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==定義== | ==定義== | ||
半側空間無視とは、大脳半球病巣と反対側の刺激に対して、発見して報告したり、反応したり、その方向を向いたりすることが障害される病態である<ref name=ref1><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref>。脳梗塞や脳出血が大脳半球に生じた場合に起こることが多く、急性期を除けば右半球損傷後に生じる左半側空間無視がほとんどである。 | |||
==臨床症状== | ==臨床症状== | ||
急性期の重度の半側空間無視患者は、しばしばベッド上で頭部、眼球を右方へ向けている。正面を向いている場合でも、左側から声をかけても気づかず右側を探すことがある。食事を摂れるようになると、左側の皿に手を付けなかったり、茶碗の内容の右半分だけを食べたりする。更衣や読みにも半側空間無視の影響が現われる。車椅子とベッドまたはトイレの移乗では、左ブレーキをかけ忘れたり、左足をフットレストから降ろし忘れたりして転倒しやすい。移動時には、左側の物にぶつかりやすく、左側の部屋が見つからず行き過ぎ、曲がり角では行先によらず右折しやすい。 | |||
半側空間無視患者には、左側の見落としについての病識が欠如している。経過とともに、「左側を見落とすので注意しているようにしています」などと述べるようになる場合があるが、「自分ではきちんと見ているつもり」であり、真の病識は乏しい<ref name=ref2 /> <ref name=ref3 />。 | |||
==評価・検査== | ==評価・検査== | ||
半側空間無視の基本的検査法は、抹消試験、模写試験、線分二等分試験、描画試験であり、これらは、BIT行動性無視検査日本版(BIT)<ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>の通常検査に含まれている。後述する病巣部位とも関連するが、患者ごとに課題による得手不得手がみられ、どれか1つの検査をすれば十分ということはない。BIT通常検査は全て実施すべきである。典型的な検査結果を図1に示す。なお、BITには、日常生活場面を模した行動検査もあり、障害が出やすい場面を予測し、リハビリテーションの方針決定に役立てることができる。また、机上検査ではなく、生活障害を観察して評価する方法として、Catherine Bergego Scale<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref>がある。 | |||
==病態を理解するためのポイント== | ==病態を理解するためのポイント== | ||
===空間性注意と半側空間無視=== | ===空間性注意と半側空間無視=== | ||
空間性注意とは、外界と個体との空間的関係の中で、意識を適切な対象に集中し、また必要に応じて移動していく過程の総体をさす<ref name=ref2 /> <ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>。一側性の脳損傷によって空間性注意に左右方向のバイアスが生じた状態が半側空間無視の基本的な発現メカニズムである。 | |||
===なぜ「左」半側空間無視なのか=== | ===なぜ「左」半側空間無視なのか=== | ||
右利き者の大半において、右大脳半球は空間性注意において優位である。右半球は左右の空間に注意を向けることができるが、左半球は対側の右空間にしか注意を向けられないと考えられる<ref name=ref1 /> <ref name=ref2 /> <ref name=ref3 />。このため、右半球が損傷されると左空間に注意が向け難くなり、左半側空間無視が起こることになる。 | |||
===視野障害との違い=== | ===視野障害との違い=== | ||
半側空間無視は、頭部や視線の動きを許した状況下で生じる症状であり、同名半盲とは異なる。半側空間無視患者の視野は、明らかな欠損なし、左下四分盲、左同名半盲など様々である。一方、後頭葉内側面損傷などによる半側空間無視のない同名半盲患者は、視線を半盲側に動かすことにより視野障害を代償できる。これらのことから、半側空間無視と視野障害とは基本的に独立した障害と考えられる<ref name=ref2 /> <ref name=ref3 />。 | |||
===自己身体中心の無視と物体中心の無視=== | ===自己身体中心の無視と物体中心の無視=== | ||
探索的課題などで比較的広い空間を見渡す場合は、自己身体を中心とする座標系において、極端な端の方を除き、右側に反応しやすく左側を見落としやすい。一方、意識が特定の物体に集中すると、その物体の狭い範囲で右側に反応しやすく左側に反応しにくいという空間性注意の強い勾配が現れる<ref name=ref2 /> <ref name=ref3 />。これらの表現形として、左右に並んだ2本の花の絵の模写を行なうと、右1本だけを描く場合とそれぞれの右側を描く場合とがみられる。 | |||
==責任病巣と空間性注意の神経ネットワーク== | ==責任病巣と空間性注意の神経ネットワーク== | ||
半側空間無視の病巣として古典的に重要視されてきた病巣部位は、側頭-頭頂接合部(下頭頂小葉)付近である。しかし、半側空間無視の病巣は多様であり、前頭葉、後頭・側頭葉を含む後大脳動脈領域、視床、内包後脚など様々な部位が知られている。このような病巣の多様性と半側空間無視の障害要素に注目した Mesula<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>は、頭頂葉、前頭葉、帯状回と皮質下の視床、線条体、上丘などからなる空間性注意の神経ネットワーク仮説を提唱した。その後の神経心理学的研究の進歩を取り入れてまとめた空間性注意の神経ネットワークの模式図を図2に示す。空間性注意は、感覚性要素と運動性要素からなるとする考え方がある。感覚性要素を担うのが下頭頂小葉と考えられ、その損傷では、水平な線分の真ん中を見つける線分二等分試験などで半側空間無視が目立つ<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>。一方、運動性要素を担うのが下前頭回から中前頭回の後部と考えられ、その損傷では、標的を選択する探索課題で半側空間無視が目立つ。従来は、これらの皮質領域の病巣が重要視されてきたが、今日では、白質神経路が病巣に含まれることによるネットワークの機能障害も重要と考えられている<ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref>。白質神経路としては、上縦束ⅡとⅢの重要性が指摘されている。 | |||
==リハビリテーションと予後== | ==リハビリテーションと予後== | ||
リハビリテーションとしては、食事のトレイなど探索すべき範囲の左端に目印をつけ、口頭指示で左を向かせ、半側空間無視の重症度に応じた難易度の探索訓練を行う。その際に、すぐに探索をやめないように意欲や持続性を高める工夫も大切である。この他、左手が動くようであれば、自分で指を動かしてそれを見るspacio-motor cueing<ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref>、残存する感覚刺激に働きかける前庭刺激<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>、プリズム眼鏡により外界の視覚情報を右方にシフトさせた状況下で到達運動を繰り返すプリズム順応<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>なども半側空間無視改善のために行われる。また、半側空間無視があるなりに移乗動作等の日常生活動作を自立させるべく、訓練室と病棟で連携して行う機能的アプローチも欠かせない。半側空間無視があっても、移動能力に応じた環境整備を行い、危険物への衝突などのリスク管理を行えば、生活空間を限って在宅生活を送れるようになることが少なくない。一方、行動範囲の拡大は慎重に行わなければならない。特に、発症後1か月以上、半側空間無視が残存した場合は、自動車運転を禁止すべきである。 | |||
==文献 == | ==文献 == | ||
72行目: | 72行目: | ||
表2 Catherine Bergego Scale (CBS)日本語版 | 表2 Catherine Bergego Scale (CBS)日本語版 | ||
大島ら23)のCBS-Jに注釈を加えて引用した | 大島ら23)のCBS-Jに注釈を加えて引用した | ||
評価者の「観察」、患者の「自己評価」、両得点の差を「(半側空間無視に対する)病態失認」とする | |||
各項目得点:0:困難なし、1:時々あり、2:明らかにあり、3:左側の探求ができない | |||
0 1 2 3 | 0 1 2 3 | ||
93行目: | 93行目: | ||
表3 片麻痺に対する病態失認のスコア(文献24より引用) | 表3 片麻痺に対する病態失認のスコア(文献24より引用) | ||
0 | 0 自発的に、または、「具合はいかがですか」のような一般的質問に対して、片麻痺に関する訴えがある。 | ||
1 | 1 左上下肢の筋力に関する質問に対して、障害の訴えがある。 | ||
2 | 2 神経学的診察で運動麻痺があることを示すとその存在を認める。 | ||
3 | 3 運動麻痺を認めさせることができない。 | ||
表4 Feinbergら25)の(半側)身体失認検査法 | 表4 Feinbergら25)の(半側)身体失認検査法 | ||
1.検者は、患者の右側からアプローチする。まず、右上肢を持ち上げて、「これは何ですか?」と聞く。これに対して、患者は健常な右上肢を自分のものと正確に認知することが必要である。 | |||
2.次に、病巣と対側の左上肢を肘から持ち上げて、手と前腕を病巣と同側(右側)の半側空間に持ってくる。そして、再び「これは何ですか?」と聞く。その際、検者の手と前腕が患者の右半側空間に入らないように注意しなければならない。左上肢を自分のものと認知できない時、(言語性)身体失認と診断する。 | |||
3.左上肢の誤認として、妄想や作話がみられれば、それを記録する。 |