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Junko kurahashi (トーク | 投稿記録) |
Junko kurahashi (トーク | 投稿記録) 細 (→昆虫におけるフェロモン受容体) |
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== 昆虫におけるフェロモン受容体 == | == 昆虫におけるフェロモン受容体 == | ||
生物における初のフェロモンの分子実体の解明は約半世紀前に遡る。ブテナントがカイコガのメスから放たれるオス誘引因子であるボンビコールを単離した時に、「フェロモン」という用語が生まれた<ref name=Butenandt1961>'''Butenandt A, Beckmann R, Hecker E'''<br>Über den Sexuallockstoff des Seidenspinners, I: Der biologische Test und die Isolierung des reinen Sexuallockstoffes Bombykol.<br>''Hoppe Seylers Z Physiol Chem.: 1961,324(1);71-83.''</ref>58。昆虫のフェロモンは異性を誘引する性フェロモンの他にも、アリの道しるべフェロモンや警報フェロモンなども同定されている。昆虫ではフェロモン成分の同定が進んできた一方で、フェロモン受容の分子基盤が解明され始めたのはつい最近のことであり、2004年に昆虫におけるフェロモン受容は、一部の嗅覚受容体(OR)がその機能を果たすことがわかった<ref name=Sakurai2004><pubmed>15545611</pubmed></ref><ref><pubmed>23020622</pubmed></ref>59,60。ここでは主に昆虫のフェロモン受容体としてのORについて概説する。 | |||
=== 発見の経緯 === | === 発見の経緯 === | ||
==== 昆虫の嗅覚受容体の発見 ==== | ==== 昆虫の嗅覚受容体の発見 ==== | ||
哺乳類のORが7回膜貫通型GPCRであることを受け、昆虫におけるORもGPCRであると予測され、遺伝子の探索がなされた。1999年にショウジョウバエの触角に特異的に発現するタンパク質のうち、7回膜貫通構造を予測するアルゴリズムを用いた解析や、ディファレンシャルスクリーニングによって嗅覚受容体遺伝子が同定された<ref><pubmed>10458908</pubmed></ref><ref><pubmed>10069338</pubmed></ref><ref><pubmed>10089887</pubmed></ref>61–63。その後、昆虫においても哺乳類と同様に、匂い分子と受容体は多対多の関係で認識していることなどが報告され、一般的な匂いの受容機構は明らかになった<ref><pubmed>16615896</pubmed></ref>64。 | |||
==== フェロモン受容体として機能するORの発見 ==== | ==== フェロモン受容体として機能するORの発見 ==== | ||
昆虫のORが発見され、一般的な匂いの受容機構が明らかになりつつあった一方で、高感度と特異性が重要であるフェロモン受容体は未知であった。SakuraiらはカイコガBombyx | 昆虫のORが発見され、一般的な匂いの受容機構が明らかになりつつあった一方で、高感度と特異性が重要であるフェロモン受容体は未知であった。SakuraiらはカイコガBombyx moriの性フェロモンであるボンビコールに着目して昆虫におけるフェロモン受容の分子基盤の解明に迫った。ボンビコールはメスのカイコガから放たれ、オスに対して強い誘引と性行動促進を引き起こす性フェロモンである<ref name=Butenandt1961/>58。2004年にSakuraiらは、ボンビコールがオスの触角に対して特異的に電気的応答を誘発することから、ディファレンシャルスクリーニング法によってオスの触角特異的に発現するBmOr1をボンビコールの受容体として同定した<ref name=Sakurai2004/>59。アフリカツメガエル卵母細胞やメスの触角にBmOr1を発現させると、ボンビコールに対して電気的応答を示すことから、BmOr1がフェロモン受容体であることが証明された。 | ||
=== 遺伝子の特徴と構造 === | === 遺伝子の特徴と構造 === | ||
昆虫ORは7回膜貫通型のタンパク質であるが、GPCRである脊椎動物のORとは膜トポロジーが異なり、N末端を細胞内側にとる構造をもつ<ref><pubmed>16402857</pubmed></ref><ref><pubmed>25584517</pubmed></ref>65,66。昆虫の嗅神経細胞は基本的に1細胞に1種類のOR遺伝子が発現している<ref><pubmed>16139208</pubmed></ref>67。一方、ORのうち昆虫間で広く保存されているOrco(Olfactory receptor co-receptor)遺伝子は、ほぼ全ての嗅神経細胞に発現し、ORの共役因子としての機能を果たす<ref><pubmed>15339651</pubmed></ref>68。嗅神経は一細胞あたりOrcoと他1種のOR遺伝子を発現している。 | |||
=== シグナル伝達 === | === シグナル伝達 === | ||
昆虫のORは、リガンドを結合するORと、共役因子であるOrcoがヘテロ複合体を形成し、リガンド作動性イオンチャネルとして機能している<ref><pubmed>18408712</pubmed></ref><ref name=Wicher2008><pubmed>18408711</pubmed></ref>69,70。ORに匂い分子が結合することで、ORとOrcoから形成されるポアが開口し、陽イオンが細胞内に流入することで活動電位が生じる。2012年にNakagwaらは点変異を導入したBmOr1とBmOrcoを解析し、OrとOrcoの複合体がポア構造を形成するために必要なアミノ酸部位を同定した<ref><pubmed>22403649</pubmed></ref>71。 | |||
一方で、Gタンパク質を介したシグナル伝達の可能性も報告されている。古くからガにおいてはORのシグナル伝達へのホスホリパーゼCβ2(PLCβ2)やGαqなどのタンパク質の関与が報告されてきた<ref name=Stengl2010><pubmed>21228914</pubmed></ref>72。昆虫のORがリガンド作動性イオンチャネルであることが報告された後にも、ショウジョウバエやタバコスズメガにおけるORのシグナル伝達ではPLCβ2やプロテインキナーゼC(PKC)が関与している例が報告されている<ref name=Stengl2010><ref><pubmed>28254882</pubmed></ref><ref><pubmed>21720521</pubmed></ref>72–74。WicherらはGαsによるアデニル酸シクラーゼの活性化と、それに伴うcAMP濃度の上昇がORのシグナル伝達に関与することを報告している<ref name=Wicher2008><ref><pubmed>27045092</pubmed></ref>70,75。以上の知見から、昆虫ORの細胞内シグナル伝達には、複数の機構が存在しているのではないかと考えられている。現在のところ、リガンド作動性イオンチャネルとしてのシグナル伝達が直接的な速い応答を引き起こし、Gタンパク質を介したシグナル伝達は遅いが好感度な応答を引き起こすのに関与していると考えられている<ref><pubmed>19660933</pubmed></ref>76。 | |||
上記のような細胞内シグナル伝達を経てフェロモンの情報は電気信号へと変換される。嗅神経細胞は軸索を一次中枢である触角葉へと投射し、糸球体構造を形成する<ref><pubmed>20537755</pubmed></ref><ref name=Kohl2015><pubmed>26143522</pubmed></ref><ref name=Hansson1992><pubmed>1598574</pubmed></ref>77–79。特に鱗翅目昆虫では特徴的な糸球体構造を有しており、フェロモン情報を処理する糸球体は大糸球体と呼ばれ、一般的な匂い情報を処理する常糸球体とは解剖学的に異なる<ref name=Hansson1992/>79。触角葉で処理されたフェロモン情報は、投射神経によりキノコ体と全大脳側部といった高次領域へと伝達される<ref name=Kohl2015/><ref><pubmed>15593336</pubmed></ref>78,80。 | |||
=== 機能 === | === 機能 === | ||
ガ類ではメスが放出する性フェロモンが種特異的な配偶認識において重要な機能を果たす<ref><pubmed>25623339</pubmed></ref>81。ガにおけるフェロモン受容の特異性は、種固有の単一物質あるいは複数物質の組み合わせによって決定されている。単一物質がフェロモンとして機能する例として、カイコガのメスから放たれるボンビコールはBmOr1 に受容されオスを誘引する<ref name=Sakurai2004/>59。アフリカツメガル卵母細胞においてBmOr1とBmOr2(BmOrco)を共発現させた場合、ボンビコールへの応答閾値が30 nMという高感度の応答閾値でボンビコールを感知することが示された<ref name=Nakagawa2005><pubmed>15692016</pubmed></ref>82。また、オスが放つボンビカールはBmOr3によって受容され、誘引効果や性行動を抑制する。BmOr1とBmOr3は異なる嗅覚神経細胞に相互排他的に発現し、それぞれが特異的にフェロモンを受容していることが示されている<ref name=Nakagawa2005/>82。 | |||
一方、複数物質の組み合わせおよび成分比がフェロモン受容の種特異性を担保する例として、アワノメイガ属(Ostrinia属)のメスが放つフェロモンがある。アワノメイガ属では6種のメスフェロモンが報告されているが、その成分と成分比は種によって異なる。Ostrinia属のアズキノメイガでは、(E)-11-テトラデセニルアセテートと(Z)-11-テトラデセニルアセテートが誘引性の性フェロモンとして機能し、その効果は(Z)-9-テトラデセニルアセテートによって抑制される。オスの触角に発現するOscaOr3は上記の3種類の物質に対して応答するが、OscaOr4は3種のうち(E)-11-テトラデセニルアセテートに特に強い応答を示し、かつ(Z)-9- | 一方、複数物質の組み合わせおよび成分比がフェロモン受容の種特異性を担保する例として、アワノメイガ属(Ostrinia属)のメスが放つフェロモンがある。アワノメイガ属では6種のメスフェロモンが報告されているが、その成分と成分比は種によって異なる。Ostrinia属のアズキノメイガでは、(E)-11-テトラデセニルアセテートと(Z)-11-テトラデセニルアセテートが誘引性の性フェロモンとして機能し、その効果は(Z)-9-テトラデセニルアセテートによって抑制される。オスの触角に発現するOscaOr3は上記の3種類の物質に対して応答するが、OscaOr4は3種のうち(E)-11-テトラデセニルアセテートに特に強い応答を示し、かつ(Z)-9-テトラデセニルアセテートにより応答が抑制される応答特異性をもつ<ref><pubmed>20044000</pubmed></ref>83。 | ||
ガ以外の昆虫でのフェロモン受容の例として、キイロショウジョウバエのフェロモンである11-cis-vaccenyl acetate (cVA)はOr67dによって受容される。cVAはオスから放出され、オス間の攻撃行動や集合、性行動抑制などに関与している<ref><pubmed>19966787</pubmed></ref><ref><pubmed>15664171</pubmed></ref>84,85。一方、メスにおいては性行動を促進する効果をもつ<ref><pubmed>17392786</pubmed></ref><ref><pubmed>17363250</pubmed></ref>86,87。 | |||
==関連項目== | ==関連項目== |