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言語刺激は、音韻的、[[視覚]]的、意味的に符号化され、貯蔵されることが知られているが、外国語学習の環境においては、音韻・形態・統語・意味などの語彙情報が必ずしもバランスよく獲得される保証はない。たとえば、よく言われることであるが、語彙項目の中には、文字として見れば理解できるが、音声として聞いたときには理解できないものがある。このようなことが生じる一つの可能性としては、メンタルレキシコンに形態と意味の表象は登録(entry)されたが、音韻の表象は登録されなかったか、または 音韻表象が不正確に登録されたと考えることができる。もう一つの可能性は、音韻・形態・意味の表象は正しく登録されており、文字としてはよく見る語であるので検索が容易であったが、音声としては聞き慣れていないために検索に時間がかかり、リスニングという時間的制約が強い言語処理プロセスにおいては検索に時間がかかり、結果として聞いて理解することに失敗したという可能性が考えられる。他にも、いくつかの可能性が考えられるだろう。 | 言語刺激は、音韻的、[[視覚]]的、意味的に符号化され、貯蔵されることが知られているが、外国語学習の環境においては、音韻・形態・統語・意味などの語彙情報が必ずしもバランスよく獲得される保証はない。たとえば、よく言われることであるが、語彙項目の中には、文字として見れば理解できるが、音声として聞いたときには理解できないものがある。このようなことが生じる一つの可能性としては、メンタルレキシコンに形態と意味の表象は登録(entry)されたが、音韻の表象は登録されなかったか、または 音韻表象が不正確に登録されたと考えることができる。もう一つの可能性は、音韻・形態・意味の表象は正しく登録されており、文字としてはよく見る語であるので検索が容易であったが、音声としては聞き慣れていないために検索に時間がかかり、リスニングという時間的制約が強い言語処理プロセスにおいては検索に時間がかかり、結果として聞いて理解することに失敗したという可能性が考えられる。他にも、いくつかの可能性が考えられるだろう。 | ||
外国語学習では、語を知っている(knowing a word)とはどういうことかが問題となるが、ネイション(Nation, I.S.P., 2001)は、①形式的知識(話し言葉、書き言葉、語構成)、②語彙的知識(形式と意味、語の概念と指示対象、[[連想]] | 外国語学習では、語を知っている(knowing a word)とはどういうことかが問題となるが、ネイション(Nation, I.S.P., 2001)は、①形式的知識(話し言葉、書き言葉、語構成)、②語彙的知識(形式と意味、語の概念と指示対象、[[連想]])、③使用に関する知識(文法機能、コロケーション、社会的使用に関する制約)の3つを知っていることであるとし、語彙の指導・学習を念頭に置いて、さらに受容面と表出面に分けて、18の構成要素からなる枠組みを提案している<ref>'''Nation, I. S. P.'''<br>Learning vocabulary in another language<br>''Cambridge: Cambridge University Press'': 2001</ref>。 | ||
==== 新規の音韻の学習 ==== | ==== 新規の音韻の学習 ==== | ||
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外国語の語彙の記憶には、記憶容量、母語などの被験者要因、語の長さ<ref>'''Baddeley, A. D., Thomson, A., & Buchanan, M.'''<br>Word length and the structure of short-term memory<br>''Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 14, 575-589'': 1975</ref>、音韻親密度<ref>'''Kovács, G. &, Racsmány M.'''<br> Handling L2 input in phonological STM: The effect of non-L1 phonetics on nonword repetition<br>''Language Learning, 58, 597-624'': 2008</ref>など語の要因が影響を及ぼすことが知られている。 | 外国語の語彙の記憶には、記憶容量、母語などの被験者要因、語の長さ<ref>'''Baddeley, A. D., Thomson, A., & Buchanan, M.'''<br>Word length and the structure of short-term memory<br>''Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 14, 575-589'': 1975</ref>、音韻親密度<ref>'''Kovács, G. &, Racsmány M.'''<br> Handling L2 input in phonological STM: The effect of non-L1 phonetics on nonword repetition<br>''Language Learning, 58, 597-624'': 2008</ref>など語の要因が影響を及ぼすことが知られている。 | ||
新規の語(未知語)がメンタルレキシコンに登録された状態を'''語彙化'''(lexicalization)と呼ぶが、その経時的変化は、'''語彙競合効果'''(lexical completion effect)を指標として捉えられる<ref> | 新規の語(未知語)がメンタルレキシコンに登録された状態を'''語彙化'''(lexicalization)と呼ぶが、その経時的変化は、'''語彙競合効果'''(lexical completion effect)を指標として捉えられる<ref><pubmed>12915296</pubmed></ref>。語彙競合効果とは、類似する語がある単語の認知に影響を与えるというもので、たとえば、新規語 wooz が語彙化した状態になれば、woof, wool, woodなどの類似した語が単語認知に影響を与え、'''[[語彙判断課題]]'''(lexical decision task; 当該語が実在後であるか否かを即座に判断する課題)において判断時間が遅延する。 | ||
この語彙競合効果は、学習後1日以内に出現するとする研究もあるが<ref> | この語彙競合効果は、学習後1日以内に出現するとする研究もあるが<ref><pubmed>22774854</pubmed></ref>、[[睡眠]]を経た24時間後に出現するとする研究もあり<ref>'''Bakker, I., Takashima, A., van Hell, J. G., Gabriele, J., & McQueen, J. M.'''<br>Competition from unseen or unheard novel words: Lexical consolidation across modalities<br>''Journal of Memory and Language, 73, 116-130'': 2014</ref> <ref>'''Brown, H., & Gaskell, M. G.'''<br>The time-course of talker-specificity and lexical competition effects during word learning Language<br>''Cognition and Neuroscience, 29, 1163-1179'': 2014</ref>、語彙競合効果の出現には睡眠を含むオフラインでの記憶統合が必要であるとされる。しかし、外国語学習者の語彙化プロセスはほとんど明らかにされていない。なお、脳における[[宣言的記憶]]の形成について、[[海馬]]と[[大脳皮質]]において相補的に学習が行われるとする[[Complementary Learning System]](CLS)も参照されたい<ref><pubmed>18578598</pubmed></ref>。 | ||
=== 言語理解 === | === 言語理解 === | ||
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==== 言語理解のプロセス ==== | ==== 言語理解のプロセス ==== | ||
音声言語による文理解のプロセスは、Friederici & Kotzの認知神経科学的モデルによれば、①入力音声の音響分析([[聴覚野]])にもとづく音素の同定([[上側頭回]]中間部)、音韻の[[分節化]]・音節化の処理(ブロードマン44野上後部)、②語の形態処理(上側頭回後部)、統語範疇の同定(上側頭回前部)にもとづく局所的統語構造の構築(ブロードマン44野下部)、③語の統語・形態情報の同定(上・中側頭回後部)にもとづく意味情報と統語情報の統合(上・[[中側頭回]]後部)、意味役割付与(ブロードマン44野、45野、47野)、④さまざまな情報の統合([[基底核]])や再分析および修復(上側頭回後部)といった4つの段階に大別される<ref> | 音声言語による文理解のプロセスは、Friederici & Kotzの認知神経科学的モデルによれば、①入力音声の音響分析([[聴覚野]])にもとづく音素の同定([[上側頭回]]中間部)、音韻の[[分節化]]・音節化の処理(ブロードマン44野上後部)、②語の形態処理(上側頭回後部)、統語範疇の同定(上側頭回前部)にもとづく局所的統語構造の構築(ブロードマン44野下部)、③語の統語・形態情報の同定(上・中側頭回後部)にもとづく意味情報と統語情報の統合(上・[[中側頭回]]後部)、意味役割付与(ブロードマン44野、45野、47野)、④さまざまな情報の統合([[基底核]])や再分析および修復(上側頭回後部)といった4つの段階に大別される<ref><pubmed>14597292</pubmed></ref>。書き言葉の処理もこれに準じる。 | ||
外国語学習におけるリスニングの困難点は、①音声の連続体の中から単語を切り出すこと(分節化)、②統語構造を構築すること、③話者の話すスピードで理解すること、などにある。また、リーディングの困難点は、①語彙知識の不足、②文法知識の不足、③母語と語順が異なる場合は、語順通りに理解すること、などにある。いずれの場合にも、話題についての背景知識が内容理解に影響を及ぼすことも知られている。 | 外国語学習におけるリスニングの困難点は、①音声の連続体の中から単語を切り出すこと(分節化)、②統語構造を構築すること、③話者の話すスピードで理解すること、などにある。また、リーディングの困難点は、①語彙知識の不足、②文法知識の不足、③母語と語順が異なる場合は、語順通りに理解すること、などにある。いずれの場合にも、話題についての背景知識が内容理解に影響を及ぼすことも知られている。 | ||
==== 母語話者の文理解 ==== | ==== 母語話者の文理解 ==== | ||
たとえば、The man saw the spy.という文を理解するには、まず、それぞれの語の形態と'''[[統語範疇]]'''を同定し、[the man] や[the spy]といった'''[[句構造]]'''を形成し、最終的に、<sub>文</sub>[<sub>名詞句</sub>[the man <sub>動詞句</sub>[saw<sub>名詞句</sub>[the spy]]]]という統語構造が構築され、そこから文全体の意味が引き出される。また、The defendant examined by the lawyer turned out to be unreliable.「その判事が調べた被告人は信頼できないことが判明した」というような縮約関係節(reduced relative clause)の構造をもつ文は、動詞examinedが最初に過去形だと判断されるが、by-句もしくは動詞turnedの出現によって、動詞examinedを過去分詞形に再分析(reanalysis)が要求される、いわゆるガーデンパス文である。このことは、文理解が逐次的・漸次的(incremental)に進められることを示唆している。しかし、最初の名詞句をThe evidence「その証拠」のように無生物名詞に変えると、ガーデンパス化が低減することが[[眼球運動]]測定<ref>'''Trueswell, J. C., Tanenhaus, M. K., & Garnsey, S. M.'''<br>Semantic influence on parsing: Use of thematic role information in syntactic ambiguity resolution<br>''Journal of Memory and Language, 33, 285-318'': 1994</ref>や事象関連電位<ref> | たとえば、The man saw the spy.という文を理解するには、まず、それぞれの語の形態と'''[[統語範疇]]'''を同定し、[the man] や[the spy]といった'''[[句構造]]'''を形成し、最終的に、<sub>文</sub>[<sub>名詞句</sub>[the man <sub>動詞句</sub>[saw<sub>名詞句</sub>[the spy]]]]という統語構造が構築され、そこから文全体の意味が引き出される。また、The defendant examined by the lawyer turned out to be unreliable.「その判事が調べた被告人は信頼できないことが判明した」というような縮約関係節(reduced relative clause)の構造をもつ文は、動詞examinedが最初に過去形だと判断されるが、by-句もしくは動詞turnedの出現によって、動詞examinedを過去分詞形に再分析(reanalysis)が要求される、いわゆるガーデンパス文である。このことは、文理解が逐次的・漸次的(incremental)に進められることを示唆している。しかし、最初の名詞句をThe evidence「その証拠」のように無生物名詞に変えると、ガーデンパス化が低減することが[[眼球運動]]測定<ref>'''Trueswell, J. C., Tanenhaus, M. K., & Garnsey, S. M.'''<br>Semantic influence on parsing: Use of thematic role information in syntactic ambiguity resolution<br>''Journal of Memory and Language, 33, 285-318'': 1994</ref>や事象関連電位<ref><pubmed>2926696</pubmed></ref>を用いた研究で示されており、名詞の意味情報が統語解析と相互作用することを示唆している(ただし、意味情報がどの程度初期統語解析に影響するかについては、否定的な研究もある<ref>'''Rayner, K., Carlson, M., and Frazier, L.'''<br>The interaction of syntax and semantics during sentence processing: Eye movements in the analysis of semantically biased sentences<br>''Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 22, 358-374'': 1983</ref> <ref>'''McElree, G., and Griffith, T.'''<br>Syntactic and thematic processing in sentence processing in sentence comprehension: Evidence for a temporal dissociation<br>''Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 21, 134-157'': 1995 </ref>。 | ||
==== 外国語学習者の文理解 ==== | ==== 外国語学習者の文理解 ==== | ||
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==== 言語情報の脳内処理 ==== | ==== 言語情報の脳内処理 ==== | ||
Ojimaらは<ref> | Ojimaらは<ref><pubmed>16197679</pubmed></ref>、英語の母語話者と上級・中級程度の外国語学習者を対象に、[[事象関連電位]]の手法を用いて、言語情報に対する敏感さ(sensitivity)を調査した。たとえば、Mike listened to Max’s *orange about war.といった意味的に不適格な文(*は違反が起こっている箇所を示す)に対しては、[[N400]]という成分が出現することがわかっているが、外国語学習者の場合にも同様の現象が見られた。一方、Yesterday he *play a guitar.のような形態統語違反(正しくはplayed)、Susan liked Jack’s *about joke the man.のような句構造違反(正しくはJack’s joke about the man)に対しては、Left anterior negativity([[LAN]])と呼ばれる早期に行われる文法判断にかかわる成分と[[P600]]と呼ばれる後期における情報の統合や修正にかかわる成分が出現するはずであるが<ref><pubmed>15866191</pubmed></ref>、外国語学習者では、上級熟達度のみにLANに近い成分の出現が観察されただけであったと報告している。これらの研究結果は、外国語学習者にとって、文法を操作することに関わる処理が困難であることを示唆しており、Shallow Structure Hypothesis<ref name=ref2 />にも一致する。 | ||
==== 言語情報処理の熟達度依存性 ==== | ==== 言語情報処理の熟達度依存性 ==== | ||
動詞の形態統語情報の処理について、事象関連電位を用いた実験では、規則動詞違反文ではLANに続いてP600成分が出現したが、不規則動詞違反文ではP600成分のみが出現したことから、英語母語話者には規則動詞・不規則動詞それぞれの処理による神経認知基盤が存在し、語彙的知識がそれぞれ影響していると結論づけられている。英語を外国語とする学習者の意味違反に対して出現するN400にも熟達度依存性が存在することを指摘した研究もあり、事象関連電位と熟達度の変化との関係性について検討した研究も少しずつ登場している<ref> | 動詞の形態統語情報の処理について、事象関連電位を用いた実験では、規則動詞違反文ではLANに続いてP600成分が出現したが、不規則動詞違反文ではP600成分のみが出現したことから、英語母語話者には規則動詞・不規則動詞それぞれの処理による神経認知基盤が存在し、語彙的知識がそれぞれ影響していると結論づけられている。英語を外国語とする学習者の意味違反に対して出現するN400にも熟達度依存性が存在することを指摘した研究もあり、事象関連電位と熟達度の変化との関係性について検討した研究も少しずつ登場している<ref><pubmed>21981676</pubmed></ref> <ref><pubmed>17070703</pubmed></ref>。 | ||
=== 言語産出 === | === 言語産出 === | ||
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==== 脳内の統語表象 ==== | ==== 脳内の統語表象 ==== | ||
言語運用の基盤となる言語知識、とりわけ統語知識は脳内にどう表象されているのであろうか。Bockらは、(1)のような文(プライム文)を音読した後、(2)の断片に続けて自由に文を完成してもらう実験を行った<ref> | 言語運用の基盤となる言語知識、とりわけ統語知識は脳内にどう表象されているのであろうか。Bockらは、(1)のような文(プライム文)を音読した後、(2)の断片に続けて自由に文を完成してもらう実験を行った<ref><pubmed>2340711</pubmed></ref>。 | ||
*(1)a. Susan brought Stella a book. | *(1)a. Susan brought Stella a book. | ||
* b. Susan brought a book to Stella. | * b. Susan brought a book to Stella. | ||
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ここで興味深いのは、(2)に含まれている動詞が(1)のプライム文の動詞とは異なっている点で、動詞は異なるのに同じ構造を使って文を産出する傾向が見られ。また、時制や相、数がプライム文と異なっていても統語的プライミング現象が見られる。このような実験は、私たちが脳内にどのような形で統語情報をもっているかを探ろうとしたものである。 | ここで興味深いのは、(2)に含まれている動詞が(1)のプライム文の動詞とは異なっている点で、動詞は異なるのに同じ構造を使って文を産出する傾向が見られ。また、時制や相、数がプライム文と異なっていても統語的プライミング現象が見られる。このような実験は、私たちが脳内にどのような形で統語情報をもっているかを探ろうとしたものである。 | ||
Pickering & Braniganによると<ref>'''Pickering, M. J., & Branigan, H. P.'''<br>The representation of verbs: Evidence from syntactic priming in language production<br>''Journal of Memory and Language, 39, 633–651'': 1998</ref>、たとえば、GIVEやSENDという語の語彙範疇は動詞(verb)であり、[名詞句(NP)+名詞句(NP)]および[名詞句(NP)+前置詞句(PP)]という構造をとるという情報をもつと同時に、それらの情報が2つの動詞間で共有されているネットワーク構造であると仮定している。したがって、“He gave a ring to her.”というプライムに出会うと、[名詞句+前置詞句]という結びつきのノードが活性化されて、“The woman sent a letter to her mother.”という発話が引き出されやすくなるということである。 | Pickering & Braniganによると<ref name=ref50>'''Pickering, M. J., & Branigan, H. P.'''<br>The representation of verbs: Evidence from syntactic priming in language production<br>''Journal of Memory and Language, 39, 633–651'': 1998</ref>、たとえば、GIVEやSENDという語の語彙範疇は動詞(verb)であり、[名詞句(NP)+名詞句(NP)]および[名詞句(NP)+前置詞句(PP)]という構造をとるという情報をもつと同時に、それらの情報が2つの動詞間で共有されているネットワーク構造であると仮定している。したがって、“He gave a ring to her.”というプライムに出会うと、[名詞句+前置詞句]という結びつきのノードが活性化されて、“The woman sent a letter to her mother.”という発話が引き出されやすくなるということである。 | ||
外国語学習者の場合にも、熟達度が高い学習者には同じような現象が見られるが、熟達度が低い学習者の場合にはプライミング率は高くないことがMorishitaらなどで示されている<ref>'''Morishita, M., Satoi, H., & Yokokawa, H.'''<br>Verb lexical representation of Japanese EFL learners: Syntactic priming during language production<br>''Journal of the Japan Society for Speech Sciences, 11, 29–43'': 2010</ref>。このことは、動詞間で情報が共有されていないことを示唆しており、メンタルレキシコンに文構造ネットワークが十分に形成されていない、もしくはリンクが弱い状態であることと考えられる。また、熟達度の低い学習者は、“The woman gave a book.”とか“The man gave the girl to a book.”のような誤った文も多く産出するが、これは、二重目的語をとる動詞であることや意味構造が理解されていないものと考えられ、構造と意味を結び付けて記憶に定着させることが重要である。 | 外国語学習者の場合にも、熟達度が高い学習者には同じような現象が見られるが、熟達度が低い学習者の場合にはプライミング率は高くないことがMorishitaらなどで示されている<ref>'''Morishita, M., Satoi, H., & Yokokawa, H.'''<br>Verb lexical representation of Japanese EFL learners: Syntactic priming during language production<br>''Journal of the Japan Society for Speech Sciences, 11, 29–43'': 2010</ref>。このことは、動詞間で情報が共有されていないことを示唆しており、メンタルレキシコンに文構造ネットワークが十分に形成されていない、もしくはリンクが弱い状態であることと考えられる。また、熟達度の低い学習者は、“The woman gave a book.”とか“The man gave the girl to a book.”のような誤った文も多く産出するが、これは、二重目的語をとる動詞であることや意味構造が理解されていないものと考えられ、構造と意味を結び付けて記憶に定着させることが重要である。 | ||
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=== 繰り返し接触による潜在学習 === | === 繰り返し接触による潜在学習 === | ||
外国語学習においては、'''[[模倣]]'''(imitation)や'''[[繰り返し]]'''(repetition)が言語習得に重要であるということは昔から言われていることである。反復接触が、上で述べた統語的プライミングに及ぼす影響について調査した実験がある。Kaschakらは<ref> | 外国語学習においては、'''[[模倣]]'''(imitation)や'''[[繰り返し]]'''(repetition)が言語習得に重要であるということは昔から言われていることである。反復接触が、上で述べた統語的プライミングに及ぼす影響について調査した実験がある。Kaschakらは<ref><pubmed>16115618</pubmed></ref>、Pickering and Braniganの文完成課題を用いて、刺激文への接触回数がプライミング効果に与える影響を調査した<ref name=ref50 />。その結果、英語母語話者の場合、刺激への接触回数が増えるにつれてプライミング率が高くなった。また、Morishita and Yokokawaも日本人英語学習者を対象に同様の実験を行ったところ<ref>'''Morishita, M., & Yokokawa, H.'''<br>The cumulative effects of syntactic priming in written sentence production by Japanese EFL learners<br>''Poster session presented at the annual conference of the American Association for Applied Linguistics (AAAL), Boston, MA'': 2012</ref>、全体として、母語話者と同様、自動的(automatic)で無意識的(implicit)なプロセスであるというPickering and Braniganの主張<ref><pubmed>10322467</pubmed></ref>を支持する結果となった。しかし、20回程度の接触では、低熟達度群には大きな影響は見られなかったと報告しており、学習者の熟達度が統語表象の内在化に影響することが示唆される。 | ||
先行する文の処理が同じ構造を持つ後の文の処理に影響する[[統語的プライミング現象]]は、言語産出のみならず、言語理解においても見られる<ref> | 先行する文の処理が同じ構造を持つ後の文の処理に影響する[[統語的プライミング現象]]は、言語産出のみならず、言語理解においても見られる<ref><pubmed>24678136</pubmed></ref>。繰り返し同じ構造に接触することで、その構造への[[潜在学習]](implicit learning)が進み、オンラインでの処理促進が起こると言われている<ref><pubmed>18922516</pubmed></ref>。外国語学習においては、'''[[明示的指導]]'''(明示的に言語知識を説明し、教えること)の有効性も主張されていると同時に、言語項目によっては非明示的な反復接触によって言語知識の内在化と運用スキルの強化を図ったり、'''[[宣言的知識]]'''(declarative knowledge)を'''[[手続き知識]]'''(procedural knowledge)に変容させることも可能であるように思われるが、今後の研究が望まれるところである。 | ||
=== 相互的同調機能と対面コミュニケーション === | === 相互的同調機能と対面コミュニケーション === | ||
言語獲得理論において、コミュニケーションにおける相互理解の達成は、無意識的・自動的な同調に依拠するという「'''[[相互的同調機能]]'''」(interactive alignment)なる考えが現れてきた<ref> | 言語獲得理論において、コミュニケーションにおける相互理解の達成は、無意識的・自動的な同調に依拠するという「'''[[相互的同調機能]]'''」(interactive alignment)なる考えが現れてきた<ref><pubmed>14697397</pubmed></ref>。上述の統語的プライミング現象もそのひとつであるが、こうした研究の潮流は、第二言語運用能力の向上には、リアルタイムでの言語処理能力を高める必要があり、コミュニケーション場面における相互作用がその促進に重要な役割を果たすことを示唆している。しかし、コミュニケーション場面における相互作用による言語処理能力向上のための条件とその神経基盤についての研究はまだ緒についたばかりである。その展開には、外国語学習を社会的相互作用の枠組で捉えること、つまり、2個体間相互作用としての「'''[[間主観性]]'''」(inter-subjectivity)と対応付け、他者への働きかけとしての言語産出と、他者からの働きかけの受容としての言語理解を介したシステム間相互作用として捉えることが必要かつ有望であると考えられる<ref>'''定藤規弘・横川博一'''<br>社会脳-英語教育研究への新たなる挑戦(英語教育への脳科学的アプローチ 第5回)<br>''英語教育, 64(12), 68-69, 大修館書店'': 2016</ref>。 | ||
== 関連項目 == | == 関連項目 == |