子どもに「サリーがどこを探すと思うか(信念質問)」、「ビー玉は今どこにあるか(現実質問)」および「最初にビー玉はどこにあったか(記憶質問)」を聞く。3歳児の多くは前者の問に箱と答えるが、4~5歳児はバスケットと答える。これは3歳児にとっては、自分が見て知った現実(ビー玉は今、アンの箱にあるという現実)と、サリーの信念(ビー玉はバスケットに入れておいたというサリーにとっての現実)が異なることを理解するのが難しいために起こる。また、3歳児は現実質問と記憶質問には正しく答えられる。同様の課題に、登場人物がマキシと母親、マキシが戸棚にチョコレートを隠すマキシ課題もある<ref name=ref18 />。
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==その他の心の理論課題==
==その他の心の理論課題==
===非言語誤信念課題===
===非言語誤信念課題===
 ヒト以外の動物、たとえば[[チンパンジー]]等の大型[[霊長類]]に心の理論があるかについては、長年議論されてきている。こうした動物を対象に検査する場合は、非[[言語]]誤信念課題が用いられる<ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref>。また、近年のいくつかの研究により、日本の子どもの誤信念獲得の時期が欧米諸国の子どもの獲得時期よりも遅いことが指摘されている<ref name=ref12 />。しかし非言語誤信念課題を用いた場合、日本の子どもに心の理論の獲得時期に遅れは見られなかったため、日本の子どもにとっての標準誤信念課題は、課題を理解しているか否かより、言語による質問に言語で正しく答えられるかどうかが鍵となっている可能性が高いと考えられる<ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref>。
 ヒト以外の動物、たとえば[[チンパンジー]]等の大型[[霊長類]]に心の理論があるかについては、長年議論されてきている。こうした動物を対象に検査する場合は、非[[言語]]誤信念課題が用いられる<ref name=ref3><pubmed>10218261</pubmed></ref>。また、近年のいくつかの研究により、日本の子どもの誤信念獲得の時期が欧米諸国の子どもの獲得時期よりも遅いことが指摘されている<ref name=ref12 />。しかし非言語誤信念課題を用いた場合、日本の子どもに心の理論の獲得時期に遅れは見られなかったため、日本の子どもにとっての標準誤信念課題は、課題を理解しているか否かより、言語による質問に言語で正しく答えられるかどうかが鍵となっている可能性が高いと考えられる<ref name=ref11>'''Moriguchi, Y., Okumura, Y., Kanakogi, Y., & Itakura, S.''' <br>Japanese children's difficulty with false belief understanding; is it real or apprent? <br>''Psychologia'', 53, 36-43. 2010</ref>。


===二次的誤信念課題===
===二次的誤信念課題===
 二次的誤信念課題は就学前期の終わりから児童期の子どもの心の理論を調べるために用いられる課題である。二次的誤信念課題に対し、標準誤信念課題を一次的誤信念課題と呼ぶ。二次的誤信念課題では、ストーリーを聞かせる、あるいは人形劇、紙芝居などを見せ、登場人物の入れ子構造の「Aさんは、Bさんがx(物)がy(場所)にあると思っていると思っている」誤信念を子どもが理解しているか調べる。二次的誤信念課題は5歳後半あるいは6歳から9歳の間に獲得されるとされている<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref>。
 二次的誤信念課題は就学前期の終わりから児童期の子どもの心の理論を調べるために用いられる課題である。二次的誤信念課題に対し、標準誤信念課題を一次的誤信念課題と呼ぶ。二次的誤信念課題では、ストーリーを聞かせる、あるいは人形劇、紙芝居などを見せ、登場人物の入れ子構造の「Aさんは、Bさんがx(物)がy(場所)にあると思っていると思っている」誤信念を子どもが理解しているか調べる。二次的誤信念課題は5歳後半あるいは6歳から9歳の間に獲得されるとされている<ref name=ref14>'''Perner, J., & Wimmer, H.'''<br>"John thinks that Mary thinks that...": Attribution of second-order beliefs by 5- to 10-year-old children.<br>''Journal of Experimental Child Psychology'', 39, 437-471. 1985</ref> <ref name=ref16>'''Sullivan, K., Zaitchik, D., & Tager-Flusberg, H.'''<br>Preschoolers can attribute second-order beliefs.<br>''Developmental Psychology'', 30, 395-402. 1994</ref>。


===アイスクリーム課題===
===アイスクリーム課題===
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===社会的失言(Faux Pas)検出課題===
===社会的失言(Faux Pas)検出課題===
 従来の誤信念課題は4~6歳児を対象にしたものがほとんどであったため、7歳以上の児童期の子どもの誤信念理解を調べる社会的失言検出課題が考案された。この課題では、たとえば「クラスである競争があり、勝ちたいと思っていたエンマが学校を休んでいる間に、別の子ども(アリス)の優勝が決まった。アリスはエンマが学校に来た時に『残念だったわね』と言い、エンマに『どういうこと?』と聞かれて『なんでもない』と答えた」というような短いストーリーを聞かせ、「アリスはエンマが競争の結果を知らなかったことを知っていたか」という誤信念質問を聞くものである。Baron-Cohen<ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref>の研究では10の失言ストーリーが用いられた。健常児の場合、9~11歳の間に失言を検知できるようになるといわれている。
 従来の誤信念課題は4~6歳児を対象にしたものがほとんどであったため、7歳以上の児童期の子どもの誤信念理解を調べる社会的失言検出課題が考案された。この課題では、たとえば「クラスである競争があり、勝ちたいと思っていたエンマが学校を休んでいる間に、別の子ども(アリス)の優勝が決まった。アリスはエンマが学校に来た時に『残念だったわね』と言い、エンマに『どういうこと?』と聞かれて『なんでもない』と答えた」というような短いストーリーを聞かせ、「アリスはエンマが競争の結果を知らなかったことを知っていたか」という誤信念質問を聞くものである。Baron-Cohen<ref name=ref2><pubmed>10587887</pubmed></ref>の研究では10の失言ストーリーが用いられた。健常児の場合、9~11歳の間に失言を検知できるようになるといわれている。


==心の理論の芽生え==
==心の理論の芽生え==
 近年、心の理論の芽生えの証拠として、生後9ヶ月頃から見られる[[共同注意]]、および生後1年前後に見られる[[指さし]]が指摘されている<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>。また、心の理論は15ヶ月児の乳児でもすでに理解しているという証拠も示されている<ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>。
 近年、心の理論の芽生えの証拠として、生後9ヶ月頃から見られる[[共同注意]]、および生後1年前後に見られる[[指さし]]が指摘されている<ref name=ref8><pubmed>15595371</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>18721918</pubmed></ref>。また、心の理論は15ヶ月児の乳児でもすでに理解しているという証拠も示されている<ref name=ref13><pubmed>15821091</pubmed></ref>。


===心の理論と自閉症児・者===
===心の理論と自閉症児・者===
 Baron-Cohenは、3~5歳の健常児、[[ダウン症]]児、および[[自閉症]]児がサリー・アン課題に通過できるか調べたところ、自閉症児群のほうが知能年齢が高いにもかかわらず、課題の通過率は20%であったことを示した<ref name=ref1 />。その後の研究では、アスペルガー症候群の子ども、高機能自閉症児は標準誤信念課題<ref name=ref2 /> <ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref>、および二次的誤信念課題<ref name=ref6 />に通過できることが示された。しかし、より高次で自然なストーリー(嘘、白い嘘、ジョーク、振り遊び、皮肉など)に関する理解については、二次的誤信念課題を通過できた自閉症者でも失敗することが多く<ref name=ref6 />、また一次的、二次的誤信念課題を通過したアスペルガー症候児、高機能自閉症児でも、社会的失言検出課題は難しかった<ref name=ref2 />。
 Baron-Cohenは、3~5歳の健常児、[[ダウン症]]児、および[[自閉症]]児がサリー・アン課題に通過できるか調べたところ、自閉症児群のほうが知能年齢が高いにもかかわらず、課題の通過率は20%であったことを示した<ref name=ref1 />。その後の研究では、アスペルガー症候群の子ども、高機能自閉症児は標準誤信念課題<ref name=ref2 /> <ref name=ref6><pubmed>8040158</pubmed></ref>、および二次的誤信念課題<ref name=ref6 />に通過できることが示された。しかし、より高次で自然なストーリー(嘘、白い嘘、ジョーク、振り遊び、皮肉など)に関する理解については、二次的誤信念課題を通過できた自閉症者でも失敗することが多く<ref name=ref6 />、また一次的、二次的誤信念課題を通過したアスペルガー症候児、高機能自閉症児でも、社会的失言検出課題は難しかった<ref name=ref2 />。
   
   
==参考文献==
==参考文献==
<references />
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