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さらに、パブロフ型条件づけ課題では、動物が報酬を期待していることを示す自発的反応もみられる。たとえば、動物はCSの提示に際してCSや報酬の提示場所へ近づく接近反応(approach response)をみせる<ref name=bouton>'''Mark E Bouton'''<br>Learning and behavior: A contemporary synthesis Second Edition<br>''Sinauer Associates'': 2007</ref>。また、ラットに報酬としてジュースを与える課題では、報酬が与えられる前に飲み口を予期的に舐めるリッキング(licking)行動がみられる<ref name=tsutsui>'''筒井健一郎、大山佳'''<br>報酬期待の神経科学、社会脳シリーズ第5巻・報酬を期待する脳<br>''苧坂直行編、新曜社(東京)'':2014</ref>。これらの報酬予測にもとづく報酬獲得の準備行動も、動物がCSにもとづき報酬を予測していることを支持している。 | さらに、パブロフ型条件づけ課題では、動物が報酬を期待していることを示す自発的反応もみられる。たとえば、動物はCSの提示に際してCSや報酬の提示場所へ近づく接近反応(approach response)をみせる<ref name=bouton>'''Mark E Bouton'''<br>Learning and behavior: A contemporary synthesis Second Edition<br>''Sinauer Associates'': 2007</ref>。また、ラットに報酬としてジュースを与える課題では、報酬が与えられる前に飲み口を予期的に舐めるリッキング(licking)行動がみられる<ref name=tsutsui>'''筒井健一郎、大山佳'''<br>報酬期待の神経科学、社会脳シリーズ第5巻・報酬を期待する脳<br>''苧坂直行編、新曜社(東京)'':2014</ref>。これらの報酬予測にもとづく報酬獲得の準備行動も、動物がCSにもとづき報酬を予測していることを支持している。 | ||
このような報酬予測にもとづく反応はどのように学習されるのだろうか? ここでは、パブロフ型条件づけの課題で実際にみられる動物の行動をよく説明する「レスコーラ=ワグナーの学習則」と呼ばれる[[強化学習]]の学習則を紹介する<ref>'''Peter Dayan, L. F. Abbott'''<br>Theoretical Neuroscience | このような報酬予測にもとづく反応はどのように学習されるのだろうか? ここでは、パブロフ型条件づけの課題で実際にみられる動物の行動をよく説明する「レスコーラ=ワグナーの学習則」と呼ばれる[[強化学習]]の学習則を紹介する<ref>'''Peter Dayan, L. F. Abbott'''<br>Theoretical Neuroscience: Computational and Mathematical Modeling of Neural Systems <br>''The MIT Press'': 2001</ref>。 | ||
レスコーラ=ワグナーの学習則では、実際に得られた報酬量と予期された報酬量の差分である「報酬予測誤差(reward prediction error)」を学習信号として、今までの予期報酬を新たな予期報酬へと更新する: | レスコーラ=ワグナーの学習則では、実際に得られた報酬量と予期された報酬量の差分である「報酬予測誤差(reward prediction error)」を学習信号として、今までの予期報酬を新たな予期報酬へと更新する: | ||
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道具的条件づけの課題のなかでも、報酬予測にもとづく行動を調べるためによく用いられる課題に、遅延選択課題(delayed response task)がある。たとえば、典型的な遅延選択課題では、サルは各試行で左右どちらかのボタンを押すことが求められる。このとき、ボタン押しに先んじて視野の左右どちらかに手がかり刺激が呈示される。サルは、手がかり刺激が消えてから数秒後にボタンを押すよう訓練され、刺激が呈示されたのと同じ側のボタンを押した場合には報酬として餌やジュースを得るが、逆側を押した場合には報酬が得られない。 | 道具的条件づけの課題のなかでも、報酬予測にもとづく行動を調べるためによく用いられる課題に、遅延選択課題(delayed response task)がある。たとえば、典型的な遅延選択課題では、サルは各試行で左右どちらかのボタンを押すことが求められる。このとき、ボタン押しに先んじて視野の左右どちらかに手がかり刺激が呈示される。サルは、手がかり刺激が消えてから数秒後にボタンを押すよう訓練され、刺激が呈示されたのと同じ側のボタンを押した場合には報酬として餌やジュースを得るが、逆側を押した場合には報酬が得られない。 | ||
このような課題で、サルは手がかり刺激が呈示された側のボタンを押して報酬を得ることを学習する。より多くの報酬をもたらす行動の頻度が増加するという現象は、遅延反応課題に限らず多くの課題で確認されている。動物がこのような学習をすることは、行動の結果得られる報酬が予測されていることを支持している。 | |||
さらに、遅延選択課題でサルの好物であるバナナを報酬として条件づけを行った場合、報酬が突然レタスに変更されると、サルは驚きと怒りをみせる<ref>'''O L Tinklepaugh'''<br>An experimental study of representative factors in monkeys.<br>''J. Comp. Psychol.'': 1928, (8);197-236</ref>。これは、サルが学習の結果、報酬としてバナナを期待するようになったことを支持している<ref name=watanabe1996><pubmed> 8757133 </pubmed></ref>。また、同様の実験パラダイムで二種類の手がかり刺激がそれぞれ異なる報酬(異なる種類のジュース)と対応していることを学習したサルでは、より嗜好性の高い報酬が得られる試行において、サルがより長い時間予期的なリッキング行動を続け、より短い反応時間かつより高い正当率で回答することが報告されている<ref name=hassani2001><pubmed> 11387394 </pubmed></ref>。これらのこともまた、サルが学習の結果報酬を予測していることを支持している。 | さらに、遅延選択課題でサルの好物であるバナナを報酬として条件づけを行った場合、報酬が突然レタスに変更されると、サルは驚きと怒りをみせる<ref>'''O L Tinklepaugh'''<br>An experimental study of representative factors in monkeys.<br>''J. Comp. Psychol.'': 1928, (8);197-236</ref>。これは、サルが学習の結果、報酬としてバナナを期待するようになったことを支持している<ref name=watanabe1996><pubmed> 8757133 </pubmed></ref>。また、同様の実験パラダイムで二種類の手がかり刺激がそれぞれ異なる報酬(異なる種類のジュース)と対応していることを学習したサルでは、より嗜好性の高い報酬が得られる試行において、サルがより長い時間予期的なリッキング行動を続け、より短い反応時間かつより高い正当率で回答することが報告されている<ref name=hassani2001><pubmed> 11387394 </pubmed></ref>。これらのこともまた、サルが学習の結果報酬を予測していることを支持している。 | ||
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===ドーパミンニューロンの活動と報酬予測誤差=== | ===ドーパミンニューロンの活動と報酬予測誤差=== | ||
報酬予測誤差にもとづくレスコーラ=ワグナーの学習則が、動物の報酬予測に関連した学習をよく説明することは既に述べた。このような学習の神経メカニズムとして、ドーパミンニューロンの活動が学習信号となって報酬期待の神経活動をみせる脳領域の活動を調整している可能性がある。 | |||
近年、[[ドーパミンニューロン]]の一過性の活動(phasic activity)が、強化学習の学習則で一般に報酬予測誤差と呼ばれる学習信号を符号化しているとする「ドーパミン報酬予測誤差仮説」<ref><pubmed> 9054347 </pubmed></ref>が注目されている。 | |||
たとえば、道具的条件づけのパラダイムを用いた実験では、サルの学習に伴ってドーパミンニューロンの反応が変化することが報告されている<ref><pubmed> 7983508</pubmed></ref>。ドーパミンニューロンは、学習の初期には報酬の獲得にあわせて活動を増大させる。この反応は、学習が進むにつれ消失し、報酬を予測する手がかり刺激の呈示直後に活動が増大するようになる。また、予想された報酬が呈示されなかった場合には、報酬が予測された時刻の活動に低下がみられる<ref><pubmed> 10195164 </pubmed></ref>。これらのことは、ドーパミンニューロンが正負の報酬予測誤差を両方向的に符号化していることを示唆している<ref name=schultz2006 />。さらに、阻止効果の実験でもドーパミンニューロンが強化学習の理論から予見される学習信号を反映した活動をみせることが報告されおり<ref><pubmed> 11452299 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 14741107 </pubmed></ref>、近年では[[オプトジェネティクス]]やマイクロスティミュレーションを用いてドーパミンニューロンの活動を人為的に操作すると学習が阻害されることが報告されている<ref><pubmed> 28390863 </pubmed></ref> 。これらのこともまたドーパミン報酬予測誤差仮説を支持している。 | たとえば、道具的条件づけのパラダイムを用いた実験では、サルの学習に伴ってドーパミンニューロンの反応が変化することが報告されている<ref><pubmed> 7983508</pubmed></ref>。ドーパミンニューロンは、学習の初期には報酬の獲得にあわせて活動を増大させる。この反応は、学習が進むにつれ消失し、報酬を予測する手がかり刺激の呈示直後に活動が増大するようになる。また、予想された報酬が呈示されなかった場合には、報酬が予測された時刻の活動に低下がみられる<ref><pubmed> 10195164 </pubmed></ref>。これらのことは、ドーパミンニューロンが正負の報酬予測誤差を両方向的に符号化していることを示唆している<ref name=schultz2006 />。さらに、阻止効果の実験でもドーパミンニューロンが強化学習の理論から予見される学習信号を反映した活動をみせることが報告されおり<ref><pubmed> 11452299 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 14741107 </pubmed></ref>、近年では[[オプトジェネティクス]]やマイクロスティミュレーションを用いてドーパミンニューロンの活動を人為的に操作すると学習が阻害されることが報告されている<ref><pubmed> 28390863 </pubmed></ref> 。これらのこともまたドーパミン報酬予測誤差仮説を支持している。 | ||
ドーパミンニューロンが活動するとことで起こるドーパミンの放出は、投射先の神経細胞のシナプス強度を調節する<ref><pubmed> 12371508 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 17367873 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 25258080</pubmed></ref>。実際、ドーパミンニューロンは、前述の報酬期待の神経活動が報告されている脳領域の多くに投射しており<ref name=hikosaka2006 /> <ref name=schultz2006 />、投射先のドーパミン濃度は報酬予測誤差を反映するよう調節される<ref><pubmed> 17603481 | |||
</pubmed></ref>。これらのことは、報酬予測誤差を反映したドーパミンニューロンの活動が投射先のシナプス強度を調節することで、報酬予測に関連した学習が起こることを示唆している。 | </pubmed></ref>。これらのことは、報酬予測誤差を反映したドーパミンニューロンの活動が投射先のシナプス強度を調節することで、報酬予測に関連した学習が起こることを示唆している。 | ||
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