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<font size="+1">[http://researchmap.jp/kazuookanoya 岡ノ谷 一夫]</font><br>
 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/kazuookanoya 岡ノ谷 一夫]</font><br>
 
''東京大学''<br>
 
''東京大学''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年2月18日 原稿完成日:2017年月日<br>
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DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年2月18日 原稿完成日:2017年3月26日<br>
 
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
 
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
 
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英語名:language evolution
 
英語名:language evolution
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{{box|text= 言語進化とは言語を可能にしている諸機能が生物進化を経て出揃った後の出来事を扱う。言語はいつごろ始まり、どのようなメカニズムを経て現在の形になり、さらにどのように変化して行くのかを解明するのが言語進化の研究である。言語進化にはエピジェネティクスや自己家畜吾などの生物学的な要因と、文化進化などの環境的な要因が関わってくる。
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{{box|text= 言語進化とは言語を可能にしている諸機能が生物進化を経て出揃った後の出来事を扱う。言語はいつごろ始まり、どのようなメカニズムを経て現在の形になり、さらにどのように変化して行くのかを解明するのが言語進化の研究である。言語進化にはエピジェネティクスや自己家畜化などの生物学的な要因と、文化進化などの環境的な要因が関わってくる。
 
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==はじめに==
 
==はじめに==
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 ヒトは集団生活・集団防衛により天敵から逃れてきた。このことで、それまで以上の密度で生活する必要が生じ、攻撃性を制御できることが重要な形質となった。この過程は、家畜化の過程と同じであり、[[自己家畜化]]とよばれる<ref name=ref2><pubmed>25342776</pubmed></ref>。ヒトは他者の心の状態を斟酌することで社会の中での地位を高める。この仕組みは、協調性の高い形質を選択し、同時に、自己の心の中に他者の心のモデルを持つという心の埋め込み構造([[心の理論]]にもとづく)の理解を促進したであろう。これが思考を助けて、言語への前適応となった可能性もある。
 
 ヒトは集団生活・集団防衛により天敵から逃れてきた。このことで、それまで以上の密度で生活する必要が生じ、攻撃性を制御できることが重要な形質となった。この過程は、家畜化の過程と同じであり、[[自己家畜化]]とよばれる<ref name=ref2><pubmed>25342776</pubmed></ref>。ヒトは他者の心の状態を斟酌することで社会の中での地位を高める。この仕組みは、協調性の高い形質を選択し、同時に、自己の心の中に他者の心のモデルを持つという心の埋め込み構造([[心の理論]]にもとづく)の理解を促進したであろう。これが思考を助けて、言語への前適応となった可能性もある。
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 鳥類においては、家禽化により歌に複雑さが現れた事例がある。前段で説明した[[wj:ジュウシマツ|ジュウシマツ]]<u>(編集部コメント:前段にはないようです)</u>である。家禽種は、野生種に比べて歌が複雑で羽色が白く嘴の力が弱い。これらはすべて家畜化症候群の現れであり、神経堤細胞の拡散が抑制されたという仮説と整合する。ヒトの発声が複雑で多様なのは、ジュウシマツの家禽化と同様な過程が働いているからかもしれない。すなわち、天敵がいなくなり、発声が性淘汰の信号として重要になったことで、可塑性が表れてきたというシナリオが考えられる。このように、言語の起源を説明する変化の一部が、ヒトの自己家畜化過程から生じている可能性は強い。
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 鳥類においては、家禽化により歌に複雑さが現れた事例がある。[[wj:ジュウシマツ|ジュウシマツ]]である。ジュウシマツは250年前に中国から日本に輸入されたコシジロキンパラを祖先とする。家禽種(ジュウシマツ)は、野生種(コシジロキンパラ)に比べて歌が複雑で羽色が白く嘴の力が弱い。これらはすべて家畜化症候群の現れであり、神経堤細胞の拡散が抑制されたという仮説と整合する<ref>'''Okanoya, K.'''<br>Evolution of song complexity in Bengalese finches could mirror the emergence of human language. <br>''Journal of Ornithology'', 2015, 156(1), 65-72</ref>。ヒトの発声が複雑で多様なのは、ジュウシマツの家禽化と同様な過程が働いているからかもしれない。すなわち、天敵がいなくなり、発声が性淘汰の信号として重要になったことで、可塑性が表れてきたというシナリオが考えられる。このように、言語の起源を説明する変化の一部が、ヒトの自己家畜化過程から生じている可能性は強い。
    
==文化的要因==
 
==文化的要因==
 
 現在言語と呼ばれるものの萌芽的な形質が成立して5-6万年しか経っていない。このような短い間に言語が成立するということは、ホモ・サピエンスが作った社会・文化環境そのものが特有のニッチとなり、言語を用いることの適応度が急速に増した結果であろう。また、言語それ自体がホモ・サピエンスの脳に適応しやすいよう文化進化を起こしていることも明らかである。
 
 現在言語と呼ばれるものの萌芽的な形質が成立して5-6万年しか経っていない。このような短い間に言語が成立するということは、ホモ・サピエンスが作った社会・文化環境そのものが特有のニッチとなり、言語を用いることの適応度が急速に増した結果であろう。また、言語それ自体がホモ・サピエンスの脳に適応しやすいよう文化進化を起こしていることも明らかである。
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 文化進化の一例として、[[文法化]]という現象がある。これは、[[wj:動詞|動詞]]や[[wj:名詞|名詞]]など内容を指す語が、[[wj:助動詞|助動詞]]や[[wj:代名詞|代名詞]]のような機能を持つようになる過程である。例として、英語のbackを取り上げよう。この単語はもともと「背中」を表していた。これが「~のうしろに」や「以前に」のような空間的・時間的な[[wj:副詞|副詞]]的用法で使われるようになり、さらにはfeedback, kickbackなどの[[wj:接尾辞|接尾辞]]として使われるようになった<ref name=ref8>'''橋本敬, & 中塚雅也'''<br>文法化の構成的モデル化–進化言語学からの考察–<br>''日本認知言語学会論文集'', 7, 33-43. 2007</ref>。このような変化は文献資料から辿ることができる。「~について」は「付く」から、「~において」は「置く」から文法化したのであろう。初期の言語に機能語がなかったとしても、文法化の過程で機能語が生じてきたと考えられる。
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 文化進化の一例として、[[文法化]]という現象がある。これは、[[wj:動詞|動詞]]や[[wj:名詞|名詞]]など内容を指す語が、[[wj:助動詞|助動詞]]や[[wj:代名詞|代名詞]]のような機能を持つようになる過程である。例として、英語のbackを取り上げよう。この単語はもともと「背中」を表していた。これが「~のうしろに」や「以前に」のような空間的・時間的な[[wj:副詞|副詞]]的用法で使われるようになり、さらにはfeedback, kickbackなどの[[wj:接尾辞|接尾辞]]として使われるようになった<ref name=ref8>'''橋本敬, & 中塚雅也'''<br>文法化の構成的モデル化–進化言語学からの考察–<br>''日本認知言語学会論文集'', 2007, 7, 33-43</ref>。このような変化は文献資料から辿ることができる。「~について」は「付く」から、「~において」は「置く」から文法化したのであろう。初期の言語に機能語がなかったとしても、文法化の過程で機能語が生じてきたと考えられる。
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 文化進化は実験室で再現することもできる。色・形・動きのさまざまな組み合わせをもった図形にランダムに3音節の名前をつけ、これをある被験者に学習させる。この被験者は、自分の記憶している図形-名前対応関係を次の被験者に学習させる。これを10名程度の被験者に順次伝言ゲームのように伝達すると、最終的にはある命名規則が発生することが多い。たとえば最初の音節が色を、次が形を、最後が動きを、という具合である<ref name=ref4><pubmed>18667697</pubmed></ref>。このような学習を使ったモデルを[[反復学習モデル]]という<ref name=ref3>'''Kirby, S.'''<br>Spontaneous evolution of linguistic structure-an iterated learning model of the emergence of regularity and irregularity. <br>''IEEE Transactions on Evolutionary Computation'', 5(2), 102-110. 2001</ref>。
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 文化進化は実験室で再現することもできる。色・形・動きのさまざまな組み合わせをもった図形にランダムに3音節の名前をつけ、これをある被験者に学習させる。この被験者は、自分の記憶している図形-名前対応関係を次の被験者に学習させる。これを10名程度の被験者に順次伝言ゲームのように伝達すると、最終的にはある命名規則が発生することが多い。たとえば最初の音節が色を、次が形を、最後が動きを、という具合である<ref name=ref4><pubmed>18667697</pubmed></ref>。このような学習を使ったモデルを[[反復学習モデル]]という<ref name=ref3>'''Kirby, S.'''<br>Spontaneous evolution of linguistic structure-an iterated learning model of the emergence of regularity and irregularity. <br>''IEEE Transactions on Evolutionary Computation'', 2001, 5(2), 102-110</ref>。
    
==要因間の相互作用:エピジェネティクス==
 
==要因間の相互作用:エピジェネティクス==
 
 言語を用いることが[[エピジェネティック]]な変化を脳にもたらすことは当然考えられる。鳥の歌は言語ではないが、その獲得過程は言語に類似している。ジュウシマツの歌には、その複雑さに多様性がある。ジュウシマツの祖先である[[wj:コシジロキンパラ|コシジロキンパラ]]では、歌は一様に単純である。これら鳥の[[大脳基底核]]における[[アンドロゲン受容体]]の発現量を測定すると、複雑な歌をうたう個体ほどアンドロゲン受容体が多く発現することがわかっている<ref name=ref6><pubmed>23701473</pubmed></ref>。また、アンドロゲン受容体の遺伝子の[[転写開始領域]]を符号化している領域で[[メチル化]]の程度を測ると、複雑な歌をうたう個体ほどこれが低いことがわかっている。以上は相関関係に留まり、因果関係を示したわけではないが、歌の学習環境に応じてメチル化の程度を変化させる仕組みがあることを示唆している。
 
 言語を用いることが[[エピジェネティック]]な変化を脳にもたらすことは当然考えられる。鳥の歌は言語ではないが、その獲得過程は言語に類似している。ジュウシマツの歌には、その複雑さに多様性がある。ジュウシマツの祖先である[[wj:コシジロキンパラ|コシジロキンパラ]]では、歌は一様に単純である。これら鳥の[[大脳基底核]]における[[アンドロゲン受容体]]の発現量を測定すると、複雑な歌をうたう個体ほどアンドロゲン受容体が多く発現することがわかっている<ref name=ref6><pubmed>23701473</pubmed></ref>。また、アンドロゲン受容体の遺伝子の[[転写開始領域]]を符号化している領域で[[メチル化]]の程度を測ると、複雑な歌をうたう個体ほどこれが低いことがわかっている。以上は相関関係に留まり、因果関係を示したわけではないが、歌の学習環境に応じてメチル化の程度を変化させる仕組みがあることを示唆している。
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 ヒトにおいて言語をより有効に用いる個体に淘汰上の利益があったとすれば、言語を用いやすいようなエピジェネティックな変化が起こりやすいような変異が選択されてきている可能性はある。個別言語の獲得の過程では、強勢、モーラー、音調など、多様なアクセントのうちいずれかを利用するようになる。この過程で、異なるエピジェネティクスが関わると主張する研究者もいる<ref name=ref5>'''Reich, P. A., & Richards, B. A.'''<br>Epigenetics and Language: The Minimalist Program, Connectionism and Biology. <br>''Linguistica Atlantica'', 25, 7-21. 2013</ref>。
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 ヒトにおいて言語をより有効に用いる個体に淘汰上の利益があったとすれば、言語を用いやすいようなエピジェネティックな変化が起こりやすいような変異が選択されてきている可能性はある。個別言語の獲得の過程では、強勢、モーラー、音調など、多様なアクセントのうちいずれかを利用するようになる。この過程で、異なるエピジェネティクスが関わると主張する研究者もいる<ref name=ref5>'''Reich, P. A., & Richards, B. A.'''<br>Epigenetics and Language: The Minimalist Program, Connectionism and Biology. <br>''Linguistica Atlantica'', 2013, 25, 7-21</ref>。
 
   
==おわりに==
 
==おわりに==
 
 言語の進化過程は、実験科学として取り扱いが可能な技術と概念が十分発達してきた。私たちが今使っている言語自体が、常に進化の過程を経ている。この過程の一部は[[文化進化実験]]により実験室で再現することが可能だし、一定の認知特性をプログラムしたエージェント同士の相互作用としてシミュレーションすることもできる。この分野の研究は、計算効率と大規模データによってさらに発展が期待できるであろう。
 
 言語の進化過程は、実験科学として取り扱いが可能な技術と概念が十分発達してきた。私たちが今使っている言語自体が、常に進化の過程を経ている。この過程の一部は[[文化進化実験]]により実験室で再現することが可能だし、一定の認知特性をプログラムしたエージェント同士の相互作用としてシミュレーションすることもできる。この分野の研究は、計算効率と大規模データによってさらに発展が期待できるであろう。

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