「パーソナリティー障害」の版間の差分

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{{box|text= パーソナリティ障害は、「(パーソナリティ特性に近いと言いうる)持続的で広範囲に及ぶ非適応的な認知・行動パターン」などと定義される精神障害である。基本的な特徴としては、一般人口との間にその特徴に連続性がある(連続的に移行するものである)こと、他の精神障害との診断合併がごく多いこと、比較的持続的であるけれども、変化(改善)可能性が十分あることなどが挙げられる。生物学的研究が広い範囲で行われており、多くの新しい知見がもたらされている。また、治療でも認知行動療法を中心として多くの治療法が開発されている。今後、パーソナリティ障害についての研究や治療の活動をわが国で定着させる努力が必要である。}}
{{box|text= パーソナリティ障害は、一過性の疾患とは異なって長期的に持続し、特定の要素的精神機能に限られず広い範囲の行動特性に及ぶ、社会適応に困難を来すような認知・行動パターンを示す精神障害である。一般人口との間に連続性があり、他の精神障害との診断合併が多く、比較的持続的ではあるが改善可能性は十分あることなどが特徴である。ゲノム研究、脳画像研究などによりその生物学的基盤が明らかにされつつある。また、治療でも認知行動療法を中心として多くの治療法が開発されている。今後、パーソナリティ障害についての研究や治療の活動をわが国で定着させる努力が必要である。}}


==はじめに==
==はじめに==
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===DSM-III以前===
===DSM-III以前===
 精神医学の教科書の幾つかでは、Pinel, P. (1801)の妄想なき狂気(manie sans délire)や理性的狂気(la folie raisonnante)がパーソナリティ障害概念の濫觴だとされている。それは、例えば「妄想を伴わずに周期的に起る、患者がなお理性の力で行動を抑えられる怒りの発作(理性的狂気)」に見られるように、病的行動の背後に幻覚・妄想や気分症状がないことを特徴とする精神障害であった。その弟子であるEsquirol, J.É.などによるモノマニー(monomanie)についての議論では、殺人モノマニー、窃盗モノマニーといった特定の衝動に支配された行動を示す症例が記述されている。
 19世紀後半におけるドイツで中間者概念として包括される諸議論もパーソナリティ障害を捉えたものと考えられる。その代表的提唱者であるKoch, J.L.A.は、彼のいう精神病質低格(psychopathische Minderwertigkeit)(1888)を「精神的な異常を持ってはいるが、もっとも不良な場合でも精神病と見ることはできず、もっとも軽い場合でも正常とは考えられない」精神状態と定義した。このような見方は、Kraepelin, E.などの論じる精神病質概念に引き継がれた。
 パーソナリティ障害の病態が初めて独自の精神病理として積極的に(~ではないという否定文によってでなく)定義されたのは、Schneider, K.の精神病質論[2]であった。この業績のためにSchneiderは、多くの教科書で、現代に通じるパーソナリティ障害概念を最初に規定した精神科医とされている。彼はまず、その上位概念となる異常パーソナリティ(abnorme Persönlichkeit)を平均的なパーソナリティからの変異として規定し、さらに精神病質パーソナリティを異常パーソナリティの一部として「そのパーソナリティの異常さのゆえに自らが悩む(leiden)か、または、社会が苦しむ(を苦しませる(stören))異常」であると定義した。


 現代に通じるパーソナリティ障害概念を最初に規定したのはSchneider, K.であった[2]。Schneider, K.は、異常パーソナリティ(abnorme Persönlichkeit)を平均的なパーソナリティからの偏位として規定し、さらにその一部として、「そのパーソナリティの異常さのゆえに自らが悩む(leiden)か、または、社会が苦しむ(を苦しませる(stören))異常」を精神病質パーソナリティと定義した。
 パーソナリティ障害はその後、世界保健機構(World Health Organization (WHO))の国際疾病分類第6版(The international classification of diseases, 6th revision (ICD-6))(1948)や、APAのDSM-I (1952)以降、当時広く使われていたパーソナリティ障害のタイプを包括する診断として取り上げられるようになった。
 パーソナリティ障害はその後、世界保健機構(World Health Organization (WHO))の国際疾病分類第6版(The international classification of diseases, 6th revision (ICD-6))(1948)や、APAのDSM-I (1952)以降、当時広く使われていたパーソナリティ障害のタイプを包括する診断として取り上げられるようになった。


===DSM-IIIの変革とその後===
===DSM-IIIの変革とその後===
 DSM-III[1]は、パーソナリティ障害の概念や診断の枠組みが現在の形となる重要な契機となった。そこで行われた改革の中で特に重要なのは、Millon, Tの理論に基づくタイプ分類の採用と、その診断における多神論的記述的症候論モデル(Polythetic descriptive syndromal model)の導入である。
 パーソナリティ障害の概念や診断の枠組みが現在の形となる重要な契機となったのは、DSM-III[1]である。そこで行われた改革の中で特に重要なのは、Millon, Tの理論に基づくタイプ分類の採用と、その診断における多神論的記述的症候論モデル(Polythetic descriptive syndromal model)の導入である。


====Millonの理論に基づくタイプ分類====
====Millonの理論に基づくタイプ分類====
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 多神論的記述的症候論モデルとは、患者にパーソナリティ障害タイプの診断基準項目が定められた数以上当てはまるなら、そのタイプが診断されるという診断方法である。この操作的診断手法の最大の利点は、診断の信頼性を高めることができる点にある。従来、WHOのICD-9までで行われていた患者の全体的な特徴から直観的にパーソナリティ障害タイプを診断するカテゴリカルモデルによる診断法は、信頼性が低いという重大な問題があった。この多神論的記述的症候論モデルは、その問題を一部解消することに成功した。
 多神論的記述的症候論モデルとは、患者にパーソナリティ障害タイプの診断基準項目が定められた数以上当てはまるなら、そのタイプが診断されるという診断方法である。この操作的診断手法の最大の利点は、診断の信頼性を高めることができる点にある。従来、WHOのICD-9までで行われていた患者の全体的な特徴から直観的にパーソナリティ障害タイプを診断するカテゴリカルモデルによる診断法は、信頼性が低いという重大な問題があった。この多神論的記述的症候論モデルは、その問題を一部解消することに成功した。


====ディメンジョナルモデルの提唱====
====ディメンショナルモデルの提唱====
 元々パーソナリティ心理学では、因子分析などの統計学的方法を使って信頼性の高いパーソナリティ傾向のディメンジョナルな評価が確立されていた。他方、パーソナリティ障害の診断では、DSM-IIIの多神論的記述的症候論モデルが導入されても、まだ信頼性が他の精神障害のレベルに達しないなどの問題点が残されていた。それは、当時ICD-10 (1992) [4]やDSM-III-R (1987)で採用されていたカテゴリカルモデルによる診断が原因だと主張されていた。そこで、DSM-IV[5] (1994)では、これへの対策として、Widigerら(1996)の見解に基づいて、DSMの新版でのディメンジョナルモデルの導入が提唱された。その後、Costa, P.T. & McCrae, R.R.の主要5因子モデル(Five Factor Model(1990))から発展した5次元モデルや、Trull, T.J.ら(2007)による4次元モデルなどの診断モデルの検討が進められた。
 元々パーソナリティ心理学では、因子分析などの統計学的方法を使って信頼性の高いパーソナリティ傾向のディメンショナルな評価が確立されていた。他方、パーソナリティ障害の診断では、DSM-IIIの多神論的記述的症候論モデルが導入されても、まだ信頼性が他の精神障害のレベルに達しないなどの問題点が残されていた。それは、当時ICD-10 (1992) [4]やDSM-III-R (1987)で採用されていたカテゴリカルモデルによる診断が原因だと主張されていた。そこで、DSM-IV[5] (1994)では、これへの対策として、Widigerら(1996)の見解に基づいて、DSMの新版でのディメンショナルモデルの導入が提唱された。その後、Costa, P.T. & McCrae, R.R.の主要5因子モデル(Five Factor Model(1990))から発展した5次元モデルや、Trull, T.J.ら(2007)による4次元モデルなどの診断モデルの検討が進められた。


==現在のパーソナリティ障害の概念・定義==
==現在のパーソナリティ障害の概念・定義==
===従来の考え方を踏襲する立場===
===従来の考え方を踏襲する立場===
 DSM-56におけるパーソナリティ障害は、「社会的状況に対する個人の柔軟性を欠く広範な反応パターンであり、…個々の文化における平均的な個人の感じ方、考え方、他者との関わり方から、極端に相違し偏っており、… しばしばさまざまな程度の主観的苦痛や社会的機能の障害を伴っている」ものと定義されている。これは、従来のICD-10,DSM-IVの定義を踏襲するものである。
 DSM-5[6]におけるパーソナリティ障害は、「社会的状況に対する個人の柔軟性を欠く広範な反応パターンであり、…個々の文化における平均的な個人の感じ方、考え方、他者との関わり方から、極端に相違し偏っており、… しばしばさまざまな程度の主観的苦痛や社会的機能の障害を伴っている」ものと定義されている。これは、従来のICD-10,DSM-IVの定義を踏襲するものである。
   さらに、ICD-10 の研究用診断基準(DCR) (1993)やDSM-5の第二部「診断基準とコード」では、全般的診断基準などとして、パーソナリティ障害の基本的特徴の記述が加えられている。
   さらに、ICD-10 の研究用診断基準(DCR) (1993)やDSM-5の第二部「診断基準とコード」では、全般的診断基準などとして、パーソナリティ障害の基本的特徴の記述が加えられている。


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===DSM-5代替診断基準の考え方===
===DSM-5代替診断基準の考え方===
 DSM-5の第3部「新しい尺度とモデル」に記述されている代替診断基準は、ディメンジョナルモデルとカテゴリカルモデルを融合させたハイブリッドモデルと称されている。このようにDSM-5では、第2部と第3部とで異なるパーソナリティ障害の診断基準が収載されている。前者は従来のDSM-IVのものをほとんど変更せずに載せたものであり、後者は新たに開発されたが、フィールドトライアルで採用が時期尚早と判断され、今後、大幅な修正が行われる予定のものである。ここには、パーソナリティ障害概念の混乱が如実に表れている。他方、後述するようにこの代替診断基準には、理論的に優れた考え方が多く組み入れられている。
 DSM-5の第3部「新しい尺度とモデル」に記述されている代替診断基準は、ディメンショナルモデルとカテゴリカルモデルを融合させたハイブリッドモデルと称されている。このようにDSM-5では、第2部と第3部とで異なるパーソナリティ障害の診断基準が収載されている。前者は従来のDSM-IVのものをほとんど変更せずに載せたものであり、後者は新たに開発されたが、フィールドトライアルで採用が時期尚早と判断され、今後、大幅な修正が行われる予定のものである。ここには、パーソナリティ障害概念の混乱が如実に表れている。他方、後述するようにこの代替診断基準には、理論的に優れた考え方が多く組み入れられている。


 DSM-5第3部の代替診断基準の全般的診断基準では、パーソナリティ障害がパーソナリティ機能の障害であることが明快に規定されている。これは、従来の定義と比較すると大きな進歩である。そのパーソナリティ機能とは、表1に示されているように自己機能、対人関係機能であり、さらにそれぞれが2つに分類されている。
 DSM-5第3部の代替診断基準の全般的診断基準では、パーソナリティ障害がパーソナリティ機能の障害であることが明快に規定されている。これは、従来の定義と比較すると大きな進歩である。そのパーソナリティ機能とは、表1に示されているように自己機能、対人関係機能であり、さらにそれぞれが2つに分類されている。
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 病的パーソナリティ特性は、表2において「否定的感情 vs 感情安定」といった形で示されているように、パーソナリティ障害のディメンジョンを表すものである。それらは、Costa & McCraeの性格評価のための主要5 因子モデルのディメンジョン(神経症傾向、 内向性、 調和性(調和性のなさ)、 誠実性(誠実性のなさ)、 開放性(開放性のなさ))とほぼ対応がとれていると考えられる7。ここでは、病的パーソナリティ特性とは一般に見られるパーソナリティ傾向の極端な病的側面を取り上げたものと捉えられている。
 病的パーソナリティ特性は、表2において「否定的感情 vs 感情安定」といった形で示されているように、パーソナリティ障害のディメンションを表すものである。それらは、Costa & McCraeの性格評価のための主要5 因子モデルのディメンション(神経症傾向、 内向性、 調和性(調和性のなさ)、 誠実性(誠実性のなさ)、 開放性(開放性のなさ))とほぼ対応がとれていると考えられる7。ここでは、病的パーソナリティ特性とは一般に見られるパーソナリティ傾向の極端な病的側面を取り上げたものと捉えられている。


 DSM-5第3部の代替診断基準でも、パーソナリティ障害タイプごとに設定された診断基準に従って操作的に診断手続きが行われる。次に境界性パーソナリティ障害の例を示す。
 DSM-5第3部の代替診断基準でも、パーソナリティ障害タイプごとに設定された診断基準に従って操作的に診断手続きが行われる。次に境界性パーソナリティ障害の例を示す。

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