「電気けいれん療法」の版間の差分

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 その後、統合失調症患者への薬剤誘発けいれんによる治療が試みられ、けいれん誘発物質として初期にはCamphor(樟脳)やCardiazolがよく用いられた。なお、当時の統合失調症概念は幅広く、近年Baranらは、これらの統合失調症の薬剤誘発によるけいれん療法が行われた23症例の報告について、現在の診断基準から診断の見直しを行ったところ、統合失調感情障害、精神病性の特徴を持つ気分障害などが含まれており、統合失調症よりもそれらの疾患に有効性が高かった可能性が推察されている(2)。
 その後、統合失調症患者への薬剤誘発けいれんによる治療が試みられ、けいれん誘発物質として初期にはCamphor(樟脳)やCardiazolがよく用いられた。なお、当時の統合失調症概念は幅広く、近年Baranらは、これらの統合失調症の薬剤誘発によるけいれん療法が行われた23症例の報告について、現在の診断基準から診断の見直しを行ったところ、統合失調感情障害、精神病性の特徴を持つ気分障害などが含まれており、統合失調症よりもそれらの疾患に有効性が高かった可能性が推察されている(2)。
 
 
 精神症状に対し治療効果のある確実なけいれんを誘発するために、けいれんを惹起する薬剤ではなく電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にイタリアのCerlettiらによりはじめて報告された。彼らは通電することにより動物にけいれんが誘発されることからアイデアを得て、統合失調症患者に対して電気による脳への通電を行うことでけいれんを誘発したところ、10-20回の通電治療の後で精神症状に有効であることを確認し、これにより精神疾患治療としてのECTが見出された(3)。
 精神症状に対し治療効果のある確実なけいれんを誘発するために、けいれんを惹起する薬剤ではなく電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にイタリアのCerlettiらによりはじめて報告された。彼らは通電することにより動物にけいれんが誘発されることからアイデアを得て、統合失調症患者に対して電気による脳への通電を行うことでけいれんを誘発したところ、10~20回の通電治療の後で精神症状に有効であることを確認し、これにより精神疾患治療としてのECTが見出された(3)。


 このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療として1940~60年代にかけてECTが広く行われるようになり、同時にうつ病への治療効果も多く報告されるようになった。
 このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療として1940~60年代にかけてECTが広く行われるようになり、同時にうつ病への治療効果も多く報告されるようになった。


 本邦では、1939年に九州大学の安河内と向笠により統合失調症に対するECTが報告(4)されると、薬物療法など精神疾患への確実な治療法がない時代だったこともあり、本邦でも急速にECTが普及していった。<br>
 本邦では、1939年に九州大学の安河内と向笠により統合失調症に対するECTが報告(4)されると、薬物療法など精神疾患への確実な治療法がない時代だったこともあり、本邦でも急速にECTが普及していった。


===従来型ECTから修正型電気けいれん療法への発展===
===従来型ECTから修正型電気けいれん療法への発展===
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===サイン波治療器からパルス波治療器への発展===
===サイン波治療器からパルス波治療器への発展===
[[image:ect-1.png|thumb|350px|'''写真1.従来使用されていたサイン波治療器''']] 
[[image:ect-2.png|thumb|350px|'''写真2.パルス波治療器の米国ソマティックス社サイマトロン''']]
 通電のためのECT機器として、従来は交流正弦波(サイン波)治療器が用いられてきた。サイン波治療器は通常電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を生理食塩水で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器(写真1)であった。
 通電のためのECT機器として、従来は交流正弦波(サイン波)治療器が用いられてきた。サイン波治療器は通常電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を生理食塩水で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器(写真1)であった。
【写真1】従来使用されていたサイン波治療器 
 
 1976年、定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が開発されると、欧米では1980年代より、サイン波治療器より少ない電気量での発作誘発が可能(11)なパルス波治療器が用いられるようになり、本邦でも2002年にパルス波治療器が医療機器として承認された。
 1976年、定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が開発されると、欧米では1980年代より、サイン波治療器より少ない電気量での発作誘発が可能(11)なパルス波治療器が用いられるようになり、本邦でも2002年にパルス波治療器が医療機器として承認された。


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現在医療機器として使用されているパルス波治療器は、米国ソマティックス社のサイマトロン(Thymatron®)と呼ばれるものである(写真2)。
現在医療機器として使用されているパルス波治療器は、米国ソマティックス社のサイマトロン(Thymatron®)と呼ばれるものである(写真2)。


【写真2】パルス波治療器の米国ソマティックス社サイマトロン
 近年は、ECTの手順の標準化や安全性のさらなる向上のため、サイマトロンの使用にあたり、日本精神神経学会、日本生物学的精神医学会、日本総合病院精神医学会で行われる ECT トレーニングセミナーの受講が義務付けられ、使用法についても標準化されてきていることで、高齢者や身体合併症のある精神疾患患者にもECTがより安全に行われるようになっている。
 近年は、ECTの手順の標準化や安全性のさらなる向上のため、サイマトロンの使用にあたり、日本精神神経学会、日本生物学的精神医学会、日本総合病院精神医学会で行われる ECT トレーニングセミナーの受講が義務付けられ、使用法についても標準化されてきていることで、高齢者や身体合併症のある精神疾患患者にもECTがより安全に行われるようになっている。


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 アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association; APA)は、ECT導入に際しての絶対的禁忌はないとしながらも、ECTのリスクが増す状態として相対的禁忌を定義している(8)。
 アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association; APA)は、ECT導入に際しての絶対的禁忌はないとしながらも、ECTのリスクが増す状態として相対的禁忌を定義している(8)。


 パルス波治療器であるサイマトロン(Thymatron®)の添付文書では、これらが反映され原則として禁忌となる疾患や状態として、①最近起きた心筋梗塞、不安定狭心症、非代償性うっ血性心不全、重度の心臓弁膜症のような不安定で重度の心血管系疾患、②血圧上昇により破裂する可能性のある動脈瘤または血管奇形、③脳腫瘍その他の脳占拠性病変により生じる頭蓋内圧亢進、④最近起きた脳梗塞、⑤重度の慢性閉塞性肺疾患、喘息、肺炎のような呼吸器系疾患、⑥米国麻酔学会水準4または5と評価される状態(ECTにより脳出血後まもない患者では再出血の危険性がある、発作による交感神経系の活性化による血圧上昇、頻脈により最近起きた心筋梗塞患者では心室性不整脈や心破裂の危険性がある、修正型ECTは麻酔下において治療が行われるため麻酔危険度を設定する必要がある)が挙げられている。またECTとの併用禁忌として近年パーキンソン病治療などに用いられている深部脳刺激装置(deep brain stimulation: DBS)が埋め込まれている場合が挙げられている。<br>
 パルス波治療器であるサイマトロン(Thymatron®)の添付文書では、これらが反映され原則として禁忌となる疾患や状態として、
#最近起きた心筋梗塞、不安定狭心症、非代償性うっ血性心不全、重度の心臓弁膜症のような不安定で重度の心血管系疾患、#血圧上昇により破裂する可能性のある動脈瘤または血管奇形、
#脳腫瘍その他の脳占拠性病変により生じる頭蓋内圧亢進、
#最近起きた脳梗塞、
#重度の慢性閉塞性肺疾患、喘息、肺炎のような呼吸器系疾患、
#米国麻酔学会水準4または5と評価される状態(ECTにより脳出血後まもない患者では再出血の危険性がある、発作による交感神経系の活性化による血圧上昇、頻脈により最近起きた心筋梗塞患者では心室性不整脈や心破裂の危険性がある、修正型ECTは麻酔下において治療が行われるため麻酔危険度を設定する必要がある)
 
が挙げられている。またECTとの併用禁忌として近年パーキンソン病治療などに用いられている深部脳刺激装置(deep brain stimulation: DBS)が埋め込まれている場合が挙げられている。


==ECTの有効性とその特徴==
==ECTの有効性とその特徴==
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 薬物治療抵抗性うつ病に対しての有効性も確立しており(29,30,31)、抑うつ症状の改善に加えてECTが社会機能やQOLも改善させる(32)ことが報告されている。また、一般に抗うつ薬に対して治療反応の乏しい精神病像を伴う重症うつ病への有効性も報告されている(33,34,35)。
 薬物治療抵抗性うつ病に対しての有効性も確立しており(29,30,31)、抑うつ症状の改善に加えてECTが社会機能やQOLも改善させる(32)ことが報告されている。また、一般に抗うつ薬に対して治療反応の乏しい精神病像を伴う重症うつ病への有効性も報告されている(33,34,35)。


 ECTは単極性うつ病、双極性うつ病の双方のうつ状態に有効であり、その寛解率はともにほぼ同等で約50%と報告されている(36)。Keitnerらのメタ解析(37)では、うつ病へのECTの反応率は53~80%、寛解率は27~56%と推定されている。ECTの施行方法が報告によって異なるため、有効性や有害事象に施行方法による差異が出やすく、有効率にばらつきが出ている(38)ことが指摘されている。
 ECTは単極性うつ病、双極性うつ病の双方のうつ状態に有効であり、その寛解率はともにほぼ同等で約50%と報告されている(36)。Keitnerらのメタ解析(37)では、うつ病へのECTの反応率は53~80%、寛解率は27~56%と推定されている。ECTの施行方法が報告によって異なるため、有効性や有害事象に施行方法による差異が出やすく、有効率にばらつきが出ている(38)ことが指摘されている。


 このようにECTは気分障害のうつ状態に対し高い有効性を持つが、同時に双極性障害の躁状態への有効性も知られている。躁状態への比較対照研究は少ないものの、ECTの抗躁効果は確立しており、Mckherjeeらは過去50年間にECTを施行された約600例の急性躁病患者の転機を調査し、約80%が著明改善または完全寛解したことを報告しており(39)、躁鬱混合状態への有効性も報告されている(40)。ECTが抗躁効果を示すためにはうつ状態より時間がかかり両側性でうつ病より多い治療回数が必要とされている(43)。
 このようにECTは気分障害のうつ状態に対し高い有効性を持つが、同時に双極性障害の躁状態への有効性も知られている。躁状態への比較対照研究は少ないものの、ECTの抗躁効果は確立しており、Mckherjeeらは過去50年間にECTを施行された約600例の急性躁病患者の転機を調査し、約80%が著明改善または完全寛解したことを報告しており(39)、躁鬱混合状態への有効性も報告されている(40)。ECTが抗躁効果を示すためにはうつ状態より時間がかかり両側性でうつ病より多い治療回数が必要とされている(43)。
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 重症躁病や薬物治療抵抗性の遷延性躁状態ではECTの適応がある(41,42) が、躁状態では意識障害、頭部外傷、HIV感染等の器質疾患のECT前の鑑別に十分な注意を要する。躁状態に対して施行する問題点としては、患者本人からの同意が得にくいこと(44)、覚醒状態でECT施行室に搬送することが困難であることが挙げられる。
 重症躁病や薬物治療抵抗性の遷延性躁状態ではECTの適応がある(41,42) が、躁状態では意識障害、頭部外傷、HIV感染等の器質疾患のECT前の鑑別に十分な注意を要する。躁状態に対して施行する問題点としては、患者本人からの同意が得にくいこと(44)、覚醒状態でECT施行室に搬送することが困難であることが挙げられる。


 またECTはカタトニア(緊張病)への高い効果も知られている。カタトニアを呈する疾患として、統合失調症の緊張病型がよく知られるが、カタトニアは様々な疾患で起きうる症候群であり、躁状態やうつ状態、抗NMDA関連脳炎などの器質性精神疾患(45)、自閉症スペクトラム障害(48)などでも起こりうる。カタトニアのLorazepamでの寛解率は80-100%と高いため(45)、通常のカタトニアではLorazepam等のベンゾジアゼピン系薬剤が優先して使用され、治療抵抗性の場合にECTが検討されるが、生命に危険の強い悪性緊張病ではECTは一時的治療選択になりうる(46)。5つの研究でのECTでのカタトニアの寛解率は82-96%と報告されており(45)、統合失調症、気分障害、統合失調感情障害、器質性精神障害を含む28例のカタトニアにECT(47)を行った研究では、93%が緊張病症状消失がみられ、特に気分障害におけるカタトニアの寛解率は96%と高かったと報告されている。自閉症スペクトラム障害に伴うカタトニア(48)や抗NMDA関連脳炎に伴うカタトニアへのECTの有効性の知見の蓄積はまだ乏しい。
 またECTはカタトニア(緊張病)への高い効果も知られている。カタトニアを呈する疾患として、統合失調症の緊張病型がよく知られるが、カタトニアは様々な疾患で起きうる症候群であり、躁状態やうつ状態、抗NMDA関連脳炎などの器質性精神疾患(45)、自閉症スペクトラム障害(48)などでも起こりうる。カタトニアのLorazepamでの寛解率は80~100%と高いため(45)、通常のカタトニアではLorazepam等のベンゾジアゼピン系薬剤が優先して使用され、治療抵抗性の場合にECTが検討されるが、生命に危険の強い悪性緊張病ではECTは一時的治療選択になりうる(46)。5つの研究でのECTでのカタトニアの寛解率は82~96%と報告されており(45)、統合失調症、気分障害、統合失調感情障害、器質性精神障害を含む28例のカタトニアにECT(47)を行った研究では、93%が緊張病症状消失がみられ、特に気分障害におけるカタトニアの寛解率は96%と高かったと報告されている。自閉症スペクトラム障害に伴うカタトニア(48)や抗NMDA関連脳炎に伴うカタトニアへのECTの有効性の知見の蓄積はまだ乏しい。


 統合失調症では前述のように緊張病症状を伴うものには著効することが多く、また精神運動興奮や昏迷を伴う場合も興奮や意思発動性低下が改善・軽減することが多い。一部のアルゴリズムには薬物治療抵抗性統合失調症の治療として、ECTが位置づけられるようになっているが、慢性的な幻覚妄想や陰性症状および認知機能低下には効果が乏しいことが多い。
 統合失調症では前述のように緊張病症状を伴うものには著効することが多く、また精神運動興奮や昏迷を伴う場合も興奮や意思発動性低下が改善・軽減することが多い。一部のアルゴリズムには薬物治療抵抗性統合失調症の治療として、ECTが位置づけられるようになっているが、慢性的な幻覚妄想や陰性症状および認知機能低下には効果が乏しいことが多い。


===ECTによる早期の効果発現===
===ECTによる早期の効果発現===
[[image:ect-図.png|thumb|350px|'''図1.mECT治療によるハミルトンうつ病評価尺度総得点の推移(31名)'''<br>パルス波治療器を用い週2回の両側性ECTを行った場合(国立精神・神経センター病院)<br>mECT: 修正型電気けいれん療法]] 
 ECTの効果発現の特徴として、ECTは効果発現が早いことがあげられる。
 ECTの効果発現の特徴として、ECTは効果発現が早いことがあげられる。


 米国で行われた大規模臨床試験STAR*D研究(Systematic Treatment Alternatives to Relieve Depression)では、増強療法や併用療法を含めた薬物療法による最終段階までの累積寛解率は67%で、4段階の薬物治療戦略を試みても寛解に至らないうつ病が約3分の1存在することが示されている(49)。初回の抗うつ薬で改善したとしても、抗うつ薬の効果発現には十分量に増量後2~4週間かかり、一般的に寛解に至るには少なくとも4~8週間を必要とする。1剤目が無効や効果が乏しかった場合、次の薬剤選択を行い、再び同様に治療に時間がかかることになる。
 米国で行われた大規模臨床試験STAR*D研究(Systematic Treatment Alternatives to Relieve Depression)では、増強療法や併用療法を含めた薬物療法による最終段階までの累積寛解率は67%で、4段階の薬物治療戦略を試みても寛解に至らないうつ病が約3分の1存在することが示されている(49)。初回の抗うつ薬で改善したとしても、抗うつ薬の効果発現には十分量に増量後2~4週間かかり、一般的に寛解に至るには少なくとも4~8週間を必要とする。1剤目が無効や効果が乏しかった場合、次の薬剤選択を行い、再び同様に治療に時間がかかることになる。


 一方、ECTについて、Folkertsらは、治療抵抗性うつ病患者でECTとparoxetineの効果発現の早さについて比較検討し、ECT群ではparoxetine群と比較し、治療1週間後よりうつ状態の有意な改善を認めている(28)。
 一方、ECTについて、Folkertsらは、治療抵抗性うつ病患者でECTとparoxetineの効果発現の早さについて比較検討し、ECT群ではparoxetine群と比較し、治療1週間後よりうつ状態の有意な改善を認めている(28)。
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 国立精神神経センター病院うつストレスケア病棟に入院し、週2回の両側性mECTを行った31名のうつ病患者での、うつ病評価尺度平均得点のECT回数による経時的な改善を(図1)に示す。
 国立精神神経センター病院うつストレスケア病棟に入院し、週2回の両側性mECTを行った31名のうつ病患者での、うつ病評価尺度平均得点のECT回数による経時的な改善を(図1)に示す。
【図1】
   
   
 このようにECTは早期の症状改善効果を持ち、早急な抗うつ効果が必要とされる症例に有用であり、特に、深刻な自殺念慮があり自殺が切迫している状態の早期改善を要する場合(51)、精神症状から食事摂取が困難で栄養の維持が困難な場合、全身状態が悪化してきており早期の症状改善を要す場合等には、薬物療法より効果発現や寛解に至るまでが早いECTが選択されうる。ECTの迅速で高い治療効果は、医療経済の観点からも費用対効果比が高いことも示されている(52) 。さらに、近年はECT麻酔としてKetamine麻酔を用い、ECTの効果発現をさらに加速させる試みも行われている(53)。
 このようにECTは早期の症状改善効果を持ち、早急な抗うつ効果が必要とされる症例に有用であり、特に、深刻な自殺念慮があり自殺が切迫している状態の早期改善を要する場合(51)、精神症状から食事摂取が困難で栄養の維持が困難な場合、全身状態が悪化してきており早期の症状改善を要す場合等には、薬物療法より効果発現や寛解に至るまでが早いECTが選択されうる。ECTの迅速で高い治療効果は、医療経済の観点からも費用対効果比が高いことも示されている(52) 。さらに、近年はECT麻酔としてKetamine麻酔を用い、ECTの効果発現をさらに加速させる試みも行われている(53)。
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 継続・維持ECTの目的は、定期的な低頻度のECTを行うことで症状の寛解状態を保つことであり、ECTの治療反応性が良く、薬物療法や認知行動療法などの心理社会的治療に抵抗性または不耐性から再燃・再発を繰り返す症例に適している。
 継続・維持ECTの目的は、定期的な低頻度のECTを行うことで症状の寛解状態を保つことであり、ECTの治療反応性が良く、薬物療法や認知行動療法などの心理社会的治療に抵抗性または不耐性から再燃・再発を繰り返す症例に適している。


 維持ECTは、症状寛解後、最初は1週間に1回からはじめ、4回行ったところで症状が再燃しなければ、徐々に4週間に1回まで間隔を広げていく方法(60)が良く用いられており、初めの1ヶ月は週に1回、次の1~2ヶ月は2週に1回、それ以後は月に1回で継続する(61,62)。継続・維持ECTでの治療中に再燃・再発の兆候がみられた場合は、維持ECTの予定を早めることで対応が可能である。
 維持ECTは、症状寛解後、最初は1週間に1回からはじめ、4回行ったところで症状が再燃しなければ、徐々に4週間に1回まで間隔を広げていく方法(60)が良く用いられており、初めの1ヶ月は週に1回、次の1~2ヶ月は2週に1回、それ以後は月に1回で継続する(61,62)。継続・維持ECTでの治療中に再燃・再発の兆候がみられた場合は、維持ECTの予定を早めることで対応が可能である。


 Kellerらはうつ病の維持療法として、維持継続ECT群と、nortriptyline、nortriptyline とLithiumの併用をした薬物療法群とを比較した研究(61)を行い、6ヶ月後、維持ECT群では46.1%、薬物療法群では46.3%が寛解を維持し、プラセボ群に比べ有意に再燃率が低かったことを示している。
 Kellerらはうつ病の維持療法として、維持継続ECT群と、nortriptyline、nortriptyline とLithiumの併用をした薬物療法群とを比較した研究(61)を行い、6ヶ月後、維持ECT群では46.1%、薬物療法群では46.3%が寛解を維持し、プラセボ群に比べ有意に再燃率が低かったことを示している。
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===脳波上の発作とECTの効果に影響を与える実施方法===
===脳波上の発作とECTの効果に影響を与える実施方法===
[[image:ect-3.png|thumb|300px|'''写真3.ECTによる脳波上の発作波と発作後抑制''']]
 ECTの効果は電流通電そのものの効果ではなく、脳波上の発作を誘発することに起因している。パルス波治療器でのECTは標準的施行方法では約8秒間の通電を行い、通電により脳神経細胞の脱分極を生じさせ、全般発作が誘発される。脳波上の発作はてんかんの強直間代けいれんの脳波に類似し、発作初期は、多棘波と低電位速波が出現し、徐々に全体に高電位多棘徐波が律動的に出現する(写真3)。発作が終了すると脳波は一時的に平坦化し発作後抑制期に移行する。ECTクール終了後1ヶ月程度の全般性の徐波化を認めることがあるが通常は徐々に正常化する。
 ECTの効果は電流通電そのものの効果ではなく、脳波上の発作を誘発することに起因している。パルス波治療器でのECTは標準的施行方法では約8秒間の通電を行い、通電により脳神経細胞の脱分極を生じさせ、全般発作が誘発される。脳波上の発作はてんかんの強直間代けいれんの脳波に類似し、発作初期は、多棘波と低電位速波が出現し、徐々に全体に高電位多棘徐波が律動的に出現する(写真3)。発作が終了すると脳波は一時的に平坦化し発作後抑制期に移行する。ECTクール終了後1ヶ月程度の全般性の徐波化を認めることがあるが通常は徐々に正常化する。
【写真3】ECTによる脳波上の発作波と発作後抑制


 ECTの治療効果につながる有効な脳波上の発作の性質は、規則的で対称性の高振幅棘徐波、良好な発作後抑制(脳波平坦化)、一定以上の発作時間(運動発作20秒または脳波上の発作25秒以上、65歳以上ではそれぞれ15秒と20秒)があり、参考事項として心拍、血圧の急上昇など交感神経系の興奮があげられている(22)。発作時間に関しては25秒以上のけいれん誘発は必須とされる一方で、けいれん時間と効果は比例しないことが分かっており、むしろ十分な効果のあるエネルギー量ではけいれん時間は減少することが多いため、脳波上の発作がより長ければ効果的というわけではない。
 ECTの治療効果につながる有効な脳波上の発作の性質は、規則的で対称性の高振幅棘徐波、良好な発作後抑制(脳波平坦化)、一定以上の発作時間(運動発作20秒または脳波上の発作25秒以上、65歳以上ではそれぞれ15秒と20秒)があり、参考事項として心拍、血圧の急上昇など交感神経系の興奮があげられている(22)。発作時間に関しては25秒以上のけいれん誘発は必須とされる一方で、けいれん時間と効果は比例しないことが分かっており、むしろ十分な効果のあるエネルギー量ではけいれん時間は減少することが多いため、脳波上の発作がより長ければ効果的というわけではない。
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===パスル波治療器での修正型ECTの手順===
===パスル波治療器での修正型ECTの手順===
[[image:ect-4.png|thumb|300px|'''写真4.ECTユニットの例''']]
 ECTを施行するためには、精神科関連学会の推奨事項(22)を参照し、ECT施行施設ごとにマニュアルを作成し各施設内でのECT手順が標準化されている必要がある。
 ECTを施行するためには、精神科関連学会の推奨事項(22)を参照し、ECT施行施設ごとにマニュアルを作成し各施設内でのECT手順が標準化されている必要がある。


 ECT施行場所はmECTの普及とともに、手術室やECT専用ユニット(写真4)で実施される施設が一般的となっており、ECT専用ユニットでは、ECT前室、ECT処置室、ECTリカバリー室などが設置されることがある。ECT処置室には、100%酸素で陽圧換気が行うことのできる麻酔器、バイタルサイン、心電図、酸素飽和度の自動モニター、ECT治療器、気管内挿管や万一の急変時に備える除細動器などが配置されている。
 ECT施行場所はmECTの普及とともに、手術室やECT専用ユニット(写真4)で実施される施設が一般的となっており、ECT専用ユニットでは、ECT前室、ECT処置室、ECTリカバリー室などが設置されることがある。ECT処置室には、100%酸素で陽圧換気が行うことのできる麻酔器、バイタルサイン、心電図、酸素飽和度の自動モニター、ECT治療器、気管内挿管や万一の急変時に備える除細動器などが配置されている。


【写真4】ECTユニットの例
 当日は、手術に準じた本人確認、ECT同意書の確認、前処置が適切に行われたかの確認を行い、病棟で排尿とバイタルサインの測定、バイトブロックや換気で危険を伴うと予測される口腔内異物や歯の再確認、義歯・コンタクトレンズ・貴金属装飾品などを装着していないかの確認を行ってから、ストレッチャーでECT処置室へ移動する。
 当日は、手術に準じた本人確認、ECT同意書の確認、前処置が適切に行われたかの確認を行い、病棟で排尿とバイタルサインの測定、バイトブロックや換気で危険を伴うと予測される口腔内異物や歯の再確認、義歯・コンタクトレンズ・貴金属装飾品などを装着していないかの確認を行ってから、ストレッチャーでECT処置室へ移動する。


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 麻酔科医は、100%酸素による十分な酸素投与を行いながら、麻酔導入を開始し、短時間作用型のthiopentalやpropofol等の静脈麻酔薬を投与して麻酔導入を行い、必要に応じて副交感神経反応抑制のためのAtropine sulfaceの静脈投与を行う。麻酔効果出現後、マスク換気などの人工換気に切り替え、SuccinylcholineまたはVecuronium等の筋弛緩薬を投与し、Succinylcholineを用いた場合では筋線維束攣縮の出現を確認する。筋弛緩と十分な酸素化が確認された後、咬傷の予防のためマウスガード(バイトブロック)を口内に挿入し、口腔内での安全な固定を確認する。
 麻酔科医は、100%酸素による十分な酸素投与を行いながら、麻酔導入を開始し、短時間作用型のthiopentalやpropofol等の静脈麻酔薬を投与して麻酔導入を行い、必要に応じて副交感神経反応抑制のためのAtropine sulfaceの静脈投与を行う。麻酔効果出現後、マスク換気などの人工換気に切り替え、SuccinylcholineまたはVecuronium等の筋弛緩薬を投与し、Succinylcholineを用いた場合では筋線維束攣縮の出現を確認する。筋弛緩と十分な酸素化が確認された後、咬傷の予防のためマウスガード(バイトブロック)を口内に挿入し、口腔内での安全な固定を確認する。


 再度インピーダンスが3000Ω以下であることを確認してから、一時的に人工換気を中断し、精神科医が通電ボタンを押し通電を開始する。通電終了後、サイマトロンによる自動的な脳波記録が開始され、麻酔科医は人工換気を再開する。<br>
 再度インピーダンスが3000Ω以下であることを確認してから、一時的に人工換気を中断し、精神科医が通電ボタンを押し通電を開始する。通電終了後、サイマトロンによる自動的な脳波記録が開始され、麻酔科医は人工換気を再開する。
運動性のけいれんと脳波上のけいれん(写真3)を確認し、けいれんの持続時間と波形の適切性を確認する。運動性のけいれんは、筋弛緩作用のため軽微かほぼ認めないこともあるが、片下肢にターニケットを巻いて実施することで筋電図上のけいれんを計測することができる。
 
 運動性のけいれんと脳波上のけいれん(写真3)を確認し、けいれんの持続時間と波形の適切性を確認する。運動性のけいれんは、筋弛緩作用のため軽微かほぼ認めないこともあるが、片下肢にターニケットを巻いて実施することで筋電図上のけいれんを計測することができる。


 通電後は、麻酔科医は十分なマスク換気での酸素投与の継続とともに、交感神経、副交感反応による脈拍や血圧変化等の全身反応に対し必要な処置を行う。
 通電後は、麻酔科医は十分なマスク換気での酸素投与の継続とともに、交感神経、副交感反応による脈拍や血圧変化等の全身反応に対し必要な処置を行う。

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