「電気けいれん療法」の版間の差分

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英語名:electroconvulsive therapy 英略称:ECT 独:Elektrokrampftherapie 仏:électroconvulsivothérapie
英語名:electroconvulsive therapy 英略称:ECT 独:Elektrokrampftherapie, Elektrokonvulsiontherapie 仏:électroconvulsivothérapie


==歴史==
==歴史==
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 [[麻酔]]や[[筋弛緩薬]]を使用せず施行する従来型ECTでは、施行前に患者に恐怖感を与えることや全身の[[強直間代けいれん]]に伴う骨折、呼吸器系・循環器系の副作用が少なからず起こることが問題であった。
 [[麻酔]]や[[筋弛緩薬]]を使用せず施行する従来型ECTでは、施行前に患者に恐怖感を与えることや全身の[[強直間代けいれん]]に伴う骨折、呼吸器系・循環器系の副作用が少なからず起こることが問題であった。


 施行前の患者の恐怖感に対しては、徐々に[[チオペンタール]]や[[アモバルビタール]]等の[[バルビツール系]]の[[静脈麻酔薬]]が用いられるようになり、またけいれん発作時の骨折事故を減らす工夫として、通電後の脳のけいれん波と同期した体の全身けいれんが起こらないようにするために筋弛緩薬が用いられるようになったことで、静脈麻酔薬と筋弛緩薬を併用する修正型ECT(modified electroconvulsive therapy; mECT)の基盤が完成した。
 施行前の患者の恐怖感に対しては、徐々に[[チオペンタール]]や[[アモバルビタール]]等の[[バルビツール系]]の[[静脈麻酔薬]]が用いられるようになり、またけいれん発作時の骨折事故を減らす工夫として、通電後の脳のけいれん波と同期した体の全身けいれんが起こらないようにするために筋弛緩薬が用いられるようになったことで、静脈麻酔薬と筋弛緩薬を併用する修正型ECT(modified electroconvulsive therapy; 修正型ECT)の基盤が完成した。


 筋弛緩薬については、1940年代には南米の原住民が狩猟に用いていた筋弛緩作用を持つ毒物[[クラーレ]]が使用されていたが<ref name=ref5>'''Bennet AE'''<br>Preventing traumatic complications in convulsive therapy by curare. <br>''JAMA'' 1940 ; 114 :322-324</ref>、作用時間が長いことが問題であったため、1952年HolmbergとThesleffzらが、より安全性の高い[[サクシニルコリン]]の使用を提唱し<ref name=ref6><pubmed>14923897</pubmed></ref>、以後サクシニルコリンが現在まで修正型ECTの代表的な筋弛緩薬として用いられている。
 筋弛緩薬については、1940年代には南米の原住民が狩猟に用いていた筋弛緩作用を持つ毒物[[クラーレ]]が使用されていたが<ref name=ref5>'''Bennet AE'''<br>Preventing traumatic complications in convulsive therapy by curare. <br>''JAMA'' 1940 ; 114 :322-324</ref>、作用時間が長いことが問題であったため、1952年HolmbergとThesleffzらが、より安全性の高い[[サクシニルコリン]]の使用を提唱し<ref name=ref6><pubmed>14923897</pubmed></ref>、以後サクシニルコリンが現在まで修正型ECTの代表的な筋弛緩薬として用いられている。


 本邦でも1958年、[[wj:島薗安雄|島薗]]らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされた<ref name=ref7>'''島薗安雄、森温理、徳田良仁'''<br>電撃療法時におけるSuccinylcholine Chlorideの使用経験<br>''脳と神経'' 1958 ; 10 : 183-193</ref>が、その後の安全面を含めた評価や一般化が不十分で、またECT自体が患者に強制的に行う負のイメージが強かったため、この時代の反精神医学の潮流や薬物療法の発展に伴い1970年代には本邦では次第に第一線の治療から後退していった。
 本邦でも1958年、[[wj:島薗安雄|島薗]]らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされた<ref name=ref7>'''島薗安雄、森温理、徳田良仁'''<br>電撃療法時におけるサクシニルコリン Chlorideの使用経験<br>''脳と神経'' 1958 ; 10 : 183-193</ref>が、その後の安全面を含めた評価や一般化が不十分で、またECT自体が患者に強制的に行う負のイメージが強かったため、この時代の反精神医学の潮流や薬物療法の発展に伴い1970年代には本邦では次第に第一線の治療から後退していった。


 しかし、1980年代になると、[[リエゾン精神医学]]の進展に伴い、本邦でも精神科が総合病院の一つの科として位置づけられるようになり、麻酔科医と連携して行うmECTが総合病院や大学病院を中心に普及し、同時に手術に準じた患者や家族への[[インフォームドコンセント]]を行うことが一般的になったことで、ECTの安全性が高まり、従来の負のイメージは徐々に払拭されていった。
 しかし、1980年代になると、[[リエゾン精神医学]]の進展に伴い、本邦でも精神科が総合病院の一つの科として位置づけられるようになり、麻酔科医と連携して行う修正型ECTが総合病院や大学病院を中心に普及し、同時に手術に準じた患者や家族への[[インフォームドコンセント]]を行うことが一般的になったことで、ECTの安全性が高まり、従来の負のイメージは徐々に払拭されていった。


 米国では、1975年に[[wj:アメリカ精神医学会|米国精神医学会]]([[wj:アメリカ精神医学会|American Psychiatric Association]] ; APA)がECTに関する専門委員会を設置し、1990年、2001年にECT全体を網羅するガイドライン「APAタスクフォースレポートECT実践ガイド」<ref name=ref8>'''American Psychiatric Association'''<br>Task Force on Electroconvulsive therapy : The Practice of Electroconvulsive therapy  : Recommendations for Treatment, Training, and Privileging 2nd. <br>''APA'' 2001</ref>が刊行され、英国でもECTに関するガイドラインが刊行された<ref name=ref9>'''Royal College of Psychiatrists'''<br>The ECT Handbook : The Second Report of the Royal College of Psychiatrists’<br>Special Committee on ECT, Royal College of Psychiatrists, London 1995</ref>。
 米国では、1975年に[[wj:アメリカ精神医学会|米国精神医学会]]([[wj:アメリカ精神医学会|American Psychiatric Association]] ; APA)がECTに関する専門委員会を設置し、1990年、2001年にECT全体を網羅するガイドライン「APAタスクフォースレポートECT実践ガイド」<ref name=ref8>'''American Psychiatric Association'''<br>Task Force on Electroconvulsive therapy : The Practice of Electroconvulsive therapy  : Recommendations for Treatment, Training, and Privileging 2nd. <br>''APA'' 2001</ref>が刊行され、英国でもECTに関するガイドラインが刊行された<ref name=ref9>'''Royal College of Psychiatrists'''<br>The ECT Handbook : The Second Report of the Royal College of Psychiatrists’<br>Special Committee on ECT, Royal College of Psychiatrists, London 1995</ref>。
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 本邦では、2000年、本橋により本邦で初めてのECTマニュアルが出版され<ref name=ref10>'''本橋伸高''' <br>ECTマニュアル~科学的精神医学を目指して <br>''医学書院'' 2000</ref>、2002年、日本精神神経学会の「電気けいれん療法の手技と適応基準検討小委員会」により、「APAタスクフォースレポートECT実践ガイド」<ref name=ref8 />が翻訳刊行され、本邦の現状を考慮した「ECT推奨事項」も報告された。同時期、全国自治体病院協議会はECTの使用に関する提言を行い、修正型での運用とインフォームドコンセントの取得を強く推奨することとなった。
 本邦では、2000年、本橋により本邦で初めてのECTマニュアルが出版され<ref name=ref10>'''本橋伸高''' <br>ECTマニュアル~科学的精神医学を目指して <br>''医学書院'' 2000</ref>、2002年、日本精神神経学会の「電気けいれん療法の手技と適応基準検討小委員会」により、「APAタスクフォースレポートECT実践ガイド」<ref name=ref8 />が翻訳刊行され、本邦の現状を考慮した「ECT推奨事項」も報告された。同時期、全国自治体病院協議会はECTの使用に関する提言を行い、修正型での運用とインフォームドコンセントの取得を強く推奨することとなった。


 現在は、このような流れを汲んで、インフォームドコンセントを取得し、麻酔科医と連携した呼吸循環管理のもとで、十分な酸素化と筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いて行うmECTが推奨される標準的治療となっている。
 現在は、このような流れを汲んで、インフォームドコンセントを取得し、麻酔科医と連携した呼吸循環管理のもとで、十分な酸素化と筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いて行う修正型ECTが推奨される標準的治療となっている。


===サイン波治療器からパルス波治療器への発展===
===サイン波治療器からパルス波治療器への発展===
[[image:ect-1.png|thumb|350px|'''写真1.従来使用されていたサイン波治療器''']] 
[[image:ect-1.png|thumb|350px|'''写真1.従来使用されていたサイン波治療器''']][[image:ect-2.png|thumb|350px|'''写真2.パルス波治療器の米国ソマティックス社サイマトロン''']]
[[image:ect-2.png|thumb|350px|'''写真2.パルス波治療器の米国ソマティックス社サイマトロン''']]
 通電のためのECT機器として、従来は交流[[wj:正弦波|正弦波]]([[wj:サイン波|サイン波]])治療器が用いられてきた。サイン波治療器は通常電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を[[wj:生理食塩水|生理食塩水]]で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器('''写真1''')であった。
 
 通電のためのECT機器として、従来は交流[[wj:正弦波|正弦波]]([[wj:サイン波|サイン波]])治療器が用いられてきた。サイン波治療器は通常電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を[[wj:生理食塩水|生理食塩水]]で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器(写真1)であった。


 1976年、定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が開発されると、欧米では1980年代より、サイン波治療器より少ない電気量での発作誘発が可能<ref name=ref11><pubmed>889985</pubmed></ref>なパルス波治療器が用いられるようになり、本邦でも2002年にパルス波治療器が医療機器として承認された。
 1976年、定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が開発されると、欧米では1980年代より、サイン波治療器より少ない電気量での発作誘発が可能<ref name=ref11><pubmed>889985</pubmed></ref>なパルス波治療器が用いられるようになり、本邦でも2002年にパルス波治療器が医療機器として承認された。
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 ECTは、臨床的に治療回数を重ねるごとに、多くの患者にけいれん持続時間の減少やけいれん[[閾値]]の上昇(必要刺激用量の増大)を認めるようになる。これらの事象からECTは抗けいれん作用による抑制性の特徴を持つと考えられている。近年の磁気共鳴分光法を用いた研究ではECT後に[[&gamma;-aminobutyric acid]]([[GABA]])の増加が示されており<ref name=ref13><pubmed>16137698</pubmed></ref>、ECTの持つ抑制性の特徴の背景として、脳内GABA輸送の増加と[[受容体]]刺激の増加が関係している可能性が指摘されている。
 ECTは、臨床的に治療回数を重ねるごとに、多くの患者にけいれん持続時間の減少やけいれん[[閾値]]の上昇(必要刺激用量の増大)を認めるようになる。これらの事象からECTは抗けいれん作用による抑制性の特徴を持つと考えられている。近年の磁気共鳴分光法を用いた研究ではECT後に[[&gamma;-aminobutyric acid]]([[GABA]])の増加が示されており<ref name=ref13><pubmed>16137698</pubmed></ref>、ECTの持つ抑制性の特徴の背景として、脳内GABA輸送の増加と[[受容体]]刺激の増加が関係している可能性が指摘されている。


 また、従来は抗うつ効果との関連から、ECTが神経伝達物質やその受容体へ与える影響や[[細胞内情報伝達系]]に与える影響が注目され、[[モノアミン]]、[[コルチゾール]]、[[副腎皮質刺激ホルモン]]、[[コルチコトロピン放出因子]]、[[甲状腺刺激ホルモン]]、[[プロラクチン]]、[[オキシトシン]]、[[バソプレッシン]]、デヒドロエピアンドロステロン硫酸エステル、[[腫瘍壊死因子α]] ([[tumor necrosis factor α]], [[TNFα]])等の生体内物質のECTによる変化が注目されてきた。
 また、従来は抗うつ効果との関連から、ECTが神経伝達物質やその受容体へ与える影響や[[細胞内情報伝達系]]に与える影響が注目され、[[モノアミン]]、[[コルチゾール]]、[[副腎皮質刺激ホルモン]]、[[コルチコトロピン放出因子]]、[[甲状腺刺激ホルモン]]、[[プロラクチン]]、[[オキシトシン]]、[[バソプレッシン]]、[[デヒドロエピアンドロステロン硫酸エステル]]、[[腫瘍壊死因子α]] ([[tumor necrosis factor α]], [[TNFα]])等の生体内物質のECTによる変化が注目されてきた。


 近年では、ECT後の血液中[[脳由来神経栄養因子]] ([[brain-derived neurotrophic factor]], [[BDNF]])の増加が報告され<ref name=ref14><pubmed> 17474805</pubmed></ref>、ECTが神経細胞の[[可塑性]]、再生、維持に関わる[[神経栄養因子]]を強化し、[[海馬]]、[[扁桃体]]を主体とする内側[[側頭葉]]を中心とした神経栄養効果を持つ可能性が指摘されるようになった<ref name=ref15><pubmed>18580563</pubmed></ref>。うつ病患者では[[メタ解析]]でもECT治療後のBDNFの増加が確認されており<ref name=ref16><pubmed>27552533</pubmed></ref>、BDNF増加と[[HAM-D]]総得点減少が相関している報告も存在する。また[[霊長類]]を対象にした[[動物実験]]では、ECTにより海馬での[[神経新生]]が促進されたことが報告されている<ref name=ref17><pubmed>17475797</pubmed></ref>。
 近年では、ECT後の血液中[[脳由来神経栄養因子]] ([[brain-derived neurotrophic factor]], [[BDNF]])の増加が報告され<ref name=ref14><pubmed> 17474805</pubmed></ref>、ECTが神経細胞の[[可塑性]]、再生、維持に関わる[[神経栄養因子]]を強化し、[[海馬]]、[[扁桃体]]を主体とする内側[[側頭葉]]を中心とした神経栄養効果を持つ可能性が指摘されるようになった<ref name=ref15><pubmed>18580563</pubmed></ref>。うつ病患者では[[メタ解析]]でもECT治療後のBDNFの増加が確認されており<ref name=ref16><pubmed>27552533</pubmed></ref>、BDNF増加と[[HAM-D]]総得点減少が相関している報告も存在する。また[[霊長類]]を対象にした[[動物実験]]では、ECTにより海馬での[[神経新生]]が促進されたことが報告されている<ref name=ref17><pubmed>17475797</pubmed></ref>。
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 パルス波治療器であるサイマトロンの添付文書では、これらが反映され原則として禁忌となる疾患や状態として、
 パルス波治療器であるサイマトロンの添付文書では、これらが反映され原則として禁忌となる疾患や状態として、
#最近起きた[[wj:心筋梗塞|心筋梗塞]]、[[wj:不安定狭心症|不安定狭心症]]、[[wj:非代償性うっ血性心不全|非代償性うっ血性心不全]]、重度の[[wj:心臓弁膜症|心臓弁膜症]]のような不安定で重度の[[wj:心血管系疾患|心血管系疾患]]
* 最近起きた[[wj:心筋梗塞|心筋梗塞]]、[[wj:不安定狭心症|不安定狭心症]]、[[wj:非代償性うっ血性心不全|非代償性うっ血性心不全]]、重度の[[wj:心臓弁膜症|心臓弁膜症]]のような不安定で重度の[[wj:心血管系疾患|心血管系疾患]]
#血圧上昇により破裂する可能性のある[[wj:動脈瘤|動脈瘤]]または[[wj:血管奇形|血管奇形]]
* 血圧上昇により破裂する可能性のある[[wj:動脈瘤|動脈瘤]]または[[wj:血管奇形|血管奇形]]
#[[脳腫瘍]]その他の脳占拠性病変により生じる頭蓋内圧亢進、
* [[脳腫瘍]]その他の脳占拠性病変により生じる頭蓋内圧亢進、
#最近起きた[[脳梗塞]]
* 最近起きた[[脳梗塞]]
#重度の[[wj:慢性閉塞性肺疾患|慢性閉塞性肺疾患]]、[[wj:喘息|喘息]]、[[wj:肺炎|肺炎]]のような呼吸器系疾患
* 重度の[[wj:慢性閉塞性肺疾患|慢性閉塞性肺疾患]]、[[wj:喘息|喘息]]、[[wj:肺炎|肺炎]]のような呼吸器系疾患
#米国麻酔学会水準4または5と評価される状態(ECTにより脳出血後まもない患者では再出血の危険性がある、発作による[[交感神経系]]の活性化による血圧上昇、頻脈により最近起きた心筋梗塞患者では[[wj:心室性不整脈|心室性不整脈]]や[[wj:心破裂|心破裂]]の危険性がある、修正型ECTは麻酔下において治療が行われるため麻酔危険度を設定する必要がある)
* 米国麻酔学会水準4または5と評価される状態(ECTにより脳出血後まもない患者では再出血の危険性がある、発作による[[交感神経系]]の活性化による血圧上昇、頻脈により最近起きた心筋梗塞患者では[[wj:心室性不整脈|心室性不整脈]]や[[wj:心破裂|心破裂]]の危険性がある、修正型ECTは麻酔下において治療が行われるため麻酔危険度を設定する必要がある)


が挙げられている。
が挙げられている。
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===早期の効果発現===
===早期の効果発現===
[[image:ect-図.png|thumb|350px|'''図1.修正型ECT治療によるハミルトンうつ病評価尺度総得点の推移(31名)'''<br>パルス波治療器を用い週2回の両側性ECTを行った場合(国立精神・神経センター病院)]] 
[[image:ect-図.png|thumb|350px|'''図1.修正型ECT治療によるハミルトンうつ病評価尺度総得点の推移(31名)'''<br>パルス波治療器を用い週2回の両側性ECTを行った場合(国立精神・神経センター病院)]]
 
 ECTの効果発現の特徴として、発現が早いことがあげられる。
 ECTの効果発現の特徴として、発現が早いことがあげられる。


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 またHusainらはうつ病の患者に対し週3回のECTを施行し反応や寛解のスピードを検討したところ、54%が1週目3回目のセッションまでに治療反応がみられ、2週間目6回目のセッションまでに34%が寛解し3-4週目の10回目のセッションまでに65%が寛解したことを示している<ref name=ref50><pubmed>15119910</pubmed></ref>。
 またHusainらはうつ病の患者に対し週3回のECTを施行し反応や寛解のスピードを検討したところ、54%が1週目3回目のセッションまでに治療反応がみられ、2週間目6回目のセッションまでに34%が寛解し3-4週目の10回目のセッションまでに65%が寛解したことを示している<ref name=ref50><pubmed>15119910</pubmed></ref>。


 国立精神神経センター病院うつストレスケア病棟に入院し、週2回の両側性mECTを行った31名のうつ病患者での、うつ病評価尺度平均得点のECT回数による経時的な改善を('''図1''')に示す。
 国立精神神経センター病院うつストレスケア病棟に入院し、週2回の両側性修正型ECTを行った31名のうつ病患者での、うつ病評価尺度平均得点のECT回数による経時的な改善を('''図1''')に示す。
   
   
 このようにECTは早期の症状改善効果を持ち、早急な抗うつ効果が必要とされる症例に有用であり、特に、深刻な[[自殺|自殺念慮]]があり自殺が切迫している状態の早期改善を要する場合<ref name=ref51><pubmed>15863801</pubmed></ref>、精神症状から食事摂取が困難で栄養の維持が困難な場合、全身状態が悪化してきており早期の症状改善を要す場合等には、薬物療法より効果発現や寛解に至るまでが早いECTが選択されうる。ECTの迅速で高い治療効果は、医療経済の観点からも費用対効果比が高いことも示されている<ref name=ref52><pubmed>15774232</pubmed></ref>。さらに、近年は麻酔として[[ケタミン]]麻酔を用い、ECTの効果発現をさらに加速させる試みも行われている<ref name=ref53><pubmed>19935085</pubmed></ref>。
 このようにECTは早期の症状改善効果を持ち、早急な抗うつ効果が必要とされる症例に有用であり、特に、深刻な[[自殺|自殺念慮]]があり自殺が切迫している状態の早期改善を要する場合<ref name=ref51><pubmed>15863801</pubmed></ref>、精神症状から食事摂取が困難で栄養の維持が困難な場合、全身状態が悪化してきており早期の症状改善を要す場合等には、薬物療法より効果発現や寛解に至るまでが早いECTが選択されうる。ECTの迅速で高い治療効果は、医療経済の観点からも費用対効果比が高いことも示されている<ref name=ref52><pubmed>15774232</pubmed></ref>。さらに、近年は麻酔として[[ケタミン]]麻酔を用い、ECTの効果発現をさらに加速させる試みも行われている<ref name=ref53><pubmed>19935085</pubmed></ref>。
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 初回治療の刺激強度の設定方法には、半年齢法(加齢により発作閾値が上昇するため例えば60歳であれば30%など年齢の半分程度の電気量で初回の通電を行う)と閾値滴定法(徐々に刺激強度を上げてけいれん閾値を決定してからさらに刺激強度を上げて通電する)がある。発作閾値は、サイマトロンでは最大用量の100%に対して何%の設定にするかで定義される脳波上の全般けいれんを起こすための最小限の電気用量であるが、臨床的効果のある発作を起こすためには両側性では閾値の1.5~2.5倍、右片側性ではより高い閾値の2.5~6倍が必要である。本邦では、発作閾値の滴定は行わず半年齢法による刺激強度で開始し、発作波の質や治療効果、治療継続に伴うけいれん閾値の上昇を鑑みて漸次調整していくことが多い。
 初回治療の刺激強度の設定方法には、半年齢法(加齢により発作閾値が上昇するため例えば60歳であれば30%など年齢の半分程度の電気量で初回の通電を行う)と閾値滴定法(徐々に刺激強度を上げてけいれん閾値を決定してからさらに刺激強度を上げて通電する)がある。発作閾値は、サイマトロンでは最大用量の100%に対して何%の設定にするかで定義される脳波上の全般けいれんを起こすための最小限の電気用量であるが、臨床的効果のある発作を起こすためには両側性では閾値の1.5~2.5倍、右片側性ではより高い閾値の2.5~6倍が必要である。本邦では、発作閾値の滴定は行わず半年齢法による刺激強度で開始し、発作波の質や治療効果、治療継続に伴うけいれん閾値の上昇を鑑みて漸次調整していくことが多い。


 電極配置は、両側性と片側性があり、両側性の場合は左右半球に通電され、片側性の場合は通常右半球に行われ右半球だけに通電されるが、共に通電による脳全体の発作誘発が可能である。両側性の方が片側性よりも効果が高いとする報告が多く、現在は世界的に両側性ECTが主流を占める。しかし十分な刺激用量での右片側性ECTは両側性と比較し効果に差がなく、認知機能への影響が少ないのでより望ましいという報告もある<ref name=ref67><pubmed>10807482</pubmed></ref>。
 電極配置は、両側性と片側性があり、両側性の場合は左右半球に通電され、片側性の場合は通常右半球に行われ右半球だけに通電されるが、共に通電による脳全体の発作誘発が可能である。両側性の方が片側性よりも効果が高いとする報告が多く、現在は世界的に両側性ECTが主流を占める。しかし十分な刺激用量での右片側性ECTは両側性と比較し効果に差がなく、[[認知機能]]への影響が少ないのでより望ましいという報告もある<ref name=ref67><pubmed>10807482</pubmed></ref>。
 
 
 波形については、パルス波刺激とサイン波刺激の両者で効果に有意な差を認めなかったとするメタ解析があるが<ref name=ref66 />、ECT麻酔薬として良く用いられているチオペンタールなどのバルビツレート系麻酔薬はもちろん、[[プロポフォール]]などの非バルビツレート系麻酔薬も少なからず抗けいれん作用を持ち、パルス波治療器の普及とともに、パルス波治療器の最大刺激電流量を用いても脳波上のけいれん波が誘発されない症例が少なからず存在することが分かってきた。バルビツレート系麻酔薬である[[メトヘキシタール]]でECTを受けた患者の15%は最大刺激強度を必要とし、最大刺激強度でもその中の33%は発作持続時間が足りないか、不発であったという報告がある<ref name=ref68><pubmed>10831477</pubmed></ref>。このような症例では内服している抗けいれん作用のあるベンゾジアゼピンや抗けいれん薬の見直し、[[フルマゼニル]]のECT通電前の使用、ECT通電前の過換気、ケタミン麻酔などへの変更<ref name=ref69><pubmed>12556568</pubmed></ref>などを考慮する必要がある。
 波形については、パルス波刺激とサイン波刺激の両者で効果に有意な差を認めなかったとする[[メタ解析]]があるが<ref name=ref66 />、ECT麻酔薬として良く用いられているチオペンタールなどのバルビツレート系麻酔薬はもちろん、[[プロポフォール]]などの非バルビツレート系麻酔薬も少なからず抗けいれん作用を持ち、パルス波治療器の普及とともに、パルス波治療器の最大刺激電流量を用いても脳波上のけいれん波が誘発されない症例が少なからず存在することが分かってきた。バルビツレート系麻酔薬である[[メトヘキシタール]]でECTを受けた患者の15%は最大刺激強度を必要とし、最大刺激強度でもその中の33%は発作持続時間が足りないか、不発であったという報告がある<ref name=ref68><pubmed>10831477</pubmed></ref>。このような症例では内服している抗けいれん作用のあるベンゾジアゼピンや抗けいれん薬の見直し、[[フルマゼニル]]のECT通電前の使用、ECT通電前の過換気、ケタミン麻酔などへの変更<ref name=ref69><pubmed>12556568</pubmed></ref>などを考慮する必要がある。


==ECTの副作用==
==副作用==
===致死的副作用===
===致死的副作用===
 ECTによる最も重篤な副作用は死亡であり、その死亡率についていくつかの検討が行われた<ref name=ref70><pubmed> 3898873</pubmed></ref> <ref name=ref71><pubmed>10614030</pubmed></ref> <ref name=ref72><pubmed>9342128</pubmed></ref> <ref name=ref73><pubmed>11474057</pubmed></ref>。
 ECTによる最も重篤な副作用は死亡であり、その死亡率についていくつかの検討が行われた<ref name=ref70><pubmed> 3898873</pubmed></ref> <ref name=ref71><pubmed>10614030</pubmed></ref> <ref name=ref72><pubmed>9342128</pubmed></ref> <ref name=ref73><pubmed>11474057</pubmed></ref>。
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 主な死因はけいれん直後や回復期の心血管系合併症<ref name=ref75><pubmed>9349071</pubmed></ref> <ref name=ref76>'''Levin L, Wambold D, Viguera A et al.'''<br>Hemodynamic responses to ECT in a patient to critical aortic stenosis. <br>''J ECT'', 52 : 884-885, 1997</ref>や嘔吐に伴う窒息<ref name=ref77><pubmed>9711067</pubmed></ref>によると考えられ、ECT前のリスク評価や絶食などのECT前管理の徹底が重要となる。
 主な死因はけいれん直後や回復期の心血管系合併症<ref name=ref75><pubmed>9349071</pubmed></ref> <ref name=ref76>'''Levin L, Wambold D, Viguera A et al.'''<br>Hemodynamic responses to ECT in a patient to critical aortic stenosis. <br>''J ECT'', 52 : 884-885, 1997</ref>や嘔吐に伴う窒息<ref name=ref77><pubmed>9711067</pubmed></ref>によると考えられ、ECT前のリスク評価や絶食などのECT前管理の徹底が重要となる。


 またmECTにて通電1分後よりwide QRS頻拍が出現し、Lidocainの投与で頻拍が停止せず直流通電により停止させた症例<ref name=ref78>小田切 史徳、関田 学、小松 さやか、杉原 匡美、平野 景子、小松 かおる、林 英守、戸叶 隆司、住吉 正孝、中里 祐二、代田 浩之<br>うつ病に対する修正型電気けいれん療法によって誘発されたwide QRS頻拍の1例<br>
 また修正型ECTにて通電1分後よりwide QRS頻拍が出現し、[[リドカイン]]の投与で頻拍が停止せず直流通電により停止させた症例<ref name=ref78>'''小田切 史徳、関田 学、小松 さやか、杉原 匡美、平野 景子、小松 かおる、林 英守、戸叶 隆司、住吉 正孝、中里 祐二、代田 浩之'''<br>うつ病に対する修正型電気けいれん療法によって誘発されたwide QRS頻拍の1例<br>
''心臓'' Vol. 44 (2012) No. SUPPL.2 p. S2_56-S2_62</ref>も報告されており、緊急時の対応を想定しておき、ECT処置室には除細動器などの準備が必要である。
''心臓'' Vol. 44 (2012) No. SUPPL.2 p. S2_56-S2_62</ref>も報告されており、緊急時の対応を想定しておき、ECT処置室には[[wj:除細動器|除細動器]]などの準備が必要である。


===心血管系合併症===
===心血管系合併症===
 通電中と通電直後には、通電による迷走神経の直接刺激から副交感神経が優位なり、発作中は交感神経が、発作終了後には再び副交感神経優位となる。通電直後の副交感神経優位状態では徐脈、洞停止、血圧低下が、発作中の交感神経優位状態では頻脈・高血圧が、発作終了後には再び徐脈や不整脈が一過性に出現しやすい。このような短時間の内に急激に生じる生理学的変化に対して、ECT中は麻酔科医による呼吸循環モニターと全身管理が必要になる。また、ECT中の徐脈性不整脈、血圧低下、口腔内分泌の増大などの副交感神経反応を抑制するためには、抗コリン薬であるAtropine sulfaceの麻酔導入直前の静脈内投与が有用なことがある。高血圧症合併症のある患者では朝の降圧剤を服用し、必要に応じてDiltiazem, Nicardipine等のカルシウム拮抗薬をECT直前か直後に静注し管理する。特に従来からの心血管系合併症を持つ患者では死亡例も報告されおり、十分な管理が必要である。
 通電中と通電直後には、通電による[[迷走神経]]の直接刺激から[[副交感神経]]が優位なり、発作中は[[交感神経]]が、発作終了後には再び副交感神経優位となる。通電直後の副交感神経優位状態では[[wj:徐脈|徐脈]]、[[wj:洞停止|洞停止]]、血圧低下が、発作中の交感神経優位状態では[[wj:頻脈|頻脈]]・[[wj:高血圧|高血圧]]が、発作終了後には再び徐脈や[[wj:不整脈|不整脈]]が一過性に出現しやすい。このような短時間の内に急激に生じる生理学的変化に対して、ECT中は麻酔科医による呼吸循環モニターと全身管理が必要になる。また、ECT中の徐脈性不整脈、血圧低下、口腔内分泌の増大などの副交感神経反応を抑制するためには、[[抗コリン薬]]である[[硫酸アトロピン]]の麻酔導入直前の静脈内投与が有用なことがある。高血圧症合併症のある患者では朝の降圧剤を服用し、必要に応じてジルチアゼム、ニカルジピン等の[[カルシウム拮抗薬]]をECT直前か直後に静注し管理する。特に従来からの心血管系合併症を持つ患者では死亡例も報告されおり、十分な管理が必要である。


===認知機能障害===
===認知機能障害===
 ECTの副作用として出現する認知機能障害には発作後錯乱、発作間せん妄、健忘がある<ref name=ref79>'''Beyer JL, Weiner RD, Glenn MD'''<br>Electroconvulsive therapy. A programmed test 2 nd, <br>''American Psychiatric Press'', Washington DC, 1998</ref>。
 ECTの副作用として出現する認知機能障害には[[発作後錯乱]]、[[発作間せん妄]]、健忘がある<ref name=ref79>'''Beyer JL, Weiner RD, Glenn MD'''<br>Electroconvulsive therapy. A programmed test 2 nd, <br>''American Psychiatric Press'', Washington DC, 1998</ref>。


 発作後錯乱(発作後せん妄)は、通常ECT麻酔覚醒後数分以内に簡単や従命や会話が可能となるところ、ECT麻酔覚醒時に数分から数時間の精神運動性興奮や失見当識を伴う錯乱状態を示すもので、安心できる声かけや静かな環境でのリカバリーが重要である。発作後錯乱ではリカバリー時の慎重な観察と安全管理を要すが、著しく興奮が強い場合は、静脈麻酔薬の再投与やMidazolam、Diazepam等のベンゾジアゼピンの追加投与が必要となる場合がある。
 発作後錯乱([[発作後せん妄]])は、通常ECT麻酔覚醒後数分以内に簡単や従命や会話が可能となるところ、ECT麻酔覚醒時に数分から数時間の[[精神運動性興奮]]や[[失見当識]]を伴う[[錯乱]]状態を示すもので、安心できる声かけや静かな環境でのリカバリーが重要である。発作後錯乱ではリカバリー時の慎重な観察と安全管理を要すが、著しく興奮が強い場合は、静脈麻酔薬の再投与や[[ミダゾラム]]、[[ジアゼパム]]等の[[ベンゾジアゼピン]]の追加投与が必要となる場合がある。


 発作間せん妄は、各ECT治療の間の期間にせん妄状態を呈すものであるが、一般的には治療終了とともに速やかに消失する。ECTの継続が望ましい場合は、治療間隔をあける、刺激用量を下げる、右片側性に変更するなどの対策をとるか、やむを得ない場合は抗精神病薬などによるせん妄治療を行う必要がある。
 発作間せん妄は、各ECT治療の間の期間にせん妄状態を呈すものであるが、一般的には治療終了とともに速やかに消失する。ECTの継続が望ましい場合は、治療間隔をあける、刺激用量を下げる、右片側性に変更するなどの対策をとるか、やむを得ない場合は抗精神病薬などによるせん妄治療を行う必要がある。


 健忘は前向性健忘と逆行性健忘があり、共にECT終了後数日から数週で消失することが多いが、前向性健忘は速やかに回復するのに対し、逆行性健忘は回復に比較的時間がかかることがあり、時にECT治療中や開始直前の記憶は欠けたままのこともある。逆行性健忘は、ECT施行前に全般的な認知機能障害を伴う場合や、ECT施行直後の失見当識の持続時間が長いほど起こりやすいとされる<ref name=ref80><pubmed>7793470</pubmed></ref>。また、エピソード記憶より意味記憶のほうが、遠隔記憶より近時記憶のほうがが障害されやすい<ref name=ref81><pubmed>10839336</pubmed></ref>ことが知られている。
 健忘は前向性健忘と逆行性健忘があり、共にECT終了後数日から数週で消失することが多いが、前向性健忘は速やかに回復するのに対し、逆行性健忘は回復に比較的時間がかかることがあり、時にECT治療中や開始直前の記憶は欠けたままのこともある。逆行性健忘は、ECT施行前に全般的な認知機能障害を伴う場合や、ECT施行直後の失見当識の持続時間が長いほど起こりやすいとされる<ref name=ref80><pubmed>7793470</pubmed></ref>。また、[[エピソード記憶]]より[[意味記憶]]のほうが、[[遠隔記憶]]より[[近時記憶]]のほうがが障害されやすい<ref name=ref81><pubmed>10839336</pubmed></ref>ことが知られている。


 認知機能障害の頻度は、片側性より両側性が、刺激強度が低用量より高用量の方が、パルス波よりサイン波の方が、頻度が高いとされる<ref name=ref26 /> <ref name=ref82><pubmed>3458412</pubmed></ref>。その他、治療回数が多い、治療間隔が短い、患者年齢が高いことは認知機能障害のリスクの増加に関連する。
 認知機能障害の頻度は、片側性より両側性が、刺激強度が低用量より高用量の方が、パルス波よりサイン波の方が、頻度が高いとされる<ref name=ref26 /> <ref name=ref82><pubmed>3458412</pubmed></ref>。その他、治療回数が多い、治療間隔が短い、患者年齢が高いことは認知機能障害のリスクの増加に関連する。
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 認知機能障害が出現した時は、治療の中断、両側性から右片側性への電極配置の変更、治療頻度の引き下げ、治療有効性を損ねない程度の刺激強度の引き下げ、認知障害に関与している併用薬剤の見直し等の対策<ref name=ref8 /> <ref name=ref10 /> <ref name=ref60 />が行われることが望ましい。
 認知機能障害が出現した時は、治療の中断、両側性から右片側性への電極配置の変更、治療頻度の引き下げ、治療有効性を損ねない程度の刺激強度の引き下げ、認知障害に関与している併用薬剤の見直し等の対策<ref name=ref8 /> <ref name=ref10 /> <ref name=ref60 />が行われることが望ましい。


 記憶障害はECT中の低酸素と関係があり、ECT刺激前の十分な酸素化が重要である<ref name=ref83><pubmed>8010381</pubmed></ref>。またKetamine麻酔は神経保護作用を持ち認知機能障害を低減する可能性が示唆されている<ref name=ref84><pubmed>16801824</pubmed></ref> <ref name=ref85><pubmed>18379336</pubmed></ref>。
 記憶障害はECT中の低酸素と関係があり、ECT刺激前の十分な酸素化が重要である<ref name=ref83><pubmed>8010381</pubmed></ref>。またケタミン麻酔は神経保護作用を持ち認知機能障害を低減する可能性が示唆されている<ref name=ref84><pubmed>16801824</pubmed></ref> <ref name=ref85><pubmed>18379336</pubmed></ref>。


 認知機能障害はECTコース中に生じやすいが、一方でECT終了して約2週間経過すると治療前の水準以上となるという報告<ref name=ref86><pubmed>20673880 </pubmed></ref>があり、うつ病の精神運動抑制による認知機能障害はECTによるうつ症状の改善とともに回復するため、鑑別しなければならない。
 認知機能障害はECTコース中に生じやすいが、一方でECT終了して約2週間経過すると治療前の水準以上となるという報告<ref name=ref86><pubmed>20673880 </pubmed></ref>があり、うつ病の精神運動抑制による認知機能障害はECTによるうつ症状の改善とともに回復するため、鑑別しなければならない。
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===その他の合併症===
===その他の合併症===
 ECTの通電直後のその他の副作用として、遷延性けいれん、けいれん重積、遷延性無呼吸が、ECTからの覚醒後に出現し数時間持続することがある副作用として、頭痛、筋肉痛、嘔気がある<ref name=ref8 /> <ref name=ref10 /> <ref name=ref79 />。
 ECTの通電直後のその他の副作用として、[[遷延性けいれん]]、[[けいれん重積]]、[[遷延性無呼吸]]が、ECTからの覚醒後に出現し数時間持続することがある副作用として、[[頭痛]]、筋肉痛、嘔気がある<ref name=ref8 /> <ref name=ref10 /> <ref name=ref79 />。


 遷延性けいれんは、通常2分未満で終了するけいれんが2分以上<ref name=ref8 />ないし3分以上<ref name=ref60 />続く場合で、筋弛緩薬により運動成分が目立たない場合は脳波モニターで判断する。Theophyllineなどのけいれん誘発物質やLithiumの使用、電解質異常、1回の治療内での複数回の刺激、若年者、初回治療(投与電気量が不明)などではより出現しやすいとされる。処置としては、マスク換気での酸素投与を続け、麻酔薬を追加するか抗けいれん作用のあるMidazolamやDiazepam等を静脈内投与する。
 遷延性けいれんは、通常2分未満で終了するけいれんが2分以上<ref name=ref8 />ないし3分以上<ref name=ref60 />続く場合で、筋弛緩薬により運動成分が目立たない場合は脳波モニターで判断する。[[テオフィリン]]などのけいれん誘発物質やリチウムの使用、電解質異常、1回の治療内での複数回の刺激、若年者、初回治療(投与電気量が不明)などではより出現しやすいとされる。処置としては、マスク換気での酸素投与を続け、麻酔薬を追加するか抗けいれん作用のあるミダゾラムやジアゼパム等を静脈内投与する。


 遅発性けいれんは稀であり、ECT終了後の自発的なけいれんの頻度は一般人口と差がないとされる。
 遅発性けいれんは稀であり、ECT終了後の自発的なけいれんの頻度は一般人口と差がないとされる。


 遷延性無呼吸は、Succinylcholineの代謝障害などに関連するまれな副作用である。患者の自発呼吸が回復し安定するまでの間のマスク換気や気管内挿管が必要となる。
 遷延性無呼吸は、サクシニルコリンの代謝障害などに関連するまれな副作用である。患者の自発呼吸が回復し安定するまでの間のマスク換気や[[wj:気管内挿管|気管内挿管]]が必要となる。


 頭痛は、ECT後約半数弱が自覚する最も頻度の多い副作用で、側頭筋や咬筋の通電による収縮や脳循環動態変化による疼痛と考えられ、非ステロイド系消炎鎮痛剤を用いる。
 頭痛は、ECT後約半数弱が自覚する最も頻度の多い副作用で、[[wj:側頭筋|側頭筋]]や[[wj:咬筋|咬筋]]の通電による収縮や脳循環動態変化による疼痛と考えられ、[[wj:非ステロイド系消炎鎮痛剤|非ステロイド系消炎鎮痛剤]]を用いる。


 筋肉痛は通電による筋肉の収縮やSuccinylcholineによる筋線維束攣縮によると考えられる。ほとんどが一過性であるが、持続性のものではSuccinylcholineの量を減量するか、筋弛緩薬をVecuroniumなどに変更する。
 筋肉痛は通電による筋肉の収縮やサクシニルコリンによる[[筋線維束攣縮]]によると考えられる。ほとんどが一過性であるが、持続性のものではサクシニルコリンの量を減量するか、筋弛緩薬をベクロニウムなどに変更する。


 嘔気は、麻酔薬、けいれん発作、手動換気時に胃内に流入した空気による胃内圧上昇などの影響によると考えられ、嘔気が強い場合はMetoclopramide、Domperidoneや制吐作用のあるフェノチアジン系抗精神病薬を使用する。
 嘔気は、麻酔薬、けいれん発作、手動換気時に胃内に流入した空気による胃内圧上昇などの影響によると考えられ、嘔気が強い場合は[[メトクロプラミド]]、[[ドンペリドン]]や制吐作用のある[[フェノチアジン]]系抗精神病薬を使用する。


 歯科的損傷は、咬筋の収縮、人工換気、バイトブロックの挿入により起こりうる。ECTの術前検査として口腔内診察を行い、ぐらつきの強い歯や孤立した尖った歯がある場合は麻酔科医や歯科にコンサルトする必要がある。また咬傷の予防にバイトブロックを使用することが重要である。
 歯科的損傷は、咬筋の収縮、人工換気、[[wj:バイトブロック|バイトブロック]]の挿入により起こりうる。ECTの術前検査として口腔内診察を行い、ぐらつきの強い歯や孤立した尖った歯がある場合は麻酔科医や歯科にコンサルトする必要がある。また咬傷の予防にバイトブロックを使用することが重要である。


 うつ状態に対するECT治療中に躁転が出現することがある<ref name=ref89><pubmed>3338979</pubmed></ref>。この場合、ECTの抗躁効果を期待してさらにECTを継続する場合と、ECTを終了し躁状態に対する薬物療法を行う場合がある。ただし躁転は、ECT後の軽度の意識障害による脱抑制との鑑別が難しいことがあり、認知機能や脳波の評価が重要である。
 うつ状態に対するECT治療中に躁転が出現することがある<ref name=ref89><pubmed>3338979</pubmed></ref>。この場合、ECTの抗躁効果を期待してさらにECTを継続する場合と、ECTを終了し[[躁状態]]に対する薬物療法を行う場合がある。ただし躁転は、ECT後の軽度の意識障害による脱抑制との鑑別が難しいことがあり、認知機能や脳波の評価が重要である。


==mECTの実際==
==修正型ECTの実際==
===ECTの同意===
===同意===
 精神医学的病歴および過去の治療抵抗性と現在の精神症状の十分な評価に基づき、ECT適応の判断が慎重に行われその適応が確認された場合、ECTが実施できる全身状態を確認し、患者および家族へのインフォームドコンセントを行う。
 精神医学的病歴および過去の治療抵抗性と現在の精神症状の十分な評価に基づき、ECT適応の判断が慎重に行われその適応が確認された場合、ECTが実施できる全身状態を確認し、患者および家族へのインフォームドコンセントを行う。


 ECTのインフォームドコンセントに関し、2005年世界保健機関(WHO)は、ECTは患者本人からのインフォームドコンセント、あるいは同意能力の欠如が明らかな場合は保護者からのインフォームドコンセントを得た場合のみに使用されるべきであると勧告しており、これらが欠如した状態でECTを施行してはならない。
 ECTのインフォームドコンセントに関し、2005年[[wj:世界保健機関|世界保健機関]]([[wj:WHO|WHO]])は、ECTは患者本人からのインフォームドコンセント、あるいは同意能力の欠如が明らかな場合は保護者からのインフォームドコンセントを得た場合のみに使用されるべきであると勧告しており、これらが欠如した状態でECTを施行してはならない。


 手術同意と同様に文書を用いて、本人および保護者に口頭で説明し、署名による同意を得る。医療保護入院や措置入院等で本人に同意能力がない場合は、保護者に説明して同意を得ることになるが、病状の回復とともに同意能力が回復した場合には、本人にも十分な説明をすることが望ましい。
 手術同意と同様に文書を用いて、本人および保護者に口頭で説明し、署名による同意を得る。医療保護入院や措置入院等で本人に同意能力がない場合は、保護者に説明して同意を得ることになるが、病状の回復とともに同意能力が回復した場合には、本人にも十分な説明をすることが望ましい。
262行目: 259行目:
 術前検査として、既往歴やアレルギーの問診、内科学的診察、口腔や歯科的診察、神経学的診察、簡単な認知機能検査に加え、血算・一般生化学検査、心電図、胸腹部レントゲン、頭部画像検査、脳波検査を行い、既往歴や合併症に応じてさらに追加検査を実施する。麻酔科医による問診と麻酔リスク評価を行っておく。
 術前検査として、既往歴やアレルギーの問診、内科学的診察、口腔や歯科的診察、神経学的診察、簡単な認知機能検査に加え、血算・一般生化学検査、心電図、胸腹部レントゲン、頭部画像検査、脳波検査を行い、既往歴や合併症に応じてさらに追加検査を実施する。麻酔科医による問診と麻酔リスク評価を行っておく。


 またECT導入前には内服している向精神薬を調整しておく必要がある。
 またECT導入前には内服している[[向精神薬]]を調整しておく必要がある。


 Lithiumに関しては、APAガイドライン<ref name=ref8 />はLithiumとECTは併用しないように推奨している。安全にLithiumとECTを併用できるという報告も存在するため明確な禁忌ではないが、ECTとの併用でSuccinylcholineの作用延長による遷延性無呼吸の可能性が指摘され、ECT後の認知機能障害やせん妄の増加、遷延性発作やセロトニン症候群などの発生が報告されていることからECT前に中止し、ECTクール終了後必要であれば再開することが望ましい。抗てんかん薬やベンゾジアゼピン系薬剤は、ECTとの併用禁忌ではないが抗けいれん作用によりけいれんを生じにくくし発作不発や不適切な脳波上のけいれんを招きやすくするためECT前に漸減中止することが望ましい。
 リチウムに関しては、APAガイドライン<ref name=ref8 />はリチウムとECTは併用しないように推奨している。安全にリチウムとECTを併用できるという報告も存在するため明確な禁忌ではないが、ECTとの併用でサクシニルコリンの作用延長による遷延性無呼吸の可能性が指摘され、ECT後の認知機能障害やせん妄の増加、遷延性発作や[[セロトニン症候群]]などの発生が報告されていることからECT前に中止し、ECTクール終了後必要であれば再開することが望ましい。[[抗てんかん薬]]やベンゾジアゼピン系薬剤は、ECTとの併用禁忌ではないが抗けいれん作用によりけいれんを生じにくくし発作不発や不適切な脳波上のけいれんを招きやすくするためECT前に漸減中止することが望ましい。


 また嘔吐による誤嚥や窒息を予防するため、ECT治療開始の少なくとも6時間前からの固形物の中止、少量の水と必要な薬物以外の2時間前からの中止が推奨<ref name=ref22 />されており、例えば午前中施行する場合は前日夜から、午後に施行する場合は当日朝からの絶食とするなどの処置の徹底が必要がある。当日朝薬は降圧剤など必要最小限に留め、必要に応じて施行前に胃酸の誤嚥を防止のためH2ブロッカーなどの制酸剤内服等を行う。
 また嘔吐による誤嚥や窒息を予防するため、ECT治療開始の少なくとも6時間前からの固形物の中止、少量の水と必要な薬物以外の2時間前からの中止が推奨<ref name=ref22 />されており、例えば午前中施行する場合は前日夜から、午後に施行する場合は当日朝からの絶食とするなどの処置の徹底が必要がある。当日朝薬は[[wj:降圧剤|降圧剤]]など必要最小限に留め、必要に応じて施行前に胃酸の誤嚥を防止のため[[wj:H2ブロッカー|H2ブロッカー]]などの[[wj:制酸剤|制酸剤]]内服等を行う。


===パスル波治療器での修正型ECTの手順===
===パスル波治療器での修正型ECTの手順===
[[image:ect-4.png|thumb|300px|'''写真4.ECTユニットの例''']]
[[image:ect-4.png|thumb|300px|'''写真4.ECTユニットの例''']]
 ECTを施行するためには、精神科関連学会の推奨事項<ref name=ref22 />を参照し、ECT施行施設ごとにマニュアルを作成し各施設内でのECT手順が標準化されている必要がある。
 ECTを施行するためには、精神科関連学会の推奨事項<ref name=ref22 />を参照し、ECT施行施設ごとにマニュアルを作成し各施設内でのECT手順が標準化されている必要がある。


 ECT施行場所はmECTの普及とともに、手術室やECT専用ユニット(写真4)で実施される施設が一般的となっており、ECT専用ユニットでは、ECT前室、ECT処置室、ECTリカバリー室などが設置されることがある。ECT処置室には、100%酸素で陽圧換気が行うことのできる麻酔器、バイタルサイン、心電図、酸素飽和度の自動モニター、ECT治療器、気管内挿管や万一の急変時に備える除細動器などが配置されている。
 ECT施行場所は修正型ECTの普及とともに、手術室やECT専用ユニット('''写真4''')で実施される施設が一般的となっており、ECT専用ユニットでは、ECT前室、ECT処置室、ECTリカバリー室などが設置されることがある。ECT処置室には、100%酸素で陽圧換気が行うことのできる麻酔器、バイタルサイン、[[wj:心電図|心電図]]、[[wj:酸素飽和度|酸素飽和度]]の自動モニター、ECT治療器、気管内挿管や万一の急変時に備える除細動器などが配置されている。


 当日は、手術に準じた本人確認、ECT同意書の確認、前処置が適切に行われたかの確認を行い、病棟で排尿とバイタルサインの測定、バイトブロックや換気で危険を伴うと予測される口腔内異物や歯の再確認、義歯・コンタクトレンズ・貴金属装飾品などを装着していないかの確認を行ってから、ストレッチャーでECT処置室へ移動する。
 当日は、手術に準じた本人確認、ECT同意書の確認、前処置が適切に行われたかの確認を行い、病棟で排尿とバイタルサインの測定、バイトブロックや換気で危険を伴うと予測される口腔内異物や歯の再確認、[[wj:義歯|義歯]]・[[wj:コンタクトレンズ|コンタクトレンズ]]・貴金属装飾品などを装着していないかの確認を行ってから、ストレッチャーでECT処置室へ移動する。


 ECT処置室では、精神科医師、麻酔科医師、看護師が協働しそれぞれの処置を行う。
 ECT処置室では、精神科医師、麻酔科医師、看護師が協働しそれぞれの処置を行う。


 乳酸リンゲル液などを用いて静脈ルートを確保し、呼吸循環モニターのため血圧計、心電図電極、パルスオキシメーターを装着しバイタルサインや酸素飽和度を確認し、通電後の発作を確認するためパルス波治療器の脳波電極、筋電図電極を装着する。
 [[wj:乳酸リンゲル液|乳酸リンゲル液]]などを用いて静脈ルートを確保し、呼吸循環モニターのため血圧計、心電図電極、パルスオキシメーターを装着しバイタルサインや酸素飽和度を確認し、通電後の発作を確認するためパルス波治療器の脳波電極、筋電図電極を装着する。


 通電刺激電極シール(サイマパッド)を装着する電極配置予定部位の皮膚は生理食塩水で湿らせたガーゼで良く拭いて乾かし、同部に通電を行うためのサイマパッドを付着させる。サイマトロンのセルフテストで静的インピーダンスの適切性(3000Ω以上では熱傷の可能性があり通電ができない)を確認し、脳波、筋電図が適切に記録されるか確認する。刺激強度であるサイマトロンの%を症例にあわせて設定しておく。サイマトロンでは、パルス幅、周波数の刺激変数の設定も可能だが、通常はプリセットされている刺激プログラムで行なわれている。
 通電刺激電極シール(サイマパッド)を装着する電極配置予定部位の皮膚は生理食塩水で湿らせたガーゼで良く拭いて乾かし、同部に通電を行うためのサイマパッドを付着させる。サイマトロンのセルフテストで静的インピーダンスの適切性(3000Ω以上では熱傷の可能性があり通電ができない)を確認し、脳波、筋電図が適切に記録されるか確認する。刺激強度であるサイマトロンの%を症例にあわせて設定しておく。サイマトロンでは、パルス幅、周波数の刺激変数の設定も可能だが、通常はプリセットされている刺激プログラムで行なわれている。


 麻酔科医は、100%酸素による十分な酸素投与を行いながら、麻酔導入を開始し、短時間作用型のthiopentalやpropofol等の静脈麻酔薬を投与して麻酔導入を行い、必要に応じて副交感神経反応抑制のためのAtropine sulfaceの静脈投与を行う。麻酔効果出現後、マスク換気などの人工換気に切り替え、SuccinylcholineまたはVecuronium等の筋弛緩薬を投与し、Succinylcholineを用いた場合では筋線維束攣縮の出現を確認する。筋弛緩と十分な酸素化が確認された後、咬傷の予防のためマウスガード(バイトブロック)を口内に挿入し、口腔内での安全な固定を確認する。
 麻酔科医は、100%酸素による十分な酸素投与を行いながら、麻酔導入を開始し、短時間作用型のチオペンタールやプロポフォール等の静脈麻酔薬を投与して麻酔導入を行い、必要に応じて副交感神経反応抑制のための硫酸アトロピンの静脈投与を行う。麻酔効果出現後、マスク換気などの人工換気に切り替え、サクシニルコリンまたはベクロニウム等の筋弛緩薬を投与し、サクシニルコリンを用いた場合では筋線維束攣縮の出現を確認する。筋弛緩と十分な酸素化が確認された後、咬傷の予防のためマウスガード(バイトブロック)を口内に挿入し、口腔内での安全な固定を確認する。


 再度インピーダンスが3000Ω以下であることを確認してから、一時的に人工換気を中断し、精神科医が通電ボタンを押し通電を開始する。通電終了後、サイマトロンによる自動的な脳波記録が開始され、麻酔科医は人工換気を再開する。
 再度インピーダンスが3000Ω以下であることを確認してから、一時的に人工換気を中断し、精神科医が通電ボタンを押し通電を開始する。通電終了後、サイマトロンによる自動的な脳波記録が開始され、麻酔科医は人工換気を再開する。


 運動性のけいれんと脳波上のけいれん(写真3)を確認し、けいれんの持続時間と波形の適切性を確認する。運動性のけいれんは、筋弛緩作用のため軽微かほぼ認めないこともあるが、片下肢にターニケットを巻いて実施することで筋電図上のけいれんを計測することができる。
 運動性のけいれんと脳波上のけいれん('''写真3''')を確認し、けいれんの持続時間と波形の適切性を確認する。運動性のけいれんは、筋弛緩作用のため軽微かほぼ認めないこともあるが、片下肢にターニケットを巻いて実施することで筋電図上のけいれんを計測することができる。


 通電後は、麻酔科医は十分なマスク換気での酸素投与の継続とともに、交感神経、副交感反応による脈拍や血圧変化等の全身反応に対し必要な処置を行う。
 通電後は、麻酔科医は十分なマスク換気での酸素投与の継続とともに、交感神経、副交感反応による脈拍や血圧変化等の全身反応に対し必要な処置を行う。
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 従来型ECTは過去には電気ショック療法と呼ばれ、社会的な負のイメージが強かった。その背景には、薬物療法が開発される以前の時代から薬物療法の黎明期にかけて、適応を選ばないECTの乱用が少なからずあったと考えられることや、十分なインフォームドコンセントを得ずにECTが行われていた経緯がある。
 従来型ECTは過去には電気ショック療法と呼ばれ、社会的な負のイメージが強かった。その背景には、薬物療法が開発される以前の時代から薬物療法の黎明期にかけて、適応を選ばないECTの乱用が少なからずあったと考えられることや、十分なインフォームドコンセントを得ずにECTが行われていた経緯がある。


 1975年に米国で公開された映画「カッコーの巣の上で」( One Flew Over the Cuckoo's Nest)には、精神病院入院中の患者に従来型ECTが行われ強直間代けいれんする様子や患者側の恐怖が描かれており、この時代のECTはインフォームドコンセントが十分でなく、ECTを病院が患者の管理手段として乱用していた傾向があったことは否めない。
 1975年に米国で公開された映画「[[wJ:カッコーの巣の上で|カッコーの巣の上で]]」( [[wJ:カッコーの巣の上で|One Flew Over the Cuckoo's Nest]])には、精神病院入院中の患者に従来型ECTが行われ強直間代けいれんする様子や患者側の恐怖が描かれており、この時代のECTはインフォームドコンセントが十分でなく、ECTを病院が患者の管理手段として乱用していた傾向があったことは否めない。


 また、本邦でも松本昭夫の手記「精神病棟の二十年」に、1960年代の精神病院の無麻酔でのサイン波治療器でのECTの様子が描写されている。
 また、本邦でも松本昭夫の手記「精神病棟の二十年」<ref name=ref100>'''松本昭夫'''<br>精神病棟の二十年―付・分裂病の治癒史<br>''新潮文庫'', 2001 ISBN 4062646897</ref>に、1960年代の精神病院の無麻酔でのサイン波治療器でのECTの様子が描写されている。


 現在は、米国APAをはじめ各国の精神科学会や多くの精神科医が、「適切な適応の患者に十分なインフォームドコンセントを行い、トレーニングされた精神科医が適切な方法で行うECTはエビデンスに基づく治療である」と考えているが、未だ様々な領域でECTへの反対意見を持つ人は少なからずおり、一部の精神科医はECTに反対する立場をとる場合がある。
 現在は、米国APAをはじめ各国の精神科学会や多くの精神科医が、「適切な適応の患者に十分なインフォームドコンセントを行い、トレーニングされた精神科医が適切な方法で行うECTはエビデンスに基づく治療である」と考えているが、未だ様々な領域でECTへの反対意見を持つ人は少なからずおり、一部の精神科医はECTに反対する立場をとる場合がある。


 ECTは従来型ECTからmECTへ、そしてパルス波治療器を用いたECTへと発展してきており、現在のECTは、静脈麻酔薬の使用、筋弛緩薬の使用、ECT中の十分な酸素化と呼吸循環モニターの使用が標準的になってきている。しかし、本邦での課題として、修正型ECTおよびパルス波治療器の普及がまだ不十分であることがあげられる。
 ECTは従来型ECTから修正型ECTへ、そしてパルス波治療器を用いたECTへと発展してきており、現在のECTは、静脈麻酔薬の使用、筋弛緩薬の使用、ECT中の十分な酸素化と呼吸循環モニターの使用が標準的になってきている。しかし、本邦での課題として、修正型ECTおよびパルス波治療器の普及がまだ不十分であることがあげられる。
 
 
 1991年に中島らにより行われたECTに関する精神神経学会に所属する精神科医への全国アンケート調査<ref name=ref90>'''中島一憲、山崎久美子、守屋裕文'''<br>「電気けいれん療法(ECT)をめぐる諸問題」についてアンケート調査<br>''精神経誌''95;537-554,1993</ref>では、約4割の精神科医が現在ECTを実施していたが、修正型ECTを施行している精神科医は15%程度で、インフォームドコンセントの取得も不十分であった。
 1991年に中島らにより行われたECTに関する精神神経学会に所属する精神科医への全国アンケート調査<ref name=ref90>'''中島一憲、山崎久美子、守屋裕文'''<br>「電気けいれん療法(ECT)をめぐる諸問題」についてアンケート調査<br>''精神経誌''95;537-554,1993</ref>では、約4割の精神科医が現在ECTを実施していたが、修正型ECTを施行している精神科医は15%程度で、インフォームドコンセントの取得も不十分であった。


 1997年~1999年に本橋らが行った、大学病院・国立病院を対象にしたアンケート調査<ref name=ref91><pubmed>15087992</pubmed></ref>では、65%の施設でECTが行われ、mECTを行っている施設は80%であったが、mECTのみを行っている施設は33%で、約3分の2の施設で従来型ECTが用いられていた。また本調査では大学病院・国立病院へのアンケート調査で調査対象が本邦の精神科医療機関を網羅しておらず、従来型ECTの正確な使用割合は不明であった。
 1997年~1999年に本橋らが行った、大学病院・国立病院を対象にしたアンケート調査<ref name=ref91><pubmed>15087992</pubmed></ref>では、65%の施設でECTが行われ、修正型ECTを行っている施設は80%であったが、修正型ECTのみを行っている施設は33%で、約3分の2の施設で従来型ECTが用いられていた。また本調査では大学病院・国立病院へのアンケート調査で調査対象が本邦の精神科医療機関を網羅しておらず、従来型ECTの正確な使用割合は不明であった。


 2009年に日本精神神経学会精神科専門医制度研修施設を対象に行われた一瀬らの調査<ref name=ref92>'''一瀬 邦弘、鮫島 達夫、粟田 主一'''<br>わが国の電気けいれん療法(ECT)の現況 : 日本精神神経学会ECT検討委員会の全国実態調査から<br>''精神神經學雜誌''. 113, (9), pp. 939-951, 2011-09-25. 日本精神神経学会</ref>では、ECTを行っている施設は40%で、mECTのみを実施している施設は37.9%、静脈麻酔薬は使用するが筋弛緩薬は使用しないECTを行っている施設は44.9%で、静脈麻酔薬も使用しないECTを行っている施設も3.7%存在していた。
 2009年に日本精神神経学会精神科専門医制度研修施設を対象に行われた一瀬らの調査<ref name=ref92>'''一瀬 邦弘、鮫島 達夫、粟田 主一'''<br>わが国の電気けいれん療法(ECT)の現況 : 日本精神神経学会ECT検討委員会の全国実態調査から<br>''精神神經學雜誌''. 113, (9), pp. 939-951, 2011-09-25. 日本精神神経学会</ref>では、ECTを行っている施設は40%で、修正型ECTのみを実施している施設は37.9%、静脈麻酔薬は使用するが筋弛緩薬は使用しないECTを行っている施設は44.9%で、静脈麻酔薬も使用しないECTを行っている施設も3.7%存在していた。


 治療器に関しては、パルス波治療器のみを使用している施設は24%で、パルス波とサイン波治療器の双方を使用している施設は20.8%、サイン波治療器のみを使用している施設は51%だった。
 治療器に関しては、パルス波治療器のみを使用している施設は24%で、パルス波とサイン波治療器の双方を使用している施設は20.8%、サイン波治療器のみを使用している施設は51%だった。


 mECTは麻酔科医の配置や手術室に準じた施設が必要となるために限られた医療機関でしか行えない治療であり、地域の精神病院と麻酔科医の配置が可能な総合病院との医療連携の強化の必要性が指摘されている<ref name=ref92 />。
 修正型ECTは麻酔科医の配置や手術室に準じた施設が必要となるために限られた医療機関でしか行えない治療であり、地域の精神病院と麻酔科医の配置が可能な総合病院との医療連携の強化の必要性が指摘されている<ref name=ref92 />。


 これらの調査からは、mECTが行われる割合やパルス波治療器が用いられる割合は年々増加しているものの、本邦での普及はまだ不十分であると言わざるを得ず、ECTの標準化は以前からの大きな課題であったことから各関連学会がECT講習会を定期的に開催し均てん化が行われている。
 これらの調査からは、修正型ECTが行われる割合やパルス波治療器が用いられる割合は年々増加しているものの、本邦での普及はまだ不十分であると言わざるを得ず、ECTの標準化は以前からの大きな課題であったことから各関連学会がECT講習会を定期的に開催し均てん化が行われている。


 臨床的な課題としては、先述した100%での刺激強度でも発作が不発または発作不十分な症例が存在することがある。現在は、手技的な工夫や麻酔薬の変更などの個々の施設の工夫で対処されているが、ECTを必要とし希望している患者に対し臨床的効果のあるECTを提供できない場合があり解決が求められている。
 臨床的な課題としては、先述した100%での刺激強度でも発作が不発または発作不十分な症例が存在することがある。現在は、手技的な工夫や麻酔薬の変更などの個々の施設の工夫で対処されているが、ECTを必要とし希望している患者に対し臨床的効果のあるECTを提供できない場合があり解決が求められている。
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 また、これも先述したとおり、ECTによる急性期症状改善後の長期的効果維持に関する限界があり、ECTによる急性期症状改善後の再燃・再発を予防する最適な維持療法についての模索も大きな課題となっている。
 また、これも先述したとおり、ECTによる急性期症状改善後の長期的効果維持に関する限界があり、ECTによる急性期症状改善後の再燃・再発を予防する最適な維持療法についての模索も大きな課題となっている。


 研究面におけるECTにおける最大の課題は先述したECTの作用機序である。ECT前後での脳画像研究、生体内物質の変化、遺伝子発現の変化など、作用機序について世界各国で研究がされているが、未だ作用機序は未解明のままである。ECTの作用機序を解明することは、うつ病の本質的な病態の解明につながる可能性もあり非常に重要な課題である。
 研究面におけるECTにおける最大の課題は先述したECTの作用機序である。ECT前後での[[脳画像研究]]、生体内物質の変化、遺伝子発現の変化など、作用機序について世界各国で研究がされているが、未だ作用機序は未解明のままである。ECTの作用機序を解明することは、うつ病の本質的な病態の解明につながる可能性もあり非常に重要な課題である。


 ECTのアクセシビリティの課題としては、ECT治療は現在のところ入院治療による管理が必要であり、継続・維持ECT施行の際もその都度入院管理が必要となるため、アクセスビリティが良いとは言えず、今後アクセシビリティの高い外来ECTを行うことが特に安全面において可能であるかという検討が求められる。
 ECTのアクセシビリティの課題としては、ECT治療は現在のところ入院治療による管理が必要であり、継続・維持ECT施行の際もその都度入院管理が必要となるため、アクセスビリティが良いとは言えず、今後アクセシビリティの高い外来ECTを行うことが特に安全面において可能であるかという検討が求められる。


 ECTの発展形として直接的に電気を用いないけいれん療法も提案されてきている。磁気によってけいれんを誘発し認知機能障害がより少ないとされる磁気けいれん療法(Magnetic seizure therapy: MST)や焦点を絞った通電が可能となるFocal electrically administered seizure therapy(FEAST)などが開発され研究段階にある。
 ECTの発展形として直接的に電気を用いないけいれん療法も提案されてきている。磁気によってけいれんを誘発し認知機能障害がより少ないとされる[[磁気けいれん療法]]([[magnetic seizure therapy]]: MST)や焦点を絞った通電が可能となる[[focal electrically administered seizure therapy]](FEAST)などが開発され研究段階にある。


==参考文献==
==参考文献==
<references />
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