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Nagahisaokamoto (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
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<font size="+1"> | <font size="+1">1岡本 長久 2野田 隆政 </font><br> | ||
'' | ''1札幌鈴木病院'' ''2国立精神・神経医療研究センター'' <br> | ||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年月日 原稿完成日:2014年月日<br> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年月日 原稿完成日:2014年月日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | ||
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精神疾患に有効な薬物がまだ発見されていなかった時代から、てんかんによるけいれん発作があった後に精神症状が改善することがあることが知られたいた。 | 精神疾患に有効な薬物がまだ発見されていなかった時代から、てんかんによるけいれん発作があった後に精神症状が改善することがあることが知られたいた。 | ||
人工的にけいれんを誘発して精神疾患を治療しようとする試みは18世紀頃から行われており、最初はけいれん誘発物質としてショウノウが用いられた。1931年、Medunaは統合失調症(旧精神分裂病)とてんかんの拮抗仮説に基づき、ショウノウ誘発性けいれんによる統合失調症治療を実施し有効性を確認した(1)。まもなくけいれん惹起物質としてショウノウにかわりペンチレンテトラゾールが用いられるようになったが、けいれん誘発前の不快感が生じるため、他の方法が求められていた。<br> | 人工的にけいれんを誘発して精神疾患を治療しようとする試みは18世紀頃から行われており、最初はけいれん誘発物質としてショウノウが用いられた。1931年、Medunaは統合失調症(旧精神分裂病)とてんかんの拮抗仮説に基づき、ショウノウ誘発性けいれんによる統合失調症治療を実施し有効性を確認した(1)。まもなくけいれん惹起物質としてショウノウにかわりペンチレンテトラゾールが用いられるようになったが、けいれん誘発前の不快感が生じるため、他の方法が求められていた。<br> | ||
Baranらは、当時の報告をICD-10で再診断し、その効果を検証したところ、気分障害を有する患者で効果的であったことが判明している(a)。 | |||
精神症状に対し治療効果のあるけいれんを誘発するために、けいれんを惹起する薬剤ではなく確実性のある電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にCerlettiらによりはじめて報告された。彼らは屠殺場で通電することによりけいれんが誘発されることをヒントにしてヒトに応用した。身元不明の統合失調症患者に対し、電気による脳への通電によりけいれんを誘発するECTが見出された(2)。<br> | |||
このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療として1950~60年代にかけてECTが広く行われるようになり、同時にうつ病への治療効果も報告されるようになった。 | このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療として1950~60年代にかけてECTが広く行われるようになり、同時にうつ病への治療効果も報告されるようになった。 | ||
本邦では1939年に九州大学の安河内と向笠により統合失調症者に対するECTが報告され、以後本邦でもECTが普及するようになった(3)。<br> | |||
(参考文献) | (参考文献) | ||
1) Abrams R : Electroconvulsive Therapy.3 rd ed.New York, Oxford University Press, 1997<br> | 1) Abrams R : Electroconvulsive Therapy.3 rd ed.New York, Oxford University Press, 1997<br> | ||
2) Cerletti U ; Old and new information about electroshock. Am J Psychiatry 1950 ;107 :87-94<br> | 2) Cerletti U ; Old and new information about electroshock. Am J Psychiatry 1950 ;107 :87-94<br> | ||
3) 安河内五郎,向笠広次 : 精神分離症の電撃痙攣療法について. 福岡医大誌 1939 ;32:1437-1440<br> | 3) 安河内五郎,向笠広次 : 精神分離症の電撃痙攣療法について. 福岡医大誌 1939 ;32:1437-1440<br> | ||
(a) Baran B, Bitter I, Ungvari GS, et al.: The birth of convulsive therapy revisited: a reappraisal of László Meduna's first cohort of patients. J Affect Disord 136: 1179-82, 2012 | |||
===従来型ECTから修正型電気けいれん療法へ=== | ===従来型ECTから修正型電気けいれん療法へ=== | ||
麻酔や筋弛緩薬を使用せず施行する従来型ECTでは、施行前に患者に恐怖感を与えることとやけいれんに伴う骨折、呼吸器系・循環器系の副作用が少なからず起こることが問題視されていた。<br> | |||
施行前の患者の恐怖感に対しては、静脈麻酔薬であるチオペンタールやアモバルビタール等のバルビツール系の静脈麻酔薬が用いられるようになり、けいれん発作時の骨折事故を減らすため、通電後の脳のけいれん波出現時に全身けいれんが起こらないようにする工夫として筋弛緩薬が用いられるようになったことで、静脈麻酔薬と筋弛緩薬を併用する修正型ECT(Modified ElectroConvulsive Therapy;mECT)の基盤が完成した。<br> | |||
筋弛緩薬については、1940年、Bennetらはクラレを使用したが(4) | 筋弛緩薬については、1940年、Bennetらはクラレを使用したが(4)、作用時間が長いことが問題であったため、1952年、HolmbergとThesleffzらが、サクシニルコリン(succinylcholine ; SCC)の使用を提唱し(5)、以後現在まで修正型ECTの標準的な筋弛緩薬として用いられている。 | ||
本邦でも1958年、島薗らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされた(6)が、その後安全面を含めた評価、改良、一般化が不十分で、また患者に強制的に行う負のイメージが強いこともあり、薬物療法の発展、反精神医学の潮流のなかで1970年代には次第に第一線の治療から後退した。<br> | |||
英国ではECTに関するガイドラインが刊行され(7)、米国でも、1975年に米国精神医学会(APA)がECTに関する専門委員会を設置し、1990年、2001年(8)に全体を網羅するガイドラインが刊行された。<br> | 英国ではECTに関するガイドラインが刊行され(7)、米国でも、1975年に米国精神医学会(APA)がECTに関する専門委員会を設置し、1990年、2001年(8)に全体を網羅するガイドラインが刊行された。<br> | ||
1980年代になると、リエゾン精神医学の進展に伴い、日本でも精神科が総合病院の一つの科として位置づけられるようになった。麻酔科医と連携して行うmECTが総合病院や大学病院を中心に拡がり、同時に手術に準じて患者や家族にインフォームドコンセントが行われることが一般的になったことで、ECTの安全性が高まり、従来の負のイメージは徐々に払拭された。 | |||
本邦では日本総合病院精神医学会から精神科電気けいれん療法の実践指針が示され、同学会に電気けいれん療法の手技や適応基準の検討を行う小委員会が設置された。 | |||
2000年、本橋によりわが国初めてのECTマニュアルが出版され(9)、手技や適応などの標準化が進められた。2002年には、日本精神神経学会の「電気けいれん療法の手技と適応基準検討小委員会」により、「米国精神医学会タスクフォースレポートECT実践ガイド」が翻訳され刊行され、全国自治体病院協議会は電気けいれん療法の使用に関する提言を行い、修正型での運用、インフォームドコンセントの取得が強く推奨することとなった。<br> | |||
現在は、インフォームドコンセントを取得し、麻酔科医による呼吸循環管理のもとで、十分な酸素化と筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いて行うmECTが標準的治療となっている。 | |||
(参考文献) | (参考文献) | ||
4) Bennet AE : Preventing traumatic complications in convulsive therapy by curare. JAMA 1940 ; 114 :322-324<br> | 4) Bennet AE : Preventing traumatic complications in convulsive therapy by curare. JAMA 1940 ; 114 :322-324<br> | ||
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===サイン波治療器からパルス波治療器へ=== | ===サイン波治療器からパルス波治療器へ=== | ||
通電のためのECT機器としては、従来、交流正弦波(サイン波)治療器が用いられてきた。サイン波治療器は電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を生理食塩水で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器であった。<br> | 通電のためのECT機器としては、従来、交流正弦波(サイン波)治療器が用いられてきた。サイン波治療器は電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を生理食塩水で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器であった。<br> | ||
欧米では、1980年代より、サイン波治療器より安全性の高い定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が用いられるようになり、2002年に日本でもパルス波治療器が医療機器として承認された。<br> | |||
現在医療機器として使用されているパルス波治療器はサイマトロン(Thymatron®)で、短パルス矩形波(パルス波)を通電することで、従来の刺激装置であるサイン波治療器の約1/3程度のエネルギー量で神経細胞の脱分極を起こし効率的に発作の誘発ができ、また個人個人の電気抵抗値によらずに定電流を通電できるため、循環器系副作用、通電後の認知機能障害などが低減し、更にECTの安全性が向上した。<br> | |||
またECTの手順の標準化や安全性のさらなる向上のためパルス波治療器の使用にあたり、近年はECT施行者に対して精神科関連学会を中心に運営するECTトレーニングセミナーの受講が義務付けられ、使用法についても標準化されたことで、強い高齢者や身体合併症のある精神疾患患者にもECTがより安全に行われるようになっている。<br> | |||
==ECTの作用機序== | ==ECTの作用機序== | ||
52行目: | 55行目: | ||
うつ病患者ではメタ解析でもECT治療後のBDNFの増加が確認されており(16)、BDNF増加とHAM-D総得点減少が相関するという報告も存在する。また霊長類を用いた研究では、ECTにより海馬での神経新生が促進されたことが報告されている(17)。<br> | うつ病患者ではメタ解析でもECT治療後のBDNFの増加が確認されており(16)、BDNF増加とHAM-D総得点減少が相関するという報告も存在する。また霊長類を用いた研究では、ECTにより海馬での神経新生が促進されたことが報告されている(17)。<br> | ||
このようにECTの有効性における作用機序についての検討は多く行われいくつかの有力な仮説は提示されているものの、現在までECTの明確な作用機序は明らかにされていない。 | このようにECTの有効性における作用機序についての検討は多く行われいくつかの有力な仮説は提示されているものの、現在までECTの明確な作用機序は明らかにされていない。 | ||
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12) Abbott CC1, Gallegos P, Rediske N, Lemke NT, Quinn DK.J Geriatr Psychiatry Neurol. 2014 Mar;27(1):33-46. doi: 10.1177/0891988713516542. 2013 Dec 30.A review of longitudinal electroconvulsive therapy: neuroimaging investigations. | 12) Abbott CC1, Gallegos P, Rediske N, Lemke NT, Quinn DK.J Geriatr Psychiatry Neurol. 2014 Mar;27(1):33-46. doi: 10.1177/0891988713516542. 2013 Dec 30.A review of longitudinal electroconvulsive therapy: neuroimaging investigations. | ||
13) Marano CM, Phatak P, Vemulapalli UR, et al.: Increased plasma concentrat<br>ion of brain-derived neurotrophic factor with electroconvulsive therapy: a pilot study in patients with major depression. J Clin Psychiatry 68: 512-517, 2007<br> | 13) Marano CM, Phatak P, Vemulapalli UR, et al.: Increased plasma concentrat<br>ion of brain-derived neurotrophic factor with electroconvulsive therapy: a pilot study in patients with major depression. J Clin Psychiatry 68: 512-517, 2007<br> | ||
115行目: | 118行目: | ||
===ECTによる早期の効果発現=== | ===ECTによる早期の効果発現=== | ||
ECTの効果発現の特徴として、ECTは効果発現が早いことがあげられる。<br> | ECTの効果発現の特徴として、ECTは効果発現が早いことがあげられる。<br> | ||
米国で行われた大規模臨床試験STAR*D研究(Systematic Treatment Alternatives to Relieve | 米国で行われた大規模臨床試験STAR*D研究(Systematic Treatment Alternatives to Relieve Depression)では、増強療法や併用療法を含めた薬物療法による最終段階までの累積寛解率は67%で、4段階の薬物治療戦略を試みても寛解に至らない症例が3分の1存在することが示されている(45)。初回の抗うつ薬で改善したとしても、抗うつ薬の効果発現には十分量に増量後2~4週間かかり、一般的に寛解に至るには少なくとも4~8週間を必要とする。1剤目が無効や効果が乏しかった場合、次の薬剤選択を行い、再び同様に時間がかかることになる。<br> | ||
一方、ECTについて、Folkertsらは、治療抵抗性うつ病患者でECTとparoxetineの効果発現の早さについても比較検討し、ECT群ではparoxetine群と比較し、治療1週間後よりうつ状態の有意な改善を認めた(23)。 | |||
またHusainらはうつ病の患者に対し週3回のECTを施行し反応や寛解のスピードを検討したところ、54%が1週目3回目のセッションまでに治療反応がみられ、2週間目6回目のセッションまでに34%が寛解し3-4週目の10回目のセッションまでに65%が寛解したことを示した(45)。<br> | |||
われわれが国立精神神経センターうつストレスケア病棟に入院しECTを行った31名の両側性修正型電気けいれん療法での治療成績を示す。週に2回のECTを行うことで、重症度を示すうつ病評価尺度の平均得点が回を重ねるごとに改善し、ECT8回施行後(1ヶ月後)には平均得点が寛解を示す7点以下になっていることがわかる。<br> | われわれが国立精神神経センターうつストレスケア病棟に入院しECTを行った31名の両側性修正型電気けいれん療法での治療成績を示す。週に2回のECTを行うことで、重症度を示すうつ病評価尺度の平均得点が回を重ねるごとに改善し、ECT8回施行後(1ヶ月後)には平均得点が寛解を示す7点以下になっていることがわかる。<br> | ||
このようにECTは早期の症状改善効果を持ち、早急な抗うつ効果が必要とされる症例に有用で、特に深刻な自殺念慮があり自殺が切迫している状態(a)や食事摂取が困難で栄養の維持が困難な症例、カタトニアで全身状態が悪化しつつある場合などは、薬物療法より効果発現や寛解に至るまでが早いECTがより有効な治療であると考えられる。ECTの迅速で高い治療効果は、医療経済の観点からも費用対効果比が高いことが示されている(47) <br> | |||
近年はECT麻酔としてケタミン麻酔を用い、ECTの効果発現をさらに加速させる試みも行われている(46)。<br> | |||
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46) Okamoto N, Nakai T, Sakamoto K, Nagafusa Y, Higuchi T, Nishikawa T. Rapid antidepressant effect of ketamine anesthesia during electroconvulsive therapy of treatment-resistant depression: comparing ketamine and propofol anesthesia.J ECT. 2010 Sep;26(3):223-7. doi: 10.1097/YCT.0b013e3181c3b0aa. <br> | 46) Okamoto N, Nakai T, Sakamoto K, Nagafusa Y, Higuchi T, Nishikawa T. Rapid antidepressant effect of ketamine anesthesia during electroconvulsive therapy of treatment-resistant depression: comparing ketamine and propofol anesthesia.J ECT. 2010 Sep;26(3):223-7. doi: 10.1097/YCT.0b013e3181c3b0aa. <br> | ||
47) Greenhalgh J, Knight C, Hind D, et al. Clinical and cost-effectiveness of electroconvulsive therapy for depressive illness, schizophrenia, catatonia and mania: systematic reviews and economic modelling studies. Health Technol Assess 9: 1-156, 2005. <br> | 47) Greenhalgh J, Knight C, Hind D, et al. Clinical and cost-effectiveness of electroconvulsive therapy for depressive illness, schizophrenia, catatonia and mania: systematic reviews and economic modelling studies. Health Technol Assess 9: 1-156, 2005. <br> | ||
J Clin Psychiatry. 2004 Apr;65(4):485-91. | |||
a) Kellner CH, Fink M, Knapp R, Petrides G, Husain M, Rummans T, Mueller M, Bernstein H, Rasmussen K, O'connor K, Smith G, Rush AJ, Biggs M, McClintock S, Bailine S, Malur C. Relief of expressed suicidal intent by ECT: a consortium for research in ECT study. Am J Psychiatry. 2005 May;162(5):977-82. | |||
=== | ===ECTの効果の長期的維持に関する限界と維持薬物療法、維持ECT=== | ||
ECT後の再発はECT治療における最大の限界であり、ECTは高い急性期効果を示す一方で、継続療法を行わない場合は、高い再燃率を示すことが知られている。ECT後6ヶ月の間にうつ病の3分の1から約半数が再発し(48,49)、1年以内の最燃率は30~60%と報告されている(50)ため、抗うつ薬などによる維持薬物療法により再燃・再発率を減少させる必要がある(51)。またECT後再発のリスクファクターとして、薬物治療への抵抗性や、精神病症状の合併、Double Depressionが報告されている(50)が、再燃予測因子は明確にはなっていない。<br> | ECT後の再発はECT治療における最大の限界であり、ECTは高い急性期効果を示す一方で、継続療法を行わない場合は、高い再燃率を示すことが知られている。ECT後6ヶ月の間にうつ病の3分の1から約半数が再発し(48,49)、1年以内の最燃率は30~60%と報告されている(50)ため、抗うつ薬などによる維持薬物療法により再燃・再発率を減少させる必要がある(51)。またECT後再発のリスクファクターとして、薬物治療への抵抗性や、精神病症状の合併、Double Depressionが報告されている(50)が、再燃予測因子は明確にはなっていない。<br> | ||
ECTにより急性期が改善しても、再燃率が高いため、うつ病におけるECT後の再燃予防には一般的に抗うつ薬やリチウムなどの気分安定薬による維持療法が行われる。薬物療法の種類によって再燃予防効果に差異があるかは明らかになっていないが、いくつかの薬剤の優越性を示す研究が報告されている。LauritzenらはECT後の維持療法としてプラセボとimipramine 、paroxetineを比較し、6ヵ月以内の再燃はプラセボ群65%に対し、imipramine 群30%、paroxetine群10%で、維持療法の薬剤により差を認めたことを報告した(52)。<br> | ECTにより急性期が改善しても、再燃率が高いため、うつ病におけるECT後の再燃予防には一般的に抗うつ薬やリチウムなどの気分安定薬による維持療法が行われる。薬物療法の種類によって再燃予防効果に差異があるかは明らかになっていないが、いくつかの薬剤の優越性を示す研究が報告されている。LauritzenらはECT後の維持療法としてプラセボとimipramine 、paroxetineを比較し、6ヵ月以内の再燃はプラセボ群65%に対し、imipramine 群30%、paroxetine群10%で、維持療法の薬剤により差を認めたことを報告した(52)。<br> | ||
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維持ECTの目標は、再燃を防ぐために十分な頻度でECTを行い、寛解状態を保つことであり、薬物抵抗性でECTに反応するが再燃、再発を繰り返す症例に適している。<br> | 維持ECTの目標は、再燃を防ぐために十分な頻度でECTを行い、寛解状態を保つことであり、薬物抵抗性でECTに反応するが再燃、再発を繰り返す症例に適している。<br> | ||
維持ECTは、最初は1週間に1回からはじめ、4回行ったところで症状が再燃しなければ、徐々に4週間に1回まで間隔を広げる方法が一般的で(54)、初めの1ヶ月は週に1回、次の1~2ヶ月は2週に1回、それ以後は月に1回で継続する方法が多く用いられている(55,56)。<br> | 維持ECTは、最初は1週間に1回からはじめ、4回行ったところで症状が再燃しなければ、徐々に4週間に1回まで間隔を広げる方法が一般的で(54)、初めの1ヶ月は週に1回、次の1~2ヶ月は2週に1回、それ以後は月に1回で継続する方法が多く用いられている(55,56)。<br> | ||
Kellerらはうつ病の維持療法として、維持継続ECT群と、nortriptyline、nortriptyline とLithiumの併用をした薬物療法群とを比較した研究(55)を行い、6ヶ月後、維持ECT群では46.1%、薬物療法群では46.3%が寛解を維持し、プラセボ群に比べ有意に再燃率が低かったことを示した。<br> | |||
Gagneらは、急性期にECTを使用し寛解に至った治療抵抗性うつ病患者に対して、維持ECTと薬物療法の併用群と薬物療法単独群とを比較する後ろ向き症例対照研究(57)を行い、抗うつ薬と維持ECTの併用群での寛解維持率は2年後、5年後それぞれ93%、73%と良好であったが、抗うつ薬単独群では52%、18%と低かったことを示した。この研究においては、維持ECT群の方が過去の薬物療法抵抗性レベルが高かったが、維持ECT群のほうが抗うつ薬単独群よりも高い寛解維持率を示している。<br> | Gagneらは、急性期にECTを使用し寛解に至った治療抵抗性うつ病患者に対して、維持ECTと薬物療法の併用群と薬物療法単独群とを比較する後ろ向き症例対照研究(57)を行い、抗うつ薬と維持ECTの併用群での寛解維持率は2年後、5年後それぞれ93%、73%と良好であったが、抗うつ薬単独群では52%、18%と低かったことを示した。この研究においては、維持ECT群の方が過去の薬物療法抵抗性レベルが高かったが、維持ECT群のほうが抗うつ薬単独群よりも高い寛解維持率を示している。<br> | ||
Navarro らは、急性期にECTが有効であった高齢者の精神病像を伴う治療抵抗性うつ病患者に対し、維持ECTとnortriptylineの併用群とnortriptyline単独群を比較し、2年目の時点で、併用群では65%が、nortriptyline群では29%が寛解を維持し、60歳以上の高齢者に対しても併用群が薬物療法単独群より有効で有害な副作用は認めなかったことを示した(56)。これらの結果からは維持ECTを行う場合でも薬物療法を併用する方が寛解を維持する可能性が高いことが示唆される。<br> | Navarro らは、急性期にECTが有効であった高齢者の精神病像を伴う治療抵抗性うつ病患者に対し、維持ECTとnortriptylineの併用群とnortriptyline単独群を比較し、2年目の時点で、併用群では65%が、nortriptyline群では29%が寛解を維持し、60歳以上の高齢者に対しても併用群が薬物療法単独群より有効で有害な副作用は認めなかったことを示した(56)。これらの結果からは維持ECTを行う場合でも薬物療法を併用する方が寛解を維持する可能性が高いことが示唆される。<br> | ||
維持ECTでの治療中に再燃の兆候がみられた場合は、維持ECTの予定を早めることで対応が可能である。Frederikseらは、維持ECTの有効性についてまとめて、抗うつ薬の効果が不十分な場合などではECT維持継続を行うことを推奨している(58) | 維持ECTでの治療中に再燃の兆候がみられた場合は、維持ECTの予定を早めることで対応が可能である。Frederikseらは、維持ECTの有効性についてまとめて、抗うつ薬の効果が不十分な場合などではECT維持継続を行うことを推奨している(58)。しかし、維持ECTには、具体的なガイドラインはなく、一度導入するとECT治療からの離脱が困難であるため、安易な維持ECT導入は避け、症例ごとに適応を判断し丁寧な十分なインフォームドコンセントを行い慎重に検討することが望ましい。<br> | ||
48)Martiny K, Larsen ER, Licht RW, et al.: Relapse Prevention in Major Depressive Disorder After Successful Acute Electroconvulsive Treatment: a 6-month Double-blind Comparison of Three Fixed Dosages of Escitalopram and a Fixed Dose of Nortriptyline - Lessons from a Failed Randomised Trial of the Danish University Antidepressant Group (DUAG-7). Pharmacopsychiatry 48: 274-278, 2015. <br> | 48)Martiny K, Larsen ER, Licht RW, et al.: Relapse Prevention in Major Depressive Disorder After Successful Acute Electroconvulsive Treatment: a 6-month Double-blind Comparison of Three Fixed Dosages of Escitalopram and a Fixed Dose of Nortriptyline - Lessons from a Failed Randomised Trial of the Danish University Antidepressant Group (DUAG-7). Pharmacopsychiatry 48: 274-278, 2015. <br> | ||
49)Moksnes KM: Relapse following electroconvulsive therapy. Tidsskr Nor Laegeforen. 131: 1991-1993, 2011. <br> | 49)Moksnes KM: Relapse following electroconvulsive therapy. Tidsskr Nor Laegeforen. 131: 1991-1993, 2011. <br> | ||
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58)Frederikse M, Petrides G, Kellner C: Continuation and maintenance electroconvulsive therapy for the treatment of depressive illness: a response to the National Institute for Clinical Excellence report. J ECT 22: 13-17, 2006<br> | 58)Frederikse M, Petrides G, Kellner C: Continuation and maintenance electroconvulsive therapy for the treatment of depressive illness: a response to the National Institute for Clinical Excellence report. J ECT 22: 13-17, 2006<br> | ||
=== | ===ECTの効果に影響を与える実施方法と発作の質=== | ||
パルス波治療器でのECTは標準的施行方法では約8秒間の通電を行い、通電により、脳神経細胞の脱分極を生じさせ、全般発作が誘発される。一般的に脳波上の発作はてんかんの強直間代発作と類似し、発作初期は、多棘波と低電位速波が出現し、その後の発作の進行により脳全体に高電位多棘徐波が律動的に出現する。発作が終了すると脳波は一時的に平坦化し発作後抑制期に移行する。ECTクール終了後は4- | パルス波治療器でのECTは標準的施行方法では約8秒間の通電を行い、通電により、脳神経細胞の脱分極を生じさせ、全般発作が誘発される。一般的に脳波上の発作はてんかんの強直間代発作と類似し、発作初期は、多棘波と低電位速波が出現し、その後の発作の進行により脳全体に高電位多棘徐波が律動的に出現する。発作が終了すると脳波は一時的に平坦化し発作後抑制期に移行する。ECTクール終了後は4-6週間程度の全般性の徐波化を認めることがあるが徐々に正常化する。<br> | ||
ECTの効果はその発作誘発の実施方法に影響を受け、ECTの効果に影響を与える主要な因子として、刺激用量(最大刺激の何%で刺激するか)、電極配置部位(両側性か左右片側性か)、治療波の波形(サイン波かパルス波か)がある。<br> | |||
刺激用量は高いほど効果があるが、副作用である認知障害を起こす確率は高くなる(59) | 刺激用量は高いほど効果があるが、副作用である認知障害を起こす確率は高くなる(59)。有効な発作波では、規則的な律動性のある左右対称の高振幅徐波が約25秒以上、かつ十分な脳波上の発作後抑制がみられる。25秒以上のけいれん誘発は必須とされるがけいれん時間と効果は比例しないことが分かっており、むしろ十分な効果のあるエネルギー量ではけいれん時間は減少する。片側性ECTで両側性ECTと同様の効果を得るためにはより高い刺激用量が必要とされる。<br> | ||
発作閾値は脳波上の全般けいれんを起こすための最小限の電気容量で、加齢によって増加し、片側性では増加する。臨床的効果のある発作を起こすためには両側性では閾値の1.5~2.5倍、右片側性2.5~6倍が必要とされる。 | |||
初回治療の刺激強度の設定には、半年齢法(年齢の半分程度の電気量で例えば60歳であれば30%)が用いられることが多いが、閾値滴定法(けいれん閾値決定し両側性では閾値の1.5~2.5倍、右片側性2.5~6倍閾値で行う)が用いられることもある。わが国のサイマトロンでの通電は最大100J の電気量を用いることができるが、通常は半年齢法による刺激強度で開始し、発作波の質や治療効果、治療継続に伴うけいれん閾値の上昇により漸次調整していくことが多い。 | |||
電極配置は、両側性と片側性があり、両側性の場合は左右半球に通電され、片側性の場合は通常右半球に行われ右半球だけに通電されるが、共に通電による脳全体の発作誘発が可能である。両側性の方が片側性よりも効果が高いとする報告が多く、現在は世界的に両側性ECTが主流を占める。しかし十分な刺激用量での右片側性ECTは両側性と比較し効果に差がなく、認知機能への影響が少ないのでより望ましいという報告もある(60)。 | 電極配置は、両側性と片側性があり、両側性の場合は左右半球に通電され、片側性の場合は通常右半球に行われ右半球だけに通電されるが、共に通電による脳全体の発作誘発が可能である。両側性の方が片側性よりも効果が高いとする報告が多く、現在は世界的に両側性ECTが主流を占める。しかし十分な刺激用量での右片側性ECTは両側性と比較し効果に差がなく、認知機能への影響が少ないのでより望ましいという報告もある(60)。 | ||
波形については、パルス波刺激とサイン波刺激の両者で効果に有意な差を認めなかったとするメタ解析があるが(59)、ECT麻酔薬として良く用いられているチオペンタールなどのバルビツレート系麻酔薬はもちろん、プロポフォールなどの非バルビツレート系麻酔薬も少なからず抗けいれん作用を持ち、パルス波治療器の普及とともに、パルス波治療器の最大刺激電流量(100%) | 波形については、パルス波刺激とサイン波刺激の両者で効果に有意な差を認めなかったとするメタ解析があるが(59)、ECT麻酔薬として良く用いられているチオペンタールなどのバルビツレート系麻酔薬はもちろん、プロポフォールなどの非バルビツレート系麻酔薬も少なからず抗けいれん作用を持ち、パルス波治療器の普及とともに、パルス波治療器の最大刺激電流量(100%)を用いても脳波上のけいれん波が誘発されない症例が少なからず存在することが分かってきた。バルビツレート系麻酔薬であるメトヘキシタールでECTを受けた患者の15%は最大刺激強度を必要とし、最大刺激強度でもその中の33%は発作持続時間が足りないか、不発であったという報告がある(10)。 | ||
脳波上のけいれん波が不十分であった場合は、次の治療では前回治療の1.5倍の刺激用量で刺激を行う。脳波上のけいれんが中15秒以内で中断した場合、発作が不発であった場合、2倍の刺激用量で、中断した場合は45秒、不発の場合は45秒の間隔をあけて再通電を行う必要がある。 | |||
また内服している抗けいれん作用のあるベンゾジアゼピンや抗けいれん薬の中止を見直し、けいれん域値を下げるフルマゼニルのECT通電前の使用、ECT通電前の過換気、ケタミン麻酔などへの変更(11)を検討する必要がある。<br> | |||
59)UK ECT Review Group: Efficacy and safety of electroconvulsive therapy in depressive disorders: a systematic review and meta-analysis. Lancet 361: 799-808, 2003 | 59)UK ECT Review Group: Efficacy and safety of electroconvulsive therapy in depressive disorders: a systematic review and meta-analysis. Lancet 361: 799-808, 2003 | ||
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==ECTの副作用== | ==ECTの副作用== | ||
===致死的副作用=== | ===致死的副作用=== | ||
ECTによる最も重篤な副作用は死亡であるが、概ね5~8万治療回数(8,54,61,62,a,b)に1回程度の頻度とされ、これは全身麻酔や歯科麻酔の危険率にほぼ相当し、非常にまれでECTは安全な治療法とされる。1クールで計5~8回の治療を受けると仮定すると、1クールを施行することでの死亡リスクは1万クールに1回程度と推測され、主な死因はけいれん直後や回復期の心血管系合併症(63,64)や嘔吐に伴う窒息(65)によると考えられ、リスク評価や絶食の徹底などECT前管理が重要である。mECTにて通電1分後よりwide QRS頻拍が出現し、リドカインの投与で頻拍が停止せず直流通電により停止させた症例(c)も報告されており、緊急時の対応を想定しておき、ECT処置室には除細動器などの準備が必要である。 | |||
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61) Abrams R : The mortality rate with ECT. Convulsive Ther, 13 :125-127, 1997<br> | 61) Abrams R : The mortality rate with ECT. Convulsive Ther, 13 :125-127, 1997<br> | ||
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65)Zhu B-L, Ishida K, Oritani S et al.: Sudden death following psychiatric electroconvulsive therapy ; a case report. Jpn J Legal Med, 52 : 149-152, 1998<br> | 65)Zhu B-L, Ishida K, Oritani S et al.: Sudden death following psychiatric electroconvulsive therapy ; a case report. Jpn J Legal Med, 52 : 149-152, 1998<br> | ||
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(a) Kramer BA. Use of ECT in California, 1977-1983.Am J Psychiatry. 1985 Oct;142(10):1190-2. | |||
(b)Dennis NM, Dennis PA, Shafer A, Weiner RD, Husain MM. | |||
Electroconvulsive Therapy and All-Cause Mortality in Texas, 1998-2013. J ECT. 2016 Jul 16. [Epub ahead of print] | |||
(c) うつ病に対する修正型電気けいれん療法によって誘発されたwide QRS頻拍の1例 | |||
小田切 史徳1), 関田 学1), 小松 さやか1), 杉原 匡美1), 平野 景子1), 小松 かおる1), 林 英守1), 戸叶 隆司1), 住吉 正孝1), 中里 祐二1), 代田 浩之1) 心臓 | |||
Vol. 44 (2012) No. SUPPL.2 p. S2_56-S2_62 | |||
===心血管系合併症=== | ===心血管系合併症=== | ||
通電中と通電直後には、通電による迷走神経の直接刺激から副交感神経が優位なり、発作中は交感神経が、発作終了後には再び副交感神経優位となる(9)。通電直後の副交感神経優位状態では徐脈、洞停止、血圧低下などが一過性に出現しやすく、発作中の交感神経優位状態では、頻脈・高血圧出現しやすく、発作終了後には再び徐脈や不整脈が出現しやすい。このような短時間の内に急激に生じる生理学的変化に対して、ECT中は麻酔科医によるバイタルモニターと全身管理が必要になる。また、ECT中の徐脈性不整脈、血圧低下、口腔内分泌の増大などの副交感神経反応を抑制するため、抗コリン薬である硫酸アトロピン0.1mg/kg静脈内投与を麻酔導入数分前に行うことがある。高血圧に対しては高血圧症を合併症に持つ場合は朝の降圧剤を服用し、必要に応じてジルチアゼム・ニカルジピン等のカルシウム拮抗薬をECT直前か直後に静注する。特に従来からの心血管系合併症を持つ患者では十分な注意が必要である。<br> | 通電中と通電直後には、通電による迷走神経の直接刺激から副交感神経が優位なり、発作中は交感神経が、発作終了後には再び副交感神経優位となる(9)。通電直後の副交感神経優位状態では徐脈、洞停止、血圧低下などが一過性に出現しやすく、発作中の交感神経優位状態では、頻脈・高血圧出現しやすく、発作終了後には再び徐脈や不整脈が出現しやすい。このような短時間の内に急激に生じる生理学的変化に対して、ECT中は麻酔科医によるバイタルモニターと全身管理が必要になる。また、ECT中の徐脈性不整脈、血圧低下、口腔内分泌の増大などの副交感神経反応を抑制するため、抗コリン薬である硫酸アトロピン0.1mg/kg静脈内投与を麻酔導入数分前に行うことがある。高血圧に対しては高血圧症を合併症に持つ場合は朝の降圧剤を服用し、必要に応じてジルチアゼム・ニカルジピン等のカルシウム拮抗薬をECT直前か直後に静注する。特に従来からの心血管系合併症を持つ患者では十分な注意が必要である。<br> | ||
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術前検査として、既往歴やアレルギーの問診、内科学的診察、口腔や歯科的診察、神経学的診察、簡単な認知機能検査に加え、血算・一般生化学検査、心電図、胸腹部レントゲン、頭部画像検査、脳波検査を行い、既往歴や合併症に応じてさらに追加検査を実施し、麻酔科医による問診と麻酔リスク評価を行っておく。 | 術前検査として、既往歴やアレルギーの問診、内科学的診察、口腔や歯科的診察、神経学的診察、簡単な認知機能検査に加え、血算・一般生化学検査、心電図、胸腹部レントゲン、頭部画像検査、脳波検査を行い、既往歴や合併症に応じてさらに追加検査を実施し、麻酔科医による問診と麻酔リスク評価を行っておく。 | ||
リチウムを服用している場合は中止し、抗けいれん薬やベンゾジアゼピン系薬剤も施行前に漸減や中止をしておくことが望ましい。嘔吐による誤嚥や窒息を予防するため、ECT治療開始の少なくとも6時間前からの固形物の中止、少量の水と必要な薬物以外の2時間前からの中止が推奨(18)されており、例えば午前中施行する場合は前日夜から、午後に施行する場合は当日朝からの絶食とする必要がある。当日朝薬は降圧剤など必要最小限に留め、必要に応じて施行前に胃酸の誤嚥を防止のため制酸剤内服等を行う。 | リチウムを服用している場合は中止し、抗けいれん薬やベンゾジアゼピン系薬剤も施行前に漸減や中止をしておくことが望ましい。嘔吐による誤嚥や窒息を予防するため、ECT治療開始の少なくとも6時間前からの固形物の中止、少量の水と必要な薬物以外の2時間前からの中止が推奨(18)されており、例えば午前中施行する場合は前日夜から、午後に施行する場合は当日朝からの絶食とする必要がある。当日朝薬は降圧剤など必要最小限に留め、必要に応じて施行前に胃酸の誤嚥を防止のため制酸剤内服等を行う。 | ||
=== | ===パスル波治療器での修正型ECTの手順===(未完成) | ||
精神科関連学会の推奨事項(18)や順守事項を参照したマニュアルを各ECT施行施設ごとに作り、各施設でのECT手順が標準化されている必要がある。 | |||
施行場所は修正型電気けいれん療法の普及とともに、手術室やECT専用ユニットで実施されている施設が標準的となっている。国立精神神経医療研究センター病院のECT専用ユニット(図1)では、ECTを安全かつ効率よく実施するためにECT前室、ECT処置室、ECTリカバリー室が設置されている。ECT処置室には、100%酸素で陽圧換気が行うことのできる麻酔器、バイタサイン、心電図、酸素飽和度の自動モニター、ECT治療器、気管内挿管や万一の急変時に備える除細動器などが配置されている。 | |||
当日は、手術に準じた本人確認、ECT同意書の確認、前処置が適切に行われたかの確認を行い、病棟で排尿とバイタルサインの測定、バイトブロックや換気で危険を伴うと予測される口腔内異物や歯の再確認、義歯・コンタクトレンズ・貴金属装飾品などを装着していないかの確認を行ってから、ストレッチャーでECT処置室へ移動する。 | |||
ECT処置室では、精神科医師、麻酔科医師、看護師が協働しそれぞれ処置を行う。 | |||
乳酸リンゲル液などを用いて静脈ルートを確保し、呼吸循環モニターのため血圧計、心電図電極、パルスオキシメーターを装着しバイタルサインを確認し、通電後の発作を確認するためパルス波治療器の脳波電極、筋電図電極を装着する。通電刺激電極シール(サイマパッド)を装着する電極配置予定部位の皮膚は生理食塩水で湿らせたガーゼで良く拭いて乾かし、同部に通電を行うためのサイマパッドを付着させてから、機器のセルフテストで回路インピーダンスの適切性を確認し、脳波、筋電図が適切に記録されるか確認する。 | |||
精神科医はパルス波治療器であるサイマトロン(図2) | 精神科医はパルス波治療器であるサイマトロン(図2)の静的インピーダンスが適切であるかどうか(3000Ω以上では熱傷の可能性があり通電できない)を確認し、刺激強度を症例にあわせて設定する。サイマトロンでは、パルス幅、周波数の設定も可能だが、通常はプリセットされている刺激プログラムで行なわれている。 | ||
麻酔科医は、100%酸素による十分な酸素投与を行いながら、麻酔導入を開始し、短時間作用型のthiopental(2-5㎎/kg)またはpropofol(0.75-1.5mg/kg) 等の静脈麻酔薬を投与し麻酔導入を行い、必要に応じて副交感神経反応抑制のための硫酸アトロピン(0.1mg/kg)の投与を行う。麻酔効果出現後、マスク換気などの人工換気に切り替え、SCC(0.5-1.5mg/kg) または臭化ベクロニウム(0.08-0.1mgkg)等の筋弛緩薬を投与し、SCCでは筋線維束攣縮の出現を確認する。筋弛緩と十分な酸素投与が確認された後、咬傷の予防のためマウスガード(バイトブロック)を口内に挿入し、口腔内での安全な固定を確認する。 | |||
再度抵抗値が3000Ω以下であることを確認してから、一時的に人工換気を中断し、精神科医が通電ボタンを押し通電を開始する。通電終了後、人工換気を再開し、サイマトロンにより自動的に脳波記録が開始され、脳波上のけいれん(図2)を確認し、持続時間と適切な波形を確認する。運動性のけいれんは、筋弛緩作用のため軽微かほぼ認めないこともあるが、片下肢にターニケットを巻いて実施することで筋電図上のけいれんを計測することができる。 | |||
通電後は、麻酔科医は十分なマスク換気での酸素投与の継続とともに、交感神経、副交感刺激による脈拍や血圧の変化等の全身反応に対し必要な処置を行う。 | |||
筋弛緩薬と静脈麻酔薬の効果が消失し、自発呼吸再開後、十分な酸素投与を継続し、バイタルサインの正常化、簡単な会話など意識レベルの回復を確認したのち、ECT回復室にて意識レベルやバイタルサインが安定していることを確認して医師や看護師が付き添いECT処置室を退室し酸素投与は継続しながら病棟に戻る。 | |||
病棟に帰棟後は、慎重なバイタルサインと意識状態の観察を要し、通常1時間程度で、酸素投与は終了し静脈留置針を抜去する。嚥下状態や歩行状態を確認し、問題がなければ、服薬や食事を再開し、ベッド上安静を解除する。 | 病棟に帰棟後は、慎重なバイタルサインと意識状態の観察を要し、通常1時間程度で、酸素投与は終了し静脈留置針を抜去する。嚥下状態や歩行状態を確認し、問題がなければ、服薬や食事を再開し、ベッド上安静を解除する。 | ||
通常ECTは週に2回ないし3回の頻度で行い、一連の治療セッション(1クール)は6~12回行われる。完全な寛解が得られるか、過去数回の治療で効果が頭打ちになったところで中止する。 | |||
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==ECTを取り巻く課題と今後== | |||
従来型ECTは過去には電気ショック療法と呼ばれ、社会的な負のイメージが強かった。その背景には過去の時代に適応を選ばないECTの乱用が少なからずあったと考えられることやインフォームドコンンセントを得ずに医療者の独断でECTが行われることが多かったことがある。 | |||
1975年に米国で公開された映画「カッコーの巣の上で」( One Flew Over the Cuckoo's Nest)には精神病院入院中の患者に従来型ECTが行われ強直間代けいれんする懲罰的な様子が描写されており、この時代のECTはインフォームドコンセントが行われておらず、ECTを病院が患者の管理手段として乱用されていた傾向があったことは否めない。また、わが国でも松本昭夫の手記「精神病棟の二十年」に、1960年代の精神病院の無麻酔でのサイン波治療器でのECTの様子が描写されており、大熊一夫「ルポ・精神病棟」には、1970年代の精神病院でECTが懲罰的に用いられ患者が強い恐怖を抱いていた様子が記載されている。更に近年では、特定の宗教団体が、ECTを非医療的に悪用した悪質な事件が起きている。 | |||
現在は、APA等の各国の精神科学会や多くの精神科医が、適切な適応に十分なインフォームドコンセントを行いトレーニングされた精神科医が行うECTはエビデンスに基づく治療として行われていると考えているが、様々な領域でECTへの反対意見を持つ人は少なからずおり、現在でも一部の精神科医はECTを勧めない場合がある。 | |||
ECTは従来型ECTから、mECTへ、そしてパルス波治療器を用いたECTへと発展し、現在は患者の恐怖感を防ぐための静脈麻酔薬の使用、骨折を防止するための筋弛緩薬の使用、酸素投与による術前の十分な酸素化と呼吸循環モニターが望まれる。 | |||
しかし、本邦でのECT施行の課題として未だに、修正型でない従来型のECTが行われうること、パルス波治療器の普及が不十分でサイン波治療器を用いたECTが行われうることの問題がある。 | |||
1991年に中島らにより行われたECTに関する精神神経学会に所属する精神科医への全国アンケート調査(a)では、約4割の精神科医が現在ECTを実施していたが、修正型ECTを施行している精神科医は15%程度で、インフォームドコンセントの取得も不十分であった。 | |||
1997年~1999年に本橋らが行った、大学病院・国立病院を対象にしたアンケート調査(b)では、65%の施設でECTが行われ、mECTを行っている施設は80%であったが、mECTのみを行っている施設は33%で、約3分の2の施設で非修正型ECTが用いられることがあった。民間精神病院の実態は不明で更に非修正型の割合が増えることが予測された。 | |||
2009年に日本精神神経学会精神科専門医制度研修施設を対象に行われた一瀬らの調査(c | |||
)では、ECTを行っている施設は40%で、mECTのみを実施している施設は37.9%、静脈麻酔薬は使用するが筋弛緩薬は使用しないECTを行っている施設は44.9%で、静脈麻酔薬も使用しないECTを行っている施設も3.7%存在していた。 | |||
治療器に関しては、パルス波治療器のみを使用している施設は24%で、パルス波とサイン波治療器の双方を使用している施設は20.8%、サイン波治療器のみを使用している施設は51%だった。 | |||
このように、年々mECTが行われる割合やパルス波治療器で行われるECTの割合は増加しているが、本邦では未だに従来型ECTやサイン波治療器でのECTが行われうる。 | |||
安全性の高いパルス波治療器でのmECTをさらに普及させていく必要があるが、mECTは麻酔科医や手術室に準じた施設が必要となるため限られた医療機関でしか行えない治療であり、地域の精神病院と麻酔科医の配置が可能な総合病院との医療連携の強化が指摘されている(c)。 | |||
研究面におけるECTにおける最大の課題はその作用機序である。ECT前後での遺伝子発現の変化や脳内物質の変化など、作用機序について世界中で研究がされているが、未だ作用機序は未解明のままである。ECTの作用機序を解明することは、うつ病の本質的な病態の解明につながる可能性もあり非常に重要な課題である。 | |||
臨床的課題は、ECTの急性期効果後の効果の長期的維持に関する限界と最適な維持療法の模索である。またECT治療は現在のところ入院治療による管理が必要でありアクセスビリティがよくないため外来で行う維持ECTが可能であるかの検討を行う必要がある。 | |||
直接的に電気を用いないけいれん療法として、磁気によってけいれんを誘発し認知機能障害が少ないとされる磁気けいれん療法(Magnetic seizure therapy: MST)や焦点を絞った通電が可能となるFocal electrically administered seizure therapy(FEAST)も研究が行われている。 | |||
(a)中島一憲,山崎久美子,守屋裕文:「電気けいれん療法(ECT)をめぐる諸問題」についてアンケート調査.精神経誌95;537-554,1993 | |||
(b)Motohashi N, Awata S, Higuchi T.A questionnaire survey of ECT practice in university hospitals and national hospitals in Japan.J ECT. 2004 Mar;20(1):21-3. | |||
(c)一瀬 邦弘、鮫島 達夫、粟田 主一、わが国の電気けいれん療法(ECT)の現況 : 日本精神神経学会ECT検討委員会の全国実態調査から 精神神經學雜誌. 113, (9), pp. 939-951, 2011-09-25. 日本精神神経学会 |
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