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=== 鋤鼻受容体 V2R ===
=== 鋤鼻受容体 V2R ===
==== 発見の経緯 ====
==== 発見の経緯 ====
 1995年に発見されたV1Rは鋤鼻上皮の上層に局在し、Gαi2タンパク質と共役していた。そこで鋤鼻上皮の下層に発現するGαoタンパク質と共役する受容体の存在が示唆され、新たなフェロモン受容体遺伝子の探索がなされた。V1R遺伝子発見から2年後の1997年に3つのグループが、ほぼ同時に新たなフェロモン受容体遺伝子候補(後にV2Rと呼ばれる鋤鼻受容体遺伝子)のクローニングに成功した<ref name=Herrada1997><pubmed>9288755</pubmed></ref><ref name=Ryba1997><pubmed>9292726</pubmed></ref><ref name=Matsunami1997><pubmed>9288756</pubmed></ref>20–22。
 1995年に発見されたV1Rは鋤鼻上皮の上層に局在し、Gαi2タンパク質と共役していた。そこで鋤鼻上皮の下層に発現する[[Gαo]]タンパク質と共役する受容体の存在が示唆され、新たなフェロモン受容体遺伝子の探索がなされた。V1R遺伝子発見から2年後の1997年に3つのグループが、ほぼ同時に新たなフェロモン受容体遺伝子候補(後にV2Rと呼ばれる鋤鼻受容体遺伝子)のクローニングに成功した<ref name=Herrada1997><pubmed>9288755</pubmed></ref><ref name=Ryba1997><pubmed>9292726</pubmed></ref><ref name=Matsunami1997><pubmed>9288756</pubmed></ref>20–22。


 V2Rのフェロモン受容機能の実証は、オスマウスの涙に含まれるペプチド性フェロモンである[[眼窩外涙腺由来ペプチド]]ESP1がV2Rp5という単一のV2Rのみに特異的に受容され、受容したメスマウスのオス受け入れ行動([[ロードシス反射]])が促進されるという研究によってなされた<ref><pubmed>16208374</pubmed></ref><ref name=Haga2010><pubmed>20596023</pubmed></ref>23,24。
 V2Rのフェロモン受容機能の実証は、オスマウスの涙に含まれるペプチド性フェロモンである[[眼窩外涙腺由来ペプチド]]ESP1が[[V2Rp5]]という単一のV2Rのみに特異的に受容され、受容したメスマウスのオス受け入れ行動([[ロードシス反射]])が促進されるという研究によってなされた<ref><pubmed>16208374</pubmed></ref><ref name=Haga2010><pubmed>20596023</pubmed></ref>23,24。


==== 遺伝子の特徴と受容体の構造 ====
==== 遺伝子の特徴と受容体の構造 ====
 V2Rは7回膜貫通型のGPCRである。マウスはゲノム上に121個のV2R遺伝子を有する<ref><pubmed>17382427</pubmed></ref>25。またV2RはV1Rと異なり配列中にイントロンを含む<ref name=Herrada1997/><ref name=Ryba1997/><ref name=Matsunami1997/>20–22。1つの鋤鼻神経細胞には各鋤鼻神経特異的なV2Rが1種類と、広く発現するV2R2の2つが発現している<ref><pubmed>11157070</pubmed></ref>26。また、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)、β2-ミクログロブリンと共発現していることから、V2Rはこれらの因子と複合体を形成して機能している可能性が示唆されている<ref><pubmed>12620187</pubmed></ref><ref><pubmed>12628182</pubmed></ref>27,28。V2RはN末端の細胞外領域が比較的大きいクラスCのGPCRに属し、V1R遺伝子やOR遺伝子とのホモロジーがなく、代謝型グルタミン酸受容体遺伝子や甘味受容体遺伝子、うま味受容体遺伝子とのホモロジーを有する。
 V2Rは7回膜貫通型のGPCRである。マウスはゲノム上に121個のV2R遺伝子を有する<ref><pubmed>17382427</pubmed></ref>25。またV2RはV1Rと異なり配列中にイントロンを含む<ref name=Herrada1997/><ref name=Ryba1997/><ref name=Matsunami1997/>20–22。
 
 1つの鋤鼻神経細胞には各鋤鼻神経特異的なV2Rが1種類と、広く発現するV2R2の2つが発現している<ref><pubmed>11157070</pubmed></ref>26。また、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)、β2-ミクログロブリンと共発現していることから、V2Rはこれらの因子と複合体を形成して機能している可能性が示唆されている<ref><pubmed>12620187</pubmed></ref><ref><pubmed>12628182</pubmed></ref>27,28。V2RはN末端の細胞外領域が比較的大きいクラスCのGPCRに属し、V1R遺伝子やOR遺伝子とのホモロジーがなく、[[代謝型グルタミン酸受容体]]遺伝子や[[甘味受容体]]遺伝子、[[うま味受容体]]遺伝子とのホモロジーを有する。




==== シグナル伝達 ====
==== シグナル伝達 ====
 V2Rを介したシグナル伝達機構は未だ明らかになっていないが、V2Rを発現する鋤鼻神経細胞にはGタンパク質のGαo、Gβ2、Gγ8やPLCβ2やTRPC2などが発現していることが明らかになっている。また、TRPC2遺伝子欠損マウスでは全てのV2Rリガンドに対する応答がなくなるのではなく、一部のV2Rリガンドに対しては応答が変化しないことが報告されている<ref name=Haga2010/><ref name=Chamero2007><pubmed>18064011</pubmed></ref><ref><pubmed>16820028</pubmed></ref>24,29,30。これらのことからV2Rのシグナル伝達は、V1Rと同様に2種類存在し、PLCβ2-TRPC2経路と、DAG分解によって生じたアラキドン酸がCa<sup>2+</sup>感受性チャネルを開口させてCa<sup>2+</sup>流入を生じさせる経路であると考えられている2。V2Rを発現する鋤鼻神経細胞は副嗅球の尾側に投射し、V1Rと同様に副嗅球でシナプスを介して扁桃体内側核や分界上床核へと情報が伝達され、その後、視床下部などの高次中枢へと情報が伝達されていく<ref name=Dulac2006/>16。
 V2Rを介したシグナル伝達機構は未だ明らかになっていないが、V2Rを発現する鋤鼻神経細胞にはGタンパク質のGαo、Gβ2、Gγ8やPLCβ2やTRPC2などが発現していることが明らかになっている。また、TRPC2遺伝子欠損マウスでは全てのV2Rリガンドに対する応答がなくなるのではなく、一部のV2Rリガンドに対しては応答が変化しないことが報告されている<ref name=Haga2010/><ref name=Chamero2007><pubmed>18064011</pubmed></ref><ref><pubmed>16820028</pubmed></ref>24,29,30。これらのことからV2Rのシグナル伝達は、V1Rと同様に2種類存在し、PLCβ2-TRPC2経路と、DAG分解によって生じたアラキドン酸がCa<sup>2+</sup>感受性チャネルを開口させてCa<sup>2+</sup>流入を生じさせる経路であると考えられている2。
 
 V2Rを発現する鋤鼻神経細胞は副嗅球の尾側に投射し、V1Rと同様に副嗅球でシナプスを介して扁桃体内側核や分界上床核へと情報が伝達され、その後、視床下部などの高次中枢へと情報が伝達されていく<ref name=Dulac2006/>16。


==== 機能 ====
==== 機能 ====
 V2Rはタンパク質あるいはペプチド性のフェロモンを受容する。現在マウスにおいて、V2Rとフェロモンの対応づけがなされているのは、Touharaらのグループが報告したV2Rp5とオスマウスが分泌する眼窩外涙腺由来ペプチドESP1のみである。ESP1はオスの涙中に分泌される7 kDaのペプチド性のフェロモンであり、V2Rp5のみによって受容される。ESP1の情報は脳内で性的二型に処理され、メスとオスで異なる効果をもたらす。ESP1はメスにおいてオス受け入れ行動(ロードシス反射)を促進し、オスでは攻撃行動を亢進する<ref name=Haga2010/><ref><pubmed>27151664</pubmed></ref><ref><pubmed>28648498</pubmed></ref>24,31,32。さらにESP1は流産を引き起こすブルース効果にも関与することが報告されている<ref><pubmed>29033330</pubmed></ref>33。
 V2Rはタンパク質あるいはペプチド性のフェロモンを受容する。現在マウスにおいて、V2Rとフェロモンの対応づけがなされているのは、Touharaらのグループが報告したV2Rp5とオスマウスが分泌する眼窩外涙腺由来ペプチドESP1のみである。ESP1はオスの涙中に分泌される7 kDaのペプチド性のフェロモンであり、V2Rp5のみによって受容される。ESP1の情報は脳内で性的二型に処理され、メスとオスで異なる効果をもたらす。ESP1はメスにおいてオス受け入れ行動(ロードシス反射)を促進し、オスでは攻撃行動を亢進する<ref name=Haga2010/><ref><pubmed>27151664</pubmed></ref><ref><pubmed>28648498</pubmed></ref>24,31,32。
 他にもV2Rによって受容されるフェロモンは数例報告されているが、それらの受容体は同定されていない<ref name=Chamero2007/><ref><pubmed>24766811</pubmed></ref><ref><pubmed>24089208</pubmed></ref>29,34,35。またV2RもV1Rと同様に他種由来の化学シグナルを受容する<ref name=Isogai2011/>19。例えば天敵であるネコの唾液由来のタンパク質を受容すると忌避行動が生じることが報告されている<ref><pubmed>20478258</pubmed></ref>36。
 
 さらにESP1は流産を引き起こす[[ブルース効果]]にも関与することが報告されている<ref><pubmed>29033330</pubmed></ref>33。
 
 他にもV2Rによって受容されるフェロモンは数例報告されているが、それらの受容体は同定されていない<ref name=Chamero2007/><ref><pubmed>24766811</pubmed></ref><ref><pubmed>24089208</pubmed></ref>29,34,35。またV2RもV1Rと同様に他種由来の化学シグナルを受容する<ref name=Isogai2011/>19。例えば天敵である[[ネコ]]の[[唾液]]由来のタンパク質を受容すると忌避行動が生じることが報告されている<ref><pubmed>20478258</pubmed></ref>36。


=== 嗅覚受容体 ===
=== 嗅覚受容体 ===
==== 発見の経緯 ====
==== 発見の経緯 ====
 1980年代、視覚における光の受容体がロドプシンであるということが明らかになったが、嗅覚における匂い分子の受容体は同定されておらず、生物がどのようにして多様な匂いを感知して識別しているのかは不明であった。一方で嗅覚受容体遺伝子が同定される以前から、匂い情報は鼻腔の[[嗅上皮]]にある[[嗅神経細胞]]で受け取られ、その情報が[[嗅球]]へと伝達されてそこからさらに高次中枢へと信号が送られていくことはわかっていた。また嗅神経細胞において、匂い刺激が入るとGタンパク質を介したシグナル伝達が動くことも実験的に明らかになっていた。BuckとAxelは、これらの知見と匂いの多様性から、1) 嗅上皮に特異的に発現している、2)嗅覚受容体(OR)はGPCRである、3)多重遺伝子ファミリーを形成している、と仮定して、縮重プライマーを利用したPCR法を導入することによって1991年にOR候補遺伝子のクローニングに成功した<ref><pubmed>1840504</pubmed></ref>37。その後、ウイルスベクターを用いてORを嗅神経細胞に発現させる再構成実験がされ、ORが実際に匂い分子を受容してシグナルを伝えることが証明された<ref><pubmed>9422698</pubmed></ref><ref><pubmed>10097159</pubmed></ref>38,39。BuckとAxelはOR遺伝子発見の功績によって2004年にノーベル生理医学賞を受賞した。
 1980年代、視覚における光の受容体が[[ロドプシン]]であるということが明らかになったが、嗅覚における匂い分子の受容体は同定されておらず、生物がどのようにして多様な匂いを感知して識別しているのかは不明であった。一方で嗅覚受容体遺伝子が同定される以前から、匂い情報は鼻腔の[[嗅上皮]]にある[[嗅神経細胞]]で受け取られ、その情報が[[嗅球]]へと伝達されてそこからさらに高次中枢へと信号が送られていくことはわかっていた。また嗅神経細胞において、匂い刺激が入るとGタンパク質を介したシグナル伝達が動くことも実験的に明らかになっていた。[[wj:リンダ・バック|Buck]]と[[wj:リチャード・アクセル|Axel]]は、これらの知見と匂いの多様性から、1) 嗅上皮に特異的に発現している、2)嗅覚受容体(OR)はGPCRである、3)多重遺伝子ファミリーを形成している、と仮定して、[[縮重プライマー]]を利用した[[PCR]]法を導入することによって1991年にOR候補遺伝子のクローニングに成功した<ref><pubmed>1840504</pubmed></ref>37。その後、[[ウイルスベクター]]を用いてORを嗅神経細胞に発現させる再構成実験がされ、ORが実際に匂い分子を受容してシグナルを伝えることが証明された<ref><pubmed>9422698</pubmed></ref><ref><pubmed>10097159</pubmed></ref>38,39。BuckとAxelはOR遺伝子発見の功績によって2004年に[[wj:ノーベル生理医学賞]]を受賞した。


==== 遺伝子の特徴と受容体の構造 ====
==== 遺伝子の特徴と受容体の構造 ====

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