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 このような観察を強調したローレンツの古典的著書『攻撃』<ref name=Lorenz1963/>(ローレンツ, 1970 (原著1963))の影響もあり、過去には、動物は同種間の闘いで実際に致命傷を受けることはほとんどない、そのような残酷なことをするのは人間だけ、あるいは人間とチンパンジーだけだ、と主張されたこともある。しかしその後の観察では、同種の動物の間で致命傷に至る攻撃行動は決してまれではない。異種間においても、ライオンは必ずしも空腹だから獲物を殺すのではなく、気まぐれに狩猟しているように見える(Schaller, 1972)。<ref>’’’ George B. Schaller ‘’’<br> The Serengeti lion: a study of predator-prey relations <br>’’ University Chicago Press ‘’; 1972</ref>子殺しも、当初考えられていたよりもはるかに広範な種に認められている(Opie et al., 2013)。従って「実際の暴力を減弱する方法が自然の中にこうして存在するにしても、攻撃性が珍事であるわけではなく、やはり生起するのである。」(ハインド, 1974(原著), 1977(日本語版)) <ref name=Hinde1974/>
 このような観察を強調したローレンツの古典的著書『攻撃』<ref name=Lorenz1963/>(ローレンツ, 1970 (原著1963))の影響もあり、過去には、動物は同種間の闘いで実際に致命傷を受けることはほとんどない、そのような残酷なことをするのは人間だけ、あるいは人間とチンパンジーだけだ、と主張されたこともある。しかしその後の観察では、同種の動物の間で致命傷に至る攻撃行動は決してまれではない。異種間においても、ライオンは必ずしも空腹だから獲物を殺すのではなく、気まぐれに狩猟しているように見える(Schaller, 1972)。<ref>’’’ George B. Schaller ‘’’<br> The Serengeti lion: a study of predator-prey relations <br>’’ University Chicago Press ‘’; 1972</ref>子殺しも、当初考えられていたよりもはるかに広範な種に認められている(Opie et al., 2013)。従って「実際の暴力を減弱する方法が自然の中にこうして存在するにしても、攻撃性が珍事であるわけではなく、やはり生起するのである。」(ハインド, 1974(原著), 1977(日本語版)) <ref name=Hinde1974/>
2 攻撃性の脳内基盤研究
2-1 除脳実験による“怒りRage”反応に必要な脳部位の同定
 ”ホメオスタシス”研究で著名なキャノンの弟子バードは、視床下部の直前の離断(大脳半球と視床のかなりの部分の除脳)を行うと、手術前には大人しかったネコが、わずかな刺激によって強い怒りの反応、すなわち毛を逆立て、爪をむき出し、唸り声をあげ、前足で叩く、という一連の防御的攻撃行動を示すことを見出した(Bard, 1928)<ref>’’’ Bard, P.’’’<br> A diencephalic mechanism for the expression of rage with special reference to the sympathetic nervous system.<br>’’ American Journal of Physiology ‘’84, 490-515; 1928</ref>。一方、視床下部直後の離断(視床下部・視床および前部大脳半球の除脳)では、唸る、爪をむき出す、耳を寝かせる、噛むなどの反応はそれぞれ認められても、これらが協調的に一斉に現れなくなる。このことから、怒りという情動のまとまった行動発現には視床下部が必要であることが明らかになった。また大脳皮質は怒り反応には不要で、むしろ視床下部を抑制して怒り反応の閾値を上昇させていると考えられた。
 この実験以前は、あらゆる知覚は視床を介して大脳皮質に伝えられると考えられていたが、皮質がなくても触覚刺激に反応して怒り情動が起こることから、皮質を介さずに直接視床下部に行く知覚入力経路があることも明らかになった。
2-2 視床下部電気刺激による行動賦活・抑制
 ヘスは、ネコの視床下部の電気刺激Electric Brain Stimulationによって攻撃と逃走を誘発できることを発見した(Hess, 1928)<ref> Hess, W.R.<br> Stammganglien-Reizversuche.<br>’’Berichte der gesamten Physiologie’’ 42, 554-555.; 1928</ref>。当時、視床下部は自律神経の中枢と考えられていたが、上述のバードの実験とあわせ、生得的な行動の中枢も視床下部にあると考えられるようになった。
 ヘス自身は視床下部内で「攻撃」特異的な解剖学的領域の存在には否定的であった。しかし九州大学の安河内五郎(Yasukochi, 1960)<ref><pubmed> 13787257</pubmed></ref>は反応の強い刺激脳部位、すなわち低い閾値で明確な反応が出た場所だけをマップすると、特定の行動に対応する部位が存在すること、特に激怒+攻撃は視床下部腹内側核Ventromedial hypothalamic nucleus (VMH)への刺激で起こりやすいことを示した。ネコ、ラット、有袋類オポッサム、霊長類マーモセットにおいても、VMHに重なる視床下部腹内側の刺激で防御的威嚇行動が、その背外側で逃走行動が生じることから、これらの視床下部における行動誘発マップは哺乳類内でよく保存されていると考えられる(Lipp and Hunsperger, 1978)<ref><pubmed>100172</pubmed></ref>。
 クルックらはラットを用い、攻撃やそのほかの行動を誘発する視床下部内領域をより詳細にマッピングし、「攻撃」誘発領域をHypothalamic attack area, HAAと命名した。
2-3 視床下部の光遺伝学的行動賦活・抑制
 アメリカのカリフォルニア工科大学のリン、アンダーソンらはマウスにおいて「光遺伝学Optogenetics」の手法を用い、VMHの腹外側部(VMHvl)、とくにエストロゲン受容体α(ERα)を発現するニューロン特異的な光遺伝学的刺激が、攻撃行動を起こすことを見出した(Lee et al., 2014; Lin et al., 2011)<ref><pubmed> 24739975</pubmed></ref><ref><pubmed>21307935</pubmed></ref>。オスマウスVMHのERα発現細胞を光遺伝学により活性化すると、普段なら攻撃が起こらない状況においても、攻撃行動が誘発される。例えば膨らませた手袋や、性行動をしている相手のメスマウスに対しても、光を照射するとただちに攻撃行動が誘発される。ERαとほぼ局在が同じプロゲステロンレセプターPR陽性VMHvlニューロンのDreadd-Gqを用いた薬理遺伝学的活性化でも、居住オスは本来行わないメスや手袋、自分の鏡像に対する攻撃を行った(Yang et al., 2017)<ref><pubmed>28757304</pubmed></ref>。オスを去勢したり、フェロモン受容体のノックアウトをしても、VMHvlを活性化すると攻撃は起こる。
 さらに、VMHvl ニューロンの光遺伝学的機能抑制によって攻撃行動が抑制され、また、ERα発現 “攻撃” ニューロンは侵入者オスに対する自発的な攻撃中に発火する。これらのことから、マウスVMHvlのERα発現ニューロンは、攻撃行動の発動に必要かつ十分であると考えられた。
2-4 視床下部VMH以外の脳部位
 攻撃性に関与する脳部位はVMHvl以外にもある。前頭前野、中隔、扁桃体、側坐核、分界条庄核、視索前野、視床下部前核、前乳頭体核、室傍核、手綱核、中脳水道周囲灰白質、背側縫線核、青斑核などが攻撃行動に関与することが明らかになってきている(Newman et al., 1997) (Veening et al., 2005)<ref><pubmed> 9071355</pubmed></ref><ref><pubmed> 16263109 </pubmed></ref>。これらの領域は視床下部などの各領域と投射(結合)関係を持ち、情報をやりとりしながら、行動を解発する刺激(感覚)の情報処理や、実際の行動の際の計画・運動などに関与し、全体としてネットワークを形成していると考えられる(de Boer et al., 2015) (篠塚一貴 et al., 2017)<ref><pubmed> 26066717</pubmed></ref><ref>’’’篠塚一貴, 矢野沙織, Menno, R.K., 黒田公美’’’<br>攻撃性の脳内基盤II.<br>’’臨床精神医学’’ 46, 1067-1076.; 2017</ref>。
3 攻撃性に関わるホルモン・神経伝達物質
攻撃行動には多様なホルモンや神経伝達物質が関わることが分かっているが、その中でも特によく研究されている性ステロイドホルモンとセロトニンについてのみここでは紹介する。他にも、神経ペプチドであるバソプレッシンやオキシトシン、副腎皮質刺激ホルモン放出因子、ニューロペプチドYなど、そして神経伝達物質であるドーパミンやGABA、グルタミン酸、内因性オピオイドなど、更にシグナル伝達物質である一酸化窒素合成酵素(NOS)が攻撃行動に関与することが報告されている。
3-1 性ステロイドホルモンと攻撃性
多くの動物において、雄の方が雌よりも攻撃性が高く、特に精巣からテストステロンの分泌が増加する思春期から攻撃行動が増加する。また、成体雄の精巣を除去すると攻撃行動が低下し、そこにテストステロンを投与することで攻撃行動が回復することから、テストステロンが攻撃行動の出現に必須であることが示されている(近藤ら、2010)<ref>’’’近藤保彦, 菊水健史, 山田一夫, 小川園子, 富原 一哉’’’<br>脳とホルモンの行動学<br>’’西村書店’’; 2010</ref>。テストステロンは、直接アンドロゲン受容体に作用するのに加えて、アロマターゼにより芳香化されエストラジオールに代謝されることで、エストロゲン受容体にも作用する。攻撃行動には実はこのエストロゲン受容体を介した作用が重要な働きを持つことが明らかとなってきており、去勢した雄にエストラジオールを投与しても攻撃行動がある程度回復することや、アロマターゼを抑制するとテストステロンの効果が阻害されることが分かっている(Bowden and Brain, 1978)<ref><pubmed> 567355</pubmed></ref>。遺伝子ノックアウトマウスの仕事から、アンドロゲン受容体とエストロゲン受容体α(ERα)の両方が、攻撃行動の出現に関与することが明らかとなっており(Sato et al 2004, Ogawa et al 1997)<ref name=Sato2004><pubmed> 14747651 </pubmed></ref>、先に述べた視床下部VMHvlについても、ERα受容体の発現が攻撃行動の発動に関わることが示されている(Sano et al 2004)<ref name=Sato2004/>。
3-2 セロトニンと攻撃性
攻撃行動に関わる神経伝達物質として最もよく研究されているのが、セロトニン(5-HT)である。衝動的・暴力的な行動を示す個体において、血中や脳内のセロトニンが低下していることが様々な動物において観察されたことから、セロトニンが欠損すると攻撃性が昂進するという仮説が一般的に広く受け入れられているが、実はそう単純な関係ではないことが徐々に認識されてきている(de Boer and Koolhaas, 2005, Olivier 2004)<ref><pubmed>16310183 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15817750 </pubmed></ref>。実際、セロトニン合成(Tph2)や、セロトニン神経発達(Pet-1)に関わる遺伝子を欠損させたり、5-HT1B受容体を欠損させたノックアウトマウスにおいて、攻撃行動が多くみられることは、セロトニン系の阻害が攻撃行動を昂進させることを示している(Hendricks et al. 2003, Saudou et al. 1994, Alenina et al. 2009)<ref><pubmed> 12546819 </pubmed></ref><ref><pubmed> 8091214 </pubmed></ref><ref><pubmed>19520831</pubmed></ref>。その一方で、モノアミン酸化酵素MAOAが欠損したヒトやマウスにおいて、過剰な攻撃性が観察され、それらの個体ではセロトニン量が増加している(Brunner et al. 1993, Cases et al. 1995)<ref><pubmed> 8211186</pubmed></ref><ref><pubmed>7792602</pubmed></ref>。また、セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は攻撃行動を減らすという報告と増加させるという報告が混在している(Sharma et al 2016, Carrillo et al 2009)<ref><pubmed>26819231</pubmed></ref><ref><pubmed> 19404614</pubmed></ref>。このことから、セロトニンは受容体のサブタイプや、作用する脳部位によって、攻撃行動に異なる作用をもたらしており、更に攻撃行動のタイプ(Offensive, defensive, 母親攻撃行動など)や、攻撃の特性(Trait)と状態(State)によっても、セロトニンと攻撃行動の関係は異なる可能性が示唆されている。
(執筆者:Kumi Kuroda, Aki Takahashi)
== 参考文献  ==
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