「電気けいれん療法」の版間の差分

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==ECTの歴史==
==ECTの歴史==
===従来型ECTの誕生===
===従来型ECTの誕生===
 電気けいれん療法(ElectroConvulsive Therapy ;ECT)は経皮的に脳に電気的刺激を与えることで脳にてんかん様けいれん発作を誘発し、治療効果を得ようとする治療法であり、うつ病を中心とする精神神経疾患に古くから広く用いられてきた。
 電気けいれん療法(ElectroConvulsive Therapy ;ECT)は経皮的に脳に電気的刺激を与えることで脳にてんかん様けいれん発作を誘発し、治療効果を得ようとする治療法であり、精神神経疾患に古くから広く用いられてきた。<br>
 けいれんを誘発して精神疾患を治療しようとする試みは18世紀頃から行われており、最初はけいれん誘発物質としてショウノウが用いられた。1931年、Medunaは統合失調症(旧精神分裂病)とてんかんの拮抗仮説に基づき、ショウノウ誘発性けいれんによる統合失調症治療を実施し有効性を確認した(1)。まもなくけいれん惹起物質としてショウノウにかわりペンチレンテトラゾールが用いられるようになったが、けいれん誘発前の不快感が生じるため、他の方法が求められていた。
 けいれんを誘発して精神疾患を治療しようとする試みは18世紀頃から行われており、最初はけいれん誘発物質としてショウノウが用いられた。1931年、Medunaは統合失調症(旧精神分裂病)とてんかんの拮抗仮説に基づき、ショウノウ誘発性けいれんによる統合失調症治療を実施し有効性を確認した(1)。まもなくけいれん惹起物質としてショウノウにかわりペンチレンテトラゾールが用いられるようになったが、けいれん誘発前の不快感から、他の方法が求められていた。<br>
 精神症状に対し治療効果のあるけいれんを誘発するために、けいれんを惹起する薬剤ではなく確実性のある電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にCerlettiらによりはじめて報告された。彼らは屠殺場で通電することによりけいれんが誘発されることをヒントにしてヒトに応用し、身元不明の統合失調症患者に対し、電気による脳への通電によりけいれんを誘発するECTが確立した(2)。
 精神症状に対し治療効果のあるけいれんを誘発するために、けいれんを惹起する薬剤ではなく確実性のある電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にCerlettiらによりはじめて報告された。彼らは屠殺場で通電することによりけいれんが誘発されることをヒントにしてヒトに応用し、身元不明の統合失調症患者に対し、電気による脳への通電によりけいれんを誘発するECTが確立した(2)。<br>
このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療としてECTが確立し、同時にうつ病への治療効果も報告されるようになった。
このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療としてECTが確立し、同時にうつ病への治療効果も報告されるようになった。<br>
 日本では1939年に九州大学の安河内と向笠により統合失調症者に対するECTが報告され、以後本邦でもECTが普及するようになった(3)。
 日本では1939年に九州大学の安河内と向笠により統合失調症者に対するECTが報告され、以後本邦でもECTが普及するようになった(3)。<br>
 
(参考文献)
(参考文献)
1) Abrams R : Electroconvulsive Therapy.3 rd ed.New York, Oxford University Press, 1997
1) Abrams R : Electroconvulsive Therapy.3 rd ed.New York, Oxford University Press, 1997<br>
2) Cerletti U ; Old and new information about electroshock. Am J Psychiatry 1950 ;107 :87-94
2) Cerletti U ; Old and new information about electroshock. Am J Psychiatry 1950 ;107 :87-94<br>
3) 安河内五郎,向笠広次 : 精神分離症の電撃痙攣療法について. 福岡医大誌 1939 ;32:1437-1440
3) 安河内五郎,向笠広次 : 精神分離症の電撃痙攣療法について. 福岡医大誌 1939 ;32:1437-1440<br>


===従来型ECTから修正型電気けいれん療法へ===
===従来型ECTから修正型電気けいれん療法へ===
 麻酔や筋弛緩薬を使用せず施行する従来型ECTでは、施行前に患者に恐怖感があることとやけいれんに伴う脊椎等の骨折、呼吸器系・循環器系の副作用が少なからず起こることが問題視されていた。
 麻酔や筋弛緩薬を使用せず施行する従来型ECTでは、施行前に患者に恐怖感があることとやけいれんに伴う脊椎等の骨折、呼吸器系・循環器系の副作用が少なからず起こることが問題視されていた。<br>
 次第に、施行前の患者の恐怖感に対しては、静脈麻酔薬であるバルビツール酸チオペンタールやアモバルビタール等のバルビツール系の静脈麻酔薬が用いられるようになり、けいれん発作時の骨折事故を減らすため、通電後の脳のけいれん波出現時に全身けいれんが起こらないようにする工夫として筋弛緩薬が用いられるようになった。
 次第に、施行前の患者の恐怖感に対しては、静脈麻酔薬であるバルビツール酸チオペンタールやアモバルビタール等のバルビツール系の静脈麻酔薬が用いられるようになり、けいれん発作時の骨折事故を減らすため、通電後の脳のけいれん波出現時に全身けいれんが起こらないようにする工夫として筋弛緩薬が用いられるようになった。<br>
筋弛緩薬については、1940年、Bennetらはクラレを使用したが(4)、作用時間が長いことが問題であったため、1952年、HolmbergとThesleffzらは、サクシニルコリン(succinylcholine ; SCC)の使用を提唱し(5)、ここに現在まで用いられている静脈麻酔薬とSCCによる修正型ECT(Modified ElectroConvulsive Therapy;mECT)の基盤が完成した。
筋弛緩薬については、1940年、Bennetらはクラレを使用したが(4)、作用時間が長いことが問題であったため、1952年、HolmbergとThesleffzらは、サクシニルコリン(succinylcholine ; SCC)の使用を提唱し(5)、ここに現在まで用いられている静脈麻酔薬とSCCによる修正型ECT(Modified ElectroConvulsive Therapy;mECT)の基盤が完成した。<br>
 日本でも1958年、島薗らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされた(6)が、その後安全面を含めた評価、改良、一般化が不十分で、また患者に強制的に行う負のイメージが強いこともあり、薬物療法の発展とともに次第に第一線の治療から後退した。
 日本でも1958年、島薗らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされた(6)が、その後安全面を含めた評価、改良、一般化が不十分で、また患者に強制的に行う負のイメージが強いこともあり、薬物療法の発展とともに次第に第一線の治療から後退した。<br>
 1980年代、ようやく日本でも総合病院の一つの科としての精神科の位置づけが確立し、またリエゾン精神医学の進展に伴い、麻酔科医と連携した十分な酸素化と呼吸循環管理のもとで筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いて行うmECTが総合病院や大学病院を中心に拡がり、同時に手術に準じて患者や家族にインフォームドコンセントが行われることが一般的となったことで、ECTの安全性が高まるのと同時に、従来の負のイメージは徐々に払拭された。
 1980年代、ようやく日本でも総合病院の一つの科としての精神科の位置づけが確立し、またリエゾン精神医学の進展に伴い、麻酔科医と連携した十分な酸素化と呼吸循環管理のもとで筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いて行うmECTが総合病院や大学病院を中心に拡がり、同時に手術に準じて患者や家族にインフォームドコンセントが行われることが一般的となったことで、ECTの安全性が高まるのと同時に、従来の負のイメージは徐々に払拭された。<br>
 その後、精神科治療アルゴリズムの作成の動きに伴いECTの治療的位置付けも行われ、各国でECTのガイドラインが作成された(7,8)。2000年になり、日本でも本橋らによりわが国初めてのECTマニュアルが出版された(9)。
 その後、精神科治療アルゴリズムの作成の動きに伴いECTの治療的位置付けも行われ、各国でECTのガイドラインが作成された(7,8)。2000年になり、日本でも本橋らによりわが国初めてのECTマニュアルが出版された(9)。<br>
 わが国で現在用いられるECT麻酔薬は、比較的短時間で麻酔作用の消失するバルビツレート系麻酔薬のチオペンタールや非バルビツレート系麻酔薬のプロポフォールが使用されることが多く、また筋弛緩薬はSCCが使用されることが多い状況である。
 わが国で現在用いられるECT麻酔薬は、比較的短時間で麻酔作用の消失するバルビツレート系麻酔薬のチオペンタールや非バルビツレート系麻酔薬のプロポフォールが使用されることが多く、また筋弛緩薬はSCCが使用されることが多い状況である。<br>


(参考文献)
(参考文献)
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===サイン波治療器からパルス波治療器へ===
===サイン波治療器からパルス波治療器へ===
 通電のためのECT機器としては、従来、交流正弦波(サイン波)治療器が用いられてきた。サイン波治療器は電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を生理食塩水で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器であった。
 通電のためのECT機器としては、従来、交流正弦波(サイン波)治療器が用いられてきた。サイン波治療器は電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を生理食塩水で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器であった。<br>
 欧米では、1980年代より、サイン波治療器より安全性の高い定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が用いられるようになり、わが国への導入推進の動きが本橋らを中心に行われ、2002年に日本でパルス波治療器が認可され導入された。
 欧米では、1980年代より、サイン波治療器より安全性の高い定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が用いられるようになり、わが国への導入推進の動きが本橋らを中心に行われ、2002年に日本でパルス波治療器が認可され導入された。<br>
現在主に使用されているものはサイマトロン(Thymatron®)と呼ばれるパルス波治療器で、短パルス矩形波(パルス波)を通電することで、従来の刺激装置であるサイン波治療器の約1/3程度のエネルギー量でけいれんを誘発することができるため、循環器系副作用、通電後の認知機能障害などが低減し、更にECTの安全性が向上している。パルス波治療器を用いた実際のECT手順については後述する。
現在主に使用されているものはサイマトロン(Thymatron®)と呼ばれるパルス波治療器で、短パルス矩形波(パルス波)を通電することで、従来の刺激装置であるサイン波治療器の約1/3程度のエネルギー量でけいれんを誘発することができるため、循環器系副作用、通電後の認知機能障害などが低減し、更にECTの安全性が向上している。パルス波治療器を用いた実際のECT手順については後述する。<br>
 またECTの手順の標準化や安全性のさらなる向上のため、定電流短パルス矩形波治療器の使用にあたり、近年はECT治療施行者に対する精神科関連学会を中心に運営するECTトレーニングセミナーの受講が義務付けられ、使用法についても標準化されていることで、強い高齢者や身体合併症のある精神疾患患者にもECT治療がより安全に行われるようになっている。
 またECTの手順の標準化や安全性のさらなる向上のため、定電流短パルス矩形波治療器の使用にあたり、近年はECT治療施行者に対する精神科関連学会を中心に運営するECTトレーニングセミナーの受講が義務付けられ、使用法についても標準化されていることで、強い高齢者や身体合併症のある精神疾患患者にもECT治療がより安全に行われるようになっている。<br>
 しかし、ECT麻酔薬として良く用いられているチオペンタールなどのバルビツレート系麻酔薬はもちろん、プロポフォールなどの非バルビツレート系麻酔薬も少なからず抗けいれん作用を持ち、パルス波治療器の普及とともに、パルス波治療器の最大刺激電流量(100%)を用いても脳波上のけいれん波が誘発されない症例が少なからず存在することが分かってきた。バルビツレート系麻酔薬であるメトヘキシタールでECTを受けた471名の患者のうち72人(15%)は最大刺激強度を必要とし、最大刺激強度でも72名のうち24名(33%)は発作持続時間が足りないか、不発であったという報告がある(10)。脳波上のけいれん波が不十分であったり、不発である場合は、内服している抗けいれん作用のあるベンゾジアゼピンや抗けいれん薬の中止、けいれん域値を下げるECT通電前の過換気、ケタミン麻酔などへの変更(11)を検討する必要がある。
 しかし、ECT麻酔薬として良く用いられているチオペンタールなどのバルビツレート系麻酔薬はもちろん、プロポフォールなどの非バルビツレート系麻酔薬も少なからず抗けいれん作用を持ち、パルス波治療器の普及とともに、パルス波治療器の最大刺激電流量(100%)を用いても脳波上のけいれん波が誘発されない症例が少なからず存在することが分かってきた。バルビツレート系麻酔薬であるメトヘキシタールでECTを受けた471名の患者のうち72人(15%)は最大刺激強度を必要とし、最大刺激強度でも72名のうち24名(33%)は発作持続時間が足りないか、不発であったという報告がある(10)。脳波上のけいれん波が不十分であったり、不発である場合は、内服している抗けいれん作用のあるベンゾジアゼピンや抗けいれん薬の中止、けいれん域値を下げるECT通電前の過換気、ケタミン麻酔などへの変更(11)を検討する必要がある。<br>
 
(参考文献)
10) Krystal AD, Dean MD, Weiner RD, : ECT stimulus intensity: are present ECT devices too limited? Am J Psychiatry 157 : 963-7, 2000
10) Krystal AD, Dean MD, Weiner RD, : ECT stimulus intensity: are present ECT devices too limited? Am J Psychiatry 157 : 963-7, 2000
11) Krystal AD, Weiner RD, Dean MD, et al : Comparison of seizure duration, ictal EEG, and cognitive effects of ketamine and methohexital anesthesia with ECT. J Neuropsychiatry Clin Neurosci 15 : 27-34, 2003
11) Krystal AD, Weiner RD, Dean MD, et al : Comparison of seizure duration, ictal EEG, and cognitive effects of ketamine and methohexital anesthesia with ECT. J Neuropsychiatry Clin Neurosci 15 : 27-34, 2003
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