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Nagahisaokamoto (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
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<font size="+1">野田 隆政、岡本 長久</font><br> | <font size="+1">野田 隆政、岡本 長久</font><br> | ||
''国立精神・神経医療研究センター''<br> | ''国立精神・神経医療研究センター''''札幌鈴木病院''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年月日 原稿完成日:2014年月日<br> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年月日 原稿完成日:2014年月日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | ||
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===従来型ECTの誕生=== | ===従来型ECTの誕生=== | ||
電気けいれん療法(ElectroConvulsive Therapy ;ECT)は経皮的に頭部に通電を行うことで脳に人工的なけいれんを誘発し、治療効果を得ようとする治療法であり、精神神経疾患に古くから広く用いられてきた。<br> | 電気けいれん療法(ElectroConvulsive Therapy ;ECT)は経皮的に頭部に通電を行うことで脳に人工的なけいれんを誘発し、治療効果を得ようとする治療法であり、精神神経疾患に古くから広く用いられてきた。<br> | ||
精神疾患に有効な薬物がまだ発見されていなかった時代から、てんかんによるけいれん発作があった後に精神症状が改善することがあることが知られたいた。 | |||
人工的にけいれんを誘発して精神疾患を治療しようとする試みは18世紀頃から行われており、最初はけいれん誘発物質としてショウノウが用いられた。1931年、Medunaは統合失調症(旧精神分裂病)とてんかんの拮抗仮説に基づき、ショウノウ誘発性けいれんによる統合失調症治療を実施し有効性を確認した(1)。まもなくけいれん惹起物質としてショウノウにかわりペンチレンテトラゾールが用いられるようになったが、けいれん誘発前の不快感が生じるため、他の方法が求められていた。<br> | |||
精神症状に対し治療効果のあるけいれんを誘発するために、けいれんを惹起する薬剤ではなく確実性のある電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にCerlettiらによりはじめて報告された。彼らは屠殺場で通電することによりけいれんが誘発されることをヒントにしてヒトに応用し、身元不明の統合失調症患者に対し、電気による脳への通電によりけいれんを誘発するECTが見出された(2)。<br> | 精神症状に対し治療効果のあるけいれんを誘発するために、けいれんを惹起する薬剤ではなく確実性のある電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にCerlettiらによりはじめて報告された。彼らは屠殺場で通電することによりけいれんが誘発されることをヒントにしてヒトに応用し、身元不明の統合失調症患者に対し、電気による脳への通電によりけいれんを誘発するECTが見出された(2)。<br> | ||
このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療として1950~60年代にかけてECTが広く行われるようになり、同時にうつ病への治療効果も報告されるようになった。 | このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療として1950~60年代にかけてECTが広く行われるようになり、同時にうつ病への治療効果も報告されるようになった。 | ||
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===従来型ECTから修正型電気けいれん療法へ=== | ===従来型ECTから修正型電気けいれん療法へ=== | ||
麻酔や筋弛緩薬を使用せず施行する従来型ECTでは、施行前に患者に恐怖感があることとやけいれんに伴う脊椎等の骨折、呼吸器系・循環器系の副作用が少なからず起こることが問題視されていた。<br> | 麻酔や筋弛緩薬を使用せず施行する従来型ECTでは、施行前に患者に恐怖感があることとやけいれんに伴う脊椎等の骨折、呼吸器系・循環器系の副作用が少なからず起こることが問題視されていた。<br> | ||
次第に、施行前の患者の恐怖感に対しては、静脈麻酔薬であるチオペンタールやアモバルビタール等のバルビツール系の静脈麻酔薬が用いられるようになり、けいれん発作時の骨折事故を減らすため、通電後の脳のけいれん波出現時に全身けいれんが起こらないようにする工夫として筋弛緩薬が用いられるようにななったことで、静脈麻酔薬と筋弛緩薬を併用する修正型ECT(Modified ElectroConvulsive Therapy;mECT)の基盤が完成した。<br> | |||
筋弛緩薬については、1940年、Bennetらはクラレを使用したが(4)、作用時間が長いことが問題であったため、1952年、HolmbergとThesleffzらは、サクシニルコリン(succinylcholine ; SCC)の使用を提唱し(5) | 筋弛緩薬については、1940年、Bennetらはクラレを使用したが(4)、作用時間が長いことが問題であったため、1952年、HolmbergとThesleffzらは、サクシニルコリン(succinylcholine ; SCC)の使用を提唱し(5)、以後現在まで修正型ECTの標準的な筋弛緩薬として用いられている。 | ||
日本でも1958年、島薗らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされた(6)が、その後安全面を含めた評価、改良、一般化が不十分で、また患者に強制的に行う負のイメージが強いこともあり、薬物療法の発展とともに次第に第一線の治療から後退した。<br> | 日本でも1958年、島薗らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされた(6)が、その後安全面を含めた評価、改良、一般化が不十分で、また患者に強制的に行う負のイメージが強いこともあり、薬物療法の発展とともに次第に第一線の治療から後退した。<br> | ||
英国ではECTに関するガイドラインが刊行され(7)、米国でも、1975年に米国精神医学会(APA)がECTに関する専門委員会を設置し、1990年、2001年(8)に全体を網羅するガイドラインが刊行された。<br> | |||
1980年代、ようやく日本でも総合病院の一つの科としての精神科の位置づけが確立し、またリエゾン精神医学の進展に伴い、麻酔科医と連携した十分な酸素化と呼吸循環管理のもとで筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いて行うmECTが総合病院や大学病院を中心に拡がり、同時に手術に準じて患者や家族にインフォームドコンセントが行われることが一般的となったことで、ECTの安全性が高まるのと同時に、従来の負のイメージは徐々に払拭された。 | |||
わが国では日本総合病院精神医学会から精神科電気けいれん療法の実践指針が示され、同学会に電気けいれん療法の手技や適応基準の検討を行う小委員会が設置された。2000年、本橋らによりわが国初めてのECTマニュアルが出版され(9)、2002年には全国自治体病院協議会が電気けいれん療法の仕様に関する提言を行い、修正型での運用が強く推奨されている。<br> | |||
(参考文献) | (参考文献) | ||
4) Bennet AE : Preventing traumatic complications in convulsive therapy by curare. JAMA 1940 ; 114 :322-324<br> | 4) Bennet AE : Preventing traumatic complications in convulsive therapy by curare. JAMA 1940 ; 114 :322-324<br> | ||
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通電のためのECT機器としては、従来、交流正弦波(サイン波)治療器が用いられてきた。サイン波治療器は電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を生理食塩水で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器であった。<br> | 通電のためのECT機器としては、従来、交流正弦波(サイン波)治療器が用いられてきた。サイン波治療器は電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を生理食塩水で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器であった。<br> | ||
欧米では、1980年代より、サイン波治療器より安全性の高い定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が用いられるようになり、わが国への導入推進の動きが本橋らを中心に行われ、2002年に日本でパルス波治療器が認可され導入された。<br> | 欧米では、1980年代より、サイン波治療器より安全性の高い定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が用いられるようになり、わが国への導入推進の動きが本橋らを中心に行われ、2002年に日本でパルス波治療器が認可され導入された。<br> | ||
現在主に使用されているものはサイマトロン(Thymatron®)と呼ばれるパルス波治療器で、短パルス矩形波(パルス波)を通電することで、従来の刺激装置であるサイン波治療器の約1/ | 現在主に使用されているものはサイマトロン(Thymatron®)と呼ばれるパルス波治療器で、短パルス矩形波(パルス波)を通電することで、従来の刺激装置であるサイン波治療器の約1/3程度のエネルギー量でけいれんを誘発することができるため、循環器系副作用、通電後の認知機能障害などが低減し、更にECTの安全性が向上している。<br> | ||
またECTの手順の標準化や安全性のさらなる向上のため、定電流短パルス矩形波治療器の使用にあたり、近年はECT治療施行者に対する精神科関連学会を中心に運営するECTトレーニングセミナーの受講が義務付けられ、使用法についても標準化されたことで、強い高齢者や身体合併症のある精神疾患患者にもECT治療がより安全に行われるようになっている。<br> | |||
==ECTの作用機序== | ==ECTの作用機序== | ||
ECTの効果は電流通電そのものの効果ではなく、むしろ脳波上の発作を誘発することに起因する。通電によるけいれん発作時には脳血流と脳代謝が増加し、発作後数日間は抑制され、けいれん発作による脳の血流量のパターンや脳代謝の変化が起きることが知られており、前頭葉を主体とした早期の抗けいれん効果との関連が示唆されている。また近年は、内側側頭葉を主体とした神経栄養効果を介した細胞新生や神経回路成長の促進等が想定されている(12)。<br> | |||
従来、抗うつ効果との関連から、ECTの効果発現にかかわる可能性のある物質として、神経伝達物質やその受容体への直接的影響や細胞内情報伝達系に与える影響が注目され、コルチゾール、副腎皮質刺激ホルモン、コルチコトロピン放出因子、甲状腺刺激ホルモン、プロラクチン、オキシトシン、バソプレッシン、dehycroepiandrosterone sulfate、tumor necrosis factor α等のECTによる変化が報告されてきた(13)。<br> | 従来、抗うつ効果との関連から、ECTの効果発現にかかわる可能性のある物質として、神経伝達物質やその受容体への直接的影響や細胞内情報伝達系に与える影響が注目され、コルチゾール、副腎皮質刺激ホルモン、コルチコトロピン放出因子、甲状腺刺激ホルモン、プロラクチン、オキシトシン、バソプレッシン、dehycroepiandrosterone sulfate、tumor necrosis factor α等のECTによる変化が報告されてきた(13)。<br> | ||
またgamma-aminobutyric acid(GABA)もmagnetic resonance spectoscopyを用いた研究で、ECT後増加することが示されており(14)、ECTの施行を繰り返すとけいれん時間の減少やけいれん閾値の上昇がみられ、脳内におけるGABAの増加が関係している可能性がある。<br> | またgamma-aminobutyric acid(GABA)もmagnetic resonance spectoscopyを用いた研究で、ECT後増加することが示されており(14)、ECTの施行を繰り返すとけいれん時間の減少やけいれん閾値の上昇がみられ、脳内におけるGABAの増加が関係している可能性がある。<br> | ||
近年、ECTの神経保護作用が注目されるようになり、神経細胞の可塑性、再生、維持に関わる神経栄養因子であるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)を強化する働きと内側側頭葉を中心とした神経栄養効果が注目されるようになった(15)。<br> | |||
うつ病患者ではメタ解析でもECT治療後のBDNFの増加が確認されており(16)、BDNF増加とHAM-D総得点減少が相関するという報告も存在する。また霊長類を用いた研究では、ECTにより海馬での神経新生が促進されたことが報告されている(17)。<br> | うつ病患者ではメタ解析でもECT治療後のBDNFの増加が確認されており(16)、BDNF増加とHAM-D総得点減少が相関するという報告も存在する。また霊長類を用いた研究では、ECTにより海馬での神経新生が促進されたことが報告されている(17)。<br> | ||
このようにECTの有効性における作用機序についての検討は多く行われいくつかの有力な仮説は提示されているものの、現在までECTの明確な作用機序は明らかにされていない。 | このようにECTの有効性における作用機序についての検討は多く行われいくつかの有力な仮説は提示されているものの、現在までECTの明確な作用機序は明らかにされていない。 | ||
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==ECTの適応と禁忌== | ==ECTの適応と禁忌== | ||
===ECTの適応=== | ===ECTの適応=== | ||
2015年米国精神医学会は「ECTは、安全かつ有効なエビデンスに基づく医療であり、適切に適応を選択された患者のために、適切な資格のある精神科医によって行われるとき、ECTはAPAによって支持される」という声明を発表している。<br> | |||
米国APAによるECTの適応(8)は広く、わが国においても本橋らが報告する日本精神神経学会ECT検討委員会適応および日本総合病院精神医学会ECT委員会のECTの推奨事項に関する推奨事項(18)においても比較的幅広い適応となる診断と状況が記載されているが、英国NICE(The National Institute of Health and Clinical Excellenc)は、ECTは重症うつ病、薬物治療抵抗性の重症躁病、または緊張病のみに用いられるべきであるとしている。<br> | |||
まだ十分なエビデンスは確立しておらず研究的な要素が存在するものの、難治性で緊急性を要すパーキンソン病やレビー小体型認知症、悪性症候群、慢性疼痛、難治性強迫性障害の治療にも臨床的に用いられることがあり有効性を認めることがあるものの、ECTが臨床的治療で主に適応となる疾患として世界的にコンセンサスのあるものはうつ病や躁うつ病のうつ状態、治療抵抗性躁状態、治療抵抗性統合失調症や緊張病症候群であり、その診断と症状特性や重症度などの状態像の組み合わせからECTの適応を判断することになる。<br> | |||
たとえば、うつ病はECTの主要な適応となる疾患であるが、軽症であれば基本的にECTが選択されることはない。ECTの一次的適応が考慮される状態として、食事摂取困難や拒食による低栄養・脱水が進行し生命にかかわる可能性がある場合、自殺企図など患者に生命の危険の差し迫った重篤な症状が存在し迅速な症状改善を要する場合など、抗うつ薬が効いてくるまでの時間的余裕がない場合にはECTの優先順位は高くなりECTは切り札的な治療として実施されることがある。また、薬物療法のリスクや催奇形性が問題となる妊娠、薬物忍容性の乏しい高齢者、薬物療法の副作用や身体合併症など他の治療よりECTのほうが高い安全性があると考えられる場合もECTが考慮される。ECTの二次的な適応としては、過去の薬物療法への強い治療抵抗性があり長期にうつ症状が遷延している場合、薬物治療の副作用が強く十分な薬物療法が行えず忍容性においてECTが優れる場合などはECTの適応が検討されることがある。<br> | |||
統合失調症では、同様に治療抵抗性で生命にかかわるような緊張病や昏迷状態、精神症状による著しい焦燥感・興奮・錯乱がある場合、強い希死念慮がある場合等に適応が検討されることがある。また、いずれの疾患でも過去のECTが効果的であった治療歴、患者本人の希望は治療方針の決定において重要となる。<br> | 統合失調症では、同様に治療抵抗性で生命にかかわるような緊張病や昏迷状態、精神症状による著しい焦燥感・興奮・錯乱がある場合、強い希死念慮がある場合等に適応が検討されることがある。また、いずれの疾患でも過去のECTが効果的であった治療歴、患者本人の希望は治療方針の決定において重要となる。<br> | ||
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18)本橋伸高, 粟田主一, 一瀬邦弘ほか: 電気けいれん療法(ECT)推奨事項 改訂版. 精神神経学雑誌 115: 586-600, 2013. <br> | 18)本橋伸高, 粟田主一, 一瀬邦弘ほか: 電気けいれん療法(ECT)推奨事項 改訂版. 精神神経学雑誌 115: 586-600, 2013. <br> | ||
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アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association; APA)は、ECT導入に際しての絶対的禁忌はないとしながらも、ECTのリスクが増す状態として相対的禁忌を定義している(8)。<br> | アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association; APA)は、ECT導入に際しての絶対的禁忌はないとしながらも、ECTのリスクが増す状態として相対的禁忌を定義している(8)。<br> | ||
わが国で用いられているサイマトロン(Thymatron®)の添付文書でもこれらが反映され、原則として禁忌となる疾患や状態として、①最近起きた心筋梗塞、不安定狭心症、非代償性うっ血性心不全、重度の心臓弁膜症のような不安定で重度の心血管系疾患、②血圧上昇により破裂する可能性のある動脈瘤または血管奇形、③脳腫瘍その他の脳占拠性病変により生じる頭蓋内圧亢進、④最近起きた脳梗塞、⑤重度の慢性閉塞性肺疾患、喘息、肺炎のような呼吸器系疾患、⑥米国麻酔学会水準4または5と評価される状態(ECTにより脳出血後まもない患者では再出血の危険性がある、発作による交感神経系の活性化による血圧上昇、頻脈により最近起きた心筋梗塞患者では心室性不整脈や心破裂の危険性がある、修正型ECTは麻酔下において治療が行われるため麻酔危険度を設定する必要がある)が挙げられている。またECTとの併用禁忌として、深部脳刺激装置(deep brain stimulation: DBS)が埋め込まれている場合が挙げられている。<br> | わが国で用いられているサイマトロン(Thymatron®)の添付文書でもこれらが反映され、原則として禁忌となる疾患や状態として、①最近起きた心筋梗塞、不安定狭心症、非代償性うっ血性心不全、重度の心臓弁膜症のような不安定で重度の心血管系疾患、②血圧上昇により破裂する可能性のある動脈瘤または血管奇形、③脳腫瘍その他の脳占拠性病変により生じる頭蓋内圧亢進、④最近起きた脳梗塞、⑤重度の慢性閉塞性肺疾患、喘息、肺炎のような呼吸器系疾患、⑥米国麻酔学会水準4または5と評価される状態(ECTにより脳出血後まもない患者では再出血の危険性がある、発作による交感神経系の活性化による血圧上昇、頻脈により最近起きた心筋梗塞患者では心室性不整脈や心破裂の危険性がある、修正型ECTは麻酔下において治療が行われるため麻酔危険度を設定する必要がある)が挙げられている。またECTとの併用禁忌として、深部脳刺激装置(deep brain stimulation: DBS)が埋め込まれている場合が挙げられている。<br> | ||
明確な禁忌ではないが、リチウムはてんかんなどの脳波異常には禁忌とされ、ECTにより急激に脳内濃度が上昇し、術中の心室性不整脈リスクや術後せん妄を悪化させる可能性があり中止する必要がある。抗てんかん薬やベンゾジアゼピン系薬剤は、ECTとの併用禁忌ではないが抗けいれん作用によりけいれんを生じにくくするので漸減中止することが望ましい。<br> | |||
==ECTの有効性とその特徴== | ==ECTの有効性とその特徴== | ||
===ECTの各疾患への有効性=== | ===ECTの各疾患への有効性=== | ||
近年は精神科でもエビデンスベースドメディスンが重要視され、各国で精神科治療アルゴリズムが作成され、難治性うつ病や重症うつ病へのECTの治療的位置付けがある程度明確化されてきている。<br> | |||
うつ病に対するECTの効果のメタ解析では、プラセボ、模擬ECT、経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation: TMS)、抗うつ薬のいずれにもECTの有効性が勝っていることが示されている(19,20,21,22)。<br> | うつ病に対するECTの効果のメタ解析では、プラセボ、模擬ECT、経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation: TMS)、抗うつ薬のいずれにもECTの有効性が勝っていることが示されている(19,20,21,22)。<br> | ||
各抗うつ薬との比較では、ECTと三環形抗うつ薬(tricyclic antidepressants : TCA)やmonoamine oxidase inhibitors(MAOI)を比較した研究でTCAやMAOIよりECTの方が有効性が高いことが示されてきた。新規抗うつ薬とECTを比較した研究は少ないが、Folkertsらによる治療抵抗性うつ病患者を対象としたECTと新規抗うつ薬のparoxetineを比較した研究では、ECT群で59%、paroxetine群で29% のうつ状態の改善を認め、ECT群でより高い反応率(71%でHAM-D総得点の50%減少)を認めている(23)。<br> | 各抗うつ薬との比較では、ECTと三環形抗うつ薬(tricyclic antidepressants : TCA)やmonoamine oxidase inhibitors(MAOI)を比較した研究でTCAやMAOIよりECTの方が有効性が高いことが示されてきた。新規抗うつ薬とECTを比較した研究は少ないが、Folkertsらによる治療抵抗性うつ病患者を対象としたECTと新規抗うつ薬のparoxetineを比較した研究では、ECT群で59%、paroxetine群で29% のうつ状態の改善を認め、ECT群でより高い反応率(71%でHAM-D総得点の50%減少)を認めている(23)。<br> | ||
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58)Frederikse M, Petrides G, Kellner C: Continuation and maintenance electroconvulsive therapy for the treatment of depressive illness: a response to the National Institute for Clinical Excellence report. J ECT 22: 13-17, 2006<br> | 58)Frederikse M, Petrides G, Kellner C: Continuation and maintenance electroconvulsive therapy for the treatment of depressive illness: a response to the National Institute for Clinical Excellence report. J ECT 22: 13-17, 2006<br> | ||
=== | ===実施方法、発作によるECTの効果の差異=== | ||
パルス波治療器でのECTは標準的施行方法では約8秒間の通電を行い、通電により、脳神経細胞の脱分極を生じさせ、全般発作が誘発される。一般的に脳波上の発作はてんかんの強直間代発作と類似し、発作初期は、多棘波と低電位速波が出現し、その後の発作の進行により脳全体に高電位多棘徐波が律動的に出現する。発作が終了すると脳波は一時的に平坦化し発作後抑制期に移行する。ECTクール終了後は4-6週間程度の全般性の徐波化を認めることがるが徐々に正常化する。 | |||
ECTの効果はその発作誘発の実施方法に影響を受け、ECTの効果に影響を与える因子として、刺激用量、電極配置部位、治療波の波形がある。<br> | |||
刺激用量は高いほど効果があるが、副作用である認知障害を起こす確率は高くなる(59)。有効な発作波では、規則的な律動性のある左右対称の高振幅徐波が約25秒以上、かつ十分な脳波上の発作後抑制がみられる。25秒以上のけいれん誘発は必須とされるがけいれん時間と効果は比例しないことが分かっており、むしろ十分な効果のあるエネルギー量ではけいれん時間は減少する。片側性ECTで両側性ECTと同様の効果を得るためにはより高い刺激用量が必要とされる。初回治療の刺激強度の設定には、半年齢法(年齢の半分程度の電気量で例えば60歳であれば30%)が用いられることが多いが、閾値滴定法(けいれん閾値決定し両側性では閾値の1.5~2倍、右片側性2.5~6倍閾値で行う)が用いられることもある。わが国のサイマトロンでの通電は最大100J の電気量を用いることができるが、通常は半年齢法による刺激強度で開始し、発作波の質や治療効果、治療継続に伴うけいれん閾値の上昇により漸次調整していくことが多い。 | |||
電極配置は、両側性と片側性があり、両側性の場合は左右半球に通電され、片側性の場合は通常右半球に行われ右半球だけに通電されるが、共に通電による脳全体の発作誘発が可能である。両側性の方が片側性よりも効果が高いとする報告が多く、現在は世界的に両側性ECTが主流を占める。しかし十分な刺激用量での右片側性ECTは両側性と比較し効果に差がなく、認知機能への影響が少ないのでより望ましいという報告もある(60)。 | |||
波形については、パルス波刺激とサイン波刺激の両者で効果に有意な差を認めなかったとするメタ解析があるが(59)、ECT麻酔薬として良く用いられているチオペンタールなどのバルビツレート系麻酔薬はもちろん、プロポフォールなどの非バルビツレート系麻酔薬も少なからず抗けいれん作用を持ち、パルス波治療器の普及とともに、パルス波治療器の最大刺激電流量(100%)を用いても脳波上のけいれん波が誘発されない症例が少なからず存在することが分かってきた。バルビツレート系麻酔薬であるメトヘキシタールでECTを受けた471名の患者のうち72人(15%)は最大刺激強度を必要とし、最大刺激強度でも72名のうち24名(33%)は発作持続時間が足りないか、不発であったという報告がある(10)。脳波上のけいれん波が不十分であるか不発である場合は、内服している抗けいれん作用のあるベンゾジアゼピンや抗けいれん薬の中止、けいれん域値を下げるECT通電前の過換気、ケタミン麻酔などへの変更(11)を検討する必要がある。<br> | |||
59)UK ECT Review Group: Efficacy and safety of electroconvulsive therapy in depressive disorders: a systematic review and meta-analysis. Lancet 361: 799-808, 2003 | 59)UK ECT Review Group: Efficacy and safety of electroconvulsive therapy in depressive disorders: a systematic review and meta-analysis. Lancet 361: 799-808, 2003 | ||
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==ECTの副作用== | ==ECTの副作用== | ||
===致死的副作用=== | ===致死的副作用=== | ||
ECTによる最も重篤な副作用は死亡であり、概ね5~8万治療回数に1回程度の頻度とされ(8,54,61, | ECTによる最も重篤な副作用は死亡であり、概ね5~8万治療回数に1回程度の頻度とされ(8,54,61,62)、これは全身麻酔や歯科麻酔の危険率にほぼ相当するとされる。1クールで計5~8回の治療を受けると仮定すると、1クールを施行することでの死亡リスクは1万クールに1回程度と推測され、主な死因はけいれん直後や回復期の心血管系合併症(63,64)や嘔吐に伴う窒息(65)によると考えられ、リスク評価や絶食の徹底などECT前管理が重要である。 | ||
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61) Abrams R : The mortality rate with ECT. Convulsive Ther, 13 :125-127, 1997<br> | 61) Abrams R : The mortality rate with ECT. Convulsive Ther, 13 :125-127, 1997<br> | ||
62) Shiwach RS1, Reid WH, Carmody TJ. An analysis of reported deaths following electroconvulsive therapy in Texas, 1993-1998.Psychiatr Serv. 2001 Aug;52(8):1095-7. | 62) Shiwach RS1, Reid WH, Carmody TJ. An analysis of reported deaths following electroconvulsive therapy in Texas, 1993-1998.Psychiatr Serv. 2001 Aug;52(8):1095-7. | ||
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===心血管系合併症=== | ===心血管系合併症=== | ||
通電中と通電直後には、通電による迷走神経の直接刺激から副交感神経が優位なり、発作中は交感神経が、発作終了後には再び副交感神経優位となる(9)。通電直後の副交感神経優位状態では徐脈、洞停止、血圧低下などが一過性に出現しやすく、発作中の交感神経優位状態では、頻脈・高血圧出現しやすく、発作終了後には再び徐脈や不整脈が出現しやすい。このような短時間の内に急激に生じる生理学的変化に対して、ECT中は麻酔科医によるバイタルモニターと全身管理が必要になる。また、ECT中の徐脈性不整脈、血圧低下、口腔内分泌の増大などの副交感神経反応を抑制するため、抗コリン薬である硫酸アトロピン0.1mg/kg静脈内投与を麻酔導入数分前に行うことがある。高血圧に対しては高血圧症を合併症に持つ場合は朝の降圧剤を服用し、必要に応じてジルチアゼム・ニカルジピン等のカルシウム拮抗薬をECT直前か直後に静注する。特に従来からの心血管系合併症を持つ患者では十分な注意が必要である。<br> | |||
===認知機能障害=== | ===認知機能障害=== | ||
ECTの副作用として出現する認知機能障害には発作後錯乱、発作間せん妄、健忘がある(66)。<br> | ECTの副作用として出現する認知機能障害には発作後錯乱、発作間せん妄、健忘がある(66)。<br> | ||
発作後錯乱(発作後せん妄)は、通常ECT麻酔覚醒後数分以内に簡単や従命や会話が可能となるところ、ECT麻酔覚醒時に数分から数時間の精神運動性興奮や失見当識を伴う錯乱状態を示すもので、リカバリー時の慎重な観察を要し、安心できる声かけや静かな環境でのリカバリーが重要である。著しく興奮が強い場合は、静脈麻酔薬の再投与やミダゾラム、ジアゼパム等のベンゾジアゼピンの追加投与が必要となる場合がある。<br> | |||
発作間せん妄は、ECT治療を続けている間、せん妄状態を呈することがあるが、一般的には治療終了とともに速やかに消失するものであり、ECTの継続が望ましい場合はやむを得ず抗精神病薬などでせん妄治療を行う必要がある。<br> | 発作間せん妄は、ECT治療を続けている間、せん妄状態を呈することがあるが、一般的には治療終了とともに速やかに消失するものであり、ECTの継続が望ましい場合はやむを得ず抗精神病薬などでせん妄治療を行う必要がある。<br> | ||
健忘は前向性健忘と逆行性健忘があり、共にECT終了後数日から数週で消失することが多いが、前向性健忘は速やかに回復するのに対し、逆行性健忘は回復に比較的時間がかかることがあり、時にECT治療中や開始直前の記憶は欠けたままのこともある。逆行性健忘は、ECT施行前の全般的認知機能障害を伴う場合や、ECT施行直後の失見当識の持続時間が長いほど起こりやすいとされる(74)。また、エピソード記憶より意味記憶のほうが、遠隔記憶より近時記憶のほうがが障害されやすい(67)ことが知られている。<br> | 健忘は前向性健忘と逆行性健忘があり、共にECT終了後数日から数週で消失することが多いが、前向性健忘は速やかに回復するのに対し、逆行性健忘は回復に比較的時間がかかることがあり、時にECT治療中や開始直前の記憶は欠けたままのこともある。逆行性健忘は、ECT施行前の全般的認知機能障害を伴う場合や、ECT施行直後の失見当識の持続時間が長いほど起こりやすいとされる(74)。また、エピソード記憶より意味記憶のほうが、遠隔記憶より近時記憶のほうがが障害されやすい(67)ことが知られている。<br> | ||
認知機能障害の頻度は、片側性より両側性が、刺激強度が低用量より高用量の方が、パルス波よりサイン波の方が、認知障害の頻度が高いとされる(21,68)。その他、治療回数が多い、治療間隔が短い、患者年齢が高い、既存の認知障害の存在は認知機能障害のリスクの増加に関連する。<br> | 認知機能障害の頻度は、片側性より両側性が、刺激強度が低用量より高用量の方が、パルス波よりサイン波の方が、認知障害の頻度が高いとされる(21,68)。その他、治療回数が多い、治療間隔が短い、患者年齢が高い、既存の認知障害の存在は認知機能障害のリスクの増加に関連する。<br> | ||
認知機能障害が出現した時は、治療の中断、両側性から右片側性への電極配置の変更、治療頻度の引き下げ、治療有効性を損ねない程度の刺激強度の引き下げ、認知障害に関与している併用薬剤の見直し等の対策(8.9,54)が行われることが望ましい。<br> | |||
記憶障害はECT中の低酸素と関係があり、ECT刺激前の十分な酸素化が重要である(69)。またケタミン麻酔は神経保護作用を持ち、認知機能障害を低減する可能性が示唆されている(70.71)。<br> | 記憶障害はECT中の低酸素と関係があり、ECT刺激前の十分な酸素化が重要である(69)。またケタミン麻酔は神経保護作用を持ち、認知機能障害を低減する可能性が示唆されている(70.71)。<br> | ||
認知機能障害はECTコース中に生じやすいがECT終了して約2週間経過すると治療前の水準以上となるという報告(72)があり、うつ病そのものによる認知障害はECTによるうつ症状の改善とともに回復するため、鑑別しなければならない。<br> | 認知機能障害はECTコース中に生じやすいがECT終了して約2週間経過すると治療前の水準以上となるという報告(72)があり、うつ病そのものによる認知障害はECTによるうつ症状の改善とともに回復するため、鑑別しなければならない。<br> | ||
副作用としての認知障害を正しく評価するためには、ECT前の認知症などの認知機能障害の合併を把握しておく必要があり、ECT施行前の認知機能評価が重要である。<br> | 副作用としての認知障害を正しく評価するためには、ECT前の認知症などの認知機能障害の合併を把握しておく必要があり、ECT施行前の認知機能評価が重要である。<br> | ||
ECTの反復施行による認知機能障害の進行は否定的に考えられており(73)、MRIやCTを用いたECTによる脳構造への障害についてのメタ解析では、脳構造への障害は示されなかった(69)。<br> | ECTの反復施行による認知機能障害の進行は否定的に考えられており(73)、MRIやCTを用いたECTによる脳構造への障害についてのメタ解析では、脳構造への障害は示されなかった(69)。<br>またサイン波治療器で100回以上の両側性修正型ECTを受けた8名の患者とECTとECTを受けたことのない患者の比較研究でも、認知機能に差はなかったという報告がある(75)。 | ||
66)Beyer JL, Weiner RD, Glenn MD : Electroconvulsive therapy. A programmed test 2 nd, American Psychiatric Press, Washington DC, 1998<br> | 66)Beyer JL, Weiner RD, Glenn MD : Electroconvulsive therapy. A programmed test 2 nd, American Psychiatric Press, Washington DC, 1998<br> | ||
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===その他の合併症=== | ===その他の合併症=== | ||
その他の合併症では、ECTの通電直後の副作用として、遷延性けいれん、けいれん重積、遷延性無呼吸があり、ECTからの覚醒後に出現し数時間持続することがある副作用として、頭痛、筋肉痛、嘔気がある(66)。<br> | その他の合併症では、ECTの通電直後の副作用として、遷延性けいれん、けいれん重積、遷延性無呼吸があり、ECTからの覚醒後に出現し数時間持続することがある副作用として、頭痛、筋肉痛、嘔気がある(66)。<br> | ||
遷延性けいれんは、通常2分未満で終了するけいれんが2分以上(8)ないし3分以上(54)続く場合で、筋弛緩薬により運動成分が目立たないことがあるため脳波モニターで判断する。テオフィリンなどのけいれん誘発物質やリチウムの使用、電解質異常、1回の治療内での複数回の刺激、若年者、初回治療(投与電気量が不明) | 遷延性けいれんは、通常2分未満で終了するけいれんが2分以上(8)ないし3分以上(54)続く場合で、筋弛緩薬により運動成分が目立たないことがあるため脳波モニターで判断する。テオフィリンなどのけいれん誘発物質やリチウムの使用、電解質異常、1回の治療内での複数回の刺激、若年者、初回治療(投与電気量が不明)などではより出現しやすいとされる。処置としては、酸素投与を続け、麻酔薬を追加するか抗けいれん作用のあるミタゾラムやジアゼパム等を静脈内投与する。<br> | ||
遅発性けいれんは稀であり、ECT終了後の自発的なけいれんの頻度は一般人口と差がないとされる。<br> | 遅発性けいれんは稀であり、ECT終了後の自発的なけいれんの頻度は一般人口と差がないとされる。<br> | ||
遷延性無呼吸は、サクシニルコリンの代謝障害に伴い起こりうるまれな副作用である。患者の自発呼吸が回復し安定するまでの間の手動換気や気管内挿管が必要となる。<br> | |||
頭痛は、ECT後約半数弱が自覚する最も頻度の多い副作用で、側頭筋や咬筋の通電による収縮や脳循環動態変化による疼痛と考えられ、非ステロイド系消炎鎮痛剤に反応しやすい。<br> | |||
筋肉痛は通電による筋肉の収縮やサクシニルコリンによる筋線維束攣縮によると考えられる。ほとんどが一過性であるが、持続性のものではサクシニルコリンの量を減量するか、筋弛緩薬を臭化ベクロニウムなどに変更する。<br> | |||
嘔気は、麻酔薬、けいれん発作、手動換気時に胃内に流入した空気などの影響によると考えられ、嘔気が強い場合はメトクロプラミド、ドンペリドンや制吐作用のあるフェノチアジン系抗精神病薬を使用する。誤嚥予防に前日の絶飲食と制酸剤による前処置が重要である。<br> | |||
歯科的損傷は、咬筋の収縮により歯や口腔内の損傷が起こり得るため、ECTの術前検査として口腔内診察を行い、また通電前にバイトブロックを使用することが重要である。<br> | 歯科的損傷は、咬筋の収縮により歯や口腔内の損傷が起こり得るため、ECTの術前検査として口腔内診察を行い、また通電前にバイトブロックを使用することが重要である。<br> | ||
うつ状態に対するECT治療中に躁転が出現することがある(76)。この場合、ECTの抗躁効果を期待してさらにECTを継続する場合と、ECTを終了し薬物療法に変更する場合がある。ただし躁転はECT後の軽度の意識障害による脱抑制との鑑別が難しいことがあり、認知機能や脳波の評価が重要である。<br> | うつ状態に対するECT治療中に躁転が出現することがある(76)。この場合、ECTの抗躁効果を期待してさらにECTを継続する場合と、ECTを終了し薬物療法に変更する場合がある。ただし躁転はECT後の軽度の意識障害による脱抑制との鑑別が難しいことがあり、認知機能や脳波の評価が重要である。<br> | ||
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==mECTの実際== | ==mECTの実際== | ||
===ECTの同意=== | ===ECTの同意=== | ||
精神医学的病歴・症状と薬物治療抵抗性の十分な評価に基づき、精神症状に対する適応の判断が慎重に行われECTの適応が確認された場合、ECTが実施できる全身状態の確認後、患者および家族へのインフォームドコンセントを行う。 | |||
2005年に世界保健機関(WHO)が、ECTは患者本人からのインフォームドコンセント、あるいは同意能力の欠如が明らかな場合は保護者からのインフォームドコンセントを得た場合のみに使用されるべきであると勧告しており、これらが欠如した状態でECTを施行してはならない。手術同意と同様に文書を用いて、本人や保護者に口頭で説明し、署名による同意を得る。医療保護入院や措置入院等で本人に同意能力がない場合は、保護者に説明して同意を得ることになるが、病状の回復とともに同意能力が回復した場合には、本人にも十分な説明をすることが望ましい。 | |||
説明すべき重要な点には、臨床経過とECTの適応理由、現在の状態に対するECTの想定される有効性と限界、ECT以外の代替治療の可能性、ECT後の薬物療法などの継続治療の必要性、ECTの手順、副作用および生命への危険性とその際の緊急的処置と行動制限の可能性、同意撤回の自由がある(7,8,9,66)。 | |||
===前日までの術前検査・前処置=== | |||
===前日までの術前検査・前処置=== | 術前検査として、既往歴やアレルギーの問診、内科学的診察、口腔や歯科的診察、神経学的診察、簡単な認知機能検査に加え、血算・一般生化学検査、心電図、胸腹部レントゲン、頭部画像検査、脳波検査を行い、既往歴や合併症に応じてさらに追加検査を実施し、麻酔科医による問診と麻酔リスク評価を行っておく。 | ||
リチウムを服用している場合は中止し、抗けいれん薬やベンゾジアゼピン系薬剤も施行前に漸減や中止をしておくことが望ましい。嘔吐による誤嚥や窒息を予防するため、ECT治療開始の少なくとも6時間前からの固形物の中止、少量の水と必要な薬物以外の2時間前からの中止が推奨(18)されており、例えば午前中施行する場合は前日夜から、午後に施行する場合は当日朝からの絶食とする必要がある。当日朝薬は降圧剤など必要最小限に留め、必要に応じて施行前に胃酸の誤嚥を防止のため制酸剤内服等を行う。 | |||
==ECTの手順== | |||
修正型電気けいれん療法の普及とともに手術室やECT専用ユニットでECTが実施されている施設が標準的となっている。国立精神神経医療研究センター病院のECT専用ユニット(図1)では、ECTを安全かつ効率よく実施するためにECT前室、ECT処置室、ECTリカバリー室が設置されている。ECT処置室には、100%酸素で陽圧換気が行うことのできる麻酔器、バイタサイン、心電図、酸素飽和度の自動モニター、ECT治療器、気管内挿管や万一の急変時に備える除細動器などが配置されている。 | |||
当日病棟で排尿をすませ、バイタルサインの測定を行い、口腔内異物やバイトブロックや換気で抜けそうな歯や口腔内を傷つける可能性のある孤立した尖った歯の再確認、義歯、コンタクトレンズ、貴金属装飾品などを装着していないかの確認を行った後、ストレッチャーでECT処置室へ移動する。 | |||
ECT処置室では、精神科医師、麻酔科医師、看護師がそれぞれ処置を行う。 | |||
静脈ルートを確保し、呼吸循環モニターのため血圧計、心電図電極、パルスオキシメーターを、通電による発作を確認するためパルス波治療器の脳波電極、筋電図電極を装着する。通電刺激電極シール装着部位の皮膚は生理食塩水で湿らせたガーゼで良く拭き、皮膚電気抵抗軽減のためにPRE TACを皮膚に塗って乾かし、同部に通電を行うための刺激電極シール(サイマパッド)装着し、インピーダンスを測定する。皮膚抵抗値が適切であるかどうか3000Ω以下であることを確認し、刺激変数を設定する。 | |||
100%酸素による十分な酸素投与を行いながら、麻酔科医が短時間作用型のthiopentalやpropofol等の静脈麻酔薬を投与し麻酔導入を行い、必要に応じて副交感神経反応抑制のための硫酸アトロピンの追加投与を行う。とSCC等の筋弛緩薬の投与後、手動換気に切り替える。 | |||
精神科医はパルス波治療器であるサイマトロン(図2)の刺激強度を設定する。 | |||
精神科医はパルス波治療器であるサイマトロン(図2) | |||
筋弛緩と十分な酸素投与が確認された後、咬傷の予防のためマウスガード(バイトブロック)を口内に挿入し、再度抵抗値が3000Ω以下であることを確認してから、通電ボタンを押し通電を開始する。通電終了後自動的に脳波が記録され、脳波上のけいれん(図2)を確認する。 | 筋弛緩と十分な酸素投与が確認された後、咬傷の予防のためマウスガード(バイトブロック)を口内に挿入し、再度抵抗値が3000Ω以下であることを確認してから、通電ボタンを押し通電を開始する。通電終了後自動的に脳波が記録され、脳波上のけいれん(図2)を確認する。 | ||
通電後は、麻酔科医は十分な酸素投与の継続とともに、交感神経、副交感刺激による脈拍や血圧の変化等の全身反応に対し必要な処置を行う。 | 通電後は、麻酔科医は十分な酸素投与の継続とともに、交感神経、副交感刺激による脈拍や血圧の変化等の全身反応に対し必要な処置を行う。 | ||
筋弛緩薬と静脈麻酔薬がきれて、自発呼吸再開後、3リットル程度の酸素を投与継続し、バイタルサインの正常化、簡単な会話など意識レベルの回復を確認したのち、医師や看護師が付き添いECT処置室を退室し酸素投与は継続しながら病棟に戻る。 | 筋弛緩薬と静脈麻酔薬がきれて、自発呼吸再開後、3リットル程度の酸素を投与継続し、バイタルサインの正常化、簡単な会話など意識レベルの回復を確認したのち、医師や看護師が付き添いECT処置室を退室し酸素投与は継続しながら病棟に戻る。 | ||
病棟に帰棟後は、慎重なバイタルサインと意識状態の観察を要し、通常1時間程度で、酸素投与は終了し静脈留置針を抜去する。嚥下状態や歩行状態を確認し、問題がなければ、服薬や食事を再開し、ベッド上安静を解除する。 | 病棟に帰棟後は、慎重なバイタルサインと意識状態の観察を要し、通常1時間程度で、酸素投与は終了し静脈留置針を抜去する。嚥下状態や歩行状態を確認し、問題がなければ、服薬や食事を再開し、ベッド上安静を解除する。 | ||
ECTは週2回ないし3回の頻度で通常は1クール6~8回、最大12回行う。完全な回復が得られるか、効果が頭打ちになったところで中止する。 | ECTは週2回ないし3回の頻度で通常は1クール6~8回、最大12回行う。完全な回復が得られるか、効果が頭打ちになったところで中止する。 | ||
==ECTの課題と今後== | |||
==ECTの課題と今後== | |||
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