「IPS細胞」の版間の差分

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== iPS細胞の安全性  ==
== iPS細胞の安全性  ==


 ヒトiPS細胞の移植医療への応用を目指すに際し、品質管理と安全性の確保は急務かつ重要事項である。実際、iPS細胞の治療応用には克服すべき様々な懸念材料がある。ヒトES細胞と共通のリスクとして、移植の際に残存する未分化細胞、とりわけ「分化抵抗性」細胞に起因するテラトーマ形成がある。慶應義塾大学の三浦恭子博士らは、様々なマウスiPS細胞から分化誘導した神経幹細胞(Neurosphere)を免疫不全マウス成体脳へと移植し、腫瘍形成の有無について検証を行った<ref><pubmed> 19590502 </pubmed></ref>。その結果、iPS細胞由来の神経幹細胞移植における造腫瘍性は、iPS細胞樹立過程におけるc-Mycの導入や薬剤選択の有無ではなく、樹立されたiPS細胞の起源と相関(胎仔由来では低頻度、成体由来では高頻度)することを明らかにしている。また、iPS細胞の特有のリスクとして、初期化不全や導入因子による影響が考えられる。c-Mycを導入したiPS細胞は、キメラマウスおよびその子孫において高頻度にがんを誘発した。また、原因は不明であるが、成体の肝実質細胞由来のiPS細胞から作出したキメラマウスは周産期の死亡率が高いということも報告されている。
 ヒトiPS細胞の移植医療への応用を目指すに際し、品質管理と安全性の確保は急務かつ重要事項である。実際、iPS細胞の治療応用には克服すべき様々な懸念材料がある。ヒトES細胞と共通のリスクとして、移植の際に残存する未分化細胞、とりわけ「分化抵抗性」細胞に起因するテラトーマ形成がある。慶應義塾大学の三浦恭子博士らは、様々なマウスiPS細胞から分化誘導した神経幹細胞(Neurosphere)を免疫不全マウス成体脳へと移植し、腫瘍形成の有無について検証を行った<ref><pubmed> 19590502 </pubmed></ref>。その結果、iPS細胞由来の神経幹細胞移植における造腫瘍性は、iPS細胞樹立過程におけるc-Mycの導入や薬剤選択の有無ではなく、樹立されたiPS細胞の起源と相関(胎仔由来では低頻度、成体由来では高頻度)することを明らかにしている。また、iPS細胞特有のリスクとして初期化不全や導入因子による影響も考えられる。c-Mycを導入したiPS細胞は、キメラマウスおよびその子孫において高頻度にがんを誘発した。また、原因は不明であるが、成体の肝実質細胞由来のiPS細胞から作出したキメラマウスは周産期の死亡率が高いということも報告されている。  


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== 細胞移植治療への挑戦  ==
== 細胞移植治療への挑戦  ==


 最も早期の実用化が期待されるヒトiPS細胞の利用法としては、創薬研究における試験が考えられる。具体的な例としては、iPS細胞由来の心筋細胞をQT延長試験。一方、細胞移植治療に向けたより実践的な基礎研究も活発に進められている。iPS細胞を利用した最初の自家移植治療モデルとして、Rudolf Jaenisch博士らは鎌状赤血球貧血症マウスからiPS細胞を作成して疾患原因遺伝子の修復を施し、そこから分化誘導した造血幹細胞による自家移植治療の実例を示した<ref><pubmed> 18063756 </pubmed></ref>。同グループは、マウスiPS細胞から分化誘導したドーパミン神経をパーキンソン病モデルラット成体脳に異種移植し、行動改善がみられることについても報告している<ref><pubmed> 18391196 </pubmed></ref>。一方、パーキンソン病患者のiPS細胞由来のドーパミン神経を異種移植したラットにおいても、同様に運動機能の改善がみられている。また、正常マウスのiPS細胞から内皮細胞を誘導し、血友病Aモデルマウスの肝臓へと他家移植した治療例も示されている。
 最も早期の実用化が期待されるヒトiPS細胞の利用法には創薬研究が挙げられる。例えば、心機能におよぼす副作用の評価系としてiPS細胞由来の心筋細胞を用いた薬剤誘発性QT延長試験が提示されており、こうした利用を見据えてヒトiPS細胞から作成した心筋細胞、ドーパミン神経細胞、肝細胞が既に市販ベースにある。一方、細胞移植治療に向けたより実践的な基礎研究も活発に進められている。iPS細胞を利用した最初の自家移植治療モデルとして、Rudolf Jaenisch博士らは鎌状赤血球貧血症マウスからiPS細胞を作成して疾患原因遺伝子の修復を施し、分化誘導した造血幹細胞による自家移植治療の実例を示した<ref><pubmed> 18063756 </pubmed></ref>。同グループは、マウスiPS細胞から分化誘導したドーパミン神経をパーキンソン病モデルラット成体脳に異種移植し、行動改善がみられることについても報告している<ref><pubmed> 18391196 </pubmed></ref>。一方、パーキンソン病患者のiPS細胞由来のドーパミン神経を異種移植したラットにおいても、同様に運動機能の改善がみられている。また、正常マウスのiPS細胞から内皮細胞を誘導し、血友病Aモデルマウスの肝臓へと他家移植した治療例もある。国内では、慶應義塾大学の岡野栄之博士のグループがマウスおよびヒトiPS細胞から分化誘導したNeurosphereを脊髄損傷モデルマウスに移植し、下肢運動機能に改善が認められることを報告している<ref><pubmed> 20615974 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21949375 </pubmed></ref>。脊髄損傷に関しては、奈良先端科学技術大学院大学の中島欽一博士らも、ヒトiPS細胞の神経幹細胞(神経上皮様幹細胞)への分化誘導と移植を行い、モデルマウスの運動機能が回復することを確認している。また最近では、iPS細胞を介さずに任意の細胞種を直接誘導する「ダイレクトリプログラミング」の研究も盛んに進められており、iPS細胞以外の選択肢も並行して開発されることが期待される。
 
 国内では、慶應義塾大学の岡野栄之博士のグループがマウスおよびヒトiPS細胞から分化誘導したNeurosphereを脊髄損傷モデルマウスに移植し、下肢運動機能に改善が認められることを報告している<ref><pubmed> 20615974 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21949375 </pubmed></ref>。脊髄損傷に関しては、奈良先端科学技術大学院大学の中島欽一博士らも独自に、ヒトiPS細胞の神経幹細胞(神経上皮様幹細胞)への分化誘導と移植によってモデルマウスの運動機能が回復することを確認している。
 
 また最近では、iPS細胞を介さずに任意の細胞種を直接誘導する「ダイレクトリプログラミング」の研究も盛んに進められており、iPS細胞以外の選択肢の開発も並行して進められることが期待される。


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= iPS細胞がもたらす新たな課題  =
= iPS細胞がもたらす新たな課題  =


 上述の通り、iPS細胞の誕生はES細胞やSCNT技術が抱える様々な倫理的および技術的課題を回避する新たな方法論を提起した。しかし、iPS細胞によって全ての課題が克服されたわけではなく、新たな課題をも生み出している。その一つに、ヒトiPS細胞を用いた生殖細胞への分化誘導が挙げられる。現時点では、培養下で多能性幹細胞から機能的な精子と卵を分化誘導する手法は確立されていない。しかし、将来的にこれが実現した場合、iPS細胞を介して同一人物や同性の精子と卵の受精といったことも可能となる。日本においては「ヒトiPS細胞またはヒト組織幹細胞からの生殖細胞の作成を行う研究に関する指針(2010年に公布・施行)」によって、培養下で誘導した生殖細胞の受精とヒト胚の作製を禁止している。しかし、こうした規制状況は国によって大きく異なる。既成の規制や指針以前に、生殖倫理の観点や法的な議論が必要である。また、iPS細胞は血液や毛根といった僅かな細胞ソースからでも誘導が可能であるから、「ヒト細胞の管理」に対する厳密なシステム整備や意識改革が求められる。
 上述の通り、iPS細胞の誕生はES細胞やSCNT技術が抱える様々な倫理的および技術的課題を回避する新たな方法論を提起した。しかし、iPS細胞によって全ての課題が克服されたわけではなく、新たな課題をも生み出している。その一つに、ヒトiPS細胞を用いた生殖細胞への分化誘導が挙げられる。現時点では、培養下で多能性幹細胞から機能的な精子と卵を分化誘導する手法は確立されていない。しかし、将来的にこれが実現した場合、iPS細胞を介して同一人物や同性の精子と卵の受精といったことも可能となる。日本においては「ヒトiPS細胞またはヒト組織幹細胞からの生殖細胞の作成を行う研究に関する指針(2010年に公布・施行)」によって、培養下で誘導した生殖細胞の受精とヒト胚の作製を禁止している。しかし、こうした規制状況は国によって大きく異なる。既成の規制や指針以前に、生殖倫理の観点や法的な議論が必要である。また、iPS細胞は血液や毛根といった僅かな細胞ソースを入手すれば誘導が可能であるから、「ヒト細胞の管理」に対する厳密なシステム整備や意識改革が求められる。


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