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==診断と分類== | ==診断と分類== | ||
[[DSM-Ⅳ]]-TRでは解離を「意識、記憶、同一性、または周囲の[[知覚]]についての、通常は統合されている機能の破綻(disruption)」<ref name=ref1>< | [[DSM-Ⅳ]]-TRでは解離を「意識、記憶、同一性、または周囲の[[知覚]]についての、通常は統合されている機能の破綻(disruption)」<ref name=ref1>American Psychiatric Association Diagnostic and statistical manual of mental disorders (4th ed.), Text Revision (DSM-IV-TR)<br>Washington, DC, 1994<br>('''高橋三郎、大野裕、染矢俊幸訳'''<br>DSM-Ⅳ-TR精神疾患の診断・統計マニュアル 新訂版<br>''医学書院''、2004)</ref>と定義していたが、[[DSM-5]]は、解離症群の特徴を「意識、記憶、同一性、[[情動]]、知覚、身体表象、運動制御、行動の正常な統合における破綻(disruption)および/または不連続(discontinuity)」としている<ref name=ref2>American Psychiatric Association Diagnostic and statistical manual of mental disorders (5th ed.)<br> Washington, DC, 2013<br>('''高橋三郎、大野 裕監訳'''<br>DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル<br>医学書院、2014)</ref>。[[ICD-10]]では、運動機能や感覚の喪失、けいれんなどの身体症状も解離症状に含め、解離性(転換性)障害は転換性障害を含んでより広い概念となっている。またDSM-5の日本語版では、それまでの解離性障害が解離症にすることが提案され、従来の解離性障害と併記されている。以下では解離症と表記するが、特にDSM-5以前の解離性障害ないしはその下位分類に言及するときは解離性障害とする。 | ||
DSM-Ⅳ-TRとDSM-5の記載を比較すると、DSM-5では以下のように2つの点で変化をみることができる。1つは解離の定義についてである。DSM-Ⅳ-TRの「意識、記憶、同一性、または周囲の知覚」からDSM-5の「意識、記憶、同一性、情動、知覚、身体表象、運動制御、行動」へと、解離をより広範囲の領域に拡大し、心理機能のあらゆる領域において破綻が生じる可能性があるとした。このことはICD-10の解離の定義である「過去の記憶、同一性と直接的感覚の意識、そして身体運動のコントロールの間の正常な統合が部分的にあるいは完全に失われること」を若干[[取り入れ]]たかたちになっている。「身体表象、運動制御、行動」などの追加記載が解離症の診断に今後どのような影響を与えるかについては不明であるが、解離にみられる身体症状の多くを取り込んでおり、臨床の実際に沿った変更であるといえよう。ただし変換症/転換性障害との関係については曖昧さを残すことになるかもしれない。 | DSM-Ⅳ-TRとDSM-5の記載を比較すると、DSM-5では以下のように2つの点で変化をみることができる。1つは解離の定義についてである。DSM-Ⅳ-TRの「意識、記憶、同一性、または周囲の知覚」からDSM-5の「意識、記憶、同一性、情動、知覚、身体表象、運動制御、行動」へと、解離をより広範囲の領域に拡大し、心理機能のあらゆる領域において破綻が生じる可能性があるとした。このことはICD-10の解離の定義である「過去の記憶、同一性と直接的感覚の意識、そして身体運動のコントロールの間の正常な統合が部分的にあるいは完全に失われること」を若干[[取り入れ]]たかたちになっている。「身体表象、運動制御、行動」などの追加記載が解離症の診断に今後どのような影響を与えるかについては不明であるが、解離にみられる身体症状の多くを取り込んでおり、臨床の実際に沿った変更であるといえよう。ただし変換症/転換性障害との関係については曖昧さを残すことになるかもしれない。 | ||
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==症候学== | ==症候学== | ||
解離症の症候は離隔(detachment)と区画化(compartmentalization)に分けるとわかりやすい<ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref>。ここではさらに解離にみられる精神病様体験についても解説する。 | 解離症の症候は離隔(detachment)と区画化(compartmentalization)に分けるとわかりやすい<ref name=ref3><pubmed>15596078</pubmed></ref>。ここではさらに解離にみられる精神病様体験についても解説する。 | ||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
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===精神病様症状=== | ===精神病様症状=== | ||
解離症の患者はときに「頭の中がゴチャゴチャして混乱している(思考促迫)」「勝手に考えが出てくる」「死ねという声が聞こえる」「影が目の前を横切る」「人影や幽霊が見える」など一見精神病を思わせる訴えをする。これら精神病様症状の多くは、自己の[[遂行機能]]や自己感に対して不随意的に侵入する体験に相当する<ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref5>< | 解離症の患者はときに「頭の中がゴチャゴチャして混乱している(思考促迫)」「勝手に考えが出てくる」「死ねという声が聞こえる」「影が目の前を横切る」「人影や幽霊が見える」など一見精神病を思わせる訴えをする。これら精神病様症状の多くは、自己の[[遂行機能]]や自己感に対して不随意的に侵入する体験に相当する<ref name=ref4><pubmed>16769667</pubmed></ref> <ref name=ref5>'''Dell PF'''<br>The phenomena of pathological dissociation. <br>In: P. F. Dell & J. F. O’Neil (Eds.), Dissociation and the dissociative disorders: DSM-V and beyond (pp. 225–237).<br>New York, ''Routledge'', 2009</ref>。 | ||
幻聴は通常「頭の中に聞こえる」とされる偽幻覚である。[[統合失調症]]の幻覚は外部から聴こえることが多いが、解離では必ずしも内部だけではなく外部からも聞こえることがある。とりわけ背後から「死ね」とか「手首を切れ」と聴こえ、後を振り向くこともしばしばである。解離性幻聴の内容は患者の気分や思考との連続性がみられることが多い。幻視については、要素的な影が目の前を横切ったり、視野の端で動いたりする。窓の辺りやドアの隙間、物陰に人の気配をありありと感じ、そこに人影を見ることもある。「頭の中に固まりがある」とか四肢を「虫が這っている」などと訴える体感異常もときにみられる。しかし、その確信性は弱く病像の前景に来ることはない。周囲の物が大きく見えたり、小さく見えたりする。自分の身体が大きくなったり小さくなったりもする。壁や床が波打って見えることもある。「人込みが怖い」とか「周りから変な目で見られる」などの対人過敏症状がみられることがあるが、それらは統合失調症の[[妄想知覚]]とは異なる。 | 幻聴は通常「頭の中に聞こえる」とされる偽幻覚である。[[統合失調症]]の幻覚は外部から聴こえることが多いが、解離では必ずしも内部だけではなく外部からも聞こえることがある。とりわけ背後から「死ね」とか「手首を切れ」と聴こえ、後を振り向くこともしばしばである。解離性幻聴の内容は患者の気分や思考との連続性がみられることが多い。幻視については、要素的な影が目の前を横切ったり、視野の端で動いたりする。窓の辺りやドアの隙間、物陰に人の気配をありありと感じ、そこに人影を見ることもある。「頭の中に固まりがある」とか四肢を「虫が這っている」などと訴える体感異常もときにみられる。しかし、その確信性は弱く病像の前景に来ることはない。周囲の物が大きく見えたり、小さく見えたりする。自分の身体が大きくなったり小さくなったりもする。壁や床が波打って見えることもある。「人込みが怖い」とか「周りから変な目で見られる」などの対人過敏症状がみられることがあるが、それらは統合失調症の[[妄想知覚]]とは異なる。 | ||
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症状評価方法は自記式質問紙法と構造化面接法に大きく分けられる。一般に自記式質問紙法は簡便であるが診断の精度は構造化面接に劣る。一方で、構造化面接では直接の交流から得られる情報が多いが、評価に時間を要すること、被面接者の負担が大きいなどの問題がある。 | 症状評価方法は自記式質問紙法と構造化面接法に大きく分けられる。一般に自記式質問紙法は簡便であるが診断の精度は構造化面接に劣る。一方で、構造化面接では直接の交流から得られる情報が多いが、評価に時間を要すること、被面接者の負担が大きいなどの問題がある。 | ||
自記入式質問紙でもっともよく用いられているのは28項目からなる解離体験尺度(Dissociative Experiences Scale,DES)<ref name=ref6>< | 自記入式質問紙でもっともよく用いられているのは28項目からなる解離体験尺度(Dissociative Experiences Scale,DES)<ref name=ref6>'''Carlson ER and Putnam FW'''<br>An update on the Dissociative Experiences Scale. <br>''Dissociation'': 1993, 6; 6-27</ref>である。これは日常的な解離から病的な解離まで解離の連続性を想定して作成されている。自記入式の質問紙に回答できない児童に対しては、他者評定で解離をとらえる20項目のChild Dissociation Checklist(CDC)がある<ref name=ref7><pubmed> 8287286</pubmed></ref>。これらは解離症のスクリーニングに用いられることが多い。 | ||
Dellによるmultidimensional Inventory for Dissociation(MID)は218項目からなる自記入式質問紙があるが、その実施には約1時間かかる<ref name=ref5 />。 | Dellによるmultidimensional Inventory for Dissociation(MID)は218項目からなる自記入式質問紙があるが、その実施には約1時間かかる<ref name=ref5 />。 | ||
構造化面接法としては、解離の5つの症状(健忘、離人感、現実感喪失、同一性混乱、同一性変容)を評価する277項目のStructured Clinical Interview for DSM-Ⅳ Dissociative Disorders-Revised(SCID-D-R)<ref name=ref8>< | 構造化面接法としては、解離の5つの症状(健忘、離人感、現実感喪失、同一性混乱、同一性変容)を評価する277項目のStructured Clinical Interview for DSM-Ⅳ Dissociative Disorders-Revised(SCID-D-R)<ref name=ref8>'''Steinberg M'''<br>Structured Clinical Interview for DSM‐Ⅳ Dissociative Disorders-Revised (SCID-D-R) (2nd ed). <br>''American Psychiatric Press'', Washington DC, 1994</ref>や 132項目のDissociative Disorder Interview Schedule(DDIS)<ref name=ref9>'''Ross CA'''<br>Dissociative identity disorder: Diagnosis, clinical features, and treatment of multiple personality (2nd ed) <br>''John Wiley & Sons'', New York, 1997 </ref>などがある。 | ||
==病態メカニズム== | ==病態メカニズム== | ||
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脳の新皮質、辺縁系、脳幹は互いに関連し合っており、通常新皮質が下位組織を制御している。皮質下領域は右脳とつながっているが、左脳とのつながりは右脳に比較して乏しい。右半球の最高位の皮質辺縁系の中枢が[[眼窩前頭皮質]](orbitofrontal cortex)である。皮質と皮質下の構造の間に局在する眼窩前頭皮質は、[[視床下部]]、[[扁桃体]]、脳幹などとつながっており、そこから自律神経系を調整する。 | 脳の新皮質、辺縁系、脳幹は互いに関連し合っており、通常新皮質が下位組織を制御している。皮質下領域は右脳とつながっているが、左脳とのつながりは右脳に比較して乏しい。右半球の最高位の皮質辺縁系の中枢が[[眼窩前頭皮質]](orbitofrontal cortex)である。皮質と皮質下の構造の間に局在する眼窩前頭皮質は、[[視床下部]]、[[扁桃体]]、脳幹などとつながっており、そこから自律神経系を調整する。 | ||
外傷や脅威においては、こうしたつながりがうまく機能しなくなる。解離症や外傷関連の病態では、上位脳と下位脳の統合だけではなく、左脳と右脳の統合もまた妨げられている。左脳と右脳の統合はトップダウンやボトムアップの過程を促しているといわれており、その統合不全においては上位の水準で感覚入力、情動、思考などに問題が生じるという<ref name=ref10>< | 外傷や脅威においては、こうしたつながりがうまく機能しなくなる。解離症や外傷関連の病態では、上位脳と下位脳の統合だけではなく、左脳と右脳の統合もまた妨げられている。左脳と右脳の統合はトップダウンやボトムアップの過程を促しているといわれており、その統合不全においては上位の水準で感覚入力、情動、思考などに問題が生じるという<ref name=ref10>'''Lanius UF, Paulsen SL, Corrigan FM'''<br>Dissociation: cortical deafferentation and the loss of self.<br>In (Lanius UF, Paulsen SL, Corrigan FM Eds.) Neurobiology and treatment of traumatic dissociation: toward an embodied self. <br>''Springer Publishing Company'', 5-28, 2014</ref>。 | ||
Allan Score<ref name=ref11>< | Allan Score<ref name=ref11>'''Schore AN'''<br>Attachment trauma and the developing right brain: Origins of pathological dissociation. <br>In: P. F. Dell & J. F. O’Neil (Eds.)<br>Dissociation and the dissociative disorders: DSM-V and beyond (pp. 107–141)<br>New York: '''Routledge''', 2009</ref>によれば、外傷を含んだ早期のアタッチメント体験はとりわけ右脳と辺縁系に衝撃を与える。そのため右半球における皮質と皮質下辺縁領域との間の垂直的なつながりに障害がみられ、さらに情動調整のための[[迷走神経]]回路を上位の皮質辺縁系が調整することができなくなる。こうしたことが解離の症候学に反映されているという。 | ||
過覚醒はストレスに対する最初の反応であり、交感神経系の活動亢進と関係している。解離はこうした過覚醒の次に起こる反応である。過覚醒状態ではHPA軸を通して交感神経が活性化される。こうした過覚醒に対する反応として副交感神経優位の解離状態が生じ、低覚醒や離隔をきたす。この低覚醒状態は背側迷走神経複合体(dorsal vagal complex, DVC)<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref>の活動によるとされる。 | 過覚醒はストレスに対する最初の反応であり、交感神経系の活動亢進と関係している。解離はこうした過覚醒の次に起こる反応である。過覚醒状態ではHPA軸を通して交感神経が活性化される。こうした過覚醒に対する反応として副交感神経優位の解離状態が生じ、低覚醒や離隔をきたす。この低覚醒状態は背側迷走神経複合体(dorsal vagal complex, DVC)<ref name=ref12><pubmed>11587772</pubmed></ref>の活動によるとされる。 | ||
Hopperらの研究によれば<ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>、離隔など低覚醒的な病的関与減弱状態(pathological under-engagement)は[[前頭前皮質]](prefrontal cortex)の活動と関連しており、再体験やフラッシュバックなど過覚醒的な病的関与過剰状態(pathological over-engagement)は辺縁系と関連しており、これら2つの状態は異なった神経学的パターンを示すという。SteinとSimeon<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref>は、前頭前皮質の過活動が扁桃体や島などの辺縁系を過剰に抑制することで、離人状態が引き起こされるとしている。現在において解離は、離人感など離隔、低覚醒、無動状態の視点から精神生物学的研究が行なわれている。 | Hopperらの研究によれば<ref name=ref13><pubmed>17955540</pubmed></ref>、離隔など低覚醒的な病的関与減弱状態(pathological under-engagement)は[[前頭前皮質]](prefrontal cortex)の活動と関連しており、再体験やフラッシュバックなど過覚醒的な病的関与過剰状態(pathological over-engagement)は辺縁系と関連しており、これら2つの状態は異なった神経学的パターンを示すという。SteinとSimeon<ref name=ref14><pubmed>19890227</pubmed></ref>は、前頭前皮質の過活動が扁桃体や島などの辺縁系を過剰に抑制することで、離人状態が引き起こされるとしている。現在において解離は、離人感など離隔、低覚醒、無動状態の視点から精神生物学的研究が行なわれている。 | ||
==併存症== | ==併存症== | ||
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解離症との鑑別に注意すべき病態には、気分障害、統合失調症、境界性パーソナリティ障害(BPD)、[[てんかん]]、[[自閉スペクトラム症]](ASD)、物質関連障害などがある。実際には解離症と気分障害、BPD、ASD、物質関連障害などは併存することが多い。人格同一性や人格状態の交代によって気分の急激な変動や自傷行為や大量服薬などの衝動的行動がみられるが、これと類似した病像はBPDでもみられ、しばしば解離症の併存診断となる。しかし解離症ではBPDにみられるような激しい攻撃性や操作性、規範や治療構造の逸脱・破壊、理想化や脱価値化などはみられない。解離症すなわちBPDという先入観を拭い去ることが必要である。 | 解離症との鑑別に注意すべき病態には、気分障害、統合失調症、境界性パーソナリティ障害(BPD)、[[てんかん]]、[[自閉スペクトラム症]](ASD)、物質関連障害などがある。実際には解離症と気分障害、BPD、ASD、物質関連障害などは併存することが多い。人格同一性や人格状態の交代によって気分の急激な変動や自傷行為や大量服薬などの衝動的行動がみられるが、これと類似した病像はBPDでもみられ、しばしば解離症の併存診断となる。しかし解離症ではBPDにみられるような激しい攻撃性や操作性、規範や治療構造の逸脱・破壊、理想化や脱価値化などはみられない。解離症すなわちBPDという先入観を拭い去ることが必要である。 | ||
解離症にみられる精神病様体験の多くは統合失調症の初期症状に類似しており、鑑別は重要である。解離性同一症では高頻度に一級症状を呈するという報告がいくつかある。もちろん詳細に体験を聴けば、鑑別はある程度可能である。簡単な一級症状の確認によって安易に統合失調症と診断するのではなく、統合失調症の構造的特徴を把握しておく必要がある。統合失調症では、「気づいた時にはすでに他者に先回りされている」といった時間的/空間的な他者の先行性(「パターン逆転」に由来する)が特異的である<ref name=ref15>< | 解離症にみられる精神病様体験の多くは統合失調症の初期症状に類似しており、鑑別は重要である。解離性同一症では高頻度に一級症状を呈するという報告がいくつかある。もちろん詳細に体験を聴けば、鑑別はある程度可能である。簡単な一級症状の確認によって安易に統合失調症と診断するのではなく、統合失調症の構造的特徴を把握しておく必要がある。統合失調症では、「気づいた時にはすでに他者に先回りされている」といった時間的/空間的な他者の先行性(「パターン逆転」に由来する)が特異的である<ref name=ref15>'''安永 浩'''<br>分裂病の論理学的精神病理 ―「ファントム空間」論 ―<br>''医学書院''、東京、1977</ref>。初期状態が見出された場合には「パターン逆転」や他者の先行性が確認されることが望ましく、統合失調症のむやみな拡大化は避けるべきであろう。 | ||
==治療== | ==治療== | ||
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人格統合およびリハビリテーションの段階では、正常な生活を営むことに対する恐怖、健康な範囲での危険なことへ立ち向かう恐怖、身体イメージの恐怖、性愛を含む親密性に対する恐怖などの解消を目的とする。そして新たな対処スキルによって世界と関わり合う段階である。日常生活の目標を立て、自信をつけて人格の発達を促していくことが重要である。 | 人格統合およびリハビリテーションの段階では、正常な生活を営むことに対する恐怖、健康な範囲での危険なことへ立ち向かう恐怖、身体イメージの恐怖、性愛を含む親密性に対する恐怖などの解消を目的とする。そして新たな対処スキルによって世界と関わり合う段階である。日常生活の目標を立て、自信をつけて人格の発達を促していくことが重要である。 | ||
こうした段階的治療の基本は、自我状態療法(ego state therapy)<ref name=ref16>< | こうした段階的治療の基本は、自我状態療法(ego state therapy)<ref name=ref16>'''Watkins JG, Watkins HH'''<br>Ego-state theory and therapy. <br>New York, ''W.W. Norton''. 1997</ref>や感覚運動[[心理療法]](sensorimotor psychotherapy)<ref name=ref17>'''Ogden P, Minton K, Pain C''' (Eds.)<br>Trauma and the body: A sensorimotor approach to psychotherapy.<br>New York, ''W.W. Norton''. 2006</ref>、眼球運動による脱感作および再処理法(eye movement desensitization and reprocessing:EMDR)<ref name=ref18>'''Shapiro F'''<br>Eye movement desensitization and reprocessing: Basic principles, protocols, and procedures. <br>New York, ''Guilford Press''.1995</ref>などの治療にもおいても基本となっている。今後はマインドフルネスやACT(Acceptance & Commitment Therapy)などの効果なども期待される<ref name=ref19>'''Neziroglu F, Donnelly K, Simeon D'''<br>Overcoming Depersonalization Disorder: A Mindfulness and Acceptance Guide to Conquering Feelings of Numbness and Unreality. <br>Oakland: ''New Harbinger Publications'', 2010</ref>。 | ||
薬物療法については状態像に合わせて適宜処方する。緩和精神安定剤や[[睡眠]]薬は漫然と使用しない。緊張、興奮、[[衝動性]]が目立つときは[[バルプロ酸]]などの気分安定剤や[[抗精神病薬]]を処方することもある。「頭が騒がしい」などの思考促迫、周囲に対する過敏性、幻覚などがみられるときには、[[リスペリドン]]や[[クエチアピン]]など[[非定型抗精神病薬]]を少量処方するのもよい。抑うつ状態が目立つときには抗うつ剤を適宜処方するが、攻撃性の亢進や軽躁状態がみられることがあるので注意を要する。睡眠薬や[[抗不安薬]]はときに解離を悪化させるため、使用は最小限にとどめる。 | 薬物療法については状態像に合わせて適宜処方する。緩和精神安定剤や[[睡眠]]薬は漫然と使用しない。緊張、興奮、[[衝動性]]が目立つときは[[バルプロ酸]]などの気分安定剤や[[抗精神病薬]]を処方することもある。「頭が騒がしい」などの思考促迫、周囲に対する過敏性、幻覚などがみられるときには、[[リスペリドン]]や[[クエチアピン]]など[[非定型抗精神病薬]]を少量処方するのもよい。抑うつ状態が目立つときには抗うつ剤を適宜処方するが、攻撃性の亢進や軽躁状態がみられることがあるので注意を要する。睡眠薬や[[抗不安薬]]はときに解離を悪化させるため、使用は最小限にとどめる。 | ||
==疫学== | ==疫学== | ||
現在のところ、我が国の一般人口中における解離症の患者数や有病率の確かなデータはない。解離性障害面接スケジュール(Dissociative Disorders Interview Schedule, DDIS)を用いたカナダの調査では、一般人口の11.2%が解離性障害と推察された<ref name=ref20><pubmed></pubmed></ref>。またトルコでは解離性障害が一般人口の18.3%にみられた<ref name=ref21><pubmed></pubmed></ref>。下位分類については、特定不能の解離性障害(4.3-8.3%)がもっとも多く、解離性健忘(2.6-7.3%)、解離[[性同一性障害]](1.1-1.4%)、離人症性障害(0.9-1.4%)、解離性遁走(0.2%)である<ref name=ref21 /> <ref name=ref22><pubmed></pubmed></ref>。一般人口におけるスクリーニング調査では性差はないとされることが多い。 | 現在のところ、我が国の一般人口中における解離症の患者数や有病率の確かなデータはない。解離性障害面接スケジュール(Dissociative Disorders Interview Schedule, DDIS)を用いたカナダの調査では、一般人口の11.2%が解離性障害と推察された<ref name=ref20><pubmed>1946021</pubmed></ref>。またトルコでは解離性障害が一般人口の18.3%にみられた<ref name=ref21><pubmed>17157389</pubmed></ref>。下位分類については、特定不能の解離性障害(4.3-8.3%)がもっとも多く、解離性健忘(2.6-7.3%)、解離[[性同一性障害]](1.1-1.4%)、離人症性障害(0.9-1.4%)、解離性遁走(0.2%)である<ref name=ref21 /> <ref name=ref22><pubmed>16337235</pubmed></ref>。一般人口におけるスクリーニング調査では性差はないとされることが多い。 | ||
北米の精神科施設における解離症は入院患者の13.0-20.7%<ref name=ref23><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed></pubmed></ref>であり、トルコの精神科病院における入院および外来患者の10.2-13.8%にみられ,救急患者では34.9%であった<ref name=ref25>< | 北米の精神科施設における解離症は入院患者の13.0-20.7%<ref name=ref23><pubmed>1957936</pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed>8317573</pubmed></ref>であり、トルコの精神科病院における入院および外来患者の10.2-13.8%にみられ,救急患者では34.9%であった<ref name=ref25>'''Sar V, Kundakci T, Kiziltan E et al.'''<br>The axis-I dissociative disorder comorbidity of borderline personality disorder among psychiatric outpatients.<br>''Journal of Trauma and Dissociation'': 2003, 4(1); 119–136</ref> <ref name=ref26><pubmed>10834631</pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed>9619153</pubmed></ref>。ヨーロッパでは入院患者の4.3-8.0%と若干少ない<ref name=ref28><pubmed>11339321</pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed>10831486</pubmed></ref>。概して精神科入院および外来患者の10%前後が解離症と推定されるが、最近の北米の報告では、外来患者の29.0%、入院患者の40.8%と高率である<ref name=ref30><pubmed>16585436</pubmed></ref> <ref name=ref31>'''Ross CA, Duffy CMM, and Ellason JW'''<br>Prevalence, reliability and validity of dissociative disorders in an inpatient setting.<br>''Journal of Trauma and Dissociation'': 2002, 3(1); 7–17</ref>。一般人口の調査に比較して、精神科施設では解離性同一症の割合が高いこと、女性が男性よりも多いことが特徴である。日本では精神科臨床で解離症と診断される患者の8割から9割が女性である<ref name=ref32>'''柴山雅俊'''<br>解離の構造-私の変容と<むすび>の治療論<br>''岩崎学術出版社''、2010</ref>。成人男性患者は解離症状や外傷歴を否定する傾向があり、このことが診断の偽陰性率を高めているといわれる。 | ||
==関連項目== | ==関連項目== |