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== 定義 == | == 定義 == | ||
[[外国語]](foreign language)とは、生得的に獲得する[[母語]](mother tongue、もしくは[[第一言語]](first language、[[L1]])とも言う)に対して、母語に加えて後天的に学習される言語を指す。また、母語ではないが[[wikipedia:ja:|公用語]]として用いられている環境に生まれ育ったため獲得される言語は「[[第二言語]]」(second language、L2)と呼び、狭義には、日本における英語のように、公用語として使われてはおらず公教育などで学習する「外国語」と区別して用いることもある。しかし、両者を区別せずにいずれも包含する用語として用いることもある。本稿では、第二言語を含めて「外国語」という用語を用いる。 | [[外国語]](foreign language)とは、生得的に獲得する[[母語]](mother tongue、もしくは[[第一言語]](first language、[[L1]])とも言う)に対して、母語に加えて後天的に学習される言語を指す。また、母語ではないが[[wikipedia:ja:公用語|公用語]]として用いられている環境に生まれ育ったため獲得される言語は「[[第二言語]]」(second language、L2)と呼び、狭義には、日本における英語のように、公用語として使われてはおらず公教育などで学習する「外国語」と区別して用いることもある。しかし、両者を区別せずにいずれも包含する用語として用いることもある。本稿では、第二言語を含めて「外国語」という用語を用いる。 | ||
また、しばしば「[[習得]](修得、獲得)」(acquisition)と「[[学習]]」(learning)を区別し、前者は、母語の場合で、後者は外国語の場合に用いることがある。第二言語習得研究では、学習された知識は習得された知識とは異なる性質のものであり、学習された知識が習得につながることはないとする[[ノン・インターフェイス仮説]]<ref>'''Krashen, S.'''<br>Principles and Practice in Second Language Acquisition<br>''Oxford: Pergamon'': 1982</ref>と処理の自動化によって学習と習得が結びつき2種類の知識を仮定する必要はないとする[[インターフェイス仮説]]<ref>'''McLaughlin, B.'''<br>The Monitor Model: some methodological consideration<br>''Language Learning, 28, 309-332'': 1978</ref>の立場があるが、本稿では、原則として、両者を区別せずに「学習」という用語を用いる。 | また、しばしば「[[習得]](修得、獲得)」(acquisition)と「[[学習]]」(learning)を区別し、前者は、母語の場合で、後者は外国語の場合に用いることがある。第二言語習得研究では、学習された知識は習得された知識とは異なる性質のものであり、学習された知識が習得につながることはないとする[[ノン・インターフェイス仮説]]<ref>'''Krashen, S.'''<br>Principles and Practice in Second Language Acquisition<br>''Oxford: Pergamon'': 1982</ref>と処理の自動化によって学習と習得が結びつき2種類の知識を仮定する必要はないとする[[インターフェイス仮説]]<ref>'''McLaughlin, B.'''<br>The Monitor Model: some methodological consideration<br>''Language Learning, 28, 309-332'': 1978</ref>の立場があるが、本稿では、原則として、両者を区別せずに「学習」という用語を用いる。 | ||
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外国語学習や授業実践は、言語や言語習得に関する考え方の影響を受けて、常に揺り動かされてきたという歴史を持つ。[[アメリカ構造主義言語学]]、[[生成言語理論]]などの言語理論、[[行動主義心理学]]、[[認知心理学]]などの心理学理論が外国語教授法に影響を与えてきた。これまでに提唱されてきた主な教授法(指導法とも言う)には次のようなものがある。なお、外国語教授法の詳細は、<ref>'''伊藤嘉一'''<br>英語教授法のすべて<br>''大修館書店'': 1984</ref> <ref>'''Larsen-Freeman, D.'''<br>Techniques and Principles in Language Teaching, 3rd ed.<br>''Oxford University Press'': 2011</ref> <ref>'''Rchards, J. C. and Rogers, T. S.'''<br>Approaches and Methods in Language Teaching, 2nd ed.<br>''Cambridge University Press'': 2001</ref>などを参照されたい。 | 外国語学習や授業実践は、言語や言語習得に関する考え方の影響を受けて、常に揺り動かされてきたという歴史を持つ。[[アメリカ構造主義言語学]]、[[生成言語理論]]などの言語理論、[[行動主義心理学]]、[[認知心理学]]などの心理学理論が外国語教授法に影響を与えてきた。これまでに提唱されてきた主な教授法(指導法とも言う)には次のようなものがある。なお、外国語教授法の詳細は、<ref>'''伊藤嘉一'''<br>英語教授法のすべて<br>''大修館書店'': 1984</ref> <ref>'''Larsen-Freeman, D.'''<br>Techniques and Principles in Language Teaching, 3rd ed.<br>''Oxford University Press'': 2011</ref> <ref>'''Rchards, J. C. and Rogers, T. S.'''<br>Approaches and Methods in Language Teaching, 2nd ed.<br>''Cambridge University Press'': 2001</ref>などを参照されたい。 | ||
* 19世紀後半から20世紀前半まで、[[wikipedia:ja:|ヨーロッパ]]における主流の教授法は'''[[文法翻訳教授法]]'''(the grammar-translation method)であった。[[wikipedia:ja:|ギリシャ語]]、[[wikipedia:ja:|ラテン語]]などの古典語を教える際に、単語リストと文法規則を暗記し、その知識を活用して母語に正確に翻訳する指導法で、教養涵養、知的訓練の性質が強い。文学作品を理解することが目的であったため、読み書きが中心で、理論的基盤を持たない。日本では、[[wikipedia:ja:|漢文]]の訓読に用いられ、その後も現在に至るまで広く[[wikipedia:ja:|英語]]教育現場で用いられている。 | * 19世紀後半から20世紀前半まで、[[wikipedia:ja:ヨーロッパ|ヨーロッパ]]における主流の教授法は'''[[文法翻訳教授法]]'''(the grammar-translation method)であった。[[wikipedia:ja:ギリシャ語|ギリシャ語]]、[[wikipedia:ja:ラテン語|ラテン語]]などの古典語を教える際に、単語リストと文法規則を暗記し、その知識を活用して母語に正確に翻訳する指導法で、教養涵養、知的訓練の性質が強い。文学作品を理解することが目的であったため、読み書きが中心で、理論的基盤を持たない。日本では、[[wikipedia:ja:漢文|漢文]]の訓読に用いられ、その後も現在に至るまで広く[[wikipedia:ja:英語|英語]]教育現場で用いられている。 | ||
* 19世紀後半になると異文化間の交易や交流が盛んになり、コミュニケーション能力の育成に対する関心が高まった。文法翻訳教授法に対する反動として、幼児の言語習得と同じくできるだけ自然な方法で外国語を身につけるのがよいと考えられ、母語の使用を禁じた'''[[ナチュラル・メソッド]]'''(the natural method)が台頭する。この時期には、音声学の知見を基盤とする「'''[[フォネティック・メソッド]]'''」(the phonetic method)や外国語の音声・文字と意味の直接連合を目指す'''[[ダイレクト・メソッド]]'''(the direct method)なども提唱された。 | * 19世紀後半になると異文化間の交易や交流が盛んになり、コミュニケーション能力の育成に対する関心が高まった。文法翻訳教授法に対する反動として、幼児の言語習得と同じくできるだけ自然な方法で外国語を身につけるのがよいと考えられ、母語の使用を禁じた'''[[ナチュラル・メソッド]]'''(the natural method)が台頭する。この時期には、音声学の知見を基盤とする「'''[[フォネティック・メソッド]]'''」(the phonetic method)や外国語の音声・文字と意味の直接連合を目指す'''[[ダイレクト・メソッド]]'''(the direct method)なども提唱された。 | ||
* 教える際の効率性などの観点から母語の使用も認め、折衷的な方法論として[[wikipedia:ja:|ハロルド・パーマー]](H. E. Palmer, 1877-1949)によって提唱され、日本で発展した教授法が'''[[オーラル・メソッド]]'''(the natural method)である。言語習得についても生得的、習慣形成的側面のいずれも認めており、初級の段階では口頭での練習を重視し、コミュニケーションを通して外国語学習を行うことが基本的な考え方である。オーラル・メソッドと同じ時期に、アメリカ構造主義言語学および行動主義心理学を背景として、[[wikipedia:ja:|チャールズ・フリーズ]](C.C. Fries, 1887-1969)によって'''[[オーラル・アプローチ]]'''(the oral approach)('''[[オーディオ・リンガル・アプローチ]]'''(the audio-lingual approach)とも呼ばれる)が提唱された。耳と口による音声重視の訓練が重視され、文型・文法のパターン・プラクティスに特徴がある。 | * 教える際の効率性などの観点から母語の使用も認め、折衷的な方法論として[[wikipedia:ja:ハロルド・E・パーマー|ハロルド・パーマー]](H. E. Palmer, 1877-1949)によって提唱され、日本で発展した教授法が'''[[オーラル・メソッド]]'''(the natural method)である。言語習得についても生得的、習慣形成的側面のいずれも認めており、初級の段階では口頭での練習を重視し、コミュニケーションを通して外国語学習を行うことが基本的な考え方である。オーラル・メソッドと同じ時期に、アメリカ構造主義言語学および行動主義心理学を背景として、[[wikipedia:ja:チャールズ・フリーズ|チャールズ・フリーズ]](C.C. Fries, 1887-1969)によって'''[[オーラル・アプローチ]]'''(the oral approach)('''[[オーディオ・リンガル・アプローチ]]'''(the audio-lingual approach)とも呼ばれる)が提唱された。耳と口による音声重視の訓練が重視され、文型・文法のパターン・プラクティスに特徴がある。 | ||
* 20世紀後半に入って、言語能力は生得的なものであるとした[[生成文法]](generative grammar)が[[wikipedia:ja:|Chomsky]](1928-)によって提唱されたのを境に、オーラル・アプローチやオーラル・メソッドは勢いを失った。1960~70年代には、[[ヒューマニスティック・アプローチ]](humanistic approach)を理論的基盤として、学習者の認知能力に最大限に働きかけ、情意面への配慮も重視する、'''[[TPR]]'''(the total physical response method)、'''[[サイレント・ウェイ]]'''(the silent way)、'''[[CLL]]'''(community language learning)、'''[[サジェストペディア]]'''(suggestopedia)といった教授法が提唱された。 | * 20世紀後半に入って、言語能力は生得的なものであるとした[[生成文法]](generative grammar)が[[wikipedia:ja:ノーム・チョムスキー|Chomsky]](1928-)によって提唱されたのを境に、オーラル・アプローチやオーラル・メソッドは勢いを失った。1960~70年代には、[[ヒューマニスティック・アプローチ]](humanistic approach)を理論的基盤として、学習者の認知能力に最大限に働きかけ、情意面への配慮も重視する、'''[[TPR]]'''(the total physical response method)、'''[[サイレント・ウェイ]]'''(the silent way)、'''[[CLL]]'''(community language learning)、'''[[サジェストペディア]]'''(suggestopedia)といった教授法が提唱された。 | ||
* 1980年代前後から、[[wikipedia:ja:|EU]]統合なども背景として、コミュニケーション能力の育成に対する関心が高まり、文法的能力だけでなく、社会言語学的能力、談話的能力、方略的能力も重要であると考えられるようになり、'''[[コミュニカティブ・アプローチ]]'''(communicative approach)の考え方が現れた。 | * 1980年代前後から、[[wikipedia:ja:EU|EU]]統合なども背景として、コミュニケーション能力の育成に対する関心が高まり、文法的能力だけでなく、社会言語学的能力、談話的能力、方略的能力も重要であると考えられるようになり、'''[[コミュニカティブ・アプローチ]]'''(communicative approach)の考え方が現れた。 | ||
=== 第二言語習得理論 === | === 第二言語習得理論 === | ||
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* 学習者の年齢:母語の場合は、ある一定の年齢を過ぎると生得的言語習得能力が失われ、習得することができないという、いわゆる「[[臨界期]]」(critical period)がある。外国語の場合もそのような主張がなされたことがあるが<ref>'''レネバーグ, E. H.(佐藤方哉、神尾昭雄訳)'''<br>言語の生物学的基礎<br>''大修館書店'': 1974</ref>、一般に母語並みに習得することは難しくなるが、実際に大人になってからでも習得している人がいることから見ても、言語習得能力が失われるという仮説は否定されている。 | * 学習者の年齢:母語の場合は、ある一定の年齢を過ぎると生得的言語習得能力が失われ、習得することができないという、いわゆる「[[臨界期]]」(critical period)がある。外国語の場合もそのような主張がなされたことがあるが<ref>'''レネバーグ, E. H.(佐藤方哉、神尾昭雄訳)'''<br>言語の生物学的基礎<br>''大修館書店'': 1974</ref>、一般に母語並みに習得することは難しくなるが、実際に大人になってからでも習得している人がいることから見ても、言語習得能力が失われるという仮説は否定されている。 | ||
* 外国語に対する適性(language aptitude):アメリカの心理学者[[wikipedia: | * 外国語に対する適性(language aptitude):アメリカの心理学者[[wikipedia:John Bissell Carroll|キャロル]](Carroll, J., B)は、①音や音の連続をすばやく聞き分け、記憶保持することができる音の[[符号化]](phonetic coding)に関する能力、②文法構造や機能に気づき、運用できる[[文法感覚]](grammatical sensitivity)に関する能力、③機械的な[[記憶]](rote memory)に関する能力、④言語使用の背後にある規則性や論理性を機能的に類推することができる能力(inductive reasoning)の4つを挙げている<ref>'''キャロル, J. B.'''<br>英語の評価と教授<br>''大修館書店'': 1972</ref>。 | ||
* 優れた学習者が用いる学習ストラテジー(learning strategy):スターン(Stern, H. H.)は、①計画性、②積極性、③感情移入、④形式への注意、⑤実験(試行錯誤)、⑥意味への注意、⑦練習、⑧コミュニケーション、⑨モニター(モデルとの自己との比較)、⑩内在化の10種類のストラテジーを挙げている<ref>'''Stern, H. H.'''<br>Fundamental Concepts of Language Teaching<br>''Oxford University Press'': 1983</ref>。 | * 優れた学習者が用いる学習ストラテジー(learning strategy):スターン(Stern, H. H.)は、①計画性、②積極性、③感情移入、④形式への注意、⑤実験(試行錯誤)、⑥意味への注意、⑦練習、⑧コミュニケーション、⑨モニター(モデルとの自己との比較)、⑩内在化の10種類のストラテジーを挙げている<ref>'''Stern, H. H.'''<br>Fundamental Concepts of Language Teaching<br>''Oxford University Press'': 1983</ref>。 | ||
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日本の中学校学習指導要領(2008年文部科学省告示、2012年施行)<ref>'''文部科学省'''<br>中学校学習指導要領解説 外国語編<br>''開隆堂'': 2008</ref>では1,200語程度、高等学校学習指導要領(2009年告示、2013年施行)<ref>'''文部科学省'''<br>高等学校学習指導要領解説 外国語編<br>''開隆堂'': 2009</ref>では、1,800語程度、あわせて3,000語程度を学習することとなっているが、語彙の選択は教科書によって異なる。 | 日本の中学校学習指導要領(2008年文部科学省告示、2012年施行)<ref>'''文部科学省'''<br>中学校学習指導要領解説 外国語編<br>''開隆堂'': 2008</ref>では1,200語程度、高等学校学習指導要領(2009年告示、2013年施行)<ref>'''文部科学省'''<br>高等学校学習指導要領解説 外国語編<br>''開隆堂'': 2009</ref>では、1,800語程度、あわせて3,000語程度を学習することとなっているが、語彙の選択は教科書によって異なる。 | ||
言語運用を可能にする語彙知識は、人間の脳内に存在すると仮定されている[[メンタルレキシコン]](mental lexicon; [[心内辞書]] | 言語運用を可能にする語彙知識は、人間の脳内に存在すると仮定されている[[メンタルレキシコン]](mental lexicon; [[心内辞書]])に格納されている。Leveltによれば、語の形態(morphology)および音韻(phonology)に関する情報が保存されている[[レキシーム]](lexeme)と語の[[統語]](syntax)および[[意味]](semantics)に関する情報が保存されているレマ(lemma)という二層構造をもつと仮定されている<ref>'''Levelt, W.J. M.'''<br>Speaking: from intention to articulation<br>''Cambridge, MA: MIT Press'': 1989</ref>。母語も外国語の場合も同様に、ある語彙項目(lexical item)についてさまざまな語彙情報が符号化され(encoding)、獲得される。これらの語彙情報は、一度に獲得されるものではなく、言語経験によって少しずつ情報が付加され、ときには修正・更新されていく性質のものである。このようにして、脳内に貯蔵(storage)された語彙情報は、言語理解や言語産出のプロセスにおいて、[[検索]]され(retrieval)、利用される。こうしたプロセスは、外国語の場合も同じである<ref>'''門田修平編著'''<br>英語のメンタルレキシコン:語彙の獲得・処理・学習(第3版)<br>''松柏社'': 2014</ref>。 | ||
言語刺激は、音韻的、[[視覚]]的、意味的に符号化され、貯蔵されることが知られているが、外国語学習の環境においては、音韻・形態・統語・意味などの語彙情報が必ずしもバランスよく獲得される保証はない。たとえば、よく言われることであるが、語彙項目の中には、文字として見れば理解できるが、音声として聞いたときには理解できないものがある。このようなことが生じる一つの可能性としては、メンタルレキシコンに形態と意味の表象は登録(entry)されたが、音韻の表象は登録されなかったか、または 音韻表象が不正確に登録されたと考えることができる。もう一つの可能性は、音韻・形態・意味の表象は正しく登録されており、文字としてはよく見る語であるので検索が容易であったが、音声としては聞き慣れていないために検索に時間がかかり、リスニングという時間的制約が強い言語処理プロセスにおいては検索に時間がかかり、結果として聞いて理解することに失敗したという可能性が考えられる。他にも、いくつかの可能性が考えられるだろう。 | 言語刺激は、音韻的、[[視覚]]的、意味的に符号化され、貯蔵されることが知られているが、外国語学習の環境においては、音韻・形態・統語・意味などの語彙情報が必ずしもバランスよく獲得される保証はない。たとえば、よく言われることであるが、語彙項目の中には、文字として見れば理解できるが、音声として聞いたときには理解できないものがある。このようなことが生じる一つの可能性としては、メンタルレキシコンに形態と意味の表象は登録(entry)されたが、音韻の表象は登録されなかったか、または 音韻表象が不正確に登録されたと考えることができる。もう一つの可能性は、音韻・形態・意味の表象は正しく登録されており、文字としてはよく見る語であるので検索が容易であったが、音声としては聞き慣れていないために検索に時間がかかり、リスニングという時間的制約が強い言語処理プロセスにおいては検索に時間がかかり、結果として聞いて理解することに失敗したという可能性が考えられる。他にも、いくつかの可能性が考えられるだろう。 | ||
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==== 言語理解のプロセス ==== | ==== 言語理解のプロセス ==== | ||
音声言語による文理解のプロセスは、Friederici & | 音声言語による文理解のプロセスは、Friederici & Kotzの認知神経科学的モデルによれば、①入力音声の音響分析([[聴覚野]])にもとづく音素の同定([[上側頭回]]中間部)、音韻の[[分節化]]・音節化の処理(ブロードマン44野上後部)、②語の形態処理(上側頭回後部)、統語範疇の同定(上側頭回前部)にもとづく局所的統語構造の構築(ブロードマン44野下部)、③語の統語・形態情報の同定(上・中側頭回後部)にもとづく意味情報と統語情報の統合(上・[[中側頭回]]後部)、意味役割付与(ブロードマン44野、45野、47野)、④さまざまな情報の統合([[基底核]])や再分析および修復(上側頭回後部)といった4つの段階に大別される<ref>'''Friederici, A. D., and Kotz, S. A.'''<br>The brain basis of syntactic processes: functional imaging and lesion studies<br>''NeuroImage, 20, s8-s17'': 2003</ref>。書き言葉の処理もこれに準じる。 | ||
外国語学習におけるリスニングの困難点は、①音声の連続体の中から単語を切り出すこと(分節化)、②統語構造を構築すること、③話者の話すスピードで理解すること、などにある。また、リーディングの困難点は、①語彙知識の不足、②文法知識の不足、③母語と語順が異なる場合は、語順通りに理解すること、などにある。いずれの場合にも、話題についての背景知識が内容理解に影響を及ぼすことも知られている。 | 外国語学習におけるリスニングの困難点は、①音声の連続体の中から単語を切り出すこと(分節化)、②統語構造を構築すること、③話者の話すスピードで理解すること、などにある。また、リーディングの困難点は、①語彙知識の不足、②文法知識の不足、③母語と語順が異なる場合は、語順通りに理解すること、などにある。いずれの場合にも、話題についての背景知識が内容理解に影響を及ぼすことも知られている。 | ||
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Pickering & Braniganによると<ref>'''Pickering, M. J., & Branigan, H. P.'''<br>The representation of verbs: Evidence from syntactic priming in language production<br>''Journal of Memory and Language, 39, 633–651'': 1998</ref>、たとえば、GIVEやSENDという語の語彙範疇は動詞(verb)であり、[名詞句(NP)+名詞句(NP)]および[名詞句(NP)+前置詞句(PP)]という構造をとるという情報をもつと同時に、それらの情報が2つの動詞間で共有されているネットワーク構造であると仮定している。したがって、“He gave a ring to her.”というプライムに出会うと、[名詞句+前置詞句]という結びつきのノードが活性化されて、“The woman sent a letter to her mother.”という発話が引き出されやすくなるということである。 | Pickering & Braniganによると<ref>'''Pickering, M. J., & Branigan, H. P.'''<br>The representation of verbs: Evidence from syntactic priming in language production<br>''Journal of Memory and Language, 39, 633–651'': 1998</ref>、たとえば、GIVEやSENDという語の語彙範疇は動詞(verb)であり、[名詞句(NP)+名詞句(NP)]および[名詞句(NP)+前置詞句(PP)]という構造をとるという情報をもつと同時に、それらの情報が2つの動詞間で共有されているネットワーク構造であると仮定している。したがって、“He gave a ring to her.”というプライムに出会うと、[名詞句+前置詞句]という結びつきのノードが活性化されて、“The woman sent a letter to her mother.”という発話が引き出されやすくなるということである。 | ||
外国語学習者の場合にも、熟達度が高い学習者には同じような現象が見られるが、熟達度が低い学習者の場合にはプライミング率は高くないことがMorishitaらなどで示されている<ref>'''Morishita, M., Satoi, H., & Yokokawa, H.'''<br>Verb lexical representation of Japanese EFL learners: Syntactic priming during language production<br>''Journal of the Japan Society for Speech Sciences, 11, 29–43'': 2010</ref>。このことは、動詞間で情報が共有されていないことを示唆しており、メンタルレキシコンに文構造ネットワークが十分に形成されていない、もしくはリンクが弱い状態であることと考えられる。また、熟達度の低い学習者は、“The woman gave a book.”とか“The man gave the girl to a book.”のような誤った文も多く産出するが、これは、二重目的語をとる動詞であることや意味構造が理解されていないものと考えられ、構造と意味を結び付けて記憶に定着させることが重要である。 | |||
== 展望:外国語学習への脳科学的アプローチ == | == 展望:外国語学習への脳科学的アプローチ == |