「ケーブル理論」の版間の差分

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== 歴史 ==
== 歴史 ==
 ケーブル理論は、1850年代に通信用海底ケーブルにおける信号減衰の数理モデルとして[[Kelvin]]により提案された。海底ケーブルは導体から構成され、被覆物によって周囲の海水から絶縁されている。神経突起も円筒状の導体であり、[[細胞膜]]によって細胞外の電解質溶液から隔されていることため、海底ケーブルと類似した性質を持つと考えられる。神経突起のケーブル特性は1937年にHodgkinにより実験的に確かめられ[1]、そしてHodgkinとRushtonによりケーブル理論が神経[[軸索]]における電気緊張性電位の解析に用いられた[2]
 ケーブル理論は、1850年代に通信用海底ケーブルにおける信号減衰の数理モデルとして[[Kelvin]]により提案された。海底ケーブルは導体から構成され、被覆物によって周囲の海水から絶縁されている。神経突起も円筒状の導体であり、[[細胞膜]]によって細胞外の電解質溶液から隔されていることため、海底ケーブルと類似した性質を持つと考えられる。神経突起のケーブル特性は1937年にHodgkinにより実験的に確かめられ<ref name=Hodgkin1937><pubmed>16994885</pubmed></ref>、そしてHodgkinとRushtonによりケーブル理論が神経[[軸索]]における電気緊張性電位の解析に用いられた<ref><pubmed>20281590</pubmed></ref>
神経突起に対しては、神経突起を「誘電体によって絶縁された導電体が抵抗の小さい媒体中に沈んだもの」というモデルとみなし、このモデルの電気的性質を理論的に取扱うものとしてケーブル理論が適用されている[3]
神経突起に対しては、神経突起を「誘電体によって絶縁された導電体が抵抗の小さい媒体中に沈んだもの」というモデルとみなし、このモデルの電気的性質を理論的に取扱うものとしてケーブル理論が適用されている<ref>'''宮川博義 井上雅司'''<br>ニューロンの生物物理<br>丸善: 2003</ref>


== ケーブル特性と電気緊張性電位 ==
== ケーブル特性と電気緊張性電位 ==
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[[Image:cable_fig2.png|thumb|right|400px|'''図2. ケーブル上を波及する電気緊張性電位''' <br />
[[Image:cable_fig2.png|thumb|right|400px|'''図2. ケーブル上を波及する電気緊張性電位''' <br />
ある一点に定常電流を注入した場合、細胞内各点で注入点からの距離(x)に応じて局所電流が発生し(上段)、電位変化が起こる(下段)。その電位変化は、長さ定数λの距離で離れた点では注入点の1/e (約37%)に減衰する。文献 [5] より改変]]
ある一点に定常電流を注入した場合、細胞内各点で注入点からの距離(x)に応じて局所電流が発生し(上段)、電位変化が起こる(下段)。その電位変化は、長さ定数λの距離で離れた点では注入点の1/e (約37%)に減衰する。文献 <ref name=Kendel1991>'''E R Kandel, J H Schwartz JH, T M Jessell eds.'''<br>Principles of Neural Science 3rd Edition<br>Appleton & Lange: 1991</ref> より改変]]


 神経突起に過分[[極性]]電流あるいは[[閾値]]未満の脱分極性電流を注入すると膜電位の変化が突起に沿って広がる。電位変化の大きさは注入場所からの距離に従って指数関数的に減衰する。このような性質をケーブル特性といい、この距離に関しての電位変化を電気緊張性電位という。生体内では、細胞体で発生した電位変化は細胞体膜表面全体に広がり、細胞体膜に連結している神経突起に伝導される。神経突起のなかでも長い樹状突起ないし無髄軸索を、均質な細胞質を一様な細胞膜が取り巻いている円柱の連結に見立てることにより('''図1''')、電気緊張性電位の波及についてケーブル理論が適用される。理論によると、神経突起の膜抵抗と細胞質の内部抵抗がケーブル特性に影響する。
 神経突起に過分[[極性]]電流あるいは[[閾値]]未満の脱分極性電流を注入すると膜電位の変化が突起に沿って広がる。電位変化の大きさは注入場所からの距離に従って指数関数的に減衰する。このような性質をケーブル特性といい、この距離に関しての電位変化を電気緊張性電位という。生体内では、細胞体で発生した電位変化は細胞体膜表面全体に広がり、細胞体膜に連結している神経突起に伝導される。神経突起のなかでも長い樹状突起ないし無髄軸索を、均質な細胞質を一様な細胞膜が取り巻いている円柱の連結に見立てることにより('''図1''')、電気緊張性電位の波及についてケーブル理論が適用される。理論によると、神経突起の膜抵抗と細胞質の内部抵抗がケーブル特性に影響する。
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であり、時定数τ が大きい場合、膜電位の変化が長く続くことになる。τ は膜電位が初期値の約37% に減衰するまでの時間となる。
であり、時定数τ が大きい場合、膜電位の変化が長く続くことになる。τ は膜電位が初期値の約37% に減衰するまでの時間となる。


 ケーブル特性のパラメータとして定数τ を考える場合、神経突起における電位変化の時間的広がりに影響する指標といえる。また、神経突起ケーブルで矩形波電流が注入される場合、細胞内各点における電位の経時的変化には膜容量の効果が加わり、注入部位からの距離が離れるほど、電位変化が小さくなるだけでなく、立ち上がりの速度も遅くなることが示されている[1][4]
 ケーブル特性のパラメータとして定数τ を考える場合、神経突起における電位変化の時間的広がりに影響する指標といえる。また、神経突起ケーブルで矩形波電流が注入される場合、細胞内各点における電位の経時的変化には膜容量の効果が加わり、注入部位からの距離が離れるほど、電位変化が小さくなるだけでなく、立ち上がりの速度も遅くなることが示されている<ref name=Hodgkin1937/><ref>'''小澤瀞司 福田康一郎 監修'''<br>標準生理学 第7版<br>医学書院: 2009</ref>


== 軸索における興奮伝導とケーブル特性 ==
== 軸索における興奮伝導とケーブル特性 ==
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== 神経細胞のもつケーブル特性の重要性 ==
== 神経細胞のもつケーブル特性の重要性 ==
[[Image:cable_fig4.png|thumb|right|350px|'''図4. 神経細胞におけるシナプス電位の時間的加重と空間的加重''' <br />
[[Image:cable_fig4.png|thumb|right|350px|'''図4. 神経細胞におけるシナプス電位の時間的加重と空間的加重''' <br />
文献 [5] より改変。]]
文献<ref name=Kendel1991/> より改変。]]


 神経細胞は、他の神経細胞からの[[シナプス]]を介した信号を複数の樹状突起および細胞体の膜で受容し、その結果、神経細胞はこれらの細胞膜に発生した局所電位の変化を積算して活動電位として表出する。ケーブル特性はシナプスにおけるこの統合過程の物理的基盤となっている。シナプス後細胞でおこるシナプス反応の空間的加重や時間的加重、すなわち反応の局所的統合は、膜の(閾値下の)ケーブル特性によって行われる[5]。空間的加重や時間的加重の程度は、それぞれ長さ定数と時定数によって規定される('''図4''')。ただし、樹状突起では、時定数が大きい場合に電位変化が長く持続することになり、その結果、時間的加重がより大きくなるのに対し、軸索においては、上述の通り逆に時定数が短い方が膜の隣接部位がより早く閾値に達することになるので、伝導速度は速くなる。また、長さ定数が大きい場合は、信号が閾値以下に減衰する前に遠くへ到達することになるため、伝導速度は速くなる。ケーブル特性を決定するパラメータによって、電気緊張性電位の波及による局所電流や活動電位が、生体組織においてどのように広がるかが規定されている。このことは、小さな神経細胞より発生した膜電位の変化が、遠方の細胞まで確実に伝達されるための巧妙な細胞内機構が備わっていることを示すものである。
 神経細胞は、他の神経細胞からの[[シナプス]]を介した信号を複数の樹状突起および細胞体の膜で受容し、その結果、神経細胞はこれらの細胞膜に発生した局所電位の変化を積算して活動電位として表出する。ケーブル特性はシナプスにおけるこの統合過程の物理的基盤となっている。シナプス後細胞でおこるシナプス反応の空間的加重や時間的加重、すなわち反応の局所的統合は、膜の(閾値下の)ケーブル特性によって行われる[5]。空間的加重や時間的加重の程度は、それぞれ長さ定数と時定数によって規定される('''図4''')。ただし、樹状突起では、時定数が大きい場合に電位変化が長く持続することになり、その結果、時間的加重がより大きくなるのに対し、軸索においては、上述の通り逆に時定数が短い方が膜の隣接部位がより早く閾値に達することになるので、伝導速度は速くなる。また、長さ定数が大きい場合は、信号が閾値以下に減衰する前に遠くへ到達することになるため、伝導速度は速くなる。ケーブル特性を決定するパラメータによって、電気緊張性電位の波及による局所電流や活動電位が、生体組織においてどのように広がるかが規定されている。このことは、小さな神経細胞より発生した膜電位の変化が、遠方の細胞まで確実に伝達されるための巧妙な細胞内機構が備わっていることを示すものである。
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== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />
<references />
1. A L Hodgkin
Evidence for electrical transmission in nerve.
J. Physiol. (Lond.): 1937, 90(2); 183-210
2. A L Hodgkin, W A H Rushton
The electrical constants of a crustacean nerve fibre.
Proc. Roy. Soc. B: 1946, 133; 444-479
3. 宮川博義, 井上雅司
ニューロンの生物物理
丸善: 2003
4. 小澤瀞司, 福田康一郎 監修
標準生理学 第7版
医学書院: 2009
5. E R Kandel, J H Schwartz JH, T M Jessell eds.
Principles of Neural Science 3rd Edition
Appleton & Lange: 1991

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