「アルコール依存症」の版間の差分

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(ページの作成:「<div align="right"> <font size="+1">湯本 洋介、樋口 進</font><br> ''独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター''<br> DOI:<selfdoi /> ...」)
 
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==物質依存、概念の歴史==
==物質依存、概念の歴史==
 依存を生じる精神作用物質のうち、最も古くから多くの人に親しまれているのはアルコール飲料であろう。アルコールなどの発酵性飲料の効果の発見はおそらく数千年前にまでさかのぼる。古代エジプトやメソポタミアなどの古代文明の時代から酩酊や暴飲について述べられた文章が残されており、アルコール[[依存症]]者も古代から相当数存在していたと推測される。古代ローマ時代にも「自治市の要職就任の日も酔ったままであった」や「どんな場所でも飲むことをやめない人がいる」など(ジャン=シャルル・スールニア(著).本田文彦(監訳).アルコール中毒の歴史.法政大学出版社.1996.東京)、現在でいうアルコール依存症を推察させるような記録がある。
 依存を生じる精神作用物質のうち、最も古くから多くの人に親しまれているのはアルコール飲料であろう。アルコールなどの発酵性飲料の効果の発見はおそらく数千年前にまでさかのぼる。古代エジプトやメソポタミアなどの古代文明の時代から酩酊や暴飲について述べられた文章が残されており、アルコール[[依存症]]者も古代から相当数存在していたと推測される。古代ローマ時代にも「自治市の要職就任の日も酔ったままであった」や「どんな場所でも飲むことをやめない人がいる」など<ref>'''ジャン=シャルル・スールニア(著)本田文彦(監訳)'''<br>アルコール中毒の歴史<br>'''法政大学出版社''' 1996. 東京</ref>、現在でいうアルコール依存症を推察させるような記録がある。


 古代には、主にビール、ワインなどの醸造酒のみしか普及しておらず、そのアルコール濃度の上限は約十数%程度であった。しかし、中性〜近代にかけてヨーロッパ諸国を中心に、よりアルコール濃度が高く携帯性、保存性の優れるラム酒やジン・ウイスキーなどの蒸留酒が普及すると、アルコール乱用・依存がさらに社会問題化してくるようになった。(中山秀紀、樋口進:依存症・[[衝動制御障害]]の治療「物質依存の概念」.中山書店,東京,p2–13.)
 古代には、主にビール、ワインなどの醸造酒のみしか普及しておらず、そのアルコール濃度の上限は約十数%程度であった。しかし、中性〜近代にかけてヨーロッパ諸国を中心に、よりアルコール濃度が高く携帯性、保存性の優れるラム酒やジン・ウイスキーなどの蒸留酒が普及すると、アルコール乱用・依存がさらに社会問題化してくるようになった<ref>'''中山秀紀、樋口進'''<br>依存症・衝動制御障害の治療「物質依存の概念」<br>''中山書店''、東京、p2–13</ref>。


 現在の物質依存に相当する医学用語は、1820年頃から[[アヘン]]にpoisoning(中毒)が用いられるようになり、その後[[コカイン]]やアルコールにも用いられるようになった。1880年頃からhabit(習慣)、〜ism(症)が、1920年頃からaddiction(嗜癖)へと変遷していった。世界的な診断基準としては、1957年には世界保健機関(World Health Organization: WHO)は、addiction(嗜癖)とhabituation(習慣性)を学術用語として定義した。Addictionは「著明な身体依存」「薬物摂取の渇望」「大きな社会的弊害」の3条件を満たす薬物の使用とされ、habituationはこれより程度の軽い薬物の習慣的使用とされた。しかし、身体依存がなくとも精神依存により薬物摂取への欲求、渇望が起こりうることが判明し、1964年にWHOによってそれまでのaddictionやhabituationに代わって、dependence(依存)の用語が提唱され、現在に至る。(柳田知司.[[動物]]における薬物依存研究のあゆみ.脳と精神の医学.7(2).137–142.1996)
 現在の物質依存に相当する医学用語は、1820年頃から[[アヘン]]にpoisoning(中毒)が用いられるようになり、その後[[コカイン]]やアルコールにも用いられるようになった。1880年頃からhabit(習慣)、〜ism(症)が、1920年頃からaddiction(嗜癖)へと変遷していった。世界的な診断基準としては、1957年には世界保健機関(World Health Organization: WHO)は、addiction(嗜癖)とhabituation(習慣性)を学術用語として定義した。Addictionは「著明な身体依存」「薬物摂取の渇望」「大きな社会的弊害」の3条件を満たす薬物の使用とされ、habituationはこれより程度の軽い薬物の習慣的使用とされた。しかし、身体依存がなくとも精神依存により薬物摂取への欲求、渇望が起こりうることが判明し、1964年にWHOによってそれまでのaddictionやhabituationに代わって、dependence(依存)の用語が提唱され、現在に至る<ref>'''柳田知司'''<br>動物における薬物依存研究のあゆみ<br>''脳と精神の医学'' 7(2).137–142.1996</ref>。


==症状==
==症状==
 アルコールは感覚、知能、循環、消化、代謝、運動にかかわる器官のほぼ全てに影響を与える。そのため、飲酒の制御困難による大量飲酒は、様々な機能障害を起こす。WHOによれば、アルコールは60以上もの疾患の原因になると言われている。代表的なものを挙げると、[[肝臓]]障害、膵炎、糖尿病、痛風、[[消化管]]出血、癌、脳萎縮、骨粗鬆症、大腿骨頭壊死など多くの臓器に渡ってその影響が出る。
 アルコールは感覚、知能、循環、消化、代謝、運動にかかわる器官のほぼ全てに影響を与える。そのため、飲酒の制御困難による大量飲酒は、様々な機能障害を起こす。WHOによれば、アルコールは60以上もの疾患の原因になると言われている。代表的なものを挙げると、[[肝臓]]障害、膵炎、糖尿病、痛風、[[消化管]]出血、癌、脳萎縮、骨粗鬆症、大腿骨頭壊死など多くの臓器に渡ってその影響が出る。


 以上のような身体面への影響だけではない。以下に精神面への影響について述べる。健常者に対する飲酒実験によると、10名の健常者を対象に、2時間ごとに飲酒を行う(24時間で最大25ドリンクまでの上限)実験を連日続けた結果、全員が抑うつ症状を認め、4名が最初の1週間で希思念慮を認めたため実験が中止になり、飲酒を中止したところ、抑うつ症状は改善したとの報告がある。(Fava, M. and Mischoulon, D. : Folate in depression : efficacy, safety, differences in formulations, and clinical issues. J. Clin. Psychiatry,70(Suppl.5) :12-17, 2009. ) したがって大量飲酒は一過性の抑うつ症状を引き起こすことがあり、連続飲酒に陥っているアルコール依存症者は抑うつ症状を伴うことがしばしばある。またアルコール依存症の既往がある者では、ない者に比べて、大うつ病性障害を発症する危険性は4倍高いとする報告があり(Regier, D. A., Farmer, M.E., Rae, D.S. et al. : Comorbidity of mental disorders with alcohol and other drug abuse. Results from the Epidemiologic Cathment Area(ECA) study. JAMA, 264: 2511-2518, 1990. )、アルコール依存症は、将来のうつ病発症リスクに関連する可能性がある。
 以上のような身体面への影響だけではない。以下に精神面への影響について述べる。健常者に対する飲酒実験によると、10名の健常者を対象に、2時間ごとに飲酒を行う(24時間で最大25ドリンクまでの上限)実験を連日続けた結果、全員が抑うつ症状を認め、4名が最初の1週間で希思念慮を認めたため実験が中止になり、飲酒を中止したところ、抑うつ症状は改善したとの報告がある<ref><pubmed>19909688</pubmed></ref>。したがって大量飲酒は一過性の抑うつ症状を引き起こすことがあり、連続飲酒に陥っているアルコール依存症者は抑うつ症状を伴うことがしばしばある。またアルコール依存症の既往がある者では、ない者に比べて、大うつ病性障害を発症する危険性は4倍高いとする報告があり<ref><pubmed>    2232018</pubmed></ref>、アルコール依存症は、将来のうつ病発症リスクに関連する可能性がある。


 アルコール依存症が[[自殺]]や自殺企図のリスク因子であることも多くの研究から確認されている。アルコール依存症、気分障害、[[統合失調症]]で自殺の生涯リスクを比較した研究によるとアルコール依存症で7%、気分障害で6%、統合失調症で4%と推計されており、アルコール依存症は気分障害より自殺のリスクが高いとされる。(Inskip, H.M., Harris, E.C., and Barraclough, B. : Lifetime risk of suicide for affective disorder, alcoholism and schizophrenia. [[Br]]. J. Psychiatry. 172; 35-37, 1998. )また、入院治療を受けたアルコール依存症の国内調査では、アルコール依存症群は一般人口に比べて男性で約9倍、女性で35倍高い自殺の危険があるという研究結果がある。(Higuchi, S. : Mortality of Japanese female alcoholics: a comparative study with male cases. Jpn. J. Alcohol Drug Depend., 22; 211-223. 1987. )
 アルコール依存症が[[自殺]]や自殺企図のリスク因子であることも多くの研究から確認されている。アルコール依存症、気分障害、[[統合失調症]]で自殺の生涯リスクを比較した研究によるとアルコール依存症で7%、気分障害で6%、統合失調症で4%と推計されており、アルコール依存症は気分障害より自殺のリスクが高いとされる<ref><pubmed>9534829</pubmed></ref>。また、入院治療を受けたアルコール依存症の国内調査では、アルコール依存症群は一般人口に比べて男性で約9倍、女性で35倍高い自殺の危険があるという研究結果がある<ref><pubmed>3435274</pubmed></ref>。


 周囲の人々に与える影響として、繰り返される酩酊状態は家庭内暴力やDV、あるいはネグレクトの契機となる。女性のアルコール依存症者は、家族が本人を飲酒させまいと暴力を振るわれやすく、暴力被害者の立場になることもある。また、アルコール依存症者の振る舞う行動に他の家族が振り回され、家族は常に依存症者に対して監視の目を光らせざるを得なくなり、家族関係の変化が起こってくる。このようにして、アルコール依存症は「機能不全家族」と呼ばれる、常に家庭内に対立の空気が流れる家庭環境の原因となり得る。
 周囲の人々に与える影響として、繰り返される酩酊状態は家庭内暴力やDV、あるいはネグレクトの契機となる。女性のアルコール依存症者は、家族が本人を飲酒させまいと暴力を振るわれやすく、暴力被害者の立場になることもある。また、アルコール依存症者の振る舞う行動に他の家族が振り回され、家族は常に依存症者に対して監視の目を光らせざるを得なくなり、家族関係の変化が起こってくる。このようにして、アルコール依存症は「機能不全家族」と呼ばれる、常に家庭内に対立の空気が流れる家庭環境の原因となり得る。


 さらに、アルコールによる社会的な影響も無視できない。飲酒運転がその一つである。飲酒運転とアルコール依存症の関連は国内外の多くの研究で指摘されている。医療と警察が協力して行った神奈川県の調査で、飲酒運転で検挙された経験があるもののうち「アルコール依存症の可能性が高い」に該当していた者の割合は、男性47.2%、女性の38.9%に上った(長徹二:アルコール使用障害と飲酒運転.日本アルコール・薬物医学会雑誌,46;157–169. 2011. )。一般人口におけるアルコール依存症者の割合は、2003年の全国調査にて男性1.0%、女性0.2%とされているため、飲酒運転者の中にはアルコール依存症者が高い割合で含まれると言える。
 さらに、アルコールによる社会的な影響も無視できない。飲酒運転がその一つである。飲酒運転とアルコール依存症の関連は国内外の多くの研究で指摘されている。医療と警察が協力して行った神奈川県の調査で、飲酒運転で検挙された経験があるもののうち「アルコール依存症の可能性が高い」に該当していた者の割合は、男性47.2%、女性の38.9%に上った<ref>'''長徹二'''<br>アルコール使用障害と飲酒運転<br>''日本アルコール・薬物医学会雑誌'',46;157–169. 2011. </ref>。一般人口におけるアルコール依存症者の割合は、2003年の全国調査にて男性1.0%、女性0.2%とされているため、飲酒運転者の中にはアルコール依存症者が高い割合で含まれると言える。
 
 
==診断==
==診断==
 現在、世界的に見て、アルコール依存症は2通りの診断体系を用いて同定され得る。一つは、世界保健機関(WHO)[[国際疾病分類第10版]]([[ICD-10]])が定めるアルコールによる依存症候群(分類コード:F10.2)である。左記と診断するには、以下の6項目のうち、通常過去1年間のある機関に以下の3項目を満たす事が必要である。①飲酒に対する渇望、②飲酒[[行動の抑制]]喪失、③離脱症状、④耐性の増大、⑤飲酒中心の生活、⑥有害な飲酒に対する抑制の喪失。(World Health Organization: The ICD-10 Classification of Mental and Behavioral Disorders: Diagnostic Criteria for Research. Geneva. 1992)
 現在、世界的に見て、アルコール依存症は2通りの診断体系を用いて同定され得る。一つは、世界保健機関(WHO)[[国際疾病分類第10版]]([[ICD-10]])が定めるアルコールによる依存症候群(分類コード:F10.2)である。左記と診断するには、以下の6項目のうち、通常過去1年間のある機関に以下の3項目を満たす事が必要である。①飲酒に対する渇望、②飲酒[[行動の抑制]]喪失、③離脱症状、④耐性の増大、⑤飲酒中心の生活、⑥有害な飲酒に対する抑制の喪失<ref>'''World Health Organization'''<br>The ICD-10 Classification of Mental and Behavioral Disorders<br> Diagnostic Criteria for Research. Geneva. 1992</ref>。


 一方、アメリカ精神医学会の[[精神障害]]の診断と統計マニュアル第5版(DSM5)では、依存という名称が無くなり、前版のDSMⅣ–TRまでで定義されていたアルコール依存症という概念は「アルコール使用障害」のカテゴリーに含められることとなった。診断基準11項目(表1)のうち2〜3項目が該当すれば軽症、4〜5項目が該当すれば中等症、6項目以上が該当すれば重症とするアルコール使用障害の程度の重み付けがあるのみであり、依存症という診断概念そのものは定義していない(American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders: [[DSM-5]]-Alcohol Related Disorders. APA. Washington DC, 2013, p490-503)。このように、2通りの診断体系、ICD-10とDSM5はアルコール依存症に対してそれぞれ異なる診断基準を提示している。
 一方、アメリカ精神医学会の[[精神障害]]の診断と統計マニュアル第5版(DSM5)では、依存という名称が無くなり、前版のDSMⅣ–TRまでで定義されていたアルコール依存症という概念は「アルコール使用障害」のカテゴリーに含められることとなった。診断基準11項目(表1)のうち2〜3項目が該当すれば軽症、4〜5項目が該当すれば中等症、6項目以上が該当すれば重症とするアルコール使用障害の程度の重み付けがあるのみであり、依存症という診断概念そのものは定義していない<ref>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders<br>''DSM-5-Alcohol Related Disorders''. APA. Washington DC, 2013, p490-503</ref>。このように、2通りの診断体系、ICD-10とDSM5はアルコール依存症に対してそれぞれ異なる診断基準を提示している。


 尚、ICD–10ではアルコール依存症までには至っていないが、飲酒による問題が起きている状態を「アルコールの有害な使用」と表現している。また、連続飲酒や離脱症状はないが、飲酒問題がある状態を「プレアルコホリック」と表現し、アルコール依存症とは言えないが適切な飲酒ができてはいないグループとして捉え、飲酒の減量あるいは断酒を目的とした介入が行われることがある。
 尚、ICD–10ではアルコール依存症までには至っていないが、飲酒による問題が起きている状態を「アルコールの有害な使用」と表現している。また、連続飲酒や離脱症状はないが、飲酒問題がある状態を「プレアルコホリック」と表現し、アルコール依存症とは言えないが適切な飲酒ができてはいないグループとして捉え、飲酒の減量あるいは断酒を目的とした介入が行われることがある。
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※同じ12ヶ月以内で起こること。<br>
※同じ12ヶ月以内で起こること。<br>
2〜3項目が該当すれば軽症、4〜5項目が該当すれば中等症、6項目以上が該当すれば重症。<ref>'''宮田久嗣、廣中直行'''<br>あふれる依存症<br>和田清(編):''依存と嗜癖 どう理解し、どう対処するか''<br>P2〜16.医学書院.2013</ref>
2〜3項目が該当すれば軽症、4〜5項目が該当すれば中等症、6項目以上が該当すれば重症。<ref>'''宮田久嗣、廣中直行'''<br>あふれる依存症<br>和田清(編):依存と嗜癖 どう理解し、どう対処するか<br>P2〜16.''医学書院''.2013</ref>


==成因==
==成因==
 アルコール依存症の成因には諸説あり、さまざまな要因が関与するという考えが主流であるが、ほぼ確実と考えられているのは遺伝要因と環境要因の相互作用である。双生児や養子研究からアルコール依存症の50〜60%に遺伝因子が関与するとされるが(Tyndale, R.F. : Ann. Med., 35:94-121, 2003) 、具体的な遺伝子については同定が難しい。その理由としては、他の[[精神疾患]]と同様に、依存症には特定の遺伝子が強く関与するのではなく、影響の小さい複数の遺伝子が関与していることや、環境因子が関与していることがあげられる。
 アルコール依存症の成因には諸説あり、さまざまな要因が関与するという考えが主流であるが、ほぼ確実と考えられているのは遺伝要因と環境要因の相互作用である。双生児や養子研究からアルコール依存症の50〜60%に遺伝因子が関与するとされるが<ref><pubmed>12795339</pubmed></ref>、具体的な遺伝子については同定が難しい。その理由としては、他の[[精神疾患]]と同様に、依存症には特定の遺伝子が強く関与するのではなく、影響の小さい複数の遺伝子が関与していることや、環境因子が関与していることがあげられる。


 そこで、現在は[[中間表現型]]とそれに関わる遺伝子の[[検索]]を探す試みが行われるようになってきている。アルコール依存症の中間表現型には、合併精神疾患、アルコール代謝酵素の遺伝子型、性格傾向(反社会性、[[衝動性]]、新規希求性など)、アルコールに対する反応などが提唱されている。なかでもアルコールに対する反応については、アルコールに対する反応が弱いことがアルコール依存症のリスクを高めるという実験がある。この実験は、飲酒実験をしたときの酔いの強さをアルコール依存症の家族歴の有無で比較したもので、家族歴があって依存症のリスクが高いと考えられる被験者は家族歴のない被験者と比較して酔いの強度が低いことから提唱されている(Schuckit, M. A. : Arch. Gen. Psychiatry. 41: 879-884, 1984. )。リスクの高い者は酔った感じが弱いので多量に飲酒し、飲酒時に感じられるはずの危険信号にも鈍感なのでそのまま飲み続けるのではないかと考えられた。
 そこで、現在は[[中間表現型]]とそれに関わる遺伝子の[[検索]]を探す試みが行われるようになってきている。アルコール依存症の中間表現型には、合併精神疾患、アルコール代謝酵素の遺伝子型、性格傾向(反社会性、[[衝動性]]、新規希求性など)、アルコールに対する反応などが提唱されている。なかでもアルコールに対する反応については、アルコールに対する反応が弱いことがアルコール依存症のリスクを高めるという実験がある。この実験は、飲酒実験をしたときの酔いの強さをアルコール依存症の家族歴の有無で比較したもので、家族歴があって依存症のリスクが高いと考えられる被験者は家族歴のない被験者と比較して酔いの強度が低いことから提唱されている<ref><pubmed>6466047</pubmed></ref>。リスクの高い者は酔った感じが弱いので多量に飲酒し、飲酒時に感じられるはずの危険信号にも鈍感なのでそのまま飲み続けるのではないかと考えられた。


 このような、アルコールの反応の弱さに相関するいくつかの候補遺伝子が報告されている。Gamma-aminobutyric acid([[GABA]])A受容体の中のGABAAα2サブユニットは五量体(α2β1γ1)を形成し、[[中脳]]辺縁[[ドーパミン]]神経の報酬経路に存在し、GABRA2遺伝子によってコードされる。この遺伝子多型とアルコール使用障害やアルコールの効果に関する相関研究によって、GABRA2のマイナーな遺伝子多型がアルコールに対して反応が弱いことと相関すると報告されている(Matsushita, S. et al. : Handb. Clin. Neurol., 125: 617-627, 2015.)
 このような、アルコールの反応の弱さに相関するいくつかの候補遺伝子が報告されている。Gamma-aminobutyric acid([[GABA]])A受容体の中のGABAAα2サブユニットは五量体(α2β1γ1)を形成し、[[中脳]]辺縁[[ドーパミン]]神経の報酬経路に存在し、GABRA2遺伝子によってコードされる。この遺伝子多型とアルコール使用障害やアルコールの効果に関する相関研究によって、GABRA2のマイナーな遺伝子多型がアルコールに対して反応が弱いことと相関すると報告されている<ref name=25307600><pubmed>25307600</pubmed></ref>。


 一方、オピオイドμ1受容体の遺伝子(OPRM1)はアルコール使用障害に相関する遺伝子のひとつであり、βエンドルフィンやμオピオイド受容体がアルコールの報酬・強化効果に重要な役割を果たしていることから注目を集めている。OPRM1遺伝子の多型が飲酒時のドーパミンの放出に関わり、アルコールへの反応を調節している可能性が示唆されている(Matsushita, S. et al. : Handb. Clin. Neurol., 125: 617-627, 2015.)
 一方、オピオイドμ1受容体の遺伝子(OPRM1)はアルコール使用障害に相関する遺伝子のひとつであり、βエンドルフィンやμオピオイド受容体がアルコールの報酬・強化効果に重要な役割を果たしていることから注目を集めている。OPRM1遺伝子の多型が飲酒時のドーパミンの放出に関わり、アルコールへの反応を調節している可能性が示唆されている<ref name=25307600 />


==脳内メカニズム==
==脳内メカニズム==
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==疫学==
==疫学==
 2013年に成人の飲酒実態に関する全国調査が実施された。ICD-10によるアルコール依存症の生涯経験率は2013年では1.0%(男1.9%、女0.2%)で、推計数は107万人(推計数は2013年日本人口で計算:男94万人、女13万人)であった。アルコール依存症の現在有病率は2013年では0.5%(男:1.0%、女0.1%)で推計数は57万人であった。(尾崎米厚:日本成人における飲酒関連問題の頻度と潜在患者.平成26年度厚生労働科学研究費補助金, 総括・分担研究報告書.2015)アルコール依存症の罹患者数は、2008年の調査では、アルコール依存症の生涯経験率は、男1.0%、女0.2%で推計50万人、現在有病率は男0.5%、女0.1%で推計29万人とされており、増加傾向にある。一方で、アルコール依存症のうち、数%の者しか医療に結びついていないとも指摘されている。2008年の調査で、アルコール使用による精神及び行動の障害による受診患者数の推計値(入院+外来)の17,200人はわずか6%にすぎず、アルコール依存症ではあるが、多くの者が医療に結びついていない可能性がある。(樋口進、尾崎米厚、松下幸生:成人の飲酒と生活習慣に関する実態調査研究.平成20年度厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患等生活習慣病対策総合研究事業)「わが国における飲酒の実態ならびに飲酒に関連する生活習慣病.公衆衛生上の諸問題とその対策に関する総合的研究」(主任研究者:石井裕正)分担研究報告書.P12–50,2009.)
 2013年に成人の飲酒実態に関する全国調査が実施された。ICD-10によるアルコール依存症の生涯経験率は2013年では1.0%(男1.9%、女0.2%)で、推計数は107万人(推計数は2013年日本人口で計算:男94万人、女13万人)であった。アルコール依存症の現在有病率は2013年では0.5%(男:1.0%、女0.1%)で推計数は57万人であった。(尾崎米厚:日本成人における飲酒関連問題の頻度と潜在患者.平成26年度厚生労働科学研究費補助金, 総括・分担研究報告書.2015)アルコール依存症の罹患者数は、2008年の調査では、アルコール依存症の生涯経験率は、男1.0%、女0.2%で推計50万人、現在有病率は男0.5%、女0.1%で推計29万人とされており、増加傾向にある。一方で、アルコール依存症のうち、数%の者しか医療に結びついていないとも指摘されている。2008年の調査で、アルコール使用による精神及び行動の障害による受診患者数の推計値(入院+外来)の17,200人はわずか6%にすぎず、アルコール依存症ではあるが、多くの者が医療に結びついていない可能性がある。(樋口進、尾崎米厚、松下幸生:成人の飲酒と生活習慣に関する実態調査研究.平成20年度厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患等生活習慣病対策総合研究事業)「わが国における飲酒の実態ならびに飲酒に関連する生活習慣病.公衆衛生上の諸問題とその対策に関する総合的研究」(主任研究者:石井裕正)分担研究報告書.P12–50,2009.)
==参考文献==
<references />

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