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==パーソナリティ障害概念についての歴史的概観== | ==パーソナリティ障害概念についての歴史的概観== | ||
ここでは、パーソナリティ障害概念の歴史を、1980年に刊行された米国精神医学会(American Psychiatric Association (APA))の診断基準第1版(Diagnostic and statistical manual of mental disorders, 3rd edition ([[DSM-III]])) | ここでは、パーソナリティ障害概念の歴史を、1980年に刊行された米国精神医学会(American Psychiatric Association (APA))の診断基準第1版(Diagnostic and statistical manual of mental disorders, 3rd edition ([[DSM-III]])) <ref name=ref1><pubmed></pubmed></ref>を区切りとして概説する。 | ||
===DSM-III以前=== | ===DSM-III以前=== | ||
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19世紀後半におけるドイツで中間者概念として包括される諸議論もパーソナリティ障害を捉えたものと考えられる。その代表的提唱者であるKoch, J.L.A.は、彼のいう精神病質低格(psychopathische Minderwertigkeit)(1888)を「精神的な異常を持ってはいるが、もっとも不良な場合でも精神病と見ることはできず、もっとも軽い場合でも正常とは考えられない」精神状態と定義した。このような見方は、Kraepelin, E.などの論じる精神病質概念に引き継がれた。 | 19世紀後半におけるドイツで中間者概念として包括される諸議論もパーソナリティ障害を捉えたものと考えられる。その代表的提唱者であるKoch, J.L.A.は、彼のいう精神病質低格(psychopathische Minderwertigkeit)(1888)を「精神的な異常を持ってはいるが、もっとも不良な場合でも精神病と見ることはできず、もっとも軽い場合でも正常とは考えられない」精神状態と定義した。このような見方は、Kraepelin, E.などの論じる精神病質概念に引き継がれた。 | ||
パーソナリティ障害の病態が初めて独自の精神病理として積極的に(~ではないという否定文によってでなく)定義されたのは、Schneider, K.の精神病質論 | パーソナリティ障害の病態が初めて独自の精神病理として積極的に(~ではないという否定文によってでなく)定義されたのは、Schneider, K.の精神病質論<ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref>であった。この業績のためにSchneiderは、多くの教科書で、現代に通じるパーソナリティ障害概念を最初に規定した精神科医とされている。彼はまず、その上位概念となる異常パーソナリティ(abnorme Persönlichkeit)を平均的なパーソナリティからの変異として規定し、さらに精神病質パーソナリティを異常パーソナリティの一部として「そのパーソナリティの異常さのゆえに自らが悩む(leiden)か、または、社会が苦しむ(を苦しませる(stören))異常」であると定義した。 | ||
パーソナリティ障害はその後、世界保健機構(World Health Organization (WHO))の国際疾病分類第6版(The international classification of diseases, 6th revision (ICD-6))(1948)や、APAのDSM-I (1952)以降、当時広く使われていたパーソナリティ障害のタイプを包括する診断として取り上げられるようになった。 | パーソナリティ障害はその後、世界保健機構(World Health Organization (WHO))の国際疾病分類第6版(The international classification of diseases, 6th revision (ICD-6))(1948)や、APAのDSM-I (1952)以降、当時広く使われていたパーソナリティ障害のタイプを包括する診断として取り上げられるようになった。 | ||
===DSM-IIIの変革とその後=== | ===DSM-IIIの変革とその後=== | ||
DSM-III | DSM-III<ref name=ref1 />は、パーソナリティ障害の概念や診断の枠組みが現在の形となる重要な契機となった。そこで行われた改革の中で特に重要なのは、Millon, Tの理論に基づくタイプ分類の採用と、その診断における多神論的記述的症候論モデル(Polythetic descriptive syndromal model)の導入である。 | ||
====Millonの理論に基づくタイプ分類==== | ====Millonの理論に基づくタイプ分類==== | ||
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====多神論的記述的症候論モデルの導入==== | ====多神論的記述的症候論モデルの導入==== | ||
多神論的記述的症候論モデルとは、患者にパーソナリティ障害タイプの診断基準項目が定められた数以上当てはまるなら、そのタイプが診断されるという診断方法である。この操作的診断手法の最大の利点は、診断の信頼性を高めることができる点にある。従来、WHOのICD- | 多神論的記述的症候論モデルとは、患者にパーソナリティ障害タイプの診断基準項目が定められた数以上当てはまるなら、そのタイプが診断されるという診断方法である。この操作的診断手法の最大の利点は、診断の信頼性を高めることができる点にある。従来、WHOのICD-9<ref name=ref3></ref>までで行われていた患者の全体的な特徴から直観的にパーソナリティ障害タイプを診断するカテゴリカルモデルによる診断法は、信頼性が低いという重大な問題があった。この多神論的記述的症候論モデルは、その問題を一部解消することに成功した。 | ||
====ディメンジョナルモデルの提唱==== | ====ディメンジョナルモデルの提唱==== | ||
元々パーソナリティ心理学では、因子分析などの統計学的方法を使って信頼性の高いパーソナリティ傾向のディメンジョナルな評価が確立されていた。他方、パーソナリティ障害の診断では、DSM-IIIの多神論的記述的症候論モデルが導入されても、まだ信頼性が他の精神障害のレベルに達しないなどの問題点が残されていた。それは、当時[[ICD-10]] (1992) | 元々パーソナリティ心理学では、因子分析などの統計学的方法を使って信頼性の高いパーソナリティ傾向のディメンジョナルな評価が確立されていた。他方、パーソナリティ障害の診断では、DSM-IIIの多神論的記述的症候論モデルが導入されても、まだ信頼性が他の精神障害のレベルに達しないなどの問題点が残されていた。それは、当時[[ICD-10]] (1992)<ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>やDSM-III-R (1987)で採用されていたカテゴリカルモデルによる診断が原因だと主張されていた。そこで、[[DSM-IV]]<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref>では、これへの対策として、Widigerら(1996)の見解に基づいて、DSMの新版でのディメンジョナルモデルの導入が提唱された。その後、Costa, P.T. & McCrae, R.R.の主要5因子モデル(Five Factor Model(1990))から発展した5次元モデルや、Trull, T.J.ら(2007)による4次元モデルなどの診断モデルの検討が進められた。 | ||
==現在のパーソナリティ障害の概念・定義== | ==現在のパーソナリティ障害の概念・定義== | ||
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===生物学的要因=== | ===生物学的要因=== | ||
精神障害の生物学的要因の基底には、遺伝的要因がある。パーソナリティ障害の遺伝的要因は、その特性が同じ家系の人に見出されることが多い、一卵性双生児で二卵性双生児よりも一致しやすい、といった臨床遺伝学的研究によって確認されている。Torgersen, S.らの双生児研究(2000)では、パーソナリティ障害の遺伝性が0.5~0.6であると算出されている。Silverman, J.M.らの家族研究(1991)では、境界性パーソナリティ障害の感情不安定と衝動性とに家族集積性のあることが認められている | 精神障害の生物学的要因の基底には、遺伝的要因がある。パーソナリティ障害の遺伝的要因は、その特性が同じ家系の人に見出されることが多い、一卵性双生児で二卵性双生児よりも一致しやすい、といった臨床遺伝学的研究によって確認されている。Torgersen, S.らの双生児研究(2000)では、パーソナリティ障害の遺伝性が0.5~0.6であると算出されている。Silverman, J.M.らの家族研究(1991)では、境界性パーソナリティ障害の感情不安定と衝動性とに家族集積性のあることが認められている<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>]。 | ||
神経生理学的研究でもパーソナリティ障害と生物学的特性との間の様々な関連が見いだされている | 神経生理学的研究でもパーソナリティ障害と生物学的特性との間の様々な関連が見いだされている<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>。例えば、反社会性、境界性パーソナリティ障害では、その衝動性がセロトニン系の機能低下と関連しているという知見の報告がある。中枢神経系の画像研究でも多くの知見がもたらされている。例えば、境界性パーソナリティ障害では、帯状束のセロトニン系の反応低下といった辺縁系と前頭葉の回路の機能低下の報告が多くなされている。また、虐待を受けてきた境界性パーソナリティ障害患者において脳下垂体、海馬が小さいという所見も注目されている。 | ||
===生育環境・社会文化的要因=== | ===生育環境・社会文化的要因=== | ||
パーソナリティ障害の成り立ちにおいては、発達過程や生育環境も重視されなければならない。例えば、境界性、反社会性パーソナリティ障害では、劣悪な養育環境(発達期の虐待、貧困や施設での生育など)が発生要因として関与していると考えられている。1990年代には、境界性パーソナリティ障害の生育史(虐待、親子関係)についての後方視的研究が行われ、養育環境要因の確認が進められた | パーソナリティ障害の成り立ちにおいては、発達過程や生育環境も重視されなければならない。例えば、境界性、反社会性パーソナリティ障害では、劣悪な養育環境(発達期の虐待、貧困や施設での生育など)が発生要因として関与していると考えられている。1990年代には、境界性パーソナリティ障害の生育史(虐待、親子関係)についての後方視的研究が行われ、養育環境要因の確認が進められた<ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref>。 | ||
パーソナリティ障害は、特に社会文化的要因の影響を受けやすいと考えられている。例えば、境界性パーソナリティ障害の増加は繰り返し指摘されてきたが、その原因は社会文化的な影響によるものと考えられている。 | パーソナリティ障害は、特に社会文化的要因の影響を受けやすいと考えられている。例えば、境界性パーソナリティ障害の増加は繰り返し指摘されてきたが、その原因は社会文化的な影響によるものと考えられている。 | ||
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近年の動きで特に注目されるのは、境界性パーソナリティ障害に対する心理社会的治療の効果についての無作為化対照比較試験(Randomized Controlled Trial (RCT))による研究が次々に発表されていることである。 | 近年の動きで特に注目されるのは、境界性パーソナリティ障害に対する心理社会的治療の効果についての無作為化対照比較試験(Randomized Controlled Trial (RCT))による研究が次々に発表されていることである。 | ||
RCTで効果が確認された最初の心理療法は、1991年に発表された米国のLinehan, M.らの弁証法的行動療法(Dialectic behavior therapy (DBT)) | RCTで効果が確認された最初の心理療法は、1991年に発表された米国のLinehan, M.らの弁証法的行動療法(Dialectic behavior therapy (DBT))<ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref>である。DBTでは、① マインドフルネス(現実的で冷静な自己観察、現実認識の技能)、② 感情統御技能、 ③ 実際的な対人関係技能が修得されるべき基本的技能だとされている。この治療は、週2回の教育的技能訓練と行動リハーサルの行われる集団技能訓練と、週1回の個人面接から構成され、1年間以上続けられる。次に効果が実証されたのは、英国のBateman, A. & Fonagy, P.が開発したメンタライゼーション療法 (Mentalisation-based treatment (MBT))<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref>である。その治療の目標は、メンタライゼーション(自分やまわりの人の行動がその考えや気持ちといった心理的過程から起こることを理解する能力)を高めることである。MBTでは、さまざまな対人関係や出来事の体験から自分自身の心理状態を理解し、自分や他者の行動についての学びを深める訓練が行われる。その後、2000年代には、Young, J.のスキーマ療法、Clarkin, J.らの転移に焦点づけられた精神分析的治療などのプログラムの効果研究が実施され、十分な効果があることが実証されている。これらの治療では、自傷行為や自殺未遂といった境界性パーソナリティ障害の症状を大幅に軽減させることが確認されている。 | ||
====地域における対応、治療==== | ====地域における対応、治療==== | ||
パーソナリティ障害に関連する自殺・自殺関連行動や暴力といった行動は、地域で問題になるのが通例である。それゆえその対応は、地域や学校、救急医療の現場で行われる必要がある。英国において実践されている地域精神保健活動では、危機介入チーム、小児思春期精神保健チーム、早期介入チームなどの多職種チームによってパーソナリティ障害の対応、治療の導入が担われている。これらの活動の概要を知るには、それが依拠している英国の国立最適医療研究所(National Institute for Health and Clinical Excellence (NICE))によってまとめられた、境界性パーソナリティ障害患者の評価や治療の導入のための地域や救急医療機関で用いられるガイドライン(2009)、反社会性パーソナリティ障害の暴力を主な対象とするガイドライン(2009)、自殺関連行動を見せる人々の評価や治療の導入のための地域や救急医療機関で用いられるガイドライン | パーソナリティ障害に関連する自殺・自殺関連行動や暴力といった行動は、地域で問題になるのが通例である。それゆえその対応は、地域や学校、救急医療の現場で行われる必要がある。英国において実践されている地域精神保健活動では、危機介入チーム、小児思春期精神保健チーム、早期介入チームなどの多職種チームによってパーソナリティ障害の対応、治療の導入が担われている。これらの活動の概要を知るには、それが依拠している英国の国立最適医療研究所(National Institute for Health and Clinical Excellence (NICE))によってまとめられた、境界性パーソナリティ障害患者の評価や治療の導入のための地域や救急医療機関で用いられるガイドライン(2009)、反社会性パーソナリティ障害の暴力を主な対象とするガイドライン(2009)、自殺関連行動を見せる人々の評価や治療の導入のための地域や救急医療機関で用いられるガイドライン<ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>が有用である。ここではまた、予防医学的視点から、地域や学校、救急医療の場において早期の介入、治療の導入治療を行うことがパーソナリティ障害の問題の拡大防止に貢献することが強調されている。 | ||
===薬物療法=== | ===薬物療法=== | ||
薬物療法は、やはり有力な治療法の一つである。めざましい効果が期待できない性質ではあるものの、薬物療法によって精神症状を一時的にでも軽快させることができるなら、それが患者にとって大きな便益となることは稀でない。 | 薬物療法は、やはり有力な治療法の一つである。めざましい効果が期待できない性質ではあるものの、薬物療法によって精神症状を一時的にでも軽快させることができるなら、それが患者にとって大きな便益となることは稀でない。 | ||
従来の薬物療法についての知見をまとめるなら、統合失調型パーソナリティ障害などの受動的なタイプには少量の抗精神病薬、境界性、反社会性パーソナリティ障害の衝動性や感情不安定には選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)や感情調整薬、回避性パーソナリティ障害の不安や抑うつにはSSRIやモノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)がそれぞれ有効だとされる。さらに最近では、境界性、統合失調型、反社会性パーソナリティ障害に対する非定型抗精神病薬の有効性が確認されている | 従来の薬物療法についての知見をまとめるなら、統合失調型パーソナリティ障害などの受動的なタイプには少量の抗精神病薬、境界性、反社会性パーソナリティ障害の衝動性や感情不安定には選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)や感情調整薬、回避性パーソナリティ障害の不安や抑うつにはSSRIやモノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)がそれぞれ有効だとされる。さらに最近では、境界性、統合失調型、反社会性パーソナリティ障害に対する非定型抗精神病薬の有効性が確認されている<ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref>。 | ||
==パーソナリティ障害の予後== | ==パーソナリティ障害の予後== |