「摂食障害」の版間の差分

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 摂食障害(eating disorders)は、主に神経性食思(欲)不振症(anorexia nervosa, AN)と神経性過(大)食症(bulimia nervosa, BN)からなる。ANは身体像の障害、強い[[やせ願望]]や[[肥満恐怖]]などのため[[不食]]や[[摂食]]制限、あるいは[[過食]]しては[[wikipedia:JA:嘔吐]]するため著しいやせと種々の身体・精神症状を生じる一つの症候群である。BNは、自制困難な摂食の欲求を生じて、短時間に大量の食物を強迫的に摂取しては、その後嘔吐や[[wikipedia:JA:下剤]]の乱用、翌日の摂食制限、不食などにより体重増加を防ぎ、体重はANほど減少せず正常範囲内で変動し、過食後に[[無気力感]]、[[抑うつ気分]][[自己卑下]]をともなう一つの症候群である。これらの摂食障害が[[wikipedia:JA:思春期]]から[[wikipedia:JA:青年期]]の女性を中心に急増している。しかし最近の際立った特徴として、患者が前思春期の低年齢層から既婚の高年齢層まで拡がりをみせていることや、臨床像が多様化して非定型例が増加していることである。このような背景を踏まえて、ここでは摂食障害の中核となるANとBNについて説明する。  
 摂食障害(eating disorders)は、主に神経性食思(欲)不振症(anorexia nervosa, AN)と神経性過(大)食症(bulimia nervosa, BN)からなる。ANは身体像の障害、強い[[やせ願望]]や[[肥満恐怖]]などのため[[不食]]や[[摂食]]制限、あるいは[[過食]]しては[[wikipedia:JA:嘔吐|嘔吐]]するため著しいやせと種々の身体・精神症状を生じる一つの症候群である。BNは、自制困難な摂食の欲求を生じて、短時間に大量の食物を強迫的に摂取しては、その後嘔吐や[[wikipedia:JA:下剤|下剤]]の乱用、翌日の摂食制限、不食などにより体重増加を防ぎ、体重はANほど減少せず正常範囲内で変動し、過食後に[[無気力感]]、[[抑うつ]]気分、[[自己卑下]]をともなう一つの症候群である。これらの摂食障害が[[wikipedia:JA:思春期|思春期]]から[[wikipedia:JA:青年期|青年期]]の女性を中心に急増している。しかし最近の際立った特徴として、患者が前思春期の低年齢層から既婚の高年齢層まで拡がりをみせていることや、臨床像が多様化して非定型例が増加していることである。このような背景を踏まえて、ここでは摂食障害の中核となるANとBNについて説明する。  
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=== 概念と歴史  ===
=== 概念と歴史  ===


 ANは、思春期の女子に好発し、身体像の障害、強いやせ願望や[[肥満]]恐怖などのため不食や摂食制限,過食や嘔吐などをきたす結果、著しいやせと種々の精神・身体症状を生じる一つの症候群である。ANについて最初に医学的に記載したのは[[wikipedia:Richard Morton (physician)|Richard Morton]]である。彼は1689年に「Phthisiologia(消耗病)、seu Exercitationes de Phthisi (消耗についての一論文)」を出版し、この中で今日のANに相当する18歳で発病した少女の症例を紹介している。 わが国でも、大塚によると江戸時代の[[wikipedia:JA:香川修徳]]が、一本堂行余医言の中で「不食病」または「神仙労」として、今日のANに相当する症例を記載している。そして、この約200年後の1873年にLasègueが本症を「Del’anorexie hystérique」と題して、翌年に、Gull WW が、Anorexia nervosa(Apepsia Hysterica,Anorexia Hysterica )と題して、それぞれ独自に症例を報告し、本症の臨床像を詳細に記述している。そしてGullが命名したanorexia nervosaの用語が、今日世界的に汎用されている。  
 ANは、思春期の女子に好発し、身体像の障害、強いやせ願望や[[wikipedia:JA:肥満|肥満]]恐怖などのため不食や摂食制限,過食や嘔吐などをきたす結果、著しいやせと種々の精神・身体症状を生じる一つの症候群である。ANについて最初に医学的に記載したのは[[wikipedia:Richard Morton (physician)|Richard Morton]]である。彼は1689年に「Phthisiologia(消耗病)、seu Exercitationes de Phthisi (消耗についての一論文)」を出版し、この中で今日のANに相当する18歳で発病した少女の症例を紹介している。 わが国でも、大塚によると江戸時代の[[wikipedia:JA:香川修徳|香川修徳]]が、一本堂行余医言の中で「不食病」または「神仙労」として、今日のANに相当する症例を記載している。そして、この約200年後の1873年に[[wikipedia:Charles Lasègue|Charles Lasègue]]が本症を「Del’anorexie hystérique」と題して、翌年に、[[wikipedia:Sir William Gull, 1st Baronet|Sir William Gull, 1st Baronet]] が、Anorexia nervosa(Apepsia Hysterica,Anorexia Hysterica )と題して、それぞれ独自に症例を報告し、本症の臨床像を詳細に記述している。そしてGullが命名したanorexia nervosaの用語が、今日世界的に汎用されている。  


=== 疫学  ===
=== 疫学  ===
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==== 精神症状 ====
==== 精神症状 ====


 主な精神症状を表1に示した。やせ願望や肥満恐怖、身体像の障害などを認める。さらに病識が欠如しているか乏しい。その他抑うつ、不安、強迫症状、失感情症などをしばしば伴う。
 主な精神症状を表1に示した。やせ願望や肥満恐怖、[[身体像]]の障害などを認める。さらに[[病識]]が欠如しているか乏しい。その他抑うつ、[[不安]]、[[強迫症状]]、[[失感情症]]などをしばしば伴う。
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|+ 表1 典型例にみられる精神症状
|+ 表1 典型例にみられる精神症状
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| 抑うつ、不安、強迫症状、失感情症など || 抑うつ、不安、強迫症状、失感情症など
| 抑うつ、不安、強迫症状、失感情症など || 抑うつ、不安、強迫症状、失感情症など
|}
|}
*'''やせ願望と肥満恐怖''':痩せ願望が強く、体重が標準体重以下であってもより低体重を望み、体重が少し増加すると肥満するのではないかと恐れる肥満恐怖を示す。患者に希望体重を尋ねれば、低体重であってもさらなる低体重や標準体重以下の体重を望む。
*'''やせ願望と肥満恐怖''':やせ願望が強く、体重が標準体重以下であってもより低体重を望み、体重が少し増加すると肥満するのではないかと恐れる肥満恐怖を示す。患者に希望体重を尋ねれば、低体重であってもさらなる低体重や標準体重以下の体重を望む。
*'''身体像の障害''':低体重で痩せていても、自分ではそれほど痩せていると思っていない。多いのは大腿部、腹部、頬などが太っているや、膨れていると感じている。
*'''身体像の障害''':低体重でやせていても、自分ではそれほどやせていると思っていない。多いのは大腿部、腹部、頬などが太っているや、膨れていると感じている。
*'''病識の欠如''':自ら痩身を望むため、痩せている状態を病気と認識していない。しかし種々の身体合併症を生じて体力の低下が意識されると病感を有するようになるが、真の病識は形成されていない。
*'''病識の欠如''':自ら痩身を望むため、やせている状態を病気と認識していない。しかし種々の身体合併症を生じて体力の低下が意識されると病感を有するようになるが、真の病識は形成されていない。
*'''その他の精神症状''':低栄養や体重減少により2次的に抑うつ症状を生じる。体重増加や肥満に対する不安や恐怖が強く、食事時になると不安、緊張が高まる。さらに食物やカロリ-などへの強いとらわれ、徹底した摂食制限などのANの中核症状以外にも、「整理整頓」などの強迫症状を高率に認める。また感情の気づきと表現が抑制されている失感情症(alexithymia)をしばしば認める。
*'''その他の精神症状''':低栄養や体重減少により2次的に抑うつ症状を生じる。体重増加や肥満に対する不安や恐怖が強く、食事時になると不安、緊張が高まる。さらに食物やカロリ-などへの強いとらわれ、徹底した摂食制限などのANの中核症状以外にも、「整理整頓」などの強迫症状を高率に認める。また感情の気づきと表現が抑制されている失感情症(alexithymia)をしばしば認める。


==== 行動異常 ====  
==== 行動異常 ====  
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! 排出行動
! 排出行動
| 嘔吐、下剤の乱用、利尿薬の乱用 || 嘔吐、下剤の乱用、利尿薬の乱用
| 嘔吐、下剤の乱用、利尿薬の乱用 || 嘔吐、下剤の乱用、[[wikipedia:JA:利尿薬|利尿薬]]の乱用
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! 活動性
! 活動性
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! 問題行動
! 問題行動
| 自傷行為、自殺企図、万引き、薬物乱用など || 自傷行為、自殺企図、万引き、薬物乱用など
| [[自傷行為]]、[[自殺企図]]、[[wikipedia:JA:万引き|万引き]]、[[薬物乱用]]など || 自傷行為、自殺企図、万引き、薬物乱用など
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|}


*'''摂食行動''':食思不振、拒食、摂食制限、隠れ食い、盗み食い、過食などの摂食行動異常を示す。食思不振は家庭、学校、職場などにおけるストレスや対人関係の悩みなどにより生じる。拒食は母親に対する反抗や家族の注目や関心を引いたり、優しさや愛情を一身に受けるために行われる。摂食制限は美容上、健康上またはスポ-ツの競技能力の向上を目指して行われる。 患者の多くは食思不振、拒食、摂食制限などにより摂食量低下が持続すると、空腹感を生じなくなる。そして少し食べると腹部不快感や膨満感などを訴えては、摂食量がさらに減少して体重が急激に低下する。さらに摂食量低下に対する反動として過食を生じたりする。過食についてはBNの項で述べる。  
*'''摂食行動''':食思不振、拒食、摂食制限、隠れ食い、盗み食い、過食などの摂食行動異常を示す。食思不振は家庭、学校、職場などにおけるストレスや対人関係の悩みなどにより生じる。拒食は母親に対する反抗や家族の注目や関心を引いたり、優しさや愛情を一身に受けるために行われる。摂食制限は美容上、健康上またはスポーツの競技能力の向上を目指して行われる。 患者の多くは食思不振、拒食、摂食制限などにより摂食量低下が持続すると、空腹感を生じなくなる。そして少し食べると腹部不快感や膨満感などを訴えては、摂食量がさらに減少して体重が急激に低下する。さらに摂食量低下に対する反動として過食を生じたりする。過食についてはBNの項で述べる。  
*'''排出行動 (purging behavior) ''':自ら嘔吐を誘発したり、下剤や利尿剤の乱用などにより摂食や過食による体重増加を防ぐ。これについてはBNの項目で詳しく述べる。  
*'''排出行動 (purging behavior) ''':自ら嘔吐を誘発したり、下剤や利尿剤の乱用などにより摂食や過食による体重増加を防ぐ。これについてはBNの項目で詳しく述べる。  
*'''活動性''':痩せている割には、活動性が亢進していて過剰な活動や運動を示す。
*'''活動性''':やせている割には、活動性が亢進していて過剰な活動や運動を示す。
*'''問題行動''':自傷行為や自殺企図、アルコ-ルや薬物乱用などの自己破壊的行為や万引きなどの社会的逸脱行為を、過食を呈する患者に多く認める。  
*'''問題行動''':自傷行為や自殺企図、アルコ-ルや薬物乱用などの自己破壊的行為や万引きなどの社会的逸脱行為を、過食を呈する患者に多く認める。  


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! 月経異常
! 月経異常
| 無月経 || 一部は無月経
| [[wikipedia:JA:無月経|無月経]] || 一部は無月経
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! その他の身体症状
! その他の身体症状
| 徐脈、低体温、低血圧、浮腫、うぶ毛の密生など || 浮腫、過食後の微熱など
| [[wikipedia:JA:徐脈|徐脈]]、[[wikipedia:JA:低体温|低体温]]、[[wikipedia:JA:低血圧|低血圧]]、[[wikipedia:JA:浮腫|浮腫]]、[[wikipedia:JA:うぶ毛|うぶ毛]]の密生など || 浮腫、過食後の微熱など
|}
|}


*'''低体重''':ANの診断基準の低体重は、我が国において標準体重の20%以上、DSM-Ⅳ-TRでは標準体重の15%以上の減少とされている。一方、ICD-10では国際比較出来るようにBody Mass Index(体重kg/身長m<sup>2</sup>、BMI)で17.5以下とされている。  
*'''低体重''':ANの診断基準の低体重は、我が国において標準体重の20%以上、DSM-Ⅳ-TRでは標準体重の15%以上の減少とされている。一方、ICD-10では国際比較出来るようにBody Mass Index(体重kg/身長m<sup>2</sup>、BMI)で17.5以下とされている。  


*'''無月経''':ANの必須症状として無月経がある。一部の患者は痩せる以前か同時期に無月経となるが、大部分の患者は体重減少後に生じる。
*'''無月経''':ANの必須症状として無月経がある。一部の患者はやせる以前か同時期に無月経となるが、大部分の患者は体重減少後に生じる。
*'''その他''':徐脈、低体温、低血圧、浮腫、うぶ毛の密生などを生じる。  
*'''その他''':徐脈、低体温、低血圧、浮腫、うぶ毛の密生などを生じる。  


==== 合併症 ====  
==== 合併症 ====  


*'''身体合併症''':痩せや低栄養状態による身体合併症の症状と徴候および検査データを表4<ref name="cit3">切池信夫:さまざまな合併症、「摂食障害-食べない、食べられない、食べたら止まらない-」第2版、医学書院、東京、pp125-149、2009</ref>に示した。
*'''身体合併症''':やせや低栄養状態による身体合併症の症状と徴候および検査データを表4<ref name="cit3">切池信夫:さまざまな合併症、「摂食障害-食べない、食べられない、食べたら止まらない-」第2版、医学書院、東京、pp125-149、2009</ref>に示した。


{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
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! 器官 !! 症状と徴候!! 検査データ !! 検査名
! 器官 !! 症状と徴候!! 検査データ !! 検査名
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| 尿 || 急激なやせ || ケトン体 || 尿検査
| 尿 || 急激なやせ || [[wikipedia:JA:ケトン体|ケトン体]] || 尿検査
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| 皮膚系 || うぶ毛の密生、脱毛、敏の増加 ||  || 視診
| 皮膚系 || うぶ毛の密生、脱毛、敏の増加 ||  || 視診
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| 血液 ||疲労、低体重  || 貧血(正球性正色素性が多い) 、血清鉄、 葉酸、ビタミンB12が低下、白血球減少、汎血球減少症 || 末梢血液検査
| 血液 ||疲労、低体重  || [[wikipedia:JA:貧血|貧血]]([[wikipedia:JA:正球性正色素性|正球性正色素性]]が多い) 、[[wikipedia:JA:血清鉄|血清鉄]]、 [[wikipedia:JA:葉酸|葉酸]]、[[wikipedia:JA:ビタミンB12|ビタミンB12]]が低下、[[wikipedia:JA:白血球|白血球]]減少、[[wikipedia:JA:汎血球減少症|汎血球減少症]] || 末梢血液検査
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| 電解質 || 動悸、不整脈、痙攣 || 心電図異常、低K血症、低Na血症 || 電解質検査
| [[wikipedia:JA:電解質|電解質]] || [[wikipedia:JA:動悸|動悸]]、[[wikipedia:JA:不整脈|不整脈]]、[[wikipedia:JA:痙攣|痙攣]] || [[wikipedia:JA:心電図|心電図]]異常、[[wikipedia:JA:低K血症|低K血症]]、[[wikipedia:JA:低Na血症|低Na血症]] || 電解質検査
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| 消化器 || 味覚障害、食後の不快感、腹部膨満感、便秘、嘔吐、腹痛 || 血漿亜鉛の減少、胃内容排泄時間の延長、イレウス、上腸間膜動脈症候群 || 血液検査、消化管検査
| [[wikipedia:JA:消化器|消化器]] || 味覚障害、食後の不快感、[[wikipedia:JA:腹部膨満感|腹部膨満感]]、[[wikipedia:JA:便秘|便秘]]、嘔吐、[[wikipedia:JA:腹痛|腹痛]] || 血漿[[wikipedia:JA:亜鉛|亜鉛]]の減少、胃内容排泄時間の延長、[[wikipedia:JA:イレウス|イレウス]]、[[wikipedia:JA:上腸間膜動脈症候群|上腸間膜動脈症候群]] || 血液検査、消化管検査
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| 肝臓 || 疲労|| トランスアミナーゼの軽度上昇 || 肝機能検査
| [[wikipedia:JA:肝臓|肝臓]] || [[wikipedia:JA:疲労|疲労]]|| [[wikipedia:JA:トランスアミナーゼ|トランスアミナーゼ]]の軽度上昇 || 肝機能検査
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| 腎臓 || 足の腫脹、浮腫 || BUNの上昇、腎濃縮能の低下 || 腎機能検査
| [[wikipedia:JA:腎臓|腎臓]] || 足の腫脹、浮腫 || [[wikipedia:JA:BUN|BUN]]の上昇、腎濃縮能の低下 || 腎機能検査
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| 脂質代謝 || 無症状 || コレステロール値の上昇 || 脂質検査
| [[wikipedia:JA:脂質代謝|脂質代謝]] || 無症状 || [[wikipedia:JA:コレステロール|コレステロール]]値の上昇 || 脂質検査
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| 循環器系 || 徐脈、不整脈、動悸、失神 || ST-T変化、T波異常、QT時間の延長、左室径、右室径、大動脈径の滅少|| 心篭図検査、心エコー
| [[wikipedia:JA:循環器系|JA:循環器系]] || [[wikipedia:JA:徐脈|徐脈]]、[[wikipedia:JA:不整脈|不整脈]]、[[wikipedia:JA:動悸|動悸]]、[[wikipedia:JA:失神|失神]] || [[wikipedia:JA:ST-T|ST-T]]変化、[[wikipedia:JA:T波|T波]]異常、[[wikipedia:JA:QT時間|QT時間]]の延長、[[wikipedia:JA:左室径|左室径]]、[[wikipedia:JA:右室径|右室径]]、[[wikipedia:JA:大動脈径|大動脈径]]の滅少|| [[wikipedia:JA:心電図|心電図]]検査、[[wikipedia:JA:心エコー|心エコー]]
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| 骨・筋肉系 || 骨折、筋力低下 || 骨粗鬆症、筋萎縮 || CT、DEXA、筋電図
| [[wikipedia:JA:骨・筋肉系|骨・筋肉系]] || [[wikipedia:JA:骨折|骨折]]、[[wikipedia:JA:筋力低下|筋力低下]] || [[wikipedia:JA:骨粗鬆症|骨粗鬆症]]、[[wikipedia:JA:筋萎縮|筋萎縮]] || [[wikipedia:JA:CT|CT]]、[[wikipedia:JA:DEXA|DEXA]]、[[wikipedia:JA:筋電図|筋電図]]
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| 内分泌系 || 無月経、性欲低下、皮膚乾燥、浮腫、睡眠障害 ||  視床下部一下垂体一性腺系、副腎系、甲状腺系の異常|| 内分泌検査
| [[wikipedia:JA:内分泌系|内分泌系]] || 無月経、[[wikipedia:JA:性欲|性欲]]低下、皮膚乾燥、浮腫、[[睡眠]]障害 ||  [[視床下部]]一[[下垂体]]一性腺系、副腎系、甲状腺系の異常|| 内分泌検査
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| 中枢神経系 || 睡眠障害、認知・集中カの低下、痙攣  || 異常脳波、脳萎縮像 || 脳波検査、CT検査、MRI検査
| [[wikipedia:JA:中枢神経系|中枢神経系]] || 睡眠障害、認知・集中カの低下、痙攣  || 異常[[脳波]]、脳萎縮像 || 脳波検査、CT検査、[[wikipedia:JA:MRI|MRI]]検査
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DEXA: dual energy X-ray absorptiometry
DEXA: dual energy X-ray absorptiometry
*'''精神障害のcomorbidity''':comorbidityとはある疾患をもつ患者が、その疾患の経過中またはその前後に罹患した別の疾患または病態を指し、必ずしも合併症を意味しない。摂食障害患者においてうつ病、強迫性障害、社会恐怖、恐慌性障害などの不安障害、境界性、演技性、強迫性、回避性、依存性などの人格障害、さらにアルコ-ルや薬物依存などのcomorbidityを高率に認める。
*'''精神障害のcomorbidity''':[[comorbidity]]とはある疾患をもつ患者が、その疾患の経過中またはその前後に罹患した別の疾患または病態を指し、必ずしも合併症を意味しない。摂食障害患者においてうつ病、強迫性障害、[[wikipedia:JA:社会恐怖|社会恐怖]]、[[wikipedia:JA:恐慌性障害|恐慌性障害]]などの[[wikipedia:JA:不安障害|不安障害]]、[[wikipedia:JA:境界性|境界性]]、演技性、強迫性、回避性、依存性などの[[人格障害]]、さらに[[wikipedia:JA:アルコ-ル|アルコ-ル]]や薬物依存などのcomorbidityを高率に認める。


=== 成因・発症機序  ===
=== 成因・発症機序  ===
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  [[ファイル:pict1.png|'''図1 摂食障害の発症機序'''|thumb|upright|380px]]
  [[ファイル:pict1.png|'''図1 摂食障害の発症機序'''|thumb|upright|380px]]


 現在では生物学的、心理的、社会的要因の複雑な相互作用によるものと考えられている。このうち生物学的要因として、遺伝素因、脳内神経伝達物質、特にセロトニンの機能異常、その他脳の構造的異常が推定されている。 図1に発症機序を示した。すなわちストレス、やせ願望、思春期の自立葛藤などの社会的、心理的要因により摂食量が低下すると、摂食障害に対する身体的素因を有する人の中枢性摂食調節機構に異常を生じ、適切な摂食行動が障害される。 さらに痩せや栄養障害により生理的、精神的変化(身体的合併症や脳の機能的、形態的変化)を生じ、これがさらに摂食行動の中枢性調節機構に悪影響を及ぼし、「食べない→食べられない→食べたら止まらない」といった摂食行動異常の悪循環に陥り、摂食障害の複雑かつ特異的な病態が形成されるものと考えられる。
 現在では生物学的、心理的、社会的要因の複雑な相互作用によるものと考えられている。このうち生物学的要因として、遺伝素因、脳内[[神経伝達物質]]、特に[[セロトニン]]の機能異常、その他脳の構造的異常が推定されている。 図1に発症機序を示した。すなわちストレス、やせ願望、思春期の自立葛藤などの社会的、心理的要因により摂食量が低下すると、摂食障害に対する身体的素因を有する人の中枢性摂食調節機構に異常を生じ、適切な摂食行動が障害される。 さらにやせや栄養障害により生理的、精神的変化(身体的合併症や脳の機能的、形態的変化)を生じ、これがさらに摂食行動の中枢性調節機構に悪影響を及ぼし、「食べない→食べられない→食べたら止まらない」といった摂食行動異常の悪循環に陥り、摂食障害の複雑かつ特異的な病態が形成されるものと考えられる。


=== 診断  ===
=== 診断  ===


 ANの診断について、表5にDSM-ⅣとICD-10の診断基準を示した。それぞれの診断基準ですべて満たす場合にANと診断され、一部の項目を満たさない場合には、DSM-Ⅳで特定不能の摂食障害、ICD-10で非定型ANと診断される。DSM-Ⅳの診断基準では、さらに過食や排出行動の有無により、摂食制限型と過食/排出型に分けられている。  
 ANの診断について、表5に[[DSM-Ⅳ]]と[[ICD-10]]の診断基準を示した。それぞれの診断基準ですべて満たす場合にANと診断され、一部の項目を満たさない場合には、DSM-Ⅳで特定不能の摂食障害、ICD-10で非定型ANと診断される。DSM-Ⅳの診断基準では、さらに過食や排出行動の有無により、摂食制限型と過食/排出型に分けられている。  


{| class="wikitable"
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#体重減少が標準体重の85%以下かQuételet's body mass index(体重(kg)/身長(m)<sup>2</sup>)が17.5以下。前思春期の患者では、この期間に期待される体重増加が得られない
#体重減少が標準体重の85%以下か[[Quételet's body mass index]](体重(kg)/身長(m)<sup>2</sup>)が17.5以下。前思春期の患者では、この期間に期待される体重増加が得られない
#体重減少は自己誘発性で、太りやすい食物を避けること、自己誘発性嘔吐、下剤の使用、過度の運動、食欲抑制剤あるいは利尿薬を使用する
#体重減少は自己誘発性で、太りやすい食物を避けること、自己誘発性嘔吐、下剤の使用、過度の運動、食欲抑制剤あるいは利尿薬を使用する
#肥満への恐怖 身体像のゆがみが強い支配観念として存在し、自ら低い体重の限度を設定している
#肥満への恐怖 身体像のゆがみが強い支配観念として存在し、自ら低い体重の限度を設定している
#視床下部一下垂体一性腺系の広範な内分泌障害、女性では無月経(例外として、避妊薬などホルモン補充療法を受けていて、性器出血が持続している場合)、男性では性的関心や能力の低下、その他成長ホルモンの高値、甲状腺ホルモン代謝の変化、インスリン分泌の異常などがみられることがある
#視床下部一下垂体一性腺系の広範な内分泌障害、女性では無月経(例外として、[[wikipedia:JA:避妊薬|避妊薬]]など[[wikipedia:JA:ホルモン補充療法|ホルモン補充療法]]を受けていて、性器出血が持続している場合)、男性では性的関心や能力の低下、その他[[成長ホルモン]]の高値、[[wikipedia:JA:甲状腺ホルモン|甲状腺ホルモン]]代謝の変化、[[wikipedia:JA:インスリン|インスリン]]分泌の異常などがみられることがある
#前思春期に発症した場合、思春期発現の遅延や停止(成長の停止: 少女では乳房が発達せず、原発性無月経、少年では性器は子どものままである。回復に伴い思春期は正常化するが、初潮は遅延する)
#前思春期に発症した場合、思春期発現の遅延や停止(成長の停止: 少女では乳房が発達せず、原発性無月経、少年では性器は子どものままである。回復に伴い思春期は正常化するが、初潮は遅延する)
|}
|}


 鑑別診断として、痩せをきたす身体疾患や精神疾患が鑑別の対象となる。身体疾患の鑑別に際して末梢血、血清蛋白、電解質、肝・腎機能、脂質、消化器系、循環器系の検査や頭部CTスキャンなどがある。これらの諸検査は、症状や徴候、緊急度に応じて適宜選択して行うもので、闇雲に行うものではない。 痩せをきたす内分泌疾患との鑑別については、 必ずしも内分泌学的検査によらなくても症状や徴候によって鑑別できる。痩せをきたす精神疾患との鑑別において、ANほど痩せる疾患は、統合失調症の拒食状態ぐらいで、容易に鑑別できる。
 鑑別診断として、やせをきたす身体疾患や精神疾患が鑑別の対象となる。身体疾患の鑑別に際して末梢血、血清蛋白質、電解質、肝・腎機能、脂質、消化器系、循環器系の検査や頭部CTスキャンなどがある。これらの諸検査は、症状や徴候、緊急度に応じて適宜選択して行うもので、闇雲に行うものではない。 やせをきたす内分泌疾患との鑑別については、 必ずしも内分泌学的検査によらなくても症状や徴候によって鑑別できる。やせをきたす精神疾患との鑑別において、ANほどやせる疾患は、[[統合失調症]]の拒食状態ぐらいで、容易に鑑別できる。


=== 治療<ref name="cit4">切池信夫:治療は難しい、「摂食障害-食べない、食べられない、食べたら止まらない-」第2版、医学書院、東京、pp151-220、2009</ref>  ===
=== 治療<ref name="cit4">切池信夫:治療は難しい、「摂食障害-食べない、食べられない、食べたら止まらない-」第2版、医学書院、東京、pp151-220、2009</ref>  ===
175行目: 175行目:
 初診時に急性期なのか慢性期なのか、直ちに入院治療が必要なのか、外来治療で可能なのかを判断する必要がある。これには身体状態、摂食行動および精神症状を評価し、急性期であれ慢性期であれ、生命的危険な状態であるかどうかをまず評価する。  
 初診時に急性期なのか慢性期なのか、直ちに入院治療が必要なのか、外来治療で可能なのかを判断する必要がある。これには身体状態、摂食行動および精神症状を評価し、急性期であれ慢性期であれ、生命的危険な状態であるかどうかをまず評価する。  


#'''緊急入院治療の適応''' バイタルサインの異常を示し生命的に危険な状態や、低血糖などによる意識障害、体重減少が著しく浮腫などを生じ歩行もおぼつかない場合、急性肝炎や急性腎不全などの重篤な身体合併症の場合には救急病院や内科系の病院への入院治療が必要となる。 精神科的な緊急入院の適応として、自傷行為や自殺企図、問題行動、重篤な精神合併症、薬物・アルコール依存など合併する場合などで、家庭での対処または療養困難で、差し迫った問題として判断される場合である。本人が応じなければ医療保護入院という強制的手続きをとる必要を生じる場合もある。
#'''緊急入院治療の適応''' バイタルサインの異常を示し生命的に危険な状態や、[[wikipedia:JA:低血糖|低血糖]]などによる意識障害、体重減少が著しく浮腫などを生じ歩行もおぼつかない場合、[[wikipedia:JA:急性肝炎|急性肝炎]]や[[wikipedia:JA:急性腎不全|急性腎不全]]などの重篤な身体合併症の場合には救急病院や内科系の病院への入院治療が必要となる。 精神科的な緊急入院の適応として、自傷行為や自殺企図、問題行動、重篤な精神合併症、薬物・アルコール依存など合併する場合などで、家庭での対処または療養困難で、差し迫った問題として判断される場合である。本人が応じなければ[[wikipedia:JA:医療保護入院|医療保護入院]]という強制的手続きをとる必要を生じる場合もある。
#'''緊急を要さない場合の入院治療の適応''' 緊急入院を必要とするほど、身体的、精神的に危険な状態ではないが、身体状態の改善や身体合併症の治療、摂食行動の正常化、社会からの引きこもり、家族との関係の調整、精神症状の改善などを目的とする。  
#'''緊急を要さない場合の入院治療の適応''' 緊急入院を必要とするほど、身体的、精神的に危険な状態ではないが、身体状態の改善や身体合併症の治療、摂食行動の正常化、社会からの引きこもり、家族との関係の調整、精神症状の改善などを目的とする。  


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=== 概念と歴史  ===
=== 概念と歴史  ===


 BNは、自制困難な摂食の要求を生じて、短時間に大量の食物を強迫的に摂取しては、その後嘔吐や下剤の乱用、翌日の摂食制限、不食などにより体重増加を防ぎ、体重はANほど減少せず正常範囲内で変動し、過食後に無気力感、抑うつ気分、自己卑下をともなう一つの症候群である。 1950年代頃から過食は肥満症との関連で研究されてきた。そして1970年代頃より体重が正常範囲内で、過食しては嘔吐や下剤を乱用する患者の存在に気づかれるようになった。1979年にイギリスのRussell<ref name="cit7">Russell, G.: Bulimia Nervosa:an ominous variant of anorexia nervosa, Psychological Medicine, 9 : 429, 1979</ref>が、1)自己抑制できない過食の衝動、2)過食後の自己誘発性嘔吐または下剤の使用、3)肥満に対して病的恐怖を示す患者の一群をbulimia nervosaと呼び、これらの患者の大部分がANの既往を有していたことから、ANの予後不良の亜型と考えた。 アメリカでは、1980年にDSM-Ⅲで過食症(bulimia)の診断基準をつくりANと区別した。そして1987年のDSM-ⅢRの診断基準ではBNと改め、1994年のDSM-Ⅳ(2000年にDSM-Ⅳ-TR)の診断基準に至っている。一方WHOは1992年にICD-10の診断基準で、BNの診断基準を新たに設け現在に至っている。
 BNは、自制困難な摂食の要求を生じて、短時間に大量の食物を強迫的に摂取しては、その後嘔吐や下剤の乱用、翌日の摂食制限、不食などにより体重増加を防ぎ、体重はANほど減少せず正常範囲内で変動し、過食後に無気力感、抑うつ気分、自己卑下をともなう一つの症候群である。 1950年代頃から過食は肥満症との関連で研究されてきた。そして1970年代頃より体重が正常範囲内で、過食しては嘔吐や下剤を乱用する患者の存在に気づかれるようになった。1979年にイギリスのRussell<ref name="cit7">Russell, G.: Bulimia Nervosa:an ominous variant of anorexia nervosa, Psychological Medicine, 9 : 429, 1979</ref>が、1)自己抑制できない過食の衝動、2)過食後の自己誘発性嘔吐または下剤の使用、3)肥満に対して病的恐怖を示す患者の一群をbulimia nervosaと呼び、これらの患者の大部分がANの既往を有していたことから、ANの予後不良の亜型と考えた。 アメリカでは、1980年に[[wikipdia:JA:DSM-Ⅲ]]で過食症(bulimia)の診断基準をつくりANと区別した。そして1987年のDSM-ⅢRの診断基準ではBNと改め、1994年のDSM-Ⅳ(2000年にDSM-Ⅳ-TR)の診断基準に至っている。一方WHOは1992年にICD-10の診断基準で、BNの診断基準を新たに設け現在に至っている。


=== 疫学  ===
=== 疫学  ===
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*'''排出行動''':過食による体重増加を防いだり、減量するために自ら嘔吐を誘発したり、下剤や利尿剤を乱用する。自己誘発性嘔吐は過食後に気分が悪くて嘔吐したのがきっかけで、その後常習化したり、最初から過食による体重増加を防ぐために行なわれる。長期にわたり人差し指や中指を使って嘔吐していると、これらの指の背部のつけ根部にいわゆる「吐きダコ」ができる。 下剤乱用は、過食後に食物を体内から排出して、体重増加を防ぐために行われる。下剤で一日に5~10錠位から200錠を超える場合や、漢方薬では常用量をはるかに超えた量を用いる。毎日浣腸剤が用いられる場合もある。 利尿剤乱用について、入手が困難のため極めて少ない。しかし、医師から処方された利尿剤を密かに乱用される場合もある。 その他、サウナや風呂に長時間入り、発汗を促進して体重増加をふせぐ患者もいる。  
*'''排出行動''':過食による体重増加を防いだり、減量するために自ら嘔吐を誘発したり、下剤や利尿剤を乱用する。自己誘発性嘔吐は過食後に気分が悪くて嘔吐したのがきっかけで、その後常習化したり、最初から過食による体重増加を防ぐために行なわれる。長期にわたり人差し指や中指を使って嘔吐していると、これらの指の背部のつけ根部にいわゆる「吐きダコ」ができる。 下剤乱用は、過食後に食物を体内から排出して、体重増加を防ぐために行われる。下剤で一日に5~10錠位から200錠を超える場合や、漢方薬では常用量をはるかに超えた量を用いる。毎日浣腸剤が用いられる場合もある。 利尿剤乱用について、入手が困難のため極めて少ない。しかし、医師から処方された利尿剤を密かに乱用される場合もある。 その他、サウナや風呂に長時間入り、発汗を促進して体重増加をふせぐ患者もいる。  
*'''活動性''':BN患者では無気力、抑うつ状態で活動性は低下する場合が多い。  
*'''活動性''':BN患者では無気力、抑うつ状態で活動性は低下する場合が多い。  
*'''問題行動''':自傷行為や自殺企図、アルコ-ルや薬物乱用などの自己破壊的行為や万引きなどの社会的逸脱行為をしばしば認める。自傷行為として、手首自傷症候群が多い。鋭利なもので切りつけた時に、イライラや緊張感が一時的に緩和すると云う。 自殺企図として、薬物によるものが最も多く、向精神薬の投与は注意を要する。欧米の研究ではBN患者の約3割弱にアルコ-ルや薬物依存を合併すると云われているが、我が国ではそれ程多くない。万引きについて、約1/3の患者にみられ、食品類を盗む場合が多い。  
*'''問題行動''':自傷行為や自殺企図、アルコ-ルや薬物乱用などの自己破壊的行為や万引きなどの社会的逸脱行為をしばしば認める。自傷行為として、手首自傷症候群が多い。鋭利なもので切りつけた時に、イライラや緊張感が一時的に緩和すると云う。 自殺企図として、薬物によるものが最も多く、向精神薬の投与は注意を要する。欧米の研究ではBN患者の約3割弱にアルコ-ルや薬物依存を合併すると云われているが、我が国ではそれ程多くない。万引きについて、約1/3の患者にみられ、食品類を盗む場合が多い。  


====  身体症状(表3)====  
====  身体症状(表3)====  
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==== 合併症 ====  
==== 合併症 ====  


 過食や嘔吐、下剤乱用による身体合併症の症状と徴候および検査デ-タを表6<ref name="cit3"/>に示した。 この中で最も注意を要するのは電解質異常で、低K血症により心機能異常を呈し致死性頻拍性心室性不整脈を生じることである。 精神障害のcomorbidityとして、うつ病、強迫性障害、社会不安障害、恐慌性障害などの不安障害、境界性、演技性、強迫性、回避性、依存性などの人格障害、さらにアルコ-ルや薬物依存などを高率に認める。  
 過食や嘔吐、下剤乱用による身体合併症の症状と徴候および検査デ-タを表6<ref name="cit3"/>に示した。 この中で最も注意を要するのは電解質異常で、低K血症により心機能異常を呈し致死性頻拍性[[wikipedia:JA:心室性不整脈|心室性不整脈]]を生じることである。 精神障害のcomorbidityとして、うつ病、強迫性障害、社会不安障害、恐慌性障害などの不安障害、境界性、演技性、強迫性、回避性、依存性などの人格障害、さらにアルコ-ルや薬物依存などを高率に認める。  


{| class="wikitable"
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| 電解質 ||動悸、不整脈、痙攣 || 低K血症、低Cl血症、低Na血症 || 電解質検査
| 電解質 ||動悸、不整脈、痙攣 || 低K血症、低Cl血症、低Na血症 || 電解質検査
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| 膵臓 || 腹痛 || 血清アミラーゼの高値(P型優位) || 膵臓検査
| [[wikipedia:JA:膵臓|膵臓]] || 腹痛 || 血清[[wikipedia:JA:アミラーゼ|アミラーゼ]]の高値(P型優位) || 膵臓検査
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| 消化器 || 唾液腺の腫脹、腹痛、血性下痢 || 血清アミラーゼの高値(S型優位)、腹部圧痛、便潜血反応陽性 || 血液生化学、消化管検査
| 消化器 || [[wikipedia:JA:唾液腺|唾液腺]]の腫脹、腹痛、血性下痢 || 血清アミラーゼの高値(S型優位)、腹部圧痛、便潜血反応陽性 || 血液生化学、消化管検査
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| 肝臓 || 疲労|| トランスアミナーゼの軽度上昇 || 肝機能検査
| 肝臓 || 疲労|| トランスアミナーゼの軽度上昇 || 肝機能検査
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| 呼吸器 || 息切れ || 気胸、気縦隔、皮下気腫 || 胸部X線、呼吸器検査
| 呼吸器 || 息切れ || [[wikipedia:JA:気胸|気胸]]、[[wikipedia:JA:気縦隔|気縦隔]]、[[wikipedia:JA:皮下気腫|皮下気腫]] || 胸部X線、呼吸器検査
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| 循環器系 || 動悸、不整脈、失神 || QT時間の延長、低K血症 || 心篭図検査、電解質検査
| 循環器系 || 動悸、不整脈、失神 || QT時間の延長、低K血症 || 心篭図検査、電解質検査
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=== 成因と発症機序  ===
=== 成因と発症機序  ===


 ANと同様に生物学的、心理的、社会的要因の複雑な相互作用により生ずるものと考えられている。図1に示すように種々の要因により摂食量が低下した時、摂食障害に対する身体的素因を有する人の中枢性摂食調節機構に異常を生じ、ANの項で説明したような悪循環に陥る場合や、種々のストレスが直接的に中枢性摂食調節機構に影響を及ぼし過食を生じ、「食べたら止まらない→食べない(排出行動も含む)食べたら止まらない」の悪循環に陥る場合などが考えられる。
 ANと同様に生物学的、心理的、社会的要因の複雑な相互作用により生ずるものと考えられている。図1に示すように種々の要因により摂食量が低下した時、摂食障害に対する身体的素因を有する人の中枢性摂食調節機構に異常を生じ、ANの項で説明したような悪循環に陥る場合や、種々のストレスが直接的に中枢性摂食調節機構に影響を及ぼし過食を生じ、「食べたら止まらない→食べない(排出行動も含む)食べたら止まらない」の悪循環に陥る場合などが考えられる。


=== 診断  ===
=== 診断  ===
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食生活指導:過食と嘔吐や下剤乱用などの排出行動のパタ-ンを知り、これらを減少させることが主な治療目標となる。患者の体重は、しばしば正常下限であったり変動したりするので、身体および精神的に安定した状態を得るためには体重を増加させたり、安定させる必要がある。したがって食生活指導により、患者が摂食制限や偏食を軽減し、規則的でバランスがとれ、日常生活に必要で十分なカロリ-を得られる正常な食生活を確立するようにする。  
食生活指導:過食と嘔吐や下剤乱用などの排出行動のパタ-ンを知り、これらを減少させることが主な治療目標となる。患者の体重は、しばしば正常下限であったり変動したりするので、身体および精神的に安定した状態を得るためには体重を増加させたり、安定させる必要がある。したがって食生活指導により、患者が摂食制限や偏食を軽減し、規則的でバランスがとれ、日常生活に必要で十分なカロリ-を得られる正常な食生活を確立するようにする。  


精神療法:肥満恐怖や痩せ願望などの認知の歪みに対して認知行動療法的アプローチで修正していく<ref name="cit4"/>。  
精神療法:肥満恐怖ややせ願望などの認知の歪みに対して認知行動療法的アプローチで修正していく<ref name="cit4"/>。  


薬物療法:1)過食と排出行動の改善、2)不眠、不安、抑うつ気分、胃重感、消化・吸収機能の低下などの随伴症状に対する対症療法や、3)治療関係を促進し、精神療法や行動療法への導入をはかることなどがある。  
薬物療法:1)過食と排出行動の改善、2)不眠、不安、抑うつ気分、胃重感、消化・吸収機能の低下などの随伴症状に対する対症療法や、3)治療関係を促進し、精神療法や行動療法への導入をはかることなどがある。  


1)について、種々の抗うつ薬の過食に対する有効性が検証されている。最近では、セロトニンの選択的な再取込み阻害作用を有するSSRIであるfluvoxamine、sertraline、paroxetineの有効性が報告されている。しかし我が国では、これらの薬剤が過食に対して認可されていない。しかしBN患者においてうつ状態を呈しやすく、うつ病や強迫性障害、パニック障害、社会不安障害などの不安障害の併存(comorbidity)が高率なのでこれらの治療でこれらのSSRIを投薬し、過食に対するも効果も期待できる。しかし抗うつ薬は、過食や嘔吐を減少させ、過食と嘔吐→抑うつ状態→過食と嘔吐といった悪循環を一時的に中断することにより、他の治療法を容易にし、その効果を高めることにより、本症からの回復に有効な補助手段となり得る。
1)について、種々の抗うつ薬の過食に対する有効性が検証されている。最近では、セロトニンの選択的な再取込み阻害作用を有する[[SSRI]]である[[wikipedia:JA:fluvoxamine]]、[[wikipedia:JA:sertraline]]、[[wikipedia:JA:paroxetine]]の有効性が報告されている。しかし我が国では、これらの薬剤が過食に対して認可されていない。しかしBN患者においてうつ状態を呈しやすく、うつ病や強迫性障害、パニック障害、社会不安障害などの不安障害の併存(comorbidity)が高率なのでこれらの治療でこれらのSSRIを投薬し、過食に対するも効果も期待できる。しかし抗うつ薬は、過食や嘔吐を減少させ、過食と嘔吐→抑うつ状態→過食と嘔吐といった悪循環を一時的に中断することにより、他の治療法を容易にし、その効果を高めることにより、本症からの回復に有効な補助手段となり得る。


==== 家族への対応の仕方<ref name="cit5"/> ====  
==== 家族への対応の仕方<ref name="cit5"/> ====  

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