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{{box|text=
同義語:Rhoキナーゼ
 ROCK/Rhoキナーゼは活性型の低分子量GTP結合タンパク質Rhoにより活性化される分子量約160 kDaのserine/threonine kinaseであり、哺乳類にはROCK-IとROCK-IIの2つのアイソフォームが存在する。ROCKはミオシン軽鎖とミオシン軽鎖脱リン酸化酵素のリン酸化を介してミオシン軽鎖を活性化する。さらに、LIM-kinaseのリン酸化を介してアクチン脱重合因子であるcofilinを不活化し、アクチン脱重合を抑制する。これらの作用が協調して、Rho依存的なアクトミオシン束の形成を促す。その他にもROCKは数多くの基質をリン酸化して、細胞運動、細胞極性、細胞接着、細胞分裂、アポトーシス、転写制御など多様な生命機能に関わる<ref name=ref1><pubmed>12778124</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>20803696</pubmed></ref>。神経系においても、発生・発達期における神経管形成、神経突起伸展制御、シナプス形成に加え、成体でのシナプス可塑性に至るまで幅広い役割を担う。
 
}}
{{box|text= ROCKは活性型の低分子量GTP結合タンパク質Rhoにより活性化される分子量約160 kDaのセリン・スレオニンタンパク質リン酸化酵素であり、哺乳類にはROCK-IとROCK-IIの2つのアイソフォームが存在する。ROCKはミオシン軽鎖とミオシン軽鎖脱リン酸化酵素のリン酸化を介してミオシン軽鎖を活性化する。さらに、LIMキナーゼのリン酸化を介してアクチン脱重合因子であるコフィリンを不活化し、アクチン脱重合を抑制する。これらの作用が協調して、Rho依存的なアクトミオシン束の形成を促す。その他にもROCKは数多くの基質をリン酸化して、細胞運動、細胞極性、細胞接着、細胞分裂、アポトーシス、転写制御など多様な生命機能に関わる<ref name=ref1><pubmed>12778124</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>20803696</pubmed></ref>。神経系においても、発生・発達期における神経管形成、神経突起伸展制御、シナプス形成に加え、成体でのシナプス可塑性に至るまで幅広い役割を担う。}}


==はじめに==
==はじめに==
 1985年に[[RhoA]]が新規の[[低分子量GTP結合タンパク質]]として同定されて以来、[[Rho]]を選択的に不活化する[[ボツリヌス菌]]由来の菌体外酵素C3や、Rhoの活性化変異体や不活性化変異体を用いた解析により、アクチン細胞骨格の再編成におけるRhoの重要性が示された<ref name=ref3><pubmed>12478284</pubmed></ref>。しかし当時はRhoの標的タンパク質は同定されておらず、Rhoの下流の細胞内情報伝達系は不明であった。GTP結合型(活性型)RhoAとの選択的結合を指標としたyeast two hybrid法、affinity chromatography、リガンドオーバーレイ法などにより、Rho標的タンパク質が次々に同定された<ref name=ref4><pubmed>8889802</pubmed></ref> <ref name=ref5><pubmed>21235928</pubmed></ref>。Rho-associated coiled-coil-containing protein kinase(ROCK, Rho-kinase, ROK)は活性型Rhoにより活性化されるserine/threonine kinaseである<ref name=ref6><pubmed>7493923</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>8641286</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed>8617235</pubmed></ref>。ROCKはミオシン軽鎖脱リン酸化酵素(myosin light chain phosphatase; MLCP)をリン酸化してその酵素活性を抑制し、ミオシン軽鎖(myosin light chain; MLC)のリン酸化と活性化を促す。またROCKはミオシン軽鎖を直接リン酸化し活性化することも知られる<ref name=ref9><pubmed>8662509</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>9353125</pubmed></ref>。さらにROCKはリン酸化によりLIM kinaseを活性化し、LIM kinaseはアクチン脱重合因子cofilinのリン酸化を促す<ref name=ref11><pubmed>10436159</pubmed></ref>。このリン酸化によりcofilinは不活化されアクチン脱重合が阻害される。これらの作用が協調することで、ROCKはRho依存的なアクトミオシン束の形成に寄与し、細胞に収縮力を与える。その他、Adducin、ERM(ezrin, radixin, moesin)タンパク質、I型Na+-H+交換体、中間径フィラメント(vimentin, glial fibrillary acidic protein, neurofilament)、微小管結合タンパク質(MAP2, Tau)、collapsin response mediator protein 2(CRMP2)、Par3などがROCKの基質の候補分子として同定されている<ref name=ref1 /> <ref name=ref2 /> <ref name=ref12><pubmed>17901255</pubmed></ref>。特にROCKによる[[CRMP2]]リン酸化が[[微小管]]制御を介しEphrinA5による神経突起退縮を促すこと<ref name=ref13><pubmed>16260611</pubmed></ref>、ROCKによるPar3リン酸化が遊走細胞の前後軸形成を促すこと<ref name=ref14><pubmed>18267089</pubmed></ref>などが示されている。
 1985年に[[RhoA]]が新規の[[低分子量GTP結合タンパク質]]として同定されて以来、[[Rho]]を選択的に不活化する[[ボツリヌス菌]]由来の菌体外酵素[[ボツリヌス毒素#C3型|C3]]や、Rhoの[[活性化変異体]]や[[不活性化変異体]]を用いた解析により、[[アクチン]][[細胞骨格]]の再編成におけるRhoの重要性が示された<ref name=ref3><pubmed>12478284</pubmed></ref>。しかし当時はRhoの標的タンパク質は同定されておらず、Rhoの下流の細胞内情報伝達系は不明であった。GTP結合型(活性型)RhoAとの選択的結合を指標とした[[yeast two hybrid法]]、[[アフィニティー・クロマトグラフィー]]、[[リガンドオーバーレイ法]]などにより、Rho標的タンパク質が次々に同定された<ref name=ref4><pubmed>8889802</pubmed></ref> <ref name=ref5><pubmed>21235928</pubmed></ref>
 
 Rho-associated coiled-coil-containing protein kinase(ROCK, Rho-kinase, ROK)は活性型Rhoにより活性化される[[セリン]]・[[スレオニン]][[タンパク質リン酸化酵素]]である<ref name=ref6><pubmed>7493923</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>8641286</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed>8617235</pubmed></ref>。ROCKは[[ミオシン軽鎖脱リン酸化酵素]](myosin light chain phosphatase; MLCP)をリン酸化してその酵素活性を抑制し、[[ミオシン軽鎖]](myosin light chain; MLC)のリン酸化と活性化を促す。またROCKはミオシン軽鎖を直接リン酸化し活性化することも知られる<ref name=ref9><pubmed>8662509</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>9353125</pubmed></ref>
 
 さらにROCKはリン酸化によりLIMキナーゼを活性化し、LIMキナーゼはアクチン脱重合因子[[コフィリン]]のリン酸化を促す<ref name=ref11><pubmed>10436159</pubmed></ref>。このリン酸化によりコフィリンは不活化されアクチン脱重合が阻害される。これらの作用が協調することで、ROCKはRho依存的な[[アクトミオシン]]束の形成に寄与し、細胞に収縮力を与える。その他、[[アデュシン]]、[[ERMタンパク質]]([[エズリン]]、[[ラディキシン]]、[[モイエシン]])、I型[[Na+-H+交換体|Na<sup>+</sup>-H<sup>+</sup>交換体]]、[[中間径フィラメント]]([[ビメンチン]]、[[グリア線維性酸性タンパク質]], [[ニューロフィラメント]])、[[微小管]]結合タンパク質([[MAP2]], [[タウタンパク質]])、[[コラプシン反応媒介タンパク質2]]([[CRMP2]])、[[Par3]]などがROCKの基質の候補分子として同定されている<ref name=ref1 /> <ref name=ref2 /> <ref name=ref12><pubmed>17901255</pubmed></ref>。特にROCKによる[[CRMP2]]リン酸化が[[微小管]]制御を介し[[エフリンA5]]による神経突起退縮を促すこと<ref name=ref13><pubmed>16260611</pubmed></ref>、ROCKによるPar3リン酸化が遊走細胞の[[前後軸]]形成を促すこと<ref name=ref14><pubmed>18267089</pubmed></ref>などが示されている。
 
==ファミリー==
 [[マウス]]には1354アミノ酸のROCK-I(ROKβ, p160ROCK)と1388アミノ酸のROCK-II(ROKα, Rho-kinase)の2つのアイソフォームが存在する。ROCK-IとROCK-IIはアミノ酸配列全体で65%の相同性を有しており、キナーゼ領域では約92%の相同性を示す<ref name=ref15><pubmed>8772201</pubmed></ref>。
 
== 構造 ==
 どちらのアイソフォームもN末端側からキナーゼ領域、[[コイルド・コイル]]領域、Rho結合領域、[[PHドメイン|PH]]([[プレックスリン相同ドメイン|プレックスリン相同]])ドメインを有する。ROCKのC末端領域にはROCKのキナーゼ活性を抑制する自己阻害領域が存在し、活性型RhoがROCKのRho結合領域に結合することでこの抑制が解除され、ROCKのキナーゼ活性が亢進する<ref name=ref16><pubmed>12954645</pubmed></ref>。ROCKはN末端領域同士で二量体を形成し、この二量体形成はROCKのキナーゼ活性に必須であると考えられている<ref name=ref17><pubmed>16249185</pubmed></ref> <ref name=ref18><pubmed>16531242</pubmed></ref>。


==遺伝子、構造、発現==
== 発現 ==
 [[マウス]]には1354アミノ酸のROCK-I(ROKβ, p160ROCK)と1388アミノ酸のROCK-II(ROKα, Rho-kinase)の2つのアイソフォームが存在する。どちらのアイソフォームもN末端側からキナーゼ領域、coiled-coil領域、Rho結合領域、PH(pleckstrin-homology)領域を有する。ROCK-IとROCK-IIはアミノ酸配列全体で65%の相同性を有しており、キナーゼ領域では約92%の相同性を示す<ref name=ref15><pubmed>8772201</pubmed></ref>。ROCKのC末端領域にはROCKのキナーゼ活性を抑制するauto-inhibitory領域が存在し、活性型RhoがROCKのRho結合領域に結合することでこの抑制が解除され、ROCKのキナーゼ活性が亢進する<ref name=ref16><pubmed>12954645</pubmed></ref>。ROCKはN末端領域同士で二量体を形成し、この二量体形成はROCKのキナーゼ活性に必須であると考えられている<ref name=ref17><pubmed>16249185</pubmed></ref> <ref name=ref18><pubmed>16531242</pubmed></ref>。ESTデータベースを用いた解析から、数多くの臓器ではROCK-IとROCK-IIの両方が発現している。しかし、ROCK-Iは[[脾臓]]、胸腺、[[精巣]]、血液などに発現が高く、ROCK-IIは脳、大腸、[[心臓]]などに高発現していることが報告されている<ref name=ref19><pubmed>25010901</pubmed></ref>。平滑筋細胞において、ROCK-Iは細胞膜や細胞膜近傍の小胞に、ROCK-IIは中心体に局在することが報告されており、同一細胞内においてもアイソフォーム間での細胞内局在の違いが示唆されている20。脳内では、ROCK-Iは主にグリア細胞や血管に発現し、ROCK-IIは主に神経細胞に発現している。ROCK-IIについては、神経細胞の成長円錐、軸索、シナプス前終末、スパインでの局在が免疫電子顕微鏡法により確認されている<ref name=ref20><pubmed>22986902</pubmed></ref>。
 [[wj:ESTデータベース|ESTデータベース]]を用いた解析から、数多くの臓器ではROCK-IとROCK-IIの両方が発現している。しかし、ROCK-Iは[[脾臓]]、[[胸腺]]、[[精巣]]、血液などに発現が高く、ROCK-IIは脳、[[大腸]]、[[心臓]]などに高発現していることが報告されている<ref name=ref19><pubmed>25010901</pubmed></ref>。[[平滑筋]]細胞において、ROCK-Iは[[細胞膜]]や細胞膜近傍の小胞に、ROCK-IIは[[中心体]]に局在することが報告されており、同一細胞内においてもアイソフォーム間での細胞内局在の違いが示唆されている20。脳内では、ROCK-Iは主に[[グリア細胞]]や[[血管]]に発現し、ROCK-IIは主に神経細胞に発現している。ROCK-IIについては、神経細胞の成長円錐、軸索、シナプス前終末、スパインでの局在が免疫電子顕微鏡法により確認されている<ref name=ref20><pubmed>22986902</pubmed></ref>。


==神経系での機能==
==神経系での機能==

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