「シナプスタグ仮説」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
24行目: 24行目:
 彼らは、次のような実験から、これらの可能性の中でもシナプスタグ仮説が結果をうまく説明すると提唱した。[[wikipedia:ja:ラット|ラット]][[海馬]]急性[[脳スライス標本|切片]]でCA1野[[Schaffer側枝]]を二箇所刺激し、独立した二経路の[[集合シナプス電位]]を一つの記録電極から測定した('''図1''')。 一方の刺激電極S1に長く持続する[[後期長期増強]]を起こす電気刺激を与えた後、他方の刺激電極S2からは、普通であれば持続の短い初期長期増強のみを起こす刺激を与えた。S1経路では予想通り入力特異的な後期長期増強が見られた。一方S2経路には、初期長期増強のみ起きる刺激を加えたのにもかかわらず後期長期増強が見られた('''図2''')。S2の変化は[[連合性]]後期長期増強と呼ばれる。  
 彼らは、次のような実験から、これらの可能性の中でもシナプスタグ仮説が結果をうまく説明すると提唱した。[[wikipedia:ja:ラット|ラット]][[海馬]]急性[[脳スライス標本|切片]]でCA1野[[Schaffer側枝]]を二箇所刺激し、独立した二経路の[[集合シナプス電位]]を一つの記録電極から測定した('''図1''')。 一方の刺激電極S1に長く持続する[[後期長期増強]]を起こす電気刺激を与えた後、他方の刺激電極S2からは、普通であれば持続の短い初期長期増強のみを起こす刺激を与えた。S1経路では予想通り入力特異的な後期長期増強が見られた。一方S2経路には、初期長期増強のみ起きる刺激を加えたのにもかかわらず後期長期増強が見られた('''図2''')。S2の変化は[[連合性]]後期長期増強と呼ばれる。  


[[Image:図1二経路実験.jpg|thumb|500px|'''図1 二経路実験の配置'''<br>海馬急性切片に刺激電極S10S2と記録電極Rを置く。]]
[[Image:図1二経路実験.jpg|thumb|500px|'''図1 二経路実験の配置'''<br>海馬急性切片に刺激電極S1、S2と記録電極Rを置く。]]
[[Image:図2連合性後期可塑性.jpg|thumb|600px|'''図2 連合性後期可塑性'''<br>左図はS1に持続的可塑性を起こす刺激(太矢印)、S2に一過性可塑性を起こす刺激(細矢印)を与えた時の集合シナプス後電位の時間変化で、両経路で持続的なLTPが起きている(S1が実線、S2が破線)。右図はS2だけを刺激した時の様子で、一過性のLTPがおきている。]]
[[Image:図2連合性後期可塑性.jpg|thumb|600px|'''図2 連合性後期可塑性'''<br>左図はS1に持続的可塑性を起こす刺激(太矢印)、S2に一過性可塑性を起こす刺激(細矢印)を与えた時の集合シナプス後電位の時間変化で、両経路で持続的なLTPが起きている(S1が実線、S2が破線)。右図はS2だけを刺激した時の様子で、一過性のLTPがおきている。]]


 二経路実験で、S1に後期長期増強を起こす刺激を与えた後、タンパク質合成を阻害した状態でS2に初期長期増強を起こす刺激を与えた場合も、両経路に後期長期増強が見られた('''図3''')。つまり、S2シナプス近傍の局所合成は不要であること、及び、S1刺激で合成されたタンパク質がS2シナプスに運ばれたことを示している。細胞体で合成されたタンパク質は全てのシナプスに使用のチャンスがある状態で輸送されることになるので、メイル仮説は否定される。
 二経路実験で、S1に後期長期増強を起こす刺激を与えた後、タンパク質合成を阻害した状態でS2に初期長期増強を起こす刺激を与えた場合も、両経路に後期長期増強が見られた('''図3''')。つまり、S2シナプス近傍の局所合成は不要であること、及び、S1刺激で合成されたタンパク質がS2シナプスに運ばれたことを示している。細胞体で合成されたタンパク質は全てのシナプスに使用のチャンスがある状態で輸送されることになるので、メイル仮説は否定される。


 一方、シナプスタグ仮説によれば、細胞体で合成されたシナプスタンパク質は輸送途上では目的地を持たず全ての樹状突起を輸送されており、シナプスタグが活性化したシナプスで機能する。この実験結果は、S1とS2の両シナプスではシナプスタグが活性化しているので新規合成タンパク質が機能し後期可塑性が発現したと説明できる。FreyとMorrisらは更にS1とS2の順番を入れ替える実験を行い、S2の弱い刺激の後でタンパク合成を起こしても連合性後期長期増強が起きることも見出した<ref name=ref4><pubmed>9704995</pubmed></ref>。  
 一方、シナプスタグ仮説によれば、細胞体で合成されたシナプスタンパク質は輸送途上では目的地を持たず全ての樹状突起を輸送されており、シナプスタグが活性化したシナプスだけで機能する。この実験結果は、S1とS2の両シナプスではシナプスタグが活性化しているので新規合成タンパク質が機能し後期可塑性が発現したと説明できる。FreyとMorrisらは更にS1とS2の順番を入れ替える実験を行い、S2の弱い刺激の後でタンパク合成を起こしても連合性後期長期増強が起きることも見出した<ref name=ref4><pubmed>9704995</pubmed></ref>。  


[[Image:図3シナプスタグ仮説.jpg|thumb|600px|'''図3.'''四角の時点でタンパク質合成阻害剤を与えてもS1、S2経路ともに後期可塑性がおきことを示すた。右図はS2に一過性可塑性を起こす刺激をタンパク質合成阻害下で与えても一過性可塑性が起き、持続性の可塑性は起きないことを示す。]]
[[Image:図3シナプスタグ仮説.jpg|thumb|600px|'''図3 連合可塑性のタンパク質合成依存性'''<br>左図は四角の時点でタンパク質合成阻害剤を与えてもS1、S2経路ともに後期可塑性がおきことを示す。この結果はシナプスタグ仮説を支持する。右図はS2に一過性可塑性を起こす刺激をタンパク質合成阻害下で与えても一過性可塑性が起き、持続性の可塑性は起きないことを示す。]]


 以上から、後期可塑性の入力特異性機構としてシナプスタグ仮説が有力視され、様々な実験から、シナプスタグは以下の性質を持つと思われた<ref name=ref2><pubmed>9610879</pubmed></ref>。  
 以上から、後期可塑性の入力特異性機構としてシナプスタグ仮説が有力視され、様々な実験から、シナプスタグは以下の性質を持つと思われた<ref name=ref2><pubmed>9610879</pubmed></ref>。  
41行目: 41行目:


 (((((細胞体で合成され樹状突起を非特異的に輸送されるタンパク質は、シナプス部での機能に先立ってシナプスに取り込まれる (capture)。この二つの過程を分けてsynaptic tagging and capture という語が用いられることがある。<ref name=ref3><pubmed>19443779</pubmed></ref>の結果は、Capture が入力特異的に起きるということなので、capture がtaggingの機能を持つとも言える。一方、captureされたタンパク質が機能して可塑性を起こすために、シナプス部、特に[[シナプス後膜肥厚]] (postsynaptic density, PSD)の分子集合体の修飾が必要ならば、この修飾もシナプスタグである。Frey とMorrisの初期の実験で考えられたsensitization仮説はこの方向の考え方であった<ref name=ref4><pubmed>9704995</pubmed></ref>。)))))消去!
 (((((細胞体で合成され樹状突起を非特異的に輸送されるタンパク質は、シナプス部での機能に先立ってシナプスに取り込まれる (capture)。この二つの過程を分けてsynaptic tagging and capture という語が用いられることがある。<ref name=ref3><pubmed>19443779</pubmed></ref>の結果は、Capture が入力特異的に起きるということなので、capture がtaggingの機能を持つとも言える。一方、captureされたタンパク質が機能して可塑性を起こすために、シナプス部、特に[[シナプス後膜肥厚]] (postsynaptic density, PSD)の分子集合体の修飾が必要ならば、この修飾もシナプスタグである。Frey とMorrisの初期の実験で考えられたsensitization仮説はこの方向の考え方であった<ref name=ref4><pubmed>9704995</pubmed></ref>。)))))消去!
'''ココカラ'''
 
==シナプスタグ仮説の実証==
==シナプスタグ仮説の実証==
 シナプスタグ仮説の実証のために、岡田らはラット海馬[[初代培養|培養神経細胞]]において仮説が示唆するようにcaptureされるタンパク質があるかどうか調べた<ref name=ref3><pubmed>19443779</pubmed></ref>。[[Vesl-1S]]は後期長期増強時に細胞体で発現誘導されるタンパク質で、シナプスのlong-form Veslタンパク質が作るネットワークを壊すことでシナプス可塑性を起こすきっかけを作るとされる[[最初期遺伝子産物]]である<ref name=ref5><pubmed>18006237</pubmed></ref><ref name=ref12867517><pubmed>12867517</pubmed></ref><ref name=ref19345194 ><pubmed> 19345194 </pubmed></ref>。そのため、彼らはすると、[[細胞体]]で合成された[[Vesl-1S]] ([[Homer1a]]) タンパク質は全ての樹状突起を輸送される。ところが、運ばれたVesl-1Sは[[NMDA型グルタミン酸受容体]]刺激があったシナプスにだけ集積し、それ以外のシナプスには集積しないことが観察された。Vesl-1Sタンパク質の樹状突起からスパイン内への移動がシナプス入力により制御されていることはシナプスタグの上記性質を全て満たしており、シナプスタグという仕組みが存在する事が実証された。
 シナプスタグ仮説の実証のために、岡田らはラット海馬[[初代培養|培養神経細胞]]において仮説が示唆するようにcaptureされるタンパク質があるかどうか調べた<ref name=ref3><pubmed>19443779</pubmed></ref>。[[Vesl-1S]]は後期長期増強時に細胞体で発現誘導されるタンパク質で、シナプスのlong-form Veslタンパク質が作るネットワークを壊すことでシナプス可塑性を起こすきっかけを作るとされる[[最初期遺伝子産物]]である<ref name=ref5><pubmed>18006237</pubmed></ref><ref name=ref12867517><pubmed>12867517</pubmed></ref><ref name=ref19345194 ><pubmed> 19345194 </pubmed></ref>。そのため、彼らはすると、[[細胞体]]で合成された[[Vesl-1S]] ([[Homer1a]]) タンパク質は全ての樹状突起を輸送される。ところが、運ばれたVesl-1Sは[[NMDA型グルタミン酸受容体]]刺激があったシナプスにだけ集積し、それ以外のシナプスには集積しないことが観察された。Vesl-1Sタンパク質の樹状突起からスパイン内への移動がシナプス入力により制御されていることはシナプスタグの上記性質を全て満たしており、シナプスタグという仕組みが存在する事が実証された。

案内メニュー